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第九十六話 戦後の色々

 レイチェルを両腕に抱えたリドウは、アレスブルグの宮廷までやって来た。


 パーティー会場と宮廷は別に作られているため、間近で目にするのはリドウも今が初めてだったが、今まで魔物討伐の折に訪れた幾つかの宮廷よりもずっと立派な造りと手入れの行き届いた外観が伝統の長さと資金力の高さを想像させる。


 夜だというのに慌ただしい喧騒がリドウの鋭敏な五感に届いてくるが、門番の衛兵の一人がリドウを見つけた途端、その騒がしさが一際増した。


「月紅卿ですな!?」

「そちらの……こ、これは……!?」


 リドウが抱えているレイチェルに気づいた衛兵たちが、その血塗れの無残な姿に驚愕する。


「ラウンドナイツのパーシヴァルだ」


 リドウの冷静な声音に、衛兵たちは一斉に息を呑んだ。


「で、では、その者は我々にお任せ下さい。当宮廷には結界牢獄がありますので、そちらへ」

「やめときな。こいつが目を覚ましたら皆殺しにされるのがオチだぜ」

「そ、そうですな。大変お手数ですが、月紅卿にお願い致します」

「ああ」


 隊長らしき男とのやり取りの後、リドウはそのまま案内されて宮廷に入城する。


 その玄関ホールで、リドウはいきなりベアトリクスと顔を合わせる事となった。


 とは言え、ベアトリクスがリドウを待ち構えていたわけではない。彼女は自ら陣頭指揮を取って、“万一の場合”には即座に自国の宮廷戦略旅団を動かせるよう、準備していたのだ。

 リドウの腕前は信頼していても、それに任せて安穏とすべきかはまた別の話だ。ベアトリクスは王族として、武人として、当然の行動を取っていたにすぎない。

 ちなみに、舞踏会の招待客たちは、パーティー会場から去ると同時に、護衛の宮廷戦略旅団と共に宿泊予定の高級宿屋へとっくに引き払っているとのこと。


「リドウ殿!」


 リドウの帰還に気づいたベアトリクスが、明るい顔で彼の名を呼ぶ。


 アレスブルグ宮廷戦略旅団の面々も、初めて見るリドウの姿、その堂々たる風格と精悍な美貌には感嘆しか思い浮かばない様子だ。


「ご無事だったか。それで、この者はやはり、ラウンドナイツか?」

「ああ。パーシヴァルって号らしい」

「パーシヴァル……凡そ五十年前に没した二代目以降は空席だったはずだが、新たに受け継いだ者が既に居たのか……。それで、生きているのか?」

「ああ、色々と吐いてもらわなきゃならねぇしな。生憎と魔力が切れちまって、完全な治療はできなかったんだが、取り敢えず命だけは繋ぎ止めた」

「その方がかえって良かろう。下手に元気一杯でいられるのも困りものだ」


 冷徹な為政者としての側面を見せるベアトリクス。レイチェルが美人だったから助けたのか、という疑惑を端から欠片も抱かない辺り、ベアトリクスもリドウの事をよく理解している。


 その後、取り敢えず宮廷戦略旅団に、準待機を条件にして解散を命じたベアトリクスは、宮廷内の医務局のベッドにレイチェルを寝かせ、監視をしながら、彼女の今後をリドウと相談する。


「正規の手順通りなら、教会の結界牢獄に隔離するところだが……」


 冷徹な為政者としての顔も持つベアトリクスだが、自国の手柄としてしまおうとしない辺りが、どこまで行っても心根が闘士な女である。どの道、リドウを相手に「手柄を寄越せ」なんて言っても仕方ないのだが、そこまで考える事すら彼女は無かったのだろう。


 しかしベアトリクスは、その猶予があるかなと、難しい顔で零す。意識を取り戻される前に隔離できなかった場合、危険すぎるのだ。

 ここからガーラホルン自治領までは、通常手段ではどんなに馬を飛ばそうと八日は掛かってしまう。それまでの間、レイチェルが意識を回復させる事はないと考えるのは、いくら何でも無茶だった。

