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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第六章

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目覚めてさっそく


 背中と後頭部に当たる冷たく硬い感触と乾いた空気。それを感じて、僅かに微睡んでいたハジメの意識は急速に浮上した。

「っ……ここは……」

 頭を振りながら体を起こしサッと周囲を確認する。

 光源は一切なく真っ暗闇だったが、ハジメには“夜目”があるので暗闇は視界の妨げにならない。その結果、どうやら気を失う寸前に入った巨樹の洞と同じような、されど二回りは大きい場所にいるらしいと分かった。

 ただ、一点だけ決定的に異なる点がある。それは部屋の中に異物があることだ。ドーム状の空間の中に規則正しく円状に置かれているそれは、長方形型の物体で透明感のある黄褐色をしていた。大きさは人一人がすっぽり入れるくらい。ハジメは、まるで柩のようだと思った。

 ハジメが目を覚ました場所は円周に並ぶそれらの一つのようだ。黄褐色の部分だけがなくなっている。部屋の中央は特に何もない。周囲の壁にも出入り口らしきものは一切なかった。

 ハジメは両サイドに並ぶ柩のようなそれに視線を向け、僅かに迷ったあと右側のそれに歩み寄った。

「っ。これは……まるで琥珀だな」

 思わず息を呑んだハジメの視線の先にはシアがいた。

 ハジメ自身が称したように、まるで琥珀の中に閉じ込められた太古の虫のように黄褐色の柩の中に横たわって目を閉じている。

 一瞬、死んでいるのかと焦りを覚えたハジメだったが、“気配感知”にはしっかりとシアの鼓動が感じ取れる。自分が目を覚ました場所のことも考えると、おそらく自分も、ついさっきまで琥珀の中にいたのだろうと推測できたので、どうにか冷静さを保つことができた。

 部屋の中には全部で九つの琥珀が安置されている。それらを一つ一つ確認すれば、案の定、他のメンバー達が閉じ込められていた。おそらく、トレントモドキの洞から転移し、そのまま琥珀の中に閉じ込められたのだろう。

 先程まで見ていた泡沫の夢、あるいは甘い蜜で誘い一度捉えれば二度と離さない食虫植物の如き仮初の世界を、きっと他のメンバー達も見させられているに違いない。そして、あの世界から脱出できれば、現実において目の前の琥珀から解放されるのだろう。

 ハジメは、ユエが閉じ込められている琥珀を見つめながら現状をそう結論づけた。

「まぁ、何にせよ、ユエもティオも戻っているようで何よりだ。後は、自力で戻って来られるかだが……問題ないか」

 ハジメの言葉通り、琥珀の中のユエとティオはゴブリンの姿ではなく元の美しい姿だった。これも推測だが、あのステージをクリアすれば自動的に戻ることになっていたのだろう。例えどんな姿だろうと、それがユエであるなら全力で愛せる自信がハジメにはあったが、やはり見慣れた元の姿が一番だ。

 ハジメはユエの琥珀の傍らに腰を下ろすと、目を閉じて横たわる愛しい恋人にそっと手を伸ばした。もちろん琥珀に阻まれて手は届かないが、それでもユエの顔をなぞる様に手を這わせる。

「早く戻って来い、ユエ。今、無性にお前の声が聞きたいんだ……」

 一瞬、力尽くで琥珀を打ち破ってやろうかと物騒な発想が脳裏をよぎったが、それで解放できても、おそらく試練は失敗判定を受けるだろうと考えハジメは破壊衝動をグッと抑えた。

「……それにしてもユエのブレザー姿か……やばかったな。シアも中々……夢の中の俺、よく理性が保ったよ。……日本に帰ったら着てもらおう、うん」

 ハジメがそんな阿呆なことを考えていると、ユエの琥珀が仄かな光を放ち始めた。ハジメは触れていた手を放して一歩距離をとり、その変化を見守る。

 琥珀は放っていた光を徐々に収めていくと、次に端から順にトロリと溶け始めた。溶けた琥珀は、そのまま地面に吸い込まれるように消えていく。五分もしない内にユエを覆っていた琥珀は完全に消えてしまった。

