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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第七章

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もう一人の自分

「ふぅ、ありがとう、香織。もう大丈夫よ」
「よかった。……沢山怪我してたから、あの時のこと思い出して焦っちゃったよ」

 大迷路の終着点、その巨大な扉の前で壁を背に座り込む雫を治癒し終わった香織が、ホッと息を吐いた。

 香織の言う“あの時”とは、ハジメと再会した時の【オルクス大迷路】でのことだ。最前線に立ち、たった一人で敵陣に切り込もうとしてボロボロになった雫。二人で寄り添い死を覚悟した時のことを、つい思い出して焦燥に駆られたのである。

「あの時に比べればずっとマシでしょう? 少なくとも腕一本持っていかれたりはしてないわ。この程度、軽傷、軽傷」

 少し涙目の香織に、雫は以前砕かれた腕をポンポンと叩きながら男前なことを言う。重傷なんて言葉は、腕一本やられてから言え! など普通の女子高生には言えない。

「もうっ、雫ちゃんたら……」

 そんな雫に、香織は困ったような笑みを浮かべた。昔から、剣術やら剣道の稽古で怪我をしても、痛いとすら言わず、涙目になりながらもやせ我慢するような女の子なのだ。それは意地というより、他者に心配させないためという面が大きいことを香織は知っている。

 だからこそ、中々弱音を吐いたり、甘えようとしない雫が心配になってしまうのだが、同時に、心配すればするほどニッコリと眩しい笑みを浮かべて「大丈夫!」と言ってしまうことも知っているので何も言えない。

 なので、香織としてはいつものように黙って寄り添いながら癒すことに専念するだけである。体の傷は治ったが、囁き声で精神を苛まれているのは変わらない。魂魄魔法により多少は精神の安定が図れるので、雫の体を抱きしめながら光で包み込む。

 そんな様子を、立ったまま少し離れた場所から眺めていたハジメ。感心するような、面白がるような、そんな表情をしている。

「……なによ?」
「いや、別に? ほんと仲いいなぁと思っただけだ」

 ニヤつくハジメに威嚇する雫だったが、ハジメは肩を竦めてあっさり返す。

「ふむ。美しい友情じゃ」
「ですねぇ~」
「……まるで恋人のよう」

 ティオとシアは微笑ましそうな眼差しを向けた。だが、ユエだけはハジメと同じく、からかうような悪戯っぽい笑みを口の端に浮かべて、そんなことを言った。当然、猛抗議する香織。

「ユエぇ! また意地悪なこと言って!」
「……女の子同士でも私は偏見を持たない。末永くお幸せに」
「だ・か・ら! 変なこと言わないでってば!」

 ムキになって返すからこそ、ユエの中の“S”な部分を騒がせてしまうのだが、香織は未だ、その辺のことに気がついていない。文句を言いながらも雫から離れようとしない姿を見れば、背後に咲き誇る百合の花も幻視できるというものなのだが、本人は無自覚だ。

 そのままいつもの口喧嘩に移行したユエと香織。間に挟まれた形の雫が困ったように眉を八の字にしながら宥めるが、効果は薄い。

「ちょっと南雲くん。笑ってないで止めてちょうだい」
「ん? 別にいいだろう? 天之河達が戻って来るまで暇なんだし。それより、『止めて! 私のことで争わないで!』とか言ってみたらどうだ?」
「……私はどこの優柔不断女よ」

 ムッとしたように睨む雫に、ハジメはクツクツと笑う。そんなハジメに対して更に不機嫌そうに眉根を寄せた雫に、ハジメは笑いを収めると口を開いた。

「八重樫は、もうちょっと適当になった方がいいな」
「はい?」
「真面目すぎるって言ってるんだ。ただでさえ囁き声で精神やられてんだろ? なら、こういう時は一緒に騒いでリフレッシュしてればいいんだよ。ここには、お前が世話を焼かなきゃならない奴はいねぇんだから」
「……」

 ハジメの言葉に、雫は大きく目を見開いた。自分でもよくわからないが何故か琴線に触れた気がする。まるで、囁き声とは逆の言葉をかけられたような……

 ハジメは、黙ってしまった雫には特に頓着せず、ニヤリと意地悪そうに口元を歪めた。

「何なら、リラックス出来るようにシアのウサミミを貸してやろうか? 可愛いもの大好きの雫ちゃん?」
「っ、うるさいわね! 結構よっ! っていうかそのニヤニヤ笑いを止めなさい!」

 雫が頬をりんごのように真っ赤に染めながら精一杯不機嫌そうな抗議の声を上げた。だが、果たして、頬を染めたのはからかわれたからか、それとも不意に名前で呼ばれたからか……

 そんな雫の反応に、傍らで香織をからかっていたユエとそっくりの意地悪な笑みを浮かべるハジメ。何を言っても無駄と悟ったのか、雫はへそを曲げたようにプイッとそっぽを向いてしまった。

 そして、そんなある意味可愛らしい反応を見せている雫に、両サイドからジッと視線が突き刺さった。いつの間にか口論を止めていたユエと香織だ。その二人が、ジーと、それはもうジーと雫を見ている。

「な、何よ」
「……雫ちゃんが赤くなってる。いつもより可愛くなってる」
「……ん。ハジメに意地悪されて喜んでる」
「ちょっ、喜んでないし、可愛くなんてなってないわよ! 二人してからかわないで!」

 雫本人は、二人が揶揄しているのだと思って抗議しているが、当のユエと香織は物凄く疑い深い眼差しを雫へと向けていた。以前から何となく感じていたものが、王都から行動を共にしてより徐々に強くなっている気がする。

「……また増える?」
「うぅ、現状を考えれば今更一人増えたところでとは思うし……それに雫ちゃんならむしろ……」

 一瞬、顔を見合わせて通じ合ったユエと香織がそれぞれの感想を述べた。自分に関して看過しがたい何かを話し合われている気がして、思わず雫が口を開こうとした、その時、

ゴゥ!!

