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竜殺しの英雄  作者: しんや
第1章 『火の精霊王』
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第5話 『炎皇狼の迷宮』

「さて、次は『炎皇狼の迷宮』だな」


 俺は『炎竜の迷宮』から時空属性下級魔術『脱出エスケープ』で抜け出し、今は入り口まで戻ってきていた。


『そうですね。一度、『桜花』の街に戻りますか?』

「いや、良い。まだ食糧も充分残っているし、攻略にどのくらい時間がかかるかもわからない。早めに『炎皇狼の迷宮』に行こう」


 『炎皇狼の迷宮』も『炎竜の迷宮』のように、俺が知っているものとは違う可能性が高い。


『わかりました。『炎皇狼の迷宮』はここから北東にあります』

「わかった。それじゃあ、行こう」


 俺は『炎皇狼の迷宮』に向けて歩き出した……




 焚き火がパチッパチッ――と音を立てて燃えている。


「それで『炎皇狼の迷宮』まで、後どれくらいだ」


 今は、迷宮に向かう途中の平原で野宿をしていた。


『明日中には到着できると思います。それとステータスを確認していただけますか、マスター?』

「……? わかった」


 俺はラグに言われた通り、ステータスウィンドウを開く。


「おっ、レベルアップしてるな。しかも、5レベルも」


 どうやら『炎竜の迷宮』の攻略でレベルアップしたようだ。


「それにしても、あそこだけでこんなに上がるなんて……確かに『ファイアドラゴン』も何匹か倒したが……」

『忘れているかもしれませんが、『アイギス』のスキルのおかげですよ』

「いや、忘れてはいないが……4倍ともなると凄いな」


 改めて【取得経験値倍加Ⅱ】の凄さを感じつつ、ポイントを割り振っていく。

 今回、5レベル上がったので使えるポイントは50だ。


「さて、何に割り振ろう……」


 う~ん、取り敢えずHP、MP、SPで良いか。

 今のところ、ラグがあればほとんどの魔獣は一撃だ。

 そうしてHP、MPに20ずつ、SPに10を割り振った。

 これでHP、MPは32000に、SPは15500になった。


『終わったようですね。明日も早いのでもう休みましょう、マスター』

「そうだな。寝るとするか……」


 ここは平原なので鋼糸で罠を張れない……

 あまり気は進まないが、【気配察知】を起動する。

 範囲は、取り敢えず半径50mくらいで良いだろう。

 俺は外套などの装備を解除し、シュラフに潜り込み休むことにした。


『おやすみなさい、マスター』

「あぁ。おやすみ、ラグ」




「へへ、兄ちゃん。有り金を全部置いて行ってもらおうか」

〈ラグ、何だこいつら……?〉

『見ての通り、野盗でしょう』

〈まぁそうだよな……〉


 俺は『炎皇狼の迷宮』に行く途中で、10人程の野盗に絡まれていた……


「ビビっちまって、声も出せないみたいだぜ!!」


 奴らは俺を囲みながら『ギャハハ』と下品に笑っていた。


〈どうするよ、こいつら……〉

『まぁ、殺してしまっても良いですが……流石に『コレ』を殺すのは、私でも気が引けますね……』


 俺は【リーブラの魔眼】を起動し、野盗たちのステータスを確認した。


〈あ~、これは……〉


 確認してみると、1番レベルが高い奴でも100ちょいだ……

 この世界では、それなりのレベルなのだろうが……


〈流石に、こいつらを殺すのは気が咎めるな……〉


 相手が人を何人も殺しているような屑どもなら、殺す覚悟もできるかもしれないが……

 アイコンを見る限り、こいつらは人を殺したことはないようだ。

 人(プレイヤー)を傷つければアイコンはオレンジに、殺せば赤になる。

 この機能は、『VLO』と変わっていないみたいだ。


「黙ってないで、さっさと金出せや!!」


 俺が考えごとをしていると、痺れを切らせたのか怒鳴り始めた。


〈ハァ……放っておく訳にもいかないし、適当にぶちのめすか……〉

『そうですね。気絶させるくらいで良いでしょう』


 そう決めると、俺は野盗たちに向け――


「おまえらに渡す金は無いよ」


 ――と言い放った。


「何だと、テメェ!!」


 野盗たちは歯を剥き出しにして叫ぶ。


〈ラグ、【杖術形態】〉

『わかりました』


 殺す訳にはいかないので、殺傷力の低い【杖術形態】を選ぶ。

 ラグが長さ2mほどの棒状になる。


「おまえ、何なんだそれは!?」


 野盗たちは一様にラグの変化に驚いている。


「うるさい。ほら、さっさとかかってこい」


 左手でチョイチョイと手招きしてやる。


「舐めやがって!! 野郎ども、やっちまえ!!」

『マスター、くれぐれも手加減して下さいよ』

〈わかってるよ〉


 いくら殺傷力の低い『杖』でも金属製だし、ステータス差もある。

 気をつけなければ殺してしまうだろう。

 野盗たちが一斉に襲いかかってくる。

 まずは正面から来た『狼族』の男の剣を杖で弾き飛ばし、逆の先端で下から顎をち上げる。


「げっ」


 かなり手加減したが、男の顎が砕けた感触が杖を通して伝わって来た。


「これはもう、骨の1、2本は覚悟してもらうか……」


 そんなことを呟きながら、右から来た『鬼人族』の足を払う。

 足の骨が折れたのか泣き叫んでいるが、気にせず鳩尾みぞおちに杖を突き込み意識を奪う。

 その隙を突こうとしたのか、後ろから来た『鬼人族』に蹴りを叩き込む。


「おまえら!! 何やってんだ!! 相手は1人だぞ!?」


 リーダーらしき『鬼族』の男――1番レベルの高かった奴――が叫んでいる。


「さっさと済ますか……」


 そう言って俺は、自分から野盗に駆けていった……

 そして、10分ほど経った後――


「意外と時間がかかったな」


 殺さないように手加減しつつ闘ったので、時間がかかってしまった。


「……お前……何者だ……?」


 息も絶え絶えのリーダーらしい男が訊いてくる。


「さぁね」


 そう言い、俺は男の首に軽く手刀を叩き込んだ。


『じゃあ先に進みましょう、マスター』

「こいつらは、放っておいて良いのか?」


 俺の周りには野盗たちが倒れ伏していたり、呻き声を上げている。


『構いませんよ。街まで連れていくのも、誰かを呼びに行くのも面倒ですし。この様子ではしばらくは動けないので、誰かが見つければどうにかするでしょう。まぁ、先に魔獣に襲われるかもしれませんけどね……』

