十三章 人魚とか無理だろ? それを活用するのが職人だろ! 二
「ザンナは続行するのかな? ボクたちとの協力には誘えそう?」
「ど、どうかのう? 疲れ果てて眠りに向かったようじゃが……」
ジュエビーはザンナの名前で少し緊張した顔になった。
「しかし、勇者と認められつつあるおぬしらと長続きするとは思えんぞ? ああも狂暴な本性では……魔王様が目をかけておられるのもわかった気がしたわい」
いつでも問題児メンバーだったけど……モニターで見たチビ魔女は、また別の顔を見せていた。
ジュエビーたちを席に誘うと、蛇男さんは首から下げた大きな箱も椅子のひとつにのせる。
「それは蝸牛人のアバイチュさん?」
「ああ。受けた手傷がひどく、見せるわけにもいかない有様で」
仲間思いの蛇男ラブテマルブさんは沈痛な表情でうなずく。
「衛生上、飲食店では遠慮したほうがよかろうね」
箱から小さなテノール声が聞こえ、アレッサがビクリとはしを止める。
「みんな生きていたようでなにより……ジュエビーも通過用の魔法道具が手に入ったの?」
蛙娘は『不運のよだれかけ』を腰布に下げていた。
「ひとつ足りなかったのじゃが、緑碧竜がタワシを投げてくれよった。誇りを重んずる竜の伝統のおかげで家宝は守れ、アバイチュどのとラブテマルブどのもすぐに釈放できた」
「やっぱり続行は難しい?」
「次は寒冷地の長丁場じゃからのう。体温維持の苦手なわらわには走破だけでも酷じゃ。もう怖い思いはしとうないし、なにより、帰るなら友と一緒がよい」
ジュエビーは苦笑しながら水かきのある手で箱をパシパシとたたく。
「さて、あわただしいがこれで失礼。セイノスケどのに会えなかったのは残念だが……」
ラブテマルブは一服するなり民族衣装風の派手なローブをたぐって席を立つ。
三人を見送るとアレッサが席を立つ。
「リフィヌのことで思い出したが、私も今の内に騎士団と話をつけておきたい」
デューコさんとルクミラさんも立つ。
「情報収集にもどる。これまでの概要はラウネラトラに伝えておいた」
セリハムまで立ち上がって両翼を高く上げる。
「アタチもおバイト再突入しいので……さみちい?」
よくわからない気づかいに、あいまいな会釈で送り出すボク。
残ったのはラウネラトラ……とロックルフおじさんがいつの間にかボクの隣に。
「注文の服ができたぞい」
渡された学ランの見かけはよく再現されているけど、鎖が編みこまれてズシリと重く、綿も厚く入っている。
灼熱洞を出てもまだ蒸し暑い今は試着する気になれない。
「第三区間のゴールは恒例の巨人都市じゃ。開始地点は伏せられておるが、雪中を渡ることは間違いない。靴なども新調しておるから、宿舎に届けておこう」
ロックルフは持ってきた大きなカゴを誇らしげにたたく。
「おんしもすっかり商人みたいな顔になったのう。会ったころは斜にかまえた危険臭がしておったが」
「ラウネラトラはロックルフと前から知り合いだったの? ……というか何歳くらいか聞いていい?」
前から気になっていたけど、聞きたくない気もした疑問。
「オッサンにはだまされて売り飛ばされそうになって以来の腐れ縁じゃ。生まれ年なら同じくらいじゃったか? そういえば、異世界の御仁は実年齢へのこだわりが強いらしいのう。しかし樹人は眠りが長いし……なんと言えばよいのやら。お、いい所にセイノスケ。考えごとはまとまったか?」
ローブ姿の清之助くんが疲れた様子で座り、店員にジャスミンティーと新聞を注文する。
「あきらめて休もうとしたが、どうにも寝つけん」
ラウネラトラは清之助くんの頭をなでくり、体には包帯を巻いて触手をはわせる……珍しくまじめに治療しているのか、変態メガネが無反応なのかはよくわからない。
「年齢か……この世界には休眠を増やして肉体の老化を遅らせる技術がある。活動時間が減る分は精神年齢も遅れる傾向にあるが、冬眠と違って小まめに起きているため、見た目よりは成熟する部分も多い。そういったずれが常識になっているため、実年齢に対する意識は俺たちの世界の常識よりややゆるい。俺やユキタと同じ程度だな」
そこ、一緒にするには幅が違いすぎない?
