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十三章 人魚とか無理だろ? それを活用するのが職人だろ! 四

「あっぶね~、どうにか間に合ったか」

 ザンナが息を切らせながら、黒毛皮のコートをだらしなくひっかけた姿で現れる。

「クリンパがもうすぐ夕勤とか言い出しやがってよお。アタシは朝メシのつもりでのんびり食っていたのに、まさか二十時間近くも眠っていたとは……あ、そんで第三区間、また組まないか? 昨日はなんだかんだで言いそびれて……ん? なにかあったのか?」

 まったくいつもの調子のザンナでうれしいのだけど。


「アレッサが先に出て、単独で動くつもりらしいんだ」

 魔女ザンナと神官リフィヌが一緒に目をぱちくりさせる。

「セイノスケとメセムスも棄権を検討すると言って音沙汰なし。戦車人魚も同盟は脱退ね。魔王配下の魔女さん、それでも一緒に行く気?」

 キラティカがじっとりとした目で探る。


「ま、まあ、ジュエビーは帰っちまうと言ってたし、ほかに組むあてもねえから……なあ、いいだろユキタン? 第三区間は実力者や派閥同士のつぶしあいが本格的になる。ひとりってだけで裸で歩くようなもんだ」

 ザンナは愛想笑いをふりまき、ボクにもちらちらすがるような視線を送る。


「別勢力のスパイにも気をつけなきゃいけないってことね? あ、もちろんリフィヌは別」

 キラティカの冷たさはザンナに容赦ない。

「戦力が増えるのはありがたいよ。いや別に、色目ひとつで言うことを聞くわけじゃないけど」

 ボクはザンナをかばいつつ、釘も刺しておく。


「その戦力が敵か味方かが問題だと言ったの。アナタ、最底辺の実力で魔法道具をたくさん抱えている自覚はある? それにザンナはワタシたちより開始がかなり遅れる。どうやって合流するつもり?」

 キラティカはほほえみながら、ボクにも容赦なかった。

「そ、それならアタシが追いついたら混ぜてくれりゃいいから。いえ、混ぜてください。あるいは見える位置で歩くだけでも。まわりは組んでいると思って手を出しづらくなるから……」

