二十四章 お姫様はハッピーエンドのあとが問題? 王子様はエンドレス裏ボス戦! 二
「はかない五つどもえでしたね……ま、あんなものでしょうか」
ピパイパさんはアホ王子の生存だけ確認すると、画面をさっさと切りかえてしまう。
「気をとりなおし、未知なる『巨人魔王』の階層です!」
最初に到達したシャルラとニューノは通路の角に身を隠し、トラックやプレハブ小屋のように巨大な土偶の往来を見上げていた。
今まで塔の内部では見なかったけど、外の周辺にいる砂オバケではちらほら見かけていたサイズ。
動きは遅い。
幅と高さが十メートル以上の大きな通路ばかり整然と交差する地形……
「なんか、想像どおりすぎて期待はずれですね」
司会者が盛り下げるな。
「こうなりますと、道を間違えにくいニューノ選手が、騎士団の先行をさらに有利に?」
シャルラも同じことを考えていたらしく、得意げな笑みを浮かべていた。
のんびり観賞する間もなく、オレたちの移動部屋も『巨人魔王』の階層に到着してしまう。
足を引きずるメセムスがリフィヌを抱えて先行し、巨大土偶の気配を感知しながら進路を選んでくれる。
オレは徒歩で追い、メセムスの指示があればすぐに一緒に物陰へ隠れる。
リフィヌが重傷で気絶している今、戦いを避けやすい鈍重土偶は助かった。
数分ほどで『虹橋』『雷電』神官コンビの『巨人魔王』階層到達もコウモリが知らせる。
ポルドンスとタミアキは無傷に近く、元からの身体能力も高いマッチョコンビ。
さらにほとんど間を空けず、ニューノさんが次の移動部屋を起動……はやっ?!
ラストスパートがはじまっている!?
メセムスに周囲を警戒してもらいつつ、指示をもらいながらオレが移動部屋を調べる。
リフィヌに比べてしまうと、かなり時間がかかる。
ひとつのハズレを確認し、もうひとつを当たりと確定して起動させたところで、騎士団が初代覇者『王道の勇者』の階層へ到達。
地形は一目瞭然。
シャルラの顔が輝き、オレは顔をしかめる。
視界をさえぎるものがほとんどない。やたら広大な空間だった。
十数メートルの天井までのびる細い柱がまばらにあるだけ。
床は一辺十メートルの正方形タイルで、十メートルほどの深さの床穴で隔てられて複雑な迷路になっていたけど、通路自体の起伏はまったくない。
土偶の姿も見えない?
全体はおそらく、巨大円柱の塔を十二分の一のケーキ状に隔てた三角形。
その先端になる塔の中央付近で、巨大な壁にはさまれて巨大な柱が輝いている。
外壁側は遠すぎ、天井と床に挟まれた線となってかすんでいる。
ニューノさんがうずくまり、頭を抱えていた。
探知魔法の連続使用で消耗している?
それでも震える指で中央方向をさしていた。
おそらくは優勝アイテム『あとの祭の絵日記』の位置。
「それだけわかればけっこう! あなたはそこで追撃者に備えなさい!」
シャルラは浮かれた笑顔で駆け出す。
オレたちの移動部屋も停止するけど、また『巨人魔王』の階層。
速度は良かったけど、距離が短かった。
うずく左手の痛みにかまっている間もなく、乗り継ぎを探してあせる。
「速度安全。搭乗を推奨しマス」
速くはないけど、ほかを探すよりは早そうな移動部屋を見つけて乗りこむ。
なかなか閉じない壁にいらつく。
モニターを見上げるとシャルラは常に映されていて、ほかの選手はアップで位置がわかりにくい。
ヒギンズは肩に大きく血をにじませながら、なおも独りで追ってきている。
魔術士カップルと馬オッサンのチームは混乱気味のまま速度は落ちてない。
神官コンビはオレたちを追う三番手で……タミアキが『酔いどれの斧』をふり上げて光らせた?
オレもようやく勘が鍛えられてきたのか、はしと茶わんをかまえて閉じかけの壁から離れる……同時にタミアキが飛びこんで来る!
