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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフター最終章
559/561

全世界防衛戦⑤ それぞれの防衛戦 中




 襲撃者を掃討した優花と護衛悪魔が、無事に最寄りのサービスエリアに入った後のこと。


 興奮半分おっかなびっくり半分といった様子の双子(はとこ)ちゃんをなだめつつ、ついでに博之の影にぬっぷりと戻る護衛悪魔の「人間にしてはまぁまぁだ。及第点をやろう」みたいな視線にイラッとしつつ、優花は建物脇の目立たない場所に〝ゲート〟を開いた。


「ゆ、優花ねぇ? ここどこ?」


 ギャル小学生な見た目の(かなで)が、少し不安そうな声音で尋ねてくる。優花の腕にヒシッとしがみつきながら。


「あ~、えっと」


 優花も少し戸惑った。


 てっきり南雲家のリビング辺りに出るかと思えば、あの異世界旅行に出発する前にも通った白レンガ造りの地下エントランスに出たからだ。〝龍の事件〟の時に避難してきた経験がある園部夫妻も少し戸惑い気味だ。


 異世界や地下工房に通じている十の扉のうち、一つが開いていて輝く膜――〝ゲート〟が起動している。


「こっちよ。大丈夫。南雲家であることに違いはないから」


 はとこ達の不安を和らげるために、努めて穏やかに、かつ堂々と答える優花。


 その余裕のある態度に奏はもちろん、響も直ぐに緊張を解いて頷く。


 優花が先陣を切って〝ゲート〟を通り、その先の十メートルほどの通路を進み、最後にもう一度、突き当りの〝ゲート〟を通る。


 そうして、


「いや、どこよここぉっ!!」


 全力のツッコミが迸った。ぜんっぜん余裕のない態度だった。見るからに動揺しまくっていた。


 双子ちゃんから「「えぇ!? 優花ねぇ!?」」と動揺の視線が注がれる。まさか知らない場所なのかと不安が一気に押し寄せている様子だ。


 だが、優花の動揺も当然と言えば当然だった。


 〝龍の事件〟の時にも訪れた南雲家の避難用地下拡張空間(シェルター)は、言わばホテルのスイートルーム。そこから少しグレードは落ちるが十分に快適な生活が送れるだろう各個室にも行ける、という感じだった。


 それがどうだ。確かに雰囲気(コンセプト)は同じようだが、あまりにも改良されている。


 そう、スイートルームではなく、目の前に広がっているのはホテルのラウンジだったのだ。それも、確実に良いお値段がしそうなホテルのラウンジである。


 柔らかそうなソファーが百席以上あって、床もふかふかの絨毯が敷かれ、落ち着いた色合いのシャンデリアも。


 中央に楕円形のバーカウンターのような場所があり、バーテンダーのような衣装を着たゴーレム――頭部がディスプレイになっていて、腕も金属のままというロボット感満載タイプ――が、各種飲み物や軽食を出してくれるようだ。


 ちょうど淳史と昇が、どこか引き攣っているようにも見える表情で飲み物を受け取っている。二人も無事に家族を避難させられたらしい。


 その中央カウンターの上にはサークル状の空中ディスプレイがあって世界各地のニュースが流れていた。


 左サイドには扉が並んでいる。扉の上のプレートを見る限り、トイレやシャワールーム、喫煙所やランドリーのほか、どうやら食料庫やキッチン、各種アメニティーから日用雑貨の類いまで保管している場所があるらしい。


 右サイドには階段と柱の中を空洞にしたような空間がある。天井と床に魔法陣が彫り込まれていて、案内板を見る限り転移装置であるようだ。カウンターで専用のゲートキーを受け取ることで個室に移動できるらしい。


 だが、だがしかしだ。


 緊急時のシェルターとは思えない改良ぶりが、優花や、既に避難してきている淳史達の驚愕の最たる原因では、実はなかった。


「ゆ、ゆうかねぇ……おれ、宇宙が見える」

「ゆ、ゆうかねぇ……あたし、宇宙が見える」


 別に響も奏も哲学を語りたいわけじゃない。なんか怪しい宗教に啓蒙されたわけでも、まして悟りを開いたわけでも、もちろんない。


 そのままの意味だ。


「ち、地球は青かった……ねぇ?」

「そ、そうねぇ」


 博之と優理からも乾いた笑みが零れている。


 当然だろう。何せ視線の先、ラウンジの対面にある全面ガラス張りの壁の向こう側には――


 草の一本も生えていない荒れた大地。


 そんな生命の伊吹を欠片も感じられない大地以外に見えるのは、青空も曇天もない闇色と星々が輝く宇宙(そら)


 そして、その地平線上の向こう側に見える青き星――地球が見えているのだから。


 宇宙である。どこからどう見ても宇宙から地球を見ていた。


「あはは、驚いてる驚いてる」

「とりま、無事みたいで良かったよ」

「奈々! 妙子!」


 聞き慣れた声にハッと視線を転じれば、親友二人が苦笑しながら寄ってくる。


「あれ、なに……」


 油を差し忘れた機械みたいな動きで前方を指さす。と同時にハッとする優花ちゃん。


「あ! ……ごめん、そういうことね。あれでしょ。映像の投影か幻術でしょ? 避難者の精神的負担を和らげるリラクゼーションの一種。南雲ってば、そういう気遣いというか、かゆいところに手が届く的なこと、よくするし? ……はぁ、普通に考えれば直ぐに分かることなのに、動揺しまくってはっず――」


 奈々と妙子が何か言う前に自己完結する。ちょっと頬を染めて恥ずかしそうに手をパタパタ。


 なので、奈々と妙子は現実を突きつけた。自分達も未だに現実味を感じられていないけれど。


「「地球だよ」」

「ぱ~どぅん?」


 なぜか英語になっちゃったのは、たぶん、あれだ。これでも魔法を使える者の一人であり、異世界で修羅場を潜ってきた猛者の一人として、本当はなんとなく感じ取っているからだろう。映像と現実の違いくらいは。


「「ちな、ここは月だよ」」

「えくすきゅ~ずみぃ?」


 けれど、やっぱり信じられないようで。耳に手を添えて、あえて「ちょっと何を言ってるのか分かりません」と態度で示す。


 奈々と妙子はとっても優しい表情になった。揃って優花の肩に手を添えて、しっかり目を見て、現実を教えてあげる。


「月だよ、優花っち。ここ、お月様の上なんだって」

「月の北極点辺りらしいよ。ははっ、笑えるよね」


 顔を見合わせる親友三人。もちろん、博之と優理、それに双子ちゃんは口をあんぐり開けて「ぱ~どぅん?」している。


 一拍。


「月って何よ! どこの国よ!!」


 優花の頭は理解を拒んだらしい。


 お前、どこ中だよ!? とヤンキーが他校の中学生にメンチを切りながら凄むような雰囲気でツッコミを入れる。


 月という地名の場所だと、あくまで地球上だと思いたいらしい。無理もない。なぜ地下に避難したはずが、逆に空を突き抜けて遥か宇宙(そら)まで来ることになるのか。


 気持ち分かるわぁ~~っと奈々と妙子は逆にちょっと落ち着いたらしい。優花の動揺に生温かい眼差しになっている。


 というか優花の迸る声に反応してガラス張りの壁に張り付くようにして外を眺めていた避難者達も、ようやく目も心も奪われる光景から現実に返ってこられたようだ。


 ハッとした様子で振り返ってくる。


 玉井家に相川家、宮崎家と菅原家、そして遠藤夫妻に加えて、卒業式以来の元クラスメイト達とその家族も数組ほど。


 日本は夜だ。普通なら一家団欒の時間帯。自宅に家族共々一緒にいた家庭も多いだろう。実家暮らし、あるいは実家に近い場所で一人暮らしをしていた者達は、レミアからの連絡を受けて直ぐに避難してこられたに違いない。


 後は遠方にいる仲間達と、その家族が随時、転移してくるはずだ。


 そして、ここにいる者達と同じく驚天動地の事実に現実逃避ないし唖然呆然の極致へと至ることだろう。


「あら! 優花ちゃんも無事に避難できたのね! 良かったわ!」

「やぁ! 博之くん! 優理さん! 無事で何よりだ! おっと、そちらは親戚の子かな?」


 ガラス壁に張り付いていた者達の筆頭二人――愁と菫が駆け寄ってくる。


 自分達でさえ襲われたのだ。南雲家の二人なら言わずもがな。襲撃の連絡も受けていたので無事だと信じてはいたが……やっぱり無事な姿を見ると安堵する。動揺していた心が少しは落ち着きを取り戻し――


「愁さん! 菫さん! 無事でよか――」

「「お義父さんとお義母さんと呼んでもいいのよ?」」

「愁さん! と! 菫さん!!」


 優花の動揺に拍車がかかる! 違うから、そんなんじゃないから! だから、響も奏も凝視してこないで! ほら、地球よ! 地球を見なさいよ!