 必然的に、転移の魔法で運ぶしかないのだが、馬を飛ばして八日の距離を、レイチェルを連れて転移できるような使い手は非常に限られてしまう。それどころか、他人を伴っての空間転移自体が超ハイテクニックであり、残念ながら彼女自身、自国の使い手には心当たりなど無かった。それこそ、リドウの魔力が回復すれば話は早いのだが……。


「人一人の魔力がゼロから完全に回復されるのに要されるのは通常丸二日。術者を含めて二名をここからガーラホルン自治領まで転移させるのに必要な魔力となると、ちょうど丸一日、という計算になるのかな?」

「合ってるぜ」


 できればもう少し早く回復するような特異体質だったり、または回復を早める方法に心当たりがあったり、実は魔力が底を尽いたなんて冗談だったりしないのか? という希望を込めた目でベアトリクスが見てくるのを、リドウはばっさりと一刀両断してしまう。できないものはできないのだから仕方ない。そんな無意味な見栄を張る男ではなかった。


 アレスブルグ宮廷の結界牢獄に隔離し、リドウの魔力が回復し次第、ガーラホルン自治領へ移送するというのも非常に難しかった。結界牢獄から出した後、大人しくリドウに従ってくれるならいいのだが、命懸けで暴れられては甚大な被害が出るのは必至だ。銃弾一発で簡単に人が死ぬ地球とは違い、生物として純粋に強いハイエンドたちを扱うのがどれだけ大変なものなのか、という話である。

 だからと言って、まともに戦える体に回復するまでの時間稼ぎとして、両手足を切り落としてしまえばいい、どうせ治療はできるのだから――というわけにもいかない。敵国の将を……いや、敵国の将であるからこそ、そこまで非人道的な扱いをするなど、少なくともリリス教国家では言語道断である。それがたとえ、自分たちとは思想を違える異教徒であっても、だ。そんなマネをするくらいなら、せっかくの貴重な情報源ではあっても、名誉ある死を与える方が遥かに“上等”である、とリリス教国家では考えられている。

 そのくせ、拷問の類は認められていたりするのが不思議なところなのだが、その違いは『人として決して越えてはならない領分』という判断に因むらしい。


 丸一日、レイチェルが意識を取り戻さずにいてくれたらいいのだが、そんな希望的観測に縋れるほど楽観的な人間だったら、ベアトリクスはそもそも優秀と謳われてはいない。


 むぅ、と考え込んでしまっているベアトリクスに、リドウも案を出す。


「雪華さんはどうしてるんだ?」

「今日はちょうど、ギルメキア大陸で討伐に出てしまったばかりだったはずだ。今から連絡を取るだけでも丸一日……最悪は数日を要されるな」

「なら、次善策だな」

「何か?」

「俺の魔力が回復し次第、起きちまってたら、もういっぺん物理的に気絶させて運ぼう」


 ベアトリクスは一瞬目を見開いたが、すぐに眉をひそめてリドウを見つめる。


「その意味が分かっているのか? 結界牢獄にあの女と一緒に入らなければならない瞬間ができてしまうのだぞ? 我が国にも無手術を極めた使い手はいない。あなた以外では、気絶させるつもりが殺してしまいました、なんて事態になりかねん」


 結界牢獄に入った瞬間、リドウが負けて人質に取られてしまうのが一番まずい。他に手を考えるべきだとベアトリクスは主張する。

 と思えば、彼女はベッドで死んだように眠っているレイチェルをちらっと見る。


「少々、異常なくらいの美人だな。しかし、あの耳は何だ? 奇形なのか? もしくは――」


 ベアトリクスもリドウと同じ疑問を抱いたらしく、重苦しい声で言う。


「――既に覚醒した魔王なのか?」

「いや、魔王じゃねぇな。ハイエルフ、とかいう異世界特有の霊長類らしい」

「ふ、ん? よく分からんが……純粋な人間とは体質が違う可能性を考慮すれば、下手に薬物の類を用いるわけにもいくまい。薬物が効いている素振りをされるのも危険だが、殺してしまっては全てが無意味だ」

