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アイスケースに視線を落としながら、悠太が沙紀に聞く。
「彼氏とアイス半分こっていいなぁって思って。中学に入ったらさぁ、急に付き合う人たちが増えて来てさぁ」
沙紀は一つため息を落とす。
「何かみんな急に大人っぽくなっちゃったんだよねぇ。」
クラスでも何組かカップルが出来上がっている。
男の子と話すぐらいなら沙紀もするが、それが彼氏となるとなんだか雰囲気が違うのだ。
付き合っている二人が会話を始めると甘い空気が流れだし、何故か沙紀までそわそわむずむずしてくる。
そして、その空気感が、沙紀と変わらぬはずのクラスメイトたちが、大人への階段を、先に一つ上がったのだと沙紀に知らしめるのだ。
「少し前までは、美和ちゃんと早く彼氏欲しいねって話してたのに、美和ちゃんも彼氏出来ちゃったし……」
「……沙紀ちゃんも彼氏欲しいの?」
「もちろん欲しいよ〜」
悠太の質問に、沙紀は即答で返した。
「……好きな人がいるの?」
「えっ、好きな人?」
悠太の次の質問に沙紀は驚いて悠太を見るが、悠太は下を見てアイスを選んでいて顔は見えない。
悠太と初めてする恋愛話に、沙紀は少しドキドキし始めた。
「いるの?」
答えない沙紀に、悠太が催促する。
「い、いないけど……」
「そうなんだ」
そう言ったあと、悠太は何も返さず、黙っている。
いつもは気にならない沈黙が、今日はやけに落ち着かなくて、沙紀は自分から悠太に喋りかけた。
「ゆ、悠ちゃんはどうなのよ。好きな人いるの? って、あ!」
ここまで聞いて、沙紀は悠太に彼女がいるのか知らないことに気が付いた。
よく悠太と一緒にいる沙紀は、悠太に彼女が出来たようなそぶりがなかったので、勝手にいないものと思い込んでいた。
「そうだよ。好きな人の前にまずは彼女だよ。彼女。悠ちゃんは付き合っている人はいるの?」
悠太は答えてくれず、まただんまり。
沙紀がそわそわし始めたところで、悠太がじっと沙紀を見つめてきた。
「な、何? 悠ちゃん……」
「……気になる?」
表情の読めない顔で、悠太が訪ねてくる。
「え……?」
「彼女がいるかどうか気になる?」
「それは……。気になるか気にならないかで言えば気になるけど……」
「ふーん」
悠太はそれだけ言って、アイス選びに視線を下に戻してしまった。
いつもと違う空気感に、何だか気圧されてしまう沙紀だが、まだ何も答えていない悠太にもう一度聞く。
「で、付き合っている人はいるの?」
「いないよ」
今度はすんなり答えた悠太にやっぱりねと沙紀はホッとするが、次の言葉に驚いた。
「付き合っている人はいないけど、好きな人はいるよ」
「え!」
悠太は沙紀を見ずにしれっと答えると、アイスを掴んでさっさと会計に行ってしまった。
「悠ちゃんに好きな人が……」
考えていなかった回答に戸惑う沙紀は、茫然としてしまう。
沙紀には好きな人もいない。
まだ子供だと思っていた悠太が、沙紀よりも早く大人への階段を上っていた。
悠太のことなら何でも知っていたはずなのに、沙紀には悠太が急に遠くなったかのように感じた。
そこへ、アイスの会計が終わった悠太が戻ってくる。
「あ、ごめん。まだアイスを選んでないや」
ショックでまともに考えられないが、悠太を待たせるわけにはいかないと沙紀はアイス選びに戻る。
「少し待ってて。すぐ選ぶか――。わわっ!」
アイスケースの中を見ていた沙紀は、急に引っ張られて足をもつれさせた。
「ち、ちょっと何するの悠ちゃん!」
振り向かずに、悠太は沙紀を引いたままずんずん進む。
悠太が腕を掴んでいたので転ばずにすんだが、足をもつれさせた原因は悠太にある。
「危ないじゃない!」
沙紀は怒って腕を引き返したが、悠太はしっかり掴んで離そうとせずに、そのまま店を出た。
「もう! 何なの! 私はまだアイスを買ってないのに」
やっと沙紀の腕を解放した悠太は、手に持っていたアイスの包装をバリッと開け、中身を取り出した。
それは、半分にするタイプのチューブ型アイスだった。