「それより、ここはどこの月ですか!?」


 誤魔化すように問い詰める。動揺をまったく隠せていないが。


 事態が事態だし、優花ちゃんの可愛い反応を見て楽しんでいる場合じゃないなと愉悦心をグッと抑えて頷く愁と菫。


「間違いなく、ここは月の上だよ」

「一応、ハジメからは事前に聞いていたんだけどね。新しい避難場所のこと。実際に来るのは初めてだから、私達もすっかり動揺しちゃって」

「ほ、本当に月の上……なんでそんな」


 気持ちは分かると苦笑する愁と菫曰く、ハジメは悩んでいたらしい。


 有事の際、どこに避難すべきかを。


 南雲家の地下のまま? それはあり得なかったのだ。なんなら地球上であることにも不安があった。


 言うまでもない。〝龍の事件〟だ。


 日本そのものが巨大な龍の妖魔である事実を前提とするなら、避難所が日本の上にある時点で全く意味がない。


 だから、当初は大陸の秘境や、いっそ南極や北極といった世界の最果て、なんなら異世界のどこかに新たな避難所の建築を考えていたらしい。


 というか、実際に「避難所なんてなんぼあってもいいですからね」と世界各地に作ったらしい。ここほど豪勢ではないが。


 だが、やはり地球上にあるという一点で不安は拭えず、場合によっては行き来が断絶されるかもしれない異世界も同じく。


 同時に、避難計画とは関係のない、全く別の計画や構想のために使える種々の条件を満たす土地を探していたハジメは、ある夜、夜空を眺めながら考えに耽る中で気が付いたわけだ。


 そう、夜を冴え冴えと照らすお月様に。


 ……あそこで良くね?ってか、むしろ理想的じゃね? と。


 作業自体は大したことなかった。月との距離など異世界転移に比べれば問題にならない。結界により月面での活動も問題なし。というか、今のハジメなら呼吸さえ確保できれば魔力を纏うだけで宇宙空間に生身でいても特に問題はない。


 結果、出来上がったのが、出来上がっちゃったのが、この月面シェルターだ。


 各種結界は当然、実は移動式であり、必要とあらばシェルターごと転移することも可能。今の位置的に専用の望遠アーティファクトを使えば地球と月で双方向かつ物理的に確認もできるし、なんとWifiや電波系も受信できる。


「あと、今はあのガラスの壁面もアーティファクトらしくて、単に強力な防壁というだけじゃなくフィルターの役割もあるとかなんとか」

「一応、優花ちゃんの言っていた通り避難生活者の心理的負担の軽減だそうよ」

「フィルター、ですか?」


 いつの間にか他の家族も集まって愁と菫の話を聞いている中、愁の言葉に優花は首を傾げた。


 自然とガラスの壁面に目が向く。


 相も変わらず地球は美しい。星々が輝く宇宙も美しい。荒野は少し寂しい。


 これがフィルター越しの光景? でも月面上というのは本当だというし……いったい何をフィルタリングしているというのだろう?


「ハジメは防衛機構が見えちゃうのは心理的負担かもしれないからって言っていたけれど……ねぇ、あなた。せっかくだし見てみましょうよ」

「そうだな。ちゃんと守られてるって目に見える形の方が安心感もあるだろうし……」


 愁が「どうします?」と視線を巡らせる。


 愁と菫の会話を聞いて「もっとSFチックな光景が見えるってことか?」「ああ、そういう……」とか「スター○ォーズみたいな?」となんとなくイメージしている者達と、「防衛機構?」「どういうこと?」と頭上に〝?〟マークを浮かべている者達が半々といった感じだ。


 だが、何はともあれ見えていない光景があるなんて言われては気になるのが人のサガというもの。愁に向け直された視線は同意オンリーだった。


「え~と、バーテンダーさん。フィルター、解いてもらえるかい?」


 愁が声をかけると、ロボバーテンダーは恭しく頭を下げ、指ぱっちんをした。


 直後、美しい宇宙と地球の光景は一変した。


 まず認識したのは視界を染める血のような赤。


 結界だ。真紅の結界が巨大なドームを形成しているのだ。その規模は球場レベルを遥かに超えていて、おそらく半径数十キロから、あるいは数百キロレベル。少なくとも地平線まで届いてる。


 その結界が発する輝きで見える範囲の月面全体も赤く見えているのだ。さも、レッドアラートが鳴り響く薄暗い施設の中のように。


 そして、その月面上には無数の蠢く存在が。


 お馴染みのグリムリーパー軍団である。たぶん。


 金属質のボディなのでグリムリーパーであることは間違いないのだろうが……


 なんか随分と造形の多様性が増していらっしゃる。


 上半身だけの巨大な骸骨――有名な妖怪の一種たる餓者髑髏(がしゃどくろ)に、千手観音の如き無数の腕を生やしたような造形の化け物。


 流体金属だろうか。鈍色のローブをゆらめかせ、巨大な〝死神の大鎌(デスサイス)〟を持ち浮遊する死神らしき存在が何十体も。


 体長十メートルを超える巨人型、大型バイクから上半身だけが生えている首なしライダー型、クレーターの中から今にも溢れ出そうな大量のネズミ型、空中を残光の尾を引きながら高速飛行している目玉型も多数。独りでに動くガーゴイルのような姿の影も無数に……


 はっきり言おう。


 地獄だ。あるいは冥界だ。人が想像する恐ろしき人外魔境が、そこにはあった。


 誰も何も言えない。純粋な恐怖で固まっている。


 それは南雲夫妻も同じく。


 不気味な静寂が漂う中、フィルターが解かれていることを避難者達の視線から気が付いたのだろう。


 魔神様(ボス)の命令通り、月面シェルターの警備のお仕事を忠実にこなしているだけの悪魔さん達が、一斉にこちらを見た。


 怖気が一気に背筋を駆け上がる。動けば死ぬと言わんばかりに硬直する避難者の皆さん。


「「「「ひぃっ!?」」」」」


 一斉に上がる悲鳴。抜ける腰。噴き出す冷や汗に暴れ出す心臓。


 なるほど。これはフィルターが必要だ! 有害指定も当然だ!


 あと一歩。あと一秒で恐慌状態になる。盛大に悲鳴を上げ、一斉に逃げ出す……という前に、


「いやっ、どこの万魔殿(パンデモニウム)よッ!!」


 いっそ清々しいほどのツッコミが迸った。綺麗に片手をビシッと突きつけるなんて様式美も守っている。


 優花だった。


「大方、地獄や妖精界と関わるようになって、そっち方面の造形とか格好いいと思って作ったんでしょうけど悪趣味にも程があるわ! そりゃフィルター機能はあるけど! 勝手に解いたのはこっちだけどぉ! 精神的負担を考える頭があるのに、どうしてそこで自重しないのよ! 南雲のばかぁーーーっ!!」


 普通に怖かったじゃないのよぉ! と涙目でぷるぷるし出す。そんな状態でも双子ちゃんの目元はしっかり手で押さえて見えないようにしている辺り、流石と言えば流石だ。


 あと、ハジメに対する解像度も流石だった。まったく以て、その通りだった。


 自重できなかった魔神のご両親が、思わず感心しちゃうくらい。


 でも、普段のように茶化したりはしない。だって、息子がそんな有様なのは自分達の英才教育が原因の一端だし……と思いっきり目を逸らす。心の中で他の避難者の皆さんにも謝罪しつつ。


