第五十五話 私のパル
グラたん「第五十五話です!」
7月初夏。湿気が薄れ始め、乾いた暑さが出始めた頃。
紅魔館では幻想郷の何処よりも丁度よい気温が続いており、妖怪たちもこぞって紅魔館外壁に背を持たれて座っている。
敷地内全体の温度は22度に設定されており、周辺は気温差が激しくならないように朝は20度、昼間は25度、夜は22度になっている。
「キリキリ働きなさい!」
「ひーっ!」
紅魔館内部では新入りメイドのレリミアがバケツとモップを持って紅魔館中を走り回っている姿が見受けられる。その背後から咲夜の声が飛び、廊下をすれ違ったパチュリーは憐みの視線を送った。
「……ねぇ、パル。何だかやけにレリミアへの当たりがきつく無いかしら?」
隣では洗濯籠を抱えたパルが苦笑いしつつ答えた。
「前に裸エプロンにされたことまだ恨んでいるみたい」
「やれやれ……咲夜も子供ね。パル、手伝ってあげたら?」
そうしようと何度も試みたが咲夜の監視は予想以上に厳しく、パルも首を横に振るうくらいに困っていた。
「一人前のメイドになるまではダメだって。この分だと一、二か月くらいはあのままかもね」
「……大変そうね」
――もっとかかりそうだけど黙ってましょう。
レリミアは覚えが良い方だが、紅魔館でやるべきことは多い。特に咲夜やパルのような能力ではないレリミアには重労働の毎日だ。パルも影ながら手伝ってはいるがあまり露骨にやってしまうと咲夜に怒られるため、精々掃除用具の場所を教えてあげたり野菜の皮を剥いたりしておく程度だ。
ちなみにレリミアの服装は、メイド服がまだ注文中のため動きやすいチュニックにエプロンを付けている状態だ。尤も注文したメイド服もそんなに変わりはない。
咲夜とて私怨はあるがメイドである以上付き合いは長くなるため、鞭は程々にパルと同じ量の飴を与えている。
「パル、レリミア、買い物に行くわよ」
「はい!」
「は、はい」
レリミアは咲夜に対しての恐怖はあるが、その分の優しさをパルで補っている。
「行こ、レリミア」
「ええ」
パルがレリミアの手を引き、身支度を整えて玄関を出る。
特にパルが紅魔館に来て以降は咲夜も少しばかりおしゃれをするようになり、紅魔館の平均女子力が少々上昇している。
門を潜るとやはり美鈴は寝ており、レリミアはそっと視線を逸らした。
「ぐがー」
咲夜は振り向かずにナイフを投げ、パルは合掌して先を急いだ。
ナイフが額に刺さり、美鈴はいつも通りハンモックから転げ落ちた。すぐに辺りを確認し、ナイフを抜いて再びハンモックに寝っ転がる。
ほんの一年前に比べて今は非常に寝やすい気候なのだ。
道中はパルのおかげで汗を掻かずに進むことが出来るが水分補給は欠かさない。里に到着すると子供は川で遊び、大人たちは汗水たらしながら畑に桑や鍬を振り落とし、はたまた成長の早い雑草取りをしている。
里の道中も行商人たちが声を上げて商売に勤しんでいる中、お馴染みの香霖堂にやってきた三人は引き戸を開けた。
「こんにちは、クズ店主」
「こんにちはー、霖之助さん」
「ご機嫌用、変態さん」
今日の気温は27度と夏の頭の気温であり、霖之助は魔導式扇風機を傍において回し続けていた。それでも暑いことに変わりはなく霖之助もいつもの衣装ではなく、香霖堂とロゴの入った半袖を着て団扇を仰いでいた。
「だーかーら! せめて呼び方を統一してから来てくれますか!?」
ここ最近は特に名前の変化が激しく、そろそろ霖之助も心が折れそうになってきている。
「では、大人向けの道具屋の親父さん」
「色々突っ込みたい所はありますが、普通に霖之助って呼んでくれませんか? ……ところで今日は何の用でしょうか?」
しかしそこは商売人。涙を引っ込めて顔を変えた。
