神は神なりの仕事があるわけで
一旦完結したのち更新を再開したこの稿ですが、本話をもってきっちりお開きにさせていただくことといたします。文章のトレーニングという初期の純粋な目的から徐々に逸脱しつつあり、これがどうも自分の社会的責任の付加に伴うストレスのはけ口になっているのでは、と思ったからであります。
創り手にとって創作の企図はどこまでも「創りたい」であるべきで、当然そこに自己主張が混じったとしてもそれは良い。
しかし、創りたいよりも自己主張が先行してしまうと、それは創作のあるべき姿としてはいささか不純なように思う訳でありますよ。創作において自己主張は「表現」によってなされるべきもので、それをストレートにやってしまうとそれは創作ではなくなってしまう。論説ですな。
最近頓に感じるのは「見せたい」が「創りたい」に取って代わってしまっている創り手の増加です。
宣伝・拡散希望しているのでお邪魔してみたところが、目次の上部に「半年以上更新されていません」とか見えてしまうと、非常に悲しいものがあります。
宣伝は個人の自由。
しかしながら、創ることを置き去りにして宣伝したとしても、収益のために賞味期限の切れた食品をチラシに載せるスーパーのようなもので、逆に信用を失う行為であるように思えます。
注目を浴びるのは、作品の良否、それと同じくらい重要なのは、創り手の意欲的な行動ではないでしょうか。一回あたりの更新で参照してくれるユーザが少なくとも、頻繁に更新していけば人目につく機会も増え、もしかすると関心を持って読み続けてくれる読み手が現れるかも知れない。
創作という行動こそが、創り手の注目度を高める地道にして最善の途だと思います。
一つの作品があったとします。
それを執筆している作者だけがその作品の全てを掌握している訳で、いってみればその作品の世界にとって作者は「神」です。神がゴロゴロして動画三昧なんかしていたら、いつまでたっても世界が進化する筈がありません。
住人達から苦情も出るかもしれない。
「おい、神! 俺はいつまでドラゴンと戦ってりゃいいんだ!? 早く何とかしてくれ!」
「あー、そこの神? 俺はあんたに創られた魔王だけどさぁ、いつになったら勇者がくるんだよ? 手下の連中、手持無沙汰ですっかり士気が腐っちまったよ。どうしてくれるんだ?」
「神様神様、私はこの先、先輩と付き合えるんですか? それとも振られるんですか? こんな思わせぶりな展開のまま更新停滞させて、なんて酷い神様なんでしょうか!」
世界を動かせるのは、世界を創った神、すなわち作者以外にない。
作品を手掛けるということは、一つの世界を創りだすのと同じことです。ただ、小説の場合は用いられる手段が文章のみに限定されるので、なかなか容易にいくものではないですけれども。
精力的に活動されている書き手の方と接していていつも思うのは、ご自分の創られた世界や住人達にしっかり愛をお持ちでいらっしゃるという一点です。誤解のないように繰り返しますが、世界、そして住人達に対する愛、です。
ここが大事なところでありまして、それは決して特定要素に対する偏愛ではないのです。
ある日突然異世界にトリップして、いかにも読み手の関心をひきそうな巨乳の美少女と出会い、一緒に魔王を倒してくれとせがまれた。厨二的イマジネーション全開ですが、それはまあそれで書き手の自由です。
しかしながら。
自分で創りたかった世界の一要素としての巨乳の美少女、ではなく、巨乳の美少女とのあれこれを都合よく書きたいがために異世界という舞台を選んだとすれば、そのどこに自分の世界への愛があるかということになりはしないでしょうか。そんな面倒くさいことをするくらいなら、日常のラブコメにでもしてしまった方がずっと書きやすいと思います。面倒くさい、というのは「わざわざ世界を一つ創り出すこと」を指します。その先の世界が創造できないから、世界の進化=更新が止まってしまう。
結局、世界を創りだすことには、小説という虚構であるにせよ相応の苦労が要るのですね。
先述した書き手の方々にも、当然入れ込んでいるキャラもあるでしょう。
ただ、書き手の中でしっかりとした世界が確立されているがゆえに、そのキャラが行動して活躍する素地がきちんと用意されているのです。逆に言えば、キャラを引き立たせるのは世界、という側面もあろうかと思います。
まあ、キャラの話は単に一例として引き合いに出したに過ぎません。
本当に自分の創った世界を愛せているならば、どんどん続きも書いていけるでしょうし「書きたい」と「読まれたい」が逆転を起こした欲望のもたらす宣伝合戦もしなくて済むのではないかと思うのです。
神ならば、神相応の仕事をするべきでしょうね。
さもなくば、住人達が思ったように仕事(=活躍)をしてくれなくなってしまいます。
とりとめもなくなりましたが、現状への憂慮と自戒を込めて述べることは述べさせていただきましたので、そろそろ締めることにいたします。
最後に、この稿を書き続けてきたにあたり、陰に陽にご支援を寄せてくださった方々に深く感謝申し上げます。
ありがとうございました!
いやもう、これで本当に終わりにします。




