全世界防衛戦⑦ それぞれの防衛戦 下
「こんにちマオマオ~。冒険系YouT○berのマオヨシだよ!」
世界が大変ことになっている最中、一つのチャンネルが配信を開始した。
ハジメ達の仲間の一人、元浩介達のパーティーの付与術師たる吉野真央のチャンネルだ。
超多言語YouT○berとしても有名になってきている真央は、世界の危機なんて関係ねぇとばかりに(実際はめちゃくちゃあるのだが)、今日も大変元気に各国の言葉でネイティブに挨拶しちゃう。
「いやぁ、世界がなんだか大変なことになってるよね。未確認生物も追っちゃう系YouT○berとして、まず皆に伝えたいことがあって――今、緊急で動画まわしてまーす!」
世界各地で起きている未確認生物による世界同時多発的暴走。
SNSは当然、現在進行形でネット世界には情報が更新され続けており、もちろん動画投稿系サイトも例外ではない。
加えて、少し前に未確認生物を追っていた動画がバズったのもあって、マオヨシのチャンネル登録者数は既に百万人を超えている。
それもあって事前告知していた配信予定日ではなく、本当に緊急で動画を回しているにもかかわらず既に数万人の視聴者がおり、その数も刻一刻と増えていた。
あまりに普段と変わらない挨拶に、もしや世界が大変なことになっていることを知らないのでは? とザワついたコメント欄も、どうやらその件だと理解して少し落ち着く。が、それも一瞬のこと。
誰もが気になっている部分に触れられたことで、やっぱりコメント欄は一気に加速した。
大変なことになっていると恐怖や興奮を伝える者、フェイクに決まってるだろと冷笑する者、それで始まる罵倒合戦。コメント欄が早々に荒れる荒れる。
一方で、リスナー達は「どうしたんだろう……?」と疑問にも思った。
画面が随分とぶれていたのだ。
自撮り棒を使っているのだろう。斜め上からの視点なのでマオヨシちゃんと地面しか見えない。
如何にも冒険家っぽいオリーブ色のサファリハットはずれ落ちて、首にかかったヒモにより落下を免れ、ショートの黒髪と一緒に後頭部でぴょんぴょん跳ねている。
同色のジャケットにハーフパンツもお馴染みの衣装だ。そのハーフパンツから伸びる健康的な足も忙しなく地を踏みしめている。舗装されていない地面は結構な速度で流れていて、周囲は見えないが彼女が走っているのは分かった。
なぜ走りながら……? とは思うが、しかし、今は世界規模の事件のことだ。マオヨシ自身も言った通り、秘境の探検家で未確認生物も追っちゃう系である。何か知っているのか? と注目が集まる。
「最初に言うね! 今、フェイク動画だ本物だって騒がれてる未確認生物達、ぜ~んぶ本物だよ! おまけに超危険生物! 専門家の知り合いから連絡が来たんだけど、マジでヤバい! しかも、これから先、人口が密集している場所ならあちこちに現れる可能性が高いから、フェイクと思わず、みんな直ぐに逃げよう! 撮影とか様子見なんかしてる場合じゃないぞ! 自分や親しい人の命を最優先に行動しようね!」
コメント欄が更に加速する。賛同する声、冷笑コメント、罵倒……やはり全面的に了解されることはなく様々な意見が飛び交う……
今、まさに襲撃を受けている場所にいない者達からすれば、直ぐに信じられないのは当然だ。こんなの、まるでパニック映画の世界である。
真央自身、仲間内の緊急ネットワークで情報が来ていなければ、否、状況を聞いた今でも信じ難い思いだ。
世界の滅亡とか、平行世界の怪物の全異世界一斉出現とか……
自分が気ままに諸外国を冒険している間に、いったい何がどうなってるんだってばよ、と思わず口調を乱してツッコミを入れたくらいである。
だが、他ならぬ仲間からの、そして南雲家からの情報だ。協力要請だ。
ならば困惑も動揺も恐怖も、今は捨て置く。まず行動だ。必要とあらば、どこへだって駆けつける。できることをする。
だから、配信しているのだ。少しでも多くの人が己の命を守る行動に出られるように。
だから、今も駆けているのだ。
「それでね――」
凄まじい爆音が響いた。ついでに連続した発砲音も。
「マオぉ! 何を暢気に配信なんかしているんだ!? もっと速く走れぇ!」
「ちょっとルフィさん! 配信中に話しかけないでよ~、いつも言ってるじゃん?」
「目の前の! あの怪物共が! 見えないのかぁ!?」
ダダダダダッとライフルを連射する音と、「逃げろぉ!」「遅れたら死ぬぞぉ!」「なんなんだよこいつらぁ!」「誰か車をまわせぇええええ!!」という怒号と悪態と泣き言が入り交じった声が響いてくる。
コメント欄が一瞬だけ停滞し、直後、更に爆速で流れた。何が起きているのか。マオヨシは大丈夫なのか? 心配と困惑と好奇心に満ちたコメントが濁流と化す。
「こらぁ! ネタばれ禁止! なんのためにカメラの視界を私に固定してると思ってるんだよ~」
「私が怒られるのか!? この状況で!? クソがっ、どうしてこう人生は斜め上にばかり!!」
「はぁ~い、みんなごめんね、うちのスタッフが。それじゃあ、もったいぶっても悪いし、今、私達がどういう状況か、フェイクじゃないって言った根拠を、お披露目するね~。せ~の!」
カメラの向きが変わった。斜め下に向いていたカメラがマオヨシの頭上を越えて後方へ向けられる。
またもコメント欄が一瞬、停滞した。
当然だろう。だって、なんか魚面というべき異形の人間(?)が大挙して押し寄せてきていたから。
もちろん、普通の見た目の人間もいる。鬼の形相というか、完全に目がイッてしまっている感じというか、狂気マシマシの見るからにヤバイ雰囲気ではあるが。
だが、およそ半数弱くらい。その町民の中に混じっているのである。異様に離れた目をギョロギョロさせて、背筋は丸く、肌色は青ざめ、性別に関係なく頭髪が薄く、首の皮がたるんでいて、がに股で跳ねるようにして走ってくる、本当に魚面の人間モドキという他ない見た目の者達が。
彼等もまた町民なのだろう。逃走中にその辺の一般家屋から飛び出してきたし、普通の見た目の町民達にも動揺はなく、当然のように一緒になって追ってきているから。
彼等・彼女等の手には鉈やクワ、包丁やナイフ、棍棒やらなんやら生活感たっぷりの武器(?)も握られていて、現在進行形で追っ手の数を増やしていた。
町の鐘が鳴り響いている。きっと〝余所者を捕まえろ〟という町内伝達の一種に違いない。
そんな狂気と異形の集団相手に、基本的には足を狙って銃撃することで転倒させたり、スタングレネードや催涙グレネードによって怯ませたり、貼り付けるタイプの小型爆弾で街灯や石垣を崩して進路妨害したり。
ルフィ改め、かつてシアとハジメの旅行中に遺物を巡って争奪戦を繰り広げた言動も顔も俳優みたいなイケオジ、ウィルフィード率いる傭兵達が必死の逃走戦を繰り広げていた。
「あはは。もうびっくりだよ! 町の宿屋で朝ご飯たべたらさぁ、いきなり宿の人も周りの客も一斉に私達のことを凝視し始めてさ? かと思ったら奇声を発して襲いかかってくるんだから」
実のところ、偶然にも真央達は一昨日くらいからこの町に滞在していた。
そう、この事態になってからライラの闇の〝ゲート〟で派遣されてきたのではなく、最初からいたのだ。
理由はもちろん、配信のネタのためだ。少し前まで米国のマサチューセッツ州にいたのだが、そこでとある伝承や未確認生物の話を聞く機会があり、いろいろ調べていた結果、この町に辿り着いたのである。