「例のブツを」
「分かりました」
霖之助がレリミアを一瞥し、咲夜が事前に注文しておいた袖の無いメイド服を取りに霖之助は立ち上がり、奥へと姿を消した。
「……普通に呼んであげたら?」
「揶揄っているだけよ。その方が面白いから」
咲夜がクスリと笑い、パルはちょっとだけ頬を引き攣らせた。
霖之助もそれをコッソリと聞いていたのだが、本来の要件を優先して奥から顔を覗かせた。
「あ、パルさん。ちょっと来てもらえますか?」
「はーい」
霖之助に手招きされ、その後に続いて屋奥へと入って行く。
「ええっと、あった。これでしたね」
まずはレリミアのメイド服を渡し、次いで紅魔館から研磨を依頼されていた包丁やら料理器具を渡される。
「はい、確かに受け取りました」
「で、それと――これを博麗神社に届けて貰えますか?」
加えてもう一つ、小さな包みに入った腕輪を見せ、受け取る。
「腕輪?」
腕輪の大きさは直径10cmくらいであり、全体の色は黒。腕輪自体には白いX線が一周するように描かれている。
「メンタさんの装備品なんですけど、紫さんが言うにはこの間の無縁塚の戦いで重傷を負って取りに来られないって――あ……」
その言葉はある種の地雷であったことをすっかり忘れていた霖之助はうっかり口にしてしまい、パルは手に持っていた物を落とし、他の事など些事だと言わんばかりに駆け出してしまった。
「――っ!」
「パル! どこ行くの!」
「行っちゃった……」
咲夜の静止もガン無視するくらいパルの心は乱れており、香霖堂の玄関を破砕してそのまま飛翔していく。
「ちょ、パルさん! 待ってください!」
レリミアもあんなに焦るパルを見たことは無いため奥からノコノコと現れた霖之助を見て眼を見開いた。
――はっ! まさか!?
「待ちなさい」
咲夜が追いかけようとする霖之助の肩を掴み、止める。
「あの、ちょっと今構っている暇は無いので後にして貰えますか?」
咲夜の相手はパルに弁解した後でも出来ると考えての言葉だったが、咲夜はそうは思わず、底冷えするような視線を霖之助に向けて問う。
「泣いてましたけど……私のパルに何したんですか?」
――アタックチャンス!
ただしその猶予を見逃すレリミアではない。背後に周り能力発動する。
「――テステス」
余談だが紅魔館でしごきを受ける内に能力も鍛えられ、洗脳して解除するには二人以上を同時に洗脳して気絶させることが条件だったが今は一人を気絶させるだけで解除できるようになっている。
――いえ、メンタさんが重傷を負ったという話をしたらあっという間に駆けて行ってしまって――。
霖之助が弁解しようとするがその意志とは別にレリミアが答えた。
「いえ、あの白くて柔らかい肌を掴んで押し倒してエロいことしようとしたらあっという間に駆けて行ってしまって――」
――行き先は博麗神社ののですぐにでも追いかけて事情を説明しないと霊夢さんたちにも迷惑がかかってしまいます。
「行き着くところまで行きたかったのですが、仕方ないので博麗神社で寝っ転がっている霊夢とかを襲いに行ってきます」
――それとこの箱はいつもの野菜と調味料です。お代の方はレミリア様から頂いていますので持って行ってください。
「それとこの箱はいつもの大人の道具とハッピーホワイトパウダーです。お代の方はレミリア様の体で払って頂いていますのでグヘヘヘヘ」
そこでレリミアはそっと離れ、能力を解除する。
「それでは、私はパルさんを追いますので失礼します!」
近年稀に見る最低な弁解を聞いた咲夜はキレた。
「――このゲスがっ!!」
時間を停止し、霖之助の周囲にナイフを投げまくって仕留めにかかる。そうして時間を解除すると同時に止まっていたナイフの時間と霖之助の時間も動き出し、多重のナイフが霖之助に突き刺さった。
