第十四話 あ、包帯が足りないかも
グラたん「第十四話です!」
紅魔館に戻って来る頃には夕暮れになり、手早く夕食を作ってレミリアたちが食した後、パルと咲夜はレミリアの私室へと来ていた。
扉を数回叩くと中から返事が返って来た。
「レミリア様、咲夜です。少々お話があるのですがよろしいでしょうか?」
「ちょっと待ってちょうだ――」
「レミリア様、入ります」
私室の扉には鍵が掛かっているため開けるにはマスターキーが合鍵が必要になる。合鍵は基本的に咲夜が持っており、特に躊躇うことなく合鍵をねじ込んで回し、取っ手に手をかけた。
「え、ちょっ、待ッ!?」
ただ、中にいるレミリアは悲鳴を上げ、素早く読んでいた同人誌にしおりを挟み、枕の下に忍ばせた。
その慌てぶりから咲夜は内心で嘆息し、扉を開けるのを数拍置いてから開いた。
「な、何かしら?」
心音は異常な程高鳴り、咲夜はすまし顔で、パルは首を傾げつつ中に入り、二人は近くの里で起きていることを説明し、レミリアを煽てた。
「というわけなので許可をください」
「レミリアお嬢様、今こそ人間たちにその寛大なお心と威厳を見せつける時です」
話を聞くうちにレミリアの動揺も収まり、眼を瞑りつつ、いつものカリスマを出して頷いた。
「ふっふっふ、面白い。良いわ、許可する」
それを聞いて咲夜は即座に踵を返してパルを部屋から連れ出した。
「では食糧庫に向かいましょう」
「はい」
扉が閉まり、残されたレミリアは自信たっぷりに眼を見開いて正面に指を突きつけた。
「ただし条件がある。今宵はパルを添い寝――ってもういなーい!」
うわああああああ!! とレミリアの叫びが紅魔館に木霊した。
レミリアの説得を終えて厨房、食糧庫にやってきた咲夜とパルは残っている食料や生活消耗品の数を調べ上げて里の規模と余剰分を計算に入れて算出し、それを追えると咲夜は必要な分の数を書いたメモをパルに渡した。
「私は先に霖之助さんに報告してきますね」
「分かりました」
咲夜の姿が消え、パルは振り返って用意された物資に手を伸ばした。
「それ」
その増やした物資は美鈴や小悪魔、妖精共を働かせて前庭に置いてある荷車に積み込んでいく。それを横目に研究室から出て来たパチュリーが食糧庫へと来ていた。
「あら、パル。能力を使うなんて珍しいわね。咲夜の許可はとってあるのかしら?」
「あ、パチュリー。許可なら大丈夫だよ。それにこの食材は人里の方に持っていく予定だから」
「人里に?」
「天狗が起こした竜巻の影響で里の農作物が全滅しちゃったんだってさ。だから紅魔館の食材を増やして送るってことになってるんだ」
「そう。レミリア様がよく許したわね」
「咲夜さんが説得に協力してくれたおかげだよ」
――絶対それだけじゃないと思う……。パチュリーはそう思いつつも黙り、背後に気配を感じて振り返ると里から戻って来た咲夜がいた。
「戻りました。あら、パチェ」
「お邪魔しているわ」
「もしかしてお腹空いたのかしら?」
「ええ、まあそんなところね」
何て事の無い会話の裏でパチュリーは非常に焦っていた。
――言えない。高級赤ワインとチーズと燻製で一杯やろうとか今の話聞いた後では、言えない……。
そこへ良くも悪くもパルが追い打ちとなる言葉を放った。
「あれ、見たこと無いラベルだ」
パルの手にはワインのボトルが握られておりラベルには『月下酒』と書かれている。パチュリーは思わず振り返ってそのワインを見るが、自分が隠していた物では無いと分かり心を撫でおろした。
「三百年物のワイン? それにチーズに燻製……またレミリアお嬢様が隠していたのかしら……」
咲夜の言葉にパチュリーはふと思い当たる節を思い出した。レミリア自身は一人で買い出しに行かず咲夜に任せているため、隠しワインと言っても咲夜にお願いした数本を食糧庫の隠し底に寝かしていたりする。食糧庫自体が広大であり、事実咲夜の能力とパチュリーの空間魔法によって作られているため冷蔵庫要らずで新鮮な状態で保存して置ける。ただしそれは内部のみであり隠し底に眠っているワインは時間が過ぎて良く熟成している。
「どうしますか?」
そのボトルを咲夜に見せつつパルが聞くと咲夜は『増やせば良いや』と思考して言葉にした。
「そうですね……タルに入れて増やして持っていきましょうか」
「ああ、元を増やせるから元は無くならないのね」