 魔王配下十八夜叉ことザンナ様は辛抱強く腰を低くする。


 リフィヌがザンナをかばうように肩をならべる。

「あの、私もザンナさんとは一緒に行けたほうが……魔王崇拝者で、だましも裏切りもする方らしいですが、その、卑怯で臆病で残念とも聞きましたが……」

 ザンナはリフィヌの胸ぐらをつかむ。

「かばうそぶりで追い討ちかけんなよ! つうかケンカ売ってねえか?!」


「魔王配下の弱小幹部を連れ出して袋だたたきにしたいってこと? 特務神官様だけに」

 キラティカがニヤと笑い、ザンナはリフィヌから手を放して一歩はなれる。


「ちちち違いますよう! なんというか、だいじょうぶだと思います! なにかありましたら小生が責任を……」

「いや、さすがに魔王様に逆らうくらいなら裏切るから、一応は反魔王急進派のオマエがそこまで言っちゃまずいだろ……え? 責任をもって抹殺とか?」

 ジリジリ逃げる弱小幹部と追う最強神官。


「まあ……それならいいだろ。今はその魔女から危険なにおいはしない」

 ダイカは迷いながらもうなずき、キラティカの心配顔をなだめる。



「というか、なんでまだ日和見ボーズがいるんだ? オマエ、第二区間でドルドナさんに勝った大金星まであげたし、もうばっくれてガキどものとこへ帰れるんだろ?」

 リフィヌがザンナと親同士の因縁があることを話した時には、ザンナもダイカもキラティカもいなかった。

「そ、それが、あの、その……」

「そ、それが、ですね。リフィヌ君、いいかな?」

 小柄な美少女エルフの小声を、大柄で肥え太ったヒゲオヤジの小声が追う。


「師匠! あ……、こちら副神官長のネルビコ様です」

 リフィヌのあとを追ってきた短いアゴヒゲの中年は息をきらせ、体格のわりにおびえるような表情としぐさでボクたちに頭を下げる。

「ど、どうもすみません。スタート直前に、本当に申し訳ない」

 魔女や獣人にまで、ヘコヘコとひとりずつに頭を下げまくる。

「師匠といっても武術ではなく、ゴマすりと日和見だけで出世を重ねて今の地位を得た、拙者の目標とする処世術の達人様です!」

 リフィヌは両腕を突き出して誇らしげに紹介する。


「あふう。もう少し遠まわしに言ってくれないと困るよリフィヌくぅん。でも今は時間がないからちょうど良いかね。うん。……いやそれより、どういうこと? ぼくの一番弟子を称する君らしくないよ。なんだってあんな真似をしてまで……いえ、決してユキタン様を疑うわけではないのですが」

 ネルビコ氏は体をかがめてゆすって懇願するように苦笑しながらコソコソと小声。

「師匠様こそ、らしくないですよ。小生に巻きこまれてしまいますから、どうか早くおもどりください」

 リフィヌは笑顔で師匠をぐいぐいと押す。


「そうは言ってもねえ。君がいなくなると派閥がいっそう急進派に傾いちゃうしさあ。教団孤児院がまた元の有様になったら、同じように立ち直せる人なんかいないよ。本当に、ビックリするくらい問題行動が減ったんだから。勤務評定も大助かり」

 太ったオッサンは押されるままに引きずられながら、いじけるような声を出す。

「心配は御無用です。あの子たちはもう、自分で正しい道を探せます……まだ少々、人見知りや乱暴な傾向はあるかもしれませんが……」


「上司を蹴り散らした貴様が、なんの心配がないと保証するのだ!」

 浴場の仕切りをくぐって、白ローブの集団が迫っていた。

 肩を怒らせて先頭をきるのはやせて小柄な口ヒゲ神官長ファイグ様。


「御入場はチケットの御購入をお願いしま~す。お坊さんでもただ見はダメで~す」

 緑ネズミさん、混浴風呂もたてまえでは観覧施設ではないはずです。

「魔物なんぞと同じ湯に触れてたまるか! 私を誰だと思っている!」

 続く両脇にも豪勢な神官衣のジジババ数人が続く。

 その後ろには高身長マッチョの男女。


「ヨーホー! やっちまったなあリフィヌ! やっちまったよリフィヌちゃんがよう!」

 口調も顔もくどいアゴ割れ『虹橋の神官』ポルドンス。

 いかつい顔にどじょうひげを生やした『雷電の神官』タミアキ。

 あと、どこかで見たような気がする眉太の大男……鼻にケガをしている。

「『不死王の未亡人』に臆して逃げたばかりでなく、よもや神官会議まで文字どおりの足蹴にするとは! 見下げ果てましたぞリフィヌどの! 今すぐ足輪を返上していただきたい! 私を繰り上げで特務にしていただきたい!」

 メイライに一瞬でのされた五人の神官がいたっけ。



「ああ~、早く来て出発時間~」

 リフィヌが泣きそうな笑顔に両手をそえてシェイクする。

「オマエなにやったんだよ……というかよくやった。とにかく玄関に入っちまえば選手以外は入れないから……」

 ザンナがリフィヌの手を引いて入ろうとした玄関に、いつの間にかふたりの白ローブが立ちふさがっていた。


 ひとりは二メートル近いのに細すぎて棒みたいな体型の女性で、青白いクセっ毛の下からうっそりと悲しげな薄笑いで見下ろしている。

「リフィヌちゃん。出発までは語らいましょう。リフィヌちゃん。語らいましょう」

 かすれた高い小声を出しながら、リフィヌの両肩をつかみ、にぎにぎと揉む。


 もうひとりはアゴの大きい角顔のドッシリガッシリした岩のような男で、目さえ合わせず無表情に拳を握ってただ直立している。


「特務神官の同僚さん?」

 玄関の中から出てきたようだし、話も通じそうにない。

「『鬼火』『綿雪』の称号を冠するベテランの先輩がたで……ことおふたりは殺傷数でダントツです」

 それは神官に対するほめ言葉?



