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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

ありふれたアフターストーリーⅢ

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ありふれたアフターⅢ シア編 立った! フラグが立った!



 惜しまれながら村を出たハジメとシアは、一路、川上にあるプーハンクの町を目指していた。

 村を出る際に厚意で手渡されたナンのようなパンに肉をたっぷり挟んだサンドを頬張りながら、まだ朝の冷たさが残る川沿いのあぜ道を進む。

「うんまっですぅ。聞きそびれましたけど、これなんのお肉ですかね?」
「なんだろうな。この野生味あふれる感じが、何となく奈落時代を思い出させるんだが……」

 うまうまっと、朝ご飯も頂戴したにもかかわらず数時間経たずして健啖を発揮しているハジメとシア。

「なんにせよ、気のいい連中だったな。あの……ヴァンダムだったか? あいつの俺を見る目つきがなんとも言えなかったが」
「バンタスさんですよ。確かに華麗な回し蹴りでしたけど、某筋肉俳優さんじゃないんですから」

 ケラケラと笑うシア。若い女の子と引き分けてしまったバンタスは、その後、シアとハジメが見せた組み手の壮絶で高度な闘い振りに気持ちが高ぶったらしく、ハジメとも是非闘いたいと言って手合わせを強請ったのだ。

 ハジメの戦い方は、シアに比べて無骨の印象を拭えない。いろいろな格闘技を取り込んだシアのように、歴史に裏打ちされた〝武術〟特有の流麗さというものがないのだ。

 とはいえ、生死を賭けた実戦に実戦を重ねて昇華された体術は、合理性の極みというべきもの。

 シアの怒濤にして流れるような攻撃の尽くを、最小限かつ完璧に捌く姿は、それはそれで美しいと感じさせるものだった。

 バンタスのみならず、村の男達を滾らせたのは言うまでもない。

「ハジメさんって、父様達もそうですけど、時々妙に男の人に好かれますよね。特にガチムチな人……」
「やめろ、それ以上言うんじゃない」

 筋肉をビックンビックンさせながら迫ってきた村の男達を思い出し、ハジメは身震いしながら頭を振った。そんなハジメにくすくすと笑い声をあげるシア。

「来年も絶対に来て欲しいって言ってくれてましたし、せっかくだから何かお土産でも持って、また来ましょうね、ハジメさん」
「……そうだなぁ」

 にっこにっこと旅の出会いに喜びをあらわにするシア。ウサミミもわっさわっさ。

 しかし、ハジメは少し考える素振りをみせながら同意する。シアは「おや? 乗り気じゃない?」と少し不安そうにハジメの表情を伺った。

 ハジメは、シアを不安がらせたかと苦笑いすると、頭をポンポンしながら言う。

「不安そうな顔するなって。ちょっと考えてただけだ」
「考える……ですか?」
「ああ。お前がそんなに楽しんでくれるなら、一年に一度くらい、シアと二人だけの旅デートを恒例化してもいいんじゃないかと思ってな」
「ハジメさん!」

 ウサミミがピーンッ! 素敵な提案に瞳に歓喜の星をちりばめて、シアはキラッキラしながらハジメに飛びつく。

 そして、そのまま「ん~~」と唇を尖らせてキスを迫った。

「喜んでるのは分かったから、取り敢えず、口のまわりの食べかすを落とそうな?」

 シアは顔を真っ赤にして、そそと身を離した。

 ハジメは、レアではあるが、今でも時々残念ウサギになってくれるシアへ愛しそうに目を細めると、手ずからシアの口元を綺麗にしていく。恥ずかしそうではあるが、シアは目を瞑ってされるがままだ。

 そんなシアへ、朝っぱらだというのに先程の続きをしようと顔を近づけるハジメ。気配を感じ取ったシアも応えるように身を寄せて……

「あ?」
「んん?」

 二人同時に密林の奥へ視線を向けた。ガサリガサリッと草木を踏み締める音が微かに響く。

「獣じゃないですね」
「他の村の若い連中がうろついているって話だったが……」

 さて、彼等のここにいる理由は何か。答えは直ぐに示された。

「本当にいたな。外国人の男と女」
「おぉ、高そうなもん色々持ってんな」
「女の方、すげぇな」
「なんにしろ、やっぱり外国人旅行者ってのは阿呆だな。こんな場所で無防備に観光なんてな」