 と、その時だった。


「あなた、落ち着いて。香織はきっと大丈夫だから。ね?」

「分かっているさ。でもね、薫子。やっぱりお父さんとしてナンジャコリャアアアアアアアアアアアアーーーーッ!!?」


 新たな避難者が来た。白崎夫妻だった。〝るーちゃん〟に保護され送られてきたのだ。


 で、恐怖映画のワンシーンみたいな光景を前に、智一さんは見事なリアクションを披露してくれた。


「逃げろぉ! みんな逃げるんだぁっ!!」

「落ち着いてあなたぁーーっ!! 南雲家なのよ!! 避難先が地獄じみていても不思議じゃないわぁっ!!」


 白崎家の奥さんが南雲家をどう見ているのか、なんとなく分かった。南雲夫妻は両手で顔を覆った。覆わざるを得なかった。


 外では悪魔さん達が何やら動揺している。そわそわアワアワと。守るべき避難者を怖がらせていると理解して、どうしようと慌てているらしい。


 端的に言ってカオスだった。


 だがしかし、自分よりパニックになっている人を見ると逆に落ち着く現象というのは、どんな状況でもあり得るようで。


 優花のツッコミ、白崎パパのお手本の如きリアクション、そして動揺している悪魔達を見て、他の避難者達は逆に少し落ち着きを取り戻してきたらしい。


 なんとも言えない微妙な表情だ。


 そこに館内放送がかかった。レミアの声が優花達を呼ぶ。真剣さを帯びつつも、やっぱり心にも耳にも心地よい柔らかボイス。避難者の皆さんは表情も更に和らぐ。


 しかし、それも束の間だった。


『敵性勢力が更に増したようです。優花さん達も対応をお願いします』


 どうやら休憩している時間はないらしい。


「了解。行くわよ!」


 一瞬の躊躇いもなく返答し、号令を発する。やはり躊躇いなく頷き、顔付きも歴戦の戦士の如く変わる奈々や淳史達。


 その顔付きを見て、各々の家族は思わず息を呑んだ。


「お、おい、淳史……」

「ちょっと奈々? あんた別にここで――」


 淳史の父と、奈々の母だろう。中央の空中ディスプレイに流れている世界各国のニュースを見て、思わず声をかける。あんな化け物がいる戦場に自分の子が行くというのだ。親として引き留めたいのは当然だ。


 だが、やはり、その顔付き、そして目を見て、制止の言葉は途中で消えてしまった。


「オヤジ、ちょいと行ってくる。まだ仲間もたくさん向こうにいるしな」

「ごめんね、ママ。できることをやってくるよ」


 ニッと笑みまで浮かべて言われてしまえば、もう何も言えない。子を守るのが親の役目ではあるが、もう自分達の子は〝守る側〟にいるのだと理解してしまう。


 異世界から生還してからというもの、度々感じていた子の背中の大きさ。


 ちょっと寂しくて、普通に進学してくれたことに、まだ学生でいてくれることに安堵して……


 でもやっぱり、とっくの昔に親の手からは離れているらしいと否応なく認めざるを得ない。


 複雑ながらも、伸ばしかけていた手を下ろす親達。心配をグッと呑み込んで「気を付けて」と送り出す。


「「ゆ、優花ねぇ……」」


 傍にいてほしい。そう願いながら優花の手を握り締める響と奏。


 優花は片膝を突いた。双子と視線の高さを合わせる。ほっぺをムニッとしてやる。


 そうして、不敵な笑みを浮かべた。


「大丈夫」


 誰より信頼し尊敬する姉の、その一言。


 双子にとっては、合理的で理論的な多くの言葉より、縦横無尽の投擲術より、火を噴き雷を纏うナイフより、その一言が何より強力な魔法の言葉だ。


 心配が興奮に塗り変わる。青ざめていた表情が一気に赤みを帯びて、瞳はまさにヒーローを見た子供のそれに。


 スッと立ち上がって仲間のもとへ行く後ろ姿に痺れる想いを抱く。


 そこへ、博之の影から飛び出す黒狼が並び立った。いかにも「仕方ないから手を貸してやらんこともない。せいぜい感謝するがいい。小娘」みたいな視線だ。


 シェルターの安全性に鑑み、地球に戻る優花の方こそ護衛が必要と判断したのだろう。


 優花の額に青筋が浮かぶが、しかし、戦力として有り難いことに変わりはない。ふんっと鼻を鳴らして助力を受け入れる。


 それぞれの家族についていた高位悪魔達も、それぞれ淳史達のもとへ。


「優花ねぇ! 頑張って!」

「あんな怪物、ぶっ飛ばしちゃって!!」


 響と奏の声援を受けて、肩越しに振り返りサムズアップを返す優花。


 異形の相棒と共に戦場へ向かう自分達の子等は、親達の目からしても確かにヒーローに見えた。











「分かりました。大丈夫ですから落ち着いてください。直ぐに迎えが行きます」


 南雲家の地下工房に、レミアの声が響く。


 ハジメが普段から使っている工房の一角にあるガラス張りの部屋だ。六面モニター以外にも、今は空中ディスプレイが幾つも出ていて、背後の一つは特に大きい。服部達がいた司令部のメインモニターと同じだった。


 そう、この地下工房は南雲家における緊急時の司令部でもあったのだ。


 座り心地にこだわった椅子には、今、本来の主ではなくレミアが座っている。


 白を基調としたスーツ姿だ。インナーも白のタートルネックタイプで、下はタイトな白スカート。ほとんど肌色に見えるパンストを着用している。


 例に漏れず、この衣装もレミアを守る防具だ。並の金属製鎧や現代地球のボディーアーマーを軽く凌ぐ防御力を誇っている。


 なお、ハジメが新たに用意した新衣装や防具のデザインには、多分にレミアのアイデアが入っている。デザインの相談を受けて嬉々としてお手伝いした結果だ。


 基本のコンセプトはハジメの好みなので、当然、〝スーツ姿のレミア〟という草案を出したのもハジメだ。スーツ姿のレミアが、ハジメ的にはツボらしい。


 という個人のどうしようもない癖は脇に置いておいて。


「はい、るーちゃんさんは天之河家を、まーちゃんさんは畑山家をお願いします。ええ、構いません。べるちゃんさんはそのまま樹海の守護を。はい、ラナさんの指示に従ってください」


 今のレミアは防具たるスーツの他にも装備を身につけていた。


 眼鏡とオペレーターが付けるようなヘッドセットだ。ヘッドセットには淡い光のラインが走っていて、眼鏡にもうっすらと何かの情報が投影されていた。


 両方ともイメージや思考だけで直感的に工房内の設備や情報を扱えるようになるアーティファクトである。


 何はともあれ、まずは〝帰還者〟の関係者の保護。


 その指示と進捗管理、そしてライラや服部達と連携して戦力配置のサポートをするために、見た目通りオペレーター役を担っているわけだ。


 今も白崎家の保護を確認し、優先度(狙われる可能性)の高い者達順に記載されたディスプレイ上の避難者リストへ思考操作でチェックを付けたところだ。


 と、そこにインターフォンの音が。


 南雲家のそれだが発生源は外の門ではない。地下エントランスからだ。


 避難者が南雲家への転移を行った場合、行き先は専用〝ゲート〟を使おうが自力で転移しようが、例外なく地下エントランスに転送される。そういう結界が南雲家の敷地全体に敷かれているのだ。


 幾重もの措置を施しているので万が一もないが、仮に敵対者が地下エントランスに侵入した場合、ユエをしてドン引きさせた防衛機構という名の処刑機構により確殺するためである。


 その地下エントランスを映すモニターに、二人の女性の姿が映し出されていた。不定形彼女のサスラと、バスガイドの甘衣杏寿(あんじゅ)だ。


 月面シェルターへ通じる扉の前には不安そうにしている中年の男女と、片足が不自由なようで杖をついているが、やたらと威厳の感じられる老女がいた。


 杏寿のご両親と祖母だ。甘衣家の保護も杏寿から求められていたのだが、貸し与えた〝ゲートキー〟を使い、無事に連れて来られたらしい。


 レミアは直ぐに月面シェルターへの〝ゲート〟と、この地下工房への〝ゲート〟を開通モードにした。


 杏寿が躊躇う様子の両親に早く行くよう伝えている。というか、杏寿もめちゃくちゃ一緒に避難したそうな様子だ。全身で逃げたいと言っている。


 というか、実際「へへっ、やっぱり私なんて、なんの役にも立たないんで、へへっ。一緒に避難させてもらいますぅ」と歩き出そうとして、サスラに首根っこを掴まれ引き戻されていた。


