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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第六章

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快楽の試練


 ハジメ達が転移した場所は最初と同じ樹海の中だった。

 だが、最初のどっちに向かえばいいのか検討もつかないような広大さはなく、天井(・・)も向かうべき目標も見えていた。

 どうやらこの場所は、かつての【オルクス大迷宮】の密林地帯と同じくどこかの地下空間に存在しているらしい。そして、他の樹々がほぼ同じ高さであるのに対して空間の一番奥には一際大きな樹がそびえ立っていた。おそらく、新たな転移陣のある場所だろう。

「今回は全員いるみたいだな」

 ハジメが目を細めながらメンバーに視線を巡らせる。また転移先で何かされるんじゃないかと疑っていたのだが杞憂だったようだ。

「……ハジメ、偽物は?」
「いや、大丈夫みたいだ。俺の眼も感覚も全員本物だと言ってる」
「ハジメさんがそう言うなら大丈夫ですね」

 シアが信頼の眼差しを向ける。ハジメは「自分でも気をつけろよ?」と注意しつつ肩を竦めた。ちょっと照れ隠しが入っているとユエ達にだけ分かるのは付き合いの長さ故だろう。

 鬱蒼と茂る樹海と遠くに見える巨樹を見てハジメが出発の号令を掛ける。チラリと肩越しに振り返れば、未だどこか表情に陰が差している光輝と鈴の姿が。

 鈴の方は目覚めた時の言葉から何を夢に見たのか容易に想像がつくし、その為に脱することが出来ず深く傷ついたこともわかる。しかし、光輝の方は一体何を見たというのか。いや、何を見たかよりも、その夢を振り払って現実に帰って来られなかったこと自体がショックだったのかもしれない。

 しかし、ここは大迷宮だ。ほんの一秒後には絶体絶命の修羅場に陥っても何らおかしくない魔境なのだ。いつまでも終わったことを引きずっていては話にならない。

「天之河、谷口。お前等やる気あんのか?」
「なっ、あ、あるに決まってるだろ!」
「え? あ、あるよ!」

 ハジメの鋭い眼光が落ち込んでいる二人に突き刺さる。辛辣とも言える言葉はともすれば追討ちのようで、仲間想いだが短気でもある龍太郎が柳眉を逆立てた。しかし、龍太郎が何かを言う前にハジメが言葉を続ける。

「ここは大迷宮だ。一歩踏み込んだ先、一秒後の未来、そこに死が手ぐすね引いて待っているような場所だ。集中できねぇなら、攻略は今ここで諦めろ。無駄死にするだけだ」
「ま、まて、俺は……」
「何をどう言い訳したところで、さっきの試練をお前がクリアできなかったという事実は変わらない。なら、最低でも必要なのは残りの全てを踏み越えてやるという決意だ。今のお前等にはそれが見えない。気概のない奴はただの足手纏いより質が悪い」
「……俺は」
「出来そうなら大迷宮の外までゲートを開いてやるし、使えなくても結界くらいは敷いてやる。進むか引くか、今決めろ。惰性で進むことは俺が許さない」

 辺りを静寂が包む。光輝はギリギリと歯を食いしばり必死に憤りを抑えているようだ。しかし、それは言いたい放題のハジメに対してではなく、そんな事を言わせてしまった光輝自身への怒りだった。

 落ち込んで集中を欠いていても、ハジメ達がいるのだから大丈夫だろうと無意識の内に甘えていた事実に気がついたのだ。ハジメの考え方が気に食わなくて、ハジメよりも強くなりたくて、半ば無理やり大迷宮攻略に随伴したというのに、そのハジメに甘えてしまった自分がまた情けなくて、自分をぶん殴ってやりたい心境だった。

 しかし、今ここで激情を発散しても、それもまた答えを待っているハジメに対する甘えだ。光輝は何度も深呼吸をして空気と共に胸の内のモヤモヤを外に排出し、新鮮な空気を取り入れる。

「南雲。もう大丈夫だ。俺は先に進む!」

 ハジメは軽い感じで頷くと視線を鈴に巡らせた。鈴は一瞬、ビクッと体を震わせたが直ぐに決然とした表情を見せると真っ直ぐにハジメの目を見返した。

「鈴も行く。やる気十分だよ!」
「そうか。ならいい。集中を切らせるなよ」

 ハジメはそれだけ言うと、さっさと先頭を歩き出した。龍太郎が光輝の肩をバシッ! と強く叩く。それが幼馴染の気遣いだと知る光輝は、感謝の眼差しと共に先を行くハジメの背中を見つめた。