流石にやり過ぎたか、とレリミアは思い咲夜の袖を引いた。
「咲夜さん、咲夜さん」
「何ですか?」
事情を説明し、全てをちゃんと補完し終えた咲夜は溜息を吐いた。
「まったく、それならそうと早く言ってください、ゲス之助」
「……しくしくしくしく。何が悲しくて洗脳された上にナイフで八つ裂きにされて名前変換までされないといけないんですかね?」
全くその通り、霖之助は何一つ悪くない。
「ともかく追いますよ。レリミアはこれらを先に紅魔館に運んでください。その後、自由時間とします」
「はい!」
指示を出してレリミアが荷物を持って一足先に紅魔館へと帰り、咲夜は飛翔して博麗神社に向かった。
「……はぁ……」
一人残された霖之助は溜息を吐き、青い空を仰いだ。
博麗神社はメンタが働けないということもあり、霊夢は神社に鎖を掛けて本日休業の札を立てた。ただし依頼は別のため近くに依頼箱を置いてある。
知ったことか、と言わんばかりの形相で空中から中庭に飛び降りてきたパルは居間の窓を勢いよく開いて叫んだ。
「メーンーター!!」
「おわぁ!? なんだどうしたホームシックか!?」
「落ち着きなさい、パル。らしくないわね」
「だって霖之助さんが無縁塚でメンタを重傷を負わしてって言ってたから!」
支離滅裂ではあるが、文脈を直すと『だって霖之助さんが無縁塚でメンタに重傷を負わせたって言ってたから!』となる。
その酷い誤解を聞いて魔理沙も霊夢も不覚にも噴いた。
「ブッ!」
「あんたね、今の言い方だと霖之助が一方的に悪くなるわよ」
霊夢に突っ込まれ、パルも少々冷静さを取り戻す。
「ふぇ?」
「重症といえば重傷だが今は大丈夫だ。むやみに騒ぐ方が体に悪いと思うぞ」
その指差す方向にはメンタが寝ており、額には濡らしたタオルが置いてあった。
「う、うん。そうだね」
一息入れると同時くらいに咲夜も中庭に降りたち、息を切らしてその場に座り込んだ。
「やっと追いついたわ……」
その様子を見て概ねを察し、霊夢は冷たいお茶を入れて咲夜にさしだした。
「あ、そうだ! これをメンタに渡してほしいって頼まれていたんだった」
パルは手に持っていた腕輪を思い出してメンタの枕元に置いた。
「腕輪?」
霊夢と咲夜がそれを覗き込み、首を傾げる。
「新装備だって言ってたよ。起きたら喜ぶと思うよ!」
パルも具体的にどういうものなのかは知らされていないが、メンタが欲しいと言ったものなら喜ぶのは当然だろうと思う。
「あ~、あれか……」
魔理沙が思い出すような素振りを見せて視線を彷徨わせる。
「魔理沙は知ってるの?」
「まあな。それの解析を手伝ってくれって依頼も受けてたからな」
ならば腕輪自体には何かの魔法的な仕掛けがあり、それを解除するために魔理沙の知識が必要だった。ともすればパチュリーも一枚以上は噛んでいるということであり、手伝ってくれと言われている以上元々は故障していたのではないか、と霊夢は考察する。
次いで、故障していたとすれば腕輪自体を修理する必要があり、現にこうして直っているところを見ると余程の技術力を持った奴等が関わっていると見て良い。しかしそんなことが出来るのは星蓮船の連中か海中の河童たちだろうと思う。
「そっ。で、パチュリーから連絡は来たの?」
一旦そこで話を区切り、話題を別に振るった。
「ちょい待ってな……おう、来てるぜ」
端末を開いてみるとパチュリーがメンタと交信しているようだ。
@パチュリー
「文字化けとか画像ブレはないかしら?」
@メンタ
「大丈夫です! アバター素材もありがとうございました!」
@パチュリー
「そう、ならよかった。…ところでそのアバター、リアルの容姿とはだいぶ異なっているみたいだけど、どうして?」
