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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれた番外編 世界のアビスゲート卿から
198/541

ふっ、俺が誰かって? 俺は――

 薄い霧に包まれたロンドン郊外。古きお伽噺や伝承が息を潜めていそうなレトロな街並みの一角に、一際、歴史を感じさせる立派な屋敷があった。


 よく手入れが行き届いているようで、くたびれた様子は見えない。前面に広がる庭も、白い砂利の敷かれた小道や季節の花が咲く花壇も、美しい女神が腰かける小さな噴水も、どれも上品さを感じさせる一級の仕上がりで、よくよく手間と費用と時間をかけられていることが分かった。


 それもそのはずで、この屋敷の主――ジェファーソン=オルグレイは、イギリスでも有名な資産家だった。いわゆる、〝不動産王〟と称される家系で、代々、多数の土地建物を所有し、あるいは売買している。


 今代のオルグレイ家の当主であるジェファーソンも、ご先祖から商才はしっかりと受け継いでおり、それどころか政治的才能もあったようで、政界と不動産王という二足の草鞋を履きながら確かな結果を叩き出す有能な人間だった。


 そんなジェファーソンの屋敷には、普段からよく人が訪れる。人の種類は様々だ。同じ政界の関係者であることもあれば、不動産会社の関係者ということもあるし、個人的な友人ということも多くある。


 とにかく、人の来訪が絶えない家であり、そのことは周辺の住民にも周知の事実だった。


 今日も、既に日が落ちて数時間が経ち、立ち込める霧もあって完全に暗闇が降りている時間にあって、オルグレイ本邸には煌々とした明かりが灯っていた。正門の近くには幾台もの高級車が停まっていて、多くの客人が訪れていることを示していた。


 もっとも、本日の来訪者達は、確かに各々著名な人物達ではあったが、単なる食事に招待された友人というわけでも、あるいは政治関連や会社関連の話し合いをしに来た仕事上の客人というわけでもないようだった。


「さて、首領。そろそろ本題に入ってもいいのではないですかな? 結社の幹部の半数以上を集めるなど……余程のことなのでしょう? 察するに彼等のことかと推測しますが」


 一見して分かる高級スーツに身を包んだ、口髭と腹の肉が立派な中年の男が、ジェファーソンを〝首領〟と呼んで話しかけた。


 一般的に、そうそう使われなさそうな呼称を受けても、自然な態度のジェファーソン。その様子からすれば、今日、この場に呼ばれた者達に、そう呼ばれることが当然であることが分かる。


 ジェファーソンはゆっくりと視線を巡らせた。ひと通り食事は済んでいるようで、彼の前にはワインが置かれているだけだ。彼等のほかには、オルグレイ家の使用人が数人と、それぞれの客人達が連れてきた護衛の男が数人ずつ。


 今夜、集まった客人は九名。どの人間も、各分野で突出した結果を有する著名人ではあるが、分野は完全にばらばら。傍からみればよく分からない集いであり、可能性としてはジェファーソンの個人的友人達というのが一番高い。この会合を知った第三者がいたとしても、やはり友人同士の集まりとしか思わないだろう。


 が、ジェファーソンを上座に、長いテーブルを囲んでいる彼等には、明確に上下関係があるようだった。それは彼等の纏う雰囲気により明確だった。


「……彼等は本物だ」


 短い言葉。事情を知らない者からすれば、何を言っているのかと首を傾げるところだろう。だが、ジェファーソンが重苦しい声音で放ったその言葉は、食卓の全員を一気にざわめかせた。


「それは……それは、本当に?」

「ただの集団誘拐だったのでは……」

「確かに、不可解な事件ではありましたが……」

「あの程度の事件なら、そう珍しくはない。首領、根拠がおありで?」


 口々に、困惑と期待を綯い交ぜにしたような言葉を口にしながら、彼等の視線がジェファーソンに集中する。


「まだ状況証拠だけだ。だが、間違いないだろう。……調査に向かった者が全て、何の報告もなく日常生活に戻っていることが確認された。調査のことどころか、結社のことすらも忘却して、だ」