 鈴の方も、香織と雫の励ましできちんと精神を持ち直したようだ。二人に挟まれつつハジメの後について行った。

 巨樹を目指して真っ直ぐ進むハジメ達。

 周囲には虫の鳴き声一つ聞こえない静寂で満ちている。風すら吹いていないので葉擦れの音も聞こえない。ハジメ達が草木をかき分ける音がやけに大きく響いた。

「う~む、何だか嫌な感じじゃの」
「うん。何だか、オルクスで待ち伏せされた時みたい」
「確かに……魔物の気配も全くないものね」

 ティオが眉根をしかめてポツリと零すと、香織と雫も魔人族の女カトレアの待ち伏せにあった時のことを思い出し、緊張感と警戒心に満ちた鋭い視線を周囲に飛ばした。

「一応、蜘蛛型ゴーレムを先行させているんだが特に何もないな。このまま何事もなくとは流石にいかないと思うが……いっそのこと、巨樹までの樹海を全部焼き払うか?」
「南雲……俺が言うのもなんだけど、取り敢えず面倒いから壊しとけみたいな発想はどうかと思うんだ」
「ああ、もうあの灼熱地獄は勘弁だぜ。マジで鈴の結界があっても生きた心地がしなかったんだからな」

 ハジメが隠れている何かを警戒するくらいなら隠れた場所ごと灰燼にしてしまおうかと本気で考えだしたことに光輝と龍太郎がツッコミを入れた。周囲一帯を火の海にされたのは流石に肝が冷えたのだ。

 他のメンバーからも取り敢えずこのまま行こうと諭すような眼差しを向けられ、ハジメは渋々、取り出していた円月輪とクロスビットを“宝物庫”にしまい込んだ。

 この時、当然ではあるが、ハジメを諌めたことを彼等は後に後悔することになるとは思いもしなかった。これから起こることに気がついていたなら、何が何でも絨毯爆撃を自ら申請したはずだ。特に、雫辺りは絶対に。

「……ん? 雨か?」
「ほんとだ。ポツポツ来てるね」

 突然、頭上から感じた水気に光輝は顔をしかめる。それに鈴が手をかざしながら同意する。が、次の瞬間顔を見合わせると、有り得ない事象だと気がついて二人同時に総毛立った。

「チッ、ユエ!」
「……んっ、“聖絶”!」

 ハジメが、その異常性にいち早く反応しユエに呼びかける。ユエは阿吽の呼吸で障壁を展開した。

 直後、

 ザァアアアアア

 土砂降りの雨がハジメ達を襲い、ユエの張った障壁に弾かれてその表面をドロリ(・・・)と滑り落ちていく。どう見ても唯の雨ではない。雨であるはずがない。ドロリとしたその粘性もそうだが、そもそもここは閉鎖空間であり空など存在しないのだ。

 ならば、その正体は自ずと絞られる。硫酸や何らかの毒性をもった液体を降らせるトラップか、あるいは、そういう魔物である(・・・・・・・・・)か、どちらかだ。そして、今回は後者のようだった。

「南雲くん、周りがッ」

 この状況でも冷静に目を凝らして障壁の外を注視していた雫が緊迫した声音でハジメを呼ぶ。その視線の先には、樹々、草、地面、あらゆる場所かにじみ出てくる乳白色の何かの姿があった。

「スライムか? クソ、気配遮断タイプにしても、魔眼石にすら感知されないなんてどんな隠密性だよ」
「南雲! 足元からもッ!」
「きゃ、このっ、“分解”!」

 ハジメが自分にすら気づかせないスライムの隠密性に内心で舌打ちしていると、足元の地面からも乳白色のスライムが滲み出してきた。“聖絶”は球状の障壁であり地面の中まで展開可能だが、最初から内側に入っている部分の地面までは効果範囲外だ。地面に潜んでいた乳白色スライムは内側からハジメ達を強襲した。

 突然、足元からドバッ! と飛び出した乳白色スライムに、膝下まで呑み込まれた香織が急いで“分解”を発動する。

 さらさらと細かな粒子となって崩れ去っていく乳白色スライム。スライムの典型的な攻撃といえば、その物理攻撃に強い特性を生かして接近し体内に取り込んで溶かしてしまうというものだが、どうやら溶かされる前に完全に排除できたようだ。

