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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

ありふれたアフターストーリーⅢ

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ありふれたアフターⅢ シア編 呪いの遺跡



 茶色に濁った幅広の川に、大きな水しぶきが舞った。川が、上流に向かって切り裂かれているかのように波が広がる。

 原因は黒塗りのボート――トリアイナだ。水を取り込み噴き出す一連の動作を全て魔力で動かすジェット推進式なので、通常のエンジンが付いたスクリュー式に比べると驚くほど静かな駆動である。

「んん~、気持ちいいですぅ~」

 ウサミミがパタパタパタパタッと元気になびいている。シアは全身で風を浴びながら気持ち良さそうに目を細めた。

 現地の古びたボートでは出し得ない速度は、乗船者に心地良い風を与えてくれるようだ。ハンドルを握りながら同じように風を浴びているハジメも、機嫌良さそうに「そうだな」と頷いた。

「ハジメさんハジメさん、私も運転したいです」
「……大人しく座ってなさい」

 キラッキラと期待に瞳を輝かせて主張したシアだったが、一瞬目元をピクッとさせたハジメに敢えなく却下されてしまう。シアのほっぺがぷくっと膨らんだ。「私、不満です!」と分かりやすく訴えている。

「運転したいですぅ!」
「駄々っ子か。そんなふくれっ面してもダメったらダメだ」
「なぜですか! 私の何が問題なんですか!」
「危険運転」

 はて? とシアは小首を傾げた。未知の言葉を聞いたような表情だ。少なくとも自分には全く以て当てはまらない無縁の言葉だと信じて疑っていないらしい。

「お前なぁ……」
「な、なんですか、その呆れ顔は」
「自覚がないなら言ってやるが……たまにハンドルを握ったら人が変わる奴がいるだろ? まさに、お前がそのタイプだ。今やシュタイフはほぼシア専用みたいな感じになってるけど……」
「そうですよ、魔力駆動車なら二輪のシュタイフを普段から乗り回しているんですから、なんの問題もありません!」
「お巡りさんに追われた回数を言ってみろ」
「……」

 シアは空を眺めた。ああ、今日もよく晴れている。空はこんなにも青い……

「おい、どうした暴走ウサギ。パトカー数十台と追いかけっこした回数を言ってみろと言ってるんだ」
「……ちょっと私には何の話をしてるのか分かりかね――」
「お巡りさんの『止まりなさぁ~い!』という制止の言葉に大人しく従うどころか、『捕まえられるもんなら捕まえてみやがれですぅ!』とか叫びながら暴走し、一般道にもかかわらず時速200km以上出してぶっちぎったのはどこの誰か言ってみろ」
「……」

 〝ウサミミが痛い〟と言わんばかりに、シアのウサミミはペタンッと伏せた。

 しかし、ジト目のハジメさんは追撃を止めない。ハンドル握ったら暴走ウサギの悪行三昧を暴き立てる!

「暴走族っぽい連中やバイカー達を『おっそ~い! ですぅ!』と嘲笑うかのようにぶっちぎったのは何回だ? 密かに『暴走する謎の姉御』と呼ばれるようになったのはどこの誰だ?」
「……た、他人のそら似ですよ。別人ですよ」
「そりゃあ、万が一に備えてシュタイフには搭乗者に対する認識阻害がかかる機能があるし、ナンバーは一定間隔で勝手に書き換わるようになってるし、警察は犯人を特定できないだろうよ」

 ちなみに、警察の中では『頭のおかしい暴走少女』で通っている。高速機動隊ではシアに対抗すべく車体の改良が行われたり、隊員に運転技術向上のための鬼訓練が課されたり、遂にはヘリ出動まで常態化しているのだが、未だに正体不明であるため頭を抱えているとか……

「そ、そうです。犯人は誰か分かりません。つまり、私じゃありません! いやぁ、世の中にはとんでもない人がいるものですね!」

 実は、地球に来てからというもの、格闘技以外にもドライブが趣味になっているシア。休日や深夜などに爆走を楽しんでいる。困ったことに、トータス世界のような広大な平原を走るより、地球の都市部のように整備された道を走る方が好きなのだ。

 道交法から全力で目を逸らし、ただスピードを追い求める悪いウサギだという自覚があるのか。暴走ドライブの趣味は、本人的に家族にも隠れてこっそりしているつもりらしいが……