 凄まじい魔力の奔流が雪煙を巻き上げて天を衝いた。その直後、絶大な威力を秘めた光の砲撃が雪煙を吹き飛ばして真っ直ぐハジメに(・・・・)突き進んできた。

 ハジメは、特に焦った様子も見せず懐から金属プレート――ゲートキーを取り出すと目の前の空間に突き刺し捻った。直後、眼前に空間転移のゲートが開く。

 そこへ、地面を抉り飛ばしながら光の奔流がなだれ込んだ。そして、ハジメの脇に置いてあった鍵穴型アーティファクト“ゲートホール”を基点に開いた出口となるゲートから飛び出し、そのまま明後日の方向へと飛んでいった。

「光輝!」
「天之河の奴、“限界突破”を使ったか……相当焦ってんな」

 今のが詠唱省略版“神威”であると察した雫が、思わずと言った感じで立ち上がる。ハジメも、既に雪煙に巻かれて見えなくなったが、砲撃の飛んできた射線上に視線を向けて呟いた。

 光輝と龍太郎の攻撃がハジメに意識誘導されていることは自明の理だった。なので、防ぐより確実なゲートによる回避をあらかじめ仕込んでおいたのだが、やはり正解だったようだ。

 今までの会話中に一度も攻撃が飛んで来なかったのは、おそらく光輝達がフレンドリーファイアを恐れて近接技以外を使わなかったからだろう。だが、いい加減、切羽詰って状況の打開を図ったようだ。今頃、見当違いの方向に飛んでいった己の攻撃に顔を青ざめさせていることだろう。

「さて、流石に“限界突破”を使った天之河なら数分もあればクリアするだろう。問題は、後の二人だが……」
「え? こ、光輝はいいのかしら?」

 あっさり視線を逸らしたハジメに、心配そうな表情の雫が声をかける。その視線はチラチラと光輝がいるであろう方向に向けられていて、今にも救援に駆けていきそうな雰囲気だ。

 そんな、ある意味、過保護とも言える雫に、ハジメは呆れた顔を向けながら言葉を足した。

「あいつにはまだ、“限界突破”の派生技があるんだろう? なら、それが使われるまではまだ余裕があるってことだ。それに、この大迷路のクリア条件は、おそらく一人一体、ゴーレムを倒すことだぞ? 今、助けるのはあいつにとっても本意じゃないだろう」
「それは……そうかもしれないけれど」
「はぁ、だから八重樫は世話を焼きすぎだ。そんなだから“オカン”なんて呼ばれるんだよ」
「誰がオカンよっ。そんなこと言うのは南雲くんだけでしょう! 全く、失礼だわ!」

 取り敢えず、ハジメの言葉に納得しつつも続く言葉にプンスカと怒る雫。ハジメは、それをあっさりスルーして、今度は懐から羅針盤を取り出した。望むのは“谷口鈴の居場所”だ。

「……あっちか」
「ハジメくん。龍太郎くんと鈴ちゃんは……」
「待て、今確かめる。攻撃型の坂上より、防御型の谷口の方が手詰まり感があると思うんだが……」

 そう言って、羅針盤の導きに従ってクロスビットを飛ばすハジメ。雪煙の中に消えていったクロスビットの“遠透石”には、案の定、雪色一色しか映らないが、しばらくするとそのベールの向こう側に薄らと輝きが見え始めた。

 鈴の居場所に辿り着いたクロスビットを上空に上げて俯瞰支点で様子を探る。すると、どうやら鈴は、自分とフロストゴーレムの両方を“聖絶”で囲んでいるようだった。

 四方八方らから薙ぐように襲って来るレーザーは通常の“聖絶”で防ぎ、フロストゴーレムの方は炎系魔法と聖絶を組み合わせた“聖絶・焔”によって内側が高熱空間と化した結界により溶かしにかかっているらしい。

 フロストゴーレムは、既にその体を三分の一程度にまで縮小しており、現在進行形でボタボタと水を滴らせている。内側から己を封じる結界を打ち壊さんと何度も何度も突進したり、ハルバードを叩きつけたりしているようだ。

 幾度かの攻撃で“聖絶・焔”にはヒビが入り崩壊しかかるのだが、その度に鈴が修復するので、どうやら戦闘開始直後から一向に脱出できていないらしい。

 だが、結界を維持し続けている鈴の方も問題なしとはいかないようだ。

「うっ、はぁはぁ、もう少し……もう少しで……」

 額から滝のような汗を流し、息は荒く、瞳は虚ろになりつつある。高度な結界を維持・修復し続けたことで相当消耗しているようだ。広げた二対の鉄扇もふるふると震え、今にも手から零れ落ちそうになっている。

