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【想いが絡まるカラフルな棚】ゲテモノ申請書は信頼の証……?!

ギルルガの登場や、パジュの言葉の端々から見え隠れする星の事情。それを前に、ラジは密かに一つの覚悟を決めていた。

「パジュの目標を叶えるためには、俺じゃない『それなりの相手』と組むべきだ」

彼女の背負う背景を明かしてもらうことを条件に、いよいよ『魔魔の適性検査』を受けることになったラジ。


魔魔になる気はないと事前にきっぱり断っているものの……彼の心の内は、どうやら複雑に揺れているようで。


密室で交差する視線。

そんな彼が、パジュへと絞り出した「不器用すぎる本音」とは――!?


二人の日常と未来への想いが激しく交差する第24話、開幕です!


「はい、座高九十一センチ。いやぁ〜、さすが我が家は高身長家系だねぇ〜」


「キャー、ラジ殿! ナイスバディっす!!!」


 修二とギルルガの能天気な声が響くここは、いよいよ始まった『魔魔の適性検査』の会場――もとい、診察室の奥にある修二の自室兼研究室である。


 消毒液と微かな獣の匂い、そして用途不明の薬品のツンとした香りが混ざり合う室内には、真っ当な医療器具から怪しげな瓶がズラリと並ぶ棚、さらには学校の保健室にあるようなアナログな身長体重計まで、まさに「研究室」と呼ぶにふさわしい雑多な品々が所狭しと配置されていた。


「えっと、身長は百八十二・四センチで、体重は六十五……くらいかな?」


「ヒュ~! ラジ殿イかしてる~!! イケイケ! めちゃマブ・ピーナッツっす!!!」


 例のアナログ機器に乗せられ、修二にされるがまま、思春期のデリケート部分が公へと容赦なく垂れ流されていく。

 

 当の本人であるラジは、もはや抵抗する意思すら捨て去ったのか。身長を一・五センチは縮める気迫すら感じる容赦ないカッチカチのプラスチックで頭をぎゅむぎゅむされながら――完全なる虚無の真顔で、ただ一点、埃舞う宙を見つめていた。


「……『くらいかな』、じゃねぇんだよ。何がどうなって、こんなセンシティブな個人情報を赤の他人ならぬ、宇宙人に公開しないとなんねぇんだよ」


 深い深い溜息とともに吐き捨て、ラジはギシッと重い金属音を立てて体重計から降りた。


「モ~ウマンタイっすよ! ラジ殿の足、長アーモンドっすから!!」


 何が大丈夫なのか全く分からない、牛の鳴き声風味の異国単語で慰めつつ、ギルルガはキラキラと光を帯びた視線でラジを追いかける。


「まぁ、そりゃナルシネス様の腐りかけカシューナッツのようなおみ足よりは数億倍劣るっすけど! ラジ殿の足も、長くて綺麗で、言うなら『光り輝くお中元』って感じっすよ!!」


「……あの、ナッツオールスターで褒めてもらってるところ悪いんですけど。『種実類こそ特上の褒め言葉!』みたいな謎ルール、こっちには無いんで」


……つか、なんだ『光り輝くお中元』って。

先方から届く贈り物なんざ、大抵光り輝いてんだろが。


真夏に届くちょっと良いゼリーなんてもんは、全盛期の鉱山並みに輝いてんだよ。


 指示された通り、わざわざ半袖半ズボンに着替えさせられたことへの疑問と、予想外の状況に対する拍子抜けもあったのだろう。ラジはどこか不機嫌そうな様子で近くの診察椅子にドカッと腰を下ろすと、パイプを軋ませながら気だるげに足を組んだ。


「…………」


……ったく、どういう状況なんだよ、これ。

検査だ何だのって強制的に連れてきといて、なんか無駄に緊張しただろうが。


「きゅう、じゅう……いっち~」


 そんな内心のぼやきを遮るように、不意に耳に届いたコロコロと弾む声。その数字のカウントにつられ、ラジの視線は声のする方へと吸い寄せられていく。


 少し離れた場所では、丸椅子にちょこんと腰を下ろしたパジュが足をぶらぶらと遊ばせながら、少し古びた診察台に広げた何かの紙に向かい合っている。まるでお絵かきでも楽しむかのように、ボールペンをゆるり、ゆるりとご機嫌に動かしていた。