「にわか『酔いどれ乱舞』参る!」
メセムスもすでにかまえていたけど、リフィヌを片腕に抱え、片足を引きずっている。
レイミッサに比べれば赤い刃の動きは不安定だけど、タミアキの武術技能が補い、メセムスの腕や体をみるみる削っていく。
助けたいけど……予想どおり、玉すだれがオレの喉に!
「ヨーホー! ヘッポコ勇者くんよお! 同乗させてもらうぜえ?!」
ポルドンスも乗りこんできやがった!
今度も『難儀の玉すだれ』は『おちこぼれのはし』で相殺できたけど、今はメセムスのダメージがやばい。
かといって、オレの骨折した左手でマッチョと殴り合っても勝てる気がしない。
「手負いだろうが、元魔王と最強神官には近づかないのが一番だけどさあ? 僕らもちまちま移動装置を探る時間はない……ってわけさあ!」
「ザコのくせにしつけえんだよクソボーズ!」
「それもこっちのセリフだぜクソボーズ!」
使えそうなのは茶わん、剣、金づち……でも前回、オレがこのふたりを相手にしのげたのは、不意打ちがうまくいったから。
「ハッハー!『酔いどれ』か『難儀』でもコピーすれば少しは抵抗できるんじゃないかなああ?!」
手の内がばれていても、いちかばちかで仕掛けて早くメセムスを……。
ポルドンスがザルをかまえる。ダメ押しかよ。
『どじょうすくいのざる』は『笑いをとる意志』で攻撃を受け流す。
オレが多少の工夫をしても、もしリフィヌが気絶から起きて何発かの陽光脚を出せても、やつはプライドを捨てたアクションでしのぐ気だ!
「もちろん、どんな恥でもかくさあ!? それでカミゴッド教団のみんなに笑顔がもどるなら……ね!」
終わった? リフィヌとメセムスのために降参を……
「生殺し烈風斬!」
珍妙な技名の叫びでタミアキの背が裂け、オレの絶望も裂かれる。
なんて速さで駆けつけてんだよマイスイート師匠様!
光れ茶わん!
「半殺し烈風斬!」
「いやんばかああん?!」
ザルが光り、オレの全力斬撃をはじいて大きな炸裂音をたてる。
「こんなの当たったら全殺しじゃねえか?!」
ポルドンスが叫びながらかがみ、閉まる壁に身を隠す。
それでアレッサの追加連射は防げたけど、オレのコピー連射のひとつがザルの防御をくぐって腕を裂く。
「あが?!」
「骨ちょっと見えた気がするけど、切断できないからやっぱり、オレじゃ半殺しがせいぜいだよ」
アレッサは壁に激突し、ギリギリで乗りそこねる。
「すまない! すぐに別の移動装置から……!」
「ありがとうマイハニー!」
壁が閉まりきる。
部屋の上昇がはじまる。
タミアキは血まみれでつっぷして倒れていた。
あれこそ生殺しかどうか怪しい。
メセムスはボロボロの体でひざをつき、なおもリフィヌだけは守っていた。
「戦闘性能の。八割を損失」
左手を骨折しているオレの『はし』と、左腕に深い切り傷のついたポルドンスの『玉すだれ』による膠着が続いていた。
「ユキタン君よお?! ここはつぶし合いを避けて停戦といこうじゃないかあ?!」
「そっちから仕掛けておいて、常識ねえのかクソボーズ?!」
「だから、お前にだけは言われたくねえっての!」
オレたちはニヤニヤ顔で威嚇し合う。
「今さら信用しろともするとも言う気はねえさ! ただ、俺は仕掛けねえぞ! お前から仕掛けるか、スキを見せない限り……な!」
「同じく……タミアキちゃん! もし起きているなら自分の傷を手当しろ!」
「タミアキ! 攻撃は仕掛けるな! リフィヌならまだ動く可能性がある!」
動いたのはリフィヌだった。
メセムスの腕の中でゆっくり身を起こし、ほほえんだ。
「動きたくありませんねえ。出血による疲労が洒落になりませぬ」
タミアキがゆっくり仰向けになり、のそのそと背中を縛りはじめる。