 おそらく、“聖絶・爆”では火力が足りなかったのだろう。一度に吹き飛ばしきれないなら溶かしてしまえという発想は、結界によって囲ってしまえば【氷雪洞窟】における炎系魔法の魔力効率が著しく悪いという悪環境を無視できる、という自身の技をよく理解した結界師らしい見事なものだ。

 後は、鈴の魔力・集中力とフロストゴーレムの耐久力、どちらが保つかという問題だが……

「負けない。はぁはぁ、絶対に負けない! 何を言われても、絶対に鈴はっ、恵里ともう一度話すんだからぁ!」

 囁き声が聞こえているのだろう。折れそうな心を、雄叫びを上げることで奮い立たせる。虚ろな瞳に、もう一度、強い意志の輝きが戻った。袖口で汗を乱暴に拭いながら、気合を入れ直す。

 そんな光景を見て、ハジメは鈴なら大丈夫だと確信した。きっと、【ハルツィナ大迷宮】での経験が、鈴を一段強くしたのだろう。

 ハジメは、次に羅針盤で龍太郎の位置を探った。そして、その方向へクロスビットを飛ばす。そうしてしばらく進んだ先で、雪煙が激しく四方八方へ吹き飛んでいる場所を発見した。

 再び、上空から俯瞰視点で様子を見るハジメの目に、激しく阿呆な光景が飛び込んできた。

「うぉおおおおおおおおおっ!!」
「ガァアアアアアアッ!!」

 雄叫びを上げながら至近距離で一歩も動かずひたすら殴り合っているのである。何故か、フロストゴーレムの方もハルバードとタワーシールドを持っておらず、左の頬を殴られたら左の頬を殴り返し、右の頬を殴られたら右の頬を殴り返すということをひたすら繰り返していた。

 まるで川辺で殴り合う不良同士のようだ。よもや、このあとフロストゴーレムとの間に友情が芽生えたりしないだろうな? とハジメは思わず半眼になった。もし、レーザーとフロストゴーレムからの攻撃によって満身創痍状態でなければ、その可能性を本気で疑っていたかもしれない。

 というか、少しは避けることを考えろよ! と思わずツッコミを入れずにはいられない。おそらく、レーザーを避けながらフロストゴーレムを倒すなんてムリ! と早々に諦めて、それなら、自分が倒れる前に倒せばいい! とでも考えたのだろう。

「阿呆だ。阿呆がいる……」

 クロスビットを操りながら、ハジメは堪えきれずに呟いた。

 訝しむ香織達にハジメが現状を説明すると、鈴には感心するような表情になったものの、龍太郎に対しては幼馴染二人を筆頭に全員が呆れ顔になった。特に、雫は頭痛でもしているのか、こめかみをグリグリしている。

「フロストゴーレムの方も限界に近いみたいだから、坂上の勢いなら何とかなるだろうが……まぁ、香織、幼馴染のことだ。頑張ってくれ」
「……うん。龍太郎くんにはお説教も必要だね」

 目が笑っていない香織はとても恐い。脳筋が治るとも思えないが、是非とも厳しく叱ってやるべきだろう。

 それから数分後。最初に光輝がフロストゴーレムを倒したようで、“限界突破”の副作用により酷い倦怠感に耐えながら聖剣を杖代わりにして雪煙のトンネルを潜って来た。次いで鈴がクリアし、雪煙のトンネルを開通させた。光輝と同じく、ふらふらと歩み寄ってくる鈴を雫が急いで迎えに行く。

 そして、最後にフロストゴーレムを倒し切った龍太郎は……一人、満足気な顔で血の海に沈んだまま気絶していた。雪煙のトンネルに入っていないので、容赦なくレーザーが迫って来ている。

「わわっ、龍太郎くん!」

 香織が大慌てで駆け出していく。ハジメは、溜息を吐きながらも待機させておいたクロスビットに“金剛”を纏わせて、そのレーザーを防ぐ。龍太郎の能天気な気絶顔を見て軽く殺意が湧いた。このままショットガンを顔面に撃ち込んでやろうかと半ば本気で考えて銃口を向けたところで香織が到着してしまい、辛うじて思い止まる。

 香織は、龍太郎の足を持って引きずりながらトンネルを駆けてくる。同時進行で治癒をかけているようだが、龍太郎の後頭部がゴンゴンと地面にぶつかって跳ねており、扱いが素で酷かった。

 全員が雪煙を抜けて出口前に集合したからか、頭上で輝いていた太陽がフッと姿を消す。同時にレーザーが止み、雪煙も再び天に昇っていって徐々に視界が晴れていった。そして、出口となるはずの巨大な門が、クリアを示すように燦然と輝き出し、開くのではなく光の膜を形成し始めた。

「どうやら、この光の膜が出口になっているようだな」
「……ゲートに似てる。転移系の出口?」
「余り、いい予感はしませんねぇ」
「シアよ。大迷宮でいい予感などしたためしが無いじゃろう?」
「あはは、確かに。精神責めは、余り問題ではないですけど鬱陶しいことこの上ないですから、もう勘弁して欲しいですけど……きっと、そうはいかないんでしょうね……はぁ」

