3 土の妖精 ノウミィ
羽をバタバタと動かして空中に浮かぶ全長15センチほどの肌の白い少女が、僕に向かって必死に叫んでいる。
「ここを荒らさないで下さい!ここから離れて!」
少女は目に涙を浮かべながら、僕の進行を妨げるように両腕を広げている。
「荒らす?」
荒らすとは、一体何のことだろう。ここで水浴びをしていたのが悪かったのだろうか。
隣にいるブゥに目線を送ると、ブゥもなんのことかわからないのか、鼻をピクピクと震わせている。
と、その時、少女の背後を見てみると、土が一部こんもりと盛り上がっていて、そこに植物の芽が生えているのが見えた。しかし、芽は元気がなさそうに萎れていて、もうすぐにでも枯れてしまいそうだ。
もしかして少女は、この植物を守っている、のか?
「私はあなたたちに何もする気はない!だからここに近づかないで!」
僕たちが植物の芽を見ていることに気づき、少女がより一層声を大きく上げる。
「いやいや、僕たちも君に、もちろんその植物にも、何もする気はないよ」
手を顔の前で左右に振りながらそう言うと、少女は目を細めて警戒するように身構えた。
「何もしない…?ならなぜわざわざ私に近づいてきたの?」
少女は疑いの目で僕たちを見ていた。その警戒心を隠すことなく僕たちを睨みつけていた。
でも、僕にはその様子を気にする余裕はなかった。
「だって、君飛んでるじゃないか!」
「…へ?」
少女は目を丸くして、気の抜けたような声を出した。
「あぁ、僕らはあそこの方で水浴びをしていたんだ。そして、こっちを見ると何かが飛んでるように見えて…、あ!僕の名前は俊太。隣にいるのはブゥ。僕たち一緒に暮らしてて、だから水浴びも一緒にしてたんだけど。いや、そんなことはいいんだ、それより…!」
「ちょ、ちょっと待って!落ち着いて!ゆっくり話してくれなきゃ…」
「何より君、日本語喋れるんだね!!」
僕は激しく興奮していた。そう、目の前の少女が言葉を話し、かつ、それが日本語であったからだ。
嬉しくなってつい少女の手を指で優しく挟んで握手をする。握手といえないような一方的なものだったけど。
少女は、ニホンゴ?と不思議そうに呟いてから、
「喋るってそりゃあ、私は妖精だから…」
と、わけがわからないというように困惑の表情を浮かべていた。
僕はこの世界にきて初めて出会った言葉を交わせる存在を前に、感動で涙が出そうになっていた。
この世界では自分の言葉は誰にも通じないのかもしれないと考えていたから、とても嬉しかった。
ブゥとは簡単な意思疎通ができるものの、会話ができないため冗談を言い合ったり細かい内容を話したりすることはできなかった。
けど、自分を妖精だと言うこの少女とは自由に喋ることができる。
あまりに興奮して話しすぎて少女が怖がってしまっている。僕は一度深呼吸をして息を整えてから、少女に話しかける。
「ごめんね、ちょっと興奮しちゃって。君は、本当に妖精なの?」
「えぇ、見た目で大体わかると思うけど…」
そう言って妖精の少女は羽を強調するように、パタパタと空中で宙返りをしてみせた。長く綺麗な黒髪がフワッと揺れる。
「私の名前はノウミィ。土の妖精です。」
ノウミィと名乗る少女が上品にお辞儀をした。
妖精。これはもう、ここが地球かもしれないという可能性は完全に捨てていいだろう。
妖精は空想上の存在のはずだ。しかし、目の前にその妖精が実在している。
ウサギとブタを足したようなブゥも地球では見なかったが、見たことのない動物、という印象だった。もしかしたら地球上のどこかにいるのかもしれないと思っていた。
けれど、目の前の妖精のように、こんな小さい体の人間は地球上にいるわけないし、ましてや羽があって飛べるなんてありえるわけがない。
ここは、異世界なんだ。
「それにしても、あなたたちは何者?そっちは…見たところラビット族の子どもね。けど、あなたは…人間の子どもに見えるけど…。おかしいわね。それに、なぜラビット族の子どもと一緒に行動してるの?」
ノウミィは僕らを交互に見ながらそう尋ねてきた。
へー、ブゥはラビット族っていう種族なのか。ブタ要素は名前に反映されていないんだな。
「僕は最近ここに来たばっかりの人間だよ。気づいたら森の中にいたんだ。食べ物が見つからずに空腹で倒れそうなとき、ブゥと出会って…」
僕はノウミィに今日までのことを大まかに話した。どんな反応をされるか分からないから、前世の記憶のことには触れずに、森に来る前の記憶はないと話しておいた。
「本当に人間の子ども?んー、信じられないなー…。」
大体話し終えると、ノウミィは僕の周りをパタパタと飛び回りながら、不思議そうに僕を観察していた。
「信じられないって…なんで?僕のこと人間に見えない?」
「いや、そういうことじゃないけど…」
そう言ってノウミィはしばらく何かを考えるように黙った。
僕とブゥは何が気になるのか分からず、首を傾げていた。
すると、ノウミィが静かに話し出した。
「だって、ただの人間には私たち妖精の言葉は聞こえないはずよ」