「……確かに面倒だが……まぁ良いか。魔獣に襲われたら、運が無かったと諦めてもらおう」


 流石に俺も命を狙ってきた相手までは、気にしていられない。

 そうして俺はラグを【通常形態】に戻し、先に進むことにした。




『着きましたね。ここが『炎皇狼の迷宮』です、マスター』


 俺の目の前には、広大な森が広がっている。


「相変わらず、でかい森だな……」


 『炎皇狼の迷宮』は『桜花』の北東部に広がる広大な森だ。

 『炎狼の迷宮』も同じだったが、ここは『炎竜の迷宮』と違い『迷路型メイズ』の迷宮だ。

 『迷路型メイズ』は『迷宮型ダンジョン』や『塔型タワー』と違い、階層構造ではなく区画で分かれている。


「まだ昼過ぎだし、行けるところまで行くか」

『そうですね。行きましょう』


 俺はそう言って、森の入り口に向かって歩いていった……




 『炎皇狼の迷宮』第1区画



 俺は森の中の道を周囲を警戒しつつ、歩いていた。

 森の中は、10mほどのかなり背の高い木々の枝が頭上を覆うように茂っているので、外に比べれば少し薄暗い。

 しかし道は広く、歩き難いということはない。


「なあ、ラグ。やっぱりここも、木の上を越えていくことはできないのか?」


 『迷路型メイズ』はその名の通り、迷路状の迷宮なので木の上を越えることができれば、かなり攻略が楽になるはずだ。


『当然できません』

「そうだよな……」


 予想はできていたが、やっぱりか。

 まぁ気を取り直して行こう。




 しばらく、魔獣にも襲われることなく歩いていると、


「おっ、『ファーシェ』だ」


 道の脇の茂みに、『ファーシェ』が生えているのを見つけた。

 『ファーシェ』は見た目はヨモギに似ているそれなりに珍しい薬草で、SPの回復速度を速める『スタミナポーション』の素材だ。


「採取していくか」


 買い取ってもらっても良いし、『スタミナポーション』にしても良い。

 採っておいて損はない。


『迷宮の中には素材を採取、採掘できる迷宮もあります。これからも見つけたら採取していきましょう』

「その辺は『VLO』と変わらないな」


 それなら魔獣以外に、素材も探しつつ進むか。


『魔獣に対する警戒は怠らないで下さいよ』

「わかってるよ」


 ラグに応えつつ、素材も探しながら歩いていった。




『キュルルルゥッ』

「来たな!!」


 上空から2mほどの赤い鷹のような、鳥型の魔獣『レッドホーク』が急襲してきた。

 鋭い爪を躱し左の魔導銃を2連射したが、『レッドホーク』は急上昇し弾丸を躱す。


「チッ!! 鳥型は相変わらず面倒だ」


 鳥型は近接武器の射程外である、空中を高速で移動するので厄介だ。

 ジャンプして斬りつければ届くが、空中戦ではこちらが不利だ。(なにせ、こちらは空を飛べない)


「銃主体でやるしかないか……」


 『レッドホーク』が旋回し再び突っ込んで来るのを確認しつつ、右手に持っていたラグを鞘に納め、魔導銃を引き抜く。


「ラグの出番はしばらく無しだ」

『……わかりました、マスター』


 やや不服そうだが、仕方ない。

 俺は突っ込んで来る『レッドホーク』に向け、右の魔導銃で『散弾ショットシェル』を放ちながら右に身を躱す。

 『レッドホーク』は『散弾ショットシェル』を喰らいややスピードを落とすが、やはり距離が少しあったので致命傷には至らない。

 『レッドホーク』が俺の目の前を横切っていくのを見つつ、左の魔導銃を構える。


「そうはさせるか!!」


 『レッドホーク』が再び急上昇し距離を取ろうとするのを防ぐように、俺は翼に向けて3連射する。

 弾丸は翼を貫き、『レッドホーク』はフラフラと失速する。

 すかさず俺は、魔導銃の銃身にある近接戦闘用の刃に【纏気術】で気を纏わせつつ、『レッドホーク』へと跳躍し斬り裂いた。

 『レッドホーク』が縦に分断されつつ消えていき、後には『精霊石』が残る。


「ふぅ、終わったな。1匹なら良いが、群れで来られると厄介だな」


 ちなみに【纏気術】は武器に気を纏わせる技法で、スキル名ではなく【闘気術】の応用で熟練度が上がればできるようになるが、プレイヤーの間では何故かこう呼ばれていた。


「しばらくは【双銃】と【格闘術】でいくか」


 こうすれば、ラグも拗ねないだろう。


『……別に拗ねてなどいません』

「わかったよ。じゃあ、【格闘形態】になってくれ。足甲も頼む」

『わかりました』


 光の粒子が両手両足に集まり、指貫きの手甲と脛から膝くらいまでの足甲になる。

 【格闘形態】では鞘も邪魔になるので、右腕に巻きつく金属製のベルト状になっている。

 一応身体の動かしやすさを確認し、特に問題も無かったので先に進むことにする。




 『炎皇狼の迷宮』第2区画



「よっと!!」


 毒針を突き刺そうとしていた、でかい蜂のような虫型の魔獣『ヒュージワスプ』を左の魔導銃の刃で斬り裂き、足に噛み付こうとした狼型の魔獣『レッドウルフ』の腹を蹴り上げ、右の魔導銃で撃ち貫く。

