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竜殺しの英雄  作者: しんや
第1章 『火の精霊王』
3/22

第3話 少女との出会い

「それで、これからどうするんだ? 『精霊王の迷宮』に行くのか?」


 邪神龍を滅ぼす覚悟はできたので、今後のことを決めておきたい。


『少し落ち着いて下さい、マスター。そんなに慌てなくても、大丈夫です』

「……? さっきは『追い詰められている』と言っていただろう?」

『確かに追い詰められてはいますが、邪神龍の封印が解けるのはどんなに少なく見積もっても、まだ50年はかかるはずです』


 50年!?

 ずいぶんと余裕があると思うが……

 いや、違うな……

 この世界の基準じゃなくて、『アース』の基準で考えるんだ。

 とすると、50年はおよそ2日ほどか……

 確かに追い詰められているな……

 仮に成長の早い種族だとして、2日間かなりの無理をしても3レベル上げるのが精々だろう。

 ましてそれが高レベルプレイヤーなら、尚更だろう。


「……確かに『追い詰められて』はいるが、『慌てなくても大丈夫』だな」

『本当にマスターは時々鋭いですね。そういう訳で、次の『来訪者』はもう期待できないのです。マスターが失敗すれば、後はもう全滅を覚悟で全面戦争をするしかないでしょうね……』


 プレッシャーをかけるのはやめてくれよ……


『……それにもう『マスター』を失うのは嫌なのです……』


 ……絶対に死ねなくなったな。


「心配するな。そう簡単に死ぬ気はないさ」


 そうだ、死ぬ訳にはいかない。

 たとえ力及ばず死ぬことになろうとも、あの2人に顔向けできないような死に方は御免だ。


「とすると、これからどうするんだ? 取り敢えず、何処かの街に行くのか?」


 少し湿っぽくなった雰囲気を払うように、大きめの声で言った。


『はい。そういうことになりますが、今日のところはここに泊まりましょう』

「…………いや、泊まりましょうっておまえ、ここがホテルか宿屋にでも見えるのか?」


 どう見ても辺り一面草原なんだが……

 しかも、俺が砕いた岩の欠片がそこら中に散らばってるし……


『野宿くらいは、されたことがあるでしょう?』

「確かにあるが……(当然、『VLO』の中での話だ)まだ昼過ぎだろう? 今から街に行くのじゃ駄目なのか?」


 こんな所で寝れば、間違いなくモンスター――いや、この世界では『魔獣』か――に襲われるだろう。

 俺は【索敵】のExスキル【気配察知】をマスターしているので不意討ちをされる心配はないが、流石に自分の命が懸かったこの状況で熟睡できるほど、俺の神経は図太くない。

 それに就寝中の【気配察知】のアラームは、耳元で大音量の目覚ましを鳴らされるのと同じくらいうるさいので、できれば使いたくはない。

 俺が野宿したことがあるのは、迷宮のセーフルーム――絶対にモンスターが襲ってこない部屋――だけだ。

 こんな野原ではしたことない。


『……マスターは、今の御自分の格好を忘れていませんか?』

「格好? ――ッ!! 部屋着のままだ……」


 自分の格好を見て思い出した……


「そういえば、装備を作ろうとしていた時に召喚されたんだった……」


 あいつ(ディオス)はもう少し召喚するタイミングを考えろよ……


「……確かにこの部屋着は防御力はあってないような物だが、俺のステータスなら大抵の魔獣は大丈夫なはずだぞ」

『マスターにはまだ言っていませんでしたが、この世界の魔獣は『VLO』のモンスターに比べ強大な力を持っています。それでも、油断さえしなければ大抵の魔獣はマスターの敵ではありませんが』

「それなら……」

『それでも、万が一、いえ億が一の可能性もあってはならないのです。それに、先程私は言いました。もう二度と『マスター』を失いたくないと……それとご心配なさらずとも今日1日、恐らくは明日の昼頃までは、『神龍アリューゼ』様のお力でこの一帯に結界が張られているので魔獣や敵意、悪意のある者は近づけないのです』


 ……そこまで言われれば、俺の『ベッドでゆっくり休みたい』なんて我が儘を通す訳にはいかないな。

 確かインベントリの中に野宿用のシュラフがあったはずだ。

 こっちに持って来れていればだが……

 この世界に来てから4回インベントリを開いているが、中身を詳細に見た訳ではないので、いまいち何が入っているかわからない。

 後で確かめておこう。


「あっ、そういえばあいつ(ディオス)からの『餞別』の話はどうなった?」

『そういえば、色々あってすっかり忘れていましたね。陽が沈むまでまだかなり時間もありますし、確認しておくことにしましょう。マスターの装備とも関係ありますしね』


 何か、俺とこいつの中であいつ(ディオス)の扱いが、段々ぞんざいになってきている気がするな……

 それにしても『こいつ』か……

 相棒になったんだし、いつまでも『おまえ』とか『こいつ』とか呼ぶのも何だな……


「おい、『ラグナレク』……」

『……? 何ですか、マスター?』


 呼びづらい……

 ラグナレク……、ラグナ……、う~ん……


「『ラグ』……」

『ッ!?』

「なぁ、おまえの呼び方『ラグ』で良いか?」

『はい!! 構いません!!』

「ど、どうしたんだ? 急に?」

『いえ、マスターに名前を呼んでもらえて嬉しかったのです。それに、その呼び方は『リシェル』様と同じなのです……』


 あ~、リシェルは名前を省略して呼ぶのが好きだったからな。

 俺の名前『ディーン』は略せないから、ずいぶんと文句を言われたものだ。

 最初は無理に略して『デン』と呼ぼうとしていたしな……(当然、全力で却下した……もはや別の何かだ)


「そうか、じゃあ『ラグ』って呼んでも良いな。ちなみにギルムは、何て呼んでたんだ?」

『あのお方は、普通に『ラグナレク』と呼んでいました』


 ま、あいつは変なところで真面目だったからな、名前を略したりはしないか。


「あいつらしいよ。話を戻すがインベントリを開けば良いのか?」

『あ、はい。残りの『餞別』はアイテムのはずです』


 インベントリを開き、今度は中身を1つ1つ見ていく。


「…………俺がこっちに来る前に入れていた物は、ほとんど入ってるな」


 まぁ、そのほとんどが素材な訳だが。

 取り敢えず、素材のたぐいは取り出していく。


「……? 見たことがない素材がいくつかあるな。それに、何だこれは……?」


 見たことのない素材は、まぁ良いとしよう。(それもどうなんだ?)

 それにしても、これは何だ……

 インベントリの底(下)の方にあったのは……

 『調理道具一式』、『釣り道具一式』、『採掘セット』、『採取セット』、『加工道具一式』、『裁縫セット』、『鍛冶道具一式』、極めつけはこれだ……、『錬金釜』。

 最初の方はまだ良い、インベントリに入れた覚えはないが、迷宮に潜る時や暇つぶしの時に使っていた道具で、インベントリに入れることができる。

 だが、『加工道具一式』、『裁縫セット』、『鍛冶道具一式』、『錬金釜』はいつもホームの工房や鍛冶場に置いていた物だ。

 『裁縫セット』と『鍛冶道具一式』は良いだろう、インベントリに入れたことはないが、所詮縫い針と縫い糸にハンマーと金床だ、入れることはできるだろう。

 入れたことがないのは、わざわざ迷宮で【裁縫】をするほど、俺は物好きじゃないからだ。(もしかすれば、そんなプレイヤーもいたかも知れないが……)

 それに、ハンマーと金床だけでは【鍛治】スキルは使えない。(しかも、ホームに鍛冶場があるのにわざわざ何処かに持って行く必要がない)

 だが、『加工道具一式』と『錬金釜』はありえない。

 両方とも工房には置いていたが、インベントリに入れる物でもないし、入るとも思わない。

 どうせ、またあいつ(ディオス)が何かしたんだろうな……

 というか、ちゃんと使えるんだろうな……?

 不安だ……

 後で確かめておこう。

 まぁ、あって困る物でもないし、助かるが……

 これらの道具はそれぞれ【料理】、【釣り】、【採掘】、【採取】、【加工】、【裁縫】、【鍛治】、【錬金】の『サブスキル』を使うのに必要な道具や効率、成功率を上げてくれる便利な道具だ。

 『サブスキル』とは、主に生産系のスキルのことで直接戦闘には役に立たないスキルだが、戦闘に役立つ装備やアイテムを作ることができるスキルだ。

 『VLO』には、この各サブスキルを極めた生産者プレイヤーもいた。

 俺が使う道具は全てレア素材でできていたり、かなり値段の張る最高級品だ。

 なので、使うことができればかなり助かる。

 これで今すぐ金属製の鎧を作るのは無理だが、素材さえあれば防具については問題なくなった。

 素材か……

 この、見たことがない素材は何だ?

 取り敢えず、ラグに聞いてみよう。


「なぁラグ、この素材は何だ? かなりレアな素材なのはわかるが、見たことがないんだが……」


 俺は『VLO』に存在する素材なら、ほぼ全て目にしたことがあるのだ。

 その俺が見たことがない素材なんて、一体何なんだ?