@メンタ
「ああ、それはデスゲ時代のアバターをモチーフに作りましたから。ちなみに種族は【妖精】のイメージです。身長・体重に始まり、髪色・髪の長さ・髪型・髪量、髪質、髪癖・風が吹いた時のなびき方・艶の比率・絡み具合・髪の一本一本の太さ、目・眉・鼻・口・睫毛などのフェイスパーツの形と位置と角度、輪郭のミリ単位での形・大きさ、耳の形・長さ・位置、おでこの広さ・形、頭部の大きさ・形、血色、首の太さと長さ、胴・腕・足の長さ・関節の位置、瞳の大きさ・光の反射量、肌の色、二の腕・太ももの太さ、目の色・形、胸のサイズ、くびれ、へその形・位置、肩幅、手足の指・爪の長さ・形・太さ・比率、筋肉量のバランス、肌の照り・艶・弾力・滑らかさ・細かさ、影の角度・付き方などの数値を暗記するくらい気にいってましたから作業時間的には1時間もかかってません。ついでに服・アクセサリー・靴・武器も込みで完成させました。こっちは数値などは知らなかったので結構時間かかりましたが、細かい所以外は作りました。こういう世界だとこっちの方がしっくりくるんですよね。まあ、電脳世界とか言われて青毛のツインテにヘッドフォンつけた、袖口の緩い青ジャージ着ていて、足先ノイズかけたみたいに消えてるスーパープリティ電脳ガールな容姿にするか迷いましたけどね」
@パチュリー
「…よく分からないけど、賢明な判断だと思うわ」
一体何の話をしているんだ、と魔理沙は首を傾げる。
「これってどういうことなの?」
今の話、ではなく全体的な状況を把握したいパルの問いを聞いて魔理沙は説明を返した。
「今、メンタは電脳世界にいるみたいなんだ。具体的には戦闘中に敵の精神系の能力による攻撃を受けて意識が飛んで今に至るってわけだ」
「電脳世界……YWOみたいなものかな?」
パルの自己解釈に聞きなれない単語を耳して魔理沙は聞き返した。
「……ワイダブ……なに?」
あっ、とパルは既に知っている前提で答えていたため改めて答え直した。
「YWOっていうのはメンタが閉じ込められていたデスゲームの名前だよ。ゲームの正式名称はYourWriteOnline。機械名称はVRって言って、本当の名前は……何だったかな……?」
それこそパルの居た地球でも正式名称の知名度は恐ろしいほど低く、総じてVRと呼ばれているため気にされたことはあまりない。
「ああ、この間言ってたな。つまり電脳世界に入れる機器ってことで良いんだな?」
「うん」
首肯し、ふと魔理沙はあることに気付く。
「……それなら実機と回線があれば接続していけるかもしれないな。そのブイアールって奴は地球のパルの自宅にあるのか?」
「メンタの分も含めて二機あるよ。でも幻想郷から地球に行けるの?」
それはイコールで地球に帰れるということでもあり、魔理沙はどうせ近くで見ているだろう紫に声をかけた。
「スキマなら行けるよな、紫」
「いいえ。スキマと言えどもそれはあくまでも幻想郷における能力の話であり、異世界にまでは干渉できません」
紫の声は返って来たが答えは否定だった。
「なら、頼む――……そうか……」
紫なら出来るだろうと早とちりし、ちゃんと言葉を反芻して魔理沙は留まった。
異世界という存在は知っているがそこでちゃんと持前の能力を使えるかと言われれば話は別だ。魔理沙やパルたちは知らないが、どんな世界においても規定があり、その世界に入るには神もしくはそれに準ずる権利者の許可が必要だ。無理に入ろうとしたり突破しようとすれば侵略者と見なされ、攻撃の対象ともなる。
極稀に好き勝手に出たり入ったりする神様もいるが……。
「ならば余が行こう」
その極一部の神様が居間に出現し、スルトであれば大丈夫だと紫も首肯した。