で、聞き込みやら周辺探索やらをしつつ、今朝も町の寂れた宿屋で朝食を取っていたところ緊急の連絡が来たわけである。
最初はメールで。事の概要が簡潔に記載されていた。それをルフィ達と共有し、直後、コール音が鳴った。
レミアからだった。少し焦った感じで伝えられたのは、今まさに自分達のいる場所にてライラが無数の反応を感知したということ。
とてもではないが真央達だけで対応し切れる数ではないので援軍を手配する。到着するまで安全を確保し、その後、一緒に対応してほしいということ。
その瞬間だった。ルフィが冷や汗を噴き出しながら真央の肩を叩き、周囲に視線を向けたのは。
時が止まったように、無表情でこちらを凝視している町民達がいた。
それどころか、いつの間にか窓の外にもびっしりと人々の顔が……
ウィルフィードは躊躇いなく即座にスタングレネードを投げ、同時にテーブルを蹴り飛ばし襲いかかってきた周囲の客をぶっ飛ばした。その間に真央も支援系統の魔法をウィルフィード達にかけ、少々強引ながら宿を脱出したわけだ。
「この町、そんなに大きくはないんだけど、それでも流石に住人全員に襲いかかられるとなると数がヤバイね~。なんか、時は来た! とか、生贄を捧げよ! 的なこと叫んでるし……」
余所者たる真央達を一部の者達に任せ、近隣の村や町を襲いに行くらしい。なんてことを聞けば、だ。
「流石に、ちょっと放っておけないよね?」
せめて、援軍が来るまで町の中を引っ掻き回し、自分達への対応に注力させるくらいのことはしておきたい。
「というわけで、マオヨシと愉快な仲間達でどうにかしたいと思います!」
キリッとした表情で横ピースしながら宣言するマオヨシ。SNSなどで拡散でもされたか。視聴者が更に爆増する。
同時に世界各地の彼等・彼女等は見た。「冗談だろ!? 冗談だと言ってくれ、マオ!」と予想の斜め上の方針を取った雇い主に泣きそうな声でイヤイヤするウィルフィードも。
応援のコメントが加速した。
実はウィルフィードも、マオヨシチャンネルではすっかりお馴染みの〝不憫系イケオジのルフィさん〟として人気者なのだ。
「待遇の改善を要求するぞ!! ボスぅううう!!」
叫ぶルフィは知らない。そのボスは今、この世界にすらいないということを。
ハジメに従えば甘い汁を吸える。勝ち馬に乗れる! と思って引き受けた真央の護衛だが、まさか各国のエージェントや企業の私設部隊とやり合っていた時よりも命の危機を感じることが多いなんて誰が想像しただろう。
だが、逃げ出すことなんてできない。義侠心から? まぁ、なくはない。なんだかんだマオヨシチャンネルでの冒険も真央自身のことも、少しは、そう、ほんのすこ~しくらいは悪くないと思っているし?
でもやっぱり一番の理由は、
「隊長ぉ! やっぱり止めましょうよ! こんな職場!」
「バカ野郎ぉ! 配信中だぞ! ボスに聞かれていたらどうする! マオを見捨てて逃げたなんて知られたら……天ちゅ! 天ちゅ!」
「やだなぁボスぅ今のはただのジョークですよジョークぅ……許して」
天誅ではない。天ちゅだ。天からちゅどんの略称である。太陽光集束レーザーがもたらしたトラウマは、そしてボスのニッコリ笑顔は未だに彼等の心に深く刻まれているのだ!
禿頭でプロレスラーみたいな筋骨隆々の男が涙目で天に許しを請う姿は、大変シュールだった。
コメント欄が、少し違う感じでちょっとザワつく。
ブラック? マオヨシチャンネル、ブラックだった? そう言えばスポンサーがいるって話を聞いたような……ヤバイところだったり? ルフィ達、なんか脅されてる? いや、空に向かって許しを請うとか……なんか変な宗教でも信仰してたり?
不憫おじさん達が更に不憫度を増していく! 同時に人気も増していく!
だが、彼等はただの不憫系おじさん達ではない。歴戦の傭兵たる彼等は元から強い。遺物ハンターであると同時に戦闘のプロだ。
そして、真央の得意は〝付与魔法〟である。カメラを回す前から既に使っていた異世界の魔法の力が、ルフィ達を強化していないわけもなく。
そのうえで、別にデバフだって不得意なわけではないので、実は魚面の町民達は身体能力や思考能力がかなり落ちており。
つまり、ウィルフィード達は泣き言を口にしてはいるが、逆に言えば泣き言を口にできるくらいは余裕があるということであって。
すげぇ、と称賛と感嘆のコメントが流れていく。
今や追ってくる魚面の数は数百単位。奇怪な鳴き声、伝わる殺意。
だが、ルフィ達の動きに澱みはない。全てが的確だ。後退しながらだというのに、最小限の攻撃で複数を巻き込む攻撃をし、仲間同士でカバーし合うことでリロードの隙を生まず、追いつかれるのを完璧に防いでいる。
近接戦闘も問題なし。
家屋や、古びた車の陰から奇襲を仕掛けられても、その足先を踏み潰して怯ませつつライフルの柄で顎をかち上げて倒したり、肩だけで背負い投げをして転倒させ足に一発入れたり。
状況によってはライフルを手放してナイフで応戦。腕や足の腱だけを切って無力化したり、なんなら刃物を素手で逸らし、カウンターの拳を急所に打ち込んで悶絶させたり。
飛び上がって魚面の首に足をかけ、身を捻りながら巻き込むようにして地面に叩き付け、そのまま流れるような動きで別の相手へ射撃したり。
なんなら足下の砂利を蹴り上げて目つぶししたり、股間を蹴り上げたり、タックルでぶっ飛ばしたり、相手の頭部を掴んで壁に叩き付けたり。
合理的でスマートな軍格闘術と、実戦で磨かれた喧嘩殺法の合わせ技、それに加えて仲間を深く信頼し合っていないとできないような連携。
その動き、身体能力は、一般人からすれば十分に超人のように見えた。
リーダーであるルフィが俳優のようなイケオジなのもあって、まさにアクション映画のワンシーンのよう。
荒れていたコメント欄が応援と感嘆、興奮に彩られてめちゃくちゃ盛り上がる。
だが、やはり多勢に無勢だ。
あくまで無力化にこだわっているからというのもあるだろう。町民が洗脳されていたり、魚面の者達も無理やり何かされた結果であるという可能性は拭えないからだ。
真央が配信を開始したのは、あるいは……
少しでも今起きていることの危険性を伝えるためだけでなく、ウィルフィード達ならいざという時、真央の指示を無視して殺しを躊躇わないかもしれない……と思ったからかもしれない。
何はともあれ、真央達は追い詰められた。
周囲を山に囲まれた海辺近くの寂れた町とはいえ、文明の利器は普通にある。古めかしいが自動車も沢山あるし、漁業で生計を立てている海辺の町なので牽引車やトラックだってある。
魚面の町民がそれらを操っているのは酷くシュールで気味の悪い光景だったが、道を塞がれた事実は変わらない。おまけに、トラックの荷台からも輸送された魚面がわんさかと。
「マオ、まずいぞ!」
「あらま。魚面のくせに意外と知恵が回るというか、思ったよりちゃんと連携とってくるじゃん」
真央を中心に円陣を組むウィルフィード達。
軽口を叩く真央だったが、流石に狂気一色の町民に囲まれては冷や汗の一つも流れる。あんまり得意じゃないんだけど……と心の中で呟きつつ結界の準備を行う。
じりじりと包囲網を狭めてくる狂気の町民達。魚面も合わせれば、配信越しでも伝わる。この状況が、真央達の感情が、本物か偽物かなんてことは。
コメント欄の雰囲気も一気に緊迫したものになった。
これ、やばいだろ……、早く逃げなきゃ! 誰か助けに行けないのか!?