『マスターが見たことがないのも、無理はありません。それらの素材は『ヴェルガディア』にしか存在しない魔獣――いえ『神獣』ですね――から取れる素材なのです。具体的には『VLO』のモンスターの上位種になります』

「そうか、だから入れていたはずの素材がないんだな」


 てっきり、こっちには持って来れなかったのだと思っていたが、素材の名称を見ていくと何となくわかった。

 たとえば、『ゲイルドラゴンの角』は『VLO』だと『ウインドドラゴンの角』になるはずだ。

 『ウインド』は風で、『ゲイル』は確か、疾風だったはずだ。

 何となく上位種っぽい感じがする。

 同じように考えれば『ファイア』が『フレイム』に、『ウォーター』が『トーラント』に、『ソイル』が『グランド』に、『ライト』が『シャイニング』に、『ダークネス』が『シュバルツ』になっている訳だ。

 しかし、同じドラゴンの素材なのに無属性の『アビスドラゴン』だけはそのままだった……


「後は……これもか」


 『炎皇狼の毛皮』は、元は『炎狼の毛皮』だったはずだ。

 こちらは『狼』が『皇狼』に変わっている。

 たぶん、狼の王といった意味だろう。

 こちらも6属性に対応する狼の素材は変わっているのに、無属性だけは変わっていなかった。


「大体の素材はわかった。でも鉱石の類は変わっていないな。『VLO』にあった全ての金属が、こちらにもあるのか?」

『はい、あります。しかし、こちらにしか存在しない金属が1つだけあります。ちなみに、マスターはすでにお持ちです』


 さっき見た時、見覚えのない金属や鉱石は無かったけどな……


『わかりませんか? マスターの目の前にありますよ?』


 目の前にはラグしかいないんだが……


「もしかして、ラグのことか?」

『正確には『アイギス』もですけどね。私たち――クラスⅤの魔導兵装は全て、その金属――『レヴァンティウム』で創られています。『レヴァンティウム』は全ての上位希少金属を、神龍様のお力で融合させた最上位の金属なのです。『レヴァンティウム』は、それらの金属の特徴を全て兼ね備えた性質を持っているのですよ? 神龍様のお力がなければ創ることはできない金属なので、人間には作ることが不可能なのです。』


 自分のことだからなのか、かなり誇らしげだ。


「ラグが凄いのは、良くわかったよ。何て言うか、無茶苦茶だな……」


 上位希少金属といえば、何種類かあるがどれも凄い特徴を持つ金属だ。

 たとえば、希少金属『オリハルコン』の上位金属『オリハルコン結晶』は見た目は紅く透き通るクリスタルのような金属だが、その硬度は『オリハルコン』以上で、自己修復する特徴も持っている。

 俺の使うスローイングダガーも、この『オリハルコン結晶』で作ってある。

 ちなみに、『オリハルコン』は他の金属と合金することによって、様々な特徴を持つ金属だ。

 それら全ての上位希少金属の特徴を併せ持つ金属で武器を作れば、計り知れないほどの性能を持つだろう。

 流石は数ある魔導兵装の最上位、『ラグナレク』といったところか……

 言い換えれば、それほどの武器でなければ邪神龍を滅ぼせないということだ。

 ネガティブに考えるのはやめよう、『ラグナレク』なら邪神龍を滅ぼせると考えよう。


「後で、ラグの性能と特殊固有スキルを確認させてくれ」


 自分の武器――いや相棒か――のことは良く知っておかないとな。


『わかりました。ですが、取り敢えずは陽が沈む前に防具を作りましょう』

「そうだな。それじゃあ、早速作るとしよう」


 取り敢えず、使わない鉱石類や金属類、その他の素材をインベントリに放り込み、代わりに『錬金釜』を取り出した。


「相変わらず、でかいな……」


 ぼやきつつ、釜の下に『火属性魔術』を使い火を熾す。

 ちなみに、『錬金釜』は直径が1.2mくらいのでかい釜だ。

 中に特殊な液体が入っていて、【錬金】スキルを使えば素材を別の形にしたりと色々できる。


「取り敢えずは『炎皇狼の毛皮』からだ」


 まずは毛皮を『糸』に変えていく。

 そうしないと『布』にできず、衣服系の防具は作れない。

 『炎皇狼の毛皮』を釜の中に放り込む。

 しばらく時間がかかるな。


「ラグ、今の内におまえの性能を確認させてくれ」

『釜は見ていなくても良いのですか、マスター?』

「後は放っておくだけで良いし、俺は【錬金】もマスターしてるからな。失敗する確率なんて0.01%もないよ」

『わかりました、マスターがそう言うのなら』


 装備ウィンドウを開き『ラグナレク』を装備してみる。

 一瞬、装備できなかったらどうしようかと思ったが、問題なく装備できた。

 そして、ウィンドウを見てみると――



 魔導兵装クラスⅤ『ラグナレク』

 常時…永久不滅、形態変化、質量変化

 特殊固有スキル…【覚醒】



『私の最大の特徴は形態変化です。マスターが事前に登録した武器の形状に変化できるようになります。簡単に言えば、どんな武器にもなれるということですね』

「……質量変化は?」

『どのような形態でも、マスターの好みの重さに質量を変化できます。極端に言えば長さが10mもありながら羽のように軽い剣や、途轍もなく重い短剣ナイフにできます。先に言っておきますが、『永久不滅』は決して折れず、曲がらず、傷つかないということです』

「……【覚醒】というのは?」

 『他のクラスⅤの魔導兵装の力を解放するスキルです』


 最初にウィンドウを見た時は、スキルの数などから『アイギス』の方が優れているように思えたが、話を聞いてみると『ラグナレク』の武器としての規格外な性能に驚いた。


「相変わらず、クラスⅤの魔導兵装というのは凄まじいな……もうこれは武器じゃなく、兵器の類だろう」

『……? そうですよ、マスター。私たちは、邪神龍を滅ぼすために創りだされた兵器なのです』

「そ、そうか。なら、この性能にも納得だな」


 だが何故だろう、それは少し悲しいことに思えてしまった……


『マスター、ついでですので、『アイギス』の性能も確認しておいて下さい。以前とは違っているはずです』

「あぁ、わかった」


 『ラグナレク』のウィンドウを閉じ、『アイギス』のウィンドウを開く。



  魔導兵装クラスⅤ『アイギス』

 常時…精神異常、猛毒、沈黙毒、麻痺、即死攻撃無効化

 魔力障壁展開時…物理ダメージ90%カット、全属性ダメージ100%カット、龍種のブレスによるダメージ100%カット

 特殊固有スキル…【SP減少半減Ⅱ】、【SP自然回復量UP】、【取得経験値倍加Ⅱ】、【障壁展開制限解除】



 ……無効化できる状態異常の『毒』だったところが『猛毒』になり、『沈黙毒』が増えていた。

 『猛毒』は20秒毎に最大HPの5%のダメージが入る状態異常だ。

 ちなみに、『毒』は1分毎に最大HPの3%のダメージだ。

 そして『沈黙毒』は、沈黙の状態異常になる毒だ。

 沈黙状態になると『魔術』、『アーツスキル』を使用できなくなる。

 どちらもソロの俺には、非常に厄介な状態異常だ。


「特殊固有スキルが幾つか変わったり、増えているが説明してくれないか?」

『はい、まず『Ⅱ』と付いているものは、効果が上がったスキルです。【SP減少半減Ⅱ】は減少量を1/4に、【取得経験値倍加Ⅱ】は取得経験値、熟練度を4倍にするスキルです。そして【SP自然回復量UP】は、待機時のSP自然回復量を上げるスキルです。』


 SPとは『スタミナポイント』の事で、『アーツスキル』を使用すると各アーツスキルに設定されている値だけ減少する。

 それに行動時にも少しずつ減っていき、残りの割合に応じてステータスに制限を受けてしまうので、結構重要なスキルだ。

 要するに、体力ということだ。


「ふぅ~、『アイギス』の方も、さらに凄まじくなったな……」


 若干呆れつつ、装備ウィンドウを閉じた。

 そうこうしている内に、『糸』が出来上がってきた。


「取り敢えず、こっちの作業を終わらせるか」


 出来上がった『糸』を脇に置いて、『水皇狼の毛皮』を始め、素材をどんどん『糸』に変えていき、【錬金】スキルを使った他の作業も終わらせていく。




「ふぅ~、結構時間がかかったな……」


 俺の隣には、様々な素材が元になった『糸』と、ズボン用の『レザー』が山積みになっている。


『…………かなり早かったと思いますが……しかもかなり難易度の高い素材もありましたが、一度も失敗されていませんし……』

「ん? あぁ、俺のスキル熟練度とこの『錬金釜』なら、どんな素材だろうとそうそう失敗はしないさ」

『わかってはいましたが、マスターも充分規格外ですよね……』


 ……まぁ、この『錬金釜』の性能によるところが大きいのだが……

 これを使ってなければ、いくら俺でも何回かは失敗していたはずだ。


「それじゃあ、次は『布』にしていくか」


 今度は【布作製】スキルを使い、『糸』を『布』に変えていく。

 【布作製】スキルは風属性か無属性の魔術が使えれば、道具は特に必要ない。

 なので、使い終わった『錬金釜』をインベントリに入れる。(かなり不安だったが『錬金釜』に触れ、インベントリを開けば入れることができた……)