 シアのウサミミが憂鬱そうに垂れた。物理的攻撃なら、バグキャラ化が著しいシアの敵ではないのだが、じわじわと無意識領域に干渉してくるような精神攻撃は、問題はなくとも喉に小骨が刺さったような鬱陶しさがある。地味にイライラさせられるのだ。

 ちなみに、ティオは……気にしない方がいいだろう。

「光輝くんも鈴ちゃんも、こっちに集まって! まとめて治すからね」

 ふらふらしながら出口前に到達し、そのまま疲労の極地だとでも言うように座り込んでしまった光輝達に、香織が声をかける。四つん這いで言葉もなく這い寄って来る光輝の姿は中々に不気味だ。鈴は、何故か雫にお姫様抱っこされて照れている。

「……南雲……俺の攻撃が……悪い」

 光輝が癒しの光に包まれながら暗い雰囲気でポツリポツリと呟く。

「遠慮はいらないって言っただろうが。手こずるくらいなら最初からやっちまえばよかったのに」
「……そうだな。俺の“神威”が飛んできたはずなのに、お前は汚れ一つついてない。何をしても、お前には痛痒一つ与えられない。だから、俺は……」
「光輝、大丈夫なの? 何だかおかしいわよ。“限界突破”の副作用、そんなに辛い? 少し横になる?」
「……」

 暗い眼差しで、無傷どころか汚れ一つなく、疲労の影すら見せないハジメに自嘲じみた言葉をこぼす光輝。そんな光輝に、雫は心配そうに声をかけた。横になるなら膝を貸すと言うのだろう。自分の膝をポンポンと叩いている。

 しかし、当の光輝は、そんな雫をチラリと見ると何か恐れるような眼差しを一瞬だけ向けて直ぐに逸らした。首を振って不要を伝え、それから瞑目してしまった。だが、瞑目する直前に向けたハジメへの視線……ハジメだけが気がついたそれが憎悪に染まっていたと感じたのは、気のせいだろうか……

「厄介なコンセプトだ……」

 ハジメは思わず苦笑いを浮かべた。

 それからしばらくして、全員の回復がある程度終わったので光の出口へと進むことにした。完全回復とまではいかないが、それでも囁き声が続くこの迷路内にいて精神をすり減らすよりはいいだろうという判断だ。

「さて、それじゃあ、行こうか」

 ハジメの言葉と共に、全員が光の門へと飛び込んだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 視界を染め上げた輝きが収まり、ハジメはゆっくりと目を開いた。

「……分断されたか。まぁ、予想はしてたがな」

 今にも舌打ちしそうな雰囲気で眉間に皺を寄せながら呟いたハジメ。その周囲に仲間の姿はない。一人である。

 視線を周囲に巡らせば、ハジメのいる場所は細い通路のようだった。二メートル四方のミラーハウスで、上下左右に自分の姿が映っている。後ろを振り返って見ても、あるのは突き当たりの壁だけで、出入り口らしきものは一切ない。前に進むしかない場所だった。

 おそらく、ユエ達もそれぞれ一人で同じような別の通路に飛ばされたのだろうと推測し、ハジメは先へ進むことにした。

 カツカツと鏡のような氷の地面を歩く足音が反響する。

 大体、十分くらい歩いただろうか。分かれ道のない一直線の道を歩き続けて、やがてハジメは、中央に天井と地面を結ぶ巨大な氷柱のある大きな部屋に辿り着いた。鏡のような氷壁と同じく、円柱型の氷柱もよくハジメの姿を反射している。

「他に通路はなしっと……ってことは、あの氷柱か……」

 そう独りごちながら、ハジメは氷柱に歩み寄って行った。直径が大きいので、正面から相対してもハジメの姿が歪曲することはなく、まるで鏡の奥の世界からもう一人のハジメがやって来ているかのように、ハジメが近づくにつれ、その姿が徐々に大きくなっていく。

 とうとう氷柱に触れることが出来るくらいまで近寄ったハジメは、ジッと氷柱に映る自分の姿を見た。白髪に眼帯、黒いコートを着て片手は義手……相変わらず見事な厨二スタイルである。ハジメが膝から崩れ落ちた。

「……しまった。最近、きちんと鏡を見ることなんてなかったから……何て衝撃だ……」

 四つん這い状態で項垂れるハジメ。実は、普段から余り鏡を見ないので、久しぶりにじっくり見た自分の姿にちょっとダメージを受けたようだ。心の奥底に封印した黒歴史が「呼んだ?」と顔を覗かせる。ちなみに、寝癖などはユエが毎回直している。ハジメを弄るのが好きらしい。

「これは確かに、囁き声の言う通り、日本に俺の居場所はないかもしれないな……」

 囁き声は、きっとそんなことが言いたかったわけではないだろう。酷い誤解である。

 それを示すように、突如、既に聴き慣れた声が響いた。

『そういう意味じゃねぇよ』
「……やっぱり出たか」

 ハジメはスっと目を細めながら、四つん這い状態から顔を上げる。すると、正面に自分を(・・・)睥睨する自分の姿(・・・・・・・・)を捉えた。

 そう、ハジメが崩れ落ちているにもかかわらず、氷柱に映っているハジメは立ったままなのである。

『ほぅ、やはり動揺はしねぇな。予想通りか()?』
「そりゃそうだろう? この大迷宮のコンセプトは大体察しがついてる。その上で、天之河の証言を考慮すれば、いずれこういう事態になるだろうとは思っていたよ」