 静かに横たわるユエの胸が呼吸で上下していることを確認して、僅かに残っていた緊張を解いたハジメは直ぐにユエに駆け寄りそっと抱え上げた。いつまでも冷たい場所に寝かせておきたくなかった……というか、ぶっちゃけさっさと抱き締めたかったのである。

 ハジメがユエを横抱きに抱えながら顔に掛かった髪を払い除けていると、ユエの長いまつ毛が目蓋と共にふるふると震え始めた。そして、ゆっくりと目を開ける。

「ユエ……調子はどうだ?」
「……ん、ハジメ?」
「ああ、俺だ」

 ユエは少しボーとしているようだったが、その視線は僅かたりともハジメからそれたりはしなかった。完全に意識が覚醒した後も一心不乱にハジメを見つめている。

「……本物のハジメ?」
「はは、何でそんなことを聞くのか何となく理由はわかるけど……それはユエが判断してくれ。今、目の前にいる俺がユエにとって本物か。それとも偽物か」

 きっとユエが見させられた夢の中に偽者のハジメが出てきたのだろう。そのことに、理想を映したあの仮初の世界に自分が登場したことに、ハジメは嬉しさを感じつつ判断をユエに任せた。

「ちなみに、俺は今、俺の腕の中にいるユエが正真正銘、本物のユエだと確信してるぞ」

 ハジメの言葉に、ユエは一瞬、キョトンとした表情をするものの直ぐにその意味を悟り微笑みを浮かべた。ハジメもまた、夢の中で偽物の自分と出会ったのだと言うことがわかり、理想世界の中に自分がいることが嬉しかったのだ。ユエの目尻が下がり、口元が柔らかく弧を描く。実に嬉しそうな笑みだ。

「……どうしてそう思うの?」

 ユエは、その理由はわかっていたが敢えて聞いてみた。例え心で通じていても、愛しい人から言葉にしてもらうのは嬉しいことだ。大切な事でもある。

 ハジメもまた、そんなユエの心情が手に取るように分かった。なので肩を竦めつつ、あっさり答える。

「違和感を何も感じないからな。……俺の内側の深いところ、きっと魂とかそんな場所が訴えてるんだ。今、腕の中にいるのが紛れもなくお前の“特別”だって」
「ふふ……私も、私の深いところが、今、私を抱いている人がハジメだって言ってる。さっきの質問は忘れて?」
「まぁ、寝起きだしな」

 再び肩を竦めるハジメにユエは更に目元を緩めると、そのままハジメの首筋に腕を回してギュッと抱きついた。ハジメも、そんなユエをギュッと抱き締め返す。

――ゴホンッ!

「……そっちの私はどうだった?」
「うちの高校のブレザーが死ぬほど似合ってた」

 ハジメの夢の中の自分がどんなだったのか、それを聞いたユエに返ってきたのは思いがけない感想。それだけで、ハジメがどんな世界を見ていたのか理解したユエはクスリと小さな笑い声を上げた。

「……いつか着てあげる」
「そりゃ楽しみだ。ユエの方は?」

――ウオッホン!

 自分の首筋に顔を埋め、触れる程度のキスを繰り返すユエに、ハジメもまたユエの甘やかな香りを堪能しながら聞き返す。

「……礼服と玉座が死ぬほど似合ってた」
「すまん。礼服はともかく玉座は無理だ。っていうか何故、玉座?」
「くふふ……王妃スタートだった。既に子供は十二人いた」
「どこまで進んでんの!? てか一ダースってどんだけだよ!」

 思わず体を離し、驚愕の眼差しをユエに向けるハジメ。

 ユエはキスで湿った唇にペロリと舌を這わせ、艶やかな眼差しでハジメを見つめる。色気たっぷりの眼差しと吐息にハジメの心臓が跳ねた。どんな魔物から奇襲を受けても乱れない自信のある精神が容易くグラつく。

「……ふふ、期待してる」
「っ……はぁ、やっぱりユエには一生敵いそうないな」

――ゴホッエッホン!!