「なんと……」

「しかし、それだけでは……。そのような状態におく方法がないわけではありませんよ?」

「ああ、分かっている。もちろん、それだけで断定などしない。……これが、現在確認することができている事態だ。既に、神秘(・・)と呼んで問題ないレベルだと判断した」


 そう言って、使用人に視線で促し配らせた報告書を、幹部達が目を通す。そうすれば、再びざわつきが発生した。


 その報告書に書かれていた内容とは、


 曰く、一度は確認した対象者達の家に、何故か二度と近づけなくなった。地図通りに進んでも、気が付けば全く違う場所をぐるぐると回っている。


 曰く、八百メートル離れた位置から観察していたにもかかわらず、必ず視線が合う。


 曰く、先日までなかったはずの対象の戸籍が、いつの間にか登録されている。


 曰く、その異常に行政側の人間は誰も気が付かない。違和感も抱いていない。


 曰く、毎日、一人ずつ仲間が消えていく。


 そして、


――曰く、調査に就いた者は、例外なく、しばらくすると記憶に空白ができる。今、報告していることすらも、本当にあったことかどうか……分からない。


 最後の一文にまで目を通したのだろう。食卓に沈黙が下りた。誰もが、報告書の内容を凝視している。


 が、しばらくして……


「ふ、ふは、ふはははははははっ」


 一人が堪え切れないといった様子で笑い声を上げだした。それは、歓喜と狂気で構成されたような、酷く歪な笑い声。しかし、そんな聞く者に否応なく不快さを与えるような笑い声は、次第に他の幹部にも広がっていく。


「ようやく、本物(・・)を見つけたか! 素晴らしい! いったい、どのような神秘を知っているのか!」

「少なくとも、人の脳に干渉する術は持っているようだ。たかだか学生には、分不相応というものだな」

「こうしてはおれん。首領! すぐにでも実行部隊を送って、サンプルの一人や二人、確保すべきでしょう!」


 興奮が場を支配していた。まるで、砂漠の迷い人が、ようやくオアシスを目にしたような、渇望が満たされる前の狂気的な興奮。


 それも無理からぬことかもしれない。彼等は、気の遠くなるような年月、〝それ〟を求めて暗躍していたのだから。


「落ち着け……というのも無理な話か。みなの気持ちはよく分かる。では、サンプル入手に向けて動くということで良いな? 完全にさらうとなると面倒事は多々あるが……」

「なに、一度は集団失踪した者達ですよ、首領。二度目があっても、誰も不思議には思わないでしょうよ。まして、帰還しなかった者もいるのですからな」

「サンプルの有する能力は気になるところですが……所詮は子供。力を有していながら学生に甘んじていることがそれを示している。身内も巻き込めば、どうにでもなるでしょうな。私は、さっそく実験場の準備に動きましょう」

「帰還者達が、失踪中に神秘を手に入れたとすると……非帰還者の行方が気になるところ。おそらく、未だ、神秘にかかわる場所にいるのでは? それを掴めば、我等も……」


 ジェファーソンの言葉に、幹部達が口々に意見を出す。今夜の会合は、明らかにかつてない熱気を孕んでいた。


 そうして、今後の方針があらかた決定したところで、ジェファーソンが口を開く。


「では、各々、我等の悲願達成のために細心の注意を払って事を進めてくれ。サンプル確保の優先目標は、〝ユエ〟と呼ばれる少女を筆頭に――」

「それは、止めといた方がいいと思うけどなぁ」


 帰還者の周辺にいる日本人ではない女達――そう言おうとしたジェファーソンだったが、その言葉は突如遮られることになった。


 一瞬、幹部の誰かかと思ったジェファーソンだったが、それはあり得ないと直ぐに切り捨てる。世間を騒がせた白昼の集団失踪からの帰還者達――彼等にある以前と明らかに異なる点といえば、まず目に付くのは突然現れた日本人でない少女達の存在だ。


 戸籍がいつの間にか作られていたことも考えれば、〝神秘側からの来訪者〟と考えるのが妥当である。ならば、サンプルとして確保する優先目標にするのは当然のこと。


 それはジェファーソンと幹部達の、集団失踪から始まる帰還者達の一連の騒動を調べ続けたが故の共通認識だった。だからこそ、ここで否定が入ることはあり得ない。なにより、自分の声を遮った若い男の声音(・・・・・・)に聞き覚えなどない! 