 何もかもお見通しだと、ハジメの視線が突き刺さる。

 ジ~~ッと。ジリジリ~~~ッと。

「うぅ……」
「あれだけ暴走して、マスコミが嗅ぎつけないと思ったか?」

 盗んではいないけど、夜にバイクで走り回る正体不明の少女。どれだけ捉えようとしても逃げ切られ、不思議なことに〝若い女の子だ〟という印象しか残らない不思議。

 記憶の完全消去ではないのだから、マスコミが食いつかないわけがない。

「で、でも、ニュースとかやってませんし……」
「俺が対応してるからな」
「ぐうぅ」

 ぐぅの音は出た。シアの視線が泳ぎまくっている。

 ハジメさんはユエレベルのジト目を向けながら止めを刺した。

「この前、ミュウが玩具の戦闘機で空自とドッグファイトをやらかした」
「!」
「なんでそんなことをと聞いたら、『シアお姉ちゃんばっかりずるいの! ミュウはシュタイフにもブリーゼにも乗れないのに! だから、トム猫たんで自衛官さんと遊ぶの! シアお姉ちゃんみたいに! シアお姉ちゃんみたいに!』って言ってたんだが――」
「申し訳ありませんでしたぁ! 犯人は私ですぅ!」

 トリアイナの船首のデッキの上で土下座するシア。お尻の上でウサシッポがパタパタパタッと風になびいている。

 ハジメは嘆息すると、シアの頭をぽふぽふと撫でながら言った。

「というわけで、同乗する人がいる場合はシアにハンドルは握らせないというのが、お前が暴走中にやった南雲家緊急家族会議の決定事項だ」
「わ、私が風になっている間にそんな決定が……」

 シアはなんとも言えない表情になりつつ、今度は大人しくシートに座った。ようやく納得したかと、ハジメも肩を竦めて操縦に意識を戻す。

 しばらく、風と水の音を楽しんでいると、不意にシアが「あれ?」と首を傾げた。

「知ってたなら、どうして止めなかったんです?」

 どういった経緯でかは分からないが、ハジメの口ぶりだと、シアのドライブ趣味については当初から知っていたような感じだ。

 なら普通に止めればいいのに、何故、何も言わずにマスコミ対策なんてことまでしていたのか……

 そう言えば、今も「自分が一緒に乗ってるから運転は任せない」とは言われたが、普段の暴走ドライブを止めろとは言わなかった。

 そんな疑問に対するハジメの返答は、

「好きなんだろ? バイクで走るの」
「……」

 つまり、そういうことだ。

 シアが好きなことだから止めはしない。むしろ、シアが楽しめるよう全力を尽くす。

 シュタイフに施された認識阻害機能もその一つであるし、シアの反射神経とドライビングテクニック、シュタイフの魔力の直接操作に連動した優れた操作性があれば万が一にも事故はないだろうが、間接的事故に及ぶまで他にも安全機構は二重三重に設けている。マスコミ対策だって当然する。

 シアは、まるでとびっきり甘くて美味しいスイーツを口いっぱい頬張ったような表情になった。

 そして、そのままそっと立ち上がると、無言でハジメの背に抱きついた。後ろから手を回してギュッと抱き締め、顎をハジメの肩に乗せて、ほっぺをすりすりと横顔にこすりつける。

「おいおい、運転しづらいだろ」
「魔力操作で直接舵取りできるじゃないですかぁ~」

 表情と同じくらい甘くとろけた声音だった。ハジメは小さく笑って、肩越しにシアの頭をぽふぽふする。

 二人っきりの旅デート……隙あらば空気が甘くなる。

 傍から見れば、トータス時代のハジメ&ユエと遜色なく、ここにクラスメイト達がいたならきっと全員仲良く砂糖を吐き出すマーライオンになっていたことだろう。

 と、そのとき、上流から何やら大きな物体が勢いよく流れて来た。後ろからハジメに抱きついたまま、気が付いたシアが「あっ」と声を上げる。

「ハジメさん、でっかい流木が――」

 ありますよ。危ないですよ。と、声をかけようとした瞬間、

 ウィン! ガコンッ! パシュ! チュドンッ!!!

「ん? 何か言ったか?」

 川を塞ぐように流れて来た直撃コースの大木は、ペンシルミサイルの餌食になった!

 爆炎と水柱が彩る川を、トリアイナは何事もなかったように直進する。風は通せど雨は弾く不可視の障壁が降り注ぐ水を防いでくれる。ただ、熱波がシアの頬を撫でた。

 突然発生した爆発に驚いたのか、川からワニが顔を出した! 慌てて岸側へ逃げようとしている! 反対側の岸で大量の鳥さん達が飛び立った! 