「おらぁ! 引っ付くんじゃねぇ!」

 龍太郎が背後からガバッと体積を広げて覆い被さろうとしてきた乳白色スライムに拳を叩きつける。篭手型アーティファクトの効果で浸透勁にも似た衝撃が伝わり、一瞬波打った乳白色スライムは爆散したように飛び散り“聖絶”の内壁に衝突して唯のシミになった。

「ちょっ、バカ、龍太郎! こっちにも飛び散って来ただろう!」
「この脳筋! 思いっきり掛かったじゃない!」
「お? すまん、すまん!」
「うぇ~、ドロドロしてて気持ち悪いよぉ」

 光輝と雫が豪快かつ傍迷惑な龍太郎の倒し方に抗議の声を上げた。スライムの飛沫が傍で戦っていた光輝達にも直撃したのだ。

「全く、大丈夫か、しず……」
「ええ、大丈夫よ、光輝。こいつら案外簡単に死ぬわ……ってどうしたの?」
「えっ、いや、何でもないぞ! ああ、何でもない!」
「?」

 雫が大迷宮の魔物にしては随分と脆い事に少し訝しみながらも、光輝に自分の無事を伝える。だが、当の声を掛けた光輝はと言うと、ババッ! と音がしそうなほど素早く顔を逸らし雫と視線を合わせようとしなかった。

 途中、視界の端に鈴も入り、雫と同じような状況だったのでやはり慌てて視線を逸らす。

 そんな光輝にスライムに向けるもの以上の不審顔を向ける雫だったが、結局、今はそれどころではないと黒刀の“雷華”を上手く使いながら結界内の乳白色スライムを駆逐していった。

 光輝が動揺した原因。

 それは乳白色スライムである。それを、最初の雨状のものと、先程龍太郎が飛び散らせたものを雫も鈴も浴びてしまっているのだ。言い換えれば、白濁したドロリとした液体を、だ。

 これだけで、光輝が何に反応してしまったのかは言うまでもないだろう。有り体に言えば、雫と鈴の見た目は非常にマズイことになっていた。本人達は気が付いていないが……

 そして、それはユエ達も同じことだった。

 ユエは“聖絶”を展開しながら襲い来る乳白色スライムを縮小版“蒼龍”で焼き滅ぼしており、倒したスライムの飛沫が付着することはなかったが、最初に降ってきた雨の分はしっかり付いている。頬や首筋にトロリと流れる白濁液……

 シアも、龍太郎と同じように覆い被さろうとしてきた乳白色スライムをドリュッケンの“魔衝波”を発動して吹き飛ばしてしまったので、飛び散った飛沫がいくらか付着してしまっている。もっとも、龍太郎と異なり衝撃波の威力が高かったので、その量は極めて少ない。少ないが、やはり……

 そして一番見た目がヤバイのは、シアが吹き飛ばした乳白色スライムの飛沫をモロ浴びしてしまったティオである。別にシアがティオを狙ったというわけではなく、こればかりは運が悪かったとしか言いようがないのだが、まるでバラエティのパイ投げのように正面から顔面に浴びてしまったのだ。

 今のティオは、その艶やかな黒髪と黒を基調とした和服風の衣服を白濁液でドロドロにしている状態だ。しかも、はだけた裾から覗く美脚にもトロリと白濁液が流れている。非常にマズイ絵面だ。

 一番被害がないのは香織だ。“分解”があるので液体状の飛沫が飛び散る心配がない。もっとも、最初の雨にやられて多少の液体が付いているのは他のメンバーとさほど変わらない。

 飛び掛って来る乳白色スライム相手に、体全体に覆うように“纏雷”を展開することでスライム限定で無敵状態になっているハジメは、取り敢えずユエ達の姿が光輝と龍太郎の目に入る前にまた目潰しをしておこうかと物騒なことを考える。

 しかし、乳白色スライムの脆弱性という不審な点がある以上、まだ何が起こるか分からないので仕方なく目潰しは自重することにした。

(万一見られたら、後で記憶が飛ぶまでタコ殴りにしよう)

 代わりに、より物騒なことが考えられていた。光輝達の頭の命は風前の灯火かもしれない。

 そうこうしている内に、障壁内の乳白色スライムはあっけないほどあっさりと掃討することが出来た。それを確認して、今や“聖絶”の外側をびっしり覆い尽くしている乳白色スライムに視線を向けるハジメ。おもむろに内壁に近寄ると障壁の外へクロスビットと円月輪を転送する。