どういう根性だよ。
リフィヌはメセムスに支えられるまま、楽な姿勢でよりかかり、それでも陽光脚でいつでも飛び出せる足の位置。
「タミアキさんなら、まだユキタン様の首をへし折るくらいはできるやもしれません……しかしその出血、やはり動けば危険ですね」
「このまま到着まで待ち、あとはオレとポルドンスが互いに遠ざかりながら進む……それでよさそう?」
「拙者とメセムスさんとタミアキさんはこのままにらみ合いつつ、救出待ちできればよいですねえ?」
「リフィヌちゃんが動かねえなら、僕だってタミアキに命がけの無理はさせたくねえさ」
「もし先にシャルラさんたちが脱落すると話も変わりますが……タミアキさん、口約束にはなりますが、私たちで残されたあとは停戦にしませんか?」
「承知」
タミアキはそれだけをつぶやき、なぜか泣いていた。
「ポルドンス……これも口約束だけど、到着してもやり合うのはなるべく離れてからにしない? 届く間合いだとリフィヌはどう言って止めようが、飛び出てきちゃいそうだから」
「オッケーエ……それはタミアキも一緒だ。約束させてもらうさ」
ポルドンスは玉すだれを握ったまま、ざるを背にしまい、片手と口を使って左腕を大雑把に縛る。
「ポルドンスをシャルラより先にたたかないって約束はできないけど」
「そいつは俺も同じだ」
「……ポルドンス」
「まだなにかあるかよ?」
「いや……平和って、戦う何倍も知恵と勇気がいるもんだね」
モニターではシャルラがもたつき、ニューノさんは追いながら叫んでいた。
「心配無用! 私にはいかなる迷路も攻略できる、必勝の戦術があります!」
「床が動いていますってば!」
床のひとつが数十センチほど浮いて、ゆっくりとずれ動いているのが見えた。
あの十メートル四方のブロックの一部、あるいは全部が最大級の土偶?
「……あれ? 元の場所に……?」
「だから壁沿い移動は無駄なんです! ありもしない知性に頼らず、ぼくの指示に従って走ってください!」
「口を慎みなさい! 私が四天王にな……れば?」
シャルラの足元から、粘液が湧き出てきた。
青いゼリーの山はシャルラを囲んでみるみる盛り上がる。
「妖魔グライム?! 用意していた切り札を!」
ニューノさんの指示で、シャルラはあわてて長いつけ爪を指にはめる。
「わ、私にこんなもの扱えるわけが……!?」
しかしひっかいた粘液の壁は、ビクビクと暴れて飛び散った。
「その爪を年中二十四時間使えることは、総隊長の数少ないとりえです!」
シャルラは粘液まみれの不機嫌顔をぬぐいながら脱出する。
「ということは、狂気を伝染させる『狂気のつけ爪』のようですね」
リフィヌのつぶやきに、ポルドンスが視線を向ける。
「あのダメ魔法道具が、不定形の体の統率を乱して……妖魔対策に使えたとはね!」
「ユキタン様をひっかくと効果がないのか真人間になるのか……ともかく、グライムさんの『魔法で結びついた体』に斬ったりつまんだりは効かないので、いざとなったら殴るほうがマシかもしれません」
リフィヌのアイコンタクト。握りこぶしを曲げる仕草。
「あと、魔法道具は不用意に見せんなよ。使う時にはなるべく隠せ。シャルラ総隊長どのに写されちまう」
「使っているのはおそらく『人真似の手鏡』ですが、あの性格では『優越感』を誰にでも持てそうなので、発動条件から封じることは難しそうですね」
狂気と優越感……ピンク頭さんの残念ぶりをフルに活かしたコーディネート。
ヒギンズは独りで『不死魔王』の階層に到達していた。
でも『大地の脚絆』がなく、『土砂走行』に使った消耗もひどく、肩の傷も血が止まっていない。
無茶すぎる強行軍で、ゾンビ土偶すらろくにさばけていない。
そこまでして死に場所がほしいかよ?