 その会話だけで、彼等が、村人達が忠告していた不埒者達であることがよく分かる。

 闘技祭であれだけで騒いだのだ。持ち物からして裕福そうな外国人カップルがいるという噂が他の村にも直ぐに広まったのだろう。

 現地の情報など大して集めず、無知無茶無謀を自覚もせず、自分達に災難が降りかかるなどあり得ないと根拠のない楽観を抱いたまま、観光気分で危険な場所を訪れる……

 そんな、不埒者にとってはカモネギな観光者を狙ってきたのだろう。

 ニヤニヤと笑いながら、古そうではあるがライフルのようなもの見せつけつつ集まってくる賊モドキ達。

「どこの世界にも、こういう人達っているんですねぇ。まぁいいです。ここは覚え立てのウーガな拳で世の中の厳しさを――」

 教えてやろうと、シアが拳を握った瞬間、

――ドパンッドパンッドパンッドパンッ

 連続した銃声が密林に木霊した。同時に、密林の奥から姿を現した若い男達が、まるで逆再生でもしているかのように密林の奥へ消えていく。正確には吹き飛んでいく、というか叩き返されているというべきだが。

「なっ、なっ、こいつ――」
「銃を持ってるぞ! 逃げ――」
「や、止めてくれ! 何もする気はない! ほら、銃も置くから! 撃たないで――」

 みんな仲良く、密林の奥へお帰りになった。例外など存在しない。

「土に還らせないだけむせび泣きながら感謝しろよ」

 容赦なく、否、スタン弾を使っているだけ容赦はあるのだろうが、逃げる者も両手を挙げて降参を示す者も関係なく銃撃していくハジメさん。

 十人近くいた彼等の姿が見えなくなるまで五秒もかからなかった。

「ハ、ハジメさん?」

 地球では、可能な限りドンナーは抜かず、絡まれた程度の争い事なら素手対応(左手は遠慮なく使う)が基本のハジメが、一瞬の躊躇いもなく銃撃を選んだ。シアは普段と異なる対応に目を丸くする。

 ハジメは肩を竦めるとドンナーを懐のホルスターに仕舞いつつ、

「人目がないからな」

 つまり、目撃者のいない場所なら、さくっと片付けるためにドンナーを使うことに躊躇いはない、ということらしい。人目のつかないところは、ハジメと出会った不埒者達にとって、むしろ危険な場所だった。

 普段から、「法治国家の国民らしく、俺は法と倫理を遵守していく。ここはトータスとは違うんだよ、トータスとは」なんて言っているハジメの躊躇いのない銃撃……

「ハジメさん。目撃者がいなければ撃って良しという考え方って、普通にアウトローな気がするんですが」
「おいおい、善良で模範的な日本人である俺になんて言い草だ」

 善良で模範的な日本人は、きっと謙虚で礼節を重んじ、法を尊重して暴力沙汰を極力回避する者、をいう気がする……とシアはなんとも言えない表情となる。

「この前ミュウちゃんが〝疑わしきは罰せず。ばれなければ全て合法なのだ〟って、誰かの言葉を引用してとんでもないこと言ってたんですが……誰の言葉か、今分かった気がします」
「俺のログには何もない」

 ハジメパパは、シアのジト目から逃れるようにそっと目を逸らした。

 ※良い子のみんなは決して信じてはいけない言葉です! 

 そっぽを向く悪いパパに苦笑いを浮かべたシアは、しかし、直後にはにぱっと笑い、

「まっ、悪党だったので、どうなろうとどうでもいいですけどね!」
「素敵な割り切りだなシア。惚れ直したぞ」

 うっさうさ! なでなで! 複数の現地民が倒れ伏す森の傍でいちゃいちゃするバカップルの図は、なんともシュールだった。

 ちなみに、シアが対応した場合、確実に殴殺一歩手前状態になっていたので、ある意味、ハジメの非殺傷銃撃の方が彼等にとっては幸運だったりする。キスを邪魔されてイラッときたが故の銃撃……ある意味、彼等はナイスタイミングで襲撃したようだ。





 わいわい時々いちゃいちゃ、な感じで進むことしばし。

 陽も高く昇り、そろそろお昼に差し掛かろうという頃、川幅はぐっと広くなり、その先に町が見えてきた。プーハンクの町だ。

 文明の利器たる自動車や整備された道路が見える。

 本来、空港や列車の駅がある町からバスや自動車を使えば、四時間くらいで到着する場所にあるのだ。ハジメやシアのように、わざわざ川沿いに密林の中を数日かけてえっちらおっちら歩いてくる物好きな旅行者はいない。

