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東方幻想腐女録  作者: グラたん
第一章
65/119

第五十九話 キタァァァァ―――(゜∀゜)――!!

グラたん「普段の五割増し、第五十九話です!」

さとり「むー! むー!」


 二人と兎兵士たちがやってきたのは地底と地上を繋ぐ数少ない道の一つ、渓流付近にある唐草が豊富なベミン草原という場所だ。地上から見れば長く続く亀裂の渓谷となっているため妖怪も人間も滅多に近づかない場所でもある。

 長い長い渓流の元は滝だ。地上の2000mはある山脈から一気に地底まで降り注ぐ水は爆音となって地底に響き渡り、音という音を遮る。兎兵士たちが停泊しているのは下流のやや小高い丘の上だ。


「むむぅ~~~!」


 そこから響くのはお腹の空いた音と可愛い声。しかし姿は見えず縄だけがゆらゆらと動いている謎の現象が起きている。

 こいしの『無意識にいる程度の能力』はそこにいたとしても無意識に視線を外されるため認識が出来ない。そのため兎兵士たちは何度とも知れない問いを繰り返して正気を保つ。


「なぁ、本当にここに居るよな?」

「簀巻きにしてわざわざ術式杭まで打ったんだぞ。これで逃げられるのなんて女狐くらいだろ」

「そりゃそうだけどよ……やっぱ見えないってのは不安になるぜ」

「全くだ……」


 そこへ、正面から見えてきた兎兵士の団体に彼女たちは顔を上げ、一旦動きを止めた。


「っと、帰って来たみたい――だぁ……」

「……は、ははっ。マジっすか」

「お、おい、ちょっと殴ってくれ」

「お、おう」


 我が目を疑った者は隣の兎に殴って貰い――ただし全力で――草原を二度、三度宙に舞って転がり、起き上がって叫んだ。


「夢じゃない……夢じゃないぞ!」

「姫様だ! 我らが姫様だ!」

「姫様だ!」

「寝ている奴等を全員叩き起こせ! 訓練の成果を見せる時が来たぞ!」

「おうよ!」


 彼女たちの知らせは兎兵士全員を叩き起こし、急いで剣を持ち外で隊列を成した。

 パルたちが眼前にまで迫ると前列は剣のアーチ、後列は満月の紋様が描かれた旗を掲げた。シャキンという格好良い効果音と共にバサリと旗が風に揺られてはためく。


「……ん」

「……なにこれ?」


 そんな兎兵士たちの様子にさとりとパルは数歩後退り、困惑する。


『姫様万歳! 姫様万歳!』

「ささ、どうぞ此方へ」


 特にパルに対する対応が掌を返すが如く手厚く、パルは促されるままに先へと進む。


「う、うん」


 さとりもその後に続きながら少々月の事情を思い出す。

 ――姫様と……月の民の間でそう呼ばれるのはたった二人だけ。豊姫と依姫。豊姫の方は宮廷から出てこないから、パルが依姫ってことになるわね。実際に会ったことないから分からないけど……小説的に考えるなら記憶喪失が妥当。

 ――でもメンタとは血のつながりがあるって言ってたけど……両親が隠していたという説も考えられるわ。

 思考しつつもこいしの前にやってくると、こいしは自分から能力をオフにして姿を現した。


「むむー! むむむむ――!」


 ――お姉ぢゃぁぁぁあああん!! 怖かったよ――っ!

 目の前で涙目顔面崩壊したこいしを見て、さとりは腕を組み、大きく首肯した。


「……間違いなくこいしね」

「本物?」

「ええ。能力で分かるの。それで、何が目的かしら」


 後半の言葉は近くにいた兎兵士に向けられ、概ね首から下げているコレだろうとさとりは推測する。


「我々が欲しているのは、その眼サードアイだ。それと引き換えに彼女を渡そう。此方はそういう命令を受けている」

「そう……」


 やはりそうか、と内心頷き――しかし兎兵士は全員の意志を纏めたようにパルへ視線を向けた。


「が、ぶっちゃけ要求を変更する。よ――ゲフン、彼女と引き換えだ」

「……ボク?」

「そうだ」


 どういうことか、とさとりは彼女の心を見た。

 ――本当マジマジお願いします。どうか神様この願いを聞き届けてください。何なら命とかくれてやりますから同士たちのためにもお願いします!

 そんな心の声を聞いてしまい、あんぐりと口を開けた。


「分かった。良いよ」


 パルが頷くと全員が『キタァァァァ―――(゜∀゜)――!!』と顔文字すら見える始末。


「パル……」


 ――これ、色々ダメなやつよ。

 と、危うく口を出しそうになり、口を真一文字に引き締めて黙る。

 ただしパルも1つ疑問を口にした。


「でも一つだけ聞きたいんだ。どうして里を襲ったの? ボクとさとりをおびき寄せるためなら他の方法もあったはずだよ」


 彼女たちは一転して表情を引き締め、真面目に答えた。


「手段を選ぶな、と命令を受けていた。我々は最も迅速に任務を全うしただけだ」

「……誰の命令?」 


 さとりは、彼女たちがそれを言うとは思えなかったが、これも予想に反して簡単に口を割った。


「月の王女、綿月豊姫様だ」

「豊姫――」


 それを彼女が口にするとパルの表情がフッと消えた。次いで、辺りが戦場になったかのような空気の痺れが奔り、身体からは全員を威圧する気配が発せられた。


「そうか……あいつの命令なんだね……」


 ボソリと呟かれた言葉はとても小さく聞こえもしないが、隣にいたさとりには届いていた。だが、パルの急変にさとりは何かがあったらこいしだけは守ると決め、パルの一挙一動を注視した。

 ――急変……そんな言葉じゃ生ぬるい! まるで別人がパルの体を乗っ取ったみたいなこの重圧と殺気――まさか二重人格!?