 そんな孫娘に、なぜかお祖母さんの方が「さっさと行きな!」と手を振っている。加えて、後ろ髪を引かれる感じのご両親の背も押して、躊躇いなく〝ゲート〟を潜っていた。


 たぶん、ただ者じゃない。なんとなく杏寿が一部の業界で〝異能生存体〟なんて呼ばれて有名な理由が透けて見える。


「ご無事で何よりです、サスラさん。甘衣さん」

「ありがとう、レミア殿。鍵を返却しよう」

「うぅ……どうして私まで……私はただの不幸なバスガイドに過ぎないのに……」


 なんかメソメソしている甘衣さんを放って、サスラは〝ゲートキー〟を返してきた。


「それにしても随分と早く、ご家族と合流できたんですね? 確か、ご実家は東北の方だと……」

「ああ、珠利有(ジュリア)殿――甘衣君のお婆様が名のある元探索者でね。孫娘が襲われたと聞いて勘が働いたらしい。近くにいた方が良いと」

「あらあら、それは凄いですね……」

「うむ。流石は甘衣家だ。私が甘衣君と共に迎えに現われた時なんて、何かの魔術道具だろうね。一瞬で火だるまにされてしまったよ」


 ハッハッハッと笑うサスラ。なるほど。だからジャージのあちこちが少し煤けているらしい。


 レミアは「あらあら、まぁまぁ!」と驚きをあらわにする。


「では、やはり探索者さん達のご協力もいただけそうですか?」

「うむ。事情を説明したら幾人かの連絡先を頂くことができた。私の伝手もある。探索者というのは警戒心がすこぶる付きで強いので、そう簡単に協力体制を作ることはできないだろうが……こちらには甘衣君がいる。どうにかなるだろう」


 実は、それが甘衣さんを避難させていない理由だった。


 現代に生き残る探索者達の知識的アドバンテージや対抗手段の共有は、崇拝者達や下位の神話生物相手なら有効になり得る。彼等自身も上位の者達は十分に対抗できる。故に、一人でも多くの探索者と連絡を取り協力体制を築こうというのだ。


 だが、探索者とて普通ではない。普通では生き残れない状況を生き残ってきた者達なのだから当然だ。


 割と精神や脳をやられていたり、某死にゲーファンの如くリアルフロ○脳なんて揶揄されたりする、ちょっと普通ではない者達である。


 サスラ曰く、協力体制を築くのは非常に難易度が高いらしい。まして、半分神話生物であるサスラの誘いならなおさら。


 だが、その例外が甘衣杏寿だ。


「彼女は探索者達に非常に好意的に見られていてね。そうだな……言うなれば幸運のお守り的な?」

「あ~、一緒にいれば生き残れる確率が上がると思われているんですね」

「うむ。実際、命拾いした者が多数いてね。恩義を感じてる者も多い。彼女の頼みなら、まぁ、少なくとも門前払いはないだろう」

「うぅ、私はただ必死に逃げていただけなのに……」


 なんなら探索者を名乗る者達を囮にし、自分だけ助かろうとしたことも片手の指の数では足りないくらい。なのに、結果オーライで何故か好かれる。好かれた挙げ句、一緒に探索しないかい? なんて誘われることもしばし。


 もちろん、その度に全力で拒否し、かつ逃げ出すが。


「というわけで、直ぐに探索者達と連絡を取り、彼等の協力を取り付けてこようと思うが……場合によっては、彼等の関係者も避難させていいだろうか?」

「避難者リストにない方を、私の一存でシェルターに入れることはできません」


 レミアはきっぱりと告げた。「むぅ、それはそうだな」と困り顔になりながらも納得するサスラ。甘衣家の受け入れは、ユエが許可したからに過ぎないのだ。


 そんなサスラに、しかし、レミアはふんわり笑顔を見せる。


「ですが、ハジメさんからはリスト外の避難希望者に関しても事前にどうすべきか聞かされています。私達の誰かが問題ないと判断したなら、地上の家の中に限り受け入れていいと言われています」

「地上の家……防備はどれほどのものなのだろう?」


 幾つもの結界があることは知っている。〝帰還者〟のことを調べた時に。あるいは崇拝者の類いが過去に返り討ちにあった事実から。


 だが、果たして家主不在でも十分に機能するのか。〝無神〟が相手の場合はどうか。


「ご安心ください。南雲家は地球で最も安全な場所ですから」


 レミアが真っ先に起動した南雲家の防衛機構。


 半径二キロ以内の人々は一種の暗示にかけられ、親戚や友人の家へ、あるいは単純に〝外出〟をしたくなり、急速にいなくなる。


 住宅街は空間がループする迷宮へと代わり、何重もの結界が展開し、そもそも外部から近づこうという気になれない。


 そのうえで衛星軌道上から複数のサテライト兵器が監視と攻撃態勢を敷いていて、いつでも成層圏外から各種の攻撃を放ってくる。太陽光集束レーザーだけでなく、座標攻撃型の局所空間破砕、機工界技術を取り入れたマイクロ波兵器(局所電子レンジ)、超重力に重力反転、強制転移etc.


 家と敷地自体にも数多の兵器が隠されていて、グリムリーパー軍団も即座に出動可能な、まさに完全要塞だ。


 そもそも、南雲家周辺一帯の天候、重力、空間、そして時間は完全制御下にある。しかも、敵対者と認定された者にはありとあらゆるデバフ効果も襲いかかる。並の存在なら十分もしないうちに衰弱死するくらいだ。


 という防衛機構の一部をパパッと説明してあげると、サスラと甘衣さんはスゥ~~ッと音を立てて息を吸った。そして、頭上を仰ぎ見た。天井しか見えないが、今、この瞬間も衛星兵器が狙っているのかと思うと……


 顔を見合わせ、一拍。よし、深く考えるのはよそう。と了解し合う。


「そ、それはそれとして、ミュウちゃんは大丈夫でしょうか? ……本当に良かったんですか? 送り出して……」


 誤魔化し半分、心配半分で問う甘衣。確かに、クリスマスの時は助けてもらった。なんだか分からないが凄いゴーレム(?)も使えて、度胸もある。


 だが、それでもまだ十歳にもなっていない小さな女の子だ。


「心配です。ええ、本当に……心臓が潰れてしまうんじゃないかって思うくらい心配です」


 困り笑顔で、でも少し震える声音で素直な心情を吐露するレミア。


 そうなのである。南雲家に帰ってきたのはレミアだけ。ミュウはいない。


 ミュウもまた戦場へ向かったからだ。


 友を救うために。地球の次に戦力を欲する、一人でも多くの戦える者を欲する砂漠世界の友のもとへ。


 行かせたくないのが本音だ。当たり前である。どこの世界に、まだ小さな娘を怪物が暴れる戦場へ行かせたいなどと思う親が居るか。


「心配ですし、寂しくも思います。ですが……」


 もう少し子供のままでいてほしかった。紛う事なき本音だ。


 けれど、


「あの子にはもう、進みたい未来を選択する力があります」


 ただの子供ではない。ただ守られるだけの子供であることを拒否し、歳を取ることも厭わず異なる時間の中で鍛え続けた。


 それは、ただ春休みの旅行に行きたかったからというだけじゃない。


 原動力の源は憧憬と、憧憬を憧憬のまま終わらせたくないという確かな決意だ。


 今のミュウには、守りたいものを守る力がある。


「何より、矜持がある」


 己の生き方、想い、実力、誰に誇れる己でいたいか……


 それを定めて前に進む娘を止めることは、娘が一生懸命に築き上げたそれを否定することでもあるから。


「信じます。あの子ならできると信じたユエさん達を。何より、あの子の〝絶対、大丈夫!〟を」


 だから、


「何もできない私だから、せめて家族が帰る場所に、私はいます。〝おかえりなさい〟を言うために」


 無理に娘の傍にいようとはしない。どれだけ心配でも、心が張り裂けそうでも、信じて待つのだ。自分にできることをしながら、いつもの、皆が好きだと言ってくれる笑顔と雰囲気を絶やさずに。


「……なるほど。それもまた、素晴らしき矜持だと思う」

「あら、うふふ。ありがとうございます」


 にっこりふわふわ。そのほんわか笑顔にサスラも、それどころかメソメソしていた甘衣までもが釣られるようにして笑顔になった。


 そのタイミングで通信が入った。レミアの顔付きが変わる。モニターの一つへ視線を転じる。


「……百体以上の〝無神〟ですね。はい、はい……この反応は……いえ、二人います。ええ、直ぐに連絡を」


 服部あたりだろう。新手の出現に関する情報を共有したのだ。


 その様子は背後のメインモニターと、その脇にある拡大版のモニターからサスラ達にも分かった。その場所を見てサスラの目が細められる。


「レミア殿、場所が場所だ。私と甘衣君も向かわせてほしい」

「えっ!?」

「何はともあれ、帰還者の身内の安全だけは確保せねば。そうだろう?」

「そうです、ね。はい、念のため、お願いします!」

「エッ!?」

「承知した」

「えぇっ!!!?」


 えっは最初から全部、甘衣さんである。明らかに自分も行く雰囲気。イヤイヤッと首を振る。縋るような目でレミアを見る。


 貴女は聖母。優しい人! 常識人! そんな危険な場所に一般人である私を送り込んだりなんてしないはずっ!!