 ガトリングが反応する!

 ウィン! ガコンッ! ステンバ~~~イ!  

「わぁあああああっ、ワニさんあぶなぁ~~~いです!」

 シアが右舷ガトリングに飛びつき、銃口を無理矢理上方に向ける。同時に、宝物庫から鉄球を取り出し、足先だけで蹴り飛ばして左舷ガトリングの銃口もあらぬ方向へ向けた。

 上方と後方へと飛び出す弾丸の雨。少し間に合わず数発がワニさんと鳥さん達を襲う。

 ワニさんはチュイン! と掠めた弾丸に「いやぁああああっ、ワニ殺しよぉ!」という悲鳴が聞こえてきそうな様子で必死に逃走。鳥さん達は本能のなせる業か、「ブレイク! ブレイク!」と聞こえてきそうな見事な動きで散開。おまけに華麗なバレルロールで弾道からの超退避に成功した。

 シアは、ハジメの肩をガッしながら言った。

「ハジメさん、運転代わって下さい」
「なぜだ? 俺の何が問題だって言うんだ?」
「危険運転」

 はて? とハジメは小首を傾げた。未知の言葉を聞いたような表情だ。少なくとも自分には全く以て当てはまらない無縁の言葉だと信じて疑っていないらしい。

 ベクトルは違えど、ハジメもまた危険運転常習者だった。

 危険運転だよ! 南雲家集合! 緊急家族会議が必要です!

 その後、船上でハンドルの取り合いをしながら進むこと一時間ほど。

 ハジメとシアは遂に、目的地である噂の遺跡に近い川沿いへと到着した。この先は徒歩だ。

「ぜぇぜぇ、ハジメさんの頑固者! 結局一度もハンドルを触らせてくれないなんて!」
「はぁはぁ、と、当然だろ。シアの運転は危険だからな」

 お互い、トリアナイのハンドルをかけて激しい攻防を繰り広げていたので若干息が上がっている。岸に上がり、トリアイナを宝物庫にしまうハジメを見ながら、シアがウサミミを荒ぶらせて反論を垂れ流す。

「ハジメさんの方が殺傷力高めの危険運転ですよ!」
「どこがだ。ぶつかったらだたじゃすまない流木とか危険生物の排除は、むしろ危険を取り除く行為だろう」
「地球で一番の危険生物はハジメさんだっていう自覚あります? というか、鳥さんのどこか危険生物なのか、言ってみろです」
「……鳥さんには、正直悪いことをしたと思わなくもない。ガトリングの動体センサーは改良しておこう」

 そうじゃない。魔物がいるわけでもない地球の川で、ガトリング――というか機能的にセントリーガンがボートに装備されていること自体が危険なのだ。

「……自動攻撃だったんですか、あれ。せめて手動にしてくださいよ」
千鳥(セントリ)先生を外せ、だと? 失礼なことを」

 ロマンに走っているハジメは誰にも止められない。ユエがチューチューするか、シアのバックドロップでなければ。

 シアは溜息を一つ吐くと、「この件は保留です。帰ったら家族会議ですぅ」と呟き、取り敢えず、ハジメの困った趣味を見逃すことにした。自分も見逃されたのだし、と。

 二人は気を取り直し、鬱蒼と生い茂る密林の中へと足を踏み入れた。

 道なき道を進む。大型の鉈でばっさばっさと枝葉を切り落としていく。向かうべき方向は、村で地図につけて貰った印と方位磁石を頼りに決める。羅針盤も衛星写真も使わない。

 不便で、大変面倒な方法ではあるが、鉈を振り回して先陣を切るシアはとても楽しそうだ。飛び出した枝をひょいひょいと避けるウサミミが実にリズミカルである。

 都市を走るのが好きかと思えば、道なき森を進むのも好き。結局のところ、シアはなんだって楽しめるし、実際、なんだって楽しいのだろう。天真爛漫ウサギたる所以だ。

「なかなか悪くないところですよねぇ。川は近いし、気配的に生き物も多そうですし、食べられそうな植物も豊富そうです」

 お部屋探しに来た人の、周囲の立地条件を確認するような口振りに、ハジメは思わず笑った。確かに、新拠点を探しに来たので間違いではないのだけど……ドラッグストアは近いし、コンビニもあるし~みたいな移住条件が実に野生的だ。