マオヨシが、ルフィ達が蹂躙される。配信画面に、凄惨な光景が映る……
誰もがそう予感して、奇怪な鳴き声が響き、魚面が先陣を切って踏み出してきて、真央が結界を発動する――という寸前。
「――〝風爆〟!!」
「――〝火球〟!!」
「――〝流撃〟!!」
「――〝凍棺〟!!」
「――〝雷蛇〟!!」
「――〝石弾〟!!」
リスナー達には理解できない言語、そして現象が発生した。
圧縮された風が局所的な爆風となって包囲の一部を吹き飛ばし、火球がトラックや自動車を炎上させ、暴徒鎮圧レベル以上の威力を持った放水が足下を薙ぎ払い、かと思えば転倒した者達を地面と共に凍てつかせ、蛇のようにうねる電撃が手当たり次第に感電させ、地面から飛び出した石の塊が強烈なボディブローをお見舞いしていく。
一瞬のうちに崩れる包囲網。町民達が揃って苦悶に呻き、驚愕と共に悲鳴を上げ瞬く間に場が混乱の坩堝に落とされる。
そんな中でも魚面は目的を優先させるようで、倒れた町民を踏み台にして飛びかかってくるが……
「どりゃああああっ」
「はぁああっ!!」
裂帛の気合いと共に、人影が躍り出た。真央達と魚面の間に割って入ったのは、獅子を思わせる白髪に鎧を着た老人と、軽鎧の若き青年。
老人は戦斧を、青年は西洋剣を持っていて、魚面を刃の腹で打ち据えぶっ飛ばした。
だ、誰……? と思ったのはリスナーだけではない。ルフィ達もだ。
「え、あ、お爺さんってもしかして……」
知っているのか、マオヨシ!? リスナーだけでなくルフィ達も注目する。
「王都のギルドマスター!?」
いやほんと誰!? 王都ってどこ!? ギルドマスターってなに!? リスナーだけでなくルフィ達も混乱した!
「おお、嬢ちゃんは確か……そうだ。付与術師の嬢ちゃんだったな? 決戦の時、いやむしろ王都復興の時か。冒険者共が世話になった」
猛獣を思わせる不敵な笑みを浮べて肩越しに振り返ったのは、まったくもって真央の言う通り。たっぷりの顎髭と細い目、そして年齢不相応のマッチョ爺。
ハイリヒ王国・冒険者ギルド・ギルドマスター――バルス・ラプタだった。
親しいわけではない。復興の時、冒険者達にバフをかけまくって作業効率を上げるお手伝いをしていた真央であるから、何度か話をしたことがあるだけだ。
援軍が来るとは聞いていたが、まさかの人物である。
自然と真央の視線が老人の隣にも向く。
「確か、ハジメ殿の仲間のマオ・ヨシノ殿でしたね。クデタ伯爵家が三男ウィル・クデタ。恩返しの機会とあり、此度は王国貴族の端くれとして参戦させていただきました。一応、冒険者登録もしてますしね。よろしくお願いいたします」
ニコッと笑う青年も面識はあった。冒険者として【北の山脈地帯】に訪れた際、運悪く洗脳されていた黒竜に遭遇し、ハジメに助けられたという【ハイリヒ王国】の貴族の青年だ。
包囲の外側には、同じく神話決戦の時や、その後、地球に帰還するまでの間に見知った顔がちらほら見える。その誰もが、
「なんだ、このファンタジーな集団は……予想の斜め上すぎだろぉ」
まったくもってその通りだった。ルフィの呟きは、きっとリスナー達の心の代弁だ。というか、コメント欄にも同じような内容が流れまくっているし。
実際、ファンタジーだった。様々なタイプの剣や槍といった武器に軽鎧や革製の防具を装備した者、とんがり帽子やローブ、それに杖を装備した者、大盾を構えた者……
多くの人がファンタジー系の創作物で想像するだろう、イメージ通りの冒険者っぽい人達が、およそ百人、そこはいた。
「まさか、援軍ってトータスの冒険者!?」
そのまさかだった。
リリアーナを通じての呼び掛けに冒険者ギルドは即座に応え、取り敢えず直ぐに出陣できる高ランクの冒険者だけ、ギルドマスター自身が率いて先陣を切ってきたというわけだ。
ユエの転送さえあれば短時間でも比較的にまとまった戦力が集合できるので、今も第二陣、第三陣となるべくトータス各地の冒険者達が集まってきているところだ。
「そういうこった! 取り敢えず精鋭だけ集めてきた! 後からまだまだ来るが、ここはしばらく俺達だけだ!」
とっくの昔に引退した老人と思えない戦斧の一撃。旋回するそれが剛風を生み、狂気そのままに奇声を上げて突っ込んできた町民達をまとめて吹き飛ばす。
「おい、ギルマス! 流石に数がやばい! さっさと移動すべきだ!」
如何にも熟練といった様子の冒険者の男が、屋根の上から周囲を見回しながら叫ぶ。
真央は知らないだろうが、彼の名はガリティマ。かつて、ハジメとユエ、そしてシアが初めて依頼を受けた隊商護衛に参加していた先輩冒険者だ。
今や魔神と称されるハジメを、トータスで唯一〝白いの〟と呼んでいる男であり、だからだろうか。そう呼ぶことを許されているんだ! と妙な畏敬の念を持たれている男でもある。
ガリティマに頷いたバルスは、風属性魔法による〝拡声〟も使っていないのに鼓膜が破れるのではないかと思うほど大きく、そして覇気のある号令を発した。
「よぉし!! 冒険者共! 俺に続け!! 付与術師の嬢ちゃんと護衛共に傷一つ付けるんじゃねぇぞ!!」
「「「「「おうっ!!!!」」」」」
「「「「「りょうかーーい!!!」」」」」
冒険者達から気合いの入った応答が響く。魔法と物理で周囲を蹴散らして進路を強引に開けつつ、再度の包囲を邪魔するように立ち回る。
色とりどりの魔法が、そうとしか思えない現象があちこちで発生し、もはやリスナーもウィルフィード達も唖然呆然だ。
「嬢ちゃんは支援魔法を頼む! 作戦があるからよ、ついてきてくれ!」
「おっけー! ほら、ルフィさん達ぃ! 呆けてないで行くよ! リスナーの皆、もう大丈夫! 安心して! 彼等はマオヨシの冒険者仲間さ!」
