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第十二話

 討伐依頼の場所は、平原を越えた森の辺りだった。

 多くの冒険者が行き来する街道から少しそれた場所に、ルベルはサシャについて向かう。

 そこには、ティルトが先に待っていた。


「やぁ、来たね」


 彼は笑顔で迎える。しかし、最近わかってきたことだが、ティルトの笑顔の裏にはいつも何か隠されていて怖い。

 そんな少し怯えるルベルの気持ちを知ってか知らないでか、彼は続けた。


「今日の依頼は僕が直々に出させてもらったよ」

「ティルトさんがですか?」

「うん、ある一定範囲を僕の作った結界で囲わせてもらった」


 言うと、ルベルに手招きする。首を傾げながら近づくと、彼女の手を取った。

 導かれるように空中で手を動かすと、何か熱い膜のようなものが触れる。


「僕が作った簡易温度結界さ。人間は通れるけど、温度だけは超えることができない。この中で──君は僕の補助なしでタイラントボアを倒してもらう」


 その言葉を聞いて、緊張感が高まる。補助なしということは、周囲を凍りつかせてしまうということだ。

 しかし、まごまごと怖がっても仕方ない。前に進むためには、克服するのだと決めたのだ。


「……分かりました」


 ルベルは覚悟を決めて、足を踏み入れる。一瞬、熱さに包まれるような感覚はあったが、すぐに過ぎ去った。


「……タイラントボアってシルバー帯が苦労する巨大イノシシですよね?」

「シーっ。サシャ、そういうところだよ?」


 二人が会話していたのは、残念ながらルベルの耳には届かなかった。



※※※※※※※※※※



 森の中はひっそりと静まり返っていた。彼女が歩くたびに、地面は凍りついていく。

 手をついた木は、一瞬で凍りついてしまった。


 肩を跳ね上がらせ、慌てて離れる。呼吸を繰り返し、心の中で数字を数えて平静を装う。


 冷気が出るのは仕方ない。そういう体質なのだから。だったらそれと向き合って、制御する方法を覚える。

 頭の中ではわかっているのだが、どうしても上手くできなかった。


 森の奥から聞こえる不気味な鳥の鳴き声に、思わず小さく悲鳴を上げた。

 彼女の身体から一気に冷気が漏れてしまう。地面は彼女を中心に、一瞬で一メートルほど凍りつく。


「落ち着いて……冷静に、冷静に。感情をコントロールして、冷気を出さないように……」


 なんとか抑え込んで、これ以上凍りつかないように努める。しかし、彼女の努力とは裏腹に、周囲の温度は時間が過ぎるごとに冷えていく。


 そんなとき、太い枝がへし折れるような音が聞こえた。現れたのは、自分よりも何十倍も大きなイノシシ。


「……ひゅっ」


 喉の奥から漏れたのは、声にならない掠れた空気音だった。


 逞しく大きな牙には血がついている。よだれを垂らし鼻息が荒い様子は、興奮状態だと一目で分かる。


「え……と。こんにちは?」


 現実逃避気味に挨拶をしてみる。彼女から落ちる汗が、地面の草を凍らせた。


 イノシシから大きな雄叫びが上がった。その直後、ルベルも大きな悲鳴を上げた。

 地面や木が一瞬にして氷漬けにされる。イノシシの足元も凍るが、それが動くとすぐに割れてしまう。


「こ、これがタイラントボアですかぁぁぁあ!?」


 ルベルは涙目になりながら、走り出す。そのすぐ後ろを、大きな音を鳴らし追いかけてくる。

 聞こえてくる木々をなぎ倒す音に、振り返りたくもない。


「む、無理無理無理です! ティルトさん騙しましたね!?」


 いや違う、正確には騙されていない。ただ、情報が伏せられていただけである。でもルベルには、そんな理屈は慰めにもならなかった。


 今は彼を責めてるより、この状況を生き残るのが先決だ。きっとティルトもサシャも助けてくれないだろうから。

 それに冒険者になって人の役に立ちたいと決めたのは自分だ。こういった魔物に当たるのは、遅かれ早かれ起こることである。


 だったら、自分の力で切り抜けるしかない。


 腰に提げた剣に手を伸ばしかけた。しかし、それはダメだとすぐに首を横に振る。

 ルベルは剣術を練習し始めたばかりだ。付け焼き刃では、あの巨大なイノシシに対抗できないだろう。


 だったらどうするべきか。ルベルにはもう一つ武器があるではないか。周囲を凍らせてしまう能力が。

 あれを高めれば、イノシシを丸ごと固めることができるのではないか。


 制御できない恐怖はあった。しかし、ルベルはティルトがここに入る前にきちんと言っていたことを思い出す。


──結界内の温度は外に干渉しない。


 つまり、ルベルが能力を暴走させても問題ないということだ。


 一瞬、目をつぶってから、急停止する。振り返り、迫るイノシシに両手を伸ばした。


「ティルトさん、信じてますからね!」


 言い放ち、力を込める。


 まばたきをする暇もなく、周囲が白に染まる。彼女の口から漏れる息が、氷の礫となって地面に落ちる。

 音が何もかも吸い込まれたように止んだ。草も木も土も何もかもが白く上書きされた。


 目前まで迫っていた巨大イノシシは、完全に凍りついて動かなくなっていた。

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