8話 高擶からの連絡
執務室でひたすら書類を捌いていく。
現場に出回っている呪奏者達からは、報告書が届いていた。それぞれ呪奏者ごとに封筒に入れられた報告書は、人によって厚さが異なる。任務が重なると、まとめて報告を上げてくることは珍しくなかった。
見終わったものは、本部への連絡箱へ。
残りの報告書も目を通してしまおう、そう思い、ひときわ分厚い封筒に手を伸ばす。封筒の留め具には、すずらん模様で青色の封蝋が。これは吉野のだ。先月末の新任と回ってる分も含まれているようで、他の人達より多い。
報告書くらい新人に書かせればいいものを。
吉野が担当する任務は多すぎた。
これでは霊核が摩耗してもおかしくない。
俺とて一番忙しかった頃で同じくらいはこなした記憶はあるが……。
「……体制の見直しが必要だな」
独り言が、静かな部屋に落ちる。
「……ん、なんだ?」
ふとコンコンと、背後の窓を叩く音が聞こえた。
音がした方を見れば、雪のように白く輝く鳩が封書を背中に括り付けた状態で佇んでいる。鳩といってもこの間、吉野が高擶に連絡する際に使用した伝令の術で作り出された鳩だ。
高擶か?
素早く窓を開けると封書を鳩の背中から外し受け取った。
鳩は封書が背中から外れた瞬間に姿を消す。
高擶だが、吉野の霊核について話をしたところ協力者になることに賛同してくれた。
なぜ吉野の霊核の異変に気付いたのかと疑われはしたが。そして頭の回転が速い奴のこと、俺への違和感からすぐに過去に遡っていることを見抜かれた。
呪奏者が過去に戻る術を使うなど、あってはならない。露呈すれば即刻処刑物だ。呪奏者とは常世の秩序を守る者であり、術は私利私欲で使っていい物ではない。それが全呪奏者の訓示。「バレたら僕もやばいだろうなぁ……」と、そう言いつつも高擶は俺が時を遡っていることについては目を瞑ってくれた。
俺と吉野にとっては、高擶は長年の戦友のようなもの。稀代の天才だと呼ばれる奴が味方であるだけで心強い。
霊核の崩壊という、事例は少ないが呪奏者であれば誰でも成り得る不治の病。
遡る前の未来で、吉野は死の間際まで、薬師と霊核のことを調べていた。
この東地区に咲く千年大桜が数年に一度咲かせる、紫の花。その花から取れるエキス……『前』はすでに散ってしまって、手に入らなかった。その花のエキスから薬が作れることを、吉野は突き止めた。確かそろそろ咲くはずだ。
千年大桜の紫の花には霊力を高めながらも、体内の霊力バランスを調整してくれる効能があるらしい。
並の薬とは効果は桁違いで、体の中に残る古い霊力を一掃させる。
今回はきっと間に合う。
紫の花の開花は、予定通りであればあと二ヶ月程。花は一週間しか咲かない。見逃さないようにしなければ
考え事をしながら、高擶からの封書の中身を広げる。
『背景 葛城殿。霊核崩壊に関し、北区にある資料を簡単にまとめて君に送ろう。この手紙自体が霊符になっているから、紙に君の霊力を乗せてくれれば、直接記憶に流し込んで共有できる。あとで手紙は燃やすように』
短いながらも、重要な事を記してくれていた。
手紙の上に手のひらをかざし、そこから軽く俺の霊力を流しこむ。紙は綴られた文字をほのかに光らせながら、俺の頭の中に記録という濁流を押し込んだ。
「……っ、多過ぎるぞ、高擶!」
ぐわんと頭を揺さぶられる感覚に酔う。目を開けていると周囲を火花が散っているように見え、ズキズキと頭が痛み、瞼を伏せた。
目眩のようなものは数分程度で治ると、ふうとため息を吐く。
向こうにあったのも、ただの記録だけだった。『前回』の高擶に調べてもらった物と、概ね同じ資料。
今し方、頭に叩き込まれた資料を思い浮かべながら過去の記憶と照らし合わせていく。
流れ込んだ記録の中で気になる物があるとすれば、『霊仙の花』の種だが……。あれは冥府の入り口にある花だ。効力は千年大桜の花のエキスとほぼ同等。『前』の吉野には、この種を乾燥させすり潰して作った霊薬を飲ませていた。
効果はあった。
ただ飲ませるには遅かったのかもしれない。
その頃にはもう、弟は自力で起き上がることも叶わない程に状態が悪化していた。かなりの痛みが身体にはあっただろう。飲んだことで一時的に痛みは抑えられていたようだが、治すという方向性では霊仙の花だけでは足りなかった。
千年大桜と霊仙の花、併せて使えばより効果を得られるか?
試す価値はあるだろう。問題は、霊仙の花をどう調達するか。
いきなり薬師に言ったとして、何故そんな物が欲しいのかと疑われる。冥府に咲くあの花は、採取が非常に困難なせいで市場には滅多に出回っていない。
「……俺が行くしかないか」
人に頼れぬのなら、自分でどうにかすればいい。
さて、日々集まってくる依頼を振り分けながらいつ冥府に向かおうか。だがちょっと出掛けてくると言って行ける場所ではない。
冥府に入るまでに、呪奏者ではない人間が迷い込まぬよう封印門がある。あれを通らなければいけないが、門を開けるには通行証が必要だ。
「これも高擶に協力を仰ぐしかないか……」
外から雀の囀りが聞こえてくる。
覚えている限りの知識を頭から書き出し、高擶が持つ情報とすり合わせ作戦を練らねば。
「……吉野、死なせないからな」
俺の声は静かな部屋にそっと落ちていった。




