第八十六話 幻想郷に来た時のこと 上
グラたん「だ――」
スルト「第八十六話だ」
~神界~
ここは神々の住まう世界。
神々は各星で生きる人々の信仰を受け、その御返しとして奇跡や信託を授ける。
無論、神界には悪い神様もいるが完全に悪という神はいない。
例えば悪神ロキ。彼は人であろうと神であろうと悪戯を仕掛けては楽しんでいる。勿論そこに死体は作らないし死に関与する悪戯はしない。
例えば冥神アトミデア。彼女は冥神であるが機嫌を損ねなければ悪さをしない。むしろ好意的に接する方が色々と特だ。
例えば働神プリステラ。彼女は良神でありながら悪神に属する。その理由は働けば働くほど人的被害が増えるからだ。
今日は神々の中でも特に位の高い『主神』とよばれる神たちが集う会議の日だ。そんな彼、彼女らが一番懸念している問題が一つあり、今日の一番の議題だった。
会議に参加しているのは全部で五柱。主神オーディン、慈愛神ソムラリス、悪神ロキ、獣境神紫、光神天照大御神。この中で他の神々に指示を出すのは天照大御神だ。面倒事の担当とも言い換えられる。席は半円型になっており、そしてその五柱から良く見える正面に座っているのは二人の男女。男性は黒衣と仮面と付けており、もう一人は対象的に白いローブを着込んでいるがその髪は神々の中でも特異な夕日色に輝いている。言わずとも邪神スルトと魔神プレアデスだ。
そのプレアデスはスルトに寄りかかり、幸せそうな表情で座っていた。
「それで今日一番の議題がこれ?」
手元の資料を見ながらロキが面白そうに微笑んだ。
「はぁ……、面倒事にならないと良いのですが……」
疲れた溜息を吐くのは天照だ。その表情も書類を見ながら心配そうにしている。
「変に事を構えるとロクなことにならんからのぉ」
「全くよ」
働きたくないを体現しているのは慈愛神ソムラリス。神々からも本当に慈愛なのかと散々疑われている。もう一人の溜息は主神オーディン。二人はスルトとプレアデスを良く知っており、ロンプロウムの決戦では共にスルトと戦った仲だ。
「見た所は……悪しき気配以外は何も問題ないように思います」
彼女は神の中でも珍しい九尾の神だ。金色に輝く髪の毛と尻尾は否応なく目についてその尻尾の内の一本が今日審議にかけられている二人を興味深々と言ったように振られている。当の本人はポーカーフェイスだが内心は新しい出来事に興味があるのだ。
その尻尾を見てロキも面白そうに笑っている。
「それで結果はどうなのだ?」
スルトが紅茶を飲む手を一度置き、五柱に聞く。その声色は無遠慮そのものだがとても落ち着いており、敵愾心は一切なかった。
天照はオーディンを始めとして一通り見た。
「問題無し、ということでよろしいでしょうか?」
天照の問いに真っ先にロキが頷いた。
「オッケー!」
次いでオーディン、ソムラリスが頷いた。
「無論じゃ」
「変にこじれて戦うよりは」
そして全員の視線が紫へと集まった。
「構いませんわ」
全員が満場一致したところで天照が頷き、結論を述べた。
「では、現時刻を持ってお二人を正式に神の一柱として承認します」
「うむ」
スルトが頷くと天照は両手を上に上げて大きく背伸びした。
「あー、終わったー」
「いやいやぁ、まだ一つ残ってるでしょ?」
そこへロキがニヤニヤしながら天照を見た。
「もう良いでしょー。帰って寝たいー」
まるで休日に出勤して残業させられた人間のようなことを言い、ロキが微笑んだ。
「ダメダメ。正式に神と認められたのならちゃんと役割と称号を振っておかないと」
神々と主神に正式に神と認められた一柱には役割が振られ、その役割にちなんだ称号を付与される。ただ、神々の数も小規模な神から大規模な神までいるため役割が被ることは珍しくない。