「だから、そんな手を使わずとも、俺がやるっつってんだろ。幸い、相手は魔道士な上に手負いだ。能力がなきゃ、俺はむしろ遥かに有利だぜ」

「しかしな……」


 ベアトリクスは少しでも危険性を考慮して異論を申し立てるが、彼の自信満々な様子に、結局それしかないかと、最終的には納得して折れた。


「それと、シルヴィアは今どこに居るんだ?」

「カッスル大陸全体の意見調整に走り回っていらっしゃるはずだが……」

「パーシヴァルから色々聞き出すのに、あの女の力が欲しい。今すぐ連絡を取って、できる限り最優先でこっちに来いと伝えてくれ」

「分かった。ラウンドナイツを生きたまま捕縛したあなたの功績は比類なきものだ。そのあなたの依頼であると言えば、そう時間は掛からずに済むだろう」

「よろしく頼む。とにかく、俺はあの女を牢屋に放り込んだら、見張りも兼ねて牢屋の外で寝る。睡眠を取った方が回復も早いからな」

「分かった。あとは任せてくれ」


 その後は言った通り、リドウは衛兵に案内されて結界牢獄までレイチェルを抱えて行き、外の壁に寄り掛かって、刀を右手で抱えながら座り込むと同時に眠ってしまった。


 それを見て、リドウの小間使いをベアトリクスから任じられた騎士の一人は思った――眠っているはずなのに、いつ襲い掛かっても自分が殺されるイメージしか湧かない――と、戦慄と共に冷や汗を流して。

 この騎士に“そんなつもり”は一切無かったが、ランスロット卿を撃破し、今もラウンドナイツの一員を生きたまま捕縛してみせた桁違いの実力者の傍に控えていなければならないという行為が存外に神経をすり減らせるせいで、益体も無い事を考えてしまったそうだ。










 レイチェルの移送に問題は何ら発生しなかった。彼女は結局、それから四日間近くを眠り続けたのだ。


 移送の際、リドウ自ら結界牢獄に入り、脈や瞳孔の感じから、確実に意識が無いのかを確認したりしていたが、魔王と同じく、肉体自体は人間の生理反応と同じ状態を見せていたため、問題は無いだろうと即座に判断すると、牢屋を出た瞬間にガーラホルン自治領まで転移した。結果、レイチェルが結界牢獄から外に出ていられた時間は実に僅か十五分弱という、超スピードの移送劇だった。


 リドウはついでにレイチェルの肉体を完全に治療してしまったのだが、既に待機していてくれたシルヴィアから、その理由を不思議そうに問い質されたものだ。


「どうしてわざわざ?」

「せっかくの美人だからな、目に楽しくないよりは楽しい方がいいかな、と」

「拷問するにしても、女を冒涜するような外法はあたしが許さないよ」

「するか、んなこと」


 凌辱の限りを尽くすような尋問など認めないと言うシルヴィアの顔は笑っており、あくまでも冗談でしかなかったようだが、冗談でも自分がそんな人間だなんて思われてはたまらないと、リドウは盛大に顔を顰めて抗議したそうな。


 更にその翌々日、魔力が完全に回復してから再びアレスブルグを訪れ、ベアトリクスを回収する。想定外にも長時間に及んだ彼女の不在の影響は大きかったが、それですらレイチェルの確実な確保が優先されたわけだ。

 何せ、ナイツ・オブ・ザ・ラウンドと言えば、その情報はロンダイク聖教の最重要機密事項の一つ。完全に判明しているのは構成員数くらいで、それにしても増員と同時に判明するわけではなく、この過去類を見ない国際的緊張状態の今、もしかしたら構成員が既に増えている可能性すらある。つまり、ラウンドナイツに相応しい実力者が、だ。都合よくそんな実力者が現れるとは思えないが、ロンダイク聖教側が長年温めていた計画であると思われる以上、それ以前から秘匿をより厳重にして、リリス教側に知られないように努めていた可能性は十分に考えられた。

 構成員の詳細についてもハッキリしている者の方が少なく、ランスロット卿たるアレクサンドル・ラヴァリエーレは『シュトルムハイムの悪夢』の一件があったからこその例外中の例外であり、彼らの正確な情報は今のリリス教国家にとって、喉から手が出る程に欲しい物の一つだった。

 その構成員の一人を“生きたまま捕縛”できたのだ。意見の纏まり自体は他の大陸よりも遥かに進んでいるアイルゼン大陸であるし、ベアトリクスの早期帰還よりもレイチェルの身柄の方が重視されるのは至極当然と言えた。