 ジェファーソンは背筋に悪寒が走り抜けるのを感じながら、誰何の怒声を上げる。


「誰だ! どこにいる!?」

「いや、さっきから正面にいるから。普通に、飯食ってたから」


 諦念を孕んだ声音が響く。その瞬間、ジェファーソンのみならず、幹部達も、使用人達も、そして護衛達も、ようやく認識する。


「どもっす」


 実に軽いノリで、ジェファーソンの対面に位置する椅子につき、普通に先程ジェファーソン達が食べていたのと同じ料理を頬張りながら、軽く手を上げて挨拶をする日本人の少年の姿を!


「貴様……どこから入ってきた? 玄関の見張りはどうした?」


 幹部達と使用人達が激しく動揺し、失態を挽回すべく護衛達が拳銃を取り出す中、ジェファーソンは護衛達の発砲を制止しながら冷静に口を開いた。彼も動揺はしていたようだが、精神を立て直す速さは、流石、政界・不動産界の重鎮にして、この会合のトップというべきか。


 冷静さを取り戻した直後に溢れ出たジェファーソンの覇気。それは、一般人ならば何も言えずに萎縮してしまうか、冷や汗を流しながらしどろもどろになるに違いない強烈なもの。


 が、そんな覇気など揺れる柳の如く受け流す……というよりも、そもそも気にしてすらいない様子の少年は、現在進行形でオルグレイ家の料理をもりもり食べながら話し出した。


「んぐっ。どこからって、普通に玄関から入ったよ。むぐむぐ、お邪魔しますって挨拶もしたし。……普通に無視されたけど」

「……それは、我が家の料理のようだが?」

「すんごく美味いです。流石、大物政治家で不動産王ってところだよな。厨房に余ってたんで、勝手に皿に盛らせてもらったよ。……い、一応、声はかけたからな? 沈黙はOKと取るけどって、ちゃんと言ったからな? 盗みじゃないぞ?」


 何故か、「本当だぞ?」と、そんなことを念押しする少年に、ジェファーソンは眉をしかめた。見れば見るほど、普通の少年だ。否、ある意味、普通過ぎて意識していなければごく自然に忘れてしまいそうな存在感と外観は、普通ではないというべきか……


「何者……と聞くのは野暮というものか? この状況で、先程の発言。そして誰にも気が付かれずに侵入を果たすその能力。貴様……帰還者だな?」


 確信を持って推測を口にするジェファーソンだったが、その言葉を受けた少年は何故か、眉を八の字に下げてちょっと悲しそうな顔になった。よく分からない反応に、ジェファーソンが戸惑う中、少年は声音まで悲しそうにしながら尋ねる。


「帰還者だな? って、俺達のこと調べていたなら、俺のことも知っているんじゃなかったのか? 俺としては、『貴様っ、帰還者だな!?』っていう反応を期待していたんだけど……」

「なに? 貴様の報告など……」


 ジェファーソンが戸惑う。帰還者の報告は全て目を通しているし、対象者のプロフィールについては家族から親類に至るまで頭の中に叩き込んである。目の前の少年が報告の上がっている帰還者であるなら、記憶に引っかからないわけがなかった。


 が、使用人の一人が、そそくさといった感じで、タブレットのデータ化した報告書の帰還者リストを見せれば……


「…………………帰還者リスト№28――遠藤浩介? ………………あ」

「うん、忘れてたんだよな? そうなんだよな? いいよ、分かってる。へへ、慣れてるさ。たとえデータ上ですら影が薄くたって、ぜ、全然気にしてないし? 俺ってば、リア充だし? だから、ホント、全然、全然っ気にしてないし?」


 場に、奇妙な沈黙が降りた。少年――データ上ですら影が薄いらしい浩介が、食器をカチャカチャと鳴らす音だけがやけに明瞭に響いていた。さっきまで呟かれていた「うんめぇ」という言葉が、「しょっぺぇなぁ」に変わっている。


「こ、これが貴様の有する神秘というわけか」

「……生まれつきっす。母ちゃんですら、幼稚園の迎えとか、よく忘れたりしてたんで……」

「……そ、そうか。その、なんだ、苦労したのだな」


 何故か、自分達を狙う男から同情と共に優しい言葉を頂戴してしまった浩介。高級料理の塩気が上昇していく! 使用人の女性が、ハンカチで目元を拭い出した。さっきまで銃を構えていた護衛達の目が生暖かいものになっている!