「人が頻繁に通った後も、今のところ見られないからな。村の連中が言ってた通り、普段は誰も近づかない場所なんだろう。カム達にとっては悪くない」
「地図で見ても、ここに来るには船で川を渡らない限り、そうとう遠回りする必要がありますしね」

 話している途中、シアがぴょんと跳ねた。ハジメが疑問に思って足下を見れば、そこには小さな花が数輪咲いている。一応、ハジメも踏まないよう避けた。

「ハジメさん。方向、あってます?」
「ん? ああ、大丈夫だ。このまま真っ直ぐな」
「了解ですぅ」

 ピタッと鉈の動きが止まる。そして、少し位置をずらして枝をばっさり。前に進むシア。見れば、最初に切り落とそうとしていた枝には蜘蛛の巣がかかっており、大きな蜘蛛がひっそり張り付いていた。一応、ハジメも蜘蛛の巣を壊さないよう避けて通る。

「おっと、危ないですよぉ」
「?」

 シアが鉈を一振り。しかし、切るためでないのは一目瞭然。鉈の腹を向けて、下へすくい上げるようにゆっくり振れば、鎌首をもたげていた蛇が鉈に乗ってゆるやかに茂みの奥へ飛ばされていく。

「ハウリアだなぁ」
「何か言いました?」

 いや、何も、とハジメは苦笑いしながら首を振った。

 虫さんに気を遣うカム達。お花さん大好きなパル少年。

 全ては、遠い過去の話だ。今の彼等なら、蛇が鎌首を上げた時点でサクッと殺っちゃていることだろう。ギラついた目と、不敵な笑みを口元に浮かべて。

 シアだけが、今や幻想となった〝優しい森のウサギさん(ハウリア族)〟の欠片を持っているのだ。別の意味で、レアなウサギと言えるだろう。

 そうしたのはハジメ自身なのだが、その事実は脇へ置いて、森の動植物に配慮しながら進むシアの後ろ姿をほっこりしながら見つめるハジメだった。

 そんなこんなで密林の奥へ奥へと進む二人だったが、二時間近く歩き、そろそろ遺跡が見えてきてもおかしくないにもかかわらず影も形も見当たらない時点で、とうとうハジメが弱音を吐き出した。

「なぁ、シア。羅針盤……」
「ダメです」
「ちょっとだけ……」
「んもっ。ハジメさんの現代っ子! 便利道具に毒されすぎです! 少し困難に当たったくらいで、安易な道に逃げちゃいけません!」
「シアママ、お願いだよ。俺はもう疲れたよ、精神的に」
「誰がママですか。きっともう少しですよ。最後まで諦めずに頑張りましょう」

 シアの物言いがお母さんぽかったので冗談めかして言ってみるハジメだったが、シアママは最後まで頑張る子の味方のようだった。

 あと数時間で日が暮れそうなので、ちょっと言ってみただけだと苦笑いするハジメ。降参を示すように両手を挙げる。

「ん~、でも確かに、今日中に場所くらいは特定したいですよねぇ。……よし、ちょっと上から周囲を見てみましょう」

 木登りでもして、密林の上から遺跡の位置を発見しようというのか。

 ハジメが見守る中、シアは……ググッと膝をたわめた。次の瞬間、ドンッという衝撃音と同時にシアの姿が消える。否、正確にはそう見えるほどの勢いでジャンプしたのだ。

「マト○ックスの主人公みたいだな。ただし物理だけど」

 地面が波紋を打つ勢いで踏み込み上空へと飛び上がる。某映画の救世主様はそのまま彼方へ飛んでいったが、シアは密林の上空に出るとそのまま戻って来た。

 ふわりと、重さを感じさせない着地を決める。おそらく、重力魔法で体重を減らしたのだろう。

 確かに、便利道具は一切使っていない自力での探索方法ではあった。釈然としないが。

「う~ん。特に建物っぽいものは見えませんでしたね。道に迷っちゃんたんでしょうか?」
「地図の位置に本当に遺跡があるなら方角は間違っていないはずだ。樹海と違って方向感覚が狂うわけでもないし、方位磁石も正常に動いてるんだからな」
「だとすれば、距離的な問題ですかね。村人さんも、『確か、この辺りだと思う』って、ちょっと曖昧な感じでしたし」