清之助は砂漠のオアシスで、無名選手らしきアルマジロ獣人を押し倒していた。
「ああっ、いやあ?!」
「体はそうは言ってない」
……がんばれよ。
よく見ると、ほかにも数人の無名選手がいる。
くどいて集めているのか?
獣人を集めて乗り継いでも、間に合う距離には思えないけど。
変態メガネの手が下着にかかり、獣人娘さんが悲鳴を上げながらも自分から腰を浮かせたところで画面が切りかわる。
魔王軍のくせに良心的な放送基準だ。
塔の外部では移動首都が『闇の勇者の防壁』にぶちあたり、大きく突き崩していた。
陸上空母『迷宮地獄の選手村』はその隙間、がれきの山を無理矢理によじのぼっている。
各勢力の派遣軍も援護に集まり、砂オバケの大群と交戦している。
「妖鬼魔王さん、えらい大放出じゃねえか? まさかこれで最後の競技祭じゃあるめえし……」
「どうだろ? あの陰険どエスが次も大会を開くなんて人のいい保障は……」
ポルドンスとの雑談で、妙なことに思い当たる。
「この競技祭って『聖魔大戦の縮図』も兼ねている? 百年じゃなく四年ごとで……」
そして優勝者が誰になっても、定期的に挽回の機会が約束されている。表面的には。
「聖神ユイーツ様を悪趣味にマネて茶化してんのか? 魔王にふさわしい所業じゃねえの」
違う。模倣した縮図に参加させて、実態を伝えている。実感させている。
清之助の発想で言えば、競技祭という娯楽番組と抱き合わせの『宣伝』ないし『教練』だ。
メセムスの参戦も、傀儡魔王への誤解……この世界で常識とされていた歴史の怪しさを知らせるため?
「ま、こういう無茶を続けて疲弊してくれりゃ、教団には都合いいけどな?」
少しは『策謀の魔王』を疑えよ。
天井の色が変わりはじめる。
ようやくオレたちも『王道の勇者』階層に到着するらしい。
「シュタルガさんも大変そうですよねえ……あ、メセムスさんもうしわけありません。もう少しユキタン様に近づけますでしょうか? はい。ええ……まあ、そういうことです」
メセムスがリフィヌを支えてさしだす。
はしで玉すだれを止めている最中になんの内緒話かと思ったけど、リフィヌの用はオレのくちびるにあった。
優しい感触。
「ん……」
第四区間におけるリフィヌ様の勇者虐待がすべて前戯に思えてくる長さ。
なのにポルドンスのアホづらを警戒してなきゃいけない苛酷さ。
あいつのせいでユキタン同盟は公開十八禁集団になりそこねた。
「ザンナさんに言われたのです。『遠慮して悔いを残すようなやつは親友じゃねえ』と」
ほっぺたへ短いキスを追加された。
「それと『最後のふんばりどころでは、これをアタシの代わりに届けろ』と」
オアシスでの別れ際か。
というかザンナは、出発前からリフィヌの気持ちを察していたらしい。
「ありがとう姉御。大好き姉御。ベッドの中でデートしようリフィヌ。結婚してくれアレッサ。もませろダイ……」
決戦を前に勇気をふりしぼる呪文詠唱だったのに、ほっぺたをねじ切る勢いでつねられた。笑顔で。
「性行為の続きのために無事のご帰還、お待ちしております」
斬り刺し蹴り踏み噛み裂き絞め殴り……かつて思い描いたハーレムとはバラエティの方向性が違うけど、楽しみには違いない。
まばらに伸びる柱の一本が出口になっていた。
見通しがよすぎて、百メートルくらい先のニューノさん、さらに先にいるピンク頭も小さく見えた。
互いに警戒しつつ周囲を見て、手ごろな分かれ道を見つける。
「オッケーエ……僕はこのまま右でかまわねえぜ?」
「オレも左で別に」
玉すだれが回収され、十分な距離になると互いに背を向けて駆け出す。
あたりからジワジワと妖魔グライムの切れ端もにじりよってくる。
「まったく、こんな距離を騎士団に先行されちまって……大よわりだぜ?!」
ポルドンスが先の柱へ玉すだれを撃ち、ロープがわりに飛んで迷路をショートカットする。
グライムの分身も飛び越し……あの動きだともう、ニューノさんかシャルラに止めてもらうしかない?