 その隙に上空から襲ってきた『レッドホーク』をしゃがんで躱し、蜘蛛の巣を放とうとしている『ポイズンスパイダー』を左の魔導銃で『炸裂弾バーストシェル』を放ち爆散させる。


「本当にどれだけツイてないんだよ、俺は……」


 俺はまた、大きな群れに引っ掛かっていた……


「っと、危ない。そんなことを考えている場合じゃないな」


 でかい螳螂の魔獣『サイスマンティス』の振り下ろして来た巨大な鎌を右の刃で受けつつ、【纏気術】で右脚に気を纏わせ【格闘術】のアーツスキル『裂蹴爆砕』で蹴り砕く。

 そうしている内に戻ってきた『レッドホーク』に、【双銃】のアーツスキル『インフィニット・ショット』でまさに無数に分裂した弾丸を浴びせる。


「頭の上をチョロチョロと邪魔なんだよ」


 厄介な奴は倒した。

 後は『レッドウルフ』数匹に『ポイズンスパイダー』が1匹だけだ。


「さっさと始末して、少し休もう……」


 そう呟き、俺は双銃を構えた――




「つ、疲れた……」


 俺は座り込みながら、呟いた。

 あれから5分ほど闘い、魔獣を殲滅した。

 何度かアーツスキルを使ったので疲労度も高い。


『お疲れ様です、マスター』


 本当に疲れたよ……

 それにしても、ツイてなかった。

 進んでいた道が行き止まりで、軽くヘコみながら引き返していた時に、ばったりあの群れに見つかってしまったのだ。

 しかもその中に、常に数匹の群れで行動する『レッドウルフ』、『ヒュージワプス』とこの迷宮でも比較的強力な『サイスマンティス』がいたので手間取っている内に、何処からともなく『レッドホーク』が飛んできたのだ。

 これを不運と言わず、何と言おう。

 最後の方は面倒になってつい、アーツスキルに頼ってしまった。


「う~ん、鈍ってるのか? 最近、朝稽古もやっていないし……」


 この世界に来てから、どうもステータスに頼った闘い方になっているような気がする。

 この辺りで鍛え直しておかないと、この先困ったことになるかもしれない。


「よし。ラグ、【二刀形態】だ。ただし刀は一振りで良いから、いつもより少し長めにしてくれ」


 ラグに言いつつ、立ち上がる。


『宜しいのですか? 折角、【二刀流】がお使いになれるのに……』

「良いよ。二刀だと咄嗟に魔導銃を抜き辛いし、二刀の片方だけ使うには少し短いからな」

『わかりました。取り敢えず変化しますので、後で微調整をお願いします』

「わかった」


 そう言うと、ラグが一振りの日本刀に変化した。

 俺は長さや重さ、重心などの微調整をし、数回素振りして出来を確かめる。


「いつもながら完璧だな。まだ【形態変化】の登録はできたよな?この形態も登録しておいてくれ」

『はい、できますよ。形態の名称は何になさいますか?』

「そうだな……【刀術形態】で頼む」


 この形態は仙道流で闘うために登録した形態だ。

 名前もこれで良いだろう。


『わかりました。そろそろ先に進みませんか、マスター?』

「そうだな。SPも回復したことだしな」


 そう言って俺は【通常形態】とは違い左の腰にある鞘を、魔導銃を抜くのに邪魔にならない角度に調整し歩き出した。




「やっぱり鈍ってるな……」


 あれから2度ほど戦闘をして、改めて実感した。


『そうなのですか? 私には、充分凄いように思えましたが』

「いや、それはこのステータスのおかげだ。体のキレや間合いの感覚は鈍ってる」


 仙道流だけで闘ってみると良くわかった。(『レッドホーク』には魔導銃を使ったが)