何度も言う通り、元は一本でもパルの能力を使用すれば二本、三本と増やすことが可能だ。咲夜はオリジナルから増やしたワインをタルの中に向け、中身だけを能力で増やしていく。その合間にパルは他の食材を見繕いつつ青いカビの生えているチーズを発見した。
「あ、このチーズ……カビ生えてますよ?」
パルが見つけた其れに対し、長くメイドをやっている咲夜も首を傾げた。食糧庫はある程度把握しているが全てでは無い。十、二十年以上も前に買った物は流石に忘れることもある。これもその一つかと思いながらチーズを手に取った。
「青カビ……酸化してしまったのでしょうか?」
そのチーズを見てパチュリーは『違うわ』と言って続けた。
「それはゴルゴンゾーラというチーズで元から青カビを使ったチーズなの。まあ、好き嫌いが激しいから持っていくのはおすすめしないわ」
パチュリーはチーズやワインの種類にも詳しい。咲夜もパチュリーがそう言うのならとチーズを他の場所に移して頷いた。
「なるほど~」
咲夜だけでなく未成年であったためワインを嗜むことも無かったパルは興味深くゴルゴンゾーラやワインを見つめ、新鮮な反応にパチュリーは微笑んだ。
夜間は妖怪だけなく盗賊や妖精も出没するため里人たちが来るのは早朝だ。咲夜たちも早朝六時まで仮眠を取り、目覚ましがなるや起床して身支度を整えた。
必要な物資を増やし終えた咲夜たちは確認のため紅魔館の前庭へと出ていた。前庭には里人たちが待機していたり暇を持て余した美鈴が里人たちに体術を指南していたりしていた。
「では……とりあえずはこのくらいで良いでしょう」
確認を終えた咲夜は周りを見渡して里人たちの驚きようを目視していた。
「凄いもんだ……。これだけあれば復興まで持つか?」
「逆に食いきれるのか?」
「こりゃぁ、ドでかい恩が出来ちまったなぁ」
「紅魔館にゃ近づくなって婆ちゃんが言ってたが、案外そうでもないのかもな」
「咲夜さんのあの冷たい視線――ハァハァ」
「いやいや、あっちの猫耳の嬢ちゃんも良いぜ」
「俺はやっぱり美鈴さん一筋だな! あのスリットから見える絶対領域が堪らねぇぜ」
「レミリアたんは? レミリアたんはいないのですか!?」
「パチュリー姉様は何処に!」
実に20t近い物資が前庭から里に向けて発車し、元が150kg前後なのを考えると末恐ろしい能力だと咲夜は再認識した。
「パル、チャンポンメイリン。そろそろ出発しますよ」
「はーい!」
「了解です!」
物資の量が量のため咲夜たちは護衛を買って出て、そのついでに里で荷下ろしを手伝うつもりでもいた。荷台は物資でいっぱいの為里人たちと共に徒歩で移動を開始し、なだらかな陽射しの中を歩いていた。
里に到着する頃には朝日が完全に昇りそこらから朝食の香りが漂って来ていた。パルたちは移動がてら食べていたため朝食の必要は無く、到着後すぐに荷下ろしを始めていた。
「お待たせしましたー」
霖之助はその荷台と物資の量にあんぐりと口を開けて呆けていた。咲夜とパルは内心で笑みを堪えつつ呆けている霖之助の傍に行って手を振るった。
「霖之助さん?」
「……あ、はい。す、すみません。まさかこんなにあるとは思わなくて」
呆けていた自分への羞恥か、パルの顔が近くにあったためか、霖之助の顔は少々赤くなっており声を上ずらせながらも里人たちに号令を下した。
「さ、皆さん、運びましょう!」
『おー!』
物資の量は山のようにあったが紅魔館からの支援が来ると分かった里人たちの士気は高く大人から子供に至る総出で運び、仮設テントの組み立てや怪我人の救護が一斉に始まった。
この中で最も動いていたのが美鈴だ。紅魔館の中では一番里人たちと仲を深めているため動きやすく、物資を運ぶ量も成人男性の十倍近い量を持ち運んでいた。咲夜とパルも二、三倍近い量を運んでいたため里人たちは改めて畏怖した。
気が付けば日も高く昇っており昼間時になっていた。
「はふぅ……つ、疲れたぁ……。人里って結構人数いるんだなぁ……」
最後の荷物運びを終えたパルは汗を拭いながらも里人たちを見つつ感心していた。
「でも活気が戻ったのは良いことだね」
余所見していたということもあってかパルは前方から来ていた人に気付かず、また相手も余所見していたために衝突してしまった。
「わっ」
「きゃっ」
パルは自分の失態に気付き、すぐに立ち上がって彼女に手を差し伸べた。
「あ、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です」