「おあっつ?!」
ところがポルドンスは着地の直後、先の柱から飛び出た人型のなにかに飛び蹴りされ、迷路の穴へ落ちる。
土偶じゃなくて、柔らかそうなのっぺらぼう……人形使いの魔法道具『即席の勇者』だ?!
玉すだれがすぐに柱へ撃ちなおされ、三階相当の高さからの激突は避けたらしい。
でも即席勇者まで勢いそのままに飛び降りて追い討ちをかける。
さらには柱から飛び出た半馬人の背からマキャラさん本人と、それにしがみついていたアハマハおばあちゃんまで……
「てめえこのクソボーズ! よくもメセムスちゃん様をキズモノに?!」
ここまで来て優勝度外視かよオッサン?!
オレを追ってきた紫コウモリが穴の下の様子を見せてくれる。
落下した全員がどこか痛めているのか、倒れたままでもつれあっている。
「ま、待て! 俺の女を何人でもやるから! 人形なんかじゃねえ生身の……」
「『なんか』だとお?! 生肉がそんなに偉いかコノヤロウ?!」
豹変しすぎの人形マニアと干物勇者が一緒に殴りかかり、ババ様までしがみつき、ポルドンスはザルも玉すだれも使えないまま袋だたきにされている。
独り通路に残された半馬人のオッサンは呆然とその様子を見下ろしていた。
そして周囲からにじりよる人間大の青いゼリーに気がつき、逃げ場を探してうろたえる。
ごめん。かまっているヒマない。
「ポルドンスと決着をつけられないとは残念だなー」
オレは棒読みでつぶやきながら先を急ぐ。
妖魔グライム対策はリフィヌがヒントをくれていた。
『魔法で強く結びついた体』『殴る』『握りこぶしを曲げる仕草』
コカコカさんから奪った『眉唾のげんのう』の『魔法で作ったものを壊す』効果を試せってことらしい。
通路の先を人間サイズの青ゼリー三体にふさがれ、はしを金づちに持ちかえる。
……でも発動条件ってなんだ?
『眉唾』ってことは……『疑う』意志か?
対象を疑う……あの体のうさんくささを?
金づちが淡く光ってくれた。
というかあれが天使とか神の使いというほうがよほど……
「びっくりハンマーだ~!」
輝きが増したので、そのままぶん殴ってみる。
人間大ゼリーの上半身がひとふりでふっ飛び、霧と散る。
「やった! 珍しくまともな効果がある魔法道具だ!」
「ではなおさら、情け容赦は無用ですね」
ニューノさんが短剣と投剣をかまえて立ちふさがっていた。
暗い殺気に満ちた目。
「ぼくは聖騎士でも最弱のひとりですから」
感情を押し殺した自嘲。
「なめてもらっちゃ困る。オレは全選手最弱……しかも左手骨折中だ!」
決め顔でほほえんだのに、冷笑で返された。
「交渉でもしますか? それともぼくをくどきます?」
シャルラは飛び散った小型グライムにまとわりつかれながらも迷路を進んでいる。
壁沿いをあきらめ、動く迷路にも慣れてきた動き。
「時間を稼げばシャルラがゴールするかもしれないけど、アレッサが突っこんでくるほうが早いかもね。本当はそっちがあせって……待った! アレッサを遅らせる!」
ニューノはわずかに動かしかけた手を止め、眉をしかめる。
「だからオレを通して」
「なにを言って……?」
「アレッサが到着したらこっちの勝ちだ。でもレイミッサの救助へ向かわせる。だから君も引き返して……」
「ぼくの阻止と、アレッサさんの到着を引き換えに? あなたが総隊長との一騎討ちを望むと?」
「いくらシャルラでも剣ならオレよりはるかに上だと思うけど、信じがたい自滅もするからオレでも可能性は……」
「ですから、残していけるわけがないでしょう?!」
わけがある。現に君は襲ってこない。
引き返す理由をほしがっていた。
「愛の勇者ユキタンは、君が不幸になることを許しません」
オレのかすかなつぶやきに、優秀な参謀様が動揺を見せる。
そしてうっかり少しだけ、モニターに映る『砂の聖騎士』の無謀な強行軍に視線を向けてしまう。
その表情に関する分析だけは、君をうわまわる自信がある。
得意中の得意……死ぬほど知っている。死にたくなるほど見てきた。
「君はヒギンズを救助する。アレッサはレイミッサを救助する。早く済ませたほうから、アホと変態の一騎討ちに割りこめばいい。お互いのためになる提案だろ?」
「騎士団とユキタン同盟、双方の未来のため……ですか?」
あまりまわりくどいこと言ってもたつきやがると、ばらすぞ……この、オッサン好きが!