「始めるか……取り敢えず、無属性魔術を使おう」


 『糸』の中には土属性の物もあるので、悪影響のなさそうな無属性を選ぶ。

 ……もしかしたら、『VLO』では作ることのできなかった『布』を作れるかもしれない。

 『VLO』では『布』を作る際、同種のモンスター素材由来の『糸』しか組み合わせて『布』にすることしかできなかった。

 しかし、ここはゲームの中のような制限はないはずだ。(多分……)


「……まだ素材は残ってるんだ。失敗したら、やり直せば良いさ……」


 と、ぶつぶつ呟きながらスキルを起動しようとすると――


『待って下さい、マスター』

「ッ!! 何だ……?」


 いきなり失敗しそうだった……


『マスターは、オリジナルカテゴリーの【鋼糸】を使えますよね?』

「確かに使えるが……」


 【鋼糸】は俺が創ったオリジナルカテゴリーで、目に見えないほどの細い金属製の糸を操り、遠距離から中距離の敵を切り刻んだり、罠を張ったりと色々な使い方ができるが、扱いが難しく何人かに教えたことはあるが、誰も満足には扱えなかった。(その後がどうかは知らないが……)

 俺にはもう1つ特殊な【鋼糸】の使用法があるが、今はどうでも良い。


「何でラグが知ってるんだ? 言った覚えはないが……」

『契約の時に確認させてもらいました。それで、布製作時に私を鋼糸状にして布に織り込んでもらいたいのです。そうすれば、布の性能は飛躍的に上がるはずです』

「……わかった。どうすれば良い?」

『私を握って、【鋼糸】を使う際に使用していた武器を想い描いて下さい。そうすれば、自然と形態が登録されます』


 言われたように『ラグナレク』を握り、鋼糸使用時の武器――指先に鋭い爪のついた金属製の手甲のようなもの――を想い描く。

 すると、『ラグナレク』が白銀の光の粒子に変化し、両手に集まってくる。

 そして、一瞬の内に白銀の手甲になっていた。


「ラグ……?」

『はい。何ですか、マスター?』


 会話は普通に(?)できるようだ。

 鍔に填まっていた宝玉は右手の甲の、柄頭に填まっていた宝玉は左手の甲のところに埋まっていた。(刻まれていたラインもそのままだ)

 それにしても速かった。

 変化速度は『換装チェンジウェポン』と同じか、若干速いくらいだ。

 これなら充分戦闘でも『形態変化』が使えるし、もしかすれば近接戦闘でも使えるかもしれない。


「……正直、想像以上の凄さだよ」

『ありがとうございます。それでは『布作製』を始めましょう』


 取り敢えず、外套にする予定の『布』を作る。


「じゃあ始めるぞ、ラグ」

『はい』


 俺は、【布製作】スキルと鋼糸の『アーツスキル』を同時に起動する。

 『サブスキル』と『アーツスキル』を同時に使用したことなど今までにないので、細心の注意が必要だろう。


『鋼糸の制御は私に任せて、マスターは【布製作】に集中して下さい』

「わかった」


 様々な色の『糸』と白銀に煌めく鋼糸が、布状に織り上がっていく。

 色とりどりの『糸』の乱舞が終わり、完成した布が目の前にあった。

 ぱっと見た感じは少し金属光沢がある真っ黒な布だが、光の当たり具合によって様々な色に薄っすらと輝く、美しくも不思議な『布』だ。


「出来た……」

『出来ましたね……この世界にも今まで存在しなかった『布』です。この布で作られた防具の性能は、他の物とは比べものにならないでしょう。この『布』に名前をつけますか、マスター?』

「…………やめておこう。俺にその類のセンスはない」

『……わかりました。もう一度、この『布』を製作しますか?』

「いや、もう良いよ。後はシャツ用の布だけだ。どの道、金属鎧を装備する予定だ。それほどの性能は求めていないさ。しばらくは、この『布』を使った外套で大丈夫だろう」

『それもそうですね』

「じゃあ、残りの布を作ってしまうか」


 『ラグナレク』を元のロングソードに戻しつつ、そう言った……




「これで布は揃った、後は外套やシャツ、ズボンにしていくだけだ」


 『布』を衣服にしていくのは【裁縫】スキルだ。

 俺はあまりこのスキルが好きではない。(無論、マスターしてはいるが……)

 何故なら、矢鱈とローテクなのだ。

 魔術などの様々な不思議能力がある世界で、何が悲しくて針と糸でチクチク服を縫わなければならないんだ?

 そこら辺は魔術でパパッと済ませてくれよ……

 まぁ、マスターしているので手や指は自動的に動いて勝手に縫ってくれるのだが、その姿は悲しいものがある。


「文句を言っても始まらないか……さっさと済まそう」


 『裁縫セット』をインベントリから取り出しつつ、そう呟いた。

 まずは外套だ。

 取り敢えず、フード付きのコートで良いか。

 外套の形を考えながら、針に糸を通す。

 ちなみに、この針と糸は『オリハルコン結晶』製だ。(作るのにはかなり苦労をした……)

 じゃあ、やるか……

 そして、俺は黙々と縫っていった……




「出来たぁ~、疲れた……」


 俺は外套とVネックの長袖のシャツ(着替えの分も含め4枚作った、ちなみにシャツの布は鋼糸を使っていないだけで、ほぼ同じ物だ)、そしてズボンも作った。

 ズボンに使った布は『レザー』で『~ドラゴンの竜皮』を合成した物だ。

 名称は『レザー』になっているが、質感はジーンズの生地に似ている。

 色はシャツもズボンも黒だ。

 辛うじて外套は光の当たり具合では他の色にも(薄っすらと)なるが、これらを全て装備すれば全身真っ黒だ。


「…………調子に乗りすぎたか……」


 色はまだ良い。

 全身真っ赤とかよりもマシだろう。(どっちもどっちな気もするが……)

 どうせその内、鎧を着けるのだ。

 鎧さえ黒くなければ、どうにでもなる。

 しかし、この外套は……

 上の方は良い、普通のフード付きのコートだ。

 だが、裾が……

 作ったばかりにも関わらず、ボロボロに擦り切れてるのだ。

 ありがちな感じ(厨二的ともいう)の装備だ。


「……やりすぎたな。まぁ、今更言っても仕方ない。気にしないでおこう」


 いい歳して着る物ではない気がするが、気にしない……

 気にしないったら、気にしない!!


『……終わりましたか、マスター?』

「あ、あぁ。それにしても、ずいぶんと静かだったな?」


 裁縫をし始めた頃から、ラグの声を聞いていないような気がする。


『何か、触れて欲しくなさそうでしたので……』

「……そうか」

『はい。後、そろそろ陽が沈みそうです。野宿の準備をしましょう』


 空はもう暗くなり始めていた。


「ずいぶんと時間が経ってたんだな」


 そして俺は道具を片付け、野宿の準備を始めた。




「ふぅ~、美味かった」


 パチッパチッ――と薪の爆ぜる音を聞きつつ、俺は夕食を食べ終わり一息吐いていた。

 すっかり陽は沈み、空には星が瞬いていた。

 ちなみに夕食はインベントリに入っていた『餞別』の『牛丼』だ……

 ほんと、何考えてるんだ、あの神様?

 『餞別』、食い物ばっかりじゃねぇか。

 まぁ助かってはいるんだが……


『もうお休みになりますか、マスター?』


 確かに今日1日、色んなことがあって疲れてはいるが、寝るには少し早い。


「いや、もう少しだけやっておきたいことがある。武器の形態を登録しておきたい」

『わかりました』


 俺は『ラグナレク』を掴み、立ち上がった。

 ちなみに、今俺は自分で作った外套などに着替えている。


「じゃあ最初にもう一度確認しておきたいんだが、ラグはどんな形態にもなれるのか?」

『基本的にはなれます。しかし、『魔導銃』のような機構の複雑な武器に変化する際は、他の武器の場合より若干時間がかかります。なので、戦闘中にそのような物に変化するのは、得策ではないでしょう』

「わかった。それなら魔導銃は別に用意するか……」


 俺としても、魔導銃は常に実体化させておきたい。


「じゃあ、まずは【斬馬剣グレートソード】からだ」


 そして俺は次々と形態を登録していき、何度か素振りをして重さや重心を俺の好みに変えていった……




 俺は外套を脱ぎ、シュラフに入りぼんやりと星空を見上げていた。

 やっぱり星座とかは違うのだろうか?