「地上に上がってください。転移系の能力を持った悪魔さんが控えてくださってます。甘衣さんと一緒にお願いします!」

「裏切りましたね! 私の気持ちを裏切りましたねぇ!!」

「さぁ、共に行こう、甘衣君!!」

「いやぁーーーっっ!!」


 甘衣さんの抗議は聞き入れられず。


 実際に有効なのか、それともジンクスの類いに過ぎないのか。生存確率を上げる幸運のバスガイドさんは、その生存能力が故に怪物はびこる現場へと引き摺られていったのだった。











 ある意味、タイミングが悪いというべきか。


 その日の夜、ハジメ達が住んでいる市と隣の市を通る大きな川の河川敷では、中々に規模の大きなお祭りが催されていた。


 二つの市が合同で開催していて、毎年、県外からも多数の来場者が訪れるほど。


 時間的に花火大会こそ既に終わっているものの、それでも河川敷一帯に設けられたお祭り会場では数万人規模の人々が夏の風物詩を楽しんでいた。


 その中に、大変見目麗しい少女がいた。ほんのり水色がかった色合いに、瑞々しい枝葉と朝の雫が滴っているような模様の浴衣で、なんとも涼しげだ。


 天之河美月。光輝の妹だ。


 ソウルシスター仲間だろうか。彼女の周りにも同じく浴衣を着た少女達が十人ほど、それぞれ思い思いに屋台の品を持って楽しんでいる様子。


 もちろん、美月も楽しそうではある。あるが……


「はぁ……」


 と、ふとした時に溜息が漏れた。


「今年もお姉様とは回れず、か……」


 案の定の理由だった。ほとんど無意識に漏れた声音に、友人達も一瞬で真顔になる。揃って顔を見合わせ、はぁ~っと溜息。


 愛しの雫お姉様が大学生になってからというもの、とんと交流がない。分かっていたことだが寂しいものは寂しい。この夏祭りでワンチャン……と期待もしたが、美月経由で長期旅行中だと聞き、なおさら落ち込む。


 どよ~んっとした空気が漂う中、同級生の女の子が殊更寂しそうに呟く。


「マナちゃんもいないしなぁ」


 言わずもがな、遠藤真実(まなみ)のことだ。ソウルシスターズの頼れる参謀。会長たる美月の相棒と認識されている幹部。だが、それ以上に、あの自分の好きなことに正直&真っ直ぐな性格が見ていて飽きないというか、一緒にいて楽しい奴というか……


「むぅ……」


 兄もいないし、親友もいない。美月の唇は拗ねたように突き出された。腹いせに定番だからという理由だけで買ってしまった特に好きではないリンゴ飴に噛みつく。バキバキッと音を立てながら噛み砕く。大変、健康的な歯と咬合(こうごう)力だった。


「あれ? 会長……今、スマホが鳴ってませんでした?」

「え?」


 直ぐ隣にいた後輩の女の子が、美月の白くて薄い生地に花の刺繍が施されている巾着袋を見て言う。


 日中、とある事情からサイレントモードにしていたのを解除し忘れていたのと、巾着袋の紐を手首に通してプラプラさせていたせいで振動に気が付かなかったようだ。女の子は生地をうっすらと透過した着信の光で気が付いたらしい。


 人が多いのでちょっと端に寄りつつ、リンゴ飴を友人に預けてスマホを取り出す。


「うわっ、何よこれ!?」


 突然の美月の声に友人達が驚く。なんだなんだと一緒に端っこへ寄ってくる。


「会長、どうしたんです?」

「いや、家からの着信が凄いことに……あ、真実(まなみ)からも来てる」

「えっ、マナちゃんからも!? ワンチャン、間に合ったら行くって言ってたし、その連絡じゃない?」


 同級生の女の子が期待に瞳を輝かせている。そうかも? でも……この着信量は……と、内心で嫌な予感を覚えながらも直ぐに確認しようとする美月。


 だが、その前に事は起きた。


「あれ? なんか寒くない?」

「っていうか、なんか……気持ち悪い……」


 仲間の声ではない。近くにいたカップルの声だ。直ぐに近くの屋台からも元気よく接客の声を上げていたおじさんが「なん、だ? 何か変な音が……」と気味が悪そうに周囲をキョロキョロし出した。


 その奇妙な違和感は、当然、美月達にも感じられた。友人達が寒気を覚えて自分の腕をさすっている。何か無性に不安を掻き立てられているように落ち着きもなくしている。


 その人々の彷徨う視線が、彷徨っていたが故に正体不明の不安感の原因を捉えた。


「なんだあれ……」


 誰かが呟いた。その視線の先、煌々とした祭り会場の上空に、夜の暗闇と同化しているような奇妙な存在がいた。


 よく見えないが、どこかオタマジャクシを彷彿とさせるフォルムのように見えた。ただし、人の頭部ほどもある体から複数本の尾が伸びているようだったが。


 それが、五体……いや、七体か。まるで、祭りの会場を見下ろすようにしてフヨフヨと浮いている。


 誰もが吸い寄せられるようにして頭上を仰ぐ。その存在に気が付いていなかった者達も、異常なほど上を見たまま動かない人々に釣られるようにして天を仰ぎ、そして青ざめながらも目を離さなくなっていく。


 湧き上がる不安感に絡め取られたみたいに。目を離したら恐ろしいことが起きると本能が訴えているみたいに。


「……みんな、行くわよ。早く!」


 そんな中、美月は声を潜めるようにして仲間に声をかけた。


 帰還者の身内として超常現象の類いに耐性があったからか。それとも生来の気質か。


 いずれにしろ、本能がけたたましく警報を鳴らしていたのだ。全身が叫んでいたのだ。


 一刻も早く、この場を離れろ! 逃げろ! と。


 これが兄ならば、きっと大声で叫ぶのだろう。万人を想って全員を逃がそうと奮闘するに違いない。


 でも、そんな兄を敬愛こそすれ、美月はそこまで理想に生きられないから。


 現実的で、けれど、それでもやっぱり〝天之河〟だから。


 総毛立つ感覚。本当は今直ぐにでも一人で駆け出したい。けれど、せめて友人達だけは逃がさねばと冷や汗が噴き出すのを自覚しながら、目を見開いて頭上を見上げたまま硬直している後輩の頬を叩く。


「あ、ぇ、あ……か、会長? あれって」

「いいから! 逃げるわよ!!」


 震えて、竦んでいる後輩の手を握りグッと引っ張る。リーダーの切迫した声に友人達が頬を引っ叩かれたみたいにハッとする。


 だが、それが逆にトリガーとなったのか。


 グリンッと、奇怪で奇妙で気味の悪い何かの頭部が一斉にこちらを向いた。スゥーッと降下してくる。会場の明かりが、そのグロテスクな姿を照らし出す。


「「「「ひぃっ」」」」


 あちこちから恐怖に引き攣った悲鳴が上がった。


 シワを極端になくした脳みそというべきか。その頭部全体を半透明の黒い膜が覆い、その下方には唇のない剥き出しの口が付いており、脳から伸びる脊髄のような触手が複数本生えていて、その先端は鋭いナイフの如く尖っている。


