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8話:もう、無理なんだ

 クロトが《コボルト》1匹に慎重になっていた理由が今分かった。


 深手を負った《コボルト》は仲間を呼ぶ。


 どんなに強い冒険者でも多勢に無勢。スタミナの問題もあるし、計算違いも起こりやすい。何より状況が目まぐるしく変わる極限状態の中では、冷静さを保つのは難しい。


 冷静さを欠けば無理に繋がり、その無理は必ずどこかに歪みを作る。後はその歪みが亀裂となって、崩壊するかしないか。生きるか死ぬかの境界なんてのはあってないようなもので、それはいつでも間近に控えているのだ。


 冒険者は生きて帰ってこそ一人前。


 酒場でのありきたりな愚痴や説教に交じって聞こえるそれは、紛れもなく全冒険者の教訓そのものだった。


 1匹であれば一太刀で沈められる実力を持つクロトでも、慎重にならざるを得なかった理由。《コボルト》の習性を理解するものは、絶対にやらない過ちを冒した者がいる。


 今クロト達が全速力で向かっているのが、その元凶がいるであろう場所だ。



 魔術師の様に広範囲の魔法や、あるいは連携の行き届いたパーティであれば、その習性もそこまで気にしなくてもいいのかもしれない。だが今いるのは、メインウェポンを持たない死霊術師に、ただの村娘。あとフワフワ浮いている黒玉。


 彼らの目的は、単騎でダンジョンに入ったとみられる女剣士の安否確認だ。


 もし彼女が《コボルト》の群れに囲まれているとしたら、それは絶望的な状況と言っていい。速さや手数で勝負する剣士は、乱戦でも動けるかもしれないが、問題はその脆さだ。


 《コボルト》相手とは言っても、数が増えればそれだけどうしても被弾が増えてくる。そしてそれは、防御の薄い剣士にとっては致命的な一撃となる。


 余程の実力差があれば別だが、村人の話ではまだ若そうな少女だったらしい。もしかしたらクロトと同じように、故郷から出てきたばかりなのかもしれない。


 嫌な予感ばかりが膨らむ。そして、その脅威に自ら突っ込もうというのだから、メルの冷汗は止まらない。


 メルはいざという時に自分の身を守る手段を持たない。クロトやロロと離れて、一人で帰還するのは無理だった。クロトやロロも後ろから必死に付いてくるメルを気にする素振りは見せるものの、声は発さずぐっと飲み込む。



 そうこうしているうちに、唸り声が近くなってきた。いよいよ現場が近いようだ。


 《コボルト》の怒号に交じって、武器を打ち合う金属音が響き渡る。

 まだなんとか踏ん張っているようだ。クロトの速度がより一層上がる。


「ロロ! メルを頼む!」

「任された!」


 ついにメルの視線の先にも、《コボルト》の影を捉えた。


 すでに何体かは地面に伏して血だまりを作っていた。倒れているのは全部で3体、いや4体か。しかし、まだ敵は5体以上いる。


 武器を掲げ喚き散らす《コボルト》には連携のれの字もない。だがやはり多勢に無勢。我先にと獲物に群がる相手全てに対応することなど不可能だ。


「『レインフォース』! 『ネイルアイ』!」


 クロトが立て続けにスキルを発動する。


 『レインフォース』は人体補強のスキルであり、人を操る死霊術師が初期に覚える技だ。クロトはこれを自身にかけることで、爆発的な脚力を得る。


 その勢いとは裏腹に、足音を立てないほどの隠密さで近づいたクロトだったが、目の前の獲物に夢中だった《コボルト》達が、その直前にぐるんと首の向きを変えた。


「ば、ばれてる!?」


 有利を取れるはずのバックアタックの不発に、メルが悲鳴を上げる。

 しかし、そこは織り込み済み。むしろ、クロトがわざと気づかせたのである。


 『レインフォース』の後に立て続けに唱えた『ネイルアイ』は、ターゲットの注意を1点に集めるスキル。


 クロトはメルよりも《コボルト》に接近していた。


 踏ん張っているように見えた《コボルト》の先の人物が、思ったよりも深手を負っていると、いち早く気づいた彼は、まずはそのターゲットを自分に向けるように仕向けたのだ。


「ウォオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 荒ぶる《コボルト》の矛先がクロトに向かう。


 本来は傀儡となる死人にかけることで、死霊術師本人を守る技なのだが、今はその手は使えない。ならば、後は実力で黙らせるのみ。


 駆け抜け様に鉈を一閃。先頭の《コボルト》の首が千切れかけ、そのままの勢いでメルの足元付近まで転がる。


 悲鳴を上げる少女を尻目に、クロトの勢いは止まらない。いっそ鮮やかですらあるその動きは、《コボルト》の脇をすり抜け、その直後に次々と鮮血の足跡を残した。


 『ネイルアイ』は、相手の冷静さを奪う効果もある。


 元々《コボルト》にそれほどの知性はない。それでも我先にと焦る彼らは、密集していた同族にぶつかりながら、無理やり歩を進めようとする。そんなちぐはぐな状態では、満足のいく攻撃ができるはずもなく。


 数の優位を逆手に取ったクロトは、一人軽快に駆け回り、空回りした《コボルト》達を一匹ずつ、丁寧に処理するのであった。




「……あなた、強いのね」

「……」


 言葉を発した人物はすでに自力で立つことも難しかったようだ。


 壁にもたれ掛かり地べたに倒れこんでいる姿は痛々しいものを感じさせる。黒髪で和風な衣装に身を包んだ少女だ。故郷の飾りだろうか、左耳に着けた青いイヤリングが虚しく揺れている。


 少し釣り目で端正な顔は今は苦痛に歪み、額と肩口で綺麗に平行に切り揃えられていたであろう艶やかな髪は乱れ、血に塗れていた。


 村人から聞いた特徴とも一致する。恐らく彼女が探し人の女剣士だろう。


「……出血がひどい! はやく、村に戻らないと!?」


 クロトが《コボルト》を制圧した後、メルやロロも彼女の周りに駆けつけていた。


 満身創痍とはこのことだろう。衣装の隅々には血が飛び散っており、ところどころはすでに固まりつつあった。それは彼女が長い間戦い抜いた証であり、彼女の消耗の濃さを示すものでもあった。


 今ここで満足な治療をすることは難しい。


 手あたり次第浴びせたポーションが傷口に容赦なく染み渡り、女剣士のうめき声と引き換えに多少の回復効果は見せる。しかし、全快には程遠く、メルは焦って声を張り上げる。


「クロト! ロロ! ……ねぇ、なんで黙ってるの?」

「……メル」


 ひとまず危険は去った。しかし、ここはダンジョンの中。いつ次の《コボルト》の群れが現れないとも限らない。


 彼女の容態を鑑みても一刻の猶予もない。


 だというのに、クロトは動かず、ロロからの返答もない。言いようのない不安が沸き上がる。もう敵は倒した、後はとにかく村までの道のりを乗り切れれば!


「ねぇ! クロト!」

「もう、無理なんだ」

「……え?」


 薄々と気づいてしまった現実から逃れたい一心で、メルはクロトに縋りつく。

 お願いだから、大丈夫だよって。そう言って。だってまだ、彼女は。


 口を何度か開いてみるが、言葉にできない。


 そんな様子のメルの瞳を逃げずに見つめていたクロトは、やがてゆっくり首を振り、残酷な言葉を呟いた。



「彼女は、もうすぐ死ぬ」

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