「結局、こうなるんだよな……」

 クロスビットを通じて魔眼石で見た外は、おびただしい程の乳白色スライムで溢れかえっていた。天井の壁からは、今尚スライムが豪雨となって降り注いでいる。地上で波打つスライムの群れは、まるで乳白色の海のようだ。

 ユエのように上級の防御魔法を即時発動できるような者がいなければ、あっという間に呑み込まれて終わりだったかもしれない。本当に大迷宮というのは一寸先は闇である。

「ユエ、結界は頼むぞ。一切合切、全部焼き滅ぼすから」
「んっ……任せて」

 ハジメはユエの力強い言葉を受け取ると“瞬光”を発動する。そして、クロスビット七機、円月輪七本を同時に操作して一気に上空に飛ばした。

「ああ~、くそ、また地獄の再現かよ!」
「また、あれが来るのね……」
「うぅ、あの時、カオリンの再生魔法がなかったら鈴の結界壊れてたんだよ? 本気で死ぬかもって思ったんだよ? 敵じゃなくて南雲くんの攻撃で!」

 ハジメが何をしようとしているのか察した龍太郎がげんなりとした表情になり、雫は死んだ魚のような目になった。鈴はあの獄炎が軽くトラウマになっているらしく、若干涙目だ。ちなみに、光輝はずっと視線を逸らしている。龍太郎はアウトだが光輝の記憶は助かりそうだ。

『香織、分解で体についてるスライムを取ってやってくれ。絵面的にマズイからな』

 ハジメからの突然の念話に驚く香織。なぜ、わざわざ自分に念話を? と首を捻るが、“絵面的にマズイ”というハジメの言葉でその真意を悟った。

 そして、改めて白濁液で汚れている女性陣を見て「確かにこれはちょっと……」と一気に赤面する。ハジメがわざわざ念話をしたのは、未だ自分の見た目のマズさに気がついていない雫達に配慮してのことだ。男であるハジメが指摘するのはいろんな意味で悪手だろう。

 それも察して、香織は頬を染めたまま了解と感謝の意を伝えて白濁液の処理に乗り出した。

 それを確認して、ハジメは意識をクロスビットから届く外の映像に集中する。

(……スライムの雨が一向に弱まる気配を見せない。無尽蔵か? だとしたら、まず天井をどうにかしないと意味がないな)

 刻一刻と体積を増やしていくスライムの海を眼下に、ハジメは円月輪を天井に飛ばす。高速回転で纏わりつく乳白色スライムを弾き飛ばしながら天へと飛翔する円月輪は、勢いを弱めることなくそのまま天井に次々と衝突した。

 生成魔法により付与されている“風爪”が、バターを切り裂くように容易く天井の壁を切り裂き、円月輪の刃の部分をしっかりと埋める。ちょうど中穴が天井の壁と水平になった状態だ。

 ハジメは、全ての円月輪の中穴が、天井に対して小さなアーチを描くような状態で刃先だけを埋っているのを確認すると、“宝物庫”から更に円月輪と蜘蛛型ゴーレムを大量に出した。

 虚空から現れる大量の見た目メタリックな蜘蛛に雫達の頬が引き攣る。

 しかし、そんなことはお構いなしに溢れ出た蜘蛛型ゴーレム達は、地面に置かれた円月輪を通して天井に刺さっている円月輪へと次々に転送されていき、そのまま天井に張り付いて一斉に散開していった。

 今や、ハジメの“瞬光”状態での非戦闘機動は百体単位で可能だ。戦闘機動でも以前の倍の十四機まで同時操作が可能である。

 結果、溢れ出た総数八十体の蜘蛛型ゴーレムは、紅い燐光を纏いながら縦横無尽に天井を駆け巡り次々と“錬成”を発動していく。壁の僅かな穴や隙間からにじみ出て来ている乳白色スライム達を、壁そのものを錬成で固めてしまうことで封殺しようという意図だ。

 その目論見は正解だったようで蜘蛛型ゴーレムが錬成した部分からのスライムの流出が止まり、目に見えて雨足が弱まっていった。今や天井は紅い光が尾を引くように無数に走り、まるで流星群でも見ているかのようである。

(よし、天井の錬成はこんなもんでいいだろう。後は地面だが……取り敢えず、地上を焼かないと話にならないな)

 ハジメは内心でどこかのテロリストのようなことを考えつつ、蜘蛛型ゴーレムを天井に張り付けたまま突き刺さった円月輪を回転させて天井から飛び立たせる。そして、手元の円月輪のゲートを開いて今度は“宝物庫”から取り出したタールを転送し始めた。