 言葉はない。聞こえてくるのは歯ぎしりのような音だけ。


 けれど分かる。


 あの悪夢を具現化したような存在は、酷く乾き、飢えていると。


 そして、溢れんほどに持っていると。


 人への害意を。


 直後、黒板を引っ掻いたような音が響き渡った。あまりの不快さに思わず耳を塞ぐ人々。


「逃げて!!」


 美月に出来たのは、せめてと大声で叫ぶことだけだった。


 友人達の背を叩くようにして押し出す。


 解き放たれた恐怖がパニックを呼び、伝染し、会場が混乱に坩堝に陥る――という、その瞬間。


「発砲許可! 発砲許可!! 撃てッッ!!」


 凄まじい怒号が響くと同時に、ダダダダッと激しい炸裂音が鳴り響いた。


 屋台の向こう側、土手の上から夜空を引き裂くようにして、何発かに一発の割合で曳光弾の軌跡が走る。その目標は言わずもがな、あの空飛ぶ脳の怪物達だ。


 まるで岩を叩いたような音が鳴り響く。


 銃弾を浴びても風穴が開かないどころか、砕けることもない。驚くべき耐久力だ。


 だが、まったくのノーダメージかと言えば、そうでもないようで。


 横殴りの衝撃と、ヒット直後に発生する輝く波紋が原因なのか、数体が浮遊能力を喪失して、のたうちながら落下する。


 残りの数体は、その銃撃を嫌がるようにして反対側の屋台の向こう側――河川の方へ飛翔していく。


「バンシィ、追え! 逃がすな!!」

「バンシィ1、了解」


 屋台の陰から全身黒づくめ&フル装備、頭部までフルフェイスのスマートなヘルメットで身を固めた武装集団が滑るように現れ、そのまま咄嗟にしゃがみ込んだ人々には目もくれず反対側の屋台の向こう側へ消えていく。


 その後に続いて同じくフル装備の武装集団が出現。


「警察です!」


 先程の怒声と同じ声の人物が、そう叫ぶ。叫びながらも動きに淀みはなく、現場の混乱――人々が好き勝手に走り回ることを恐れて逆に避難を促さず、一直線に一つの屋台へ向かう。怪物が落下した場所だ。


 その瞬間、その屋台から空飛ぶ脳の如き怪物が屋台を破壊しながら飛び出してきた。


 動揺することなく、正面から銃撃を浴びせる。


 周囲から悲鳴が上がり、人々が頭を抱えるようにして身を伏せる。だが、本来ならあり得ない民衆の中での射撃を、彼等は容赦なく続行する。


 後手に回れば死ぬ。自分達だけでなく、その民衆が。


 相手のターンに回さない。攻撃の手を緩めないことが最大の防御だ。と、司令部からは強く言われているのだ。


「効果、低! 射撃続行! 抑え込め!」


 最初は戸惑った。だが、今なら分かる。その指示が如何に的確であったか。


 この目の前の驚異的な異形を見れば、否応なく。


 強力な銃火器が有効打になっていない。既に一体につき五十発近い弾丸を撃ち込んでいるのに、少しでも攻撃の手を緩めたら即座に反撃されそうだ。なんの冗談だろうと思う。


 だが、まったく効果がないわけでもない。弾丸が特殊なおかげだろう。


 一定間隔で正確無比に撃ち込まれる弾丸の衝撃と輝く真紅の波紋は怪物共の飛翔どころか移動も許さず、地面に釘付けにしている。それどころか、ほんの少しずつではあるが傷や亀裂が入り始めていた。


 それを確認しつつ、リーダーの男が叫ぶ。


「ユニコン4! AMC!!」

「了解!!」


 複数人で一体ずつ怪物共を地面に抑え込み、その間に一人の隊員がボストンバッグからテレビ撮影でカメラマンが背負っているような大型のカメラのようなものを取り出した。


 スイッチを入れ、ガトンリング砲を腰だめに構えるようにしてカメラモドキを怪物に照準する。真紅の光が静かに放たれた。スポットライトみたいに。


 一秒、二秒……怪物が銃弾の衝撃とは異なる痙攣を見せ始めた。


 更に一秒、痙攣が大きくなり、一拍。


 銃弾が遂に怪物の一部を吹き飛ばした。


「効果、大! 確実に仕留めろ!!」


 真紅の光の照射を受けた怪物達が次々と銃弾の餌食になっていく。


 AMC――アンチマジックキャノンの略称だ。要はハジメが使う魔力砲グレンツェンの下位互換のようなアーティファクトだ。


 内蔵魔力を使うので出力・使用回数共に制限はあるが、対象の体内エネルギーを押し流し超常的な力を使えなくする、場合によってはエネルギー枯渇で意識喪失させることができる非殺傷兵器である。


 もちろん、弾丸も普通ではない。体内エネルギーを掻き乱す効果や魔力衝撃波を伴う効果など各種効果を付与された特殊弾だ。


 そんなアーティファクトを持っている武装集団。


 言うまでもない。というかガン○ムシリーズのコードネームを使っている時点で言わずもがな。対応課直属の特殊実行部隊だ。


 屋台の背後の土手の上、そこにいた者達は目撃していたことだろう。夜の闇が凝縮されたような影が突然、扉のように浮き上がったかと思えば、そこから武装集団が出現した瞬間を。


「皆さん、我々は警察庁の特殊部隊です! 現在、世界各地にて未確認生物の出現が確認されております! 非常に危険な生物です! 直ぐに帰宅し、不要不急の外出は控え、政府からの発表をお待ちください!!」


 よく通る怒声じみた声は、丁寧ながら命令の質を帯びていた。


 人々が僅かに身を起こす。何が起きているのか分からないと混乱するばかりで、直ぐに動けない。


 ただでさえ銃撃戦なんてものとは無縁な日本である。おまけに見たこともない怪物との戦闘だ。


 言葉一つ発せず、さりとて逃げ出す判断もできず、ただ蛇に睨まれた蛙の如く身を固くして視線を彷徨わせることしかできない。


 無理もないと思いつつも、まだ別チーム〝バンシィ〟からの討伐報告がなく、別個体が潜んでいる可能性もある以上、逃げてもらわねば困る。


 できれば町内放送などで祭りの中止と非常事態を告げてほしいが、それにはまだもう少し時間がいるだろう。


「立って! 逃げるわよ!!」


 不意に可憐だが頬を引っ叩くような鋭さの感じられる声が響いた。


 誰もが動けない中、一人の少女が立ち上がり友人達を起こしている。見覚えがあった。直接の面識はないが〝帰還者〟の資料に載っていた少女だと、ユニコン1には分かった。


 感嘆と称賛の眼差しをフルフェイスのヘルメット越しに送るユニコン1。


 その視界に、美月から少し離れた場所で尻餅を突いたままの同級生の女の子の頭上に、浮遊する脳の怪物――ただし、先程までの個体とは違って全体的に半透明かつボロ布のような羽を備えた亜種というべき個体――が浮遊しているのに気が付くのと、


『司令部よりユニコン1へ。敵性反応増大! 更に七体の――』


 という新手出現の通信が入ったのは同時で。


 亜種が触手を振りかぶった。咄嗟に銃口を向ける。引き金を引く。弾丸が吐き出され、着弾し、しかし、やはり個体としてのレベルが一つ上らしい。弾丸は更に有効性を下げ、痛痒を与えられず。