ぶつかった相手は緑色の髪の毛に白い巫女服、青の袴を着ている巫女だ。瞳は緑よりも蒼に近い色をしており、髪の一房は白蛇の髪飾りで束ねられており左頭部には蛙の髪飾りも付けられている。
パルは彼女をじっと見つめ、ふと思った。
――巫女だ。コスプレイヤーにしては完成度高いなぁ。
同時に彼女もパルの容姿、姿を見て眼を見開いた。
――メイドさんだ。可愛いなぁ。
お互いに少しの無言の後、彼女はパルの手を取って立ち上がった。
「あの、ごめんさない。ちょっと里の様子を見てて……」
「ううん、ボクも余所見してたから……」
ぶつかった理由がお互いに同じ物であったことを意外に思いつつ、二人揃って笑みを浮かべた。
ふと、パルの視界に医療用の籠が眼に入り、彼女が病院に行く途中なのだと思い至る。そして一瞬後にはもう言葉にしていた。
「病院に行くなら手伝いますよ」
その言葉に彼女は驚きつつも手が足りていない現状でその申し出はとてもありがたかった。
「良いんですか?」
「ちょうど暇していた所ですから」
「ありがとうございます! 私、東風谷早苗と言います」
「ボクはパル、よろしくね早苗さん」
「此方こそ!」
二人は共に仮設テントの病院へと向かっていく。
病院は仮居住区から少し離れた空き地に設置され、そこに怪我人が集められていた。今回の被害は相当に大きく死者も多数出ている。里から少し離れた墓地付近では火葬が執り行われ、煙が立ち上っていた。
病院周辺には動けない遺族たちが涙を流し、早苗たちはそれを見つつ先に来ている永琳たちの元へ向かい、内部へと入っていく。病院内にはおよそ数百人単位の人間たちがブルーシートの上に横たわっており、重体の者は仮設コテージの中に収容されている。
「結構けが人が出ていますね」
「そうなんですよ。霖之助さんがお布施出すから来てほしいって言われてきてみるとこの数で……」
霖之助の働きかけにより永遠亭だけでなく早苗の住む守矢神社にも要請が行き、早苗の『奇跡を起こす程度』の能力が必要とされていた。
「あ、早苗ちゃん。待っていましたよ」
コテージ内では永琳、てゐ、イナバたちが世話しなく患者たちを見て回り、手当てしていた。その中で永琳は早苗を見つけて手招きした。
「永琳さん、お待たせしました」
永琳は早苗の隣にいるパルに眼を向けて問う。
「そのメイドさんは?」
「パルさんと言いまして、今そこで知り合ったんです。お手伝いしてくれるそうですよ」
「助かります。私は永琳と言います」
「ボクはパルと言います。微力ながらお手伝いしますね」
「パルさんは早苗ちゃんと一緒に包帯巻いたり薬を付けたりしてください」
「分かりました」
「行きましょう」
「はい」
永琳は二人の後ろ姿を追いかけつつ『仲良くなりそうですね』と思う。その実、出会って間もないとはいえ早苗とパルは年も近いためすっかり意気投合していた。
「ん? 誰と話してたんだ、師匠?」
追加の塗り薬を取りに来たてゐはしばし呆けていた永琳を見つめ、その視線の先にいう二人を見つめた。
てゐに呼ばれて永琳も我に返り、口元を緩めつつ答えた。
「早苗さんとパルさんです」
「へー、珍しい名前。メンタみたい」
「そうですね……」
パル、と自分で呟いて永琳はもしや、と思う。てゐは聞いた時から分かってしまったような表情で永琳を見上げていた。
「あ、やっぱり師匠も気が付いた?」
「パルって、メンタのお姉さんでしょうか?」
だろうな、とてゐは思い深く頷いた。しかし今、不用意に伝えて人力を割くのは得策では無いためてゐも永琳も黙っていた。
「まあ、あいつも博麗神社にいるし機会があれば近々会えるんじゃないですかね」
てゐの言葉に永琳も頷いて追加の薬を手に取った。
「そうですね。さ、私たちも治しますよ」
「へーい」
一方で重傷者たちの元へやってきたパルたちはまず早苗の能力で傷を癒し、その後に各部に包帯を巻いていた。
早苗の能力『奇跡』は傷を完治することは出来ない。結局は自己治癒力依存だ。仮に手足が切断されていたとすれば『くっついてはいるが無理に動かすと取れて大量出血する』ことになる。ただし痛みも引いてしまうため治ったと勘違いするのもある意味仕方ないと言える。
早苗の目の前にいるのは右足の折れた男性だ。その折れた足を正しい形に直した状態で早苗が奇跡を使い、腫れが引いていく。
「どうでしょうか?」