「よくもまぁ、ユエ達に汚ねぇもんかけてくれたなぁ。跡形もなく燃やし尽くしてやる」

 ハジメが口元から犬歯を覗かせながら不敵な笑みを浮かべ、眼をギラギラと凶悪に光らせた。ユエやシア達に白濁液なんてものをかけられたことが実は相当頭に来ていたらしい。

 先程の短慮を起こさないように心掛けると言う殊勝な言葉は一体どこにいったのか……

「悪魔だ、悪魔がいるよ、シズシズぅ! 怖いよぉ~」
「……見ちゃダメよ、鈴。見なければどうということもないはずよ! 多分、きっと……」
「やべぇよ、光輝。あいつ、いつか絶対とんでもねぇことやらかすぞ」
「そう、だな、魔人族の方が人らしく見えるよ……」

 ハジメの悪魔のような姿に鈴がガクブルと震えながら雫に縋りつき、雫は娘に注意する母親のようなことを言いつつ目を逸らし、龍太郎が未来のテロリストでも見るかのような戦慄の表情を浮かべ、光輝は、勇者として倒すべきなのはアイツなんじゃ……と思わず使命感に駆られていた。

 一方で、ユエ達はというと、

「あぁ……ハジメ、素敵」
「ですねぇ~、こうキュンキュンきますねぇ……」
「ご主人様ぁ……はぁはぁ、一目でいいのじゃ。その眼を妾に向けて欲しいのじゃ」
「……ハジメくん……ゴクリ」

 なんだかウットリしていた。恋は盲目とはこのことか。どう見ても、ただ凶悪な顔をしているだけなのだが、ユエ達から見ると頗る付きで心をときめかせる魅力があるらしい。いろんな意味で手遅れということだろう。

 一昔前なら、好戦的なハジメを見て複雑な表情をしそうな香織ですら、メルジーネ海底遺跡で悪食相手に絶体絶命に陥っても全く諦めずに瞳を輝かせたハジメを見て以来、今のような凶悪顔に心をときめかして惚れ直していたりする。

 そんな香織を見て、雫は遠い目をしながら「香織は遠いところへ行ってしまったのね……」と呟いている。

 雫は、既に外が見えないほどスライムに覆い尽くされたこの状況でも余裕で殲滅に闘志を燃やすハジメをチラリと見た後、やはり直ぐに視線を逸らした。凶悪な表情だからだ。あくまで、凶悪な表情にドン引いているから目を逸らしているのだ。そうだと言ったらそうなのだ!

 と、その時、凄まじい爆音が障壁の外から響いた。その破壊音は一度では留まらず、連続して鳴り響きどんどん大きくなる。爆竹のように連続した破裂音も聞こえれば、それらとは比較にならないほどの轟音も響く。ハジメのクロスビットによる絨毯爆撃が始まったのだ。

 心なし、障壁を覆う乳白色スライムが身悶えしているような気がする。今や、ハジメは透き通るような紅い光を纏っていた。それに見蕩れるユエ達。それに気が付いていないハジメは、ただひたすらクロスビットを通した外の光景に集中していた。

 その眼帯の奥の魔眼石に映るのは、灼熱地獄と化したスライムの海だ。

 スライムの雨の代わりに豪雨となって降り注いだ黒い雨は次々と眼下の乳白色を汚していき、更に、円月輪はスライムの海の外周を高速飛行しながら大量のタールを撒き散らしていった。

 十分なタールがスライムに浸透した直後、タールの黒い雨にクロスビットによるクラスター爆弾の豪雨が加わる。直径数センチの小さな爆弾だが、熟練度の上がったハジメの圧縮錬成は半端ではない。中身は信じられないほどの燃焼粉が詰め込まれており、たった一個で小さな家屋くらいなら吹き飛ぶ威力だ。

 眼下の乳白色スライムの海に着弾したクラスター爆弾は次々と爆発を起こし、その粘性のボディを粉微塵に粉砕していった。そして、撒き散らされた爆炎は周囲のタールに引火して摂氏三千度の獄炎の海を創り出す。

 凄まじい熱量の炎が地を舐め尽くし、発生した上昇気流が緋色の尖塔を築き上げる。乳白色スライムはなすすべなく焼滅していき、それでもなお炎は全てを巻き込んで焼き尽くしていく。ハジメの殺意がそのまま具現化したような緋色の津波は、樹々を焼き、地面を溶かし、空気すら焦がして樹海を呑み込んでいった。