 パル――否、彼女の視線は猛禽類のように鋭く光り、表情は至ってつまらなそうな、いっそ憎悪しているように冷たい。


「――ま、間違いない! この覇気、あの表情、姿は多少違えど正しく依姫様!!」

「依……姫……」


 兎兵士の羨望と恐怖が入り混じったような表情と言葉を聞き、さとりは威圧されたように数歩下がった。

 依姫は、かつて幻月大戦と呼ばれる大戦で霊夢に致命打を負わせ、紫にも大きな怪我を負わせた張本人だ。当時のさとりも月の侵攻を食い止めるため地底の総力を挙げて撃退をしていたことがある。

 その時の被害は地底でも稀に見る程多くの人と妖怪が死に、弔いと再興に多大な時間と苦労を要させられた記憶は新しい。

 彼女、依姫は冷たい表情のまま兎兵士たちを視て告げる。


「そうだよ。久しぶりだね、皆」

「お、おおっ、憶えていらしたのですね!」

「勿論だよ」


 依姫の若干嫌悪するような口調も構うことなく彼女たちは一斉に跪いた。


「ハハァ! ありがたきお言葉! ささっ、今一度、月にお戻り下しさい! 皆が待っています!」


 依姫は右手を腰に当て、鼻で嘲笑した。 


「はっ? 嫌だよ。戻る訳ないでしょ」


 その言葉は予想外だったのか兎兵士たちは一斉にぽかんと口を開けた。


「へっ?」

王族貴族共あいつらの命令で戦うなんてもう嫌だよ。僕に何一つくれなかったし」

「し、しかし――」


 彼女たちが食い下がろうとすると依姫は強い口調で続けた。


「それを言うなら君たちも同じだよ。最前線はずっと僕で、君たちは後詰とか書類仕事ばかり。見返りの無い、君たちを未来永劫に繁栄させるための戦いを強いていたんだから」


「そ、それは王族の務めであり――」

「君は一度でも同じ言葉を豊姫あいつに言ったことある? 無いよね」


 依姫の反論に彼女たちは言葉を探し、黙る。


「生まれてから僕は一度だって誰かに抱かれたことは無かった。両親あいつらが禁止していたからだ。手を握られたことも、優しい言葉を掛けられたことも無かった。それが王族、民を守り、月を守るために身を粉にして精進し、戦場で敵を倒すことを義務付けられた。それが3歳の時だ。まだ自意識だって無い赤子をお前たちは戦場に放りだしたんだ」


 幸いにも依姫には生まれついてから『神を降ろす程度の能力』を有していた。そのおかげで赤子の姿でも大の妖怪を圧倒し、倒すことが出来た。


「それからずっと、ずっと、ずっと戦い続けた。何の疑問にも感じなかったよ。だってそうなるように仕向けられていたんだから。……でもね、地球に初めて降りた日を境に僕は気付いたんだ。『何故、僕は愛されていないんだろう』って。簡単な事だったよ、だって誰も僕を愛さないし愛してないんだから。そんなものを必要としないように、ただ敵を殺すだけの冷徹な機械に仕上げたのが月の民たちだ」


 ――言い返す言葉もない、つまり全部事実。

 さとりが心を見ていても彼らは気まずく、まるで嘘がバレた子供のように黙っている。


「でも、もう良いんだ。パルが、この体の少女が僕の欲しかったものを全てくれたんだ。手を握って温かさをくれた。小さな体で抱き付いて冷え切っていた心を温めてくれた。そして『大好き』って言ってくれた。僕は確信したよ。僕を愛してくれるのはパルだけだってね。だから僕はパルの為だけにこの力を振るう事に決めたんだ。そういうわけだから帰ってあの馬鹿共に伝えてよ。もう二度と月には帰らないし、パルに手を出すなら月ごと滅ぼしてやるっ! ってね」


 予想していたとはいえ依姫の敵対宣言に兎兵士たちは否応なく身構えさせられる。


「そ、そんな……」


 だが、現状で月の科学力を集結してもキレた依姫を抑えるもしくは殺せる武装は存在しない。依姫が生まれて以降、戦闘は彼女に全て一任していたため科学力は停滞――否、衰退していた。現在の最高武力は背後の飛空艇と実弾銃、魔法剣と槍のみ。