「あの~、団体様は歓迎なんですけど、チケットは購入していただきませんと。踏み倒しなんて魔王軍のすることですよう?」

 緑ネズミさんが神官長に追いすがると、ジジババ軍団の中から比較的若い中年男が間に入って札束をつきだす。

「そうでもない。私は常習者だ。聖職者だから問題ない。だが今はことを荒立てる気はないから金で解決しよう。金の力で」

 クマの濃い冷たい目。

 頬はこけているけど筋肉質で、黒いアゴヒゲはモミアゲまでつながっている。


「あの人も話が通じそうにないから特務神官?」

 ボクが小声で聞くと、リフィヌは悲しげな笑顔で首を横にふる。

「いえ、そのような基準で選出されているわけではなく……あの高そうなローブの方々はみんな副神官長様です。最年少のショインク様は事務会計に敏腕かつ熱心なかたでして、特務の先輩がたに比べますとまだ交渉の余地が……」


 緑ネズミさんが大喜びで手を伸ばした札束が、ひょいと持ち上げられる。

「いくらだ? 釣りはあるだろうな? 団体割引は?」

 交渉の余地って……

「こ、こらショインク、カメラが盗み撮っている! 向うでやれ!」

 神官長が小声で追いやる様子も接写している紫コウモリ。

 そしてピパイパさんが露天風呂のふちに胸を押しつけ、ニマニマとコウモリマイクを突き出している。


「その者らの出発時間がせまっておりもうす。手短に伝える必要がござろう」

 比較的まともなことを言ったタミアキさんは釣りあがった鋭い目で、首、肩、手足はなみの男プロレスラーより太く、でも巨乳で、リボン三つ編みたくさんで、怪しい拳法のかまえを次々にとり……とりあえず、あの長いどじょうひげだけでも誰かつっこんでほしい。



「ガキどもは人質にとったあ! 返してほしければ言うことを聞けえ!」

 玄関から珍妙神官がふたり追加された。

 叫んだ細身の女の子は短髪で、ローブ丈もミニスカートのように短く、猛禽類のような異様に鋭い目に、低い鼻。

 叫ぶだけ叫ぶとなんのフォローもなく腰に手を当て、首をグイングイン回して鳴らす。


 もうひとりの長身女性はやたらに長くてボリュームのあるパーマ髪。

 白塗りの顔に派手なピンクの口紅と、長すぎるつけまつげ。

 長すぎるローブをひきずりながら歩き、短ローブ少女の肩に肘をのせ、フフンと鼻で笑うと誰にともなくウインク。

 特務の人事担当者を問い詰めたい。


「誤解されるようなことを言うな! ただ、リフィヌに不始末があれば、深く関わっていた孤児院は処分も含め検討せねばならんというだけで……」

 神官長の言葉にリフィヌの笑顔がなくなる。


「つまり?」

 長ローブ神官がモソッとつぶやいて首を傾け、短ローブ神官のくちびるを指す。

「ガキどもは人質にとったああ! 命が惜しければ這いつくばっ……フガ!」

 短髪神官の口を長まつげ神官が手でふさぎ、ほほえんで顔をのぞきこみながら首をゆっくり横にふる。

「お下品はだめよう……め!」


 短ローブ神官はすねたように顔をそむけてつばをはくと、むきだした歯を食いしばって露天風呂へ直進する。

「だ、誰か止めろ!『遊星』と『朔月』は水晶の情勢でも見ておれ!」

 星と月……あんなのがリフィヌに次ぐ実力の神官?!



