第3章 毛玉
帰宅したルルリアを出迎えたのは、ふわふわの毛玉と化した我が子という、なんとも理解しがたい光景だった。
近くにいた妖精たちを問い詰めると、スルアの調査に出かけていたあいだに何が起きたのか、ようやく事情が明らかになった。すべてを聞き終えたルルリアは、思わずため息をついた。
あの狡猾な妖精たちが、村人をボクの結界の中へ誘い込もうと企んでいたなんてね……。
ルルリアの結界は、人間が魔法の森へ侵入することを阻む一方で、妖精や精霊たちの出入りは自由にしていた。
季節ごとに訪れる妖精たちが、森に住む者たちと交流したり、外の世界から逃れて身を寄せたりすることもある。それは、この神秘の森を統べる太古の精霊との盟約を尊重するために設けられた仕組みだった。
だが、どうやらスルアは、そのわずかな隙を突いたらしい。
何か小細工をして、あの虎の獣人の女の子を妖精だと結界に誤認させたんだろうね。いったい、どうやって……?
……いや。それよりも、村人たちにキルヴァニャの存在が知られてしまった以上、あの人たちは間違いなく動き出す。
「ごめんなさい、ママ……」
巨大な毛玉のように丸まったまま、幼い悪魔は無数の目からぽろぽろと涙をこぼしていた。
涙の雫が地面に落ちるたび、じゅう、と不気味な音が響く。滴り落ちた涙は小さな酸の水たまりとなり、ぶくぶくと泡立っていた。
「もう、起きちゃったことは仕方ないよ」
ルルリアはふう、と息を吐き、それから優しく微笑んでみせた。
「困っている子を助けたんだから、そのことを責めるつもりはないよ。これからどうするか、一緒に考えよう?」
「ママ……」
「で・も」
次に続いた言葉には、上位の悪魔でさえ震え上がるほどの冷気が宿っていた。
「約束を破ったんだから、お仕置きは必要だよね?♡」
「ひゃいぃぃ……!」
悪魔は恐怖に引きつった悲鳴を上げた。迫りくる脅威を前に、長い舌がぶるぶると制御不能に震えている。
その夜、キルヴァニャは生まれて初めて、トラウマというものの本当の意味を知ることになった。
そして、ひとりの天人が母親としての怒りを存分に発揮する光景を目撃した近隣の妖精たちは、心の中で固く誓った。
――この方だけは、絶対に怒らせてはいけない。