『私には良くわかりませんね』


 それはそうだろう、ラグは剣だし。


「でも、今気づけて良かったよ。幸いここはまだ、俺にとってはそれほど危険な迷宮じゃない。今の内に鍛え直す」

『それは構いませんが……』

「言いたい事はわかってるよ。心配しなくても、危険を冒してまでやろうとは思わないさ。危なくなったら何だってする」

『わかりました。そこまで仰るのなら。ですが、決して無理はしないで下さいよ』

「わかった。じゃあそろそろ陽も沈みそうだし、進めるところまで進もう」

『了解しました』




 辺りはもう暗くなっている。

 【暗視】を起動し休める場所を探しながら迷宮を進んできたが、今のところセーフルームは見つかっていない。


「『迷路型メイズ』は矢鱈と広いから、セーフルームを見つけづらいんだよな……」


 俺は愚痴をこぼしつつ、セーフルームを探す。


『唯一の救いは、『レッドホーク』が出てこなくなったことですね』

「あぁ、そのおかげで戦闘はずいぶん楽になった。やっぱり、鳥型なだけに鳥目なのか?」

『私は知りません。が、おそらくそうなのではないですか。全く出てこなくなりましたし』


 まぁその代わり、でかい蝙蝠の魔獣『ナイトバット』がそこら中飛び回っているが、『レッドホーク』よりは動きは遅いので楽だ。


「それよりもセーフルームは何処だ……流石にそろそろ休みたい」


 時間はもう8時くらいだ。

 流石に疲れたし、腹が減った。


『もう見つかっても良いと思うのですが……』


 セーフルームは、1区画に1箇所はあるはずだ。

 ラグにも確認したので、間違いない。

 それにしては、もうこの第2区画はほとんど見て回ったはずだ。


「何で無いんだ……ん?」


 今、何か動いたような……

 もしかすると……


「なぁラグ、ここって『ミラージュトレント』が出るのか? 俺は記憶に無いんだが……」

『あっ!! 出ます!! 失念していました……申し訳ありません!!』

「いや、そこまで謝らなくて良いぞ? 俺も今まで気がつかなかったしな」

『本当にすみません……』

「気にするなって。それよりも、こいつの所為で無駄に歩き回ったんだ。その恨みは晴らさせてもらう」


 樹木型の魔獣『ミラージュトレント』は歩くでかい樹だが、名前の通り普通の樹木に擬態して、道を迷わせる魔獣だ。

 風も無いのに、枝が動いたので気づけた。

 俺が正体を見破ったのに気づいたのか、『ミラージュトレント』が擬態を解き、目と口のような裂け目を現し、根で歩行しながら近づいてくる。


「さっさと始末して、休むぞ」


 『ミラージュトレント』が、枝に巻きついている蔓を振り回してくるのを躱し、刀で枝を斬り飛ばす。

 痛覚があるのか、狂ったように振り回す蔓を掻い潜り、時には斬り飛ばしながら徐々に距離を詰める。


「本当は刀でこんなことはしないが……」


 俺は【纏気術】で刀に気を纏わせ、『ミラージュトレント』の頭上まで跳躍し、幹竹からたけ割りのように縦一文字に斬り裂く。

 縦に真っ二つになった『ミラージュトレント』が消えていくのを見ながら刀を払い、鞘に納めた。

 案の定、『ミラージュトレント』の背後にあった道を進むとセーフルームがあった。


「やっと休める。取り敢えずは飯だ」

『……申し訳ありません……私が……』

「もう良いって。誰にだって、失敗くらいあるだろう。それ以上謝ると、怒るぞ?」

『わかりました』

「そうだ、気にするな。俺も気にしてない」


 そして俺は食事を簡単に済ませ、疲れたので寝ることにする。


「明日も頼むぞ、ラグ」

『お任せ下さい、マスター。それでは、おやすみなさい』

「あぁ、おやすみ」


 俺はシュラフに潜り込み、すぐに眠りに落ちた……




 『炎皇狼の迷宮』第3区画



 今日も朝から迷宮を攻略している。

 午前中に第2区画を突破し、今は第3区画を進んでいる。


「ラグ、改めて聞いておくが、この迷宮で注意する魔獣はいるか?」


 昨日の『ミラージュトレント』のように、俺の知識に無い魔獣がいるかもしれない。


『そうですね……やはり厄介なのは『ミラージュトレント』ですね。後、今はまだ良いですが、第5区画からは『炎狼』がいますので、気をつけて下さい』

「『炎狼』か……できれば、あまり遭いたくはないな」

『今は気にしていても、仕方ありません。先に進みましょう』

「わかった」


 第3区画の森の中を歩いていく。


 『カサッ』


 頭上で葉の擦れる音がしたので、上を見ると――


「うおっ」


 大蛇型の魔獣『ブラッドバイパー』が落下してきた。

 咄嗟に後ろに飛び退き、刀を構える。

 落ちてきた『ブラッドバイパー』は体をくねらせ、凄まじい勢いで迫ってくる。

 牙を剥き出し飛びかかってきた『ブラッドバイパー』を、擦れ違いざまに斬り裂く。

 『ブラッドバイパー』が飛びかかってきた勢いのまま分断され、消えていく。


「ふぅ~。いきなり来られるとビビるな……」


 俺は『精霊石』を拾い、先に進んで行った。




 しばらく順調に攻略を進めていると――


 『カサカサッ』


 また音が聞こえてきた。

 ただし今度は頭上ではなく、少し先の道の脇にある茂みからだ。


「今度は何だ……?」


 油断なく刀を構えていると、出て来たのは――


「う、兎……?」


 何と金色の兎が出てきた。


「な、何なんだ、あれは……魔獣か?」

『マスター!! 『ムーン・ラビット』です!!』


 聞いたこともない。


「『ムーン・ラビット』って何だ? ただの動物なのか? それとも魔獣か?」

『神獣です!!』

「何っ!?」


 『神獣』ということは、『ファイアドラゴン』や『フレイムドラゴン』と同じくらいの力を持っているということだ。

 俺は慌てて刀を構え直した。


『マスター!! 静かにして下さい!! 逃げてしまいます!! 心配しなくとも『ムーン・ラビット』は強さではなく、その珍しさで『神獣』なのです』

「おまえも充分うるさいよ。それで、何でそんなに興奮してるんだ?」


 『ムーンラビット』は鼻をヒクヒクさせながら、キョロキョロしている。

 何か癒される……


『発見が困難で、見つけることができたのは、凄い幸運なことなのです』

「へぇ~、そんなのもいるんだな」


 『VLO』にはいなかったはずだ。


『ではマスター、倒して下さい』

「…………あれを倒すのは、流石に……」

『かなり特殊な素材を落としますよ? それにあれは、幻影のようなものです』


 グッ……

 特殊な素材……

 かなり魅力的な言葉だ……


「……そうだよな……あれは幻影だ……幻影だ……」


 言い訳のように幻影、幻影と呟いていると――


『逃げられると確実に追いつけませんので、近づかないで倒して下さい。あっ、魔導銃は駄目ですよ。魔力に反応します』

「わかった」


 右の腰のスローイングダガーをゆっくりと引き抜き、念のため【纏気術】も使う。

 音がしないように慎重に構え、アンダースロー気味に投げる。

 見事ダガーは命中し、『ムーン・ラビット』が消えていく。


『マスター、やりましたね!!』

「……う~ん、もの凄い罪悪感が……」

『気にしていても、仕方がありませんよ。見に行きましょう』

「そうだな……」


 俺は、『ムーン・ラビット』がいた場所へ歩いていった。

 そこには『精霊結晶』と、涙の雫のような形の結晶『玉兎の魂』があった。

 『玉兎』って……、もしかして『金烏』もいるのか……?