 鏡の中の自分が話しかけて来たというのに動揺が皆無なハジメに、鏡の中のハジメがニヤついた笑みを浮かべる。

『ちなみに、コンセプトってのは?』
「お前は、俺だろう? なら、聞かなくてもわかるだろうに」
『いやいや、確かに俺はお前だが、全てじゃないさ。それも予想済みだろう?』

 ハジメは、「確かに」と頷く。推測では、鏡の中のハジメは【ハルツィナ大迷宮】で出てきた偽物と同じようなもので、本人の情報を読み取って本物そっくりに仕立て上げているのだろうと思っていたが、それは正解だったらしい。

 “全てじゃない”というのは、あくまで氷柱の中のハジメが大迷宮の試練だということだろう。ならば、答え合わせ(・・・・・)をしようというのも頷ける。

「……この迷宮のコンセプトは“自分に打ち勝つこと”だろう。己の負の部分、目を逸らして来た汚い部分、不都合な部分、矛盾……そういったものに打ち勝てるか。おそらく、神につけ込まれないための試練なんだろうな」
『流石、俺。全くもって、その通りだ』

 鏡の中のハジメがわざとらしい仕草でパチパチと拍手をする。それに対し、「何てムカつく面だ」と苛つくハジメ。完全にブーメランである。

 が、そのムカつく面は、拍手が止むと同時に豹変した。その目が赤黒い光を放ち始め、全身が黒より尚、黒く染まり始めたのだ。白髪は元の黒色に、日に焼けた肌は更に浅黒く、服の色まで全て漆黒を基調にしたものへと変わっていくので、本当に全身真っ黒である。

 ハジメは警戒心たっぷり距離をとろうと一歩下がった、その瞬間、

ドパンッ!!
ドパンッ!!

 抜き手も見せない、殺気すらない、極めて自然な動作で同時に抜き撃ちがなされた。

 黒髪のハジメによって一部の隙もない黒に塗装されたドンナーの引き金が引かれたと同時に、鏡の中から本当に弾丸が飛び出して来た。ヘドロのように濁った黒色のスパークを放つレールガン。それを迎え撃ったのは鮮やかな紅の閃光だ。

 ハジメが、一歩下がるという“引く”行動を取りながら、その実、情け容赦ない攻撃をしかけたのだ。ごく自然な動作で抜き撃ちされた弾丸は、何かの冗談のように、急迫した黒の閃光と空中でぶつかり互いをひしゃげさせて地面へ落ちた。

 鏡の中から実体の攻撃が飛び出してきたことも恐ろしいことではあるが、それよりも、両者共に致死の攻撃を殺気もなく自然と放つあたりが一番恐ろしい。

『ははっ、やっぱりわかるよな。どのタイミングで、どんな思考で、どんな技をもって敵を屠るか……』

 ニヤつきながら黒のハジメが鏡の世界から足を踏み出した。波紋を広げる氷柱からズズッと現世へと出現する。そして、ハジメと同じ義手の左腕でシュラークを抜き、右手のドンナーと共に構えをとった。それは、ハジメの我流ガン=カタそのままの構え。

 ハジメは無言で同じ構えを取る。白髪のハジメと黒髪のハジメが、鏡合わせのように同じ構えをとって尋常でない殺気を放ち始めた。その絶大な圧力は全くの互角。どうやら能力も、持ち得る武器も全て再現されているらしい。

 常人なら、二人の傍にいるだけで発狂しかねないプレッシャーが放たれる中、黒のハジメがニヤリと嗤いながら試練開始の合図を告げた。

『さぁ、南雲ハジメ。お前は、俺に(お前に)勝てるか?』

 直後、空間そのものを軋ませるような壮絶な轟音が響き渡った。

 それは二人の単純な踏み込みの音であり、瞬時に取り出したクロスビットにより一斉砲撃の音であり、銃撃すると見せかけて互いの回し蹴りが炸裂した音でもあった。

 ハジメは、吹き飛びそうになる体を、咄嗟に靴裏に錬成したスパイクで強引に止めてドンナーを向ける。その銃口にガチリと金属同士のぶつかる音が……見れば、黒いハジメも全く同じ動作でドンナーを向けており、寸分狂わず銃口同士が噛み合っていた。

「死ね」
『死ね』

 躊躇わず、死を命じながらドンナーの引き金を同時に引く。激烈な音が轟き、互いのドンナーが凄まじい勢いで弾かれ合った。が、次の瞬間には、互いに脇の下を通すように構えたシュラークが火を噴く。

 超至近距離で放たれた紅い閃光は、二人のちょうど中間で正面から激突し、互いの弾丸をひしゃげさせながら衝撃波を発生させる。潰れた二つの弾丸が地面に落ちる前に、二人のハジメはその衝撃を利用して体を回転させ豪風と共に上段蹴りを放った。