「……嬢ちゃん、性格、変わったか? 前はもっとサバサバした性格だったような……というか、いったい誰に話しかけてんだ?」
知り合いに〝配信者の顔〟を真顔で突っ込まれて、ちょっと赤面しちゃうマオヨシちゃん。
何はともあれ、冒険者達の援護を受けて危機を脱した真央達は、立ち塞がる町民と魚面を、まるでダンプカーのように吹き飛ばしながら進むバルス率いる精鋭冒険者達の後を追う。
「! チッ、本当に人生というのは斜め――いや、やめておこう。あと何回、言わされるか分かったもんじゃない」
呆けていたウィルフィードだが、周囲の状況はしっかり把握できているらしい。予想の斜め上キャンセルしつつ、屋根伝いに襲いかかってきた魚面の足を空中で撃って叩き落とす。
「……へぇ、あんたやるじゃないか」
ちょうど、その魚面の進路上にいたガリティマがニヤッと笑い、ウィルフィードの頭上を掠めるようにして炎弾を放った。
思わず首を竦めてガリティマに銃口を向けるウィルフィードだったが、短い悲鳴が耳に届いて肩越しに視線を向ける。
反対側の家屋の屋根上で、炎に包まれた二連式の散弾銃を放り投げた女が足を滑らせていた。
「……君もね。まったく、ボスと関わると斜め上の出来事しか起きないッ」
超多言語YouT○berたる真央のサポートスタッフでもあるウィルフィード達であるから、当然、〝言語理解〟のアーティファクトは支給されている。なので、トータス人の言葉もちゃんと理解できていた。
その悪態も、やはり翻訳されて耳に届いたので、ガリティマは訝しむ目を向けた。
「ボス?」
「南雲ハジメのことだ。知り合いなんだろう?」
「あ、ああ、そういう。はは、なんかあんたとは美味い酒が飲めそうだ。びっくり箱みたいな奴への愚痴を肴にな」
「それは良い。五体満足でこの状況から助けてくれるなら、私から一杯、奢らせてもらおうじゃないか」
「お、いいね。約束だぜ?」
なんかオジサン二人の間に、世界を超えた友情が芽生えそうになっていた。
というのは置いておいて。
町を抜け、視界に浜辺と海が見えてきた。
それを見て思わず息を呑む真央とルフィ達。
海から無数の人影が上がってきていた。まるで戦争時の上陸作戦の如く、凄まじい数だ。軽く四桁。数千規模。
「あはは……完全に魚人じゃん」
流石に乾いた声が真央から漏れ出た。その言葉通り、海から続々と上陸してくるのは、魚面なんてレベルじゃない。手足が生えていて二足歩行する魚。創作物でイメージされる魚人そのものだった。
人間と同じサイズから三メートル近い個体もおり、更には鎧を着けた個体や槍のようなもので武装した個体もいる。魚面なのにピラニアのように歯が鋭く、獣のように爪も鋭い。
離れていても、そして画面越しでも分かるほど、その雰囲気は無機質な狂気と殺意に溢れていた。
「問題ない、続け!」
バルスが勇ましく声を張り上げる。まるで大群に突貫でもするみたいに浜辺へ突っ込んでいく。
と、そこで。
「お~い! こっちだ!」
「真央ぉ~~!! がんばれ~~!!」
なんて凄く聞き覚えがある声が響いてきた。
魚人の大群に視線を奪われていたが、その手前、砂浜の中央付近に人がいたのだ。
その人物達を見て、真央はキャラ作りではないが素の喜色を浮べた。
「綾子!! 野村君!!」
そう、元パーティーメンバーの二人。野村健太郎と辻綾子の二人だ。
その二人を見ただけで、真央には分かった。この先どうなるか。バルス達の狙いが何か。
ニッと笑みが浮かぶのを自覚する。必要でしょ? と言いたげに、まだ距離があるのに全力のバフを健太郎にかける。健太郎から「分かってんじゃん」みたいな笑みが返った。
魚人達が一気に浜辺へ踏み込んでくる。町民と魚面も後を追ってくる。
大群の挟み撃ちに、超常現象のオンパレードで思考が麻痺していたリスナー達が我を取り戻した。コメント欄が読み取りできないほど凄まじい速度で流れていく。
「二人共、ひっさしぶり~!」
「配信、いつも見てるよ~!」
勢いのまま抱き合う真央と綾子。冒険者達が周囲に集い円陣を組む。
健太郎が微笑ましそうに二人を横目にしつつ、アーティファクトの杖を掲げた。バルスが片手で制止する。見極めるように周囲を見渡す。
もはや先程のような包囲をするつもりはないのだろう。そのまま真央達を呑み込まんと両サイドから大群が迫り――
「今だ!」
「――〝極大・崩落牢〟」
発生したのは軽い地響き。そして、砂浜の崩壊だ。と言えば大袈裟に聞えるが、要は巨大な落とし穴である。
中心部の冒険者達を綺麗に避けて、周囲の砂浜が浅瀬も含めて流砂の如く沈み込む。
まるで蟻地獄にでも捕らわれたみたいに為す術なく呑み込まれていく町民と魚人達。更に、綾子が海水の流入を防ぐため横長の結界を張り、その隙に土属性の適性を持つ冒険者の一部が防波堤代わりに浅瀬の一部をせり上げた。
そうして生み出されたのは横幅約八百メートル、縦幅約三百メートル、深さ八メートルの大穴。その中心部にそびえる円柱状の砂柱(当然、固めてある)の上に、真央達はいる形だ。
まさに一網打尽。砂の壁はどれだけ引っ掻いたところで崩れるだけで登ることは不可能で、地面は大穴分の土砂を穴の底に圧し固める形で処理されているので凄まじい密度故の堅固さを誇る。
更に冒険者達が上から豪雨のように魔法を打つものだから、町民も魚人も次々と無力化されていく。
それにホッとしつつも、健太郎を見て少し引いた様子の真央。配信は付けっぱなしなので、コメント欄がとんでもないことになっているのだが、己のキャラも気にできず素の雰囲気で尋ねてしまう。
「え、えぇ? 野村君、なんか強くなってない?」
「ぜぇぜぇ、んなことない。綾子と一緒に学生とじいちゃん家の仕事で大忙しだったし、正直、はぁ~はぁっ、大学に入ってから魔法なんて一度も使ってない」
「真央が時間を稼いでくれたおかげだよ」