「なんというか、あれだな。苦労して登山したら、頂上でロープウェイを使って来た人と遭遇した気分だな」
「登山する人は登山を楽しんでいるからいいんですぅ」

 隣を、古いトラックがぶろろろ~と追い越していくのを横目に苦笑いを浮かべたハジメに、シアは唇を尖らせる。

「拗ねるなって。俺も楽しかったよ。それより、もう昼だ。良い具合に腹が減ってきたんだが、シアはどうだ?」
「ですね~。私もすいてきました。村の人の話だと、美味しいお店が結構あるということでしたし軽く食べましょう」
「だな。確かオススメは、川沿いにテラスが出てるレストランだったっけか?」
「ですです。川魚の蒸し物が美味しいって言ってましたよ」

 話をしながら町に入ると、意外にも外国人の姿が多く目に入った。特別な観光地というわけではないはずだが、ここよりずっと先に別の観光地があるので中継地点として賑わっているのかもしれない。

 シアが持ち前の人懐っこさで現地の人に道を尋ねる。ここでもやはり、流暢に現地語を話すシアに目を丸くする光景が見られた。当然のように、相手も直ぐに笑顔になる。そして、懇切丁寧に道を教えてくれる。

「あっちですって! ハジメさん、あの白い建物ですよ!」
「分かったよ、だからぴょんぴょんするな。めちゃくちゃ生温かい目で見られてるぞ。俺まで」

 現地の人達が老若男女関係なく、恋人の元へ道路を横断して走っていくシアを、とっても優しい目で見ていた。ついでに、若干恥ずかしそうなハジメにも、微笑ましいというような目が向けられている。

 と、そのとき、かなりの速度で自動車が走ってきた。町中だというのに、飛び出しでもあれば間違いなく止まることはできないだろう速度。

 道路を横断中だったシアが、少し慌て気味にハジメのもとへ飛び込んだ。

「危ないですねぇ~。あんなに急いでどうしたんでしょうかね?」
「さぁな。それより、良い車乗ってんな。それも同じ車種ばっかり。団体さんか?」

 ハジメの言葉通り、危険運転していたのは一台だけというわけではなかった。

 一見して分かるほど高級で高性能なSUVが六台ほど連なって走り抜けていったのだ。まとめて車を用意したという感じから、少なくともそれなりに資金力のある団体で間違いないだろう。

 こんな場所に高性能SUVに乗って団体でくる者達に少々興味を引かれたハジメだったが、わざわざ調べるほどでもない。直ぐに意識から追い出すと、シアがぴょんぴょんしないよう手を握って歩き出した。

 レストランへ、川沿いの遊歩道のような場所を通って向かう。

 見た目、綺麗な川というわけではないから、外国人旅行者が景色を眺めているということはないが、地元の人が幾人も、せり出した桟橋で釣りをしたり、足を川に晒して談笑したり、はたまた洗濯やら何やら洗い物をしたり、生活と密接に結びついていると分かる光景が見られた。

 更には、

「ボートが沢山ありますねぇ。水上マーケットもありますよ~」
「支流が合流する場所だからな、船が有効な物資運搬の手段なんだろうな」

 というように、たくさんの用途に合わせた船が、これまたたくさんせり出した桟橋に係留されていた。木造の手こぎボートもあれば、エンジン付きのものもある。一様に古めかしい使い込まれたものばかりだったが。

 ふと、ハジメが尋ねた。

「そういえば、シア。村で教えて貰った遺跡の場所だが、地図で見た限りかなり距離があるぞ。やっぱり徒歩で行くのか? 橋のある場所まで迂回したりしてると、一週間くらいかかりそうだぞ?」
「あ~う~。本当は徒歩がいいんですけど……流石に、ちょっと時間かかりすぎですかね。徒歩の旅は結構楽しみましたし、ここではボートも主流みたいですし……」

 前言撤回するみたいでちょっと気恥ずかしいのか、チラチラとハジメを見るシア。

 ハジメは苦笑しつつ、こっそり宝物庫Ⅱを光らせて、何でも屋と化しつつある働き者なアラクネさん達を召喚する。虚空に出現しないよう服の内側に取り出したので、アラクネ達がカサカサとハジメの足を伝って地面に降りていく。

「……ハジメさん。前から思ってたんですけど、なぜ蜘蛛? 正直、ちょっとぞわっとしちゃうんですが」

 体から無数の蜘蛛が這い出てくる……。確かに、普通なら卒倒しそうなホラー的光景だ。

 問われたハジメはアラクネを四方に配置して認識阻害の結界を発動しつつ、キョトンとした表情で答えた。

「え? 格好良いだろう?」
「……」

 シアはそっと目を逸らした。ハジメの、根本的な厨二病は完治不能らしい。

 ハジメの表情に焦りが浮かぶ! シアなら、「そうですね!」と賛同してくれると思ったのに普通に引いていらっしゃる。ウサミミが「大丈夫、大丈夫だから。ね?」と、何が大丈夫なのか問いただしたい感じで、そっとハジメの頭をポンポンした。