 しかし、レイチェルを確保し続けるのも一苦労だった。


 結界牢獄はシステム上、闘気や魔力に対して“内側から”はほぼ無敵を誇る。相殺するキャパシティと同等の魔力を常にエネルギーとして必要とするため、動力源として等価値の魔道士に魔力を消費させるか、もしくは等価値の魔石を消費するかであり、どちらにしても、魔道士への報酬や魔石の代金なりで、少なからず資金が要される。

 儀式魔法とは複数の魔道士たちの魔力を集約する事や、代わりに魔石の魔力を用いる事で、一人の人間ではとても起こせない現象すら実現を可能とするが、意図的に魔力を増幅させて扱うような事は、少なくとも現在の人類の技術では不可能なのだ。

 魔力だけで見積もればリドウすら凌駕するレイチェルを常時抑えつけておくとなると、どれだけの資金が要されるものか、一般人が聞けば、あまりの額面に驚くよりも、数字が膨大すぎて意味が理解できずに目を回す事だろう。

 が、そこは国際リリス教連盟としての資金力があれば問題にならない。


 しかし何せ、レイチェルは魔法以外に植物操作という異能を持っている。それの使用には魔力による働き掛けが要らなそうだというリドウの警告から、果たして結界牢獄だけで大人しくさせておけるかという不安があった。

 結果、リドウとシルヴィアが交互に常時監視する事となってしまい、必然的に二人が他の仕事に携わるのが困難になってしまった。あくまでも『協力者』でしかないリドウはともかく、教皇の次に大きな権限を手にして色々と動き回っている『聖帝』たるシルヴィア・ロウが拘束されてしまったのは大きな痛手だったのだ。


 シルヴィアの代わりに雪華を持ってくればいい話でもあったのだが……以前にシルヴィアが雪華を指して『戦闘馬鹿一代』と評したように、高々監視任務すら性格的に不向きだそうで、言っても無駄だとは、雪華とは親友付き合いをしているシルヴィアの言だった。


 そして、レイチェルが大聖堂地下の結界牢獄に移送されてより三日が経とうとする頃。


 リドウは部屋で、珍しく酒類以外の飲み物である紅茶を頂きながら、片手に本を持って優雅なティータイムを過ごしていた。

 ベッドの方ではリュリュが寝転がり、暇そうに足をぱたぱたと動かしている。こういう姿だけを目にすると、本当に子供にしか見えない、堂に入ったお子ちゃまっぷりだ。別に彼女がそういう姿を意図して演じているわけでも決してないわけだが。


「ん?」


 それがある時、唐突にリュリュが疑問の籠った声を上げた。


「どうした?」

「……城にアレクサンドル・ラヴァリエーレと従者のカタリナ、ガルフと部下のクリス、あと高坂愛奈が戦ったってゆーアグリアが来たらしい」


 本から顔を上げてリュリュを見たリドウは、語られた内容に目を見張った。


 次いで、面白そうに笑う。


「丁度いい、ラヴァリエーレに答えるように伝えろ」

「了解。なに?」


 リドウの口から語れた内容の全てを通信魔法でリュリュが伝えると、どうやらアレクサンドルは特にこだわる事なく答えてくれたようで、すぐに回答が来た。


「ん、と……」


 リュリュはこめかみに指を当て、目を閉じて眉間に皺を寄せながら口を動かす。


ガウェイン卿、カイン

トリスタン卿、オーガスト・ブランシュ

モルドレッド卿、エリザベート・アンブロシアス・グレイスハルト

ユーウェイン卿、メザリア・イルキス

ガレス卿、トルトリン


 そして……


「――パーシヴァルのレイチェルは確かにいる。ハイエルフと名乗ったのなら間違いあるまい。さっそくヤリあったようだが、勝ったか。まあ、私に勝利したくせに、パーシヴァル如きに負けてもらっては困るな。はーはっはっは!」


 どうやら、向こう側でアレクサンドルの言葉を伝えている侍女が、一言一句違わずに伝えているようで、高笑いの部分まで律儀に抑揚の無い声で再現するリュリュ。こういう悪ふざけが好きな子でもあるので、律儀と言うよりも『わざと』と言う方が正しいのだろうが。