「それで、この『玉兎の魂』ってどんな素材なんだ?」

『【加工】で、【MP自動回復】のスキルが付いたアクセサリが作れます』


 【MP自動回復】か……

 効果は何となくわかるが……


「【MP自動回復】って具体的にはどんな効果だ?」

『戦闘時の行動中にも、MPが回復するようになるスキルです』


 それは助かるな。

 MPは戦闘中にも回復はするが、それは行動をしていない待機中にしか回復しない。


「是非欲しいアクセサリだな。帰ったら作ってみよう」

『そうですね。ちなみに『金烏の魂』を持つ『サン・レイヴン』もいますよ?』


 いるのかよ……

 そんなことを話しながら素材を拾い、攻略を再開した。




 『炎皇狼の迷宮』第5区画



 あれから『ムーン・ラビット』を見つけた時の幸運でも続いていたのか、かなり順調に攻略が進んだ。

 第4区画を駆け抜け、今は第5区画に来ていた。


「ここから『炎狼』が出るんだったな?」

『はい。ここにいる他の魔獣とは、一線を画す力を持つ魔獣です。お気をつけ下さい』


 まぁそうだろうな。

 『炎狼』は、『VLO』では『炎狼の迷宮』のボスだった魔獣だ。


「あまり出遭わないことを願うよ……」


 今日はこの区画までだな――と考え、先に進んでいった。




 『ウォォォォン……』


「『炎狼』の遠吠えか? 近くにいるのか?」

『かなり近いかもしれませんね。『炎狼』も狼型の特徴で、こちらの気配を察知しやすいので、不意討ちされないようにして下さい』

「わかった」


 陽も沈みかけているので、暗くなり始めている。

 気をつけないとな。

 そんなことを思いながら進んでいると、先にある曲がり角から『レッドウルフ』が現れた。


「……何だ、驚かせるなよ。『レッドウルフ』か」


 群れでいると囲まれて厄介なので、早めに倒そう。

 そう思い、刀を構え駆ける。

 『レッドウルフ』も唸りつつ、こちらに駆けてくる。

 しかも、後ろから他の『レッドウルフ』も現れる。


「クソッ、やっぱり群れか」


 先頭の1匹を右から逆袈裟に斬り上げる。

 返す刀で飛びかかってきた奴を斬り裂き、囲まれないようにそのまま駆け抜ける。

 靴底で地面を削りながらブレーキをかけ、『レッドウルフ』たちがこちらに向く前に【縮地】を起動し、その内の1匹の背後に跳び、刀を振り下ろし縦に分断する。

 その間にこちらに向き直り、飛びかかってきた別の1匹を下から抉るように突き、そのまま刀を右に払い斬り裂く。

 背後から襲いかかってきた最後の1匹を蹴り砕き、戦闘が終了した。


「ふぅ~。『炎狼』かと思って焦ったが、『レッドウルフ』だったな」


 そう言って『精霊石』を集めようとすると――


『マスター!! 前を!!』

「ッ!?」


 『レッドウルフ』の群れが現れた道の先から体長5mほどの巨大な赤い狼が、『レッドウルフ』を10匹ほど引き連れ歩いてきた。


「『炎狼』か……」


 『炎狼』が俺を見て唸っている。

 刹那、『炎狼』を見失った!!