 まぁ、違うだろうな。

 そんなことを考えている内にウトウトとしてきたので、そのまま寝ることにする。


「おやすみ、ラグ」

『おやすみなさい、マスター』


 そして俺は眠りに落ちていった……




『………………て下さい』

「う~ん……」

『起きて下さい、マスター』


 ……何かこの世界に来た時と、同じシチュエーションだな……


『早く起きて下さい、そろそろ神龍様の結界が解ける頃です』

「……わかった……」


 モゾモゾとシュラフから抜け出す。


『おはようございます、マスター』

「おはよう、ラグ」


 おはようとは言ったが、太陽はすでに朝とは言えない高さで輝いている。


『体調はどうですか? 疲れなどは残っていませんか?』


 この身体のステータスのおかげか、体調は驚くほど良かった。


「あぁ、問題ない。……この近くに、川とかの水辺はないか?」


 歯磨きは無理でも(歯ブラシが無い)、せめて顔は洗いたい。


『精霊を見てみれば、わかると思います。『水』の下級精霊が多くいる方に進めば、近くに水辺があるはずです』


 右目を閉じ、【神眼】を起動する。

 【神眼】のスキルは、初めてディオスの左目を使った時に習得していたスキルだ。


「……あっちの方が少し水の精霊が多いな。取り敢えず、行ってみるか」


 相変わらず赤いのが多いが、青いのが集まっている方向があった。

 俺はシュラフをインベントリに放り込み、ざっと装備を整えてから外套を羽織り、さっき見た方に歩いていった。

 ちなみに、『ラグナレク』はまだ鞘を作っていないので、手に持ったままである。

 しばらく森の中を歩いて行くと、川があった。

 覗き込んで見ると綺麗に澄んでいたので、顔を洗っても問題なさそうだ。

 なので顔を洗うついでに、せめてもという思いで、うがいもする。

 インベントリから『布』を作るついでに作っておいた『タオル』を1つ出し、顔を拭く。

 ちなみにこの『タオル』、『布』を作った余りの『糸』で作ったので無駄にレアな物だ。

 すっきりしたところで、一休みしていると――


 『キャアァァァァァ………』


「ッ!? 何だ!?」


 遠くから悲鳴が聞こえてきた。

 咄嗟に【気配察知】を最大範囲に広げ、周りを確認する。

 すると、北西に400mほどの所に『中立のプレイヤー』を表すグリーンのアイコンが1つと、『モンスター』や『敵対プレイヤー』を表すレッドのアイコンが5つ表示されていた。

 確実に厄介な状況だろう。


「ラグ!! 行くぞ!!」


 『ラグナレク』を引っ掴み、木々を避け全力で走る。

 【加速】スキルの補助を受け、凄まじい速度で駆けていく。

 発生した衝撃波で木々が倒れていくが、気にしてはいられない。


「ラグ!! 【鋼糸形態】!!」


 どんな状況かわからないので、応用のしやすい鋼糸を選ぶ。


「見えた!! あれだ!!」


 1人の少女が5匹の狼型の魔獣に襲われている!!

 クソッ!!

 もうすでに1匹が少女に襲いかかろうとしている。

 少女と狼が近すぎて鋼糸が使えない!!


「間に合ってくれ!!」


 【縮地】を起動しつつ、【闘気術】も起動する。

 右手に闘気を纏わせながら一気に距離を詰め、狼に右手の拳を全力で叩き込む。


『ッ!! いけません、マスター!!』

「え!?」


 もう止めることはできず、闘気を纏った拳が狼に叩き込まれる。


 『ドパァッ!!』


「なっ!?」


 殴った狼が水風船のように弾け飛んだ!!


 『ビチャッ』


 狼の一部だった『何か』が頬にへばりつく。


「うっ……!!」


 喉の奥から込み上げてきたものを、気合で飲み込む。

 他の狼たちは突然の状況に驚いているのか、こちらを遠巻きにして唸っている。


『……大丈夫ですか、マスター?』

「何とかな……」


 狼たちの方を見ながら答える。


「彼女は無事か?」

『気絶はしていますが、身体的には問題ありません。まぁ、あの光景を見てしまえば、仕方がないでしょう』

「…………他の狼はどうする?」

『放って置いても良いと思いますが、彼女が目覚める前にまた襲われても面倒です。始末しましょう』


 あっさり『殺す』と言い切ったな……

 俺は、まだ生き物をそれほど簡単に『殺す』と言い切るのは難しい。


『マスターにも、慣れてもらわなければ困ります。何も、人間を殺すことに慣れろとは言っていません。ですが魔獣を殺すことを躊躇えば、遠からずマスターは死にます』


 いつになく厳しいな……

 その理由もわかってはいるが……


「……わかったよ。今すぐには無理だが、必ず慣れるさ」


 俺はあの2人に誓ったのだ、死ぬ訳にはいかない。


『それでは、あの狼たちを始末しましょう』

「わかった。鋼糸を展開してくれ」


 狼たちに向け両手を構え、手甲の全ての指先の爪から鋼糸を展開する。

 そして、狼たちが気づかぬ内に鋼糸を狼の身体に巻きつけ――


「……すまない」


 一気に鋼糸を引き絞り、狼たちをバラバラに切り刻んだ……




 狼たちの死体は『土属性魔術』を利用し、周りの土ごと地中深くに埋めた。

 血の匂いで、他の魔獣が寄ってくるからだ。

 作業を終え、彼女の元へ行きラグに尋ねた。


「彼女の様子はどうだ?」

『起きる様子はないですね。しかも、今目覚めてもまた気絶すると思われます』

「どういうことだ?」

『……彼女を良く見て下さい』

「あぁ!!」


 彼女の顔に狼の血がこびりついている。

 これはマズイ!!


「水、水!!」


 彼女を置いて川まで戻る訳にはいかない。


『マスター、魔術を使われてはどうですか?』

「そうだな……『ウォーターボール』」


 『水属性下級魔術』の『ウォーターボール』で発生した直径10cmほどの水球を、【魔力操作】を使って手元に留める。

 そして、インベントリから取り出した未使用の『タオル』を濡らし、彼女の顔を拭いていく。

 服の方にも少し飛んでいるが、流石にそちらはどうしようもない。

 改めてみると、彼女は12,3歳くらいの可愛らしい少女だ。


「何でこんな子どもが、こんな所にいるんだ?」

『この近くに村があるので、そこの子どもだと思います』

「村? そういえば、ここは何処なんだ?」

『昨日と先程、精霊を見た時に『火』の下級精霊が多かったですよね? 下級精霊は、自分と同じ属性の『精霊王』のいる場所に多くいますので、そのことからここが何処かわかるはずです』


 ……ということは、ここは『火』の精霊王がいるということだ。

 と、すると――


「ここは『桜花』か?」


 『VLO』と同じ名前かどうかはわからないが……


『はい。ここは人族の国『桜花』の北西部です』


 国の名前も同じだったようだ。


「それで、近くにある村の名前は何て言うんだ?」

『確か『ウィプル村』ですね』


 村の名前は聞いたことがなかった。


「それじゃあ、彼女はその『ウィプル村』から来たのか……」

『恐らくは』

「ん……う~ん……」


 俺とラグがそんな話をしていると、彼女が起きた。


「気がついたみたいだな。きみ、大丈夫か?」

「え……? キャアッ!!」


 何で悲鳴を上げられなければいけないんだ……


『…………マスター、御自分の顔の傷と格好のことを忘れていませんか?』


 あぁ、そういうことか……

 黒ずくめの服を着た顔に傷のある男に、起きた直後に声をかけられれば悲鳴くらい上げるか……

 俺でも上げると思う。

 ちょっと傷ついたが……


「心配しなくて良い、怪しい者じゃない」


 自分で言っていて、この言い方はどうなんだ、と思ったが、俺は彼女から少し距離を取りつつそう言った。(当然、これ以上怖がらせないように、だ……)


「あ、貴方は……あの時の……」


 俺が助けに入った時のことを思い出したのか、少し顔を青ざめさせてそう言った。


「そうだ。思い出したのか?」

「はい。助けていただいて、ありがとうございます」

「気にしなくて良いよ。それに、その、ちょっと言いづらいんだが……服が……」

「あっ。このくらい構いませんよ。命を助けていただいたのですから。」


 服を見た時はちょっと困った顔をしたが、彼女は笑顔で言ってくれた。


「そう言ってもらえると、俺も助かるよ。それできみは『ウィプル村』の子なのか?」

「はい、そうです。ここには、薬草探しに夢中になっていたら……」


 見た感じの歳の割には、しっかりとした言葉遣いだが、そういうところは歳相応っぽいな。


「そうか。後、きみの名前を教えてくれないか? いつまでも『きみ』じゃ、何だし」

「――っすみません。まだ言っていませんでしたね。私は『リリア』と言います」

「俺は『せ――」


 ちょっと待て、この場合、俺はどっちの名前を名乗れば良いんだ?