 依姫は軽く数歩歩み、思い出したように彼女たちに告げた。


「ああ、そうそう。今、パルは凄く怒っているんだ。ボクなんかのために無暗に被害が増えたって後悔している。だから――」


 身体から雷撃が迸り、兎兵士たちの足元や頬を掠める。


「ちょっとぶっ飛ばされてね」

「ひっ――」


 爆風が辺りを薙ぎ払い、拳が兎兵士の顔面に突き刺さった瞬間には彼女たちはもう飛ばされており地面を大きく跳ねて宙を舞った。


「ひ、ヒィ!?」


 一刀を振り下ろせば辺りが燃え、地面は抉れ、呼応するように火山が噴火した。当然、噴火したのだから溶岩が流れ出し、火山岩が周囲に落ちてくる。


「よ、依姫様ァ――!」

「ヒギャアアアアア!!」

「うぎゃアアアアアアアアアア!!」

「ガバァァァ――!!」

「御褒美ぃぃ!!」

「もっと! もっとお願いします!」


 一部喜んで怪我をする者がいるが、他の兎兵士たちが急いで飛空艇に全員を収容して飛び去っていく。


紅魔の(レミリアル)奏でる百重奏(・スカーレット)!」


 その背後目掛けて弾幕の追撃を振るい、辺り一面焼け野原でところで彼女は満足して手を止めた。


「よっし終わり!」


 後ろでとっさに防空壕を作ってこいしと共に潜んでいたさとりが現れ、依姫に近づいていく。


「……貴方」


 さとりが問いかけると依姫が振り返り、敵意が無い事を確認してさとりも眼を首にぶら下げた。


「うん?」

「貴方が、あの依姫なの?」

「そうだよ。今は肉体が無いからパルに憑依してるけどね。君はパルの友達?」

「ええ」


 頷くと依姫は一拍置いて視線を外し、ちょっと羨ましそうに呟いた。


「ふぅん、妖怪も友達かぁ…………」


 フッと、また気配が代わり、主導権がパルに戻ってくる。


「うっ……」

「戻った……よね?」


 くらり、とパルが立ち眩みのように体を揺らし、伝えなければいけないことを纏める。

 ――パルの中に綿月依姫が憑依しているなんて……これ、霊夢たちは知っているのかな? いや、知らせない方が良い。霊夢は月の民を酷く嫌っている。

 霊夢だけでなく幻想郷全体が月の事を嫌悪しているためパル自身にも悪影響が出てしまうかもしれないと考える。そして霊夢たちには伝えないことを決め――必要なら紫が伝えるだろうとも考え――こいしの元に近づいて縄を解いた。