「ひゃく、はちじゅう……はち……じゅう……」


 思考のヒモがゆっくりと絡まっていくのを物語るように、にゅっと尖りだすパジュの口先。それに合わせるように、書類の上を滑っていた右手も徐々に速度を落としていく。


「なな……、ご、ろく……じゅう……」


「……百八十二・四、な」


 ラジはそう放ちつつ、少しの気だるさを残してサラッと立ち上がると、そのまま彼女の左隣に寄り、小さな手からボールペンをふわりと抜き取った。


 手元へと落とした視線の先―― 。


「…………」


 A4サイズの紙面には、見たこともない形状をしたプクプクと丸っこい、厚みのある謎の塊が並んでいた。字と呼ぶにはひどく怪しいが、全体のレイアウトや構造からして、これが何らかの書類の類いであることだけは間違いない。


「ここに、続き、かく」


 ワンルームで本格ペペロンチーノを作ってしまった日くらいむせ返るようなにんにく臭――もとい、強烈な異星臭プンプンオーラを漂わせる紙。パジュは先ほどまで書いていたであろう謎プクプク文字の尻をトントンと指さすと、にゅっと尖った口先のまま、頭上から影を落とすラジを大きな猫目でジッと見上げた。


「……いや、読めねぇから、これ」


「あ、なるほそ。これモモック語の、ク字」


「…………そこは『モモ字』でいいだろ」


命名委員会の奴、ラスト一文字になんちゅう量の責任を押し付けてんだよ。


 彼がしらっと見下ろす視線の先。パジュは相変わらずの真顔のまま、何かを考えるように一瞬瞳を宙に泳がせると、慣れた手付きでスッと右手を掲げた。


 ——パチンッ!


 静かな研究室に高らかに響いたその音が、まるで魔法のスイッチだったかのように。先ほどまで得体の知れなかったあの書類は、一瞬にして見慣れた日本語へと姿を変えたではないか。


「……パジュ、だから勝手に人の脳をチョイチョイすんなって言っただ――」


「わぁ~!! こりゃまた面白い書類だねぇ~!!!」


 ラジの至極真っ当な抗議などお構いなしに、密室でのおこぼれチョイチョイを頂いたであろう修二が、背後からひょっこりと顔を出して紙をのぞき込んでくる。


 獣医としての職業病なのか、はたまたただの好奇心なのか。実の息子がどこの馬の骨かも分からない宇宙人に使い魔として登録されかけているという、親として絶体絶命のピンチにも関わらずだ。