「はい、問題ありません」
スルトはすぐに転移し、魔理沙は急な展開に少々呆けたが意識を戻し、パルに問う。
「それにしてもよくまたデスゲームと似た場所に入ろうと思ったな。特にメンタは」
人、人類というものは痛かったり辛かった体験をすれば二度はしないと思うのが普通だ。それは幻想郷も同じであり、魔理沙も一度、二度以上も体験があるためパルやメンタが何故またその空間に行こうと思ったのか不思議だった。
「元々VRMMOはゲーマーにとって夢のような存在だったからね。それにデスゲーム化したと言ってもYWOに囚われてそのまま生涯を終えようって考える人も結構多かったんだよ」
「何でだ? 普通そんなことになったら帰りたいって思うだろうに」
「考え方の違いかな? ゲームは現実逃避するためにあるようなモノだけど、ゲームの中で一生を終えたいって願う人はゲーマーの中には相当いるんだよ。リアルの自分よりも架空の自分の方が絶対的に強いし、現実では報われない努力もゲームなら必ず報われる保証があるから尚更だね」
事実、幻想郷の穏やかな空気や人生とは違い、地球の人間社会は他者を蹴落とすことを前提とし、汚い場所には蓋をするのが当たり前の世界だ。それは生まれてから死ぬまで変わる事の無い規定であり、人類という歴史だ。
尤も、それが一昔前の風潮であることは魔理沙は知らない。
「そんなもんかねぇ」
「ゲーマーというのはそんなものだ。して、頼まれていたブツはこのくらいで良いのか?」
戻って来たスルトも首肯し、VRに必要なセットを色々と空間から取り出して畳に置いていく。
「うおおっ!? こ、これがVRって奴なのか?」
頭に装着するヘルメット型を軽量化した割と最近のモデルを見てパルは意外そうに驚いた。
「そうだけど……よくこんなに手に入ったね。VR機器は品切れになりやすいから手に入りにくいんだけど……」
「……具体的にはどのくらい手に入らないの?」
霊夢が問い、パルは少し困ってから思いついた例えを正直に話した。
「ん~……霊夢を一生甘やかせる旦那さんくらいかな」
「グフゥゥゥゥ!!」
言葉の大剣で袈裟懸けされ、霊夢は激しく喀血して倒れた。
「おいコラ血反吐吐くな。掃除が面倒だろうが」
そう言いつつも魔理沙は手早く雑巾で血をふき取り、畳にこびりついた残り血を絞集魔法で絞り上げて取り、最後は消臭剤をかけて終わる。
「くっ……ごぶっ」
霊夢にとって彼氏および旦那なる生物はあまりにも縁が無い存在だ。誰でも良いというのであれば幾場か候補はいるだろうが、霊夢がそれに応じるわけもないため必然的に居ないという結論に落ち着く。
「余にも色々と伝手があるからな。そういうわけでVRのセットを頼むぞ」
スルトが視線を向けるとメンタの頭にVR機器を装着させ、更に二台のVR機器のコードをコンセントに接続し、腕輪型の端末に何かを打ち込んでいる青年と白い毛並みのケモ耳娘がいた。
「今やってますよ、っと」
「にゃふふ、可愛い娘が一杯にゃ~」
にゃっはー! と彼女はパルに飛びかかる。
「うわぁぁ!? 白い虎のモフモフが襲って来た!」
「良いではにゃいかー良いではにゃがぁ!?」
パルは半歩下がって半身に構え、その腕を掴み、中庭目掛けて投げ飛ばした。
「にゃっ!」
白い虎少女は空中で体勢と整え、猫の如く着地し、眼を輝かせながら立ち上がった。パルも遠慮しなくて良い相手ということを感じ取って気功を解放し、全身に纏う。
縁側を蹴って飛び出し、遠慮無しの拳と拳の戦闘が始まった。
「あんの戦闘狂どもめ……」
霊夢が若干愚痴を吐きつつ、一瞬ごとに荒れていく中庭を見て溜息を吐いた。
小一時間もすれば調整が終わり、青年は大きく背伸びしてから立ち上がった。