「こいしは取り返したから戻って霊夢に報告よ」

「ぷはっ! わあああああ! お姉ちゃぁぁぁん!!」


 縄から解放されたこいしが泣きながら抱き着き、さとりはその頭を撫でて慰める。


「よしよし。怖い思いさせちゃったね」

「怖かったぁぁ!!」

「ごめんね。さ、帰ろ?」

「ぐしゅっ…………うん!」

「パルも帰ろ?」


 振り返るとパルは何処かボーっと虚空を見ていた。


「パル?」


 さとりの声がすると気がついたように一度眼を見開いた。


「なんか、胸の辺りがもやもやする」

「うん?」


 パルは両手を前に伸ばし、形を生成するように意識しながら能力を発動する。


「ん~~!! えいっ!」


 ボフン、という音と共にさとりたちの目の前に現れたのはパルより色の濃いアメジストカラーの髪の少女、依姫だ。


「わぁっ!?」


 その依姫もまさかパルが自力で霊体を物理変換するとは思っていなかったのか驚いた様子でパルたちを見た。

 思いっきり能力を使った反動か、パルもだいぶ疲弊していたが目の前の依姫を見て思わず叫んだ。


「わあああ! なんか居る! 幽霊!? ――あひゅぅ」


 霊体オバケ系にはあまり耐性が無いためショックを受けてそのまま気絶し、さとりが背後に回って支えた。


「ガーン!? ――あふぅ……」


 依姫もパルに拒絶された精神的ショックで気絶し、白目を剥いて背後に倒れた。


「何してるのよ……」


 一悶着を終えたと見てやってきた霊夢たちが倒れているパルたちを見て若干溜息交じりに呟いた。



 地霊殿に戻ってきた霊夢たちはさとりからあらかたの内容を聞き、逆に霊夢たちからは町の様子などを聞いて頷いた。


「……事の顛末は分かったわ」

「結局隠す意味無くなっちゃわけだけどね。で、どうなの?」


 さとりがパルを一瞥しつつ霊夢に問い、霊夢はやや眼を細めて問い返した。


「何がよ」

「依姫とパルのこと。貴方、月の民のこと嫌いでしょ?」


 霊夢は数拍置いて胸の内に渦巻いている感情を思いつつも素直に答えた。


「そりゃぁね。でもこればっかりはパルから事情を聴かないことには何とも言えないわよ」


 と、そこでパルが眼を覚まして起き上がる。


「ん……」

「噂をすればなんとやらね」


 パルが寝ているのは簡易ベッドの上だが、そこに依姫も寝かせているため寝返りをしたらパルに圧し掛かる形になってしまう。


「何か重い……」

「むにゅぅ……パルぅ……」


 寝ぼけているのか、それとも意識があってやっているのかは分からないがおもむろに首や腕を触りまくり、パルが起き上がると自然な動作で膝の方へ頭を落とした。


「だ、誰?」

「目が覚めたようね」


 霊夢の声と姿を確認し、辺りを見回して地霊殿に戻って来たことを認識する。そして膝の上で寝息を立てている自身によく似た少女を見つめて霊夢に聞いた。


「霊夢、こ、この子は?」

「そいつは依姫。綿月依姫よ。あんたの中に憑依していたらしいわ」

「依……姫?」


 何処かで聞いたような名前に首を傾げ、記憶を探る。


「私が聞きたいのは一つ、あんたは依姫の存在を知っていて隠していたの? それとも知らずに乗っ取られていたの?」


 そうして思い当たったのが10年以上前の記憶だった。


「依姫……お姉ちゃん?」

「聞いてるんだけど……」


 霊夢の問いもそっちのけでパルは膝の上の頭部を強引に隣に退かせ、アメジストカラーの髪を払って顔を覗き込む。


「本当にお姉ちゃんなの!? なんで? どうしてここにいるの!?」

「うみゅぅ? あ、パル――」


 パルの声にわざとらしく眼をこすりながら開けて起き上がり、その声を聞く前に本人であると確証したパルは無遠慮に抱きついて押し倒した。


「わあああぁぁぁぁぁぁ!! 会いたかったよー!」

「にゃふぁふぉ!?」


 もしパルに尻尾が生えていたら激しく左右に振られているだろう、とそんな勢い余る様子にさとりも霊夢も苦笑する。


「霊夢、それが答えみたいね」


 悪霊や憑依であれば退治するのが巫女の仕事だが合意の上でなら別に良いと霊夢は考えている。


「はぁ……悪霊ならアレだけど別に害があるわけじゃなさそうだし」

「パルもずっと本心から言ってるわ」

「この喜びようが嘘だったら私はもう何も信じないわよ」

「そうね」


 しばらくは帰ってこないだろうなーとさとりは考えて紅茶のおかわりを淹れに立ち上がる。霊夢とこいしもつまみを作りに厨房へ移動し、つまみ食い隊のお空とお燐もそのあとに続いた。

 残されたパルは人目憚ることなく依姫に抱き付き、マタタビを貰った猫の如く激しく頬ずりした。


「ふにゅぅぅぅううう!」

「うああああああああああああ! ぐりぐりぐりぐり~~~!!」

「ぱ、パル! い、痛いよぉ!」

「うにゃぁああ!」


 さとりたちが戻って来ると一段落付いており、パルはベッドの上で満足そうに座っていた。隣では衰弱した依姫が膝枕させられていた。


「まるで飼い主が帰って来た猫ね」

「あ、本当にそれね」


 さとりが淹れた紅茶を貰い、一息落ち着く。


「はふぅ……」

「ちょっとは落ち着いた?」

「もう死んでもいい……」


 だらーっと幸せそうな笑みを浮かべて依姫にくっつき、霊夢は何ともいえない表情になって紅茶を含んだ。


「ハイハイ幸せそうで何よりよ」

「それよりも、何で依姫お姉ちゃんがここに居るの?」

「それは当然パルの体の中にいたからだよ!」

「要するに憑依されてたのよ、あんた」


 霊夢がそういうと依姫が体を起こし、指を付きつけつつ憤慨した。


「人聞き悪いなぁ、僕はちゃんとパルと契約しているから精霊扱いなんだよ!」

「あら、そうなの?」

「そうなの?」


 それにはパルも疑問視し、霊夢に突っ込まれる。


「何であんたが疑問形なのよ……」

「まー、契約したのはパルが凄く小さい時だったから憶えて無くてもしょうがないけどね。しかもちゃんと会ったのはそれ合わせても2回だけだし」

「……パルはよく憶えてたね」

「依姫お姉ちゃんは、その時からボクにだけ見えていたからね。一緒に遊んでくれたんだよ!」


 思い出すのは依姫と一緒に遊び、日中日夜一緒に居た楽しい記憶だ。依姫もそれに耽ってはだらしない笑みを浮かべて涎を啜った。

 が、霊夢とさとりは客観的な視点で考えて渋面になった。


「でもでもそれって……」

「独りぼっちで独り言を言いながら遊んでいる危険な子供よね……」

「えっ?」

「それに小さい時って、それ押し売りと何ら変わらないし」

「ええっ?」

「そんなことないよー」

「あんたたち詐欺に引っかかりやすい典型的なタイプね」


 それなら、と依姫が刀を顕現して高々と掲げた。


「詐欺師なら僕が真っ二つに斬るよ!」


 ――会話が微妙にかみ合ってない……天然?