『来訪者の存在はこの世界で認知されているので、どちらでも構いませんが、ステータスの方は『ディーン』になっていますので、そちらの方が面倒にならないと思います』


 彼女、『リリア』と話し始めてから静かにしていたラグが、助け舟を出してくれた。


「……?」


 急に黙り込んだ俺を『リリア』が不思議そうに見ている。


「俺の名前は『ディーン』だ」

「『ディーン』さんですね。わかりました」

「それで『リリア』、これからどうするんだ? 村に帰るのか?」

「はい。あまり遅くなると両親に心配されますし。ですが……」


 あんなことがあったのだ。

 1人で帰るのは怖いのだろう……


『マスター、この子を村まで送って行きましょう。どの道、『ウィプル村』には立ち寄る予定でしたし』

〈そうだな。このまま1人で帰す訳にもいかないし〉

「良ければ、送って行こうか? 1人で帰るのも危険だし、『俺たち』も『ウィプル村』には立ち寄る予定だったんだ」

「俺たち? ディーンさんには、お連れの方がいるのですか?」


 しまった!!

 つい、ラグの事も含めて言ってしまった。


「いや、俺1人だよ。ちょっと言い間違えただけだから、気にしないでくれ」

「……? わかりました」

「それじゃあ、行こうか」

「はい」

『それは良いのですが、村の場所を知っているのですか、マスター?』


 ……知らなかった……




 ラグに案内されつつ、森の中の小道を『リリア』と2人で歩いて行く。

 彼女のペースに合わせているので、結構ゆっくりだ。

 一応確認しておくか……

 俺は【鑑定】のExスキル【リーブラの魔眼】を起動した。

 【リーブラの魔眼】はアイテムの詳細なデータを確認したり、モンスター(魔獣)やプレイヤーのステータスをある程度見ることのできるスキルだ。

 当然、自分より高レベルのモンスターやプレイヤー、そして【気配隠蔽ハイディング】の熟練度が高いプレイヤーのステータスは見ることができない。

 この子に騙されているとは思わないが、念には念を入れて名前だけでも確認しておこう。


『疑心暗鬼になるのは良くありませんが、そのくらい慎重な方が良いですよ』


 ラグもこう言っている。

 取り敢えず、ステータスを確認してみると――



 Name:リリア

 種族:人族(転生0回)

 称号:なし

 Lv:5/500

 HP:1200/20000

 MP:2000/20000

 SP:1000/10000



 ……何となくわかってはいたが、ステータスはかなり低い。

 このステータスで1人で外を出歩くのは自殺行為だ。

 親は止めなかったのか?

 それにしても、『人族』か……

 ここは『桜花』なので別におかしくはないが、何か新鮮だ……

 『VLO』にはNPC以外、『人族』はほとんどいなかったしな。

 でもこれで、リリアが俺を騙している可能性はなくなった。(まぁ、元々0に近かったが……)

 自分の行為に苦笑していると――


「どうかしたんですか、ディーンさん?」

「いや、何でもないよ。村まで後どれくらい?」


 一応ラグに案内されているが、建前上はリリアに案内されていることになっている。

 リリアにした言い訳は、道順に少し自信がないからということにしておいた。


「もうすぐですよ。疲れましたか?」

「俺はこのくらい何ともないよ。リリアは大丈夫?」


 ゆっくりとだが2時間ほど休憩なしで歩いているのだ、リリアにはキツいはずだ。


「私も大丈夫ですよ。本当に、村まで後少しですし」


 少し疲れているようだが、本人がそう言っているので無理には休ませられない。


〈実際はどうなんだ、ラグ?〉

『彼女の言う通り、もうすぐですよ。このペースなら、後15分ほどでしょうか』


 そのくらいなら大丈夫そうだな。(ちなみに、ラグの声は俺にしか聞こえていない)


「わかった。それじゃあ、行こうか」

「はい」




 それからラグの言う通り15分ほど歩くと、村が見えてきた。


「あれが『ウィプル村』か?」

「そうです。特に何も無い村ですが、良いところですよ。そうだ、父に紹介しますので家に寄っていって下さい。助けてもらったお礼もしたいですし」

「……そんなに気を遣わなくても言いぞ。別に大したことはしていないしな」


 娘がこんな顔に傷のある黒ずくめの男と一緒に帰ってきたら、俺なら警察を呼ぶ。(この世界にそんなものはないと思うが……)


「そういう訳には……」

「リリア!!」


 もう少しで村の入り口に着こうとしていた時に、村の方から1人の男性がこちらに走ってきた。


「リリア!! 無事だったのか……心配したぞ……」

「お父さん!!」


 どうやらリリアの父親のようだ。


「ごめんなさい、お父さん。心配をかけて……」

「本当だぞ。村中探し回ってみたが見つからなくて、外に捜索隊を出そうとしていたところだ……」

「ッ!! 本当にごめんなさい……」


 思っていたより大変なことになっていて驚いたのか、リリアは項垂れていた。


〈というか、親や村の人達に黙って村から出ていたんだな……〉

『そうみたいですね……』


 しっかりしてそうだが、意外とお転婆なのか?


「魔獣に襲われただって!? それで怪我は無いのか!?」


 俺が話に入れずそんなことを考えていると、どうやらリリアが外で何をしていたのか話していたようだ。


「心配しないで、お父さん。私は大丈夫。ディーンさんが助けてくれたの」

「心配するに決まっているだろう!! それで『ディーンさん』というのは……」

「この人がディーンさんよ。この人が私を魔獣から助けてくれて、ここまで送ってくれたの」


 リリアの父親が俺の方を見て、訝しげに少し目を細める。


「貴方が娘を助けてくれたのですね。本当にありがとうございます」

「いえ、そんな大したことはしていないので……」


 俺のことを怪しんでいるはずなのに、流石は大人だ。

 そう簡単には信用しない。


「お父さん、ディーンさんにお礼がしたいの。家に招待しても良いでしょう?」


 そんな俺たち2人に気づかず、リリアが父親に頼む。


「あぁ、構わないよ。ここで立ち話も何だし、私もディーンさんにお礼がしたいしね」


 父親は先程俺を見ていた時とは、うって変わり笑顔でリリアに答える。


「ディーンさんも、ぜひ家に寄っていって下さい。せめてものお礼に、夕食でもご馳走しましょう」


 父親の目は、話を聞かせてもらいます――そう語っていた。


「……わかりました。ご馳走になります」


 特に悪意は感じなかったので、俺は大人しくついていった。




「お口に合いましたか、ディーンさん?」

「はい。とても美味しかったです。ご馳走様でした、ソファラさん」


 俺はリリアの母親、『ソファラ』さんが腕に縒りを掛けて作ってくれた料理を食べ終え、満足していた。

 出された料理の量はかなり多かったが、何とか食べ切れた。

 おかげでちょっと腹が苦しい……


「ふふ、やっぱり若い人は良く食べるわね。頑張って作った甲斐があったわ」

「お母さんの料理はいつも美味しいけど、ちょっと量が多いのよ。ほんとに大丈夫、ディーンさん?」

「このくらい大丈夫さ。それに、本当に美味しかったしね」


 正直キツかったが、ここは強がっておく。

 美味かったのは本当だしな。

 それにしても、家族といるからなのか、リリアの口調がかなり砕けてきているな。

 こちらが地か。


「満足していただいたようで、何よりです。酒はイケる口ですか、ディーンさん?」


 ワインのような酒のボトルを持ってきた、リリアの父親『ジェラルド』さんが尋ねてきた。

 ジェラルドさんは何と、この『ウィプル村』の村長だ。

 あの後俺を家まで案内してから、あちこち奔り回り説明や謝罪をしていた。

 ちなみに、リリアも一緒に謝っていた。(当然だ)

 その間、ソファラさんが俺の話し相手をしてくれた。(いや、むしろ逆だったな……)


「少しだけなら」


 俺がそう答えると、ジェラルドさんはソファラさんに目配せし、ボトルをテーブルに置いて俺の向かいの椅子に座った。

 向こうの世界の俺は下戸だが、少しくらいなら大丈夫だろう。


「リリア、今日のことで少し話があります。今から私の部屋に来なさい」

「……もう、お父さんに叱られたのに……」

「リリア」

「はい……」


 そして、リリアはソファラさんに連れられて部屋を出ていった。

 ソファラさん、おっとりしていて優しそうなのに、怒ると結構怖そうだな……

 まぁ、それだけ心配していたんだろう。(リリアの服に着いた狼の血を見て、倒れそうになっていたしな……)


「改めてお礼を言います。娘を助けていただいて、本当にありがとうございます」

「そんなに気にしないで下さい。先程も言いましたが、本当に大したことはしていないので」

「それでも父親としては、いくら感謝してもしきれないのです。ありがとうございました」

「お気持ちはわかりました。顔を上げて下さい」

「……わかりました。私が貴方に感謝をしているということだけは、忘れないで下さい。貴方はリリアの――娘の命の恩人です。しかし、それでも私はこの村を預かる『村長』として、貴方に聞いておかなければならないことがあります」