 ハジメは悪戯っぽく微笑みながら、瞳の奥に本気を感じさせる光を宿したユエに見つめられて降参するように天を仰いだ。そして、これこそ俺のユエだと改めて実感する。ハジメは高ぶる気持ちのまま片手をユエの後頭部に、もう片手を腰に這わせグッと抱き寄せた。

 ハジメが何を求めているのか察したユエは自身が求めていたこともあり、スッと目を閉じて顎を上げた。薔薇色に染まった頬が途轍もなく可憐で、魅惑的な唇からチロチロと覗く鮮やかな色合いの舌はひどく艶かしい。

 既に言葉はなく、ただお互いが求めるままに唇を重ねようと近づいていく二人の距離。それが、十センチ、五センチと近づいていき、遂にゼロになるという瞬間、

「ウゴッツクエッェヘンゴホッガハッツトブエックショイッ!!!!」
「――あ?」
「――ん?」

 先程から、何となく聞こえていた気がしないでもない異音が耳元で怪音になったことで流石にスルー出来なくなったハジメとユエが至近距離で顔を見合わせる。そして、同時に怪音のした方へ視線を巡らせた。

 すると、そこには……

「うっく、ぐすっ、どうせ…私はいらない子なんですぅ……頑張って現実に戻って来たのに…いきなり空気だし…ひっく……気を遣って咳払いで存在をアピールしたのに……うぅ…ぐすっ…それすら……現実はいつだって非情なんですぅ~」

 ウサミミを萎れさせ、泣きべそを掻くシアの姿があった。目尻に溜まる雫が何とも哀れを誘う。どうやらユエが起きたすぐ後にシアも起きたようだったのだが、ハジメもユエも互のことしか見ていなかったので全く気が付いていなかったのは不覚である。

 完全にネガティブ思考になってしまったシアを、ハジメとユエは二人がかりで宥めにかかった。特に、ハジメが自らシアを抱き寄せてギュゥウウとキツく抱き締めた甲斐あってか、寂しがりのウサギは何とか精神を立て直した。今は、二人にウサミミやほっぺをモフられて嬉しそうにウサシッポをパタパタさせている。

「うん、やっぱりシアにはウサミミがないとな。ウサミミあってのシア。ウサミミなくしてシアにあらず。むしろウサミミがシアだな」
「いえ、意味がわかりませんからね? 断じてウサミミが本体ではありませんから。っと言いますか、随分ウサミミを愛でてくれますね、ハジメさん。夢の中で何かありましたか?」
「あ~、そうなんだよ。夢の中のシアはな、ウサミミがなかったんだよ。ただのシアだったんだ」
「……それはシア?」
「あのユエさん。確かにウサミミは私のアイデンティティーと言っても過言ではありませんが、無くても私はシアですからね?」

 シアは二人の反応に何となく危機感を覚える。もしや、自分よりウサミミの方が愛でられてやしないか? と。

 微妙な表情になるシアを宥めながら、彼女がどんな世界を見たのか聞いたところによると、ハウリア族が死なずに済んだ世界でハジメやユエ達と幸せな日常を送るというものを見させられたらしい。

 ユエの方にも改めて聞いてみると、かつての国が滅びず、裏切りもなく、ハジメを婿に迎えて子供をもうけたという夢だったらしい。

「俺は、この世界に召喚されず、平和な日常の中でユエやシア達と過ごしていくって夢だったな。……おそらく、過去に受けた大きな苦痛を伴う出来事をなかったことにして、その上で今ある幸せを組み込んだ世界を見させられるって感じなんだろう」
「なるほど……確かに、それはある意味理想的な世界と言えなくもないですね」
「……シアはどうやって?」

 どうやって理想世界から抜け出したのかという質問に、シアはにこやかに笑いながら返す。

「それは勿論、今の自分を否定するなんて出来ませんし、したくありませんでしたから。こんな世界嫌だぁー! 家族を利用しやがって、ふざけんなーーって」
「……なるほど」