「いやいや、シア。ちょっと考えてみろ。多脚戦車とか格好いいだろう? ロマンだろう? この前やったアーマー○コア、お前だって多脚使ってたじゃないか。それにあれだ。ほら、某○月のあの人だって、自分のことを『面○糸を巣と張る蜘蛛』って言ってたし、あとあれだ! 米国の某ヒーローだってめっちゃ蜘蛛だぞ! それから――」
「分かりました。分かりましたから。大丈夫ですよ、ハジメさん」
「おいやめろ。俺をそんな優しい目で見るんじゃない! ええいっ、撫でるな! 抱き締めるな!」

 慈愛たっぷりなシアの眼差し。ハジメの心に9999のダメージ。

 ハジメはシアを無理矢理引き離すと、ぶつくさと愚痴をこぼしながら更にボートを取り出し、空いている場所に係留した。黒塗りのしっかりした作りのボートだ。

――試作型水陸両用型ボート トリアイナ

 とある友人に贈るアーティファクトの試作型ボートで、水上を高速移動できるほか、格納された車輪を出すことで陸上も走れる。

「遺跡の近くまで、こいつで行こう」
「今、出しちゃうんですか?」

 これからお昼を食べるのに、どうして今係留しておくのかとシアが小首を傾げた。

「いや、実はな、これまだ試作段階……というか未完成なんだ。飯食っている間にアラクネで遠隔錬成して、ある程度完成させておこうと思ってな」
「アラクネさん、働きますねぇ。でも、普通に浮いてますし走るには走るんですよね? 十分な気がしますけど……」

 まさかモーターボートと言いつつ、推進力まで備わっていない段階なのかと首を傾げるシアに、ハジメは「当然、普通に走るには走るが……」と前置きして、

「武装が何も備わっていないんだ」
「はい?」

 ちょっとなに言ってるのか分からないです、とシアが呆けた表情をする。

「あの、ハジメさん。別に武装なんていらないと思うんですが……」

 困惑しながらそんなことを言うシアに、ハジメは愕然とした表情を向けた。まさに、ちょっとなに言ってるのか分からないです、といった有様だ。

「正気かシア? 武装のない乗り物なんてブレーキのない車と同じようなものだろう! 危険すぎるぞ!」
「むしろハジメさんの心にブレーキが必要だと思います」

 加えて言うなら、武装のない車より武装のある車の方が、どう考えても危険だ。

 だがハジメは、何を言っているんだと頭を振ると、まるで聞き分けのない子供に言い聞かせるかのように口を開いた。

「いいか、よく考えてくれシア。ボ○ドカーに武装がなかったら、ボン○さんはどうなってる? いくらあの人でも普通に死んでたかもしれないぞ?」
「旅行で使う乗り物とスパイの車を一緒にしないでくださいよ。ハジメさん、いつから英国のスパイ組織に入局したんですか。マグダネスさんが大喜びしそう……あ、いえ、前言撤回です。マグダネスさんの胃が回復不能なダメージを負いそうです」

 とにもかくにも、武装のない乗り物なんて乗り物じゃない、というハジメの譲れないこだわりが、今ボートを出しておくことに繋がったらしい。

 アラクネさん達が早速ボートのあちこちに張り付いて改修作業を始めている。

「もう分かりましたよ。お腹空いたので早くレストランに行きましょうです」
「……おかしいな。シアに困った奴を見るような目を向けられている気がしてならないんだが……」

 心外だと言いたげな表情のハジメの手を引いて、今度はシアが引っ張るようにして歩き出した。

 異世界より帰郷して後、ハジメもユエも、シアに時折こうして仕方ない人を相手するような態度を取られたり、場合によっては地味に怒られたりすることもあるのだが……

 出会った当初に比べると、微妙に立場が逆転しているような気がしないでもないハジメであった。





 訪れたレストランの料理は、村でオススメされた通り中々に美味だった。川にせりだした木製テラスの上で取る食事というのも、場所補正が効いていて悪くない。

 シアなど、川魚の蒸し料理を気に入ったようで、先程から熱心に味を盗もうとしている。

 家事万能ウサギの手料理は誰もが腕を認めるところ。南雲家の味もすっかり習得しているものだから、食事当番はローテーションであるものの、南雲家の台所を預かる料理長は誰かと問われれば、もはや満場一致でシアと答えるのが普通になっている。