「ただし若い姿を引きのばせる限界は二倍からせいぜい三倍。ラウネラトラやメイライのように特別な適性があっても、数倍までだ。その場合も内臓は実年齢なりの老化症状がでやすいし、無理をすれば本当の若者よりも速く寿命が縮む。そしてなにをどうやっても百年前後で衰弱死するように設定されている」
清之助くんはあごで指示し、ロックルフおじさんはうれしそうにティーカップをメガネ男子の口に運んだり、新聞をめくったりする。
「……設定?」
「教祖カミゴッドの教典によれば神は寿命の限度を百年とし、その目を誤魔化せるのも数年とされ、事実そのようになっている。だが医学的には不自然だ。活動時間を抑えて無理を避けても百二十にすら届かない。魔物の繁殖周期や『灼熱の骨』の発動条件と同じく、安全装置としての作為らしい」
「それはもしや、この世界の根幹に関わる重要なこと?」
「この世界の根幹に関わる、どうでもいい下らんことだ」
清之助くんは突然に大あくびをして頭を徐々に落とす。
「こりゃいかん。意識がある内に送らんと、認証ドアを開けられなくなる。オッサン、荷車の用意じゃ……わっちもそろそろ眠りたいが、ユキタンはどうする?」
「みんないなくなるなら、お風呂に入っておきたいかな」
「ん。伝言はロックルフに任せよう……オッサン、風呂には近づいちゃいかんぞ。ユキタンの休息にならんからな」
ラウネラトラがありがたい釘を刺し、ロックルフおじさんは悲しげな目をボクに向ける。
「別になにもせん。体の流し合いくらいはよかろうに……」
「まあ、強いて手ごめにするような野暮ちんではなかろうがの。しかし悪徳商人には変わりなし。情勢次第で豪快に手の平を返しよるから、気は許さんようにな」
オッサンはラウネラトラに笑い返しながら、特には否定しない。
昨夜はみんなで歩いた店の裏手は、独りだと妙に暗く静かに感じた。
裏路地には銭湯テントがいくつかあり、そのひとつには『ユキタン同盟御一行様』と書かれた看板。
「お、やっと来たか」
看板の裏によりかかって座っていたのはモジャモジャ頭のゴミひろい……クリンパだ。
「待ちくたびれたじゃねえか。なんでひとりなんだ? ついに見限られたか?」
相変わらずの毒舌……ザンナよりドライな毒舌。
クリンパはタオル片手にボクの背を押して急かす。
「もしかして一緒に入る気?」
「ケチケチすんなよ。ほかはイモ洗い状態でゆっくりできねえんだ」
魔竜に勝った英雄様を銭湯チケットあつかいか。
戸口の前にいるのは猿人……ではなく完全にただのメガネザルで、なにをどう教育したのか、ボクの姿を見ると器用に二本の針金で南京錠を開ける。
「あっち向けよ。背中流すくらいはやってやる」
表通りに出て声をかければ、一緒にお風呂に入ってくれるかわいい子がわんさと集まりそうな人気者が、なぜ目つきの悪いガキとふたりきり……
「セイノスケがいりゃわかってるだろうけどよ。第三区間は無理せず棄権も考えておけよ。もう今までのようにはいかねえぞ」
なにを言い出すのかと思ったけど、清之助くんが棄権を検討していたことを思い出す。
「それはなんで……? だって魔王配下筆頭を倒したのだから、優勝の最有力候補というか、もうほかの選手や魔王配下なんて……」
「うわ。なにもわかってねえヤツ発見。めんどくせえからセイノスケかアレッサに聞けよ」
「ひどいな。ザンナのことは見逃すどころかドルドナの前まで組んでいたのに」
「それは姉御に聞いたよ。だからこうして背中流してやってんじゃねえか」
「命を見逃せばなんでもするとか言ってなかった?」
「厚かましいヤローだな。姉御にもいろいろ助けてもらってんだろ?」
ああ言えばこう言う……そのとおりだけど、ボクだって助けているから……貸し借りなしかな。
クリンパはボクの髪まで洗う。
口調のわりに指先は手なれた優しさがあって気持ちいい。
ザンナもだけど、下に兄弟が多いから面倒見がいいのか?