 俺は悪寒を感じ、『アイギス』を展開する。


 『ガキィ!!』


「くっ!!」


 『アイギス』で『炎狼』の右前足を受け止める。

 『炎狼』の爪と『アイギス』の障壁が、ギリギリと音を立てて鬩ぎ合う。

 俺は咄嗟に刀を振るうが、『炎狼』がまた消える。


「相変わらず、もの凄い速さだな……」

『そうですね。『炎狼』は魔術は使えませんが、【加速】と【縮地】が使えますからね……』


 ラグの言う通り、『炎狼』は高速の戦闘を得意とする魔獣で、俺の戦闘スタイルと似通っているため、あまり相性は良くない。

 そうしている内に、今度は『レッドウルフ』が迫ってきた。


「『炎狼』に集中するためにも、まずは雑魚からだ」


 【加速】と【闘気術】を起動し、『レッドウルフ』に向かって駆ける。

 発生した衝撃波で何匹かが吹き飛んでいくが、一番近くにいた1匹を蹴飛ばし、別の奴にぶつけ、体勢が崩れたところを2匹纏めて突き貫く。

 刀を抜きつつ、横から来た1匹を左の裏拳で砕き、そのまま右の回し蹴りでその隣の1匹も砕く。

 さらにそのままの勢いで体を回転させ、刀で2匹を斬り裂く。


「ッ!!」


 次の瞬間、『炎狼』が飛びかかってきたので、右に跳躍して躱し、ついでとばかりに途中にいた1匹に刀を振るい斬った。


「残りは3匹と『炎狼』か」


 残りの『レッドウルフ』は、取り敢えず後回しだ。

 ここまで減らせば、邪魔にもならない。

 そう考え、【縮地】で『炎狼』に向かって跳ぶ。


 『ギャリィィッ!!』


 間合いに入った瞬間、俺は刀を振るったが、流石に『炎狼』は反応してきた。

 刀と爪で鍔迫り合いが起き、火花が散る。

 俺は一瞬力を抜き、爪を受け流す。


「ハアッ!!」


 『炎狼』の体勢が崩れた隙を逃さず、脇を抜けるように流し斬る。


「チッ、浅いか」


 俺は振り向きながら舌打ちした。

 『炎狼』は胴を斬り裂かれているが、まだ致命傷ではない。

 『レッドウルフ』たちはこの速度について来られないのか、右往左往している。

 そんな様子を確認しつつ、再度【縮地】で跳ぶ。

 今度は『炎狼』の腹の下に潜り込むように跳び、左足で地面を削りつつ――


「ぶっ飛べっ!!」


 気を纏った右脚で、思いっきり真上へ蹴り上げる。


『ギャン!!』


 流石に効いたのか、『炎狼』が悲鳴を上げる。

 それを聞きながら俺も真上へと跳躍し――


「これで終わりだ」


 空中で前転をするように1回転し空を断つかの如く刀を叩きつける、【刀】のアーツスキル『断空』で斬り裂いた。


「後は、おまえらだけだな」


 『炎狼』が敗れたことで臆しているのか、かかってこない。


「まぁ、放っておく理由も無いしな」


 俺は左の魔導銃を抜き放ち、3匹の『レッドウルフ』を撃ち貫いた……


『お疲れ様です、マスター。体のキレは戻りましたか?』

「……途中までは良かったがな……最後はアーツスキルを使ってしまった……」


 大分戻ってきてはいるが、こんなもんじゃ駄目だ……


『……まだ先は長いです。あまり気落ちしないで下さい。それよりも、そろそろセーフルームを探しましょう。もう陽は沈んでます』

「そうだな。先を急ぐか」


 俺は【暗視】を起動し、『精霊石』を集め始めた。


「これは『炎狼の肉』か。ラッキーだな」


 『炎狼の肉』は料理して食べると、AGIが5上がるレア食材だ。


『さっそく夕食で食べましょう』

「あぁ、楽しみだ。そうと決まれば、さっさとセーフルームを探すぞ」


 そう言って俺は急いで『精霊石』を拾い集め、セーフルームを探し始めた……




「美味かったぁ~」


 あれからほどなくしてセーフルームを見つけた俺は、さっそく『炎狼の肉』を使って夕食を作った。

 レア食材を扱うにはそれなりの【料理】の熟練度が必要だが、ここのところの野宿や迷宮攻略、【取得経験値倍加Ⅱ】のおかげで熟練度が上がっていたので、扱うことができた。

 出来上がったのは、ビーフシチューのような料理だ。

 そのシチューとパンを食べ終わり、一息吐いていた。


『ステータスを確認してみてはどうですか、マスター?』

「そうだな」


 ステータスを確認してみると、きちんとAGIが5上がっている。(レベルアップはしていなかった)


「ちゃんと上がってるな。まぁ、これくらい上がったところで大した差はないが、ポイントの節約にはなるな」

『ステータス値は生死に直結しますから、少しでも高い方が良いです』

「ラグの言う通りだな。それじゃあ寝るか。明日中にできれば第8、最低でも第7区画までは行っておきたいからな」

『そうですね。そのくらいまで進むことができれば、明後日には最奥の第10区画に到達できるでしょう』


 ラグの言葉を聞きながら『調理道具一式』をインベントリに片付け、シュラフを出す。

 装備を解除し、シュラフに潜り込みつつ――


「明日も頑張るとするか」

『はい。頑張りましょう』


 そうラグと言葉を交わし、眠りに就いた……




 『炎皇狼の迷宮』第8区画



 飛びかかってきた『レッドウルフ』の上位種『ヘルウルフ』を刀で斬り裂き、上空から急襲してきた『レッドホーク』の上位種『クリムゾンホーク』を躱す。

 『クリムゾンホーク』がこちらに向かって旋回するのを確認しつつ、残りの『ヘルウルフ』を【縮地】を使い次々と屠っていく。

 『ヘルウルフ』を全て倒し終わると――


「遅い」


 ようやく旋回し終わった『クリムゾンホーク』が突撃してきたので、擦れ違いざまに斬った。


『……凄いですね……上位種ばかりの群れでしたが、まるで苦戦されませんでしたね。』


 ラグが驚くのも、無理はないだろう。

 この迷宮に来た最初の頃は、下位種に手間取っていたのだから。


「あぁ、完全に勘を取り戻したよ」


 俺はここに来るまでの戦闘で、体のキレや間合いの感覚などを完全に取り戻していた。


「これで『炎皇狼』が相手でも遅れはとらない」

『油断はしないで下さいよ。『炎皇狼』は、『フレイムドラゴン』と同じく強大な力を持った神獣です』

「わかってる。ところで、やっぱりこの区画からは上位種が出るんだな」

『その通りです。『炎狼』もいるので、気をつけて下さい』

「わかった。それじゃあ、先に進もう」


 そう言って、攻略を再開した。




「疾ッ」


 横から突っ込んできた『ヘルウルフ』を斬り裂き、すぐさま【縮地】で前方へ跳ぶ。

 次の瞬間、俺のいた空間を爪で引き裂きながら『炎狼』が通り過ぎる。

 それを横目で見つつ、左の魔導銃を抜き『ナイトバット』の上位種『ナイトメアバット』を撃ち貫く。

 『ミラージュトレント』の蔓が迫ってくるのを刀で斬り飛ばし、返す刀で横一文字に分断する。

 その隙に再び飛びかかろうとしていた『炎狼』を魔導銃の2連射で牽制し、ついでに『ヘルウルフ』を1匹撃ち貫いておく。


「キリが無いな……」


 『ヒュージワスプ』の上位種『キラーワスプ』が飛ばしてきた毒針を叩き落としつつ、呟いた。

 そろそろ陽も沈もうかという頃に、『炎狼』を含む群れに引っ掛かっていた。

 魔導銃を腰に戻しながら【縮地】で距離を詰め、『キラーワスプ』を気を纏った左拳で打ち貫く。

 刀を両手で持ち直し、『炎狼』の爪をいなし、左後足を斬り飛ばす。

 体勢を崩した『炎狼』が、突進の勢いのまま『ヘルウルフ』を何匹か撥ね飛ばしながら地面を滑っていく。

 すぐに後を追うように俺も跳び、上体を起こそうとしていた『炎狼』の首を刎ねる。

 撥ね飛ばされ、まだ倒れている『ヘルウルフ』に弾丸を叩き込み、戦闘が終了した。


「よし!!」


 俺は戦闘の結果に満足し、小さくガッツポーズをした。

 まるで上空から俯瞰しているかのように、周囲の様子がわかるのだ。

 おかげでこの戦闘中、攻撃が掠ることすらなかった。

 戦闘をするごとに、感覚が研ぎ澄まされていくようだ。


『どんどん強くなっていきますね。頼もしい限りです』

「煽てても何も出ないぞ」


 ラグに応えながら、『精霊石』を拾っていく。


『いえ、本当のことですよ。今の時点でマスターは、2人の『マスター』よりも強いです。確かに『マスター』たちが優っている分野はありますが、総合的にはマスターの方が上でしょう』

「リシェルやギルムの『リアル』のことは知らないが、俺は一応武術を習っていたから、そのおかげかもしれないな」


 恐らくはそうだろう、じーさんには感謝しないとな。

 だが、ステータスのおかげかもしれないが、あの頃よりも高みにいる感じがする。

 もしかすれば、じーさんや高弟の人達はこんな感覚の中で闘っていたのか?