しんどそうに膝をつく健太郎。その背を優しくさすりつつ魔力回復薬を飲ませている綾子が朗らかに笑って言う。
あれ? 前よりめちゃ距離感めちゃ近くない? これ、ひょっとしてひょっとする? 綾子からはなんの報告も貰ってないけど……ついに!? と二人の関係を疑いつつも納得する真央。
「ああ、なるほど。今のは〝蓋〟を崩しただけってことね。時間かけて落とし穴を作ってたわけだ」
「魚人共がどんどん数を増やして上がってくる光景には肝が冷えまくったけどな」
「おい、マオ! 雑談に興じている場合じゃないぞ!」
「嬢ちゃん達、そろそろいいか? むしろ、こっからが正念場だぜ?」
ウィルフィードとバルスから声がかかった。
その通りだ。まだ戦いは終わっていない。海からは未だに続々と魚人が上がってきている。同じ手は通じないだろう。明らかに警戒した様子で大穴を迂回し始めている。
更に、だ。
「あれは……親玉かな?」
沿岸、浜辺から数百メートルの辺りで海面が盛り上がった。
魚人と姿は近しい。だが大きさが段違いだ。三つ叉の槍のような物を装備している。歪な王冠らしき物も被っているように見える。流石に人間とは思えない気配と肉体だ。
その喉元が震えた気がした。途端に響く、見た目に反して美しい、だからこそ気持ちが悪い歌声のような鳴き声。
直後、周囲の海面から無数の槍が飛び出した。
「っ、――〝光絶〟!!」
綾子が咄嗟に障壁を展開する。そこに継続して突き刺さる槍――否、レーザーの如き水流。どうやら、あの個体は魔法の類いが使えるらしい。
「くっ」
「綾子!」
「障壁! 重ねろ!」
真央が支援魔法をかけ、バルスの号令に従い障壁系魔法を展開できる冒険者が詠唱を開始する。
ビキビキと綾子の障壁に亀裂が入っていく。周囲を穴にしたせいで、今の冒険者達は回避ができない。健太郎が急いで町側から伸びる岩と土の橋を架けるが……
果たして間に合うか。
結論から言うと、
「あんなものにどうやって――なんだあれは」
間に合った。違う意味で。
ウィルフィード達が半ば諦観の滲む表情で呟くが、直ぐに声色が変わる。怪物級の魚人の背後から迫る存在に気が付いたからだ。
真央も咄嗟にカメラをズームアップする。配信者の本能だ!
そうすれば、リスナー達も見る。世界が見る! まったくもってウィルフィードと同じ心境、同じ言葉を呟かざるを得ない!
なんだ、あれは……
魚人か?
いや、違う。確かに常人離れした凄まじい速度で泳いでいるが魚人ではない。
見ろ、あの美しいフォームを! 躍動する筋肉を! なんとダイナミックかつ流麗なバタフライ泳法!!
人だ。ジェット水流式推進器でも搭載してんのかい! とツッコミを入れたくなるような水飛沫と速度だが、まるでトビウオのように美しすぎるバタフライ泳法で迫っているのは、間違いなく人だ!
「違う、あれは……あれはっ!!」
真央がマオヨシに戻る! 希望と興奮と盛り上がりを意識した配信者魂を声に乗せて叫ぶ!!
「あれは――漢女だぁあああああっ!!」
「ぶるぁああああああああっ!!」
雄叫びが上がった! 海面からミサイルのように飛び出す巨漢。
筋肉だ。それは筋肉の化身だった!
天の光を浴びながら両手を伸ばす姿は、さながら空を自由に駆ける鳥の如く。肉体美を誇る姿はどこぞの戦神を模した彫像の如く!
これにはブーメランパンツもモッコリ!
ボス個体がギョッ!? としたように振り返った。
だが遅い。その時には既に巨漢がボス個体に背後から取り憑いていた。
「ぶるぁああああああああっ!!」
「ギョォオオオオオッ!?」
隆起する筋肉。飛び散る水飛沫と汗と魚人の体表を覆う粘液。
巨漢の雄叫びと筋肉が躍動し、ボス個体の首を締め上げる。
絶叫を上げながら必死に抗うボス個体。
ある意味、とてもショッキングな光景だった。周囲の魚人達もギョッとした様子で硬直してしまっている。
一拍。
服飾店の店長にして金ランク冒険者の中でも最強格と称される全ての漢女の頂点――クリスタベル店長とボス個体の戦いは、
「ぬぅううううんっ!!」
ゴキュッという頸椎が砕け散る音と共に終焉を迎えた。
ギョ!? と白目を剝いて海に帰っていくボス個体。
その頭部を蹴って、無駄にくるくる回りながら大穴手前の浅瀬に着弾したクリスタルベル店長は、盛大に上がる波飛沫と、「い、いやっ、何よこの筋肉!! 来ないで!」と言ってそうな雰囲気で尻餅を突いている周囲の魚人を尻目に、
「助けに来たわん♪」
最高にキレてるダブルバイセップスを決めたのだった。
もちろん、マオヨシは言った。
「勝ったな。風呂入ってくる」
同時刻、ロシアの首都の都心部にて。
今そこは人々の常識と正気を根こそぎ破壊するような恐怖と闘争に支配されていた。
まだ昼間だというのに陽の光はなく、暗黒の雲に覆われた地上は異様なほど暗い。絶えず稲光と雷鳴が轟いていて、衝撃音や破壊音も断続的に響き渡っている。
唐突に砕けた高層ビルの一部の破片が降り注いで、あるいはダウンバーストの如き突発的な衝撃波が地上の人や車両を翻弄する。
それが何かは分からない。黒々とした空が保護色となっているのか目視を著しく困難にしている。
だが、何かがいた。
複数のおぞましく強大な存在が、この大都市の遥か上空で殺し合いをしている。それだけは確かだった。
狂気が雨となって降ってきているようだった。
目に見えない恐怖とおぞましさが一千万を超える都市部の人々の心を凍てつかせ、あちこちでパニックが起き、それによって事故も多発している。
警察が総出動して懸命に事態の沈静化や避難誘導をしているが……
「なんなんだ……いったい何が起きてんだっ」
同じだ。彼等とて混乱の極みにあるのだ。目に見えない、誰が敵かも、何が原因かも分からない。そんな状態で何をしろというのか。