「それはそうと、俺の実の姉貴は顔はいいけど性格が最悪でよお。ザンナの姉御に負けて子分になったくせに、いつでも寝首かくことばかり考えて、ついには仲間を虫人に売る手助けまでしやがった。挙句にだまされて自分まで『案内人』にされちまって……」
ザンナが刺した手下って……『弟たちを縛って馬車に詰めこもうと』とか言っていたのは、クリンパたちのことだったのか。
「喉を刺したのにそのまま逃げちまって、ザンナの姉御はえらく気にして探していたけど……姉御が尊敬する魔王の手にかかったんだから、悪くねえ最期だよな」
なんて人間関係だよ。
「ひとりは『命がけでかばってくれる男』もできたし……まさか『案内人』になってから願いがかなうなんて思わなかっただろうけどよ」
仕上げだけは乱暴に、手桶でお湯を何杯かボクにぶっかけるとクリンパは自分の髪を洗い出す。
ボクはクリンパの使っていた古風なヘチマをひろい、背中流しを交代する。
「オレはいいって」
とがり口の顔が恥ずかしがっていたので、少し面白くなる。
「照れなくても……このシッポは普通に洗っていいの?」
尾てい骨につながる黒い槍のようなシッポは飾りではなく動いていた。
「そ、それはさわるな! ああもう……毛並みに沿って軽く撫でりゃいいから……」
湯船にふたりきりでつかり、クリンパが調子はずれな鼻歌を続ける妙な空間になごんでいると、木戸が開いて長い蒼髪と白い細身が。
「あ、来ていたのか……!」
アレッサと目が合い、ボクは致命傷を避けるべく身がまえつつ、タオル一枚では隠れきらない神々しい胸腹腰のラインを目に焼きつける。
「そんなジロジロ見るな」
アレッサは赤くなってタオルを引き寄せながら、眉をしかめて……ほほえむ。
え。なにその反応……デレ期?! デレ期が来た?!
アレッサは誰かの手を引いている。
「っておい、ブタヤロウがいるじゃねえか! 正気かよアレッサ?! あっち向けブタァ!!」
銀髪のチビが大騒ぎでありもしない胸を必死にタオルで隠すので、しかたなく背を向ける。
「お。姉御もう起きたのか」
「クリンパ……? ユキタンなんかとなにやってたんだ? おいアレッサ、変なとこさわんなって。いいよ自分で洗うから……だからそこは……っ?!」
ザンナがくすぐられたような変な声を出す。
見たい……今のアレッサなら斬殺される恐れもなく『うっかり見ちゃったテヘ』が通じる気がする……後日ザンナに刺殺される恐れは高まるけど。
「なんと言おうが、加勢にはなっていたからな。礼はさせてもらう。夕食も一緒にどうだ?」
アレッサは湯船の外で肌をさらしているのに殺気がない。
それどころか機嫌がいい……ボクへの警戒が解けたのか?
ザンナを妹や犬の延長で手なづけ中だから?
背を向けたまま苦悩するボクは、横のクリンパがボンヤリ正面を見ていることに気がつく。
お子様特権というやつか?
でも君、年はそんなにボクらと変わらないだろ?
「クリンパ、君、ザンナのことは本当に姉として慕っているの?」
ボクは少し嫌味をこめて聞いてみる。
「ん? ……ああ、やっぱオレのこと、男だと思ってたのか?」
照れて困ったような声に驚いてもう一度クリンパを見ようとしたら、手桶が飛んできて顔にぶち当った。
「おいブタ! クリンパは女だが、手ぇだすんじゃねえぞ!」
「姉御だって何日も勘違いしてたろ。それにコイツとなら別に悪くねえよ。オレも選り好みできるツラじゃねえし……姉御が奥手すぎんだ。じゃ、お先」
クリンパは余裕のマイペースで湯船から出る。
ペタペタと立ち去る後姿はやっぱりやせすぎ……手桶の追加が飛んでくる。
「ジロジロ見てんじゃねえ! ロリコンかよ!?」
「ボクは年上の高身長好きだよ! ザンナのせいで好みの幅が広がったけど!」
「あと、豊かな胸が好みだったか?」
アレッサがクスクス笑う。
「おいユキタン……なんかの魔法か? 薬か? さっきからアレッサが気味わりーぞ?」
それはいつものことだけど、なんだか方向性が違う。
「いや、なんだか楽しくてな。うん、第二区間はいろいろつらいこともあったが、楽しかった……」
まるで明るく優しい女の子みたいに笑うので、不安になる。
ここはひとつ、何針か縫う覚悟で身をはった下ネタかまして調子をもどすべきか?