 障壁を覆い尽くしていた乳白色スライムの隙間から遂に灼熱の赤が顔を覗かせる。それに気がついた誰かが「あっ」と声を上げた次の瞬間には、障壁の外は火炎の海に早変わりしていた。まさに瞬く間もなく乳白色スライムは灰燼に帰したのだ。

 やがて周りからすっかり乳白色がなくなり、地面のあちこちが溜まったタールの残りを燃料に燃え盛っているだけになった外の様子を見ながらハジメが呟く。

「ん~、どうやら、大体焼き尽くしたみたいだな」
「……もう、結界解いても大丈夫?」

 ハジメの言葉にユエが確認を取る。

「いや、もうちょい維持しててくれ。地面の下に潜んでないとも限らないからな」

 ハジメはそう言うと、感応石がはまった指輪を更に輝かせた。途端、天井から無数の黒い物体がスイーと一定速度で降りてくる。天井から糸を垂らして下降してきた蜘蛛型ゴーレムだ。

「きゃ!?」

 おびただしい子蜘蛛が空から降ってくるというショッキングな光景に思わず可愛らしい悲鳴を上げたのは意外なことに雫だったりする。しかし、みな心得たもので華麗にスルーだ。自分の悲鳴に頬を赤らめている雫を見たりはしない。何人かの口元はニヤついているが。

 着陸した蜘蛛型ゴーレムは、天井と同じように周囲と巨樹までの道程を一斉に錬成しながら散開していった。

 瞑目しながら集中し始めたハジメはそのまま皆へ話し掛ける。

「目標の巨樹まで錬成するのに少し時間がかかる。あのスライムの総量がわからない以上、適時撃破するより少し時間を割いてでも襲撃対策をしておいた方が面倒がなくていいだろう。悪いがその間、念のため結界の維持は頼むな、ユエ」
「……んっ」

 蜘蛛型ゴーレムの操作に集中しながら、そう指示するハジメにユエは快諾する。他のメンバーも取り敢えず危機を脱したと分かり肩から力を抜いた。

 なお、女性陣を汚していた白濁液は既に香織によって取り除かれているので皆綺麗な姿だ。龍太郎の記憶の運命は変わらないが。

 急速に地面を錬成していくハジメだが巨樹までの道程を邪魔されない程度に対策するにはしばらく時間がかかる。なので、ドカっとその場に座り込み胡座をかいた。体力的には何の問題もないが休めるときに休んでおくのは冒険の鉄則である。

 それを見て他のメンバーもそれぞれ僅かな休息に努めた。

 と、その時、不意にハジメの背中に柔らかな重みが加わる。「ん?」と肩越しに振り返れば、そこにはユエの姿が。どうやら背中から抱きついてきたらしい。いつものように甘えてきただけかと、皆の手前小さく笑みを浮かべるハジメだったが……

「はぁはぁ……ハジメ、何か変……はぁはぁ、すごく……ハジメが欲しい」
「は? いや、こんな状況下で何を言って……ユエ? 一体どうした?」

 ユエの息が荒い。吐息は火傷しそうなほど熱く、瞳はうるうると潤んでいて、チロチロと動く舌はハジメを求めて唇からいやらしく出し入れされている。どう見ても発情していた。

 これが夜の宿屋などだったら喜んで応えるところだが、流石にそんな呑気なことは言っていられない。

 こんな状況でいきなり発情するなど有り得ない。ユエは明らかに体に異常をきたしている。ハジメが真剣な表情で体ごと向き直りユエを抱きとめると、ユエは身悶えするようにブルリと震えながら更に体を熱くした。そして、我慢できないとでも言うようにハジメに自分の体をグイグイと押し付ける。

 ハジメが頭を疑問で埋めながらユエの容態を観察していると、いつの間にか影が差し掛かった。ハジメが顔を上げるとそこにはシアがいた。

「ハジメさん……私……私、もうっ……はぁはぁ」
「シア、お前もかっ?」
「はぁはぁ、ハジメさん、好き。好きですぅ」
「ちょっ……まてっ」

 シアはそのままハジメの右腕に抱きつくと胸の谷間と太ももに挟み込んで逃がさないようにし、スリスリと体を擦りつけ始めた。明らかにユエと同じ症状だ。頬は薔薇色に上気し、瞳は劣情で霞んでいる。普段はあまり感じさせない色気を全開で放っており、ハジメをしてくらくらするような甘い香り発していた。

