第66話 『悔恨』
加納は、ただ強き者に渇望していた。己の全てを出し切って闘える相手を探し求めていたのだ。
そしてここに望んだ敵の存在があった。
間合いを一気に詰めた加納は、イオリに襲いかかった。打ち合いを仕掛けてきたのだった。軽く打ち込んできたようでも鬼の姿の一太刀は、大木をも切り倒す程の力があるだろう。イオリも鬼の姿であればこそ、この攻撃を凌ぐ事ができるのだ。
隙を見せれば勝敗は一瞬で決まる。そんな考えがイオリの頭をかすめた。ただそんな緊張感が不思議と心地良かった。イオリもまた強き者を求めるひとりの武人であったからだ。
「嫌いじゃないな」
イオリは、独り言のように呟いた。
加納との剣の打ち合いは、暫くの間続きやがてほんの僅かの間合いが出来た……
その瞬間お互いが、相槌を打つかのように闘気を高めた。
およそ常人の眼では捉え切れぬ高速の秘剣が繰り出される。
"燕返し"
"陽炎"
両者がすれ違い、鮮血が飛び散った……
膝を付き崩れ堕ちたのは、イオリの方だった。胸から血が溢れ地面を赤くそめた。
「ふっ、少し浅かったようだな」
加納は、立ちすくみ残念そうにイオリを見下ろした。
燕返しは、二連撃の技、そして陽炎は本来人体の急所を狙うための三連撃の技なのだ。最後の一太刀は、イオリの心臓近くを切り裂いていた。
かろうじて致命傷を避けられたのは、若干イオリが無意識に防御を頭において剣を繰り出した為であったのだが、それは本人の自尊心を酷く傷つけた。
「情け無いな、怯えた剣で勝てる訳がない」
イオリは、傷を確かめ、ゆっくりと立ち上がった。勿論"燕返し"以上の技がある訳でも無く、傷付いた身体に勝機は薄かった。
だがここで自分が倒れたら小村丸や二ノ宮は、無事では済まないだろう。その思いだけがイオリを再び立ち上がらせていたのだ。
「負けられねえ!」
イオリが剣の柄を握りしめた時、突然奥の扉が開いた。
「ミ、ミツキっ⁉︎」
イオリだけでなくその場の全員が扉の前に立つミツキの姿を見た。オビトが封印されているはずの部屋の扉が中から開けられたのだから当然だ。
ミツキは、傷付いたイオリの姿を見て心配そうに顔を強張らせたが、すぐに怒ったような顔をして言った。
「イオリっ! そしてお父様! これは、一体どう言う事ですか!」
小村丸は、残り最後の影を凍らせた後、ミツキにどう返答したものか、困った顔をしていた。
ますます険しくなるミツキの顔……
「誰が悪いんですか、答えて下さい! 答えなさい!」
小村丸とイオリそれに二ノ宮は、一斉に水無月師範を指差した。ミツキに調子を狂わされた加納までもが親指で水無月を指差している。
「やっぱりお前かあーーっ!」
ミツキの声のデカさにビクッと震える水無月。
「佐々木イオリと言ったな。その娘のせいで、すっかり興ざめだ。今度会った時は、もっと腕を磨いて来るんだな。ガッカリさせてくれるなよ。ああ忘れるところだった、水無月師範お前はもう用済みだ」
加納は、水無月目掛けて剣をひと振りした。
斬撃が水無月の体を切り裂き、一瞬にして喋る事のない骸に変えた。
そして加納はニヤリと笑い、いつの間にか用意していた転送陣に飛び込んだ。
「武帝を倒した程度で自惚れない事だな……」
加納の捨て台詞を残して転送陣は消え去ってしまった。結果逃げられた形にはなったが、イオリが窮地を凌いだ事に間違いは無かった。
「小村丸先生、アイツは俺達が武帝を倒した事を知っていたようですね。だったら味方である武帝を見殺しにしたんでしょうか」
「その話は水無月師範が生きていれば探り様もあったんでしょうが……」
水無月は既にこと切れており、もはや何の情報も得られない。考えてみれば味方に裏切られる哀れな結末であった。
小村丸は二ノ宮と相談し水無月師範は、突然現れた影の襲撃に命を落としたという話におさめる事にした。
後の処理は二ノ宮に託し、小村丸はオビトの封印されている棺ある部屋に向かった。
棺の蓋を開けるとやはりそこにオビトの遺体は無かった。水無月は、オビトが逃げ出した事を外部にひた隠しにしていたのだ。恐らく相談に乗ったのが武帝セツナであったのに違いなかった。
オビトに対抗するべく作り上げた組織はいつの頃からか私利私欲を持つ様になり、金と権力の魅力に飲み込まれてしまったのだろう。それが小村丸の見解であった。
「さて、帰りますか、イオリ殿の手当ても必要ですし」
小村丸は、二ノ宮と駆けつけた門下生に挨拶をし転送術を唱えた。
すぐに展開された転送陣に向かいながらイオリはただひとり加納の事を考えていた。このままでは終われぬ悔しい想い。そして未だ見ぬ秘剣"真燕返し"の事を……