 納得顔のユエ。ハジメもどこか優しい表情で頷く。

 シアの夢の中では、彼女は昔のように弱いままだったのだろう。シアは、それを良しとしなかったのだ。

「夢の中では、家族が追われる前にハジメさん達と出会っていた上に一緒に暮らしていることになってましたからね。私はただ守られているだけで良かった。でも、そうじゃない! そんな弱さを許容するような生き方であの人達の傍にいられるわけ無い! って、心の奥が叫ぶんです。守ってやるって言ってくれるハジメさんや、心配しないでって抱き締めてくれるユエさんは……確かに甘やかで優しくて、心地よいものではありました。だけど、そう言われれば言われるほど違和感は広がって……気が付けば戦うことを選択してました。ハジメさん達の隣で」
「それで戻ってこれたわけか……」
「はい! これからも、私はハジメさんやユエさんの背中を見るのではなく横に並んでいたいですからね。例え、その道が痛みや苦しみを背負うものであったとしても」

 そう言って、ニッと笑うシアを見て本当に逞しくなったなぁとハジメは感慨に耽った。出会った当初は唯の負け犬集団の一人に過ぎなかったというに変われば変わるものである。その理由が、ハジメ達と一緒にいたい、並び立ちたいというものなのだから、もう何とも言えない。特に、ハジメに対しては愛ゆえに、である。

 ハジメは、ユエに対する感情とはまた違った、しかし確かな愛情が湧き上がってくるのを感じ、何となくシアの頭を抱き寄せて優しく撫でた。傍らのユエが、そんなハジメの心情を察しているのか慈しむような表情をしている。

「ふぇ、えっと、ハジメさん?」
「まぁ、なんだ。……おかえり、シア。よく戻ってきたな」
「あ……はぃ、ただいまですぅ……」

 お前の帰る場所は俺の傍だ――ハジメの“おかえり”という言葉に、言葉にせずともそう言われた気がして、シアは一瞬呆けるものの直ぐに照れくさそうな、しかし、これ以上ないほど幸せそうな笑顔を浮かべてハジメに抱きついた。

 いつも通り、ハジメが、右にユエ、左にシアを抱きつかせてほのぼのとそれぞれの夢について語り合っていると、再び琥珀の一つが淡く輝き出した。また一人、甘い誘惑の夢という名の牢獄を打ち破り現実へと帰って来たようだ。

「あの琥珀は……確か」

 ハジメが、その琥珀に入っていた人物を思い出して呟く。ユエが、魔法で出していた灯りの光量を上げて、今まさに解放された人物を照らし出した。

 と、同時に、

「ぬがぁー! ご主人様の折檻はそんなに生温くないわァーー! 一から出直して来るんじゃな!」
「「「……」」」

 そう言って寝起きそうそう空中に拳を振るうその人物は、言うまでもなくティオである。

 その発言から大体どんな夢を見ていたのか察したハジメ達は、思わず無言となり蔑んだ眼差しを向けた。特に、自分のことを言われているハジメは既にゴミを見るような眼差しである。

 その視線を受けてティオの背筋がブルリと震えた。

 そして、歓喜の表情を浮かべてパッと振り返り、そこにハジメ達の姿と極寒の眼差しがあることを認識して更に体を震わせた。ハジメと視線が合うやいなや恍惚の表情を浮かべながら、次の瞬間には飼い主を見つけた犬の如く走り出す。

「ご主人様よぉ~、ただいま戻ったのじゃ~! 愛でておくれ~!」

 ゴブリンになっていたときと全く変わらず、ル○ンダイブを決めながら飛び込んでくるティオ。

ドパンッ!