「一体、何が……」

 ハジメが困惑しながら視線を巡らせる。そこにはユエやシアと同じように異変をきたしたメンバーの姿があった。

 香織も、耐え難い何かに身悶えしながら潤んだ瞳をハジメに向けている。両足をもじもじと擦り合わせながら四つん這い状態でハジメへと少しずつ近寄って来ている。ティオは……何だかボーとしているが。

 光輝達も例外ではない。鈴は前かがみで自分を抱き締めるように身悶えているし、正気を失ったような虚ろな瞳の龍太郎は、そんな鈴に這い寄っている。光輝も血走った目で傍らの雫を見つめており、おもむろに立ち上がると雫へと手を伸ばし始めた。

 唯一、雫だけは同じように身悶えたあとグッと唇噛みつつ正座をして目を閉じ、その後は微動だにしていない。頬の赤みも取れて静寂を纏っている。どうやら精神統一か何かをして発情状態を耐えきろうとしているらしい。それを告げなかったのは正気を失う一歩手前で余裕がなかったのだろう。

 しかし、そのままでは既に眼前まで迫っている光輝が何をするか分からない。倒れ込んで喘いでいる鈴の方も龍太郎が覆い被さろうとしている。熱に浮かされたように、相手の名を呼びながら迫る姿から何をしようとしているのかは明白だ。

「くそったれ。これがあのスライムの真髄かっ」

 ハジメは悪態を吐きながら“宝物庫”からボーラを取り出すと、手首のスナップだけで二つ同時に投擲し光輝と龍太郎を空中に磔にした。うわ言のように雫や鈴、果ては香織やユエ達の名前まで呼びながらジタバタともがく二人だったが、その程度で空間固定する拘束型アーティファクトのボーラが外れるわけもない。

 一先ず安心かと思われたが、次は鈴が、何と隣にいる雫に手を伸ばし始めた。既にその表情は女の子として見せてはいけないものになっている。大切な、心に決めた人にしか見せてはいけない類の表情だ。

 ハジメは再度舌打ちすると、ボーラを鈴にも投擲し空間に縫い付けた。

「むぅ、ご主人様よ、無事かの? どうやら、あの魔物の粘液が強力な媚薬になっておったようじゃな」

 ハジメが鈴を拘束しつつ、遂に到達して左腕に抱き付いて来た香織を押し止めていると、ティオがしっかりした足取りと平然とした表情で歩み寄って来た。

 ハジメは思わず目を丸くする。

 そんなハジメを知ってか知らずか、ティオは普通に言葉を続けた。

「強烈な快楽で魔法行使すら阻害しておる。時間が経てば経つほど正気を失って快楽のまま性に溺れることになるじゃろうな。厄介なこと極まりないのぅ。あの物量で襲われては、全く飛沫を浴びないなど不可能じゃろう。戦闘が長引けばそれだけで全滅じゃ。生き残っても仲間がおれば交わらずにはおられんじゃろうから、その後の関係はかなり危うくなりそうじゃしの」
「あ、ああ、そうだな……」
「うむ。おそらく、それが狙いじゃろう。快楽に耐えて仲間と共に困難を乗り越えられるか……あるいは快楽に負けても絆を保てるか……いずれにしろ性格の悪いことじゃ。“解放者”というのは本当に厄介な連中じゃの。もっとも、それもご主人様の毒耐性には敵わんかったようじゃが」
「……なぁ、ティオ」
「む? なんじゃ、ご主人様よ」

 ハジメは、ティオの推測になるほどと納得する一方で、自分にベッタリと引っ付くユエ達を見つつ最大の疑問を投げかけた。

「あの粘液がこの事態を引き起こしているという推測は納得できる。俺もそう思うからな……だが、だがな。何でお前は平然としてるんだ? 俺の記憶が確かなら、お前が一番あの粘液を浴びていたと思うんだが」
「確かに、妾の体も粘液の効果が発揮されておる。事実、体を駆け巡る快楽に邪魔されて魔法がまともに使えんからの。じゃがのぅ、舐めてくれるなよ、ご主人様よ。妾を誰だと思っておる」
「ティオ……」

 ハジメは、フッと不敵な笑みを浮かべながら胸を張るティオを見て、今度は違う意味で驚愕に目を見開いた。

 ティオは、それだけ強烈な快楽に犯されていながらも意志の力で正気を保っているようだ。普段がどれだけ変態でも、例え末期のド変態でも、彼女は遥か昔から生き続ける誇り高き竜人族。この程度の魔物の毒素に……