 彼は連休の新聞に折り込まれた『し〇むら』の特売チラシでも眺めるような気楽さで、ニコニコと謎の文字列を目で追っていた。


「なるほど、なるほど、こうやって管理してるんだね~。ほら、ラジも!」


 促されるまま、修二の顔から卓上へと視線をスライドさせたその先。そこで出迎えてくれたのは『魔魔申請書』という物々しい印字だった。


 おそらく、使い魔として契約を結ぶ生体の詳細な情報を記載するためのものなのだろう。身長や体重をはじめ、種族から属性に至るまで細かな記入欄がズラリと並んでいた。

 そして、これまたご丁寧に、ラジの先ほどの座高記録までしれっと書き込まれているではないか。


「ん、わーと契約する、魔魔管理局に、こり提出する。登録かんりょうで、わーの魔魔、決まりのこと」


 朝起きたら顔洗って歯磨いて〜、という国民の王道ルーティーン紹介と変わらぬ温度感で、パジュは淡々と説明とも言えぬ説明を口から放つ。


「何勝手に申請しようとしてんだよ。…………って、そこは座高の欄じゃねぇ、耳の長さだ!」


 人生最大のピンチだというのに、根が真面目なA型気質の残念な習性なのか。ラジはあらぬ場所に書かれたその数字を、思わず視線と顎先で示してしまう。


「書く場所がないからって、適当なとこに書くなよな。耳の長さ九十一センチって、ラビット族の村長だと思われんだろうが」


「りょ、りょ、りょ~」


 パジュは彼の手からパッとボールペンを取り返すと、先ほど記入した部分にピッと横線を引き、ペン先を滑らせて別の欄へと書き直していく。


「……おい、そこは鼻の欄だ。なんで隙あらば俺をアニマルフェイスにしてぇんだよ」


 結局、ラジの厳格な監修のもと、管理局側も十中八九無視するであろう座高の数値はどうにか備考欄へと収まった。

 そして、「提出物は正確に!」というA型の呪縛にすっかり囚われた彼の指示に従い、パジュはご機嫌な様子で身長や体重をスラスラと書き進めていく。


「…………」


……はぁ、ったく何やってんだか。

なんで己の『地獄直行便・ゲテモノ申請書』に、ノリノリで協力してんだよ、俺。


結局いつも、こいつの図太したたかな性格にまんまとはめられるっつうか、丸め込まれるっつうか……。


「ラジ、こりは?」


 パジュの動くボールペンをぼうっと眺めていた彼を振り返るように、彼女がくるりと首を巡らせる。小さな白い指が差す先には、太字で記された『血統』の二文字が待っていた。


「……血統……」


「ん。ラジの品種、しょうめいする。番号、あるのことか?」


 まるで出身地でも尋ねるかのような、さも当たり前といった淡々とした表情で、パジュはラジの目をジッと見上げてくる。


「あれば、かく。無い魔魔、多い。だいじょび」


「……いや、そういうことじゃ……」


……品種って。要するにこれ、こっちで言うところの犬や猫のペットとか、あるいは家畜の血統証明的なやつだよな?


主人に仕える魔物、いや、使い魔ね……。


 ラジの心にじわりと広がる、心地良いとは言えないざらりとしたシミ。

 だが、そんな息子の複雑な想いを知ってか知らぬか。すべてを一瞬でかっさらうように、相変わらずウキウキな修二が横から楽しげな指示を飛ばしてくる。


「へぇ〜、血統書付きの魔魔さんもいるんだねぇ〜。なら、ラジは『J-1KA』でいいじゃない、ハハハ」


「……はぁ?」


 突拍子もない単語に、ラジは思わず眉間を深く寄せた。


「……なんだよ、いきなり。つか、J-1KAって、そもそも何の文字列だよ」


ジェイ……ワン……。

ケー……エー……って――ジャパニーズ・ワンボーイ・黒瀬家・A型?!?!


『すご~い! なんかそれっぽいじゃ~ん!!』じゃねぇんだよ!!!!

愛する息子をスター・ウォーズの金ピカ名物ロボ、C-3POみたいに言ってんじゃねぇぞ!?!


あと、あんたの言う『魔魔さん』は、完全に『ママさんバレー』のママさんなんだよ!

絶妙に腹の立つきもきもイントネーションで、脳内に白い玉ちらつかせてくんじゃねぇ!!!!


「うわぁ~! やっぱ本物の申請書はドキドキっすね!! 自分、こんな近くで見れるなんて、光栄っす!」


 ラジの脳内で響く怒号などつゆ知らず。書類記入を遠巻きに見ていたギルルガだったが、ついに興奮を抑えきれなくなったらしい。いつのまにかパジュの傍らにすり寄り、テーブルの端に両手をついて身を乗り出してきた。

 そして、瞳の奥までキラキラと輝かせた満面の笑みで、食い入るように申請書を眺めこんでいる。


「小さかったあのパジュ様が、魔魔をお迎えなさる日がくるなんて……! 自分、ラジ殿を頭から足の親指の爪先までリスペクトっす!」


 親指の爪先という、その無駄に細かいディテールから、彼が心底リスペクトしていることだけはヒシヒシと伝わってくる。そのままスクッと立ち上がったギルルガは、パジュ、そしてラジへと順番に視線を移し、曇りのかけらもない晴天のような笑顔をニコッと向けた。