「私が離れて以降に入れ替わりがあったようなら知らん――だそうだけど?」

「レディは現在確認できてるのは五名、最多時でも六名っつってたが、あの野郎を含めれば既に七名だったのか……」


 それだけラウンドナイツ関連の情報を入手するのは、国家規模でも困難だという事かとリドウは考える。


「パーシヴァルの特殊能力については知らなかった。そんな事なら一度殺し合っておくべきだったかな。まあいい。ラウンドナイツに限らず、勇者は異世界特有の能力を持つ者も少なくない。ラウンドナイツの連中はそれ抜きでもまあまあ戦りはするがな。トリスタンもその口で、そいつや他の連中も、切り札として教会に対してすら隠している可能性は十分に考えられる。が、どの道それについて教えるつもりはない。それくらいは己の力で打ち破ってみせろ、私に勝利したのだからな――だって」

「ふん」


 アレクサンドルの挑発的な物言いに、面白そうに笑うリドウだ。


「パーシヴァルを説得できるかも知らん。元々ラウンドナイツ級の戦闘力を持っていたらしく、召喚とほぼ同時にラウンドナイツに加わった女だ。あの女が勇者として召喚されたの自体がつい最近で、その召喚も例の大規模召喚の更に後の話だからな。私はラウンドナイツの連中と馴れ合う気が無かったから、余計に付き合いは無かったのだ。まあ、貴様の手管で誑し込んでみればどうだ? 容姿だけなら、あれは極上だからな」


 ふはははは、と抑揚の無い高笑いが再びリュリュの口から発せられる。


「最後に――」


 瞬間、リュリュは微かに目を丸くする。


「どうした、リュー?」

「最後に……例の伝説級同時襲撃の首謀者が誰かは知らん。最終的にガウェインがゴーサインを出したのはまず間違いなかろうが、あれは案外と甘い男でな……そう、まるで貴様のように」


 実はこの時、向こう側ではアレクサンドルが「くくっ」と含み笑いを零していたのだが、この話題に関しては冗談を挟めるリュリュではなかった。


「最初に企んだのは別の人間であろう。しかし実行犯は十中八九、ユーウェインであろうな。私やパーシヴァルともまた別の世界から呼び出された女で、そいつが保有する特殊能力はずばり『魔物使い』。七十階程度の魔物なら完全に操れるようだが……まあ、ここまで言えば、貴様ならあとは理解できよう。ただ、計画したのがユーウェインである可能性も高くはなかろうな。あれはモノグサの極みだ、わざわざ自ら面倒を買って出るような事はすまい」


 リドウの瞳がギラリと光る。『誰から順にこの手で落とし前をつけるか』を判断するために、できるだけ詳細な情報を求めたのは自分だが、ここまで懇切丁寧に答えてくれるとは、あの男には感謝せねばなるまい、と。


「これで全て答えたな? あとは私からの忠告だ――精々腕を磨いておけ。次にまみえた時は、必ず貴様の余裕ヅラを崩した上で、私が雪辱を果たす」

「情報料の謝礼代わりに、次もぶっ潰してやるぜ、ラヴァリエーレ」


 本気で勝利しに行くのが最高のお礼になると言うのだから、バトルジャンキーとはほとほと度し難い連中である。


「……伝えた」

「それと、ついでにサリスへ繋いでくれ」

「人使いが荒い」


 と苦言を呈しながらも、リュリュは言われた通りにする。


 その後、幾つかのやり取りがあったが、


「分かった。ご苦労さん、リュー」

「べ、別に若様のためなんかじゃないんだからね」

「だから、そりゃ棒読みで言う台詞じゃねぇだろ、絶対ぇ」


 そんな心温まるやり取りから更にしばらくすると、不意にラクセスが訪れた。


「どうした?」


 部屋に入れたはいいが、ラクセスは沈んだ顔で黙っているばかりで、何も話そうとはしない。


「……私は他に行ってる」


 リュリュが、自分が居ると話しづらい事なのかと気を利かせ、外に出ようとベッドから下りるが、ラクセスがはっとしながら、別に“そういう話”ではないと、慌ててそれを止めた。


