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第67話 『伝説』

加藤との死闘から一ヶ月がたっていた。イオリの傷もすっかり癒えて今はミツキと並んで饅頭を食べていた。


「だーめだぁーーーーっ!」


「おいっ、何がダメなんだよ、ミツキ」


「あたしが求めているものは、これじゃ無いんだよ」

ミツキは、座敷の床をバンバン叩きながらイオリに訴えるのだが全く要領を得ない。


「饅頭は、お前が食べたいから買って来たんだろう。いったい何が不満なんだよ」


ミツキは、キッとイオリを睨みつけながらボソリと言った。


「カニ……」


「えっ、何だって? 今俺カニって聞こえたけど」


「そうカニだよ、イオリっ!」


「カニってあのハサミを持ってるカニか?」


「そう、カニ饅頭だよ」


「はあっ? 意味がわからんが」


「この前行った鰻屋の親父が言ってたんだよ。あの町のカニ饅頭は、最高だぜって。あたしはそれがずっと気になっていてイオリの傷が治るのをずっと待っていたんだよ」


「別にひとりで食べに行けば良かったのに」


その途端、イオリは、ミツキに頬っぺたをつねられた。


「いででででっ、おい、何すんだよ、ミツキ」


「イオリは馬鹿だから、懲らしめてんの!」


イオリには、ミツキがなぜ怒っているのかわからないのだ。いつも剣の事しか考えていないイオリに女心を理解するのは容易ではなかった。


カニ饅頭は、鰻屋のオヤジが料理の武者修行の旅に出ていた時に偶然見つけたもので熱々の饅頭を噛むとカニ味噌を絡めた濃厚なカニ汁が溢れ出し火傷を覚悟しても食べずにいられないと言う逸品なのだとミツキが熱く語った。


「よだれ、よだれ」

ミツキは、自分の話で既によだれを垂らしていた。慌てて口元を拭うミツキ


「そこまでとは……カニ饅頭の奴め」


イオリは、関心するとともになんだか急に興味が湧いて来た。


「よしっ! 」


イオリとミツキのカニ饅頭への旅が決まった瞬間だ。


「ワダツミって言ってたような気がするよ」


ワダツミ? イオリはその名に聞き覚えがあった。過去の記憶を探り該当するものを脳内で検索する。


「ワダツミ……ワダツミの里っ!」


海の近くの小さな村落、それがワダツミの里であった。


「おいっ、ワダツミってのは確かなんだろうな」


イオリは、ミツキの両腕を掴み顔を近くに寄せた。突然の行動に驚くミツキ。


「なななななーーーーっ! 近いぃぃぃー!」


がすっ!


ミツキの頭は、イオリの顔にめり込んでいた。

本能的な回避行動であり、的確な撃退手段でもある。以前ユリネから教わった技だ。


「ミ、ミフキ、はに、ふんだよ」


鼻血を垂らしながら、フガフガと話すイオリに対して、ミツキが答える。


「確かにワダツミに間違いないよ。 でもそれが今のセクハラと関係あるの⁉︎」


「セ、セクハラ……。いや、せちがらい世の中になったもんだな。親しいミツキだからこそできる事だろ」


「えっ⁉︎」


今度は別の意味で驚いたのか顔を赤らめるミツキ。


「しかし、ワダツミかぁ、ん?、どうしたんだミツキ、お前顔が赤いぞ。饅頭が喉に詰まりでもしたんじゃ……ウグッ!」


懲りないイオリの顔面にミツキのパンチが炸裂した。飛び散る鼻血が虹を描いた。


「何かありましたか?」


騒がしさにつられてクダンが様子を見にやって来たのだが、座敷の様子を見て全てを察した。

やれやれという顔のクダンに事情を説明をするとやっぱりねと苦笑い。


「私もグルメの端くれ、痴話げんかに興味はありませんが、そのカニ饅頭には心惹かれますね」


カニ饅頭は、クダンの琴線にも触れたようだ。

遠くを見るような様子のクダン


「色々突っ込みたいところだが、今はいい。クダンさん、もしワダツミの事を知ってたら教えて欲しいんだ。俺も里の名前を知っているだけだから」


「ええ、私も詳しくは分かりませんが、聞いた所によると魔剣の一族が住む里、そんな都市伝説があるようです」


「「…………。」」


都市伝説で軽い笑いを目論んでいたクダンの狙いは大きく外れた。


むしろ難しい顔付きになったイオリにミツキは不思議そうな顔を向ける。


「どうかしたのイオリっ」


考え込んでいたイオリはミツキの声にハッと我にかえってつぶやくように言った。

しばらくイオリの中で燻っていた疑問、その答えがありそうな気がしたのだ。


「ワダツミの里……ユリネの故郷だ」

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