「あふんっ!」

 ハジメは無言でドンナーを抜くと、銃声一発。空中でティオを撃ち落とした。喘ぎ声にも似た悲鳴を上げて後方三回転宙返りをしながら後頭部から地面にダイブするティオに、ハジメは無言で近寄るとそのまま背中を踏みつけグリグリと踏み躙る。

「この駄竜が。一体、夢の中で俺に何をさせてやがった?」
「アァアア、これじゃ! これなのじゃ! 頑張って仮初の世界から帰って来たというのに、出迎えが発砲と踏み付け! そしてまるでゴミを見るような眼差し! 偽物のような甘さなど一切ない、この絶妙な痛み! これぞ我が生涯の主様なのじゃ! もっとぉ! もっとぉなのじゃ~」
「……果てろ、変態」
「ッアバババババババババババっ!!!」

 あまりに聞くに堪えないティオの雄叫びに、プチリと来たハジメは割かし本気で“纏雷”を発動。海老反りアバババするティオは白煙を上げながらパタリと力尽きた。

 しかし、その表情は“見せられないよ!”という自主○制君がやって来そうな恍惚とした変態顔だ。実に幸せそうである。ハジメ的には極めて不本意だが。

 その後、特にダメージを負った様子もなく普通に復活したティオは、聞いてもいないどころか聞きたくないと言うハジメ達を無視して、如何に夢の中のハジメのご主人様ぶりがダメだったのかを熱く、それはもう熱く語った。

 仮初の世界は、対象者に理想的な甘い世界を見せて夢の中に捕えるというもののはず。

 だとすれば、ティオが脱出できた理由が“物足りない”というのは何ともおかしな話である。嫌な想像だが、おそらく大迷宮でもティオの変態性を図りきれなかったのではないだろうか。ハジメがティオの想い人であり、ティオ自身には性的被虐趣味があるということまでは読めたが、具体的なティオ好みの“お仕置き”“ご褒美”というものがきっと分からなかったのだ。

 むしろ、頑張ってティオの理想通りのご主人様を作ったのに貶されるだけ貶されて満足できないからなんて理由であっさり脱出された大迷宮の方に同情してしまう。ハルツィナも、まさかこんな変態が攻略に来るとは思いもしなかったに違いない。

 ハジメ達は疲れきったように崩折れるハルツィナの姿を幻視してしまい心の中で労をねぎらった。

 そうこうしている内に更に琥珀が輝いた。次に脱出してきたのは香織のようだ。ハジメ達が傍らに近寄ると小さく喘ぎつつ目を開いた。そして、自分の周りにいるハジメ達を見て安堵の吐息を漏らす。

 しかし、もう一度ハジメと目がパチリと合った瞬間、血が沸騰でもしたかのように一瞬で顔を真っ赤に染め上げてズザザザザーと壁際まで後退ってしまった。

 今の今まで、香織からそんな風に距離を取られたことのないハジメは、驚きよりも困惑が先に来てどうしたものかとユエ達に視線を向ける。

 ハジメの困惑を感じ取った香織が慌てて誤解を解きにかかる。

「あ……違うの! ハジメくん! 今のはその、ちょっと、何というか、とにかく違うのっ。避けたとかそういうことじゃなくて」
「あ~、いや、別にいいんだけど……どうせ、夢が関係してるんだろ? 一体、どんな夢を見たんだ……」
「え? どんなって、それは………………あぅあぅあぅ」

 ハジメに苦笑いされながら聞かれた内容を答えようとして、香織は更に赤面すると言葉にならない呻き声を上げながら両手で自分の顔を覆ってしまった。とてもハジメと顔を合わせられないといった様子だ。

 そんな香織の様子を見て大体どんな夢を見ていたのか察した女性陣が、それぞれの反応を示す。ティオは「ほほぅ~」と心底面白そうにニヤニヤとした笑みを浮かべ、シアは少々頬を染めて「……香織さんってば」と呟きそっと目を逸らした。

 そして、ユエはと言うと……

「……香織のムッツリすけべ」

 蔑んだ眼差しと、辛辣な言葉で罵倒した。ビクンッと震える香織は顔を真っ赤に染めたまま慌てて弁明する。

「む、ムッツリじゃないよっ。へ、変なこと言わないで!」
「……じゃあ、どんな夢だったか話して」
「そ、それは……べ、別に、何の変哲もない日常で」
「……日常的にハジメを襲っていたと」
「襲ってないもん! ちょっと押し倒しちゃっただけで、その後はハジメくんから……あっ」
「……香織はハジメに近づくの禁止。ハジメが危ない」
「あ、危なくないよ! ハジメくん、違うからね? 私、ハジメくんを襲ったりしないからね?」
「はぁ、はいはい。わかってるよ」
「うぅ~~」