 ガンッ! と、およそ生身同士がぶつかったとは思えない冗談のような衝撃音が響き、直後、その蹴りは角度を変えて中段蹴りへ鮮やかに変化する。

 再び、金属同士の衝突音が響いた瞬間には、ハジメのドンナーが黒いハジメに頭部に照準され引き金が引かれる。黒いハジメは、引き金が引かれる刹那に黒いドンナーの銃身で払い除け、同時に黒いシュラークをハジメの頭部に向かって撃ち放った。

 それを、やはりシュラークの銃身で相手の手を払い射線を逸らすハジメ。黒い閃光が頭部を掠めるのも気にせず、先に弾かれたドンナーを引き戻して、黒いハジメを捉えようと連続して発砲するが、それも黒いハジメの肘打ちで逸らされる。

 至近距離で互いに相手の射線を紙一重で逸らしながら、一瞬の隙を突こうとする。黒と紅の閃光が、相手を捉えられず虚しく背後に抜けていく。クロスビットによる死角からの攻撃も、やはり黒いクロスビットに相殺されて戦果を上げない。

『強ぇなぁ。本当に強い。およそ人間が持てる力じゃねぇよ。なぁ、俺?』
「あぁ?」

 銃撃と見せかけて振り抜かれたドンナーから“風爪”が伸びて互いの頬を浅く切り裂いた。飛び散る鮮血の隙間から、ニヤついた黒いハジメの顔が除く。

『化け物じみた力、血で汚れた両手、殺しを躊躇わない心……(お前)の両親は今のお前を見てどう思うんだろうな?』
「……何が言いたい?」

 ガンスピンしながらリロードし、次弾を放つまでの間に“錬成”で足元を崩そうとするハジメ。地面に紅いスパークが奔ったと同時に、最初からわかっていたように黒いスパークが奔って“錬成”を阻害する。

『故郷に帰りたい。それが(お前)の根幹にある願いだが……そこに居場所があると思っているのか?』
「……」
『あの世界は、特に日本という国は、人殺しに寛容ではないぜ? まして化け物など誰が受け入れてくれる? 父さんと母さんか? 行方不明になっていた息子が、ようやく帰ってきたと思ったら人殺しの化け物に成り果てている。クックックッ、さぞかしショックを受けるだろうな。“本当に息子なのか?”ってよ』

 無言無表情のハジメは、“宝物庫”から大量の手榴弾を取り出し、纏めて“纏雷”のスパークで点火して足元にばら撒いた。自爆覚悟の攻撃に、黒いハジメはニィと嗤って、ハジメと同じく“金剛”を発動する。

 直後、凄絶な爆発が、二人の間、それも超至近距離で発生した。爆炎の中からボバッ! と音をさせながら飛び出てくるハジメと黒いハジメ。同時にオルカンを取り出し、十二発全弾ぶっ放す。直線軌道とは言え、銃弾と異なり精密な狙いとは縁遠いロケット弾は、半分程相殺しながらも、残弾が火花の尾を引いて目標へ襲いかかる。

 それを、互いにレールガンで撃墜する。

『本当は恐いんだろう? 帰る場所など当の昔に無くなってしまっていることが! 故郷の世界に、自分の家族に、拒絶されることが! 恐いんだろう!?』
「よく回る口だ」

 舞台役者のように、黒いハジメはオルカンとドンナーを持ったまま大きく両腕を広げて言い募る。眉をしかめた本人であるハジメは、円月輪を奔らせる。

『だからお前は、畑山愛子の言葉を無視できなかった。帰還した後の生き方を指摘されて、心を波立たせた。畑山愛子を“恩師”などと仰ぐのは、深奥に燻っていた懸念に些細だが答えの一つをもたらしてくれたからだ。そうだろう!?』
「……」

 黒いハジメは、同じく円月輪を取り出すと空中で衝突させ、いとも容易く相殺していく。更に、ハジメと同じく手元の円月輪に弾丸を撃ち込み、宙に飛ばした対の円月輪から空間跳躍弾の撃ち合いに応じた。

 そのまま余裕の態度で、ハジメを嬲るように言葉を放ち続ける。

『だが、“寂しい生き方”をしなくなっても、お前が血塗れの化け物であることに変わりはない。あの世界も家族も、お前を受け入れはしない! 初めて人を殺した時、お前は何も感じなかったわけじゃない。罪悪感は覚えずとも、恐怖は感じていた。麻痺して気がついていなかっただけで、お前は“両親の知る南雲ハジメ”から外れたことを、心の奥底で恐れていた!』

 ハジメが眉根を寄せ、僅かに反応を遅らせた。円月輪から飛び出した黒い閃光が、ハジメの右肩を浅く抉る。小さな傷だ。大したものではない。だが、戦闘が開始されてから初めて、ハジメだけが(・・・・・・)負った傷だ。

 それを見て、ニヤっと黒いハジメが嗤った。そのまま畳み込むように言葉の引き金を引き続ける。

『ユエがいて良かったよなぁ、(お前)。ユエさえいれば……そう言って、他の何に拒絶されても縋ることが出来るものなぁ?』

 肩口の傷が僅かに発光しながら少しずつ癒えていく。それは、ハジメが作った再生魔法を組み込んだアーティファクトの効果だ。オートリジェネのように断続的に再生をかけてくれる。それほど効果が高くないのは、再生が付与されているのは、あくまで鉱石であり、再生される対象もあくまで鉱石そのものがメインで、肉体への再生は副次的なものに過ぎないからだ。