 紫コウモリがめざとく増えだし、リフィヌの前でモニターを開く。

「リフィヌおねえちゃん……『しょぶん』ってなに?」

 モニターに映る子供たちが不安そうに見つめていた。


 リフィヌはとっさに神官帽をはずし、笑顔の消えていた顔を隠す。

「このクソボーズどもが、オマエらにメシを食わせる代わりに、リフィヌは魔王軍と戦って死ねってよ」

 ザンナがばっさりと翻訳する。

「そんなことは言っとらん! ただ、特務神官になった理由を思いだせと言っておるのだ!」

 神官長ファイグは青筋を立てて拳をふり上げる。


「お給料が上がれば、子供たちにもっと栄養のあるものを食べさせて、学校に通える子も増やせて、しあわせになれる子を増やせますから……」

 リフィヌは帽子の下で独り言のようにつぶやく。

「ばっ、ばか者! 神官には役職に応じた使命がある! 特務神官こそは、魔王軍を討ち滅ぼす最前線に立つ名誉ある役職!」

 ザンナの翻訳で合っていた。



「貴様の役割はセイノスケどのを教団の勇者として導き、魔王の配下を一匹ずつ葬り去ることだ! 次の区間では巨人将軍を排除せよ! 教団の威信にかけ、貴様の足でとどめを刺すのだ! よいな?!」

 リフィヌが神官帽をかぶりなおし、口を曲げただけの笑顔を見せる。

「神官長様。おそれながら、私にはそれでしあわせになる人の顔が浮かばないのです」


「なにをぬかしおるか! 魔物は神の意志に逆らう存在! 神のしもべたる我々が討伐する理由はそれだけで十分! カミゴッド教団の唯一絶対なる聖神『ユイーツ様』こそすべての宗教の神格を統べる意志! もう全宗派会議のお飾りシンボルなどとは呼ばせん!」

 また妙な固有名詞が出てきたけど、つっこめる雰囲気ではない。


「古代、異世界を問わず、多くの宗教に共通する神の意志は『悪の撲滅』にあり、その意志に貢献することこそカミゴッド教徒の栄光! 魔物こそ諸悪の根源! 害虫と変わらん! 一匹残らず駆除してこそ、この地上に楽園は現出するのだ!」

 神官長ファイグは宗教的な陶酔状態の熱弁を一段落させ、はたと周囲のしらけた目に気がつき、次になぜかボクをにらむ。


「……そうか! その小僧に毒されたか! 劣情で魔物と馴れ合うなど、邪教信者の自称勇者だけでよいのだ! はた迷惑な迷い子を正すべき神官が、逆に異世界の邪教に惑わされるとは何事か! 危機意識が壊れただけの役立たずを甘やかすな!」

 ボクはとっさに謝りかけて踏みとどまる。


「貴様がとりいるべきはセイノスケどのだ! 広大なる知識、鋭敏なる判断、強靭なる精神、頑健なる肉体……あとは少々風変わりな性格さえ我々が導けば、新たな時代の勇者は完成する!」

 性格さえって、そこが致命的な問題だろ。


 神官長は黙りこくるリフィヌに、少しだけ柔らかい顔を見せる。

「リフィヌよ、貴様は高位神官の中では珍しく人望がある。教団もその慈悲と寛容の精神を否定するわけではないのだ。だが害虫や病原菌まで『尊い命』などと言って守っていたら、下手な魔女よりもはた迷惑ではないか」

 どこかで聞いたセリフだ。

 リフィヌは口だけでほほえみ、じっと聞いていたけど、目は一度もそらしてない。



「小生はまだカミゴッド様の深遠膨大なる教典、そして古代や異世界の宗教について研究をはじめて日が浅く、聖神ユイーツ様の真意にどれほど近づけたかはわかりません。しかし私に感じとれた共通する神様の意志とは『いいことをして、いいひとになり、いいせかいをつくろう』です。私はそれだけを子供たちに教え、自身の信条としております」