 どうやら香織は夢の中でハジメと“色々”あったらしい。曰く、結局“そう”はならず、何とか誘惑? を振り切り帰還したそうだが……随分と甘酸っぱい青春を過ごしたようだ。

 しきりにハジメの方をチラ見しながら恥ずかしがる香織。その初心な反応にユエの嗜虐心が刺激されたのか、耳元で何やらボソボソと囁いては香織の羞恥心を刺激しているようだ。ユエに苛められてイヤイヤと耳を塞ぎながら首を振る香織の姿は、まるで悪戯猫に追い詰められた哀れなネズミである。

「まぁ、何にせよ、これで俺達のメンバーは全員帰還できたわけだ」
「ですね。それで、彼等はどうしますか?」

 ハジメの言葉にシアが安堵から肩の力を抜きつつ、そう尋ねる。視線は光輝達が収められている琥珀に向いていた。

「そうだな。……最終的には琥珀をぶっ壊して助け出すしかないだろうが、取り敢えず、自力で脱出できるまで待ってみるか。でないと、大迷宮に挑ませた意味がないからな」
「どれくらい待ちますか?」
「う~ん、飯食って一休みするくらいの時間でいいんじゃないか? 俺の場合、おそらく普通にクリア出来ていたんだろうけど、何かムカついて力尽くであの世界をぶっ壊したからな。魔力が一割くらいしか残ってないんだ。ちょっと休みたい」
「……何をしてるんですか」

 シアがハジメに呆れたような視線を向ける。いつもと立場が逆転して、ハジメは非常に渋い表情となる。

「反省はしてる。この大迷宮に挑み始めてから、どうも短絡的な行動が多いんだよな」
「あ~。それは、まぁ、ユエさんをダシに使われてばっかりですから……」
「だが、言い訳には出来ない。ある意味、弱点になりかねないからな。難しそうだが、この機会に克服しておこうと思う」

 殊勝な態度を見せるハジメにシアが感心したような眼差しを向けた。そして、何かを思いついたように、未だ香織を虐めて遊んでいるユエと、それを傍から見てハァハァしているティオを横目に小声でハジメに尋ねた。

「あの、ハジメさん……」
「ん?」
「その、私がユエさんと同じことになったら……やっぱり怒ってくれます?」

 視線は逸らしているがウサミミがばっちりハジメの方を向いている。ユエと同じくらいとまではいかなくとも、自分をダシにされた時ハジメは怒ってくれるのかと、ちょっと聞いてみたくなったのだ。

 ハジメは一瞬お茶を濁そうとしたものの、揺れる瞳で自分をチラチラ見つめるシアを見て、頬をカリカリと掻きながら先の場合とは異なり素直な気持ちで答えた。

「俺が夢の世界をぶっ壊したくなったのはユエだけが原因じゃない。あの世界にはお前もいたんだ。俺は……今、ここにいるシアでないとダメなんだよ」
「あ……えへへ、そうですか」

 嬉しそうに、それはもう嬉しそうに微笑みながらシアはウサミミをパタパタ、ウサシッポをフリフリする。愛らしいシアの仕草にハジメの手も自然と伸びてモフモフ。ある意味、イチャイチャである。

 その後、遂にユエの攻めに耐え切れなくなった香織がハジメに泣きつき、シアがやたら上機嫌なまま香織をなだめ、ユエが満足気に胸を張り、ティオ……のことはどうでもいいとして、食事をとりつつ光輝達が解放されるのを待ったが、体感で三時間ほど待っても出てくることはなかった。