真剣にネタの練りこみをしていると、木戸をグチャリと握りつぶして投げ捨て、朱色髪の高身長モデル体型ドラゴン娘が乱入してくる。
鎧パンツ一丁のトップレスで。
「これが戸口というものであることは知っている!」
それなら取っ手を引いてください。
「この魔竜将軍ドルドナ! 勇者ユキタンが湯の誘い、たしかに受けた!」
鎧パンツを引きちぎって壁にたたきつけ、湯船へいきなり足をつっこむ暴挙。
「よし! 来い!!」
「どこへ?!」
威風堂々と湯に座す女王様の元へ下ったら、服従欲にあふれた愛の世界に行けそうではある。
「む?! これでは色香の情緒に欠ける?!」
世界の真理に気がついてくれた!!
ザンナはタオルで貧相な体を隠しながらコソコソとドルドナの腕をヘチマで洗いはじめる見事な三下ぶり……それでこそ君だ。
ドルドナは当然のように腕を預けて洗わせながら、目をつぶって思索に集中する。
「つまり恥じらいである……全身をさらした今、このドルドナに隠すべきものとは……」
真っすぐすぎて、かえって予測しがたい思考。
ザンナは角を避けながら朱色の長い髪を丁寧に洗う。
時々ボクをにらんできたけど、手つきはクリンパと同じく慣れた安定感があり、気持ち良さそうな竜娘の表情とあいまって美しい情景に見えた。
ドルドナはザンナが体に巻いていたタオルを当然のようにむしりとり、目にかかった泡をぬぐう。
ボクがあわてて目をそらすと、なぜか首根っこをつかまれて引き寄せられた。
「つまり、視覚以外であるか!」
後ろ頭に胸の弾力が押しつけられ、長い太ももがボクの両脇をはさむ。
待って。アレッサも口を開けて見てないで助けて。
ボクの頬のあたりをドルドナの鼻が探り、泡だらけの髪が首や肩を這う。
「うむ。この肌の感触、体臭、吐息、急いて交換したいような、じらされたままでいたいような……今の貴様の劣情を推し量るに、いささかの愉悦を禁じえない……どうだ?」
どうしよう。魔竜将軍の発情モードも意外に筆頭な扇情肉食ぶり……
「どうだ、と聞いておる。巨人将軍に殺される前に子孫を……」
お湯をたたきつけるように浴びせられた。
ザンナが背をむけて肩ごしに厳しい目を向けている。
「三角関係は恋愛ドラマにおける基本の盛り上げ要素である!」
ドルドナは片手でザンナの胴をつかみ上げて湯船につっこみ、強引に肩を組む。
「シュタルガが目をかけし魔女であったか? 小さな可能性と念を押してはいたが、四天王の空席を埋めうる資質とも聞いた」
ドルドナの記憶にあったことはザンナにも意外だったらしく、とまどいながらもうれしさを隠しきれない様子。
「四天王なんかで満足してたまるか」
ザンナはさっきまで奉仕していた超・格上様の腕の中で強がる。
「それこそが四天王の資格である。その意志が虚勢のみであれば、緑竜は幼きとて負かされるものではない」
小さなクシャミが聞こえ、口を抑える風の聖騎士に視線が集まる。
アレッサはこそこそ遠慮がちに湯船の向かい端に入る。
「女勇者か……いや、その目は勇者でも騎士でもないな」
魔王もにらみつけていたアレッサが、ドルドナの静かな洞察からはおびえるように目をそらした。
「だがそれゆえにシュタルガの目にとまったか。暴風の剣士、貴様が『切り裂きの魔女』として育つ様にもシュタルガは期待し、『成長は順調』と言う。つまり……」
ドルドナはズバッと立ち上がり、ボクとザンナを放り出して腰に手を当てる。
「四角関係! であるか?!」
ボクに聞かれても困りますけど、ずれかたが絶好調すぎます魔竜様。
そのままあらゆるつっこみを拒否して戸口のあった場所へ突き進む魔竜様。
「いい湯であった! 競技の健闘を期待する!」
更衣室の存在意義を無視して全裸のままテントを出る魔竜様。
裏通りに悲鳴と歓声が同時に沸く。
「夜間の往来である! 騒ぎは迷惑と心得よ!」
一喝と爆音。
戸口番のメガネザルが吹き飛ばされて湯船の近くまで転がり、アレッサはヘチマに石鹸を泡立て、ススをぬぐってやる。




