第二十二話 姉さえいればいい
グラたん「第二十二話です!」
季節は七月に入り、幾分か湿った暑さから解放されたこの頃。
博麗神社の巫女服も半袖や袖無しに変わり、室内には扇風機が回り続けていた。冷房があれば良かったのだがこの場所にそんな高級品は存在しない。近場の里人同様に木陰を求め、団扇で仰ぐのが夏の過ごし方だ。
そんな折に今日も紫が依頼を運んでくる。
「出撃よ」
偶に、時折くらいなら働いても文句は言われないし霊夢たちも言えないのだが最近は事情が違っていた。
「いやな、紫さんよ。いくら何でも多すぎないか?」
「そうよ。月一……いや、週一ならまだしも日に四度は多すぎでしょ」
「そうですよ!」
魔理沙、霊夢、メンタの順に愚痴が零れ、辟易としていた。
「そうは言っても出るんだからしょうがないでしょう」
「ったく……もういっそ紅魔館を落としに行きましょうか?」
「里が先よ」
紫の言葉は最もだが、今日日聞き飽きていた。
「そう言ってもう二週間だぜ? 絶対元凶を駆逐した方が速いって」
数日、否、ひと月近く言われ続けていれば魔理沙が言ったように元凶を倒した方が早い。しかし紫はそれを許さずに霊夢たちをスキマに放っていく。
「ダメよ。さ、急いで急いで」
「ちっ」
「送迎しているだけでもありがたいと思ってよ」
紫自身もあからさまな時間稼ぎなことはわかっているため、そろそろ攻勢に出たいところでもあった。
紫に運ばれて到着した先は守矢神社付近の町であり、霊夢にしてみればライバル同然の敷地に来たことの方が驚いていた。紫の依頼でなければ助ける義理も無いし、むしろ打撃を負ってくれた方が信仰心を得られるからだ。
「あら、今日は守矢神社付近なの?」
「ええ。霖之助の予測では守矢神社とその周囲に妖怪が大量に発生する予測よ。今回、霊夢たちは諏訪子たち及び永琳たちと共に迎撃してもらいます」
神社付近ということなので諏訪子たちが出張ってくるのは分かる。しかしその他も投入するというのは些かやり過ぎを感じていた。
「結構過剰戦力だと思うんだが?」
「予測では四天王の最後の一体も出てくるそうよ」
紫の言葉に三人の表情が呆れへと変わる。
「またか」
「またなのか」
「今度は何ですか? 豚ですか? 豚ならベーコンとハムにしたいですね。名前はブタドンかベーコンでお願いします。あ、解体は任せてください。最近、霖之助さんのおかげで上達して来たんですよ」
メンタだけはブレず、如何に美味しく食べるかだけを考えていた。
「鉄の匙の読み過ぎだぜ」
「私は生ハムが良いわ」
霊夢もつられて涎を垂らし、紫は溜息をついた。
「貴方も大概毒されているわね」
そんな他愛もない会話をしつつ彼の人物を探していると南門の付近に立っていた。
「あ、いたいた。お待たせしました」
「出ましたね、妖怪ラッキースケベ!」
メンタの酷い称号に霖之助は叫びつつ、本来の目的を伝えた。
「いい加減呼び名を安定させてくれませんかね!? っと、それよりもこっちも準備出来てますか? 今日は一段と激しくなりそうですからね」
ただ、メンタの脳内では著しい変換と誤植で汚染され、なんとなくではあるが霊夢たちも気づいていた。
「やらしくお願いします」
それを聞いた瞬間、霖之助も発言を思い返して叫びを上げた。
「誤解だぁぁ!!」
それをさておき、南門の様子を見に来た早苗たちが霊夢たちを見つけていた。
「あ、霊夢ちゃん。久しぶり~」
「早苗。あんたもきてたのね」
メンタとしては遂に第一次博守合戦が始まるのか、と期待したのだが特に険悪そうな雰囲気でもなくお互いにそれとなく言葉を交わすだけに終わった。
「早苗は戦闘能力低いから後方支援ですけれど」
「霊夢さんも魔理沙さんもお久しぶりです」
早苗の隣にはイナバとてゐの二人もおり、魔理沙はいつも一緒にいる永琳がいないことを不思議に思った。
「おお、弄られイナバ! 永琳は一緒じゃないのか?」
「師匠は病院の方に待機していますよ」
「そーいうことだ。久しぶりだな、メンタ」
なるほど、と魔理沙が思い、てゐがメンタに手を振るうとメンタは首を傾げた。
「どちら様でしょうか?」
あんまりな返答にてゐはガーンと衝撃を受け、メンタの肩を掴んで揺さぶった。
「酷いな!? あの輝いていた頃のお前は何処に行った!?」
「冗談ですよー。久しぶりですね、てゐ」
冗談だったことに安堵しつつ、てゐは本題を切り出した。