足が止まる。悲鳴と怒号と混乱の最中、絶望したみたいに立ち尽くしてしまう。
この首都以外での大都市でも同じようなことが起きているとか、それどころか未確認生物の全世界一斉出現だとか、他国の生物兵器だとか、軍が出動しているとか、怪物には並の銃火器では効果がなく壊走したとか、とにかく都市部から逃げろとか……
確認の取れていない情報が錯綜していて、上からもまともな指示が下りてこない。
何はともあれ、何かがいる都市中心部から一人でも多くの市民を退避させる。それしかできないが、それさえも大きな混乱の中では至難であった。
誰か……
神よ……
得体の知れない恐ろしい気配から逃れたい。そんな時に縋るのは、やはり大いなる存在で。
その時、光が差した。
都心部の上空に輝く球体が生まれていた。混乱の坩堝にはまっていた者達は、思わず天を仰いだ。
そして、見た。目撃した。
光の中にいる人影を。翼と鎧に身を包み、片手に剣を持った美しい青年の姿を……
目を見開く。追い詰められた精神は、何かに縋らなければ狂気に堕ちてしまいそうだった心は、その存在を〝天使〟だと思った。
天使と見られた青年が剣を掲げる。途端に彼の周囲に輝きが幾つも生まれ、同じく見目麗しい、けれど物々しく武装した有翼の人々が現れた。
一拍、一斉に飛び上がっていく天使達。それは、人々を襲う正体不明の怪物に立ち向かう天使の軍団であり、人々の祈りに神が応えたように見えた。
魂を凍てつかせるようなおぞましさは変わらない。本能的忌避感も、いっそパニックに陥った方が楽なのでは? と思う気持ちも。
だが、ほんの少しだけ心に光が灯った気がした。
発狂寸前だった先の警官も、深呼吸を一つ。帽子をグッと被り直し、未だに呆けたまま空を見上げている周囲の市民のもとへ視線を向けた。
足は、ちゃんと動いた。
という地上の光景をビルの屋上から確認している怪しい男がいた。
背に金糸で魔法陣を刺繍した黒いローブを羽織った男だ。目深にフードを被っていて表情は分からない。片手には淡い光を帯びた金属製の本を持っている。
「そ、総長……」
背後から震える声がかかった。同じ黒いローブを羽織った集団だ。金糸の魔法陣は刺繍されていないが、同じ格好の者達が二十人は並んでいる。
総長と呼ばれた金糸刺繍の黒ローブの男が、パタンッと本を閉じる。
「時は来た」
息を呑む音がそこかしこから。
「なぜ君達は目覚めた? なんのための力か? その答えが、今日、この時に示される」
ゆっくりと振り返る総長。
「選ばれし者達よ。神秘の申し子よ。今こそ我等が生まれた意味を示す時!!」
上空で行われている戦いに、すっかり怯えきっていた黒ローブ達の雰囲気が変わった。
「それこそが我等――マジシャンヒーローズの存在意義なれば!!」
バッとフードを払う。顔を晒したのは眼鏡をかけた東洋人の青年。
総長――改め、〝本物の魔法が使えるなら手品で世界一になれんじゃね?〟と安易な思考で世界に飛び出し、真央と同様になんだかんだ知名度を上げまくったマジシャン界の超新星、帰還者が一人、仁村明人がフッと笑う。&眼鏡をクイッ。
まるで、今、上空で戦っている例のあの人のよう。
「そ、総長! 我等は秘密組織なのでは!? 正体をさらしていいのですか!?」
マジシャンヒーローズ。それは明人が作った組織の名だ。
表向きはマジシャン界の超新星たる明人を中心にした、諸外国を回ってマジックショーを繰り広げるマジシャン集団。裏の顔は〝覚醒者〟を保護し、かつ、その力を以て悪を挫き人を助ける秘密のヒーロー組織だ。
一応、ハジメの手伝いも含んでいるし、目覚めた能力を使って犯罪に走った者、走りそうだった者を〝分からせ〟て更生させるにも便利な設定だったから、というのもあるのだが……
例の深淵の人もニッコリしそうな言動を見るに、たぶん、割と趣味だ。友人達に「最近、あいつ調子に乗ってね?」と言われちゃうくらいには、確かにいろんな意味で気持ち良くなっていそうだ。
もっとも、すべきことは今もしているが。
「もはや秘匿の意味はない。秘匿を気にしている場合でもない」
仲間内の緊急連絡で大体の事情は理解している。いや、別の国でマジックショーをしていたところ、とにもかくにもと緊急で派遣されたので実際はよく分かっていないが……
少なくとも、実は上空の戦いとは別に出現していた怪物数体を今も幻術によって同士討ちさせているし、更に戦場から人々を逃がすための〝空間投影式の幻術〟も随時かつ遠隔で発動している。
先程の天使軍団も人々の気持ちを少しでも静めるためだ。後は、幻の警官を作り出して避難誘導もしている。
この演説じみた言動も、一応は恐怖で竦んでいた〝覚醒者〟達を奮い立たせるためではあった。
あったが……
調子に乗っているのは、やっぱり事実なので。
明人君、眼鏡を取り、髪を掻き上げてオールバックにしちゃう。そして、いつか言ってみたいと思っていた至極のセリフを――
「ならば、私も民衆に正体を明かそう! そして、私がマジシャンの頂に、天にた――ほげばぁっ!?」
口にする寸前でぶっ飛んだ。
弾丸みたいな速度で隣のビルの窓をぶち破り、そのままフロアの中へ消えていった。
当然、〝覚醒者〟達の目が点になる。「え?」と声も漏れる。
今の今まで総長がいた場所には、新たな異形がいた。
脂ぎった黒い体毛に覆われた体長三メートルから四メートルの巨躯。両腕の肘から先にもう一本の腕が生えていて、それぞれ恐ろしく鋭い爪が生えている。だが、何より異様なのは頭部だ。
縦に割れている。その割れ目にびっしりと牙が生えていた。頭部こそが、この怪物の口なのだ。
「……あ、あっ」
声にならない声を上げて〝覚醒者〟達が後退っていく。
明人が同士討ちさせていた先の怪物より、ずっと濃密でおぞましい気配に喉が引き攣る。冷や汗が噴き出し、体が震える。
