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三千院・起点と終点4

「道子さんは往生極楽院に安置された阿弥陀如来を前にしても信仰心は芽生えなかった。そんなものより、もっと二人の生活を大事にして欲しいって事なんでしょう」

 道子さんの家にも滝川さんの部屋にも、特定の宗教に肩入れするような物は一切置いてなかった。それは桜木も見ているはずた。

「阿弥陀さんと睨めっこしてもしょうがないから行くわよ」

 と美紀が二人の会話を遮る。確かに美しい仏さんだ。その美しさの対象は信仰でなくて芸術の分野だろう。しかし千年前にはそうでなく信仰心から作られた。だけど万能の科学の発展が信仰よりも美的センスを尊ぶようになった。しかしこれと同時代に書かれた紫式部の恋物語は今も何ら変わらず、その価値観は常に不変だ。と桜木は言って往生極楽院を離れて、桜木は仏像より建物とその庭を観賞して三千院を去る。

 三千院を出て、彼の足取りはもと来た道から離脱して、人気(ひとけ)の少ない方へ勝手に足が向いているようだ。その半歩後ろを夕紀と美紀は付いて行く。

 心の疲れを更に癒やす参拝者は、俗化された参道とは別な路を選ぶと素朴に咲き誇る草花に目が留まる。更に花に心を(ゆだ)ねた先に一軒の喫茶店が目に飛び込んで来た。それが夕紀の父が営む店だった。三千院のはずれ道を歩むと、桜木がなるほどと頷くのも無理のない立地条件に父の喫茶店があった。

 丁度足の疲れも心に比例していた頃合いでもある。ドアに手を掛ければカウベルの心地よい鐘の響きが、心と身体からだいやして招き入れてくれる。

 いらっしゃいませと若い男の子が、三人が座ったテーブル席に、グラスに入った水を波風の立てぬように上手く置いていく。

「何だ。前は居なかったなあ、新人か」

 夕紀が弟の秀樹だと紹介した。

「話には聞いていたけれど、三浪を辞めてここで働くの」

 美紀が紙ナプキンで手を拭きながら訊ねる。

「何に拘るかは人それぞれ勝手でしょう」

 と夕紀が弟を擁護する。

「それもそうだ。人の(おもむき)は代わっても、恋物語は千年以上も変わらん。これは永遠のテーマだなあ」

 これがあの往生極楽院を前にした二人の拘りなのよ。と夕紀が言い出すと「なるほど」とやっと桜木は頷いてくれた。

(完)


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