「何が良いかな?」
その役割はその神に合った役割を与えられる。例えばオーディンであればその穏やかな気性や非戦闘能力から内政担当だったり、紫であれば持前の能力から次元の調整や境界の探索だったりする。
「スルトは攻撃特化の邪神だからのぅ……」
「それに対神特化ですよ」
「へぇ」
オーディンとソムラリスの言葉にロキが感心を持ち、紫が首を捻った。
「対神と申されましてもどの程度なのでしょうか?」
紫の言うことも最もで対神の能力を持っていても限定的や当人が弱ければ役割を与えられない。それは他の本当に悪しき神と戦う事を意味しているからだ。
「そうさのぉ……実際にやってみた方が早いかもしれんな」
「……私は嫌ですからね」
「じゃー俺がやる!」
手を挙げたのはロキだ。ロキもある程度対神能力は高いため天照も頷いた。
それを聞いてスルトはプレアデスを起こし、立ち上がった。一拍遅れてプレアデスも立ち上がろうとするとスルトが止めた。
「プレアが戦う必要はない」
「やだ。別々の役割を振られたらスルトと一緒に居られないからね」
「しょうがないな。だが、この場合は一人一人で戦った方が良いのか?」
スルトがロキと天照を見ると、ロキが否定した。
「いいや。二人同時でも構わないよ。ちゃんと測定するなら一人ずつの方が良いけどね」
「それならばスルトの相手はロキが、プレアデスの相手は私がやりましょう」
「オッケー、じゃ、行くよ!」
戦闘は唐突に始まり、ロキが距離を詰めると同時にスルトとプレアデスも前に出て襲い掛かった。ロキの手には大鎌が握られており、対してスルトは無手だ。
大鎌が振り下ろされると同時にスルトは鎌の握り手の部分を右手で掌底して弾き、左手でショートブローを放った。
「おおっ!」
ロキは喜んだ。ロキの大鎌は軽々振られるように見えてもその重さは見た目の比ではない。それを軽々と弾いたことはロキと同じくらいの力量が備わっているということだ。
「ククク……面白くなりそうだな」
スルトも笑った。次いでその身に黒い魔力を纏うとスルト自身の邪気が格段に跳ね上がり、ロキは更に口元を釣り上げた。
「いいねぇ」
「今度は此方から行こうか。来い、ヴァルナクラム」
スルトの手に聖剣が出現し、ロキは目を見開いた。
「聖剣使いか! 天照、これもう合格で良いよね!」
対神の合格基準として神殺しの武装を持っているもしくは聖剣系統を持ち合わせていることが一つの条件だ。実際の対神戦において相手に致命打を追わせられる武装は必要不可欠だからだ。
しかしロキは天照から何の反応も返ってこないことに不信感を持ち、天照の方を向いた。そして再度目を見開いた。
天照と相対しているのはプレアデスだが、お互いに全力に近い攻撃の応酬が繰り返されていた。天照の武器は光だ。光は剣や矢となって神にでも致命傷を追わせられる一撃を与えられる。今は矢を生成してプレアデスを攻撃しているがその全てをプレアデスが作っている魔力の矢に弾かれ、時に天照が迎撃に回っていた。
「そっちも合格かな」
その言葉を聞いてスルトは唸った。
「此方はまだ不完全燃焼なのだがな」
それを聞いてロキが不敵に笑った。
「やる?」
スルトはその身に聖気を纏った鎧と白い魔力を纏い、周りには薄い緑色の防御を張って黒い魔力で強化し、背後に八本の魔剣を顕現して答えた。
「無論! 参れ、八魔の剣!」
「オッケー!」
ロキも自身の持つ気を全開に練り上げて放出し、死の一撃を大鎌に纏わせてスルトに突撃した。スルトもそれに応じ、背後に八本の魔剣を顕現し、ヴァルナクラムを聖剣ウァルナと魔剣グラムに分離して接近した。