彼等・彼女等は能力に目覚めた者達だが、しかし、それは本当に〝手品レベル〟の能力に過ぎない。本当の殺し合いなんてしたこともない、チンピラ同士の喧嘩がせいぜいの一般人だったのだ。
避難誘導くらいは出来ただろう。パニックになった者、発狂して暴れる者の鎮圧くらい問題なかった。クラス5なら時間稼ぎも出来たかもしれない。
だが、目の前のクラス4、それも上位に入るそれを目の前にすれば……
しかも、だ。
屋上の一角や、周辺のビルの屋上、ビルとビルの間の虚空にまで幾つもの赤黒い渦が生まれ、そこから同じ怪物が次々と落下してくる光景を見れば……
口頭部の怪物が跳躍した。咆哮はなく、ただ盛り上がったピンク色にも見える気色悪い目と、振りかぶった四本の腕と爪が何よりも雄弁に殺意を伝えていて。
あ、死んだ。と誰もが思った刹那だった。
「――〝砲皇〟」
血飛沫が舞った。袈裟斬りにされた怪物の胴体から。
砲弾じみた衝撃を受けると共に斬り裂かれた怪物が〝覚醒者〟達の頭上を越えてぶっ飛び、屋上の反対側まで転がっていく。
ちょうど背後に落ちてきた別の怪物が仲間を飛び越え、こちらに突進してきた。
だが、それも、
「――〝緋槍〟」
隣のビルだ。そこから飛来した炎の槍が怪物の胴体に直撃する。だが、あまり効果がないと見てか「――螺炎」という言葉が追加で放たれ、直後、その炎の槍が凶悪なまでの炎の竜巻になって怪物を呑み込んだ。
やはり声はないがダメージはあるのだろう。炎の奥でのたうち回る口頭部の怪物の影が見える。
わけが分からない。何が起きた? 混乱する〝覚醒者〟達。
その混乱は他でも。
「な、なんだ……」
〝覚醒者〟の一人が呟く。その視界には赤黒い渦にも似た、しかし、忌避感は覚えない虚空の闇が映っていた。
大きい。直径百メートルはあるだろうか。そこから新手がやってくる。
怪物共と違って、やはり本能的忌避感は覚えない、けれど同じくらい非現実的な存在達。
『散開し、所定の区画へ! 通信を密に!!』
「各個撃破せよ! 援護は竜人の方々がする! 持ち場を死守せよ!」
竜だった。藍色の竜を先頭に、次から次へと勇壮な竜が飛び出してくる。
しかも、その背には複数の人が乗っているのだ。鎧に身を包んだ浅黒い肌に、先端が尖り気味の耳が特徴の種族。
彼等が大都市に散開していく。あちこちに落とされた怪物達へ立ち向かっていく。
高層ビルの合間を縫うようにして飛ぶドラゴンの群れ。
まだビル内にいる人達、地上の人達はそれを見てどう思ったか。
突如として降ってきた口頭部の怪物をブレスで吹き飛ばす光景。
人の密集する場所では背から飛び降りてきた、ファンタジーな戦士達が魔法の如き力を使って自分達を庇うように怪物と相対する姿。
〝覚醒者〟達と同じく唖然呆然は免れない。
そこへ、
「おうおう、明人さんよぉ。天がなんだって? どこに立っちゃうんだって?」
「よっ、流石は明人さん! やっちゃってくださいよぉ! ほら、眼鏡グシャッってするんでしょ!? 早く早くぅ!」
場違いに陽気な声が聞こえてきた。
隣のビルから突風に乗るようにして跳躍してくる二人組の東洋人と、その二人に肩をかされて苦い表情になっている総帥がいた。
「緊急用の結界アーティファクトが発動してなかったら、マジでヤバかった仲間への言葉がそれかよ」
「そんだけ文句言えるなら大丈夫だな」
「〝ゲート〟から出た瞬間にぶっ飛んでんだもんなぁ。油断しすぎじゃね?」
「こっちは後衛職なんだよ! おまけにずっと何ヵ所にも遠隔で幻術を使ってんの! しょうがないだろ!」
「「天に立っちゃう人なのにぃ~~~??」」
「こ、こいつらっ」
ポイッと捨てるように手を離す煽り顔が似合う二人組――中野信治と斎藤良樹に青筋を浮かべつつも、いそいそと眼鏡をかけ直す明人。
仲良し(?)かは分からないが、気の置けない間柄というのはなんとなく察することができる。何より総帥が生きていたことに安堵し、少なくない〝覚醒者〟達がへなへなと崩れ落ちた。
「マジかぁ……中級だぞ。しかも結構本気でやったんだけど」
「クラス4でこれかよ……」
同じ屋上にいる二体の怪物が立ち上がり、こちらを見た。火炎に巻かれ、あるいは袈裟斬りにされてもまだまだ動けるようだ。
「合わせようぜ、信治」
「OK~」
阿吽の呼吸で繰り出される風と炎の複合魔法。
先程の比ではない凄まじい火柱が天を衝くように噴き上がる。二体一緒くたに呑み込んだそれは、風と炎の相乗効果で熱量を際限なく上げていく。
「よくも決め台詞を邪魔してくれたな」
ついでに明人が幻術もかけて火炎旋風からの脱出を困難にさせた。
「で、お前等が援軍?」
「あと竜人族の一部と魔人族の部隊な。他の都市にも派遣されてる」
「特に竜人の皆さんは一人でも一騎当千だからな。世界中に散らばってるぞ」
そう言って、スマホを見せてくる良樹。
『なんという光景でしょう! 空には伝説のドラゴン! そして、その背から降り立ったのは――漢女の軍団です!! やべぇ光景だね!』
友人であり、最近はライバル心も芽生えてきたマオヨシのチャンネルだった。
まるで災害現場のレポーターみたいな口調のマオヨシだが、あながち間違いでもない。
だって、ある意味、本当に災害現場みたいなことになっていたから。
無数の魚人と、その上位種らしき個体が複数、海から顔を覗かせ上陸を試みているのだが、その後ろの海が凍てついている。
海の上空には、おそらく氷竜のリスタスさんだろう。見覚えのある竜がブレスで広範囲の海を凍てつかせ足場を作っており、そこへ他の竜の背から筋肉達が飛び降りる光景が映っていた。
数十メートルの落下などなんのその。
まるで転移してきた直後のターミネー○ーの如き裸体と片膝立ち。なぜブーメランパンツ一丁なのかは分からない!