 パルもやや天然気味だが依姫もそう大差ない。性格上、天然同士は会話がズレていても気が付かないし気が付けないため気が合うと誤認したままになってしまう。

 ただ、訂正する必要があるかと言えば、全く無い。


「ともあれ、一応契約条件を確認しておいた方が良いよ」

「そうね。変な契約だったら即行で私が解除してあげるから」


 霊夢が神薙を手に持ってニヤリと笑い、さとりは内心を読み取って呆れた。


「やっぱり恨んでる」

「気のせいよ。で、契約条件は?」

「えーっと……」


 契約条件を必死に思い返し、封じられていた記憶を思い出していく。


「ちょっとずつ思い出して来たよ。契約内容は『ボクの体に憑依出来るようになる』『ボクが危険に晒された時は依姫が表面上に出られる』『髪の毛は絶対にポニーテイル』『依姫が何かの力でボクの体から出た時、この契約内容を思い出す』『依姫とボクの命は共有される』『意識はボクが優先的に使える』『ボクが力を望んだなら依姫は無償で貸す』『ボクが何らかの能力に目覚めた場合、依姫の能力も使えるようになる』だったけ?」

「それと『僕の肉体が戻ったらまた一緒に遊ぶ』こともあるよ。他にもいっぱいあるけど些細なことだよ!」

「うん!」


 通常、霊体や妖怪との契約は魂に刻み込まれる類の強制力を持つため人間が知らぬ間に害を受けていることも多々ある。例に挙げれば、常人が徐々に気が触れ始めて法律や道徳を蔑ろにすることが多い。理由の一つとして霊体も妖怪も生きている人間を怨み、その怨念によって行動する。

 が、パルと依姫の場合はそんな強制力は一切なく、口約束も同然の契約だ。


「……それ契約内容にしては薄い紙以下よ」

「ついでに言うと破った時の制約も無いから暗黙ルールも良い所ね」

「でも契約はちゃんとしてるよ。ほら」


 依姫がちょっとだけ魔力を通すとパルの右手に魔法陣が現れ、正式な物だと分かるや霊夢は口惜しそうに笑みを引き攣らせた。


「あら本当。それなら問題ないわ」

「依姫お姉ちゃんとまた一緒に居られるの?」

「パルが実体化させてくれたおかげだよ!」

「わーい!」


 幼い子供のように依姫に抱き付き、依姫も満足そうに――否、ちょっとだけ性的に危険な笑みを見せた。幸いにもパルには見えていないし、一瞬のことだったためさとりも危惧だけはして無視した。


「色々報告しなきゃいけないことが増えたわね……」


 そうね、とさとりは相槌を打ちつつも姿勢を正して三人に向き直った。


「霊夢、パル、依姫」


 名前を呼ばれて三人共に顔を上げる。


「何よ?」

「なに?」

「お礼が遅くなったけど、こいしを助けてくれてありがとう」

「ありがとうね!」


 さとりは深く頭を下げ、続けてこいしもお礼を言い、霊夢は腕を組み、パルは浮かべた。


「どういたしまして!」

「お礼なら地酒持ってきなさい。徹夜で飲むから」


 そう言うとドンっと地霊殿の扉が開かれ、玄関からお燐とお空の声が響いた。


「お嬢ー戻りましたー」

「戻ったよー! 大漁大漁!」


 そう言えば厨房に行ったきり帰って来なかったなーとさとりは思い出し、彼女たちが運んできた地酒やら肉やら魚やらを見て溜息を吐いた。


「……この鳥頭共」

「へっ?」

「にゃに?」


 お空たちは気付いていないが、町は先程戦火に塗れ、復興もままなっていない状態だ。当然、町の安全が分かるまで住民は帰って来れないし、そこから勝手に食材を持って来るのは立派な火事場泥棒だ。