斬撃の応酬が繰り返される。ロキの大鎌は武器の性質上どうしても大きな立ち回りを要求される。故にロキは天井を突き破って空中に出て、スルトもそれに応じた。
聖剣と魔剣を交差し、ロキに迫る。超近接戦闘はロキがあまり得意ではない分野だ。ロキは基本的に近距離から中距離を得意とし、特に中距離戦に置いては他の神々より頭一つ抜けて強い。
ロキが一度距離を取り、大鎌を横薙ぎに振るった。ロキの大鎌には神すら刈り取る力がある。スルトはそれを避けようともせず、右手のグラムではじき返した。
ガクン、と自身に纏っていた魔力が奪われるのを感じた。魔力を奪う能力を持つ神は幾柱か存在するが、スルトのそれは桁が違った。今の一回の攻防で所持していた全魔力が消えてしまったのだ。
すぐさま後退し、今度は遠距離から全力で大振りに振るった。鎌の刃先から放たれた黒い刃はロキの真骨頂でもあり必殺の技『死の一撃』だ。どんな物体でも斬り、破壊する聖剣デュランダルと同じ攻撃。
対してスルトは聖剣ウァルナを最上段に構え振り下ろした。そしてそれは黒い刃をあっさりと霧散し、ロキに迫った。ロキは驚愕して避けるが腕を持っていかれた。
ザンッと背後で音がした。一見すれば砂を掘ったような音に聞こえなくもない。ロキはその音を聞いて口元がつり上がった。して、背後にあった大陸は真っ二つに割れていた。
「く、あはっははははははは!!」
ロキは笑った。目の前のあまりに無茶苦茶な存在に対して恐れた。ただの近接戦闘でこれなのだ、魔法や特殊能力を使い始めたら一体どうなってしまうのか、恐怖と未知への好奇心が生まれた。
「良いね! 行くよ!」
ロキは片手一本で大鎌を回し、空中に魔法陣を刻みだす。一秒を数えぬ内に魔法陣は完成し、スルトに向かって極大の火球が飛んでいく。大きさは直径一kmくらいはあるだろう。
『冥王の焔』と呼ばれる、ロキにのみ与えられた魔法だ。
「零の領域」
それをスルトは片手を振るっただけで霧散させた。
ロキは歓喜した。『冥王の焔』は相手の魔法を無効化する性質を持ち合わせる厄介な魔法だ。それを事も無しに消して見せた。それはスルトが自身より圧倒的な格上であることを知らしめる一撃でもあった。
神々の中でも最上位に位置する自身を超える存在がいたことにロキは興奮した。
「さあ、続きだ」
スルトも笑った。一対一という絶対条件下に置いて自身の敗北はあり得ないというように。――二人はまた交差した。
その日、神界の五分の一が吹き飛んだと主神オーディンは記録した。
――スルト視点――
天気は晴れ。しかし所々で雲が遮ってしまっている。これだけなら曇りかと思うかもしれないが場所に寄りけりだ。
「良い」
俺がいるのは草原。何もない世界の果てまで続きそうなほどの草原。そこに差し込む光は幻想的と言えよう。
俺はこの世界に来た事があるらしい。それも寝ている間に。
かつて三千年という時を眠り続けていた合間に見た夢、あれは実在していたのかもしれない。今となっては思い出すことも出来ない、夢だ。
「私のお気に入りの場所の一つよ」
隣にいるのは八雲紫。この幻想郷の管理者であり、博麗の巫女を支援して世界の均衡を保つ者。
「それにしても、ちゃんと力の制御が出来るのね」
俺は邪神であり破壊神。少し前に神界という場所で『世界の終わりを告げる』役目を押し付けられたと言えば聞こえが悪いが、事実上押し付けられている。通常、邪神の類は他の神々に忌避され、討伐の対象となるのだが俺の場合は少々特殊で、境界世界と呼ばれる場所と魔界を守護する神でもあるのだ。
そんな色々な事情もあり俺という存在は神界でも希少となっている。
「もう行くの?」
一歩ずつ歩を進めると背後で紫が呼び止める。