 鋭利な先端が垂直に、同級生の女の子に向けて振り下ろされた。


 そして、


「え、え? あ、え?」

「ほ、ほ、本当に効果あったの、ね……」


 ダイブするみたいに飛び込んだ美月によって、必殺だったはずの一撃は弾かれていた。


 正確には、同級生の女の子ごと美月を守る輝く球体に。


 浴衣姿でも、にっくき〝あの人〟からの贈り物でも、兄から口が酸っぱくなるほど言われていたが故に肌身離さず持っていたお守り。


 悪魔の護衛は、基本的には異世界旅行組の家族にだけ一時的に付けられたもので、全ての帰還者の家族に、まして一人一人に付いているわけではない。


 当然だ。常に悪魔に見られ得る状況にいてくれなんて、切羽詰まった状況でもないのに快諾などできようはずもない。


 むしろ、ここ半年くらいのハジメの警戒心こそが異常なレベルなのだ。


 もちろん、かつての〝帰還者騒動〟に鑑み関係者のいる町に数体、警備員のように派遣悪魔がいたりはするが、関係者一人一人の影に悪魔を潜ませたりはしていないのだ。


 一応、天之河家専属の護衛悪魔は光輝に頼まれて付けているが、やはり同じ理由で一体のみ。その一体は今、両親を守っている。家からの鬼電は、まさにその件だった。


 だが、アーティファクトは別だ。それこそ一人一人に身を守れる必要最低限の護身用を支給してある。


 美月も同じく。


 考えたわけじゃない。考えるより早く体は動いていた。襲われる友達の姿が視界に入った瞬間に。


 今まで一度も使ったことない結界用アーティファクトの存在を思い出したのは、結界が発動した後という点、現実主義者であっても、やはり〝天之河〟ということか。


 そこへ、連続した衝撃。


 結界に突き立てるようにして亜種の触手が襲いかかる。


 友達を抱え込む美月。ユニコン1が銃撃を命じる。


 だが、そのユニコン1達に他の亜種が襲いかかった。通信の通り、数体の亜種がいたのだ。現れたのは二体。他の場所に四体は出現していることになる。


 焦りが募る。先程より効きの悪い武器に歯がみする。


 美月は結界の中で身動きが取れず、周囲の人達も、仲間の女の子達の多くも根源的な恐怖に襲われすくみ上がっていて――


 美月は、無意識のうちに叫んだ。


「助けて……助けてお兄ちゃんっ」


 美月にとって、生まれた時からのヒーローに。


 そうすれば、


「フハハハッ、我、参上!」


 なんか聞こえた。美月は無意識のうちに心の中で叫んでいた「あなたじゃない!」と。


 思わず顔を上げる。見えたのは、亜種に跳び蹴りするように組み付き、両手に持った十字架――斜めにずれるような形で変形し、その間から銃口が覗いている――を密着させている神父服の男の子。


 凄まじいマズルフラッシュと炸裂音が連続で響く。


 ユニコン1達の銃弾を弾いていた亜種の頭部が見る見るうちに砕け、一拍。穴を開けられ中身を銃弾の嵐でシェイクされていく。


 最後に亜種を蹴り飛ばし、そのまま宙返りしながら着地した少年神父に、


「いやぁああああああっ、アジズ君が浩にぃに侵されちゃったぁああああっ!!」

真実(まなみ)ぃ!?」


 すっかり壊れ果てた屋台の向こう側、土手の上に親友の姿が。


 そう、香ばしい口上を上げながら飛び込んできたのは、何を隠そうアジズ君だったのだ!


「ひ、人聞きの悪いことを言わないでください! 俺はただ、恐怖に呑まれている方々が多いようだったので、浩介さんのように場の雰囲気を変えようと――」

「参考にする人を間違えちゃダメッ!!」


 実のお兄ちゃん、酷い言われようだった。アジズ君、なんとも言えない表情になっちゃう。


 とはいえ、闖入者(ちんにゅうしゃ)ならぬ珍入者というべきか。怪物を倒した手腕とコントのようなやり取りは、確かに恐怖が蔓延したような空気感を変えたようだ。


「あ、美月ちゃんみっけ!!」


 真実の表情が場違いなほどパァッと輝く。それだけで、なんだか一気に心が落ち着くようだった。


 だが、ここは戦場だ。呑気におしゃべりしている余裕はない。


 アジズの登場で動きを止めていた亜種が動き出す。少し離れた場所からも悲鳴が上がった。


真実(まなみ)さん!」


 アジズが巨大な十字架を〝宝物庫〟から取り出しつつ叫ぶ。


「あ、そうだった……えっと――遠藤真実の名と血を以て、め、命ずるぅ! えっと、あ~、なんだっけ……うぅ、もういいや! 来てくださぁ~~い! ――茨木童子さん!!」


 真実を中心に吹き荒れる濃密な妖気。それは妖精界から強大な妖魔が完全顕現する証。


 真実が両親と一緒に避難せず、アジズと共に現場に来た理由の一つ。


 伝説の大鬼が一柱。酒呑童子の副官。茨木童子が顕界する。


 吹き荒れる妖気の中、スーツ姿のイケメンが姿を現わす。眼鏡をかけた如何にもインテリな容姿だが、まとう雰囲気は完全に暴君のそれ。


 そのあまりに強大な妖気と戦意は、亜種達の気を存分に引いたらしい。


「やはり真名で呼んでもほしいものだが……フッ、今は仕方ない。まなみ、我が姫君。さぁ、命令を」


 恭しく傅き、真実の手を取って口づけする――前に、ズドンッと一発。茨木童子の足下の地面が木っ端微塵に砕け散った。


 真実がせっかく教えてもらった茨木童子の名前を呼ばない理由、というか呼んで欲しくないとお願いした張本人からの過激な牽制だ。


「おい、鬼。真実さんから離れろ」

「なんだ小僧、嫉妬か? 私のまなみの前で見苦しいぞ?」


 巨大な十字架を肩に担ぐ、鬼みたいな形相の神父少年と。


 拳を鳴らしながら、聖職者みたいな笑みを浮かべる鬼の青年。


「もう! そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」

「「……ふんっ」」


 犬猿の仲を絵に描いたような二人は、しかし、真実の言葉で視線を切った。


 一拍、ユニコン1達を襲っていた亜種にはアジズが、離れた場所に現れた亜種には茨木童子が、それぞれ牙を剥いた。


 その光景を見て、美月は、そしてソウルシスターズの仲間達は、たった今起きた超常的な騒動も恐怖も一時的に忘れ、思わず叫んだのだった。


「「「「「逆ハーヒロインかよ!!!!」」」」」


 夏休み中に旅行に行っていた友人が、帰ってきたら二人のイケメンから取り合いをされている。思春期真っ只中の彼女達からすると、決して無視できないことだった。


「え~と、あと宗にぃは……着信? あ、サスラお姉さん! それに甘衣さんも! え、無事に宗にぃ見つけた? ありがとうございます!」


 実は異世界旅行後の〝箱庭でのBBQ〟には参加予定で、ちょうど帰省予定だった遠藤家の長男、遠藤宗介君。


 家に帰る前にお祭りで運命的な出会いがワンチャン……と思って訪れていたのだ。


 その旨を事前に聞いていたので、真実達は宗介を迎えに来るつもりで来たのだが、途中で美月の母――美耶から娘と連絡が取れないと親友たる真実に連絡が来たのである。


 それで同じ祭りに訪れていると知り、兄をサスラ達に任せて美月の確保に来たというわけだ。


 どうやら、宗介も無事に保護されたようだが……


「え? 宗にぃが代わってほしいって? うん、なに、宗にぃ――」

『なぁ、妹よ。その名の通り真実を教えてほしい。こちらのサスラさんという方は、こ、こうす、けの……ふぅふぅっ、新しい彼女というのは……本当かッ』

「え、今、それ聞く?」

『お前までハーレムを作り始めたというのは本当か!?」

「今、それ聞く!?」

『弟妹のモテぶりが、もはや怖いっ。俺はお兄ちゃんとしてどうしたらいいんだっ!?』

「さっさと避難したらいいと思うよ」


 どうやら宗介お兄さん、声をかけてくれたサスラに運命を感じちゃったらしい。そして、即座に心を折られたようだ。


 きっとサスラの異色の目も見ただろうに。それでも運命を感じるとか……宗介兄さんも宗介兄さんで中々の感性をしていらっしゃる。


 隣の甘衣さんが「こ、この人、マジかよ……やっぱり遠藤家の人なのね……」と遠藤家の皆さん的には抗議の声をあげたいであろうドン引きの仕方をしていたのは言わずもがな。


 どうでもいいことなので、真実はさっさと電話を切った。


「あ~、真実君で良かったかな? ここは君達に任せて、私達は別の現場に行くよう指示が出ているんだが……大丈夫かい?」

「あ、大丈夫です! たぶん問題ない! です!」


 影が伸び、再びゲートが出現。


 ユニコン1は、ちょっと不安そうにしつつも遠くに見える茨木童子の暴れっぷりと、アジズが亜種を殲滅したのを見て一応納得し、司令部の指示に従い、次の現場へと飛んだのだった。