 ――だが、そのコンマ数秒後。


 彼の瞳からスッと光が消え落ちた。埃舞う雑多な研究室の空気が、一瞬にして氷点下まで凍りついたかのようにピンと張り詰める。


 感情の一切を削ぎ落とした面持ちになった彼は、恭しく右手を胸に当てると、普段より二トーンほど下がった重厚な口調で静かに告げた。


「では只今より、お二人の『精神エネルギー』、しかと検分させて頂きたく存じます。示された力の価値に応じ、この誓約書へ我が血印を捺すか否か……大変恐縮ではございますが、私がその裁定を下すことと相成ります」


「…………は?」


 反射的にその切れ長の目を鋭く細めるラジ。


「そちらをご高覧くださいませ」


 ギルルガは彼の視線を誘導するように、スッと優雅な手つきで魔魔申請書の末尾を差し示す。 その手の先には、まるで婚姻届の証人を思わせる署名欄が二箇所並んでおり、片方の枠には『龍人族』の文字が記されていた。


「魔魔申請書に求められる証人は二名。我ら龍人族は、初代国王陛下の『魔魔』であったという古きご縁もございますゆえ――片方には我らの血印が、そしてもう一方には、成人を迎えられたモモック星人の血印が必要となります」


 書類から視線を上げた彼は、右手を再び恭しく胸に当て、静かにラジを捉える。そしてまるで何かの理解を促すように、一度だけゆっくりと、重い瞬きを送った。


「あいにく、ただいまこの場におります龍人族は私ひとり。おふたりが秘めし精神エネルギー、そしてそこから紡がれる『変異能力』の真価を……僭越ながら、この私が厳に判断を下させていただきます」


「…………」


 パジュの頭上で繋がった、二人の視線。


 ギルルガの色を持たない仮面のような微笑みと、ラジの無機質ながらも見定めるような瞳。それはさながら、相反する二つの静かな圧が、奥底にてじりじりと五分五分の力で押し合っているようにも見えた。


「わぁ~、やってきなよ、ラジ! 上手く絞りだせるといいね」


「精神エネルギー、ギュッ、ギュッ」


 目の前で繰り広げられる張り詰めた空気などどこ吹く風。四歳の息子を初の乳搾り体験へと後押しするような修二の吞気な声と――飄々とした真顔で両手を前に出し、宙を揉むように動かすパジュの『エア乳搾り』。


「にぎ、にぎ、ギュッ、ギュッ」


「いいね~パジュちゃん。肩にちっちゃい酪農家乗せてんのか~い!」


 リズミカルに動く彼女の小さな両手。さらにはそれに便乗し、ボディビル大会ならぬエア乳搾り大会でしか聞こえてこないであろう嬉しいのかも不明な掛け声をかける修二。


「…………」


 そのあまりにも気が遠くなるコアすぎる光景を前に、ラジの瞳のピントはすーっと遠のき、深い諦めと虚無の色に染まっていった。

 ピンと張り詰めていたはずの彼の脳内には、馬糞の臭いすら良いスパイスになっている週末の『ふれあい牧場パーク』の壮大な景色が、幻影のように霞んで見えた。


 まさにその時――。


 ——コンコン。


 扉を叩く静かで軽い音が、ハッピー研究室牧場(仮)に響き渡る。


「お取り込み中のところ、大変申し訳ございません。私、ミルクでございますが……ギルルガさんに、こちらの舞台設置のお手伝いをお願いしたく参りました」


 こちらの異常な雰囲気を察してなのか何なのか。扉を開けることはせず、分厚いドア越しに渋く落ち着いた声だけがコトンと届く。

 その丁寧な言葉の端々から察するに、どうやら何らかの準備要員として、ギルルガをそちらへ駆り出そうとしているらしい。


「あ、じゃあ自分、ちょっと行ってくるっす!」


 ラジの視線がドアから彼へと戻ったとき、先ほどの重みはすでに跡形もなく溶け去っていた。ギルルガはいつもの華やかでカラフルな満開の笑顔を浮かべ、意気揚々と声のした出口へと歩き始める。