 むむむっと唸るシア。二人は取り敢えず、このまま進むことにした。ただし、シアが頻繁に特大ジャンプで密林の上空に跳び、上から周囲を確認するという方法を取りながら。

 密林で、ウサギがぴょんぴょん跳ねる……。

 ただし、三十メートル級の連続ジャンプで。

 便利道具は封印されたのにと、ハジメはやっぱり何だか釈然としない気持ちになるのだった。

 とはいえ、その方法は有効だったらしい。十五分もしない内に、シアが「あー!」と声を上げた。

「発見! ハジメさん、発見しましたよぉ!」
「お~、やっとか。ぴょんぴょんした甲斐があったなぁ」

 シア曰く、きっと真上からでは木々の枝葉が邪魔をして見えないだろうが、斜め四十五度くらいの角度から見ると、ちょうど枝葉の間に隙間が空いていて建造物が見えたとのこと。つまり、衛星写真などでは発見が困難だったようだ。

 二人は若干、わくわくした気持ちを感じさせる足取りで遺跡の方へと向かった。

 遺跡へ近づくにつれ木々が太くなり、草木の密度も上がっていく。まるで、自然そのものが侵入を拒んでいるかのようだ。

 そんな草木を、シアが鉈で切り裂き、剣圧ならぬ鉈圧の衝撃波で吹き飛ばしながら進むと、遂にそれが姿を現した。

「おぉ。確かに、年月を感じさせる遺跡だな」
「草木が密集しているせいか、この辺りだけ薄暗くて、ちょっと不気味な感じがしますね。村人さん達が怖がるのも分かる気がします」

 薄暗い密林の奥に、ひっそりと佇む石造りの遺跡。どこから、どうやって運んだのかは分からないが、人間の大人より大きな石を積み重ねて作られている。断面は驚くほど綺麗で、石と石がぴったりとくっついている印象だ。

 とはいえ、石の間からは雑草や木の根が突き出していたり、建物全体を蔓がびっしりと覆っていたり、石自体にも亀裂や風化が見られた。

 成長した木が建物を突き破り、石ですら影響を受けるほど年月が経っているのだとよく分かる。

 構造自体は極めてシンプルだ。田舎にある少し大きめの屋敷くらい。二階部分はなく、平屋だ。横に長く、点々と窓らしき四角い穴が空いている。左端に出入り口らしき場所もある。扉はない。ぽっかりと、まるで誘うような暗闇が広がっている。

 ハジメとシアは互いに視線を合わせると、一つ頷き合って中へと踏み込んだ。

 ……十五分後。

「ほんっとになんにもねぇな!」
「わくわく感を返して下さいですぅ!」

 遺跡の中に、ハジメとシアのツッコミが反響した。

 実際、遺跡の、如何にも何かありそうな雰囲気はなんだったのかとツッコミを入れたくなるほど、中には何もなかったのだ。

「そりゃあ、既に調査が入った後だし、何かあったんだとしても持ち出されてるのは当たり前ではあるけどよ。もう少しこう、なんか……なぁ?」
「言いたいことは分かります。昔の人の生活を想像しちゃうようなものとか、『む? これは何を表して?』って頭を悩ませるような壁の絵とか、彫った跡とか、そういうやつ!」
「そうそう、そういうやつだよ!」

 一拍。

「まったく、とんだ期待外れだ」
「まったく、とんだ期待外れですぅ」

 声を揃えて、ハジメとシアは肩を落とした。

 きっと、遺跡に意思があったなら「いや、そんなこと言われましても。っていうか、あんたら何様だよ」と反論しているに違いない。

 まぁ、ここは地球だし、そうそうトータスのような不思議と謎に満ちた秘境などあるわけがないか、と二人は早くも遺跡から出た。

「日が落ちるまで、あと一時間くらいか? どうするシア。せっかく建物があるんだし、今日はここに泊まればいいと思うんだが」
「そうですね。でも一時間あれば、結構周辺の探索できますよ? 元から、遺跡は人除けの結界代りで、この遺跡の奥地の探索が目的ですし、ちょっと見に行きませんか?」
「まぁ、周辺を探るくらいなら、今からでもいいか……」