 父親としての話は、ここまでということだろう。

 ここからが本題だ。

 ジェラルドさんは唇を湿らす様にワイン(?)を少し飲み――



「貴方は一体何者なのですか?」



 ――と俺に尋ねた……


「…………」


 やっぱりこう来たか。

 予想はできていた。


〈ラグ、『来訪者』の存在は認知されていると言っていたな? 俺のこと、どこまで喋ってしまっても良いんだ?〉

『この世界の人間ではない、ということは言ってしまっても構いません。驚かれるとは思いますが……ただし、『VLO』のことは話さない方が良いでしょう。混乱させてしまうだけです』


 俺もそのことは、上手く説明できる自信はない。


〈ラグのことはどうする?〉

『言ってしまっても構いませんよ。どうせ『来訪者』だとわかれば、バレるでしょうし』

〈わかった〉


 『VLO』のことには触れず、説明しよう。


「信じられないかもしれませんが、俺が今から話すことは全て本当のことです。そこに嘘はありません。まず、俺はこの世界の人間ではありません。そして――」


 俺は『自分はこの世界の人間ではないこと』、『昨日この世界へ来たこと』、『ラグのこと』、『ある程度はこの世界の知識があること』、そして『川へ行った時に悲鳴を聞き、リリアを助けたこと』を『VLO』のことには触れずに話していった。




「……俄かには信じられませんが、貴方が嘘を吐くような人にも見えませんし、また嘘を言ってこちらを騙そうというような目にも見えません」

「はい。今話したことは、全て本当のことです」


 言っていないことはあるが、嘘は言っていない。


『詐欺師の理論ですね』

〈うるさいな、ラグが話すなと言ったんだろう。茶々を入れるな〉

「…………『ラグナレク』はロングソード型の魔導兵装だと、言い伝えられているのですが、今は何処に? お持ちのようには見えませんが……」

「今はそこの手甲になっています」


 夕食を食べるために外していた手甲を指差して言う。


「今、元に戻しましょう」

〈ラグ、【通常形態】に戻ってくれ〉

『了解しました、マスター。……やっぱりこれが一番落ち着きますね』

〈鞘を作るまで我慢してくれ〉


 白銀の光の粒子の乱舞が収まると、そこには剣の状態に戻った『ラグナレク』があった。


「ッ!? 白銀の剣身に蒼い宝玉、それにこの美しさ……言い伝えの通りだ……やはりあなたは『来訪者』だったのですね……」


 どうやら信じてもらえたようだ。


「疑ってしまって、すみませんでした。貴方様は、この世界を救って下さる『英雄』になるお方でしたのに……本当に申し訳ありませんでした」

「ちょっ!? やめて下さい!! 俺はそんな大層な者じゃありません!! どうか顔を上げて下さい、お願いします」


 そのまま放って置くと土下座(この世界にあるのか?)でもしそうな勢いだったので、俺は慌てて言った。


「ですが……」

「確かに俺は、邪神龍を滅ぼしてこの世界を救いたい――という気持ちはあります。ですが、俺自身はそんな大層な者じゃないです。どうか、今までと同じように接して下さい。俺にはその方が助かります」

「……わかりました。貴方がそこまで仰るなら……」


 まだ口調が丁寧すぎるが、わかってはもらえたようだ。


「それでは改めて酒はいかがですか、ディーンさん?」

「いただきましょう」


 それから俺たちは酒を酌み交わした。

 ジェラルドさんが持ってきたワインのような酒は、見た目のままワインのような味わいで中々に美味かった。

 まぁ、俺にワインの良し悪しはわからないが……


「それでディーンさん、何故『ラグナレク』を手甲の形にしていたのですか? 剣はお使いにならないのですか?」

「いえ、剣も扱えるのですが、まだ鞘を用意していなくて……流石に抜き身の剣を手に持ち歩くのは、その……」

「あぁ、そういうことでしたか。確かにそれは拙いですね。余計な誤解を生みかねませんし。ディーンさんなら尚更に……ね。」

「言ってくれますね。これでも少しは気にしているんです……」

「ハハ、すみません。冗談です。しかし、鞘は早めに用意した方が良いでしょうね。何かと不便でしょう?」


 俺は別にこのままでも良いんだがな……


『駄目です、マスター。鞘は必要です』

〈何でだよ……〉

『やはり、私はこの姿が基本なのです。落ち着くのです』

〈わかったよ、俺もいらないと思ってる訳じゃないしな。それに、相棒の望みは最大限叶えるさ〉

『マスター……』

「そうですね。この村に鍛冶屋か、鍛冶場を借りられるところはありますか?」

「はい、クラッドさんがやっている鍛冶屋がありますが……どうするのです?」

「鞘を作ろうと思いまして」

「鍛冶もお出来になるのですか!? 流石ですね」

「褒めても何も出ませんよ。それで何処にあるんです?」

「明日、リリアに案内させましょう。話は私の方から通しておきます」


 今夜はジェラルドさんの好意で、空いている部屋に泊めてもらえることになっている。


「助かります。それで話は変わりますが、リリアは何故あんなことを?」


 リリアの名前が出てきたので、俺は疑問に思っていたことを訊いてみた。


「リリアは、ソファラに憧れているのです。ソファラはこの国でも有名な『薬師くすし』で、幼い頃から傍で見ていたリリアが、興味を持つのも無理はありません」

『先に言っておきますが、『薬師くすし』は【錬金】で薬を専門に作る者のことです』


 そんなのもあるんだな……


「しかし、だからと言って……」

「何度か注意はしたのです。今回が初めてではありませんし……でも、今回のことでリリアも懲りたでしょう。それに、ソファラにもかなり叱られているはずです」


 初犯ではなかったらしい……

 ジェラルドさんもこう言っているのだ、これ以上他人の俺が口を挿むことでもないだろう。


「……大変ですね」

「わかってくれるかね?」


 その夜、俺たちは遅くまで酒を酌み交わした……

 二日酔いにならないよな、俺?



 余談だが、その日ジェラルド邸の一室には一晩中灯りが点いていたそうだ。

 ご愁傷様……




「おはようございます、ソファラさん」

「あら、ディーンさん。ずいぶんと早いのね? 良く眠れた?」


 今はまだ早朝と言って良い時間だ。

 昨日、夜遅くまでジェラルドさんと飲んでいたので、こんな時間に起きてくるとは思わなかったのだろう。

 実際、ジェラルドさんとリリアはまだ寝ているようだ。


「はい、おかげさまで、ぐっすり眠れましたよ。ソファラさんも早いですね」

「朝食の準備をしないといけないから。それより、昨日はずいぶん遅くまで主人と飲んでいたようだけど、体の方は大丈夫?」

「大丈夫です。二日酔いにはなっていません。それより顔を洗いたいので、水を使わせてもらっても良いですか?」

「お酒、強いのね。裏庭の井戸を使うと良いわ」

「ありがとうございます。それじゃあ、顔を洗って来ます」


 ソファラさんに挨拶をして、裏庭に行ってみる。

 この身体のおかげなのか、二日酔いにもなっていないし、4時間程しか眠ってないが体調もばっちりだ。

 飲んでいる時もほとんど酔わなかったので(ジェラルドさんの方が先に酔い潰れてしまった)、この身体は酒に強いのかもな。

 後でラグに聞いてみよう。

 ちなみに、ラグは部屋に置いてきた。

 井戸水で顔を洗い、出しておいた『タオル』で拭く。

 昨日使った『タオル』や着ていたシャツは、ソファラさんが洗ってくれるらしい。

 血の付いた『タオル』はどうしようかと思ったが、ソファラさんは特に気にせず『洗うわよ?』と言ってくれたので、一緒に渡しておいた。

 さっぱりしたところで裏庭を観察していると、稽古をするにはちょうど良いかもしれないと思った。

 ソファラさんに訊いてみると――


「良いわよ。2人もまだ寝てるし、朝食にもまだ時間がかかるから。それにしても、朝から元気なのね?」


 ふふっと笑われた。

 俺としては元の世界にいた時は毎朝、朝稽古をしていたのでこのくらいは何でもないが……

 昨日は色々あってサボってしまったし。


「からかわないで下さいよ。それじゃあ、裏庭にいますので朝食ができたら呼んで下さい」

「わかったわ。頑張ってね」


 部屋から『ラグナレク』を持ってきて、ゆっくりとだが素振りを始め、それから一通りの型を確認していく。

 汗が出始めたところで朝稽古を切り上げ、汗をタオルで拭いていると――


「朝食が出来たわよ、ディーンさん。食べましょう?」


 ――とソファラさんが呼びに来た。

 意外と時間が経っていたようだ。

 そろそろ9時頃か?