 内心で「同情するなら存在感くれ」と愚痴を吐きつつ、ごほんっと咳払いした浩介は、食事の手を止めて口を開いた。


「でさ、俺がここに来た理由なんだけど」

「む、そうだ。よもや、帰還者が直接乗り込んでくるとは思わなかった。どうやら、そちらもある程度、我々のことを調べていたようだな。……貴様、まさか、一人で来たのか?」

「まぁ、そうだよ。本当は個人的な旅行中だったんだけど。いきなり、あんたらが悪だくみしてるから、ちょっと行って潰してこいって言われてさ」


 自分のスマホを見ながら、「ラナの手前、あいつの頼みは断れねぇ」と肩を落とす浩介に、ジェファーソンは幹部達や護衛達に目配せしつつ、嘲笑うような表情になった。


「潰してこい、か。神秘を手にして増長しているようだな。この距離では、鉛玉が貴様の四肢を撃ち抜く方が圧倒的に速い。相手の認識に干渉する術を持っているようだが、この限定された空間で、銃弾より速く我等を潰せるか?」


 ガチャと、硬質で不吉な音が無数に響く。護衛達が銃口を浩介へ集中させる。彼等の数は、二十人弱。六十人は余裕で入れそうな大きな食堂ではあるが、確かに、限定されたこの空間で、二十の銃口から逃れる術はないに等しい。


 子供故に、己の力に酔って余裕を見せていると考えたジェファーソンは、逆に余裕の態度を見せた。テーブルの上で腕を組み、重ねた両手で口元を隠しながら、その鋭い眼光を浩介へ叩きつける。


「少年。我等のもとへ来ないか? 報告書によれば、君らの生活は、神秘を手に入れる前と後で大して変わっていないようだ。誰一人として暴走していないところは称賛に値するが、それは手に入れた力の使い方が分からないだけだろう。ならば、我等が正しい力の使い方というものを教えてあげよう。君の想像を絶するような、富と名声に満ちた人生を、このジェファーソン・オルグレイが約束しよう」

「……人をサンプル呼ばわりしておいて、よくそんなことが言えるなぁ。政治家の面の皮は厚いっていうけど、本当にそうなんだな。こえぇ」


 ジェファーソンの勧誘の言葉に、特に感慨を受けた様子もなく、浩介は、むしろドン引きしたような様子を見せる。金や名声が、浩介の心に響いていないことに片眉を上げつつ、ジェファーソンは言葉を続ける。


「では女ならどうだ? お前が――」

「彼女いるんで、そういうのはいいです。むしろ、俺の彼女、超美人なんで。もう、最高っ、なんで」


 遮られた言葉と、眼前で突然のろけ出した浩介に、ジェファーソンの視線が厳しいものになる。


「……特別な力を持てば、己を万能と思うのも無理はない。だが、現実というのは君達が思う以上に非情なものだ。自分の身だけなら、あるいはお前達ならどうにかできるのかもしれん。だが、周りの者はどうだ? お前の家族、帰還者でない友人、親戚。全てを守り切れるか? 我等結社は、暴力だけではないぞ?」


 そう言って、周囲を見渡すジェファーソン。彼の視線の先には、結社の幹部達――ありとあらゆる面で成功を収めた社会的な(・・・・)力を有する者達がいる。そして、ジェファーソンの視線が、何より雄弁に物語っていた。


 これが結社の全てではない、と。


 つまり、万に一つの可能性として、ここにいる全ての者が死んだとしても、結社そのものは終わらない。まだまだ力を有する者達が結社には集っているのだ。


「ここまで来た情報収集の能力と、単身で乗り込む胆力は認めよう。だが、目先の事態が全てだと思い込む辺り、まだまだ子供だな。我等、遥か昔より神秘を求め、世界中のあらゆる場所に根を伸ばしてきた結社――」