 なんとも行動的なシアにハジメは少し苦笑いを浮かべる。そして、元気に遺跡の更に奥の密林へと踏み込んでいったシアの後を着いていった。





 やがて日もとっぷりと暮れ、少々探索に時間をかけすぎたと、急ぎ足で遺跡に引き返していたハジメとシア。

 不意に、シアのウサミミがピクピクと反応した。

「あれ?」
「どうした、シア」
「う~んとですね。人がいます。遺跡のところに」
「こんな時間にか? 地元の人間が度胸試しにでも来てんのかな?」

 明かりがなければ一寸先は闇。月の光も届かない密林の奥だ。あり得る状況としては、それくらいしか思いつかない。

 だが、そんなハジメの予想は直ぐに否定された。

「いえ、違うと思いますよ。めちゃくちゃいるっぽいですもの」
「大人数なのか? どれくらいだ?」
「はっきりとは分かりませんが……三十? いえ、四十以上はいます」
「多いな! マジで!」

 流石のハジメも驚愕に目を見開いた。

「どうします? ハジメさん」
「どうするも何も、ここからじゃ状況が分からん。それに、なんだってこんな時間にそんな大人数があの何もない遺跡に訪れてんのか興味もある。そいつらに見つからないよう近づいて、何をしてんのか確かめてみよう」

 ハジメの提案にシアは頷き、二人は気配を殺して遺跡へと近づいた。

 近づくにつれ、ハジメにも多数の気配が感じられるようになる。更に、遺跡まで数十メートルという時点までくると、遺跡周辺が煌々とした明かりで真昼のように照らされているのが枝葉の隙間から分かった。

 顔を見合わせたハジメとシアは、そのまま音もなく遺跡全体を見渡せる大きな木の太い枝に飛び乗った。

「おいおい、マジでなんなんだ? どこかの調査チームか?」
「今更ですか? 既に調べられた後ですよ?」

 見下ろした先では、遺跡の前にいくつもの大型テントが張られ、多数の大型ライトが周囲を照らし、更には用途不明の機材があちこちに設置されていた。

「詳細は分からないが、どれもこれも品質良さそうだな。明らかにこの辺りの物じゃない」
「外国人……たぶん、米国の人ですよね。結構な人数がいますよ。米国人が二十人くらいで、現地の人が……たぶん、建物の中の気配もそうだとすると三十人くらいでしょうか?」
「だろうな。……おい、シア。あの機材やテントについてるロゴ、見えるか?」
「え~と、はいはい、見えますよ? 蓋の開いた宝箱に矢が突き刺さってるみたいなやつですよね?」
「ああ。あれな、見覚えがある」

 おそらく、メーカーか、機材等を所有している会社のロゴだろうそれについて知っているらしいハジメに、シアが「どこで見たんです?」と尋ねる。

 ハジメはなんとも言えない表情で小さく「フラグだったのか、ちくしょうめ」と言いながら答えを口にした。

「プーハンクのレストランで、だ」
「それって、まさか……」

 そう、ハジメが目撃したのは、あの俳優モドキの護衛っぽい連中が上着をはだけたとき。ジャケットの内側に同じロゴがあったのだ。

 案の定、一際大きなテントから、タブレットを弄る見覚えのある男が出てきた。

「見ろ、あいつだ。ウィルターナーだ」
「違いますよ。ヘルムートさんですって」

 ウィルフィードさんである。

 断じて某海賊映画の準主人公でも、天空世界の邪竜でもない。

 そのウィルフィードは、タブレットを見て考え事をしつつ、時折現地の人間に指示を出したりしている。

 あの〝神経質〟なブランドンの姿も見えた。彼は、部下と思われる同じ米国人の研究者っぽい者達に指示を出していた。

 テントや遺跡から少し離れた周囲には屈強な男達もいて、銃こそ見える位置には出していないものの鋭い視線を周囲の密林へと巡らせていた。

「あいつら、ここが目的地だったのか」
「やっぱりフラグだったんですねぇ。流石ハジメさんです」
「やかましい。それにしても、あんな調査済みの何もない遺跡に、連中、一体何を――」

 してるんだ、と言いかけたハジメの言葉は、途中で止められることになった。

「ァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 遺跡の奥から響いてきた、断末魔の叫びの如き絶叫によって。

 にわかにざわつく現場。

 遺跡の奥から現地の男が飛び出してくる。

 彼は悲鳴を上げながら転げ回り、やがて動かなくなった。顔面を押さえていた手が、力を失ってパタリと地に落ちる。

 息絶えた男の顔は、見るも無惨に溶けていた。

いつもお読み頂ありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。

シアとの会話は書いていて楽しい。
結果、話が進まない。
光輝編でシリアス力が尽きてるようで、回復までご勘弁を。

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