第十三話
「なんですの、なんですの! なんで、すぐに身を引いたんですの!」
ルベルが入っていった森の様子を見ながら、シンシアは地団駄を踏む。
その姿を見て、空中に飛びながらファーミュがため息をついた。
「相手の懐に入る一歩は、押してダメなら引いてみなだよ? 焦らしたら逆効果なんだよ?」
「逆効果でも、押して押してダメなら押してですわ!」
胸を張りながら大きな声を出すシンシア。そんな彼女の首を、ドロルは後ろから絞める。
「ちょ、何するんですの!? あ、あなたの無駄乳があったて、絞まる……絞まりますわ!」
「少しは静かにしたほうがいいと思うよシンシア姉さん。それに、マスターと副マスターがいるのにそんなに急かしたら失敗するでしょ」
「は、な、す、の、ですわ〜……! こ、呼吸が……し、死ぬ」
シンシアがドロルの腕をタップすると、ようやく解放された。
深い呼吸をして、新鮮な空気を取り込む。
「そんなこと、私の魅力があれば大丈夫ですわ!」
「……私から見てたら、姉に厄介者扱いされてた厄介者にしか見えなかったけどね」
鼻で笑いながら言うファーミュに、シンシアはビシッと音が聞こえるほど勢いよく指を差した。
「そんなことないですわ! わたくしの威厳はあったはず!」
「なかったよ」
「なかったな」
二人の辛辣の言葉を受けても、彼女の自信は揺るがない。大きな笑い声を出して誤魔化すのであった。
「やぁ、御三方」
そんなとき、ギルドマスターのティルトが声をかけてくる。思わずことに、ビクリとシンシアは体を跳ね上げた。
「な、なんですの!? わたくしは何も企んでいませんことよ!?」
「僕はまだ何も言ってないよ? 何か企んでたのかい?」
「ほ、本当に何も企んでいませんことよ! あの子を引き抜いて戦力にしようなんか考えてませんわ!」
シンシアが言い放った瞬間、ティルトは満面の笑顔を作る。ドロルは額に手を当てて、大きなため息を吐いていた。
「いやぁ、正直に言っちゃうのがシンシアだよねぇ」
ファーミュは楽しそうに浮いている。
「やっぱり、変なことを考えていたんですねシンシア!」
そんなところに割り込んできたのは、サシャだった。怒った表情でツカツカツカと足早に近づいてくる。
「うげ、サシャ……お姉様!」
「いっつもいっつも、あなたは何がしたいんですか!?」
「な、なんでもありませんのよ! ドロル、ファーミュ助けなさい!」
ドロルは肩をすくめて、首を横に振った。
「無理だよシンシア姉さん。副マスターに勝てる奴なんていないよ」
一方のファーミュは、笑いながらも動かない。
「私もパース、まだ死にたくないもん」
見捨てられたシンシアは、サシャに頭を掴まれた。
「薄情者! い、痛い痛い痛い! アイアンクローは痛いですわ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐシンシアとサシャを脇目に、ティルトが顎に指を当てる。
彼の見せる笑顔は、誰がどう見ても何か企んでいる顔であった。
「ルベルを仲間に引き入れたいなら、いいよ」
その言葉を聞いて、サシャがシンシアの頭から手を放した。
解放されたシンシアは涙目になりながら、その場にヘタレ込む。
「ティルト。本気で言っていますか?」
「僕は本気だよ。そろそろ、ルベルに仲間をつけさせてあげたいなと思っていたんだ」
「……でも、シンシアですよ? 何を企んでいるか分かったものではありません」
サシャと目が合うと、ドロルとファーミュが目を逸らす。一方のシンシアは目をキラキラさせながら、ティルトの手を握った。
「その発言、言質を取りましたわ!」
「うん、君たちみたいな小悪党くらいの悪意なら、ルベルは利用できないだろうしね」
「こあ……っ!」
ティルトの言葉に、シンシアは固まった。ショックだったのか、ヨロヨロと数歩よろける。
代わりに前に出たのは、ドロルの方だ。
「おいおい、あたしたちがあんな田舎者の娘に振り回されるような言い方だな?」
「うん、事実振り回されると思うよ。だって──」
ティルトが言葉を止めたと同時に、森の一部分が一斉に凍りつく。
その様子を見て、シンシア以下三人は言葉を止めた。目を大きく見開いたまま固まってしまう。
開いた口がふさがらないとは、まさにこのことだろう。
「この力を制御できる人間なんて、限られてるからね」
その言葉を聞いて、シンシアは小さく笑い出す。
「や、やってやりますわ!」
ドロルとファーミュは、同時に額に手を当てて天を仰いでいた。
サシャも遅れて大きくため息をつく。
「本当によろしいんでしょうか?」
「かまわないよ。彼女たちが死なないように君が見張ってくれるだろうしね」
「……はぁ」
サシャとティルトの会話は、完全にシンシアの耳には入っていなかった。