 だが、その微々たる再生すら、黒いハジメは許すつもりはないらしい。凄まじい勢いで踏み込んで来ると、肉体への再生効果があるほど集中的に再生魔法を組み込んだ小さなイヤリングを執拗に狙いだした。

 再び、超至近距離での激烈な攻防が繰り広げられる。

『だが、それは唯の依存だ。お前が愛情だと錯覚しているものの大半は、唯の安心感だよ。拒絶された時の保険としてのな。最近は、更に保険が増えてッ!?』

 帰郷するという願い、ユエへの愛情――ハジメの根幹をなす想いに容赦なくナイフを突き立てた黒いハジメは、勝ち誇ったように嗤いながら、そのままハジメの全ての想いを晒し、悪意の海に投げ捨てようとした。

 が、その言葉は、頬を掠める紅い閃光により強制的に閉ざされることになった。そう、黒いハジメだけが負った傷だ。思わず、瞠目する黒いハジメにぬるりと間合いを詰めながら、ハジメの義手による肘鉄が叩き込まれた。

『ゴフッ!?』

 直後、肘から炸裂スラッグ弾が放たれ、衝撃を撒き散らしながら黒いハジメを盛大に吹き飛ばした。

 まるで、中国拳法の型のような肘打ちの格好で残心するハジメは、青筋を浮かべながら姿勢を戻すとドンナーで肩をトントンする。

「試練上仕方ないとは言え、殺し合いの最中にしゃべりすぎだ。御託を並べている暇があったら、一手でも多く殺す方法を考えろよ。俺らしくもない」

 言外に、やはり所詮は紛い物だなと、冷めた眼差しを向けるハジメ。

 その視線の先では、既に立ち上がりつつも困惑したような表情で腹を抑える黒いハジメの姿があった。“金剛”である程度防いだのだろうが、それでもゼロ距離からの炸裂スラッグ弾を喰らったのだ。流石に無傷とはいかなかったようである。

『動揺していると思ったんだが……。俺の言葉は、お前の心。出任せを言ったわけではないと、わかっているはずだ』
「そうだな。実に耳に痛い言葉だった。自分の深奥にある想いを曝け出すというのは、まるで黒歴史を書き溜めたノートを朗読されるような苦しみだ」

 茶化すようなハジメの反応に、それ程、自分の言葉が精神的ダメージを与えていなかったと察し眉根を寄せる黒いハジメ。

『では、なぜ……』
「決まってる。そんなこと、言われるまでもなく自覚していたからさ」
『自覚していた?』
「ああ、そうさ。確かに、俺は帰郷を心底願いながら、同じくらい恐怖している。先生の言葉が救いの一つになったのも確かで、だけれどその恐怖を和らげるものではなかったのも本当だ。そして、望んだ結果にならなくても、ユエがいる……そう、思ってしまっていることも事実だ」
『なら、どうして動揺しない。人間は、己の醜く、汚い部分を直視できない生き物だ。容赦なく晒されれば、それだけで目を閉じ、耳を塞ぎ、蹲って動けなくなるような、それでも無理に直面させれば壊れてしまうような、そんな生き物だ』

 ハジメは、黒いハジメの言葉を聴いてクツクツと笑いを漏らした。訝しむ黒いハジメに、笑いを収めながら肩を竦める。

「随分と、“全てじゃない”部分が出てきているな? 俺にしては口調が真面目すぎるぞ?」
『……』
「まぁ、いいか。どうして動揺しないか、だったな。そんなもん考えるだけ無意味だからに決まってるだろう?」
『無意味?』
「確かに、拒絶される可能性はあるし、それは恐ろしいことだが、そんなもん未来のことだろう? 今考えても答えなんて出ない。考えるだけ無駄だ。なら、恐怖を抱えたまま、ぶつかってみるしかない。俺はな、もう、帰ると決めたんだ。誰にどんな事情があろうと、俺自身が恐怖抱えていようと、そんな些事(・・)には構わず帰る。そうと決めた以上、押し通る。それだけだ」

 凪いだ水面のように静かな瞳。ハジメは全てわかった上で、自分の意志を貫くと宣言しているのだ。“威圧”も“魔力放射”もしていないのに、何故かずっと強烈なプレッシャーを放っている気がして、黒いハジメは思わず一歩後時去った。

『……ただ開き直っただけか』
「ははっ、確かにそうとも言えるな。あぁ、だけど、一つ訂正してもらおう」

 己が気圧されたことに苦笑いしながら黒いハジメが意趣返しのように返すと、ハジメもまた苦笑いで返した。しかし、直後に渋面を作ると、黒いハジメに発言の訂正を求めた。首を傾げる黒いハジメに、構えを取りながらハジメは強く訴える。