「そろそろ助けた方がいいかもな……」
「……ん、確かに」
「ですね。……区切りつけないとキリないですし」

 ハジメが琥珀を見つめながら、遂に強制脱出を切り出す。ユエとシアも、そろそろ仕方ないかと同意を示した。しかし、そこに香織がストップを掛ける。

「でも……もう少し、もう少しだけダメかな? 雫ちゃん達ならきっと……」

 香織としては雫達の必死さを誰より知っているため、何とか大迷宮を攻略して神代魔法を手に入れて欲しいのだろう。一つでも神代魔法があるだけで生存率もグッと上がる。無事に日本へ帰るためにも雫達には強くなって欲しいのだ。

 ハジメも、光輝達の同行を許可した理由がノイント大量出現という事態に陥ったときの突撃兵にするというものなので、出来れば神代魔法を手に入れて、それを武器に自分達抜きで他の大迷宮を攻略し対抗できるようになっていってもらいたいというのが本音だ。

 なので、香織の懇願するような瞳に肩を竦めて、もう少しだけ待つことにした。それに香織が嬉しそうに微笑み、さり気なくハジメとの距離を詰めようとして、これまたさり気なくユエに阻止された直後、遂に琥珀の一つが輝き出した。

「あの琥珀は……雫ちゃん!」
「やっぱり、一番早かったのは八重樫か」
「ふむ、雫はしっかりものじゃからのぉ」

 溶け出していく琥珀を見て、香織が一目散に駆け寄る。雫は少し呻き声を出しながらも直ぐに目を覚ますと香織に支えられながら体を起こした。

「ここは……香織?」
「うん、私だよ、雫ちゃん。お帰りなさい」
「そう、戻って来たのね。ふぅ、何だかえらく疲れたわ……」

 気怠げに深々と溜息を吐く雫だったが、何かを振り払うように頭を振ると香織に微笑み「ただいま」の言葉を口にした。

 そこへ、ハジメ達も寄って来る。

「随分な寝坊だな。だが、乗り切れたようで何よりだ」
「へ? あ、な、南雲くん……そ、そうね。何よりだわ」

 何故か、ハジメが声をかけた途端、妙に視線を彷徨わせどもる雫。そんな雫の様子を見て、ユエ達が訝しげな表情になる。雫は動揺を隠すように一回咳払いすると、僅かに赤く染まっている頬を隠すように左右を見渡した。

「……光輝達は、まだのようね」
「うん、私達は数時間くらい前には出ていたんだけど、脱出できたのは雫ちゃんが初めてだよ」
「そう、厄介な試練だものね。仕方ないか……とはいえ、随分待たせたみたい。ごめんなさいね?」
「気にしなくていいですよ、雫さん。脱出おめでとうです。……それで、ちょっと聞きたいんですけど……」
「ありがとう、シア。ええ、何かしら?」

 シアの言葉に嫌な予感がビンビンに働くのを感じながら、雫は努めて冷静さを心掛けにこやかに応答した。しかし、実際に質問を実行するのはシアではなく、いつの間にか傍らに移動していたユエの方だったらしい。

「……」
「な、何かしら?」
「……」
「えっと、無言で見つめられても困るのだけど……ユエ?」

 ユエは、何故か雫の傍らからジッとその瞳を見つめている。無言・無表情で瞬きもせず自分を見つめるビスクドールの如き美貌のユエに妙に動揺する心を、雫は必死に押さえつけた。ユエは何かを確かめるように一層、雫の瞳を覗き込むと不意に尋ねる。

「……雫。どんな夢だった?」
「え? どんなって、普通の夢よ。何の変哲もない、ええ、それはもう普通の夢だったわ」
「……普通? 誰が出てきた?」
「誰って、みんなよ。みんな出てきたわよ」
「……そう」

 雫は真っ直ぐにユエを見返しながら、動揺なんて欠片もしていませんというようにしっかりと答えた。もっとも、答えの内容が何とも抽象的でフワッとしたものばかりだったのが雫の内心の状況を表している。

 ユエはもちろん、他のメンバーもそのことには気がついていたが、雫が話したくなさそうな雰囲気をこれでもかと醸し出していたので取り敢えずそっとしておく事にした。あっさり引くユエ達に、あからさまにホッとしたような表情をする雫。