「うむ、この風景の中を歩くのもまた乙なものだ」
そう言い、俺は紫を置いて歩いて行く。
――俺がこの世界に来たのにはいくつか理由があり、その理由は五つある。
一つ、次に起こる大規模な戦争に加担すること。
一つ、信仰心が減りつつある守矢神社を復興すること。
一つ、博麗大龍神の力が回復するまで滞在し、守護すること。
一つ、幻想郷を侵略する月面と関係を持ち、後にこれを滅すること。
一つ、以上を完遂すること。
これが理由であり、八雲紫との契約内容だ。別にこの程度の事であれば仕事と思う必要もない。俺は俺でこの世界を楽しませて貰おう。
それと『この世界を楽しむ』、これが俺の対価だ。これだけで俺が満足するのか、と契約時は思ったが紫は『必ず楽しめる』と言った。ならば間違いは無いだろう。
何分、不死の天敵は『暇』だ。寝る以外で楽しめるのならそれに越したことはない。それにこの仕事が終わったとしても『種』はいくつも巻いてある。主に協力者が必死になって巻いてくれている。
ああ、それにもう一つ理由があり紫とも利害が合致して拉致してくることになっている少女たちがいるが――それはまだ良いだろう。
幻想郷を歩くこと数日後、俺は守矢神社付近の里へ来ていた。
里というだけあって規模は村と同じか、町よりは小さい程度だな。しかし覇気も人の活きもあまり伝わってこない。
里へ入り、周りを見渡すとそこらにいるのは若者――ただし、年齢的には老人や子供ばかりだ。恐らくは妖怪から身を守る技術を学ぶために中央大陸や陰陽道の道を進んでいるのだろう。
「おやおや、旅人さんかい? 珍しい恰好だねぇ」
しばらく歩いていると里の童女が俺を呼び止めた。
「うむ、如何にも余は旅をしている者だ」
「へぇ、何処かの貴族様みたいな話し方をするもんだね」
むっ? ああ、そうか。この話し方がもうすっかり定着していたから忘れていたな。それと婆さん、俺は別世界では一国の王様だぞ。
「して、何やら活気がないようだが?」
「ああ……この里の若い連中はこぞって中央都市に行っちまったからねぇ。残っているのは老人と子供だけさ……ゲホゲホ」
彼女は咳を込み、俺は辺りを見回す。
「ふむ……老衰が原因では無さそうだな」
「ああ……そうだねぇ。この辺りじゃ、ちょっとした風邪が流行しているのさ。旅人さんも悪い事は言わねぇからこの里から離れた方がいいべさ」
「否、見た以上そこまで薄情な事は出来まい」
掌に魔法陣を表し、村全体とその周囲を対象に発動させる。
「精霊よ、悪しき病を取り払え」
「ま、魔法かい?」
今の人間としての俺が使える力、精霊術。神とか邪神の力は世界への影響が強すぎるからダメだと事前に紫に言われている。数年もすれば神の力を発しても大丈夫だとは言っていたが……。
で、精霊術なのだがこれは至る所にいる人にも妖怪にも見えない種族『精霊』の力を借りて行う魔法だ。普通の魔法と違う所は自身の魔力をあまり使わないという所くらいか。俺自身の魔力を使うとこれも影響が出るらしいから禁止されている。飛行くらいなら大丈夫だが攻撃系統の魔法も聖気と呼ばれる武装術も禁止されている。
制限は多いがこのくらいが一般人にとっては丁度良いだろう。
ちなみにだが幻想郷の文明は地球とそう変わらない。物資も家もそれなりに現代と近い技術を誇っている。――そんな中で精霊術とか言ったら結構痛い奴なのは重々承知しておくしかない。幸いなのは幻想郷にも魔法があることくらいか。
精霊術が発動すると辺り一面から病気の元が消え、目の前にいる老婆もあからさまに顔色が良くなっていく。
「んむ? おや、何か体が軽いねぇ」
「それは何よりだ」
「あんたが何かしてくれたのかい?」