「妾はご主人様の下僕ぞ! この程度の快楽、ご主人様から与えられる痛みという名の快楽に比べれば生温いにも程があるわ!! 妾をご主人様以外に尻を振る軽い女と思うてくれるなよぉ!!!」
「そうっすか」

 眼をクワッ!! と見開き、拳を天に掲げてそう力説する駄竜に、ハジメは汚物を見るような眼差しを向けた。スライム粘液の快楽すら平然とやり過ごしたティオが、その視線にゾクゾクと体を震わせる。

「流石ティオさん、いや、クラルスさんっすわ。マジ、パないっすわ。取り敢えず、それ以上近寄らないでもらえます?」
「け、敬語じゃと!? しかも、族名で呼ばれた! 半端ない距離感じゃ! まさか、このタイミングで他人扱いとはっ。はぁはぁ、マズイ、快楽に溺れそうじゃ……」

 さっきまで平然としていたのに急速に快楽に敗北しかけているティオ。四つん這い状態で必死に正気を保とうとしている。そんなティオから、もはや見る価値もないと視線を外したハジメは体を震わせながら自分に抱きつくユエ達を見やった。

 そして、確かな信頼を瞳に込めて三人に語りかける。

「ユエ、シア、香織。お前等がたかがこの程度の魔物にいいようにされるわけがない。まだ正気を保っているはずだ。そうだろう?」

 すると、頬を真っ赤に染め、絶え間なく熱い吐息を漏らし、ギュとハジメに抱きつきながらも三人は顔を上げて確かな意思を感じさせる眼差しをハジメに向けた。

「んんっ……当然」
「うぅ~、もちろんですよぉ~」
「だ、大丈夫! はぁはぁ、わかるよ!」

 案の定、快楽に身を委ねたいという強烈な欲求に抗い、ユエ達は歯を食いしばりながら正気を保っていた。ハジメはユエ達を順繰りに見渡して満足気に笑う。

「いいか、これは大迷宮が用意したクソッタレな試練だ。なら、お前等が乗り切れないなんて有り得ない。見ろ。八重樫やド変態だって耐えてんだ。ここで万が一にでも負けたら、すげー恥ずかしいぞ?」

 どこか挑発的な物言いに、熱に浮かされながらもユエ達が口元を歪める。不敵な笑みだ。

「もちろん直ぐに解決する方法はある。神水を飲めばいいんだ。どんな状態変化だろうと解除できないなんてことはないだろう。……どうする?」

 ハジメが言い終わると同時に、三人の声は揃って答えを告げる。

「……必要ない」
「いりませんよ」
「いらないよ」

 試練を自力で乗り越えることを選んだ。ハジメが「それでこそだ」と柔らかな眼差しを向けた。それに、ユエもシアも香織も嬉しそうに微笑む。ハジメが信じてくれているということが伝わるからだ。

 ハジメは堪えると決意した三人を気遣って距離を取ろうとする。自分がいない方が快楽には耐えやすいと思ったからだ。

 しかし、

「……ハジメ、ギュッてしてて」
「辛くないか?」
「ふふ、ハジメさんに抱き締められて辛いなんて思う人、ここにはいませんよ」
「そうだよ。むしろ、心が落ち着くから……お願い」

 三人におねだりされてしまい、ハジメは少し困った表情をしたものの三人まとめて腕の中に閉じ込めた。右腕でシアを、左腕で香織を、正面にユエを抱える。

 ユエ達は一瞬ブルリと震えたものの、直ぐに安心したように身を委ね、直ぐに荒かった息を整え始めた。

 それから間も無く目を閉じて精神の均衡を保つことに集中する。いつしか三人の熱かった体温は下がり、規則正しい鼓動がハジメに伝わり始めた。どうやら、問題なくこの試練も乗り切れそうである。ハジメは僅かに微笑むと刺激を与えないように体を微動だにさせず、三人を支え続けた。


おまけ

「……ご主人様よ。妾もそっちに行って良いかの?」
「ご冗談を、クラルスさん」
「ッ……堕ちちゃうぅ、堕ちちゃうのじゃぁあああっ」



いつも読んで下さり有難うございます。
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。

すいません。樹海といえば触手か粘液で……というテンプレを外せませんでした。
あと三話くらいでハルツィナ樹海編を終えます。

次回も、土曜日の18時に更新する予定です。

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