【木彫りのハニーベア・裏章:1】
暗い部屋に、二人の存在があった。
窓一つ無く光のささないそこで、中の様子がぼんやりとでもわかるのは、どこからか光がわずかでも漏れてきているのか。それとも、一人の放つどす黒い闇が周りの闇を吸い込んでいるためなのか。
それを判別することはできない。
「カラスちゃん……、ごめん……なさい……失敗、しちゃった……」
跪いてしくしくと泣いている片方の女はマウスだ。
フォクサス族の族長コゲツに近づき、スズメを殺す指示を出したうえに毒薬を渡した、いわば今回のお話における糸の操り手。
もう一人。
カラスと呼ばれたその人物は、壁に背を預けるようにして座っている。
あちこち破れ、ボロボロのみすぼらしい衣服。ある種パンクファッションといえばそうだが。
その眼には光がない、生気がない。死人と言われてもわからないだろう。
だが、そう言った装いにはおよそ似つかわしくない点として、小さいながらも美しい王冠を頭に乗せている。
「別にいい。問題ない。最後は皆同じだから。」
かすれた声。
淡々と話すその口調には、マウスと違って何の感情も籠ってはいない。
本当にどうでもいいと思っているかのようだ。
「本当に……?ゆるして、くれる……?」
「どうでもいいと言った。」
「ありがとう、カラスちゃん」
しゃくりあげながらもマウスはお礼を言うと、立ち上がった。
背を向けて立ち去ろうとした時、後ろから声がかけられる。
「その演技、次やったらウザいから殺す」
「……ふふ。演技じゃないわ。これも私のホントウなのよ、カラスちゃん」
先ほどまでの頼りない女性の顔はどこへやら、バカにしたようにくすくすと笑うマウス。
イライラとした様子で顔をしかめるカラスとは対照的だ。
「それじゃあね。また会う時まで死なないようにしましょ。」
けして視線をこちらにやろうとしないカラスをしり目に扉を開け、マウスは外に出る。
今までいた部屋と同じ建物だとは思えないほど豪華な廊下が伸びている。
それはそうだ、ここは仮にも王城。異常というのならさっきの部屋だけがおかしい。
そうして、扉からいくらも離れていない場所には精悍さを絵にかいたような騎士が敬礼をして立っていた。
重装鎧に大きな盾、にもかかわらず腰に差した剣は明らかに両手剣だ。並々ならぬ膂力を感じさせる。
「マウス猊下、お戯れはほどほどに願います。」
「あら、シュタルン。立ち聞きはだめですよ?」
マウスの様子が変わった。
先ほどまでの悪女を感じさせる雰囲気はない。
今度は、いかにも茶目っ気のあるかわいらしい高貴な女性といった風だ。
「申し訳ございません。しかしこれもカラス陛下の安全のため。平にご容赦を」
「ええ、もちろん。あなたのような忠臣に恵まれて、あの子も幸せじゃないかしら」
「もったいないお言葉です。」
「うふふ。それじゃあ、失礼致しますわ。礼拝の時間に遅れてしまいますから」
にっこりと笑い、そこを後にする。
マウスの姿が完全に消えてしまったあと、ややあってシュタルンが扉の内側に呼びかける。
「もう、よろしいのではないかと。」
「……漸く行ったか……」
暗い部屋の扉が開かれ、ぬっと闇から抜け出す者がいる。
先ほどまではわからなかったが、肌はかなり白く、顔はそれなりに整っているようだ。髪はショートでやや細身かつ長身。中性的な容姿。
ただ、その瞳は濁っているし、目の下には不健康そうなクマがある。全体的に生気がなく、だからこそ背負っている真っ黒な大剣が異様だ。
他に目を引く点といえば、指輪をしている点だろうか。
「……」
暫くあたりを警戒したのち、敬礼しているシュタルンをよそに、スタスタと歩き始めるカラス。
後ろからがしゃがしゃと音がついてくる。
「……お前の鎧は音がすごいな」
「は!ご不快でしたら申し訳ございません!このシュタルン今すぐ責任を取って自刃し――」
「やめろ。掃除が面倒だ。ついでに代わりを見つけるのも面倒くさい」
「はは!!寛大なご処置ありがたき幸せ!!いっそう任務に専心致します!!!」
「好きにしろ……相変わらず暑苦しいやつだ」
更に音をたててついてくる。
どこか嬉しげに聞こえるのはおそらく錯覚ではないのだろう。
……カラスがこの国、ジグムント帝国に辿りついたのは数年前のこと。その頃シュタルンは門を守る兵に過ぎなかった。
元々は領地を持たない放浪貴族の出で、最低限の教養を身に着けなんとか宮廷巡回兵になったものの、上とそりが合わず門兵に左遷。
それが今や近衛兵長なのだから物事というのはわからないものだ。
まあそれを言うなら、流れ者にすぎなかったカラスが皇帝になっていることもそうなのだが。
当然、二人の間にはここに至るまでの物語があるに違いない。
だが、どうやら今はそれを語るべき時ではないらしい。
「いよいよだ」
会議室の前に立つカラス。
この先に進めば、もう後にはひけない。
供に尋ねる。
「私のために死ねるか」
「いつ死ねばよろしいですか?」
「……ふん、まったくからかいがいの無いやつだ。少なくとも今じゃない」
「は!!!」
今ここに、一つの国が天下に覇を唱えんとしていた。
――それが世界の滅びに繋がることも知らずに。
お読みいただき本当にありがとうございました。
随分と前に書いた作品でしたが、想像以上の反応をいただけてとってもとっても嬉しかったです。
書き溜め分が終わりましたので、ここでいったんスズメノオヤドの第一部はおしまいです。
続きの構想はありますが、更新頻度は作品への反応を見つつで様子見させてください。
また、今後もし第二部を投稿する場合も、第二部完結まで書き溜めし定期更新をいたします。