「周囲にいる精霊たちに力を貸して貰っただけだ」
「あんた、精霊様が見えるのかい?」
「うむ」
――ただ、精霊たちは自身が認めた者にしか姿を見せないし、自身が好む魔力しか寄ってこないし契約できない。俺? 俺はどんな聖霊でも寄ってくるぞ。何せ勇者だからな。
「しかしこうも活気が無くてはな……」
精霊は大きく分けて二種類いる。活気溢れる場所が好きな聖霊と静かな所が好きな精霊だ。しかし中には古びたり滅ぶ寸前の場所に住まう者もいる。この周囲にいるのはそんな物好きな奴ばかりだ。
余談だが神社とかにいくと気持ち良くなるのは精霊が集まっているからだ。精霊も元々は人の心に巣食う邪念を食べる存在だからな。逆に戦争とかがあると邪念が集まり過ぎて邪神とかが生まれやすくなる。俺の場合は全然違う理由だがな。
「あれ? コジョーさん?」
声がする方を振り返るとそこには青い巫女装束の少女とでかい眼玉付きの帽子をかぶった少女、大きな注連縄を背負った少女がいた。
「おや、早苗ちゃん。今日も来てくれたんだね」
「はい! でも、里に来てから皆顔色が良いんですよ。何があったんですか?」
「それは今、この旅人さんが精霊様に頼んでくださったおかげだよ」
「精霊様に……?」
巫女装束の彼女、早苗はいまいち感覚を掴めずに首を傾げたが、俺の方を向いて頭を下げた。
「旅人さん。守矢の巫女としてこの度の件、お礼申し上げます」
まあ、守矢神社の付近だし病気の里があれば彼女がいても何ら不思議では無いが……紫め、わざと出会いやすいように今日という日にしたな……。
「おっと、そろそろ集会の時間だねぇ。早苗ちゃん、またね」
「はい! お大事に!」
何か予定があったらしく、その場を離れていき俺たちだけがここに取り残された。このまま離れるのも良いが、もう少し彼女たちの事を知っても良いだろう。
「其方が守矢の巫女か」
「へー、守矢神社って結構マイナーな神社なのに知ってるんだ」
そう言ったのは帽子の彼女だ。
「うむ。それと自己紹介が遅れたな。余はスルトという者だ」
「私は守矢神社が二柱の一人、洩矢諏訪子なのだ~!」
ほう、こんな少女が神か。否、確か紫がいうにはこの世界に来る女性は神も人も何故か少女になるという現象が起きていると言っていたな。その影響か?
「私がもう一人の神、八坂神奈子だ。この里は守矢神社を信仰してくれている数少ない場所だからね、助かったよ」
此方は注連縄の少女だ。しかし当人の口からも存続が危ぶまれているのを聞くことになろうとはな。
「そして!」
「彼女は我らが守矢神社唯一の巫女!」
そんな二人のテンションに置き去りにされながら、早苗は困惑しつつも再度お辞儀をした。
「私は東風谷早苗と申します。――もし! 何処の神も信仰していなければ、していても是非守矢神社を信仰して下さいお願いします!」
……本当に必死なのが良く分かる……。
「すまないが余は神を信仰しない」
「何故ですか!」
神様は――と早苗がそれはもう必死の形相で語り始めるが俺には土台無理な話だ。邪神に信仰されても他の神は喜ばないし、むしろ敵意を持つだろう。加えて神を信仰するのは手を血で染めた事のない者の方がより良い信仰心を得られる。
「これ、早苗。あまり無理強いは良くないよ」
「でも…………いえ、そうですね」
神奈子が止め、早苗は食い下がるが無理にでも納得させたようだ。
「スルトよ、無理を言って申し訳ない」
「いや、良い」
「ちなみに~、なんで神を信仰しないのか聞いても良い?」
諏訪子が興味津々に聞き、俺は良い笑顔で応えた。
「否だ」
答えたらこの場で戦争になるからな。
「え~」
代わりに諏訪子は不満げに頬を膨らませている。