 ほぼ同時刻。


 とある繁華街に大学生の集団がいた。


 ハジメの大学の同級生。強面四人衆に、根本と米蔵、それにシアのバイクサークル仲間の女の子達。そこに米蔵の幼馴染みの女の子と、不動(あかり)まで。


 ハジメ達を通して面識を得た彼等は、今日、いろいろと偶然が重なって一緒に食事をすることになったのだ。


 念願の女の子がいる食事会に強面四人衆は大変うきうき。根本と不動さんはデートの延長とは思えないほど、お互いに意識しまくりで未だに初々しい。


 そんな様子を米蔵と幼馴染みの女の子が生温かい眼差しで眺めている中。


「ん? なんだあれ……何かのイベント告知か?」


 視線を彷徨わせていた根本が、不意に気が付いて声を漏らす。ビルの壁面に設置された大型ビジョンに流れるニュースに注目する。


 異形の怪物が都市部で暴れている。そんな非現実的な内容に、何かのイベント告知かと思うのは当然。けれど、よく見る報道フロアとキャスターの真剣な表情が違和感を呼び、結局、よく分からないな……と困惑するしかない。


 というのが周囲の反応だった。


 米蔵と根本だけは、「まさか、なぁ?」と顔を見合わせる。超常現象の実在を教えられたのだ。あり得ないで済ませられない。


 そして、その〝まさか〟は現実だった。


「お、おい! あれ!」

「な、なんだぁ?」


 誰かが指を差しながら叫んだ。大型ビジョンの更に上。繁華街の出口の先にある大きな交差点の上空に、何かが浮いていた。


 巨大な(タコ)のように見えた。頭部に顎門がつき、全身に細い毛のような針がついていて、異様に長い複数の脚の先端は槍の穂先の如く。


 それが十数体。


 見た瞬間、それがいると認識した途端、今まで感じたことのない悪寒が全身を駆け巡った。途方もない恐怖が沸き上がり、血の気が引く。


 あれはダメだ。今直ぐ逃げないと……


 そう心の中で叫ぶのに、視線は釘付けで体は動かない。


 だから、気が付かなかった。


 その直下、交差点のど真ん中に闇を凝縮したような壁らしきものが出現していたことに。


 蛸モドキの浮遊する異形が、一斉に頭部をぐりんっと下に向けた。獲物を品定めでもするみたいに、己を見上げる人間達を睥睨する。


 そして、誰にでも分かる濃密な殺意がダウンバーストのように吹き下ろし――










 まったく同時刻。


 都心から郊外に向かう路線の電車の中にて。


「直ぐに帰れって……絶対に何かあったよね。お父さんの部下と一緒に避難しろって……ってことは今、SNSに溢れてるこれ、フェイクじゃないってこと?」


 如何にもギャルな女子高生が真剣な表情でスマホを見ていた。SNSには世界各国から異常事態を告げる情報が凄まじい勢いでアップされ続けている。


 大半が真剣に受け止めてなどいない。また、この手のミステリー系動画が流行り始めたのだろうくらいにしか思っていない。


 当然だろう。怪物が都市部で暴れているなんて完全に創作の世界の話だ。信じる方がどうかしている。


 だけど、その女子高生――服部麗那(れいな)は違った。


 詳しくは知らない。けれど、自分の父親が、実はとんでもない人物らしいということは、つい最近知ったのだ。


 その父から連絡が来た。


 バイト先で、本当はまだシフト内の時間だったけれど、わざわざスマホではなくバイト先の方に連絡をしてきて、今直ぐ帰れと。


 迎えを行かせるからセーフハウスに母と行けと。


 麗那は素直に従った。今までならあり得ないことだったが、電話越しの父の声に聞き覚えがあったから。


 そう、あの日、父の真実の断片を知ったあの日、部下に指示を出す別人のように鋭く、少し怖いとさえ思った声音と同じだった。


 直感が訴えたのだ。従うべきだと。直ぐに母のもとへ帰るべきだと。


 店で迎えを待つより、電車に乗って移動している方がいい。最寄りの駅に先回りして迎えを寄こす。そう伝えられたので、今、そうしているのだ。


 電車内でヒソヒソとネット上の情報について話す声を聞きながら、込み上げる不安を押し殺す麗那。


 SNSの怪物騒動だけじゃない。何か、服部幸太郎の家族だから不味いかもしれないという、のっぴきならない事態が起きている。と直感が囁いているのである。


 実際、それは正解だった。日本の現場指揮官たる服部幸太郎の家族は、崇拝者にとって十分に価値のある人質だった。


 もちろん、幾重にも情報操作はしているが、超常の力を前にどれほど家族を隠せるかは分からない。そんな万が一の懸念に備えての連絡だったのだ。


 永遠にも感じた時間が過ぎ、やがて最寄り駅に到着する。


 足早にホームを駆け、改札を抜け、迎えが来ているはずのロータリーに出る。


 そして、


「騒ぐな」

「!!?」


 後ろから口を塞がられた。異常なほど冷たい手だった。反対の手には鉈のような刃物が、これ見よがしに握られている。


 人通りは普通にあるのに、誰も気にも留めない。目の前を素通りしていく人もいる。


 麗那の窮状に誰も気が付かない。


「手間をかけさせるな。体の端から削ぎ落とされたくはないだろう?」


 感情の欠片も感じられない声音が、脅しではないと突きつけてくる。下手に暴れたら容赦なく実行するだろうと理解させられた。


 自然と涙が浮かんで、恐怖で体が震える。凄まじい力で引きずられるようにして黒塗りのワンボックスカーの方へ連れて行かれる。


 あれに乗せられたら、終わりだ。そう思った。


(お父さんっ)


 心の中で叫ぶ。


 そうして――










「おーーーほっほっほっ!! 鏖殺(おうさつ)の時間ですわ――エグゼスゥウウウッ!!」




「闘争の時間です――イグニス」




 繁華街に、金髪縦ロールの場違いに派手な女が現れた。漆黒の大鎌を担ぎ、戦闘狂の如き不敵な笑みを浮かべた女が、同じ軽鎧を身につけた女性の騎士達を引き連れて。


 駅のロータリーに、クラシカルなメイドが現れた。血色のオーラを纏う漆黒の剣を優雅に引き抜き、冷徹な眼差しを向けるメイドが、同じくメイド衣装に身を包んだ女性達を引き連れて、黒いゲートから出現した。


 回転する大鎌から放たれた無数の斬撃が蛸モドキを切り刻み、吹き飛ばす。


 まだ距離があったのに伸長した刀身が男を薙ぎ払う。その身にかけていた一種の結界を紙のように斬り裂きながら。


 根本達も、そして麗那も、唖然呆然とするしかない。


 そして、それは世界各地でも起きていた。


 突然、危急の現場に現れたファンタジーな集団。剣と魔法で戦う戦士達。


「「さて」」


 ユエがいる限り問題ないトータス。混乱や暴動に備える必要はあれど、大きな戦力は必要ない。


 ならば、だ。


 かつて地球の子供達に救われた世界の住人として。


 今も救われている世界の〝戦える者〟として。


 今、最も戦力を必要とする恩義ある者達の世界に手を貸さない理由がどこにあるというのか!


 魔喰大鎌エグゼスの使い手にして、ヘルシャー帝国皇女トレイシー・D・ヘルシャー。


 そして、魔剣イグニスの使い手にして、ハイリヒ王国王女リリアーナ・S・B・ハイリヒの専属侍女兼護衛筆頭、すなわち懐刀ヘリーナ・アシエは。


 地球の窮状に駆けつけたトータスの全戦力を代表するように声を張り上げた。


「「恩の一つでも返しましょうか」」


いつもお読み下さりありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


書いてあげたいキャラも書きたいシーンも多すぎて字数も時間も増えていく……果たして〝下編〟で地球サイドの話は収まるのか。メインキャラの話までもう少しかかりますが、よろしくお願い致します。


※ネタ紹介

・なんぼあってもいいですからね

 お笑いコンビ『ミルクボーイ』さんのネタより。

・裏切りましたね! 私の気持ちを裏切りましたね!

 『新世紀エヴァンゲリオン』のシンジより。

・某死にゲー/フロム脳

 フロム・ソフトウェア製のゲームより。

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― 新着の感想 ―
こういうのがいいんだよ!という代表作。 いいぞ!もっとやれ!
え~っと、盛り上がっているところ大変恐縮なのですが(苦笑) ”ぱ~どぅん?”は英語じゃなくてフランス語では?
最後なんで悔いのないように中二魂を刻み込んでほしい
感想一覧
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