『そのくらいの時間のようですね』

〈朝食には少し遅い気がするが……この世界ではこんなものなのか?〉

『そんなことはありませんが、恐らくリリアさんとジェラルドさんが、今まで寝ていたのでしょう』

「わかりました。今行きます」


 俺が食卓に行くと、すでにジェラルドさんとリリアが席に着いていた。


「おはよう、ディーン君。きみは朝から元気だね……」

「おはようございます、ディーンさん……」


 ジェラルドさんは俺の呼び方が、『ディーンさん』から『ディーン君』に変わっている。

 昨日のことでかなり打ち解けられたようだ。


「おはようございます、ジェラルドさん。おはよう、リリア。2人とも大丈夫ですか……?」


 ジェラルドさんは顔色が悪いし、頭痛がするのか額を押さえてる。

 一方、リリアは目の下に薄っすらと隈ができている。


「ちょっと二日酔いでね……きみは大丈夫そうだね……」

「私は昨日、お母さんに……」

「あなたは飲みすぎです。それとリリア、何か言いましたか?」


 2人とも黙り込んでしまった。


〈う~ん、やっぱりこの家で一番怖いのはソファラさんだな……〉

『そのようですね』

「2人がこんな時間まで寝ていたから、朝食が遅くなってしまったんですよ? ディーンさんにも迷惑をかけて――」

「まあまあ、ソファラさん。そのくらいで良いじゃないですか。俺は気にしてませんし。それよりも早く朝食にしましょう」


 2人が可哀相になってきたし、長くなりそうだったので助け舟を出した。


「……ディーンさんがそうおっしゃるなら……2人ともしっかり反省して下さいね?」

「「はい……」」

「それじゃあ、食べましょう」


 ソファラさんは最後にしっかり釘を刺し、そしてようやく朝食となった。




 朝食を食べ終わり、一息吐いていると――


「それでディーンさんは今日、どうされるのですか?」


 ――とソファラさんに尋ねられた。


「鍛冶屋に行ってこようかと思います。少しやっておきたいことがあるので」

「リリア、ディーン君を昼頃にクラッドさんの鍛冶屋まで案内してあげてくれ。クラッドさんには話しておくから」

「わかったわ、お父さん」

「それじゃあ、私は仕事に行ってくるよ。ディーン君はまた後で」

「いってらっしゃい、あなた。お仕事頑張って下さい」

「いってらっしゃい、お父さん」

「ええ、また後で」


 仕事に行くジェラルドさんに三者三様に応え、送り出す。

 さて、これから何をしようか。

 まだ昼までには、しばらく時間がある。


「それじゃあ、私も仕事に行くわね。と言っても、離れの工房だけど」


 食器を洗い終わったソファラさんがそう言いながら、準備を始めた。


「ねぇ、お母さん……」

「あなたは駄目よ。昨日言ったこと、もう忘れたの? この先ひと月は、工房に出入り禁止です」

「私、まだ何も言ってないんだけど……」

「聞かなくてもわかります。駄目です」


 やばい、リリアが泣きそうだ……


「ソファラさん、そう言わずに……俺も『薬師くすし』の仕事を見てみたいですし。それで、リリアも一緒に……」

「ハァ~、ディーンさん。あまり、リリアを甘やかしてはいけませんよ? これは罰なのです。――がディーンさんに免じて、今日だけは許可しましょう。わかりましたね、リリア? 今日だけです」

「ありがとう、お母さん!! ありがとう、ディーンさん!!」


 余程嬉しいのか、さっきまでとは打って変わり飛び跳ねんばかりに喜んでいる。


「ハハ、どういたしまして。それじゃあ、行こうか」


 そして俺はラグを持って、リリアと一緒にソファラさんについて行った。


『本当にマスターは甘いですね』

〈うるさい、ほっとけ。置いて行くぞ〉




 そして、ソファラさんの工房で【錬金】の作業をボーっと眺める。

 特に目新しいこともなかったが(元々リリアのためなので別に構わないが)、リリアは目を輝かせてソファラさんの作業を凝視している。

 そうしていると――


「困ったわねぇ~」


 ――とソファラさんが呟いた。


「どうかしたんですか?」


 俺は何か力になれるかもしれないと思い、尋ねた。


「あぁ、ディーンさん。薬草がちょっと足りないのよ」

「在庫も無いんですか?」

「えぇ。今から仕入れても間に合わないし……本当に困ったわ」


 う~ん、なら俺が採取してくるか?

 俺ならすぐに済むはずだ。


「なら、俺が行って採取してきましょうか?」

「嬉しいけど、そこまで迷惑はかけられないわ」

「昼までまだ時間がありますから。すぐ行って、すぐ帰ってきますよ」

「本当に良いの? それじゃあ、お願いしようかしら……」

「それじゃあ、行ってきますよ。足りない薬草は何て名前ですか?」

「『リブシュール』という薬草です。知っていますか?」


 『リブシュール』は一般的な薬草ではないが、それほど珍しくはないので、この辺りにも生えているはずだ。


「はい、知ってます。少し待っていて下さい」


 すると、リリアが何か言いたそうな目でこちらを見ていた……

 まぁ何が言いたいかはわかるが、流石にこれは駄目だ。


「連れてはいかないぞ、リリア。魔獣に襲われるかもしれないし、流石に駄目だ」

「わかりました……」


 俺の真剣な様子がわかったのか、リリアは素直に頷いた。


〈じゃあ行くか、ラグ〉

『わかりました、マスター』




「あった、これだ」


 俺は【気配察知】に『リブシュール』を設定し、範囲を最大に広げ『リブシュール』を探していた。

 ちなみに、【気配察知】に素材アイテムを設定すると紫のアイコンで表示される。

 ただし、素材アイテムは1種類しか設定できない。


「これだけあれば足りるだろう」

『そうですね。充分でしょう』


 ラグは今、【格闘形態】になっている。

 【通常形態】――要するに剣の状態で村の中を出歩く訳にもいかないからだ。

 【格闘形態】は【鋼糸形態】と同じような手甲だが指貫きの手甲だ。


「ここまでは魔獣と出会わなかったな。帰りもこの調子なら良いが……」


 この辺りの魔獣なら俺の敵ではないが、魔獣を殺すことにはまだ少し抵抗がある。

 襲われればるしかないが、できれば殺したくはない。

 『リブシュール』を設定から外し、この辺りの魔獣の反応を調べてみる。

 取り敢えずは大丈夫そうだ。


「帰るか。そろそろ昼だしな」

『そうですね。くれぐれも油断はしないで下さい』

「わかってるよ」


 俺は【気配察知】を起動したまま、帰路についた。




「採ってきましたよ、ソファラさん」


 工房のドアを開けながら、ソファラさんに声をかけた。


「おかえりなさい、ディーンさん。ずいぶん早かったですね。驚きました」

「言ったでしょう、すぐだって。これで良いですか?」


 俺は『リブシュール』をソファラさんに渡しながら言った。


「こんなに……本当にありがとうございます」

「気にしないで下さい。魔獣にも襲われませんでしたし、楽なものでしたよ」

「そうですか。でもお礼は言わせて下さい。これで作業の続きができます。ありがとう、ディーンさん」


 そう言いながら、ソファラさんは『錬金釜』の方に歩いていった。

 それと入れ違いにリリアが寄ってきて――


「本当に早かったですね。やっぱり、ディーンさんは凄いです」

「それほどでもないさ。それより、そろそろ時間だ。鍛冶場に案内してくれるかな、リリア?」

「あっ、そうですね。それじゃあ、行きましょうか」


 そして、ソファラさんに挨拶をして工房を出る。


「お邪魔しました、ソファラさん」

「行ってきます、お母さん」

「気をつけていってらっしゃい」




「ディーンさん、ここがクラッドさんの鍛冶屋です」


 中々立派な店構えだ……


「来ましたね、ディーン君」

「ジェラルドさん」

「お父さん」


 鍛冶屋の店構えを見ていると、中からジェラルドさんが出てきた。


「さあ、中に入って下さい。クラッドさんには話してありますので、大丈夫ですよ」

「それじゃあ、お邪魔します」


 俺たちはジェラルドさんの後について、店に入って行く。

 中には『ドワーフ』のおじさんがいた。

 この人がクラッドさんか?


「こいつがおまえの言っていた、『来訪者』の小僧か?」


 小僧……

 決めた、こいつのことは『おっさん』と呼ぼう。


「えぇ、そうです。ディーン君は鍛冶場を使いたいらしいので、貸してあげてくれませんか?」

「貸してやるのは構わねぇが、こちらも商売道具を貸すんだ。様子は見させてもらうぞ。」

「――だ、そうですが構いませんか、ディーン君? できれば、私も見学したいのですが……」

「別に構いませんよ。見てても、別に面白くもないと思いますけど……」

「私が興味があるのです。リリアはどうする?」

「私も……」

「おいおい、鍛冶場は広くねぇんだ。そんなに入れるか」

「リリア、すまないね。店で待ってるかい? それとも、先に家に帰ってるかい?」

「う~ん、家に帰ってる」

「そうか。お母さんには、もうしばらくしたら帰る――と言っておいてくれないか?」

「わかった。それじゃあ、先に帰るね」


 リリアは先に帰るようだ。

 にしても、ジェラルドさんは仕事は良いのか?