「ヒュドラ、だろ?」


 上から目線で、暗に浩介へ協力という名の服従を迫るジェファーソンが、情感たっぷりに結社の名を明かそうとし、その寸前で、浩介にあっさりと明かされてしまった。


 ピクリと反応したジェファーソンが更に口を開こうとするが、そんな彼等を無視して最後の料理を口にした浩介は、片手でスマホを弄り出し、そこに表示された内容を口にし出した。


「誘拐、殺人、強盗、人体実験、果ては戦争の誘発まで、何でもやる神秘の狂信者集団――ヒュドラ。確かに歴史は古いみたいだな。名前の由来は、どれだけ幹部や組織を潰されても、どこかに隠れている組織の生き残りが再起させるから。植民地時代の前から組織はあって、歴史上、何度か潰されているみたいだけど、いつの間にか復活しているのな。現在の首領はあんたで……」


 そこから読み上げられる秘密結社ヒュドラの内情。ここにいる幹部連中の名前、表向きの情報から、家族、友人、仕事上の関係から、果ては組織内でも秘密にしていた隠し子やら他組織との関係まで。それだけに留まらず、ここにはいない秘匿された幹部や拠点の在り処、更に更に、幹部連中の互いに対する内心まで、全てが暴露されていく。


 それが戯言でないことは、顎が外れそうなほど口を開けて呆けている幹部や、完全に顔を蒼褪めさせている幹部達の表情で明白だった。


 自分達がしていたことを、その情報力こそが子供にも、並の大人にも無理なことなのだと突きつけたことを、倍どころか万倍で返されたジェファーソンの顔色は、鍛えられた精神のキャパシティが完全にオーバーしていることを明白に示していた。


「深淵を覗くとき、深淵もまたお前を覗いているのだ――な~んて有名な言い回し、神秘大好き人間なあんた達なら知っていただろうに。なんで、自分達の方が優位だなんて、そんな何の根拠もないことを盲信できたんだ?」

「き、きさま……」

「まぁ、あんたら、表の世界では(・・・・・・)百戦錬磨なんだもんな。魔法を手にしていながら、のほほんと学生生活を送っているだけの子供に、まさか情報量ですら圧倒されるなんて思いもしないか……」

「なぜだ……どうやって、それほどの……」

「そりゃあ、狙っている連中がいるとわかりゃあ、俺等はまだしも、うちの魔王様が黙っちゃいないさ。あいつ、冷酷非情な鬼畜野郎に見えて、実は周りの大事な人にはダダ甘だからな」

「魔王、だと?」

「そ。神殺しの魔王さ。女のために、神すら殺すような奴の、まさにその女に手を出そうってんだもんなぁ」


 浩介の眼差しが、これ以上ないくらい同情を孕んだものになる。ジェファーソンの表情が盛大に引き攣った。もはや、大抵の人間を圧倒する大物の覇気などありはしない。その表情には、多くの経験を積んできた百戦錬磨の政治家にして経営者だがからこそ理解できる危機感が浮かんでいた。


 すなわち――触れるべきでないものに触れてしまった、だ。


 だが、しかし、幹部達の中でもまだ比較的若い者達には、その感覚が十分ではなかったようだ。


「なにが、なにが、魔王だっ。なにが、神殺しだ! 戯言も大概にしろ!」

「そ、そうだ! やはり子供だな。ハッタリの仕方も知らんらしい。神殺しなど、流石に言い過ぎというものだ」

「首領、もはや言葉など不要! この小僧に、結社を侮った代償を払わせてやりましょう! お前達、生きていればいい! やれ!」


 そう言って、普段ならあり得ない、首領の命令を待たずに行動を起こすという暴挙に出た。咄嗟に、ジェファーソンが制止の声をかけようとするが、それより早く、何となく異常な雰囲気と、得体の知れない不安感を覚えていた護衛の黒服達は、衝動に突き動かされるように浩介の四肢に向かって銃口を向けつつ、数人で飛びかかった。