 だが元々自分の領地であることを考えれば――徴収ということで済むだろうと考えて天を仰いだ。


「まあ良いわ。パル、ちょっと何か作ってくれない? お腹空いたわ」


 くきゅるるる、とちょうどさとりのお腹も鳴り、続けてお菓子を食べていたこいしも騒ぎ始める。


「お腹空いたー」

「私もー」

「作ってー」


 お腹が空いては力も話も出来ない。パルは大きく頷いて立ち上がった。


「うん、分かった! 食材は貰ってくね!」

「僕も手伝うよ!」

「やろー!」

「うん! お願い!」


 パルが依姫とお空たちを連れて退出し、残されたさとりと霊夢は顔を見合わせて紅茶を飲んだ。


「やれやれ……本当に姉妹みたいよね」

「凄く仲良さそう」


 確かにね、と霊夢が頷き、二人でしか話せない内容を鋭い視線で切り出した。


「……で、あいつは?」

「簀巻きにしておいた奴ならとっくに逃げられたわ。部下が連れ戻しに来たみたい」

「そう……」

「これで終わるとは思えないね」

「パルに依姫……妖怪……月の民……能力……サードアイの不要……無縁塚の事件……契約内容……。少しは繋がったわ」

「霊夢もいつも真面目なら心地良いのに」

「私は私よ。……でも、大変なのはこれからよ。あんたも覚悟しておきなさい」


 再び飲もうとして紅茶が無いことに気づき注ごうとすると、さとりが先にポットを手にして手招きし、霊夢が差し出したカップに紅茶を注ぎつつ続けた。


「五月蠅いのは嫌。でもこいしが居なくなるのはもっと嫌」

「なら強くありなさい。そう多く時間は無いけれど……私もね」


 霊夢は強い。幻想郷の中ではトップクラスの身体能力と優れた直感と知恵を持つ少女だ。しかし紫を筆頭にまだ勝てない存在は幾人もいる。


「ん、ありがと」

「どういたしまして」


 さとりに淹れて貰った熱めの紅茶を傾け、喉を潤す。 

 ――何か、近い内にとてつもない大規模な戦いが起こるわね。

 何かが起こる胸騒ぎと予見が頭の警鐘を鳴らしていた。



 地底は文字通り地下のため夜という概念は無いが、風呂文化はある。地霊殿にも大浴場があり、食器の片付けを終えたパルと依姫とすれ違うようにして霊夢たちが出てきた。


「お風呂出たよ~」

「次どうぞ」

「使わせて貰うね」

「一緒に入ろ、パル!」

「良いよー」


 お言葉に甘えて着替えを手にパルたちは大浴場へ向かった。

 しかし、その後に続いてさとりが付いてきており、わざわざこっそり隙間から二人の様子を伺っていた。


「で、あんたは何してんのよ」


 背後から霊夢の呆れたような声をかけられ、さとりの体が大きく跳ねた。ただし事前に用意して置いた言い訳を並べて何とか誤魔化そうとする。


「いやだってね……何食べたらあんなに大きくなるのか気になるし……」


 メンタのせいで腐女子については若干理解出来てきた霊夢は半眼になって告げる。


「……嘘はもっと考えて付きなさい」


 ――別に一緒に入れば良いのに……。

 と、霊夢は考えるがそうしないのは背徳感故か。


「程々にしなさいよ、そういうことは」


 ともあれ忠告だけはして霊夢は踵を返した。


「……うん」


 さとりはもう少しだけその場にとどまり、満足するや居間に戻っては霊夢に揶揄われる羽目になる。

 そんな様子を見たパルたちは首を傾げたが、深く追及はしなかった。


「ふぁぁ……そろそろ寝ようかな」


 パルが口に手を当てつつ欠伸をし、依姫もパルの背後に取り付く形で笑みを浮かべていた。


「そうだね。一緒に寝よっか」

「うん」


 良いのか、と霊夢は思うがパルが良いなら良いのだろう。


「あんたたち仲良いわね……」


 特に深い意図は無かったのだが、依姫はその通りだと大きく首肯した。


「勿論! なにせパルは僕の嫁だからね!」

「……え?」


 ――嫁?

 思わず霊夢が依姫に視線を回し、


「ゴブッ」


 さとりは飲んでいた緑茶を噴き、


「ん?」

「ふぇ?」


 こいしたちは何のことか分からないと首を傾げた。


「ふふん」


 当人はすごぶる満足そうにパルに抱き着いてどや顔を浮かべていた。


「あ、そう……そういうこと……」

「さ、行こ行こ」

「え、ええっ……?」


 二人が寝所に向かうと同時にさとりもゆっくりと立ち上がり、その袖を霊夢に掴まれて鎮められた。

 さとりも渋々座るが、第三の眼を開いているところを見るにどうにかして見ようと試みているようだ。


「おねーちゃん、トランプしよ~!」


 が、それもこいしの一手で潰されることとなる。

  


 次の日、地底での用事は終わったため、パルたちはまた来ることを約束して地上に戻ろうとしていた。


「そんじゃ、また来るわね」

「ええ、気を付けて」

「またね~」


 お土産も大量に貰い、帰ろうとする霊夢たちの中に依姫の姿はない。


「あれ? 依姫は?」

「まだ眠いって言ってボクの中で寝てるよ」


 パルが自分を指差して霊夢とさとりは納得した。


「……そう。解ったわ」

「パルだから成せるのか、パルだから許されているのか……」

「何が?」


 パルは到底理解できないが、霊夢たちには理解できる事柄だ。


「さ、行くわよ」


 霊夢が踵を返して飛翔し、その後に続いてパルも飛んで行く。


「何のことなのー!?」


 声高く叫びながら。



 地上、博麗神社に戻って来た霊夢たちは地底の酒やつまみを振る舞いつつ地底で起ったことを紫たちに説明していた。


「ということがあったわ」

「ははーん」

「中々興味深いですね」


 特に紫と永琳は何か思うところがあったらしく食いつきが良かった。紫には事前にパルと依姫のことを話し、敵ではないことを告げていた。

 魔理沙やレミリアたちには今しがた伝え、何度かパルに視線が集中したがそのパルはずっとメンタの傍で看病しており、暇があれば家事をしている様子だ。


「それで他の素材は集まったの?」


 永琳に問うと此方は問題無いと隣の部屋を指差した。


「どれも問題なく集まりましたよ。後は調合と内部構造を設定するだけです」


 そう、と霊夢は頷くが隣の部屋からは紫色の煙が立ち上っており換気している窓は青色に変色を遂げていた。


「その内部構造については刻夜がやってくれているぜ」


 魔理沙が言うと霊夢は聞かない名前に首を傾げた。


「誰?」

「この間VR機械の設定してくれたあいつだ。スルトが言うにはVRとYWOにめっちゃ詳しいらしいぜ」


 霊夢は少しして思い出したらしく、声を上げた。


「あ~、あいつね」

「お茶持って来たよ」


 ちょうどそこにパルと咲夜がお茶と菓子を持って来て、現状居る全員が揃ったのを見て魔理沙は続けた。


「今は内部で活動中でもうすぐ完成するってさ。で、内部に入るメンバーについて何だが……正直、私たちはYWOとやらを良く知らないし、デスゲームとやらがこの間のみたいなものなのかどうかも不明瞭だ。そこでパルには悪いがデスゲーム化したYWOがどういうものなのかを説明して貰いたい」