「ふむふむ。なんとなく分かりましたけど、そもそも日本で調味料が手に入るのかが問題になりそうですね」
「探せばあるだろ。なけりゃゲートで買いに来ればいいし」
「……そう言えばそうでした。ハジメさんが万能すぎて堕落しそうです」
「シアの手料理のためなら俺は俺の全力を使うことをためらわない」
「あの……そう言って貰えるのは凄く嬉しいんですが、その言葉、帝城落としの前夜に言って貰えた思い出深い大切な言葉なんで、食いしん坊な感じで軽く使わないで欲しいと言いますか……」

 かつて、一族の決断と、ハジメへの遠慮で板挟みになり口を閉ざしたシアに、ハジメが贈った言葉。それはシアの中にいくつもある〝大切な言葉〟の一つだ。なので、なんとも微妙な表情になってしまう。

 だが、当のハジメはふざけた様子など微塵もなく、むしろ帝城落としの前夜よりキリッとした表情で言い切った。

「〝軽く〟なんて酷い言い草だぞ。俺の胃はシアにがっつり掴まれてるんだからな。シアの手料理のためなら、俺は世界にすら喧嘩を売るつもりだ。自重はしない」
「わ、私の手料理が戦争の引き金に!? お、重いですぅ」

 そんなことを言いながらも、シアのウサミミを見ればわっさわっさと喜んでいるのが丸分かりだ。「というか、私の手料理がどうすれば世界と喧嘩なんて状況になるんですかぁ。意味分かんないですよぉ」等とぶつぶつ呟いたり、フォークでお料理もツンツンしたり、口元がニマニマするのを頑張って抑えたりしている。

 ある意味、周囲の料理を強制的に〝甘味〟に変えるメシテロリストな二人の雰囲気。それなりに賑わっている店内には様々な客がいるが、男だけで来ている者達は舌打ちしそうな様子だ。

 シアが類い希な美少女というのもあるだろう。

 実はレストランに入った最初から、割と視線が集まっていたりする。店員すらチラチラと視線を向けているし、新規で入店した客も必ず一度は二度見をシアに向けるのだ。

 普段はユエ達が周りにいるせいもあって、〝美少女の一人〟という認識になるが、本来、単体だと視線を集めずにはいられない美貌の持ち主なのである。

 照れているらしいシアを優しい目で見つめるハジメ。シアは誤魔化すようにはむはむはむっと勢いよく料理を頬張る。そんな様子をますます目を細めて見つめるハジメさん……

「もぅ。そ、そんなに見ないでくださいよぉ」
「他にどこを見るんだよ」

 苦笑しながら言うハジメ。捉え方次第では、「シア以外に見るべきものなんてない」とか「ずっとシアを見ていたい」という風に聞こえなくもない。

 実際、そう捉えたらしい店内の男性陣からギリリッとか、チッとか妬ましさをたっぷり含んだ音が出されている。

 店員の男性が、嫉妬に任せてダンッと勢いよく料理を置いた。アツアツのスープが客の男性に飛び散り「あづぁ!?」と悲鳴が木霊する。

 ぼぐぅという生々しい音が響いた。連れの女性から黄金の右ストレートを頂いた男性客がいるようだ。

 二人の席だけ何だか空気の色が異なるようだった。二次元なら、ぽわぽわとハートが漂っていそうである。何より、シアの照れと嬉しさをたっぷり含んだ幸せそうな笑顔が、数多くの被弾者を生み出している。

 今、バシャンッと音が聞こえたのは、テラス脇の道を歩いてた男が川に落ちた音だろう。「あ~」という声が遠のいていく。どこまでも流れて行くのだろう。

 夜に妖しく輝く月の如く人を惹き付けるのがユエであるなら、陽だまりのような温かさで幸せを振りまき惹き付けるのがシアだ。ベクトルは異なれど、妖艶な吸血姫に勝るとも劣らない魅力が、魔王のウサギにはあった。

 と、そのとき、ハジメが一息吐いたような様子を見せる。

「もしかして、改修が終わりました?」
「おう。きちんと武装できたぞ。小型のガトリングを前後左右計四門に、ペンシルミサイルを百二十発。魚雷と機雷も二十発ずつ搭載だ。ちょっと火力に不安はあるが、即行でやったにしてはまぁまぁだろう。これで多少は安全な乗り物になったな」

 と、満足そうに笑うハジメに、シアは「むしろ危険物の塊ですぅ」とウサミミをへにょんとした。

 そして、カサカサという、思わずぞわりっと来る音をウサミミが捉える。足下に視線を向ければ、一仕事を終えたアラクネさん達がテラスの床の隙間から湧き出しているところだった。