「……はぁ。一応、未遂だし、枷付で勘弁してやろうかと思ったのに」


 一気に動き出した状況の中で、そんな呟きだけが(・・・)響いた。


「なっ。どこだっ」

「くそっ、どうなってる!? 奴はどこに行った!?」

「そんな、消えた!?」


 飛びかかった黒服達が、誰もいない椅子を囲んで呆然とする。一瞬前まで浩介が座っていたはずの椅子。最初から最後まで、一瞬たりとて視線を外したりはしなかった。


 確かにいたのだ。眼の前に。掴み上げ、椅子から引き落とし、押さえつける。逃げ場など残さず、反撃すらイメージしながら手を伸ばし、触れる瞬間まで、確かに認識していた。なのに手は空を切り、〝気がつけば〟目標は消失していた。まるで、最初からそこにはいなかったかのように。


「っ、既に干渉されていたのか!? 気をつけろ、認識を操られるぞ!」


 ジェファーソンが、こうなっては仕方がないと、テーブルの裏面にある非常ボタンを押して屋敷の至るところに待機している護衛達を呼び寄せながら警告を飛ばす。そして、自らも懐から拳銃を取り出したところで、再び浩介の声が響いた。ただし、先程までとは、少し雰囲気の異なる声音で。


「認識に干渉? ふっ、大袈裟なことを……。俺の縮地が、お前達の知覚能力の埒外だった、ただそれだけのことだろう?」

「なっ、馬鹿な、天井に立っているだと!?」


 一番あり得る可能性として、テーブルの下に滑り込んだのだろうと下を警戒していたジェファーソン達は、なんか口調がおかしくない? と頭の片隅で思いつつ、ハッと上を見上げ、驚愕のあまり間抜けな表情を晒してしまった。


 もっとも、一人の人間が、重力など知らんとでも言いたげに、ごく自然に天井に立っていれば、そんな反応をしても仕方ないだろう。


 しかも、


(なぜ、なぜ、変なポーズを取っているんだ!?)


 そう、浩介は、天井に逆さまの状態で立ちながら、片手で顔を覆いつつ、その指の隙間からジェファーソン達を睥睨していたのだ! そのうえ、いつの間にか全身黒装束姿になっていて、目元にはワンレンズタイプのサングラスをかけ、もう片方の手には黒塗りのナイフを持ちながら顔を覆う手とクロスするように構えている! きっと異世界のウサミミ暗殺集団が見たのなら、拍手喝采しながら「なんて香ばしいポーズだ!!」と絶賛するに違いない!


「私利私欲と狂信の深淵に堕ちた愚か者ども。世界には、知るべきでないことがあるのだということを、その身をもって教えてやろう」


 何故か一回転して再度香ばしいポーズ(バージョン24)を披露しながら、浩介は、否、異世界で、いろんな意味で目覚めた最強クラスの暗殺者が、狂信的オカルト集団に宣戦布告を叩きつけた。その香ばしい名乗りと共に!!


「魔王の影にして、暗きウサミミ一族が尖兵――疾牙影爪のコウスケ・E・アビスゲート。推して参る!!」


 ウサミミってなんだ……。アビスゲートってどこから出てきた……。そんなジェファーソン達のツッコミは言葉となることはなかった。


 直後、異世界で神の使徒相手にすら無双した、世界一影の薄い、世界一の暗殺者が牙を剥いたが故に。




いつも読んで下さり有難うございます。

感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。


みなさんの、まるで示し合わせたような感想に白米は噴きました。

遠藤くん、愛されてるなぁと。……愛されてますよ、ね?

今回はちゃんと名前を出したので、ちゃんと覚えてあげてください。

遠藤アビスゲートくんですよ。


PS

活動報告に各書店様の特典SSの情報を載せました。

よろしければご確認ください。


次の更新も、土曜日の18時の予定です。


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― 新着の感想 ―
アビスゲート卿キターーーー!!
まさかこの人がスプリガンの御神苗優ばりのムーブを見せるようになるとはなぁw あれ、えっと名前・・・
そうか、まだユエんとこには行ってないのか………。 よかった。まだ漢女は量産されていないようだ。
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