 この後、家に戻るみたいだし。

 まぁ村長の仕事なんて、俺には何をするかわからないが……


「それじゃあ、鍛冶場に案内してもらえますか?」


 取り敢えず、やることを済ませてしまおう。


「こっちだ、小僧」


 いい加減、小僧はやめろ……


『直接クラッドさんに言えばどうですか、マスター?』

〈まぁそうだけどな……一応鍛冶場を借りるんだ、ある程度は我慢するさ〉


 鍛冶場は店の奥にあった。


「立派な炉ですね」

「そうだろう。俺の自慢の炉だ。使うのは良いが、壊したらぶっ殺すぞ小僧」


 おっかないおっさんだ。


「でも、この炉では俺の扱いたい金属は無理ですね」

「何だと!! この炉なら大体の金属は扱えるぞ!!」

「確かにそうですね。でも俺の扱いたい金属は、これですので……」


 そう言って、俺はインベントリから『オリハルコン』と『ルナライトミスリル』を取り出した。


「これは……『オリハルコン』と『ルナライトミスリル』か……初めて見たぞ……」

「私もです……」


 ジェラルドさんとクラッドのおっさんは、かなり驚いている。

 それもそうだろう。

 『オリハルコン』と『ルナライトミスリル』はかなり希少な金属だ。


「確かに、これは俺の炉では無理だな。火力が圧倒的に足りん。それにしても、こんな金属を持っているとは、やっぱり小僧は『来訪者』なのか……さっき村長に聞かされた時は、半信半疑だったが……」


 まぁ、あっさり信じられる話ではないだろう。


「確かに俺は『来訪者』です。そこで相談があるのですが、俺にこの炉を強化させてもらえませんか?」

「強化? どうするんだ?」

「炉に【刻印】をさせて欲しいんです。」

「【刻印】だと!? 小僧、【刻印】が使えるのか!?」

「しかし、確か【刻印】の成功率はかなり低い、と聞いたことがあるのですが……」


 【刻印】とは【紋章付与】のExスキルだ。

 武具や道具に魔導紋章を刻み、様々な効果を半永久的に与えるスキルだ。

 当然、刻んだ紋章が傷ついたりすれば効果はなくなるが、再び刻み直せば効果は復活する。

 しかしジェラルドさんが言ったように、【刻印】の成功率は低い……

 何故なら紋章は複雑で、間違えて刻んでしまえば即失敗だ。

 しかも【刻印】に失敗すれば、その武具や道具は使い物にならなくなる。

 でも俺にはそんなこと、関係がない。


「大丈夫です。俺はさらに上位の、【自動刻印】をマスターしています。」

「何だとっ!?」

「何ですって!?」


 【刻印】には、さらに上位のExスキル【自動刻印】が存在する。(Exスキルが2段階あるスキルは、数は少ないが他にもある)

 【自動刻印】は自動的に紋章を刻んでくれるスキルで、【刻印】の成功率を著しく上げてくれる。

 俺はそれをマスターしているのだ。

 使う道具も特別な物なので、失敗する可能性はまずないだろう。

 しかし、マスターするまでには気が狂いそうなほどの努力が必要だ。

 約20万回、紋章を刻むことに成功すればマスターできるが、俺は自分以外マスターしているプレイヤーを見たことはなかった。


「なので、俺を信じて任せてくれませんか?」

「……とても信じられんが、小僧が『来訪者』だというなら、あり得んことでもないかもな。――わかった!! 任せる!! 失敗したら、村長に弁償してもらうことにしよう。」

「えっ!?」


 ジェラルドさんはかなり驚いて、クラッドのおっさんの方を見ている。


『これは失敗できませんね、マスター』


 まぁ弁償云々は冗談だろうが……


〈そうだな。一宿一飯の恩とも言うし、恩を仇で返す訳にはいかないからな〉

「それじゃあ、始めます」


 インベントリから『刻印道具』(彫刻刀に良く似ている、ちなみに『オリハルコン結晶』製)を取り出し、【自動刻印】を起動し炉の側面に『強化』の紋章を刻んでいく。

 余所見をしても失敗などしないが、ジェラルドさんがかなり心配そうにこちらを見ているので、一応真剣そうな顔をしておく。


「終わりました。成功です」

「「おぉ!!」」


 驚きすぎだろう、2人とも。

 ジェラルドさんは安心したのか、胸を撫で下ろしている。(そんなに心配だったのか……)


「これで炉が強化されたので、今以上に火力を上げても大丈夫です」


 これで鞘が作れるはずだ。


「それではこれから、鞘を作りたいので炉をお借りします」

「あ、あぁ。好きなだけ使ってくれ」


 取り敢えず、炉に『オリハルコン』と『ルナライトミスリル』を放り込む。

 今から作るのは『オリハルコン』と『ルナライトミスリル』の合金だ。

 この合金は『精神感応』の性能がある。

 この合金を元に鞘を作り、『形態変化』の魔導紋章を刻めば、ラグの形態変化に応じて鞘の形態も変化するはずだ。

 これが俺とラグが相談して出した結論だ。

 俺は『形態変化』の紋章を知らなかったが、ラグによれば俺なら何とかなるそうだ。

 ちなみに、『形態変化』の紋章はラグに刻まれているラインのいくつかが紋章になっているそうだ。

 そんなことを考えている内に合金が出来上がった。


「次は……」


 インベントリから『鍛冶道具一式』のハンマーと金床(両方とも『オリハルコン結晶』製)を取り出す。

 出来上がった合金を金床の上に置き、ハンマーで叩いていく。

 【鍛治】スキルでは作りたい物を選び、一定回数ハンマーで金属を叩くと出来上がりだ。

 当然、熟練度が低ければ失敗するが、マスターしている俺には関係ない。

 何回か(恐らく30回くらい)ハンマーで叩くと鞘が出来上がった。

 【刻印】は後からだ。

 ついでに鎧と外套の補強パーツ、そして魔導銃の銃身を作ろう。

 好きなだけ炉を使っても良いと言われたしな。

 鎧と補強パーツは、『オリハルコン』と『アダマンタイト』の合金で作っていく。

 この合金はただひたすら硬く、頑丈だ。

 鎧は軽装鎧のタイプで胸と腹、背中を守るだけの簡単な形状だ。

 俺は動きを阻害されるのが嫌なので、これにしている。

 補強パーツは、肩と肘の部分を補強するために作った。

 そして、魔導銃の銃身は『オリハルコン結晶』と『セイクリッドミスリル』の合金で作る。

 この合金は魔力との相性が凄まじく良いので、魔導銃にするにはピッタリだ。

 銃身は2丁分作る。

 当然このままでは使えず、さらに作業が必要だがここではできない。

 帰ってからソファラさんの工房を借りよう。


「終わった……取り敢えず、ここでできる作業はこれで全部だな」


 【刻印】はここでもできるが、帰ってからで良いだろう。


「小僧は『マスタースミス』だったのか……?」


 恐らくは、【鍛治】をマスターしている者のことだろう。


「まぁそうなりますね」

「何てこった……」


 そういえば――


「ジェラルドさんは、何処に行ったんです?」


 作業に集中していて、出ていったのに気がつかなかった。


「あ、あぁ。途中で、仕事があるからと言って帰ったよ。残りたそうにしていたがな……」


 結構時間が経っていた。

 もう夕暮れだ……


『集中すると周りが見えなくなるのは、マスターの悪い癖ですね』

〈わかってはいるんだが、中々直らないんだよ……〉

「それじゃあ、俺も失礼します。鍛冶場を貸していただいて、ありがとうございました」


 俺は作った物や余った素材をインベントリに放り込んで、帰る準備をした。


「いや、こっちこそ炉のこと、ありがとよ」

「いえ、俺も必要でしたし、気にしないで下さい。それじゃあ、失礼します」


 俺が店から出ようとしたら、見送ってくれていたクラッドのおっさんが――


「ま、待ってくれ。俺を弟子にしてくれないか?」


 な、何だと!?


「…………すみませんが、お断りします」

「な、何故だ?」

「クラッドさんは、俺が『来訪者』だと知っているはずです。いつまでもこの村にはいられないのです」

「…そうか、すまない」

「いえ、これからも精進していって下さい」


 そう言って、俺はジェラルド邸へと帰路についた。




 そして俺はジェラルド邸へと帰り、夕食をご馳走になった。

 その後、ソファラさんに工房を借りて【加工】スキルを使い、『精霊結晶』を填め込み魔導銃を仕上げる。

 そして鞘と鎧、補助パーツにそれぞれ紋章を刻み、これらも仕上げていった。

 それと細々とした装備品も作り、明日に備え眠ることにした。




「良い人達だったな」

『そうですね……もう少しここに居たくなりましたか?』

「いや、俺たちには目的がある。そうゆっくりとは、していられないさ」

『またいつかこの村に来ましょう、マスター』

「あぁ、邪神龍さえ滅ぼせば、時間はいくらでもあるさ」


 夕食の時にジェラルドさん達には、明日村を出ることを伝えてある。

 リリアがまた泣きそうになっていたが、ソファラさんが慰めてくれていた。


「明日は早い、もう寝よう」


 これ以上起きていると、ここに残る理由を考えてしまいそうだ。


『……おやすみなさい、マスター』

〈おやすみ、ラグ〉

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