 陽気な足取りのまま、彼がラジの傍らを通り過ぎようとした、その時――。


「…………そこに行けば、いいのかよ」


 『判断』と『舞台』。その二つの言葉から、これから行われるであろう『何か』を正確に推測したラジが、静かに問いを放つ。

 フッと速度を落としたギルルガと、彼の射抜くような乾いた視線が、音もなく真横で交錯した。


「……はい、ご察しが良いようで」


 温かいのか冷たいのか、底知れない微笑みを浮かべると、「では、また後ほど」と言い残し、ギルルガはそのままミルクのもとへと去っていった。


「…………」


 その背中と閉まりゆく扉を、険しくも冷たい表情で見つめるラジ。


「よぉ〜しっと! それじゃあ、僕も少し動物たちの様子を見てこようかな」


 ギルルガがこの場を離れた今、小休憩のチャンスとでもいうように。修二はのんびりと朗らかな声を出しつつ、両手を天にグッと突き上げて大きく伸びをした。

 そしてそのまま両手を白衣のポケットに突っ込むと、ペタペタと間抜けなスリッパの音を響かせながら、ドア続きになっている診察室の方へと歩き出した。


「「…………」」


 ペリーの黒船ならぬ、ミルクのロマンスグレー船の来航後。嵐のように過ぎ去った一連の展開と、去り際に落とされた不穏な言葉たちを脳内で拾い集めているのか。未だ警戒の色をはらんだ真顔のラジに対し、パジュは相変わらず飄々としていた。

 

 そんな二人が、マイペースに遠ざかる修二の背中を本能のまま目で追っていると――彼はドアノブを握るやいなやクルッと振り返り、その柔らかな瞳で二人を捉えた。


「あ、そうそう! そこの二人は薬品を整理してから戻ってくれる?」


「……はぁ? あんたの薬品だろ」


「フフフ、いいから、いいから~! じゃあ、ラベルの色に合わせて並べるように。あ、あと猛毒もあるから、くれぐれも気を付けてね~」


 任せたねとでも言わんばかりに手をひらひらとさせ、彼は温かい笑い声と軽い足音だけを残し、そのまま診察室の奥へと消えていった。



***



 ――ガチャガチャ、ッゴト、ッゴト。


 修二のサイドデスクらしき机には、実験に使ってそのまま置きっぱなしにされた大量の瓶が散乱している。見たこともないカタカナのラベルが貼られたそれらをパジュが一つずつ手渡し、ラジが受け取っては、壁一面に広がる古びたステンレス棚へと黙々と収納していく。

 

 硬いガラス瓶が触れ合う冷たい音だけが、雑然とした研究室に響いていた。


「……ったく、医者ともあろう人間が管理が雑すぎんだよ」


 吐き捨てるように呟いたラジの目の前には、「同じ色でまとめろ」という先ほどの指示が嘘のように、色とりどりのラベルが交じり合う、カラフルな『原宿ポップ仕様』と化した棚が広がっていた。


「ラジィ、ほい!」


 元気に両手で瓶を差し出してくるパジュ。


「アンコール、そり! アンコール!」


「アルコール、な。パジュ、ちょっとタイムだ」


 原色カラーが入り乱れるギャルの聖地と化した棚へ、これ以上新たな要素を投入するべきではないと判断したラジ。

 彼は呑気に差し出されたパジュの両手ごと、アルコールの瓶をピタリと押さえて制止すると、まずは『白ラベル軍団』を右側へと追いやり始めた。


「パジュ、とりあえずこっちの整理が先だわ」


 棚の最上段から手を付けつつ、左へと視線を落とす。そこには、二本の瓶を掲げたまま、「タイム」の指示を忠実に守ってタコのような表情でピタリと静止しているパジュがいた。


「…………小学生みたいなことしてんな。ほら、とりあえずあっち行って待ってろ」


 呆れ顔で、先ほどまで彼女が座っていた丸椅子を軽く顎で示すラジ。

 パジュが両手の瓶をテーブルにコトンと置き、トタタタッと素直に丸椅子へ駆け寄っていくのを見届けると、彼は再度『レインボー魔界』ならぬカラフルな棚へと向き直る。


 ――そのわずか二秒後。


 ガラガラガラ~!!