 あの化け物のような人達ならあり得そうで、怖い……

 少し震えが……

 や、やめておこう。

 あまり考えていると、古傷が開きそうだ……

 そんなことを考えている内に拾い終わったので――


「じゃあ、セーフルームを探すか」

『そうですね。もう陽も沈みましたし、早めにセーフルームへ行きましょう』


 そう言い、俺は【暗視】を起動しつつ先に進んで行った。



 あれから『サイスマンティス』の上位種『デッドリィマンティス』や『ナイトメアバット』、『炎狼』と何度か戦闘になったが、無傷で切り抜けられた。

 そうしてしばらくすると、セーフルームを見つけたので休むことにした。


「『炎狼の肉』を落としてくれたのは、ラッキーだったな」


 今日も1匹だけ『炎狼の肉』を落としてくれた。(他の『炎狼』は毛皮だった。)

 なので、今日もシチューにして食べた。

 『炎狼の肉』自体は美味なので、全然飽きない。


「明日は『炎皇狼』と対面するのか。『炎皇狼』の戦術は『炎狼』と同じか?」

『はい。基本は同じですが『炎狼』と違い、『フレイムドラゴン』ほどではありませんが、魔術を使います。そして、『炎狼』よりも強大な力を持っています』

「そうか……やはり一筋縄ではいきそうにないな……」


 ただでさえ『炎狼』とは相性が悪いのに、魔術まで使うとなると、激戦は避けられないだろう。


『はい。『フレイムドラゴン』の時のように、生死を懸けた闘いになるでしょう……』


 『フレイムドラゴン』も奥の手を出して、ようやく勝つことができた相手だ。


「いや、前向きに考えよう。今の俺の力がどれほどのものか試すには、不足のない相手だ」

『そうですね。ネガティブになっても、良いことはありません』

「その通りだ。明日に備えて、もう寝るか」

『わかりました。おやすみなさい、マスター』

「あぁ、おやすみ」


 俺は漠然とした不安を感じつつ、眠りに落ちた……




 『炎皇狼の迷宮』第10区画



「おらぁぁっ!!」


 俺は『ミラージュトレント』の上位種『ミラージュエント』を、斬馬剣グレートソードで縦に真っ二つにする。


「これで片付いたな」


 俺はラグを【通常形態】に戻し、一息吐いた。

 途中で、同時に『炎狼』2匹と戦闘になったが、無傷で終えることができた。


「そろそろ最奥だな?」


 『精霊石』を拾いながらラグに尋ねた。


『はい。この区画もほぼ攻略しましたし、もうすぐでしょう』


 ラグの言葉を聞きつつ、しばらく進むと、森の中に広大な草原が見えてきた。


「あそこか……」

『そうでしょうね……』


 ここで立ち止まっていても、仕方がない。


「行くか」

『ええ、行きましょう』


 俺は覚悟を決め、草原に一歩踏み込んだ……

 草原には、『炎狼』の倍はある炎を纏った1匹の巨狼がいた。


「貴方が『炎皇狼』ですか?」

『そうだ。俺が炎狼の長、『炎皇狼』だ。良く来たな、『来訪者』。待っていたぞ』


 やはり『フレイムドラゴン』と同じように、頭に声が響いてくる。

 声は『フレイムドラゴン』よりは少し若い感じだ。


『ラグナレクも久しぶりだな。200年ほどか?』

『ええ。あなたも変わっていませんね』


 『フレイムドラゴン』は『ラグナレク殿』と呼んでいたが、『炎皇狼』は呼び捨てだ。


『それで『来訪者』、おまえは『証』を求めてここまで来たのだろう? さっそくその力、試させてもらおう!!』

「いきなりかっ!!」


 慌てて【通常形態】のラグを構える。


『何をゴチャゴチャと言っている!! いくぞ!!』


 『炎皇狼』の纏う炎が勢いを増し、足元の草が燃え上がる。

 刹那、炎の残像を残し、『炎皇狼』が飛びかかってくる。


「くっ!!」


 咄嗟に【縮地】で左に跳ぶ。


『今の一撃、良く躱したな。不意を突いたと思ったが……』


 完全には躱しきれなかった。

 外套の右腕の部分が裂けて血が滲んでいる。


「『炎狼』より遥かに速い……ってか、『不意を突いた』って……」

『まぁ、許せ。『フレイムドラゴン』からつわものだと聞いていたからな。しかし、あの程度躱してもらわなければ困る。わざわざ手加減したのだからな』


 確かに、手加減されたのだろうな……

 速かったとはいえ、視認できないほどではなかった。


『それでは、今度こそ本気でいくぞ。死んでくれるなよ』


 『炎皇狼』が残像すら残さず消える。


「チッ!!」


 俺も【加速】を10倍で起動し、衝撃波を伴い駆ける。

 迫る爪を紙一重で躱し、剣を袈裟切りに振るが、躱される。

 爪の軌道上の地面が抉れる。


「何て威力だ……」


 地面を抉ったのは、『炎皇狼』の一撃で発生した衝撃波だ。

 その威力に慄きつつ、【加速】を停止、【縮地】で『炎皇狼』の元へと跳ぶ。

 『炎皇狼』も【縮地】で俺の方へと跳んでくる。

 剣と爪が振られ、衝突する。


 『ギィィィン!!』


 刹那、凄まじい衝撃波が発生し地面が大きく抉れる。

 俺たちはそのまま擦れ違い、着地した瞬間に再び跳ぶ。

 さらに発生する衝撃波。

 飛び散る火花。

 抉れる大地。

 『炎皇狼』は魔術で炎の槍を飛ばしつつ、爪を振るい衝撃波を撒き散らす。

 俺はそれを『アイギス』で防ぎながら、剣を振るう。

 縦横無尽に駆け、跳びながら衝突が繰り返される。