 器用にも足を使ってビシッと敬礼すると、次々と光に包まれ宝物庫へと帰還していく。

 シアは思った。「アラクネさんって、ハジメさんが操ってるんですよね? なんだか自我を感じるんですけど気のせいですよね?」と。恐いので聞かないが。

「ハジメさん、アラクネさん達は香織さんや雫さんの前ではあまり出さない方がいいですよ? 私は樹海育ちですから虫は平気ですけど、その私でも大量のアラクネさんはちょっとぞわっとしますし」

 ついでに、妙に意思も感じるし。無数の意思を、と心の中で呟きながらシアが忠告する。

 ハジメは視線を逸らした。

「……前科がありますね?」
「雫が……しばらく部屋から出なくなった」

 もっと言えば、部屋の隙間という隙間に、錬成が効かないよう丈夫な板を打ち付けて引きこもったのだ。天岩戸に隠れた天照大神の如く、出てきて貰うのに苦労したのである。

「よりによって一番反応が女の子な雫さんに……何をしてるんですかぁ」
「あれは俺も反省している。鷲三さんにな、『リフォームを考えているんだが、広大な地下空間を作るのを手伝ってもらえんか?』って言われて、大量のアラクネを使って工事してたんだが……」
「ばったり遭遇、というわけですか」
「ちょうど一段落して、地下から引き戻しているときにな。家の庭から大量に湧き出したアラクネを見ちまったんだよ」

 ゲートで雫の部屋に転移し説得することも出来たのだが、むしろ逆効果になりそうだったので、ハジメは八重樫流の門下生と一緒に『雫お嬢、天岩戸作戦!』と称して、自発的に出てきてもらえるよういろいろやったのである。

 取り敢えず、八重樫流の門下生は芸達者だった。もの凄く。雫が扉の隙間から「なに? なにしてるの? なんでそんなに楽しそうなの?」と思わず覗いちゃうくらいには。

 そんな話を聞いて、今度雫さんにはウサミミを存分にもふらせてあげようと、シアは遠い日本へ哀れみの目を向ける。

 と、そのとき、にわかに騒ぎがシアのウサミミを突いた。「おや?」と、騒がしい方へ視線を向けてみれば、トリアイナの周辺にいつの間にやら外国人らしき団体さんが集まっている。

「ハジメさん、ハジメさん。ボートの周りに人が集まってますよ?」
「ん? ……他のボートと毛色が違うから見物でもしてんのかな? まぁ、ほっとけ。魔力駆動なんだから、何をどうしたって盗むなんて無理だし」
「それもそうですね」

 ちょっと気にしつつ、シアも料理へと戻る。気になったのは、彼等が観光客に見えなかったからなのだが……。

 というか、堅気の人間にも見えない。幾人かは普通の人っぽいのだが、その彼等をまるで護衛でもするかのように囲む者達が、どうにも暴力慣れしている人間特有の気配を発しているのだ。

 とはいえ、二人の脅威になるわけでもないのでスルーを決め込む。

 だが、彼等の方はハジメ達に用があるらしかった。

 ブロンドの髪が随分と後退してしまっている神経質そうな中年の男が、近くにいた現地民らしき男にトリアイナを指差しながら何かを尋ねる。

 現地の男は首を振ったが、他の知り合いらしき人達に声をかけると、首を傾げつつもテラスで食事を続けるハジメとシアの方を指差した。

 確証はないけれど、たぶんトリアイナの持ち主はあの二人じゃないだろうか、と言っているのだろう。

 神経質そうな男の隣には、俳優然とした整った顔の男もいて、彼はハジメとシアを見るとシアのところで視線を止めて、それこそ俳優のようにオーバーアクションで感嘆の声をあげた。

 〝神経質〟と〝俳優モドキ〟を先頭に、秘書っぽい男と護衛らしき男達五人がぞろぞろとレストランの方へやってくる。

「うへぇ。来ますよ、ハジメさん」
「任せろ。最近、よく〝丸くなった〟と言われる俺だ。平和的に、文化人的に、コミュニケーションをもって丸く収めようじゃないか」
「なんとなく未来が見えますねぇ」

 固有魔法〝未来視〟は発動していない。俗に言う、〝ふり〟という奴だ。お約束ともいう。

 〝神経質〟がずかずかとテラスを歩いてくる。そして、ハジメ達のテーブルの前に立つや否や、

「おい、お前達。あのボートはお前達のか? キャッシュで買い取ってやる。これでいいな?」

 有無を言わさず、札束をバンッとテーブルに叩き付ける〝神経質〟。キーキーした猿のような声で、ギョロリとした目を向けてくる。端からハジメ達の意見など聞く気はなく、自分の要望が通らないはずがないと思っているようだ。

 そのギョロ目が、自分の背後で威圧的に控える屈強な男達に向く。言葉以上に伝わる意思。

 そんな彼に、ハジメは平和的に

「あ゛ぁ゛?」
「ひっ!?」

 〝神経質〟はすとんっと腰を抜かした! ヤクザも裸足で逃げ出す凶悪な眼光が〝神経質〟の神経をなぶりになぶる!