 背後から荒々しいキャスターの音が響いたかと思うと、パジュが丸椅子を勢いよく押してこちらへと突進してくる。そして、そのままラジの左足元すれすれにピタリと終着させ、見事に『アイルビーバック』を果たしてのけた。


「わーも、やる」


 突っ込んできた勢いそのままに、彼女は小ぶりでチープな丸椅子へ両手と右足を引っかける。ガチャガチャと音を立てる不安定な足場などお構いなしに、今にも立ち上がろうとするではないか。


「何で戻ってきてん――いや、危ねぇって!」


 彼女へと顔を向けた時には、すでにほぼ立ち上がっている状態のパジュ。予想外の素早い動きに驚きつつも、ラジは即座に体をひねり、深く膝を沈める。

 そして、パジュの足元――彼女の唯一の命綱であるそのチープな丸椅子を、利き腕でガッと力強く掴み込んだ。


「…………はぁ、いきなり何やってんだよ。怪我すんだろうが」


 どうにか最悪の事態を免れ、小さく安堵の息を吐き出すと、ラジはそのまま沈めていた体をゆっくりと起こす。


「ほら」


 ぶっきらぼうにそう放って、彼はパジュへと支えの腕をスッと差し出した。

 彼女の小さな左手が、ラジの腕へフワリと置かれる。その微かな温もりを合図にするように、ラジがゆっくりと顔を上げた。


「「………………」」


 小さな丸椅子に立っているパジュと、その傍らに立つラジ。


 二人の間にあった身長差が消え去った、今。まるで彼らの対等な関係を証明するかのように、真っ直ぐな視線がピタリと真横で、静かに、でも確かに繋がった瞬間だった。


「………………」


 ラジの瞳に浮かんだのは、戸惑いか、それとも照れ隠しか。名状しがたい感情に揺れた視線が、たまらず一瞬だけ右下へと落とされる。

 だが、それも束の間。再び彼女を捉え直したその瞳には、先ほどの揺らぎなど微塵もない、強い決意の色が宿っていた。


「パジュ」


 腕に添えられた彼女の手をゆっくりとほどき、今度は逆に、白くか細いパジュの腕をしっかりと掴み返した。


「俺は、お前に守ってもらいたいとか、そんなこと思ってないから」


「………………」


 彼から奏でられる低く落ち着いた音が、波一つない研究室の空気に、トンッ、トンッと一粒ずつ落とされていく。


「パジュには、痛い思いとか……怪我とか……してほしくないって、本気で思ってる」


 窓越しに差し込む昼の名残の青と、忍び寄る夕日のオレンジ。

 二つの色が交じる黄昏の光が長く影を伸ばし、まるでここが二人だけの世界だとでも言うように彼らを優しく包み込んだ。


 背から光を浴び、淡いグレーの影に縁取られたラジは、絞り出すように言葉を続ける。


「だから……っ! あの契約は、パジュを守りたい奴じゃなくて、パジュを『守れる奴』と組んでほしい」


「………………」


 彼の肩越しに射し込む黄昏の光を正面から受け、淡く温かい色に染まったパジュ。

 その淡々とした表情の奥で、光を反射してビー玉のように輝く大きな瞳だけは、ラジから決して目を逸らすことなくしっかりと彼を見つめ返していた。


「……細かいことはよく分かんねぇけど、目標があんなら、それは叶えてほしいし、俺にできることがあれ――」


「ラジ、わーを、守りたい?」


 思わず口をついて出たのか。論理的に紡ごうとしたラジの言葉を遮るように、真っ直ぐな問いを、ポツリと投げかけた。


「……わざわざ聞くな」


 夕日のせいか、それとも別の理由か。急に熱を帯びた頬を隠すように、ラジはプイッと顔を背ける。

 そして照れ隠しとばかりに、掴んでいた腕をそのまま軽く手前へと引き寄せ、不安定な丸椅子の上からピョンッとパジュを床へと下ろした。


「ほら、さっさとここ片付けて、ミルクさん達のところに――」


 そのまま流れるように雑然とした棚へと向き直り、自然と二人の腕が離れていく、その最中。


 ――ギュッ。


 離れかけたラジの左手を、パジュの華奢な両手が力強く握り止めた。


「魔魔の強さは、心の、強さ」


 不意に引き留められた反動で振り返り、見下ろす。そこには、嬉しいのか、悲しいのか。それとも、今にも泣き出しそうなのか。どんな言葉でも形容しがたい、けれどひどく柔らかくて優しい笑顔を浮かべたパジュがいた。