 ひらがな三行。

 わかりやすく、『悪の撲滅』よりずっと温かい、リフィヌらしい教えだ。

 でも『陽光の神官』はその教えを今、とても厳しい眼差しで語っている。

「私にわかる『いいこと』は『誰かにほめられること』ではありません。『誰かをしあわせにすること』です」

 神官長は首をひねって『はあ?』と言いたげな顔になる。


「唯一絶対なる聖神ユイーツ様は全知全能の創造者でもあり、そのすべての創造物には必ず意味があると教わりました。私たちはすでに、害虫と思っていた虫によって開発できた農業技術があり、菌の研究で防げるようになった疫病もあります……まして魔物がもたらした人類への恩恵、貢献は数限りありません」

 神官長ファイグの片眉がピクリと上がる。


 リフィヌは魔女ザンナに問われた『害虫や病原菌を守るべき理由』を、ずっと考えていたらしい。

 かといって、神官長を逆撫でして争う必要なんてないだろうに。

 競技続行であれば、その理由がなんであれ教団は歓迎だろうから、今までどおり適当にごまかせないのかな?


「神様の創造したものを害悪ではなく、本来の役割へ近づける……それが私にわかる『しあわせにすること』であり、『いいこと』です」

「だが現に魔物は目の前で奪い殺し続け、人々の意志も幸福も踏みにじっておるのだ! 現実を見んか! 貴様はただ戦場に疲れ、甘い妄想に逃げたがっておるのだ!」


「もちろん、すべての存在が害悪でなくなる『いいせかい』を作るには、途方もない道のりが必要です。ですからせめて、会話のできる魔物さんとは共存できる『すこし、いいせかい』を目指したいのです。どれだけ時間のかかることかはわかりませんが、すべての害虫や病原菌と対するほど難しいこととは思いません」



「邪悪なる魔物の存在意義など、つぶされることだけだ! 未熟なる人類を鍛えるための障害物でしかない! 稽古場にある人形と同じく、たたくだけたたき、粉砕して燃やしつくすことでその意義をまっとうする存在なのだ!」


「それは神官長様が、人形が動き、話し、泣き笑いする姿を見てないだけでは?」

「な……に?」

 神官長の片眉が釣りあがる。

「本当は気がついているのに、見ようとしていないだけでは?」

「な……に?!」

 神官長の両眉が釣りあがる。


「神のしもべたる私たちもまた、少なからず奪い殺し続けて生きております。それは神様の意志に遠い私たちの未熟の現われです。誰にどうほめられても、誰かを傷つけしあわせを奪うことなど、絶対の正義である神様の意志ではありません」

 リフィヌは表情も口調も静かでありながら、はっきりと反論する。



「貴様っ、神官長である私の卒業論文を否定する気か! 運がよかっただけの自殺志願者の妄想なんぞに踊らされるでない! そやつは魔竜に勝とうが、道具も寄生対象もなければ全選手最弱は確実な能無しのドシロウトではないか!」

 そろそろ泣きながら床へ頭をすりつけたい気分だ。

「魔王配下筆頭へ挑んだ選択は運ではありません。そして最弱のシロウトさんだからこそ、その選択は比類なき勇敢と言えます」

 そんな超絶かっこいい解釈をこのブタヤロウめに……もう少しがんばろう。


「さかりのついた小僧が、戦場の緊張で自暴自棄となってラブコメ主人公きどりになっとるだけであろうが! そんなものは勇気ではない! 世界を救う勇者の資質ではない! 節操なく婦女子を求めることが勇気ならば、青少年男子のほとんどは勇者になってしまうではないか!」

 おっしゃるとおり過ぎてボクは土下座の五秒前。


「私はユキタン様が節操なしにくどき続けるお姿を見てきました……戦場の緊張の中で、最弱シロウトの少年が、相手を傷つけずに仲を深めようと努力していたのです。それは途方もない遠回りであっても、みんながしあわせに共存できる世界へ導きうる意志です。どれだけ可能性が小さくとも……ユキタン様こそ、最も勇者にふさわしい選手です!」

