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第2章 悪魔のはじめての友

――ある曇天の秋の朝のことだった。


若き悪魔は、落ち葉の山に半ば埋もれた一匹のラッセルボックと出くわした。ウサギに似た小さな体に、鹿のような角を戴く魔獣。その後ろ脚は倒木と地面の隙間に挟まれ、もがくこともかなわず、か細く鳴き声を漏らしていた。


「……ママ」


キルヴァニャは、不安げに鳴く小さな生き物を指さした。


「まあ……」


ルルリアはすぐさま人差し指を掲げ、魔力を集中させる。空気がきらめき、渦を巻くように収束したかと思うと、巨木ほどもある倒木がふわりと宙に浮かび上がり、ラッセルボックは解放された。


「にゅ……にゅ……」


自由になったものの、ラッセルボックはキルヴァニャを恐れ、よろよろと後ずさる。後ろ脚には深い裂傷が走り、滴る血が草を濃い紅に染めていた。


「……あ。動かないで。余計に傷が開いちゃうよ」


キルヴァニャの声に驚き、ラッセルボックは跳ねるように逃げ出そうとした。だが足元がおぼつかず、積まれていた木材の山にぶつかり、崩れ落ちてくる。


その瞬間――


キルヴァニャは翼を広げ、崩れゆく木材の下へと飛び込んだ。小さな魔獣をその身でかばうように抱き込む。


「キルヴァニャ!? 大丈夫なの!?」


「うん、平気。それより……ママ、この子を治してあげられる?」


ルルリアはほっと息をつき、やさしく頷いてラッセルボックのもとへ歩み寄った。


治癒魔法の光が後ろ脚を包み込むと、ラッセルボックは安堵したように小さく鳴いた。二人が敵意を持っていないことを、本能で悟ったのだろう。長い耳を背に伏せ、震えていた体も次第に落ち着いていく。


大きな瞳でキルヴァニャとルルリアを見つめ――まるでその姿を心に刻み込むかのように瞬きをしてから、ラッセルボックは巣の方へと駆け戻っていった。


翌朝。


家の戸口には、小さな木の実やベリーがそっと置かれていた。庭の外れ、茂みの向こうには、淡い茶色の長い耳がわずかに覗いている。


考えるまでもない。昨日助けたあのラッセルボックが、感謝を伝えに来たのだ。


「……ママ……」


「一緒に遊びたいみたいだな」


ルルリアはくすりと笑った。


「行ってあげたら?」


「……でも……」


キルヴァニャはもじもじと身をすくめ、影を落とすように表情を曇らせる。


するとルルリアは指を鳴らした。ぱっと弾ける光が、キルヴァニャの全身を包み込む。


「もう大丈夫よ」


「……これ、なに?」


陽光の下でほのかにきらめく自分の体を見回し、キルヴァニャは目を輝かせた。


「ボクが開発した新しい防護魔法。キミが生まれつき放つ瘴気が、周囲に害を与えないようにしてあるの。それに、ボクの魔法があなたに悪影響を及ぼさないよう、ちゃんと調整もしたわ」


悪魔にとって有害になり得る自身の魔力――それを知るがゆえ、ルルリアは幾重にも防護の術式を重ねていたのだった。


キルヴァニャの顔が、ぱっと花開く。


「ありがとう、ママ!」


「うん、行っておいで」


ルルリアは背中をやさしく押し、微笑む。


「夕飯までには帰ってね」


「うん!」


そう返事をして、キルヴァニャは弾むようにラッセルボックの待つ庭先へと駆けていった。


そうしてキルヴァニャは、ためらうこともなくラッセルボックと打ち解けていった。

その小さな神秘獣が口から漏らす、どこか愛らしい「にゅ……にゅ……」という鳴き声にちなんで、彼は新しい友だちにニュニュという名を授けた。


かくしてラッセルボックのニュニュは――

歴史に記されることとなる、悪魔と友誼を結んだ最初の生き物となったのである。


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