「わーが、ラジを信じる。ラジが、わーを信じる。ふたりの気持ち、同じなら……だったら誰にも、負けない」


「……………」


 左手から伝わる温かな熱と、彼女の小さな手から脈打つ命の鼓動。その両手に込められた確かな力強さと、ここで自分が『頷く』ことの重大さを前にして。

 その全てを噛み締めるように――ラジもまた、嬉しいのか、切ないのか、それとも困惑しているのか。彼女と同じように複雑な色を滲ませた瞳で、ただ静かに見つめ返すことしか出来なかった。


 ――コンコン。


 ふいに、診察室のドアから控えめな音が響く。


「ラジィ~、パジュちゃ~ん? そろそろ終わったかな~? こっちにある瓶もお願いしたいんだけど~」


 相変わらずのんびりとした穏やかな修二の声。張り詰めていた空気がふっと緩み、二人の視線も自然とそちらへと向かう。


「僕の両手埋まっちゃってるから、ラジ、ちょっとドア開けてくれない??」


「……あぁ、うん」


 ラジは小さく応えると、もう一度、足元のパジュへと視線を戻す。


「「……………」」


 見上げられた大きな猫目の中で光る、想いが詰まった、見ているだけで胸が苦しくなるような色。表情こそいつもの真顔だが、何か言いたげにじっと彼を捉えて離さない。


「……検査だけは、ちゃんと受けるから」


 困り果てたような、それでもなだめるような優しい声でそう言うと、ラジはパジュに掴まれたままの左手を、一度だけ無言でギュッと握り返した。


 ――そして、サッと手を離すと、どこか複雑な色をまとった顔を背け、そのままドアの方へと足早に歩いて行った。



(第25話へと続く)


最後までお読みいただき、ありがとうございました!


遂にラジが、パジュへ不器用な本音をぶつけましたね……!

魔魔の契約については序盤からきっぱり断っていた彼ですが、「パジュを想う気持ち」はずっと自分の中でだけ抱え込んでいましたから、ようやく吐き出せた瞬間でした。


ちなみに謎多き男・修二ですが、片付けは絶望的に苦手なようで、黒瀬家の掃除や整理整頓は基本的にラジの担当です。

修二の適当な性格のせいで、先日もナルシネスお気に入りの『エアロビクス用・肉まん柄レオタード』を雑巾や黒いタオルと一緒に洗濯してしまい……。

結果、色移りによって肉まんにドクロのような顔(シミ)が浮かび上がり、ナルシネスを震え上がらせるという『肉まんの呪縛事件』も起きていたようです(笑)


【読者の皆様へ! ラジから切実なお願いです】


「じゃあ、俺はJ-1TOだわ(ジャパニーズ・ワンボーイ・田中・O型)」

「私の肩にも、ちっちゃい酪農家乗ってます!」

「ラジ、うちらがお前を守ってやんよ☆」


……と、少しでもクスッとしていただけたそこのあなた!

ぜひページ下部の【☆☆☆☆☆】をタップして【★★★★★】にして応援してくださると嬉しいです。


『ブックマーク』へのご登録や、ご感想なども、作者とラジの生きる希望になります!


次回、ついに幕を開ける『魔魔の適性検査』の実技!

身体検査を終え、待ち構えるは証人ギルルガの冷たい笑顔。二人の精神エネルギーから紡ぎ出される『変異能力』の力が、今ここで試される……!

果たして、どんな過酷な試験が待っているのか!? そしてパジュの口から、彼女の背景を聞き出すことは出来るのか。


波乱必至の第25話、どうぞお楽しみに!


※次回は【木曜日の18時】に更新予定です!

(執筆の進捗によっては、その次の月曜日にズレ込む場合がございます……!)



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