「おお、安心したぜ。そうそう、メンタに聞きたいことがあったんだ」
「何ですか?」
「――夏コミについてだ」
メンタの目がギラリと輝き、不気味な笑みと共に計画が順調に進んでいることを示唆した。
「腐腐腐、お任せあれ。幻想郷に螺腐蠣誌闇を咲かせて見せましょう」
愚腐腐腐、と二人が笑い合い、霊夢は呆れつつ霖之助に問う。
「……あの馬鹿二人はさて置き、配置はどうなっているの?」
霖之助も意識を切り替えてポーチの中から町の見取り図と防衛線を見せた。
「この里は大きく東西南北の四門があります。霊夢さんたちが担当するのはここ、南門になります。イナバさんたちは東門、早苗さんたちは西門です」
「北門はどうするんだ?」
魔理沙の当然の疑問に霖之助は自身たっぷりに答えた。
「そこは私と助っ人さんで何とかできます」
「助っ人?」
「ええ。名前はパルさんと言って、かなり強いんですよ。早苗さんやイナバさんは良く会ってましたね」
「強いって言っても、どの程度?」
霊夢としては強いに越したことが無いが、一般人よりも上とか陰陽師並み程度ではあまり戦えなさそうだと思っていた。
「そうですね……あの動きからして多分本気の霊夢さん以上だと思いますよ?」
自分以上と聞かされて霊夢は少し腹が立った。
「それは中々聞き捨てならないわね」
今まで幻想郷の里や町、人、幻想郷全体のバランスを保ってきたのが霊夢自身であるため自分より強いと言われれば不快にもなるだろう。
魔理沙としては霖之助の人を見る目は確かなので信頼していた。
「霖之助がそんなに高評価なら任せても大丈夫だろう。メンタはどう思う? ……メンタ?」
メンタの方を振り返ると、彼女は目を見開いて首だけを半回転させていた。
「……パル姉?」
その人を知っているのか、と霊夢たちは思ったが答えはすぐに思い当たった。
「? ……あ」
「ああ、そう言えばそんな名前だったわね、あんたの姉」
しまった、と霖之助はメンタを捕まえようとするが、それよりも早くメンタは地面を蹴っていた。
「違う、絶対に」
「き、北門でしたね!? ちょっと行ってきます!」
「えっ、ちょっ! それだと配置が――!」
言い終わるよりも早くにメンタの姿は見えなくなっており、魔理沙と早苗が霖之助の腕を引かせた。
「行かせてやろうぜ」
「そうですよ。本人かどうかはさて置いても行かせてあげるのが人情です」
それもそうか、と霖之助は思い仕切りなおす。
「まあ……良いですけどね。さ、そろそろ敵さんもきますので皆さん配置に付いてください」
早苗たちは特に疑問に思わなかったようだが、霊夢は首を傾げた。
「なんであんたが仕切ってんのよ」
「私が今回の総責任者なんですけどね!?」
――えっ? と全員の目が霖之助に向き、もう一度空に叫ぶことになる。
場所は変わって町の北門。その付近でメンタは近くにいるはずのパルの姿を探していた。
「パル姉ー! パル姉ー!」
叫んでも叫んでもパルは見つからず、時に門の外に出たり外壁に登ったりしてパルを探し続けていた。
「北門だとこの辺りにいるはずなんですけどねぇ……」
そう呟くと同時くらいに外壁の櫓から銅鑼や法螺貝が鳴り、妖怪の襲撃を告げていた。
「来たぞー! 魔物だー!」
「よっしゃ! いくべさ!」
武器を持った町人や陰陽師たちが率先して戦場に出てゆき、メンタは舌打ちする。
「ちぃ、こんな時にきやがりましたか……しかし、今は何よりもパル姉が優先です!」
……あくまでもメンタの目的はパルでありそこらの人が喚こうが死のうが関係はない。
そんなメンタを戸惑っていると思ったのか近くに来た二人の少女が警告する。
「あら? まだ避難していない人がいるみたいね」
「もう戦闘始まってるのに……そこの君! 避難し遅れたなら早く町の中に逃げて!」
聞き覚えのある声にメンタの首が180度回転したかのように見えるほど俊敏な動作で振り返り、両手を上げて歓喜した。
「はっ! この声は歓喜率1000%でパル姉ですね!?」
「って、メンタ!?」
パルもよく見たらメンタであることに気が付いて驚き、足を止めた。
「お知り合い?」
咲夜が聞くとパルはしっかりと頷いた。
「うん、妹」
――違う、と咲夜は思った。
そんな二人に構うことなくメンタは走り出してパルに抱き着こうとする。
「パールー姉ー!」
しかしそれを許さないのは妖怪たちだ。
「げへへ!」