 思わずと言った様子で護衛の男達が腰や懐に手を入れた。

 が、何かが取り出される前に、シアの声が響く。

「ハジメさん! ハジメさん! 平和的な文化人!」
「おっと」

 自分の顔を一撫で。次に現れた表情は実ににこやかで平和的だった。一瞬前の凶相がなければ、実に日本人らしい人の良さげな表情だと思っただろう。今はその変わり身が逆に恐い。

「申し訳ないが、あれを売るつもりはないんだ。ボートなら他にもたくさんあるし、他を当たってくれないか?」
「ひっ!?」

 〝神経質〟は尻餅をついたままズリズリと後退る。

「……シア、どういうことだ? にこやかな対応だったろう? なんであいつは怯えるんだ?」
「笑顔の裏の顔を先に見せてしまったからに決まってるじゃないですか」

 解せぬ、と言いたげなハジメに、シアは微妙な表情でツッコミを入れる。

 そこで、俳優モドキが前に出てきた。

「いやいや申し訳ない、自己紹介もせずいきなり。そこで腰抜かしてるのはブランドン。私はウィルフォードだ。どうぞよろしく」

 片手を胸の前に置き、恭しく――というか、やけに芝居がかった仕草で腰を折って挨拶する俳優モドキ、もといウィルフォード。

「こんな場所で覇気ある日本の青年と、美しいお嬢様に出会えるとは、やはり旅はいいものだ」

 笑顔が様になっている。自分の魅せ方というものを熟知していそうだ。近くでみれば、なるほど、自分に自信があるのも頷けるくらいにはイケメンである。年は三十代前半くらいだろうか。大人の色気もあり、普通の少女なら思わず頬を赤らめてしまうところだろう。

 ウィルフォードは、シアににっこり微笑むとそっと手を差し出した。その手の向かう先がシアの手であることから、あるいは〝手の甲にキスして挨拶〟でもする気なのかもしれない。

「??」

 シアは素で首を傾げ、フォークに刺さっていた魚の身をウィルフォードの手の平にポテッと乗せた。ウィルフォードさんは食いしん坊、「美味しそうだからちょっと分けて」と言われたのだと思ったらしい。

 ハジメが思わず噴き出しそうになり、ウィルフォードの表情は引き攣った。それでも「これは、どうもありがとう」と言いながら手の平の魚を食べる根性は中々だ。

「うおっほんっ。それで、ミスターウィルフォード。用件はさっき言ってたことと同じか?」
「君達にとっては生憎と、その通りだ。どうしても君のあの立派なボートを買い取りたい。どうにか融通してもらえないか? 金なら言い値を払おう。もちろん、キャッシュには限りがあるが……」

 ウィルフォードはそう言って、懐から小切手を取り出した。好きな金額を書けということだろう。恐ろしいほどに気前がいい。

「我々はレリテンス社の研究チームでね。ブランドンは研究者で、私は……ビジネスマンのようなものさ。必要経費で落ちるから遠慮なく金額を記入してくれ」

 おどけた態度でそんなことを言うウィルフォードに、ハジメは首を傾げる。

「個人でないなら、それなりに計画して来たんだろう? なんでボートの買い取り交渉なんてしてるんだ? 用意しておくなり、手配しておくなりしておくものだろう?」
「不測の事態というやつさ。人生というのはいつでも予想の斜め上を行くものでね。ある程度は確保しているんだが、少し足りない状況なんだよ。性能の良さそうなボートのね」

 手配ミスか、あるいは現地の人間が土壇場になって契約を反故にしたか。なんにせよ、ボートの数が足りないらしい。

 そういえば、さっき見かけたSUV。あれがウィルフォード達が乗ってきたものであるなら、確かに、荷物も人員もかなりの数だろう。ここにいる人数以上とすると、かなり大きな研究チームのようだ。