という心の声もご明察いただけたらしく、小さなおかっぱ聖騎士さんは歯をくいしばった真っ赤な顔でじりじりとさがる。
今のオレの、笑顔による激怒は邪神リフィヌ様の直伝スキル。
「アレッサ! レイミッサの救助へ向かい、姉妹でいちゃつけ!」
「総隊長! 迎撃は考えず、慎重に前進だけ優先してください!」
ニューノさんが近くの柱へ向かって走りだす。
モニターはやや遅れてアレッサにきりかわる。
「わ、わかった……いいのだな?!」
閉じかけた移動装置から飛び出て転がる縞パン。
オレは迷路を見渡し、床が多少は移動しても中央へたどりつけそうなルートをしぼる。
「こんな地形、ダイカやキラティカがいれば一瞬なのに……リフィヌかメセムスが本調子でも……いや、ザンナのホウキでもかなり短縮できる。というかラカリト氏かセリハムちんなら……」
ブツクサ言いつつ早足で進む。
床のねちゃつきとは別に、足が重い。
リフィヌの気絶から、連続して魔法を使いすぎている。
疲労を自覚しにくいのは鎮痛薬のせいか?
散らばったグライムはバラバラに動いているように見えたけど、全体には引かれ合い、大きいものほど中央へ集まっている。
シャルラは『狂気のつけ爪』で斬り散らしつつ、そのたびに粘液をかぶって疲労していた。
「うかつでしたねユキタくん! その便利な魔法、利用させていただきます!」
手鏡にオレの持っていた『眉唾のげんのう』を映し……固まる。
「もしかして発動条件を知らない?」
シャルラは答えず、光っている手鏡でグライムを殴る。
ドボリとめりこむだけだった。
結局は爪で散らし、鏡を拭きながら歩き出す。
ある意味では絶望させてくれるラスボス。
モニターに映る観客の反応は複雑だった。
「やれやれ、ひどい決勝になったものだ」
「あれならオレも出るだけ出ておきゃよかった」
「でも最終区間がここまで盛り上がるなんてはじめてだろ?」
「いつも優勝が確定同然だったし、前回はいきなり横からさらって終わったし」
「だからって弱小同士の実力伯仲なんて見せられても」
「それ以前にコネ勝負だろ結局。金と交渉力だよ」
「いくらなんでもありでも、ひどくないか?」
「代理戦争だからしかたないだろ」
「どうせ茶番ならとどめも罰則つけりゃ参加しやすいのに」
「たしかに、オレは女の子と殺し合いはやだから、脱がし合いにしてくれないかな?」
「恥を知れ貴様ら。なぜ水着相撲という結論にならんのだ」
モニターがどこかの室内に切り換わり、どエスどチビ紅髪紅瞳の魔王もひさしぶりに姿を見せる。
「どうにか表彰会場を間に合わせたが……方向性のおかしな惨状もあったものだ」
なにくわぬ顔。手前のテーブルにはサラダとざるそばの山。
「しかし褒めてやろう。ここまでセイノスケにてこずるとは思わなかった」
聞き間違えじゃない。
シュタルガは観客の反応から、変態クソメガネが『迷宮地獄競技祭』をどうねじ曲げているかを知り、暗く笑った。