「ハァハァ、ポニテペロペロ」
どちらにしても危険であることは変わりないためメンタと咲夜が全く同時に動き、妖怪に向かってスペルカードを打ち込んだ。
「連符「飛翔する連小射追!」
「無符「百閃舞」!」
『ぎゃああああああ!!』
妖怪たちのあっけない断末魔を聞き、パルは辺りを見渡した。
「ほわっ! もうこんなところまで妖怪が来てるんだね」
その背後でメンタと咲夜はお互いに頷きあった。
「やりますね」
「其方も、腐腐腐……」
休む暇なく妖怪たちは三人めがけて襲い掛かってくる。
「ゲヘヘヘヘ! 美味そうな人間だぎゃ!」
「ブヒヒヒ!」
「ベヘヘヘヘヘ!!」
そのあまりにも醜悪かつ見たことのある容姿にメンタは興奮するが、即座に駆逐することを決意した。
「うはっ! オークにゴブリンにスライムとかこれも絶対エロゲー展開ですよね! でも今回は却下です! むしろ経験値になって貰います! さあ見ていてくださいパル姉、オレのスペルカードを!」
メンタより早く咲夜たちが前線に躍り出て、パルが鮪包丁を最上段に構えた。
「パル! 全部許可します!」
「はい! 覇斬!!」
練った気が乗った斬撃を振り下ろし、正面はおろか後方から様子を見ていた妖怪たちにまで当たってその身を散らせた。
ようやくメンタが動く頃にはすべてが終わっており、地味にショックを受けていた。
「――行きますよ! スペルカーってもういない!? というか地面ごと叩き切るってマジパねぇです!」
「ふぅ……二人とも大丈夫?」
「見事に会話がかみ合ってない……ええ、こちらは大丈夫よ。町人たちも今のを見て一斉に立てこもり始めたみたい」
「それならもっと強めにやっても大丈夫だね。メンタは無理して戦わなくても良いからね?」
パルが姉の威厳を見せつけてみるがメンタに効くはずもなく、逆にやる気を出させていた。
「いやいや、姉妹共闘とか超熱血イベントが起こっているのに参加しないとかありえませんからね。それにオレだってそれなりには戦力になりますから!」
「分かったよ。でも本当に無理しないでね? 傷が出来たらすぐ手当してあげるからね? 辛いと思ったらすぐ引いて良いからね?」
パルの過保護さに咲夜もメンタも少々呆れる。
「心配し過ぎ」
「ええ。っと、そうしている間にも次が湧きましたよ!」
今度こそパル姉に良い所を見せようとメンタは手を袖に入れて弾幕を取り出す。
「せーの、地割れ!」
しかし拳一つでも戦えるパルは地面に拳を落とし、自身の正面に大きな亀裂を入れた。
『ぶぎゃあああああああああああああああ!?』
「スペルカード……出番、ないですね」
「でしょうね」
またしても活躍できなかったメンタは落ち込み、そうなるだろうと思っていた咲夜は頷いた。
それからしばらく戦いは続き、これ以上パル姉にはやらせないというようにメンタが辺りに弾幕をまき散らして妖怪を蹴散らし、パルはパルでメンタの成長ぶりに目を見張っていた。
北門の襲撃も大方終わり、三人は辺りを見渡していた。
「んー! あらかた終わったかな?」
「そうね。もう数もいなさそうね」
あとは陰陽師たちに任せても大丈夫そうだと咲夜は判断して踵を返そうとすると、空中から巨大な人影が落ちてきて土煙を巻き上げた。
「ところがどっこい!」
「そうは問屋がおろさなーい!」
土煙を晴らして現れたのはついこの前に霊夢と魔理沙に消し炭にされた上位の妖怪、獣人フールエンリルと昆虫人インアンドセクトだ。
「あ、この間やられた犬ッコロに虫けらですね」
メンタの身も蓋もない表現に二匹は大抗議する。
「黙らっしゃい!」
「我らは主様のお力で何度でも蘇ることが出来るのだ!」
「つまりゾンビアタックですね」
口元を抑え、メンタは彼らを嘲笑う。
「今日はこの間のようにはいかないわよ! なんたってあんたを倒すために四天王が全員ここらにいるんだから!」
「死亡フラグ乙です」
「ハッ! そうやって粋がっていられるのも今の内だぜ! 今の俺たちは前回の三倍以上の力を手に入れているんだからな!」
「それに加えてスペルカードを実弾仕様にしたから当たったら痛いじゃすまないわよ!」
それを聞いてもメンタの表情は変わることなく、それどころか指を刺して煽り始めた。
「そうやってみすみす手の内を晒すから単細胞なんですよ。馬鹿なんですか? 阿保なんですか? そうしないと死んでしまうんですか? 超ウケるんですけど。ぷーくすくすくすくす」