「……くっ……」


 そんなことが何度か繰り返された後、俺は乱れた息を整えながら片膝を突いた。

 俺の外套は所々裂け、血が滲んでいる。

 『炎皇狼』も無傷ではないが、まだまだ余裕が見られる。


「やっぱり……速度では……敵わないか……」


 何とか致命傷を避けていられるのは、研ぎ澄まされた感覚のおかげだ。

 だが、いつまでもは体力が持たない。

 賭けにはなるが、やるしかないか……

 分の悪い賭けではない。


「ラグ、【刀術形態】だ」

『了解しました』

『ほう、まだ戦意を失わないか。そうでなくては』


 変化が終わったのを確認し、俺は【加速】と【縮地】を『同時』に起動する。

 そして俺は『炎皇狼』に向かって跳ぶ。

 刹那、俺は刀を振り切り、『炎皇狼』の後方にいた。


『ッ!?』


 『炎皇狼』の胴に横一文字の刀傷が走る。

 俺はゆっくりと振り向く。


『驚いたぞ。まだこんな力を隠し持っていたとはな。面白い』


 時間はあまり残されていない。


「いくぞ」


 再び、俺は跳ぶ。

 その速度はまさに雷速だ。

 音すらも置き去りにし、『炎皇狼』に迫る。

 『炎皇狼』も【縮地】で残像すら残さず跳ぶ。

 刀を振るう速度すら音速を超え、衝撃波が飛ぶが、『炎皇狼』も衝撃波を飛ばし、相殺する。

 次の瞬間、俺は『炎皇狼』の直上に移動し、地面に叩きつけるように蹴る。


『グッ!!』


 『炎皇狼』が地面に叩きつけられ、粉塵が舞う。

 無属性魔術の力場を空中に作り、それを足場にし、地面に向かってまさに雷の如く跳び――


「せいっ!!」


 『炎皇狼』の落下地点に刀を振り下ろす――が、刀は大地を割るのみだった。


『速いな。速度で俺を上回るか』


 すでに『炎皇狼』はその場にはいなかった。

 もう時間が無い。

 良くて10秒だ。


「次で最後だ」


 そう言い、俺は刀を鞘に納める。


『良いだろう。おまえの全力、見せてみろ!!』


 『炎皇狼』の纏う炎が、爆発するかのように燃え上がる。


「いくぞ!!」


 俺と『炎皇狼』が消え、その後を追うように衝撃波と炎が吹き荒れる。

 刹那の内に、俺たちは立ち位置を入れ替え、再び現れる。


「グッ……」


 片膝を突いた俺の左肩から血が噴き出す。


『ク、クハハハハ……面白い、面白いぞ!! 『来訪者』よ、お前の名は?』

「……ディーンだ」


 答えつつ振り向くと、『炎皇狼』は左前足が無くなり胴が斬り裂かれ、倒れ伏していた。


『そうか、ディーンか!! お前の名、覚えておこう。『証』は持って行くと良い。楽しかったぞ!! また会おう!!』


 そう言うと、『炎皇狼』は光の粒子となり、天へと昇っていった……

 俺は『パーフェクト・シャインヒーリング』をかけつつ、仰向けに倒れ込んだ。

 傷が塞がっていく。


「……あいつは戦闘狂バトルマニアか……勘弁してくれ……」

『……まぁ、あまり気にしないで下さい……』


 そうしよう……

 考えていると気が滅入る……


「それにしても……しばらくは動けないな……」


 俺が使った【加速】と【縮地】の同時使用は、30秒だけ【縮地】を遥かに上回る速度を手に入れることができる。

 しかもその効果は移動だけでなく、全ての行動に及ぶ。

 だがその反動で、効果終了後5分間は動けなくなる。


『それよりも、最後にマスターが使った技は何なのです? アーツスキルではありませんよね?』

「あぁ、あれは仙道流――俺の習っていた武術の技だ」


 あれは仙道流抜刀術『天閃』だ。

 要するに居合いだが、アーツスキルを含め俺の使える技の中では最速だ。

 しかも、アーツスキルではないのでSPは減らない。


『そうなのですか。それは便利ですね』

「まぁ便利ではあるが、それほどでもないぞ? アーツスキルの方が役に立つことも多いしな」


 戦術の幅が広がるので、助かってはいるが。


『本当にマスターは規格外ですよ……』

「どういう意味だ……」

『何でもありません。それよりも外套などがボロボロですね。あちこち裂けてますよ?』

「あぁそうだな。でも、外套とズボンはその内直るよ。このシャツはもう駄目だけどな」


 外套とズボンは作る時に特殊な縫い方で、『自動修復』の紋章を縫い込んであるので、時間が経てば元に戻る。

 他にも『強化』や、暑さや寒さを軽減する『適温維持』などの紋章を縫い込んである。

 今も、外套とズボンの裂け目が塞がっていっている。

 そうしている内に5分が経った。


「じゃあ、『証』や素材を取って帰るか」

『そうしましょう』


 『炎皇狼』が残した巨大な『精霊結晶』、『炎皇狼の肉』、紅い宝玉の『証』を拾い、『脱出エスケープ』で『炎皇狼の迷宮』を後にした。



 森の入り口まで戻り――


『それでマスター、これからどうされますか? このまま『火の精霊王の迷宮』に行きますか?』

「いや、一旦『桜花』の街へ戻ろう。食糧も無くなりかけてるし、『玉兎の魂』でアクセサリも作りたい」

『わかりました。それでは『桜花』に向かいましょう。ここから北西の方向です』

「わかった。それじゃあ、行こう」


 そう言い、俺は『桜花』に向け歩き出した……

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