「おー、流石早苗さんだ。全然痛くねぇ」
「それは何よりです。でも勝手に包帯取っちゃ駄目ですからね」
「おう! ありがとよ!」
ここにいる患者には早苗の能力を言ってあるため無暗に動かすような真似はしない。前の数人が言う事を聞かずに再度痛い目に遭ったから、というのも一役買っているだろう。
「わぁ、複雑骨折だったのに一瞬で治っちゃった」
その隣ではパルと鈴仙・優曇華院・イナバ――通称イナバ――が眼を輝かせつつ見ていた。特にパルは早苗に注視して手元が止まることがしばしばあった。
「あ、包帯が足りないかも」
イナバもそれに見とれていたせいか包帯も残り一つとなってしまい、困り顔で立ち上がろうとするとパルがそれに気付いて手を伸ばした。
「えいっ」
可愛らしい掛け声と共に触っていた包帯が十個に増え、イナバも早苗も里人たちも眼を丸くして驚いた。
「パルさんも十分凄いよ」
「そうかな?」
……私からすればどっちも羨ましい能力だけどね、とイナバは呟いた。
イナバの場合は『狂気を操る程度』のため医療関係においては錯乱した人や手術前の恐怖感情を抑えることくらいにしか使えない。
「今ので最後の人みたいね」
早苗の言葉に顔を上げると重症者はいなくなっており、永琳たちが担当している軽症者の列も終わろうとしていた。
「最初見た時は結構な数だったのにあっという間だったね」
「パルさんが居なかったらもっと大変だったよ」
元々ここの担当は早苗とイナバだけであり、そうだった場合こうして会話する暇は無かっただろう。
手当を終えた三人は消毒を終えた後、外に出て休憩用のテントへと入り――そして早苗はテーブルに置いてあった手紙を見て少しばかり呆れる。手紙の末尾に書いてある名前は守矢の神である神奈子だ。しかし量があまりにも多いため早苗はパルとイナバの方を見て提案した。
「パルさん、イナバさん」
「なに?」
「何でしょうか?」
「実は神奈子様と諏訪子様にお弁当を持たされていたのですけれど……その、ちょっと量が多くて食べきれないと思うので一緒に食べてくれませんか?」
早苗が指差す方向にあるのは三段重ねの重箱だ。さしもの二人も少々引き攣りつつも頷いた。
「それなら貰っちゃおうかな」
「確かにこの量を一人では……無理ですね」
パルとイナバは近くにあった椅子を持って来て座り、その合間に早苗は重箱を広げていく。中に入っていたのは定番のおにぎりやサンドイッチだが手作りらしく不格好なものから丁寧に揃えられているものがあり、早苗は誰が作ったのか一目瞭然だった。ただ、不格好と言っても中身がはみ出していたりするわけではなく形が揃っていないというだけだ。
「美味しそう!」
パルは率直な感想を漏らし、
「く、口に合うと良いんだけど」
早苗は心配そうに首を傾げ、
「いただきます!」
実はお腹の空いていたイナバは率先して手を伸ばした。
「これは何味かな?」
パルがおにぎりを手に取って一口食べる。中に入っているのは取れたての鮭を焼いてほぐしたものだ。白米には塩が振りかかってないのには疑問を浮かべたが鮭の塩味が丁度よく緩和して美味しさを引き出している。
「あ、甘い……」
早苗が手に取ったのは諏訪子特製の砂糖入り唐揚げおにぎりだ。不格好故に分かりやすいのだが早苗はせっかくなので食べてみたのだが、中々食べ辛かった。
「濃っ! こ、これ何が入っているんですか!?」
イナバが手に取ったサンドイッチには神奈子がこれでもかと卵とマヨネーズを入れたコッテリ卵サンドだ。この中では一番外れになるだろう。
そうしながら楽しい昼食も終わりを告げ、重箱も何とか食べきった。
「もうお腹一杯……」
「御馳走様でした」
「はふぅ、美味しかった~」
三人共に満足な声を上げてよく冷えたお茶を口に含みつつ余韻を味わっていく。
「……あっ」
だが、そこでパルは咲夜の存在を思い出して思わず口元を抑えた。
「どうしましたか、パルさん?」
「ど、どうしよう……ボク、許可貰わずに来ちゃったから……」
パルの説明に早苗とイナバは少々首を傾げたが、許可を貰わないといけない人がいるということを思い立ち上がった。
「それならすぐに戻った方が良いですよ。病院の方は大丈夫ですから」
「はい。正直に言って……怒っていたら謝りましょう」
「うん、そうだね。それじゃ、またね!」
「はい、また何処かで!」
パルは立ち上がり、早苗たちは手を振ってパルを見送った。