 パルに視線を向けると、お茶を机に置いた状態で固まっており、その表情は暗い。


「辛い記憶なのは解ってるが、事前情報が足りなさ過ぎて、いざ内部に入った時にどう動いたら良いか分からないんだ。当時を知っているのがここではパルとメンタしかいない。そのメンタは今や電子世界の中だ。だから聞けるのはパルだけなんだ」


 ガララ、と庄子が開いて奥の部屋からスルトも出てきた。


「余も聞いておきたい」


 返答を待たずして壁際に座り、パルに視線を向ける。奥の部屋から刻夜たちの気配も感じられ、何か思惑があるのだろうか? と霊夢は思う。


「頼めないか?」


 再度魔理沙が尋ねると、パルは一度目を閉じて心の整理をつけ、顔を上げた。


「……分かったよ。確かにあの当時の状況を知らなかったらメンタは助けられないもんね。それに、てゐたちになら話してもメンタは怒らない……とは限らないけど、良いとは思うから」


 あまり知られなくない古傷を開く自傷行為に魔理沙たちは感謝する。


「助かるぜ」

「パル、無理はしないで頂戴」

「うん」


 可能ならば全て聞きたいがパルにとっても辛い記憶なのは重々承知しているため無理と判断したら霊夢は止めるつもりでもいた。

 永琳はその手にペンを持ち、メモを取る用意を済ませる。

 ふと、霊夢はスルトを一瞥する。確かに内部を弄る以上は聞いておかなければならないのだが、色々と不思議な部分がある。

 ――さっき魔理沙は『今は内部で活動中でもうすぐ完成するってさ。』そう言ったわ。でも、完成するなら別に聞く必要はないはず……それにスルトさんがVRそのものを持って来たことも疑問ね。その技師と知り合いってのも不可解。そんなあり得ない技術オーバーテクノロジーを好き勝手に弄れるはずがない。 

 加えて、狙ったようにスルトはVR機器を簡単に調達して見せた。それがどういう訳かパルとメンタがいる場所を繋げられると知っていたことも。

 いくら神様とて知らないこともある。紫とて驚くということがあるのだから。

 ――おかしい、疑問点が多すぎる。一番は、なんで彼らがYWOのことを知っているのか……スルトさんが教えた? いや、それでも見聞だけで世界観を構築なんてどんな天才だろうと難しいはず。

 そう考えれば推測の解答はいくつかに絞られるが、確実性は無い。しかし確実に言えるのはオーバーテクノロジーを好き勝手に弄れる技術力があり、YWOのことも知っているということだ。

では、仮に刻夜たちとスルトがYWOに関わっていた関係者だとすれば--?

 ――まさか、いや……本当にまさかよね?

 そんな視線をスルトに投げかけ――彼は微笑んだ。


「じゃあまずは――」


 パルが話し始め、霊夢の思考は打ち切られた。





~???~

 依姫にギタギタにされて撤退した兎兵士たちは飛空艇で幻想郷の上空まで飛来し、迷彩光学を使って姿を消し、艦内で衛生兵に手当てをして貰いつつ灰色の人に報告をしていた。


「あだだだだ!!」

「痛い! もっと強く、ああ! そこ! そこぉ!」

「ぴゃぁぁああああああああああああ!!」

「へ、へへっ……悪くねえ人生だったぜ――」

「待てよ! まだ行くな! 私たちを置いていくな!」


 一部茶番劇場が入るが、報告も終わり、灰色の人は溜息を付いた。 


「全く……あれだけ戦力を集中させたのに成果ゼロって、また怒られるよ?」


 それは彼女たちとて分かっている。


「うぐぐ……」

「依姫様ぁぁ……」

「何故こんなことを……」

「でもそれが良い……あのクールな視線が堪らないぜ」

「ああ、そうだな姉妹シスター


 灰色の人はもう一度溜息を吐いて眼を閉じた。


「こんなにボロクソにやられても恨まない君たちには畏敬の念さえ覚えるよ。性癖の理解はしたくないけど……。それにしても姫がそんなことを言っていたか……」

「やっぱり俺たちが悪いんだよな……」

「依姫様が言ってたことも尤もだし……」

「言い返す言葉もねぇな……」


 兎兵士たちのみならず灰色の人も同じような表情をしつつ頬に甲を当てて悩む。


「そうなるまで気が付かなかったのは私もだけど……。さて、どうしたものかな。本人に帰って来る意志が無いんじゃどうしようもないね。強引な手段は絶対返り討ちに遭うのは解っているし……」


 月の民である以上、依姫以上の戦力は持ちえないし捕獲しようにも現兵器と人数をもってしても依姫と戦うことは下策中の下策だ。加えて下手に手を出し過ぎると紫や博麗の巫女も気付き、第二次幻月大戦になる可能性が高い。