「よし、終わりましたよ。要望通り今回はこの端末内にあるデータに空間を作っておいたのでそこで落ち合えます。この機器に入ってるアバターも使用可能にしておきましたので一から作る必要はありません」
良い、とスルトは青年に告げる。
「うむ、ご苦労。では引き続き頼むぞ」
青年は嫌そうな顔をしつつもゲートを開き、パルと戦っていた彼女を呼んだ。
「人遣い荒い神様ですね……ま、いいけど。白虎、先行ってるぞ」
「にゃにゃ!? 私を置いてくにゃー!!」
彼女は軽薄な青年の様子に気付き、パルとの戦闘を中断して急いで駆けていき、彼女が入るとゲートが閉じ、姿が消えた。
「い、今の人は?」
戦闘を中断させられて若干不満なパルは溜息をつきつつもスルトに問う。
「余の使いパシ――……心強い友人だ」
使いパシリと聞こえ、魔理沙は半眼になってスルトを見た。
「凄く酷い呼び方に聞こえたのは気のせいか?」
「気のせいだ。さて、VR機器は多めに見積もってあるため二機あるわけだが誰が行くのだ?」
話題を変えられ、魔理沙もそれに乗っかって会話を進めた。
「とりあえずパルは確定だな。私はこっち側の連絡員として残るぜ」
「うん、ありがと!」
「咲夜はどうする?」
「私も此方に残ります。使い勝手の分からない物を使って足手まといにはなりたくありませんので」
「じゃあ私が行くわ」
咲夜が辞退し、代わりに霊夢が手を上げた。誰も異論はなく、魔理沙はスイッチに手を触れた。
「分かった。じゃ、起動するぞ」
「その前に、パルに頼みたいことがある」
「うん? なぁに?」
「この件が終わった後に頼みたい事がある。具体的には追って説明するが、VR内で当面見張って貰いたい者たちがいる。無論、彼らと共に行動し遊ぶことに制限はかけない」
それ自体は構わないのだがパルとて紅魔館のメイドとしての立場がある。そう思って咲夜を見た。
「んー……咲夜」
咲夜もパルが抜けるのは痛手だがそれ以上にスルトに借りを作っておきたくなかった。
「構いませんよ。スルトさんに恩を売りっぱなしにしておくと後でとんでもない利子が付きそうなので清算出来るのならさっさと払った方が良いと思うわ」
「だってさ」
「うむ、助かる。詳しい話は件が終わってからにしよう。では――」
スルトが再度転移し、姿が消える。何処へ行ったのかも検討がつかない。
「良く分からないが……簡単に請け負って良かったのか?」
魔理沙は、あのスルトが頼むというのは余程のことなのではないかと勘繰る。
「スルトさんが無茶な依頼してくるとは思えないからね。それに監視と言っても基本的にはゲーム内で遊ぶだけだと思うよ」
パルの言い分も聞いてそれもそうかもしれないと思う。監視というのも実際何も起きなければ良いのだ。
「……深読みし過ぎたか。良し、それじゃ気を取り直して行こう」
「こっちはいつでも良いわよ」
霊夢がメンタの隣に布団を敷き、客用の布団も押し入れから出してパルに早くしろと手招きする。
「マイ枕に布団まで敷いて枕元にマイボトルおいている辺り流石ヒキニートと言わざるを得ないな」
「失敬ね。こうした方が良いってこの本に書いてあったのよ」
パンパンと本の表紙を叩き、良く見てみるとVRMMOの腐廃臭ただよう表紙の本であり、作者がフルーツ・レインであるのを見て魔理沙は苦い表情になった。
「えーと…………はぁ……全くあいつは」
「準備出来たよー」
それを知ってか知らずかパルは準備を整え、VR機器を頭にかぶって横になった。
「おう! それじゃ、入ってみてくれ」
魔理沙がスイッチを押し、パルたちも頷いて眼を閉じた。
「うん! ――スタート!」
「スタート!」
音声認識による開始語句を宣言し、二人の意識はデータの中へと誘われていく。




