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「何を……言っているの?」
声が震える。こんなところがアリスはまだ未熟だ。
意味がわからないふりでもした方がいいという考えしか
浮かばない。
「……やっぱりな。アリスは気づいてる。もしくは
知っていて、あの家から逃げ出したんだろ?」
そんな考えはいとも簡単に見抜かれる。
「なぜ、わからないふりをするんだ。
わかっていながらなぜ。」
頭が真っ白になりそうだった。もう真っ白になっているのかもしれない
アリス自身が気づかなかったことを指摘されて、アリスは
混乱の中にいた。
「ま……って。自分でもよく分からない。
私は否定……。否定……?」
頭を押さえながら自分の感情を、そして
これまでの行動を整理する。
「……無自覚のほうだったか」
ッチという舌打ちが聞こえて、アリスはビクッとした。
自分の方に集中していたアリスはもちろん兄の声など聞こえていない。
(怒らせた……? 舌打ちは苛立ちなどを表現する
ものだから……)
混乱の中舌打ちをされて、正常に頭が働いていなかった
アリスは、恐怖で体が震えた。
(奥さまに頭を下げて早く怒りを沈めてもらわないと……。
何発蹴られるのか)
いないはずの人物をいると勘違いしてしまう。
(逃げる……?)
アリスは後ろを振り向いて一目散に駆け出した。
「あ、おい。」
後ろ姿の妹を追いかけようとする彼だったがすんでのところで
思い止まった。
「確かあの方向には……インスペリ帝国の皇太子がいる宮だった
と思うが。」
(……バカなことをしてしまったわ。
道に迷ってしまったし、帰れない。)
どこを通ってきたのかも覚えていおらず、
建物を探している途中のアリスは後悔でいっぱい
だった。
「……気づいている、か。」
(私は何を気づいていたの?
何故否定という言葉が出てくるのか。)
物思いに沈み、足を止めたまま空を見上げる。
まだ日は昇りきっておらず、昼より前だろうと推測
できる。
アリスが目線をやると、そびえ立つ大樹があった。
なんとなく足を動かしそこへ向かう。
「私は、すごく意地になっていたのね。」
ポツリと呟いていた。
(私は、私が皇族であることは認めていて、それでいて
認められない。)
「だから、」
(怖い。愛してもらえるのか、皇族だから。)
幹に手を添える。
震える手を落ち着けようと幹をさすった。
(信用できない。なにもかも。
だって、そうでしょう?)
この広大な庭は手入れされておらず
森のような自然さを感じさせる。
一方、どこか人工的な感じもする。
森のように作られた人工森。
心を穏やかにしてくれるような配置に
なっているのがわかる。
(少しだけゆっくりしたい。
恐怖、なんて言葉もなくなるぐらい。)
そっと目を閉じた。
「おやおや、どちら様かと思えば……お久しぶりです。」
バッと振り向きそうになるアリスだが、それを
抑えて、余裕すら感じられる優雅な動きで、振り返った。
他人行儀な話し方、物腰全てがアリスと最初に話した
時と違う。
「ええ、お久しぶりですね。お待ちしていました
アルベルト皇太子様。」
「……それは光栄です。」
すごく警戒をした様子でお礼をいうアルベルト。
アリスも他人行儀で応じ、顔では微笑む。
鎌をかけただけなのだが、会いに来たという
言葉を疑ってはいない
(今ならわかる。なぜ、あんなに一方的に
敵対視したのか。)
アルベルトは非常に壊れやすい立ち位置にいた。
彼の兄、ロルベルトはとても病弱だった。それこそ
一年のほとんどをベットで過ごすぐらいには。
もちろん勉強もほとんどできない。そんなロルベルトに
両親が心配して付きっきりになるのも必然的だ。
アルベルトが良くできた子供だったため、愛着がロルベルト
に向かうのも必然だ。
例え両親の愛がちゃんとあったとしてもロルベルトばかり
かまう両陛下の姿は貴族たちには。
「また、陛下はロルベルト様のところへ」
「体調をくずされたとか」
「アルベルト様は愛されていらっしゃらないのかしら」
「しっ、共通の認識だったとしても口を慎め。」
『愛されてない』
とうつる。
(別に虐げられなくても、周りは自身を
傀儡にしようとする敵ばかり。)
だから、アルベルトは必死に努力して、親の関心も
貴族の評価も、すべてを振り払おうとした。
「私のことはもう敵対視などしていないでしょう?
なら、今度はちゃんと話せるわよね。筆談などではなく。」
「……なんのことでしょう。」
「全て知っているわ。そしてあなたのも私のことを
知っている。……本音で話しましょう?」
とても動揺しまっくているはずなのに
顔色ひとつ変えない。そのようなところを
妙に尊敬しながら、言った。
「あなたは……皇帝陛下を実の父のように
慕っていた……。違う?」
「……ちゃんと話がしたんだよね。あなたも
口調を崩して欲しい」
少し口調を崩し、柔らかい顔でこちらを見るアルベルト
「分かったわ。私はあなたに聞きたいことが
あるの。でもその前に、あなたは手柄が欲しくない?」
「手柄? 」
口調だけなにもわかっていなさそうにいうが
表情が変わってなく、アリスを見る目が鋭い。
「話を聞くだけでいいわ
あなたの、国ではいま1つの疫病が流行っていて
それを治す手段がなかなか見つかっていない。
たぶんいまあなたがここにいるのもインペリス皇帝陛下の
名代だと推測できるわ。
では、あなたがその病を治す手段を発見したら?
たぶん見る目が変わってくるでしょうね。
もちろん、頭が切れることが分かったら、暗殺される可能性も
あることもあるかもしれないけど。それはひとまずおいておいて」
「まて、言いたいことは分かった。その上で
その調子で話すととても時間がかかるから端的にいってくれ。」
すこし呆然とした様子でストップをかけた。
その様子にアリスは驚きながらもうなずいた。
「端的にいうと、私があなたに疫病の治療法、
そして、この疫病を止める方法も伝えるっていうこと。」
ニコッと言った。アルベルトはそんなアリスをじっと
見つめて、次いで上を見上げる。
なにか考え込んだ様子で、しばらくつかの間の静寂が
広がった。