 とはいえ、答えは決まっている。魔力駆動のボートなど、どんな理由があろうと渡せないし、渡す意味もない。

「悪いな。協力してやりたいところだが、あのボートは特別製なんだ。いくら金を積まれても譲ることはできない」
「そこをどうにか頼めないか?」

 食い下がるウィルフォード。言葉は丁寧だ。顔にも笑顔が浮かんでいる。だが……目から陽気さが抜けている。

 どうやら、ブランドン氏より、この男の方が遙かに危険らしい。

「言ったろ? 無理だ。ボート自体は沢山あるんだ。他を当たってくれ」
「君のボートがいい。ざっと見て回ったが、いつエンジンが故障してもおかしくないものばかりだ。時間をかければそれなりのものを調達できるだろうが、我々はその時間を無駄にしたくない」
「事情は分かる。だが、それでも無理だ。悪いな」

 シアが、「おぉ~、ハジメさんがきちんと言葉で説得してますぅ!」と、感心に満ちた眼差しを送っている。そんなに、交渉=物理な人だと思われているのだろうか……。ハジメはちょっぴり傷ついた。

「ふぅむ。まいったな。日本人なら妥協は得意だと思ったんだが……。どうやら、最近の若者は空気を読むのが下手らしい。いや、平和ボケが常の人種だ。危機意識が足りないのも仕方ないか」

 冷たい眼差しが、ウィルフォードからハジメに注がれた。普通ならゾッと身を震わせるような、非人間的とすら言える目だ。その目が、スッとシアの方へも流れる。

 ウィルフォードの指先がちょいちょいと動く。合わせて、大柄で強面の男が進みでて、そっとジャケットをはだけた。そこにあるのは拳銃だ。

「どうだろう? 君の可愛らしい恋人のためにも、ここは是非、実りある交渉をしてくれないか?」
「交渉? 脅迫の間違いだと思うが?」

 ハッと鼻で嗤うハジメ。ウィルフォードの目がスッと細められた。護衛の男がシアの背後に回ろうとする。

 まさか日中から公衆の面前で発砲などするはずないだろうが、銃口を突きつけて脅し、場所を移動してから……ということは十分にあり得る。

「ったく、会社員とは思えない連中だな。それともおたくらの会社、民間軍事会社とかそういう類いか?」
「さぁ、どうだろう――」

 酷薄な笑みを浮かべるウィルフォードは、しかし、言葉を噤んだ。

 ゴトリッと、テーブルの上に置かれたものを見て。

「……」
「今、ここで撃ってお前等が死んでも、懐にたっぷりしまわれてる銃を見りゃあ、間違いなく正当防衛が通るだろうよ。なにせ、こっちは若いカップルで? そちらは妖しげな集団だ。こうして囲まれているのも大勢目撃しているしな」

 異様を放つ大型リボルバーに、全員の目が釘付けになる。どう見ても特注品であり、しかも使い込まれた様子だ。何より恐ろしいのは、ずっと注目していたのに抜いた瞬間がまるで分からなかったこと。

「……人数差というものを考慮に入れるべきだと思うが?」
「俺は一向に構わない」

 場慣れしているであろう護衛達から生唾を呑み込む音がした。

 同時に、ハジメから溢れ出てくる異様な威圧感。確かに、人数差が意味をなさないような、そんな気が浸透する。

「……何者だ? まさか、お前達も〝あれ〟を狙って?」
「? あれ?」
「チッ。悪いカードを引き当てただけか。本当に、人生というのは予想の斜め上をいく」

 ウィルフォードは舌打ちをすると、苦虫を噛み潰したような表情で手を下に下げる仕草をした。護衛達がスッと身を引いていく。

「邪魔をしたね。ボートは他を当たることにするよ」
「……そうか。分かり合えたようで何よりだ」

 ウィルフォードは肩を竦めると、あっさり踵を返して引き上げていった。ブランドンが慌てて後をついていき、護衛達は最後までハジメに警戒の目を向けつつレストランから出て行く。

「なんだったんでしょうかね、あの人達」
「さぁな。いずれにしろ、まともな連中じゃあないだろう。関わらないに越したことはないさ」

 肩を竦めて、既に冷めかけている料理を少し悲しげに見つめながら食事を再開するハジメ。

 シアも同じく食事を再開しながら、心の中で呟いた。

(どう考えてもフラグが立った気がしますぅ。絶対に、またあの人達とかかわりますよ! だって、ハジメさんですもん!)

 天職〝占術師〟たるシアの未来予想は……否、シアでなくても、ハジメを知る者なら誰でも容易にできる予想だった。

 その予想が正しかったことは……

 早くも、この日の内に証明されるのだった。
いつもお読み頂ありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。

なんだかダラダラ書いてしまいました。
次回から展開速めていきます。

PS
ありふれ日常、最新話更新しました!
ティオも出てきていよいよ賑やかになってきましたよ~
よろしくお願いします。

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