 ボクはだしかけた両手をひっこめる。

 リフィヌのまじめすぎる期待に、焼きごてで抑えられたような恥ずかしさを感じた。



「聖魔大戦で虐殺の限りをつくした魔王軍をのさばらせて、なにがしあわせか!」

「神官長様こそ現実を見てください! 魔王はすでに人間との抗争などに興味はなく、迷宮地獄競技祭の開催により、統治は次の段階へ入っております! すべての魔物を敵にまわす徹底排除こそ妄想なのです!」

 この全方位スマイルの金髪ちびエルフは、本性では自他にとことん厳しい。

 まるで高位の神官様みたいだ。


「教団にたてつく気か?! 神官会議の決定に異議を唱えるなど、すべての神官を敵にまわす宣言となるぞ!」

「神官が従うのは教団ではなく、神様です! 私は『陽光の神官』! 神様に誓い、勇者様の盾となる者です!」

 ボクの知る限り、最も勇者に近い存在は、今のリフィヌだ。


「それに……拙者、サボり大好きダメダメ神官ですが、神官は神官です。自らの信条である『いいこと』から逃げだしては、教え子たちに顔向けできません」

 リフィヌは人質にとられた子供たちの顔をわずかずつ見上げる。

「だからみんな…………ごめんね」

 歯を食いしばって笑顔を見せるリフィヌを、子供たちはじっと見つめた。

「リフィヌおねえちゃん、かっこいい!」

 そして笑った。



「子供たちを見捨てるつもりか?! あきれた慈悲と寛容だな!」

 神官長が叱責し、周囲のえらそうなジジババ神官も同調する。

 先に捨てたのアンタたちでしょうが。


「心配すんな。あのガキどもは使えそうだから、アタシがまとめて預かる」

 魔女ザンナが子供らに手をふってニタと笑う。

「……で、今度は君が子供を人質に、リフィヌを手下としてこき使うの?」

「ひ、人聞きの悪いこと言うんじゃねえよ! 協力だ協力! な?!」

 ザンナはボクの指摘に過剰にあわて、なれなれしく最強神官様と肩を組む。


「子供を引き取らせなどせんぞ! 書類上の後見人はネルビコであることを忘れるなよ!」

 養う気がないのに放さないって……餓えで殺すつもり?