「大半じゃない。せいぜい一厘だ」
『なに?』
「ユエに対する保険としての気持ちは一厘。残り九割九分九厘は、愛情だ」

 深層心理で、ユエをそのように思っていることは黒いハジメが自分自身であることからも確かなこと。だが、ハジメは己のその感情を肯定する。罪悪感を覚えてユエから目を逸らすようなことはしない。むしろ、故郷に拒絶されたら怖いから、ユエの存在で安心させてくれと、割と情けないことを面と向かってユエに言える自信がある。

 それは、自分という存在が完璧などではないことを理解しているが故に、足りない部分、酷い部分については最愛のパートナーに頼ろうという、ある意味、絶大な信頼がもたらしたもの。ユエになら、そんな甘えとも言えることでも口にできるという惚気とも言える。

 言葉と共に放たれた、そんな甘い惚気の感情を受けた黒いハジメは……

『……せめて一割にしとけ』

 黒いハジメは本人でもあるはずなのに、呆れた表情を頂戴してしまった。きっと、大迷宮の試練として機能すべく植えつけられたハジメでない部分が反応したのだろう。ハジメのユエに対する愛を読み間違えるとは、全く失礼な奴である。

 ハジメは、そんな黒いハジメを無視して一気に踏み込んだ。互いのドンナー・シュラークが、縦横無尽に超至近距離で駆け巡る。

 相変わらず鏡写しのような拮抗した攻防。だが、その均衡は徐々に崩れ始めた。ハジメの放つ紅い閃光が、あるいは蹴りが、クロスビットが、円月輪が、義手の内蔵兵器が、黒いハジメを捉え始めているのである。

『ぐっ、どうなってる。……俺が弱体化している気配もないというのにっ』
「ん? 弱体化?」
『っ、これは己を乗り越える試練だ。自らが抱える負の感情を乗り越える度に、負の虚像である俺は弱体化していく。逆に、目を逸らせば逸らすほど強化されていく』
「はん、そういうルールか」

 遂に、ハジメのドンナーが黒いシュラークを弾き飛ばした。地面に落ちてクルクルと回転しながら遠くに転がっていく。それを尻目に、ハジメのシュラークが隙を突いて黒いハジメの脇腹を抉った。

 堪らず、たたらを踏みながら下がる黒いハジメ。

『だが、お前は克服していない。ただ、問題を先送りにしただけの開き直りだ。証拠に、俺は弱体化していないのに……なのに、なぜ俺を上回るっ! 俺はお前なのにっ!』
「正確には、俺と相対するまでの俺、だろ?」
『どういうっ、っ、ことだっ!』

 更に、黒いドンナーも右手ごと粉砕されてしまった黒いハジメ。義手のショットガンを放つが、ハジメはあっさりかわして、逆に交差しながら肘関節にレールガンを打ち込んで破壊してしまった。

 距離を取り改めて相対する二人のハジメ。しかし、黒い方は既に満身創痍だった。その眼差しは疑問で満ちている。

「わからないのか? お前という虚像は、俺から読み取った情報で出来ている。それは、おそらく迷路に入ってから、この部屋の氷柱の前に来るまでのこと。つまり、お前は数十分前までの俺でしかないということだ。なら、今、この戦いで、数十分前の自分より強くなればいい。それだけのことだ」
『馬鹿な……そんなこと』
「俺が俺を否定するなよ。殺し合いの中で活路を見出す。筋一本でも、コンマ一秒の速さでも、一滴の魔力でも、半歩先の先読みでも、相手を上回れば生き残れる。ずっと、そうやって殺し合いを制して来た。そうだろう?」

 しばらく唖然としていた黒いハジメは、一拍置いてフッと肩から力を抜いた。そして、苦笑いを浮かべながらクロスビットを周囲に集め、徒手格闘の構えをとった。

『確かに、そうだった。……全く、この試練を“乗り越える”のではなく“開き直る”ことで突破する奴がいるとはな。動揺してくれれば、まだ俺の勝機もあったのに』
「馬鹿言うな。最初からお前の勝機なんてない。虚像は所詮、虚像だ。そのムカつく面ごと粉砕してやる」
『自虐だぞ、それ』

 直後、戦闘開始の時と同じように、轟音が鳴り響いた。だが、その結果は明々白々。

 下半身が吹き飛び、倒れ伏しながら陽炎のようにゆらゆらと揺らいで消えていく黒いハジメ。既に言葉はなく、しかし、その表情はどこか満足げだった。

 深く息を吐き、残心を解いたハジメは……取り敢えず、消えゆく黒いハジメの頭部に三発ほど追い打ちをかけた。ビクンビクンッと跳ねる黒いハジメは、今度こそ淡い光となって消え去った。最後に、『空気読めよ、クソ野郎』と聞こえたのは、きっと気のせいに違いない。

 ハジメがドンナーをホルスターに仕舞うのと同時に、部屋の壁の一部がにわかに溶け出し、その奥に通路が現れた。

「ユエ達は……まぁ、大丈夫だな」

 そんな呟きと共に、ハジメは、通路の奥へと進んで行った。

 ちなみに、“大丈夫”の中に光輝達が入っているかは……推して知るべし。



いつも読んで下さり有難うございます。
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。

既に活動報告にも上げましたが、この度、本作品が書籍化されることになりました。
SSもありますので、よければ活動報告にも目を通してみてください。

これからも本作品をよろしくお願いします。

次回の更新も土曜日の18時の予定です。
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