立ち上がった筋肉の化身達は、なるほど、確かに漢女の軍団。遠目だが見覚えがあった。
確か【ブルックの街】でユエに告白しスマッシュ返答されたマリアベル、【フューレン】のギルドでスマッシュ返り討ちにされた元黒ランク冒険者のレッドベル、帝国の元牢番でスマッシュ尋問を受けたディーベル……
そう、救援はクリスタベル店長だけではなかった。当然のように漢女の軍団も連れてきていたのだ。
海の上を一定間隔で横並びした漢女達が、ゆっくりと歩き出す。既に体は仕上がっているらしい。全身から汗の蒸気を噴き出し、筋肉をパンプアップさせている迫力といったら……
「世界がやべぇことになってる……」
明人君は呆然と呟いた。こんなの、こんなの完全に〝地ならし〟じゃん。進撃の漢女じゃん。地球、終わっちゃうじゃん……と。
良樹的には一応、遠く離れた場所に竜人は派遣されているというのを見せたかったのだろうが、映像がいろんな意味でショッキングすぎた。ソッと画面を消す。
と、そこで藍色の竜が飛来した。これまた、否、最も見覚えのある竜人だ。
「ヴェンリさん!」
ティオの第二の母ともいうべき最古参の竜人の一人。決戦後から帰還までの間、最も帰還者達の身近にいた竜人であるから、明人達も当然よく知っている。
淡い輝きを纏いながら竜化を解くヴェンリ。
着物姿の女性が屋上の縁に立った。その姿を見て明人達から思わず声が出た。
「「「なんか若返ってない!?」」」
「あらやだ、こんなおばあちゃん相手にお世辞を言っても何も出ませんよ?」
確かに以前と同じ、相応の歳を感じさせる容貌ではある。気のせいと言われれば納得してしまう程度の変化だ。
だが、明らかに肌艶が良い気がする。シワも少ないような? 何より、感じる活力が違うというか……
「それよりも、ユエ様から連絡です」
スッと表情を改めるヴェンリ。若返ったように見えていたが、そうすると一気に感じさせられる厳格な雰囲気のせいか、やっぱり気のせいだったように思う。
自然と襟を正す明人達。
「〝無神〟の出現の仕方に差があるそうです」
「差っすか?」
信治が小首を傾げる。
「〝無神〟の中に〝一瞬だけ開いて直ぐに閉じる赤黒いゲート〟から出てくる存在がいます。そこから出てくる〝無神〟は、どうにも出現場所がピンポイントすぎるようなのです」
「戦略的ってことっすか?」
「ええ。もしかすると、赤黒いゲートは〝門の神〟によるものかもしれない。そして、〝門の神〟は、もしかすると単体の〝無神〟ではなく、多くの〝無神〟を抱える存在なのかもしれない。現在進行形で刻一刻と増えている世界各地の出現情報から、そう推測しているそうです」
「つまり、地球に各地に潜んでいた単体の〝無神〟とは別に、その〝門の神〟とやらの領域? か何かから世界各地に送られている連中がいる、と?」
明人の確認に、ヴェンリは頷いた。
「ですので、可能であれば確認し、連絡が欲しいそうです」
「あ~、赤黒ゲートから帰還しようとする奴とか、開きっぱなしの赤黒ゲートがあればってことっすね」
良樹の表情が険しい。信治と明人もだ。
チラッと上空を見やる。雲の上で戦っているのか戦友の姿は見えない。だが、感じ取れる余波だけでも、自分達では足手まといになるだろうと思わせるに十分。
クラス4の怪物とて自分達には侮れない。
ただでさえ引き締まっていた気持ちが更に、それこそ神話決戦の時に戻ったように鋭く尖っていくのが自覚できた。
「できること、やるしかないな」
信治の言葉に頷き合う良樹と明人。
ヴェンリも再び竜化モードに入る。藍色の輝きで己を包み込んでいく。
「ご武運を。しかし、ご自愛も。だんなさ――ごほんっ。ハジメ様がお戻りになった時、そこに悲しみが溢れていてはいけませんから」
「え、今なんて?」
「ちょっ、ヴェンリさぁん!?」
今、南雲のこと旦那様って言おうとした? いや、まぁ、ティオさんの旦那なわけで、つまりヴェンリさんからすれば主にもなるだろうし、〝お屋形様〟的な意味ならあり得ない呼び方ではないけれど……
バッと翼を広げて早々に戦場へ戻っていくヴェンリさんの後ろ姿を、なんとなく眺めてしまう三人。
なんだろう。旦那様と口にした時の声音に、何か妙に感じるものがあったのは気のせいだろうか? 自分達が意識過剰なのだろうか?
妙に若返って見えたり、少なくとも新たな生きがいを見つけた人みたいなエネルギッシュさを感じたことが、その感覚の正しさを後押ししているようなしていないような……
「ま、まさか南雲の奴……そんな……嘘だろ?」
「は、はは、それは流石に……魔神すぎるて」
「だ、だよなぁ!」
顔を見合わせ、乾いた笑い声を漏らす三人。
そこへ、
「あ、あの総長。私達は……」
ハッと振り返る。所在なげに立ち尽くす〝覚醒者〟達がいた。
再び顔を見合わせ、一緒に咳払いを一つ。
「無論、怪物共から民衆を守り抜く。マジシャンヒーローズの名にかけて!」
「あ、どうも、協力者です」
「友人です。よろしく。ところで、そこのお姉さん、彼氏はいますか?」
妙な勘ぐりは脇に置いておいて。
三人は〝覚醒者〟を引き連れ、喧噪と混乱が広がる大都市へと走り出したのだった。
一方その頃、日本は富士山の麓、樹海の奥地にて。
「我が名はラナインフェリナ!! 深淵卿の第一夫人にして、暗き森の斬影!! 貴様等の命は、この私が預かった!! 世界は違えど、ここは我等のテリトリー! 我等、獣人族の戦士こそが、最強であることを存分に証明するがいい!!」
「「「「「ウォオオオオオオオオオッ!!!」」」」」
フェアベルゲンの獣人戦士団が、社へと続く洞窟を前に整然と陣形を組んでいた。
その先頭に立っているのは、昔ならあり得なかった兎人族の指揮官。
人の密集区ではないが、ここはある意味それ以上に重要な場所だ。
少なくとも〝龍〟が復活すれば世界は大混乱を超えて滅亡の危機に瀕する。〝無神〟を相手にしている余裕などなくなる。復活の兆しだけでも不味い。それだけで各地の竜伝承が実体を持ち暴れ出しかねず、やはり〝無神〟に利する状況となる。
だから、
「フッ、安心なさい。千年の神秘を受け継ぎし幼き姫よ。樹海に踏み込みし愚者の尽く、我等が呑み込み森へ還す。姫はただ、夜の帳の中で己が使命を全うするがいいわ」
『すみません、ラナさん。何か仰いましたか? 今、ちょっと集中していて――』
「フッ」
ターンする。夜だけどかけているサングラスもクイッ。
周囲一帯から迫り来る肌が粟立つような気配を発する群れを前に、ラナは、否、ラナインフェリナは旦那のように香ばしいポーズを決めた。
そして、社である洞窟の奥。
そこで陰陽師の狩衣を纏い、新たに作られた鳥居の前で印を組み、瞑目しながら一心不乱に詠唱を口ずさんで何かの儀式をしている幼き姫は、外から聞こえ始めた喧噪も気にせず集中し続け、そうして、
「――準備、整いました」
最強の魔法使いが唯一、魔法の分野においては己に匹敵する才能があると認めた存在が、遂に万全の戦支度を終え、スッと目を開いた。
「藤原陽晴、出ます」
最強の陰陽師、いざ、出陣。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
やっとラナ達sideに入れました。ギリ「下々」でいけそうか……
※ネタ紹介
・知っているのか、マオヨシ
『魁!!男塾』の雷電より。
・緊急で動画を回している
YouTuberのヒカルさんが元ネタらしいです。ホラー系の漫画か何かのネタだと思ってたました。
・地ならし
『進撃の巨人』の〝地鳴らし〟より。大型巨人のように地鳴りがするわけではないが、通り過ぎた後には何も残らないか漢女が量産される、かもしれない。
・勝ったな風呂入ってくる
元ネタというよりネット上のスラング。逆転されるフラグだが、今話ではむしろダメ押し。
・私が天に立つ。
『BLEACH』の藍染惣右介より。ちなみに、明人君に眼鏡を割る勇気はない。普通に高いから。幻術で砕いたようにみせるだけの予定だった。
・怪物のイメージ
魚人:クトゥルフのインスマス、深きもの。口頭部の怪物:クトゥルフのガグ。あくまでイメージモデルです。