 あとネルビコって誰だっけ。

「あの、私ではとてもあの子たちの抑えはききませんので……なんともはや」

 太った大柄な中年神官がマッチョ神官たちの後ろからコソコソ小声を出す……リフィヌの日和見の師匠だったか。


「私も感心しませんな。今の放送のままでは見栄っぱり貴族の寄付が減りかねません。孤児院の処分で浮くガキどものエサ代よりもです」

 会計特化型の副神官長ショインク様はカメラ注視の中でクールに神官長を諌めつつ、教団のイメージ悪化にも助勢する。


「し~かしじゃ~、リフィヌどの~には、役職の責任を考えていただか~ねば」

「そ~もそ~も、無力な少年に~、勇者は酷じゃ~ろう?」

「な~んであれ、神様の意向に~そむくのは、恐れ多いことじゃ~で」

 ジジババ神官たちは堂々と話をループさせて脅迫的な断絶を構築する。

 相手が話を聞いてないのでは会議が終わらないわけだ……ただの耐久にらめっこじゃん。


「おいリフィヌ。あいつら蹴りとばしたなら、とどめもちゃんと刺しておけって」

 ザンナは蜂の巣を作りたげに手をわきわきと動かす。

「貴様ら……こんな茶番祭のシステムで身を守りきれると思ったら大間違いだぞ」

 神官長が小声で物騒なことをつぶやく。

 リフィヌがボクとザンナを背にかばい、緊張した顔でふり向いてダイカとキラティカにも警戒をうながす。

 獣人の鋭い目はすでに玄関方向へ向いていた。

『鬼火』『綿雪』と呼ばれた高身長の女神官と冷蔵庫体型の男神官の後ろで、『遊星』『朔月』と呼ばれた短ローブ長ローブの女神官コンビがギラギラとした目で見ている。



「リフィヌとやら、面白い話だった。人間と魔物、どちらが『害虫』かは見解が異なるかもしれんが」

 コウモリの一匹がモニターを開き、魔王の微笑を映し出す。

 声は前のコウモリと上方向から重なって聞こえ、露天風呂のウサ耳リポーターも上の宮殿テラスを手で指し示す。


 リフィヌが見上げたテラスの手すりには紅髪の少女が腰かけ、卵のカラをむいていた。

「おそらくは異なるかと思います。私はどちらも害虫とは思いません。そしてどちらも小さな虫と大差なく、か弱く、手を取り合ったほうが互いのしあわせに近づける存在かと」


 シュタルガはかすかに微笑したまま聞き、急に流れ出した卵の中身を手で受け止める……温泉卵をゆで卵と勘違いしていたらしい。

「神官長ファイグ、貴様にしては面白い人材を育てたではないか。褒美というわけでもないが、わしはコース外で選手の妨害をした者、それに関わった者を徹底して排除することをもう一度だけ警告してやろう。いいか?『徹底して』だ」


 シュタルガは卵をコクンと飲みこみ、殻を真下の玄関へ投げつける。

 それは『遊星』『朔月』の手前に落ち、肩の高さの空中で不自然にはねる。

 殻の当った部分の空気がゆらぎ、空中から観念したような表情の美女……清之助くんの諜報員ルクミラさんが現われ、魔王を恐れて頭を下げる。

 どうやら『遊星』『朔月』がボクたちになにか仕掛けようとして、ルクミラさんはそれを妨害しようとして、シュタルガはまとめて牽制した……ということか。



「な、なんだね君は?」

 ボーズ軍団で最後尾のネルビコ氏が、カゴを手にした浴衣のお兄さんの密接に驚いていた。

「お、温泉卵はいかがでしょう? 今朝とれたての……」

 たぶんだけど、あの長身細身の卵売りは暗殺トカゲ娘のデューコさんだ。

 卵を食べて見せるところから、魔王の牽制だったらしい。


「おまえセイノスケの愛人だろ!」

 短ローブ神官が浴衣のお兄さんを指して叫び、卵売りがそそくさと去る。

 さすが実力者……ボクの視線で気がついてしまったのか?


「あと犬耳そろそろ締切りだろ!」

 短ローブ神官が玄関の赤髪ネズミ娘を指して叫び、ヤラブカ嬢は受付をのぞきこむ。

「あ……そうですね。ダイカ選手、失格まで残り時間、えーと……七秒です。五、四……」

「な……? ちょ……?! ま……っ!!」

 ダイカは秒読みするネズミ娘をはねのけ、出発ドアへ滑空するように飛びこむ。



「ご指摘ありがとうございます」

 なにを考えているのかよくわからない短ローブ神官は、ボクのお礼を完全に無視して神官長を指す。

「あとヒゲハゲここで仕掛けるとかアホだろ! てめえで出場しねえなら、全部オレらに任せてひっこむぐ……!」

 短ローブ神官は周りにいた神官たちに押さえつけられ、玄関へ押しこまれる……あの子はいろんな意味でてごわそうだ。


「ではそういうことで。決着は戦場にて。神様の御心のままに」

 相棒らしき長ローブ厚化粧神官の得意げな微笑もイラッとするし気味悪いし……なんでそこで投げキッスするんだよカメラ目線で。


「ファイグどの~、も~少し特務を信じてやっても~よいのでは~? リフィヌどのも~含めてじゃ~」「じゃの~」「そ~じゃの~」

 ジジババたちは自分の身に暗殺の危険が迫っていたことだけはすばやく理解し、もっともらしい言葉で神官長に撤退をうながした。


 ひょいと鳥娘セリハムが上空から舞い降り、ボクに温泉まんじゅうの折り詰めを手渡す。

「ちなみにアタチもいることはいた。なにをしていいかはわからなかった」

 素直な君が大好きだ。




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