↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帰ってきてほしい? では対等な国家間交渉といたしましょう  作者: 小林翼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
33/50

第33話

 地上に飛び出した瞬間、大聖堂の尖塔が崩れ落ちた。


 いや、崩れたのではない。地の底から噴き上げた黒い奔流が、内側から石造りの塔を突き破ったのだ。黒い柱は空に達し、傘のように開いて、王都の空を覆い始めた。


「結界を! ミレーヌ様、市街との境界線に全力を!」


「や、やっています……!」


 封鎖壁の線に沿って、ミレーヌの張った光の壁が展開する。だが黒い奔流からこぼれた瘴気の塊が、次々と地に落ち、蠢き、形を成していく。犬に似たもの、蛇に似たもの、人に似た、もっと悪いもの。瘴気の魔物だった。


「聖騎士隊、市民の避難誘導! 魔物は近づけさせるな!」


 クラウスの号令で、隊が散開する。街のあちこちで悲鳴が上がり、鐘が乱打され、王都は瞬く間に戦場になった。ヨハンナは避難民の列の先頭で、迷子を抱え上げて走っていた。


 リーゼロッテは崩れた大聖堂を睨んだ。黒い奔流の中心、瓦礫の底に、それはいた。まだ全容は現れていない。決壊は部分的だ。本体が這い出すまで、恐らく数刻。その前に根へ到達し、浄化を撃ち込むしかない。


「ミレーヌ様は結界の維持を! 私は地下の根を――」


 言いかけた、そのときだった。


 左手首の腕輪が、焼けつくように熱くなった。


 振り返る。ギルベルトが、膝をついていた。真昼の光の下で、その輪郭が黒く滲み、揺らいでいた。


「ギルベルト!?」


「……来る、な」


 呻く声が、既に半分、獣のそれだった。皮膚の下を黒い紋様が走り、指先が鉤爪に変わっていく。昼の変化。あってはならないことが、起きていた。


「そんな、どうして、昼に……」


 言いながら、彼女は悟った。二つの災厄は、根で繋がった一株の毒草。王都の半身が解き放たれれば、森の半身も呼応して猛る。そして森の災厄の「栓」は――この人だ。何百里離れていようと、栓には全圧がかかる。


「王都の黒淵を止めなければ、森も暴走する。でも、彼の呪いが今、限界で……」


 目の前で、選択肢が二つに裂けた。


 地下へ走り、根を断つか。それには数刻かかる。その間、変化の激痛と呪いの重圧に、衰弱しきった彼の体が保つ保証はどこにもない。


 彼の傍に残り、聖力で呪いを宥めるか。それは黒淵の本体が這い出すのを待つことと同義だ。王都が、何十万の民が、呑まれる。


「リーゼ、ロッテ」


 半ば獣と化した喉から、彼は言葉を絞り出した。金色に変わり始めた眼が、それでもまっすぐに彼女を射抜いていた。


「俺に、構うな。……行け」


「……っ」


「お前にしか、根は断てん。俺は、保たせる。三年、こいつと付き合ってきた。御し方は、心得ている。だから――」


「嫌です」


 声が、勝手に出た。


「嫌。置いていくのは、嫌。あなたはいつもそう、いつも自分だけが代償を払う側に立って、合理だと言って、一人で呑み込んで……! 今度という今度は、聞きません!」


「わがままを、言うな。比較の問題だと、教えたはず、だ」


「ええ、教わりました。ですからこれは、わがままではありません」


 リーゼロッテは、涙の膜の張った目で、しかし不敵に笑ってみせた。頭の中で、何かが凄まじい速さで組み上がっていく。腕輪。対の構造。繋がった根。彼の呪いは森の災厄に繋がり、森の災厄は王都の黒淵に繋がっている。ならば――。


「二者択一なんて、まっぴらです。両方です。両方、救います」


「……なに?」


「ギルベルト。あなたの呪い、私に貸してくださいな」


 黒い奔流が空を覆う下で、彼女は、王都の誰よりも晴れやかに宣言した。


「たった今、思いついたことがあるの。――とびきりの、荒業を」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。