とはいえ、いつも通りにそんなことをしていれば見かねる人物が今日はいる。
「こら、メンタ。人が嫌がることはやっちゃいけないんだよ」
「あ……」
――そうでした。今はパル姉がいるんでしたね。
ついつい、いつも通りに煽ってしまったがパルにだけは嫌われたくないメンタはすぐに訂正した。
「ごめんなさい、パル姉」
「分かれば良いよ」
謝るのはそっちではない、と咲夜は思うがパルが気づいている様子もないため、ついでに妖怪は敵のためこのままでも良いか、と思って黙った。
「……姉?」
「嘘だ……絶対嘘だ……」
当のフールエンリルたちもパルが姉であることに驚愕し、首を横に振るう。
「一応言っておきますけど本当ですよ?」
そう聞いても信じられないし信じたくないのが心情だ。
「……あり得ない、が、まあ良いわ」
「さあて、勝負と行こうじゃねぇか」
何とかモヤモヤを振り払い、パルたちに拳を構えた。
「えっと、戦うの?」
パルは首を傾げるが、メンタと咲夜からは多少なりと嘲られた。
「今の会話からしてそれ以外の選択肢があると思うパル姉が凄いと思います」
「ええ」
「何か責められてる!?」
とはいえ、フールエンリルたちも用があるのはパルではなくメンタのため下がらせようとする。
「そこの薄紫のお嬢ちゃんは下がってなさい。用があるのはそこの赤毛だけだからね」
だからと言ってパルが引き下がることはない。
「そうはいかないよ。こんなのでもメンタはボクの妹だからね」
「こんなのでも!? 今日はやけに毒舌ですね!?」
「ああ……」
「……じゃ、しょうがねぇな」
合意し、喚くメンタを置いてパルは数歩進んでから鮪包丁を腰溜めに構えた。
「メンタがさっき酷いこと言っちゃったお詫びにボク一人で戦うよ」
それを見て二匹は少々妖気を強める。
「弱いもの虐めはあまり好きじゃないけど――」
「舐められるのも好きじゃねぇな。行くぜ!」
仮にもそこらの雑魚とは違って上位に君臨する妖怪の自負があり、舐められることは彼らのプライドを大いに傷つけた。
二匹が爪を立ててパルに飛び掛かる。
「行くよ……絶技「一刀両断」!」
体の内側に溜めていた気を一気に放出し、それを鮪包丁に乗せて抜刀する。跳躍し、一太刀目でフールエンリルを二つに切り裂き、返す太刀でインアンドセクトを袈裟懸けに裂き、着地した前方数m先でパルは振り落とした鮪包丁に付いた血痕を左右に払った。
「ば、馬鹿な……」
「くはぁ――」
斬撃を見ることなく二匹は散り、地面に落ちていった。
「パル姉、マジ格好いいです」
「中々ね」
メンタたちがパルに駆け寄る半ばでフールエンリルたちは笑みを浮かべた。
「ク、クク……だが、これで終わりと思うなよ。我らは囮。計画は順調に進んでいる」
「クフフ……次に会うのは紅魔館よ。せいぜい、勝利の余韻を楽しむと良いわ」
「三流の捨て台詞乙です」
言い残すことも終わり、二匹の体が瘴気に包まれて消えていった。
ふぅ、とメンタは一息ついてから驚きの声を上げた。
「って! 今中々聞き捨てならないこと言いましたよ!?」
「紅魔館……まさか、レミリア様たちを狙って? 咲夜!」
「先に戻ります。パルはここをお願いします!」
何だかんだあったとしても咲夜の戻るべき場所は紅魔館であり、時間を止めつつ一目もくれずに咲夜は去っていった。
「……あの人、咲夜さんだったんですね」
その後ろ姿を見ながらメンタは呟き、吐息をついた。
「あれ? メンタ知ってたの?」
知っているも何も――とメンタは思う。メンタの知識の中の咲夜は常にメイド服しか着ていないため私服姿の彼女を見ても言われるまでイメージがついていなかった。
「ええまあ一応、有名な人ですからね。それはともあれパル姉」
「何?」
メンタがやけに真面目な表情になったためパルも表情を引き締めて聞く。
「もしかしてパル姉って、紅魔館で働いていたりします?」
「そうだよ」
どんな問いが来ても良いように構えていたパルは少々肩透かしを食らった気分だった。
しかしメンタは違う。
――メイド×メイド……ぶはっ!
思考回路がレミリアと似ているため、そこにたどり着くのは当然とも言えた。
「わっ! メンタが喀血した!? い、イナバさぁん!」
ただしパルから見れば急にメンタが喀血したため、取り乱しつつも鮪包丁を仕舞ってメンタを抱きかかえて町中にあるイナバたちの元へ急行した。




