子悪魔の困り事 ~ 競争心について
ルルリアは子悪魔が描いている絵をちらっと見て、
──言葉を失った。
上手いっ!
彼の筆使いは滑らかで繊細であり、一筆一筆に豊かな表現力と躍動感が込められていた。自然界の描写においても、余計な装飾を避けつつも、対象物の最も美しい部分を的確に捉えていた。写実的な表現と非写実的な表現を自在に行き来する彼の技法は卓越しており、その融合は実に魅惑的だった。並外れた芸術的才能の持ち主であったことは素でもわかる。
「ん?ママ、何描いてるの?」
「いや…べつに…」
ルルリアは静かにスケッチ用紙をキルヴァニアが見えないように片付けた。え?と子悪魔は首を傾げた。立ち上がって体を少し前かがみにしてみたが、ザザッとルルリアは素早く手を伸ばした。
二人は視線を交わし、互いの意図を測り合った。そして本格的な勝負が始まった。子悪魔は母親の絵を見たい、母親は自分のひどい絵の腕前に子供ががっかりする未来を必死で避けようとしていた。
巡回中に遭遇した悪魔の絵を描くよう上司に頼まれ、描こうとした自分を、レルーシェイが笑い転げた様子を思い出した。
あれはまぎれなく屈辱的だった。
母としての威厳だけは、絶対に守らなきゃ!
決意に満ちたルルリアは、音速で駆け回りながら、キルヴァニアの不意を突こうと必死に動き回っていた。
シュバッ、シュバッ、二人の激しい動きが、風の刃を四方八方へと生み出していく。
その滑稽でありながらも迫力ある光景は、まるで子どもの喧嘩を見守るように五分ほど続いた。
やがて本物の春風が、まるで「愚かな母親を叱ってやろう」とでも言わんばかりに荒れ狂い、ルルリアの描いた紙をひょいとさらって、キルヴァニアの顔面めがけて吹きつけた。
「―あっ!」
好機を逃さず、キルヴァニアは素早くルルリアのスケッチ用紙を拾い上げた。
そして、じっとその絵を見つめたまま、一分間という長い沈黙が流れる。
やがて彼は、ゆっくりと首をかしげた。
「この黒い丸……ママ、これはなに?」
「…………………………キミだよ」
「..............................................................................................................................................................................................そ、そうか! ママは抽象画の才能あるのね!」
「無理に褒めなくてもいいのよ。自分でも、絵が下手なのはわかってるから……」
ルルリアはぷいと頬をふくらませ、膝を抱えて座り込んだ。
「ママ……? もしかして拗ねてる?」
「拗ねてない」
そう答える声はわずかに震え、目には涙が浮かんでいた。息子の顔を見ようとはしなかった。
天人はまるでフグの真似でもするかのように頬をふくらませたまま、夕食の時間が来るまでその姿勢を崩さなかった。
―果たして、どちらが親なのか。
しかし、それを指摘できる者は、この場にはいなかった。