 ちょうど、部屋の中央でお茶の用意をしていたところなので、疲れた表情の雫を連れてティータイムということになった。

 その際、雫が、

「……私がお姫様とか有り得ない……大体、王子役が何で光輝や龍太郎じゃなくて……ブツブツ」

 と呟いていたのだが、それが聞こえていた者はあまり(・・・)いない。

 それから更に数時間、雫の精神的な疲れも十二分の休息によって完全に回復した時点で、未だに戻ってこない光輝達の強制脱出が決定された。流石に、これ以上攻略を先延ばしにすることは出来なかった。

 ハジメやユエが壊しても良かったのだが、今は最適な技をもつ者がいる。

「それじゃあ、香織。頼んだぞ。くれぐれも体ごと“分解”しないようにな」
「うん、大丈夫。実戦の中でなければ、もう制御を誤る心配はないよ」

 香織はハジメにそう言うと、おもむろに琥珀に手を置いた。そして、浸透させるように魔力を放出していく。月明かりのような淡い銀色の魔力光が薄暗い部屋を鮮やかに彩る。香織が自分の魔力を琥珀に纏わり付かせ更に均一にしていく。

「“分解”」

 特に詠唱の必要はないのだが、イメージを確かなものにする為に敢えて唱えた。その直後、光輝達を包んでいた琥珀は、溶け出すのではなく表面からまるで風化するように崩れ去っていき、目で見えないほど細かな粒子になると空中へと霧散していった。

 そして、三分もかからないうちに完全に全ての琥珀は分解され虚空へと消え、規則正しい呼吸を繰り返す光輝達が現れた。正規の手順での解放ではないため、何か後遺症でもないかと雫と香織が心配そうに容態を確認する。

 しかし、その心配は杞憂だったようだ。

「……あ? あれ、香織? 雫? ここは? 俺は、二人と……」
「んあ? どこだ、ここは? 俺は、確か……」
「え? そんな、恵里はっ、恵里……」

 そう時間をおかずに三人は目を覚ました。

 それぞれ直前まで見ていた夢から、いきなり薄暗い穴ぐらへと場面が切り替わったようで少々意識に混乱が見られるようだ。特に、鈴に至っては何もない虚空へ必死に手を伸ばしている。何を求めて手を伸ばしたのかは、その言葉から明らかだろう。それは彼女が見ていた夢の内容も同じだ。それを思えば、自力で夢を振り切れなかったのも仕方ないかもしれない。

 鈴の有様に香織と雫が悲痛な表情になる。いつも元気に笑っていても、やはり、あの手痛い裏切りは彼女の心に深い傷を作っていたようで、その傷は、きっと今も血を流しているのだろう。

 ようやく、先程まで見ていたのが夢だったのだと理解した三人は、しばらく呆然としていた。

 しかし、その後の反応はバラバラだ。

 龍太郎は、どこかガッカリしたような雰囲気を漂わせつつも、直ぐに「まぁしゃあねぇか」と恥ずかしげな表情で頭を掻き、光輝は悔しげに唇を噛み締めている。鈴は直ぐに誤魔化すように笑顔を浮かべたが、余りに痛々しいそれに香織と雫の方が耐えられず二人がかりでギュウウと鈴を抱き締めた。

 と、そんな彼等にハジメが声を掛けようとしたその時、部屋の中央に魔法陣が出現した。

 どうやら全員が琥珀から脱したことで次のステージへ強制的に送られるらしい。龍太郎はともかく、光輝と鈴の精神が不安定な状態なので、もうしばらく休息をとりたかったのだが……どうやらそんな猶予は与えてくれないようだ。

「天之河、谷口、省みている時間はないぞ。備えろ。でないと、お前らの望みは本当の意味で潰えることになる」
「っ……ああ、わかってる」
「う、うん。そうだね!」

 次の瞬間、魔法陣の光が爆ぜ、三度ハジメ達の視界を塗り潰した。



いつも読んで下さり有難うございます。
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。

次回も土曜日の18時更新予定です。
+注意+
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