「ククク、別の質問なら答えよう」
「じゃ、じゃあ! その仮面を見せて貰っても良いでしょうか!」
早苗が勢いよく手を上げ、俺は頷いた。
「構わんよ」
俺が仮面を外して素顔を見せると早苗たちが固まり、俺は久しぶりの反応に失態を悟った。
「け、結婚して下さい!」
「否だ」
前にもあったようなやりとりに既視感を憶えつつも断る。
――自分でいうのもアレだが、俺は顔が良い方だ。性格の方は他票に任せるとしても、女性であれば一度は惹きつけられる容姿をしている。
早苗も勢いだったのだろう。かなりショックを受けているようだ。
「早苗ちゃん!!」
「これは……うん、責任を取って貰わねばな」
「何のだ」
断って責任を取れというのか。無茶な。
しかし早苗も流れに乗って追い打ちをかけてきた。
「せ、責任、取らないんですか……? お腹の中に子供までいるというのに……」
「……何と無茶苦茶な……」
流石にこうまでごり押しされると絶句するしかあるまい。
「……はぁ、まあ良かろう」
恐らく紫もこうなることを見越して俺をここに寄越したのだろう。
俺の答えに早苗の表情が明るくなるが、一矢くらいは報いても良いだろう。
「先に言っておくが俺はこう見えても殺人鬼だ。それこそ何万という生物を殺害してきた悪魔だ。故に神の信仰など必要無かったし、必要とされても困ると思っていたのだがいやはやここに定住させてくれるとは何とも心優しい――」
袖からナイフを取り出して不気味な笑みで早苗に迫る。
「オンバシラ!」
「黒鉄!」
早苗の左右から木材と鉄の塊が飛んできたので薄い緑色の盾の形状をした物体をいくつも出現させて弾く。
「そんな輩には早苗ちゃんは近づけないのだ!」
「早苗たんは私が守る!」
彼女たちの猛攻はあったものの、俺の盾、絶対防御壁を突破することはなく俺も安心して頷いた。
「うむ、そうしてくれ」
俺があっさり肯定したことに二人はきょとんと眼を丸くし、次いで拳を固く握った。
「ぬわあああ!」
「嵌められたぁぁ!!」
そんな悔しがる二人を他所に早苗だけは俺の傍に駆け寄って両手を握った。
「構いません!」
「……話聞いていたか?」
「そんな事があったとしても本当に殺人鬼なら里人を助けたりはしません。殺して回って、私たちは敵対していたはずです」
早苗の言葉に俺は困る。確かに理屈はその通りだからだ。だが俺が言ったこともほぼ事実のため変に否定は出来ない。
「貴方がどんな人なのか、真には分かりませんがしばらく滞在してみてはくれませんか?」
遠回しな言い方だが、要は付き合えと言っている。
……これもまた楽しみ方の一つであろう。
「分かった」
「というわけで守矢神社にお持ち帰りします!」
「は?」
『イエッサー!』
その両手を良い笑顔の諏訪子と神奈子に掴まれ、俺は拉致された。
後で聞いた話によると早苗は巫女故に人の心、本質を見抜けるらしく特に自分に向けられている視線に反応しやすいようだ。大抵の男性からは下心がある視線が多く、女性からは嫉妬の視線を食らうため内心では溜息が積もるそうだ。悪人と善人を即座に区別することも偶にやってしまうため困っているとか。
それで俺についてだが、本質は善人でありながらその他は全て悪意で塗り固められているような存在と言っており俺自身も納得した。ただし悪意は悪意でも嫌な感じのする悪意ではなく悪戯心みたいな感じがすると言い、諏訪子と神奈子も納得した。そこら辺の感覚は三人にしか分からないものだろう。俺にはさっぱりだ。
スルト「ククク……久しぶりに余の視点であるぞ!」
グラたん「私の数少ない出番がぁぁ!? なんてことするんですか!」
スルト「フハハハ!」