「当面は当て馬で良いのでは? 博麗の小娘や守矢の娘等にも段階を踏んで強くなって貰わねばなりませんからね」


 元の姿に戻った隊長が進言すると灰色の人もそれしかないと頷いて立ち去ろうとする。


「それが良さそうだな」

「どちらへ?」

「次のプランを練る。お前たちも今は療養することだ」


 ブリッジを退出し、私室へと戻って来るや彼女は仮面を外し、ローブを取って楽な恰好になる。そうして冷蔵庫から好物のオレンジジュースを片手に椅子に座った。

 コップに注ぎ、まずは一杯呷る。冷却された頭で今回の事柄を纏め、小さく呟いた。


「……今回の作戦が失敗したのは痛い。予定が大幅に狂ってしまった」


 本来の予定は無縁塚より人里に侵攻し、紫と博麗の巫女たちの眼を其方に向けさせて地底の警戒を薄くし、さとりの持つサードアイを手に入れることだった。

 しかし予想外なことに灰色の人が妖怪に対して使った精神を操れる月面科学兵器を突破し、自身の元にまで来た人物がいた。無論カウンターを食らわせたが、手負いながらも妖怪は駆逐されてしまった。

 仕方ないのでサードアイを回収を優先したのだが、此方も何故か地底にいた博麗の巫女と依姫の依り代となっている少女の性で奪取失敗。加えてヤケに統一された妖怪共のせいで町の避難が早まってしまったのも原因の一つだ。

 そして兎兵士たちの話から依姫が敵対していることが発覚したのも痛手だ。これも博麗の巫女に伝わり地上も地底も警戒されてしまうだろう。

 はぁ……と再度溜息を吐くと同時くらいに私室の扉がスライドして開き、見知った顔が現れた。


「失礼するぜ」


 群青色の魔法使いらしき服に緑の髪を揺らし、やや気の強そうな顔つきの彼女が入室すると灰色の人も視線を向けた。


「来たね、魅魔」

「あたしを呼ぶとは随分こっぴどくやられたみたいだねぇ」

「中々思い通りにいかないものだ」

「で、次はあたしを当て馬に使うつもりかい?」


 ちょっとおどけてみせると灰色の人は苦笑いした。


「お前ほどの魔法使いはそういない。換えが効かないのだからそう言ってくれるな」

「ハハハ! そうだねぇ」


 魅魔が笑うのを見計らい、彼女は次の作戦を告げた。


「さて、魅魔よ。久々に義理娘に逢いたくは無いか?」


 義理娘と聞き、魅魔の眼光が鋭く光った。


「……ほう」

「そろそろ周りも強くなって貰わねば困るのでね」


 そう言って灰色の人は三冊のメモと魔力を溜め込んである0.8カラットのダイヤモンドを渡し、魅魔はメモをじっくりと読んでから不敵に笑った。


「面白い。久しぶりにあの子たちに稽古つけてやるかね」

「ああ、全力で頼むよ」

「――元から加減なんか出来んよ」


 手加減が出来るような性分ならあたしはここにはいないだろう。と言いたげな背中を見送り、灰色の人はカップを手に取って口に運ぶ。 


「行ったか……」


 これで次の策は終わりだ。後は魅魔がやってくれるし、その間に彼女たちは情報収集が出来る。が、その情報源が向こうから来てくれたのは彼女にとっても予想外だった。


「貴方がここに来るとは珍しいこともあるものだ」


 綺麗な白のローブと賢者を彷彿させる先端に宝石の付いた長杖、そして顔を隠す仮面。神出鬼没で行動が全く予想できない怪物、スルト。 


「其方も健在のようだな」

「よくもまあぬけぬけと言ってくれる」


 悪態をつきつつもスルトが長杖を机に向けると何もない空間から大量の書物が出現した。


「ククク……」


 それらは幻想郷でスルトが集めた重要人物リストと能力、使用用途、性格、人格、住所、家族構成までまとめたものだ。

 その内の一冊を手に取り、パラパラとめくりつつ問う。


「で、何をしに来たのだ? まさか私の代わりをしにでも来てくれたのか?」


 彼女が皮肉気に言うとスルトは笑い、答えた。


「其方が望むのならば叶えよう。余はそれが許される」


 彼女は舌打ちをしない代わりに内心で辟易して小さく吐いた。


「……だから貴方は苦手だ」

「ククッ……なんと説得力のないことよ」


 スルトも彼女がそういう難儀な性格であることを知っているため、敢えて揶揄っている。彼女もそれを分かっている故に頬を紅くして叫んだ。


「う、うるさい。用が無いなら帰って守矢の巫女とイチャイチャしてろ!」 


 手に取った本を閉じて投げつけるとスルトは片手で掴み、机に置き直した。


「その早苗が慧音の手伝いをしに行ってしまったから暇なのだ。……随分と面白い事をしようとしているではないか」


 見透かすような視線で眼を見られ、彼女は思わず視線を逸らした。


「止めてくれ。貴方が関わると余剰になる」

「それは余の気まぐれ次第だな」


 ククク、と笑いながらスルトが転移してその場から消え、灰色の人は少量になったオレンジジュースを注ごうとしていつの間にか増やされていることに気付く。


「……本当、悪乗りは止めて欲しいな」


 どこか満更でもなさそうに彼女は呟いてカップを手に取った。


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