 それを切っ掛けにラクセスは再起動を果たし、ぽつりと、しかし力強い声で言う。


「私を……強くしてくれ」


 リドウは目をすぅっと細める。ラクセスの台詞の意味が、ただ『稽古をつけてくれ』という事ではなく、己の全てを力と引き換えにする決意を固めた上での、容赦無き鍛錬を求めているのが彼には判ったからだ。


「本気かい?」

「どうせ“二度”死んだ身だ」


 ゆっくりと、しかし躊躇いの色は無く頷くラクセス。おそらく、一度目はかつてリドウに敗北し、その後に己の勇者と決別した時を指し、もう一度はケルベロス戦での致命傷を言っているのだろう。前者は彼女にとって精神的な死であり、後者はリドウの回復魔法が無ければ死んでいたという意味なのであろう。


「分かった」


 リドウは手に持っていた本を閉じて、テーブルの上に置き、ラクセスを正面に見えるよう体を向ける。


「これから“お前さん”用のトレーニングメニューを組む」

「お前が直接見てくれるわけではないのか?」

「お前さんの場合、それ以前に基礎力が圧倒的に不足してんだよ」


 リドウは煙管を取り出し、それをぴこぴこと小さく振りながら方目を瞑って言う。


「おそらくお前さんは旅に出るまでの間、闘気を用いた剣術を主軸に教えられてたんだろう。それはそれで大切なのも間違っちゃいねぇが、そのせいで下半身と体幹全般が明らかに弱い。これは闘気を用いてると一定以上には絶対ぇ身に付かねぇもんだからな」


 以前、天武リーチェンが、弟子に取ったシャイリーを見て、それまでに彼が行ってきた鍛錬内容を明確に推理してみせたように、このクラスの使い手になると、少し実戦形式で相手をしてみれば、その人物が今までにどんな鍛え方をしてきたのかは容易く看破できてしまうようだ。


 実際にラクセスは心当たりがあるらしく、無言ながらも、驚きが若干籠ったような、そして神妙な表情でリドウの言葉を肯定した。


「実は気功士にとって、これは戦力を決定する上で最も重要な要素の一つだ。要するに、お前さんの肉体の内面は全体的にバランスがよろしくねぇんだ。その肉体的な歪さは気功士の戦闘力……以前の武術面に極めて大きく影響するんだが、これを鍛えるには闘気を用いずの地道な反復トレーニングが必須な上に、これがまた地味でクソつまらねぇし、半端じゃなく苦しい。そのせいで、気功士は疎かにしがちなんだ。雑魚が強くなりにきぃ大きな理由の一つだな」


 強くなるというのは大変なのだ。闘気が『特別チートな力』であるのは厳然たる事実なのだが、そればかりを鍛えていても、真に強くはなれませんよ、と。

 一条千鶴にも、旅の間、リドウは常にやらせてきたし、そうしている姿を赤の他人に見せる趣味は無いので、ラクセスは一度も目にしていなかったが、彼自身だって怠った覚えは無かった。


「お前さんの場合、その肉体的な歪みをまず修正しねぇことには、今以上の成長は難しいだろう。もちろん、今まで通りの鍛錬を続けるだけでもそれなりに強くはなれるだろうが、爆発的な成長は望めん。遠回りと思えるかもしれんが、本当に強くなりたきゃやるっきゃねぇ。同時に、後先考えずにキャパの増大訓練もする。これは睡眠前に全力で闘気を振り絞るだけだが、これもかなり辛い。それでもやるか?」

「やる――やってみせる!」


 リドウは嫌味の籠らない風情で口角を微かに吊り上げながら話を続ける。


「どんなに苦しくても、お前さんはメニューの内容を必ずやり遂げろ。毎日だ。基本的に、自主トレの部分に俺は関与しねぇ。俺が見てねぇ所だからってさぼったり、てめぇ自身を甘やかしたりするような精神力じゃ、俺がどれだけの訓練をお前さん自身に施そうが無意味だ。忘れるな」

「ああ……ッ」


 ラクセスは力強く頷いた。


「なら、今日のところは部屋に帰ってゆっくり休んでおけ。明日からは地獄だぜ」


 覚悟しておきな、と笑いながら暗に告げるリドウに、ラクセスは再び力強く返事をしてから部屋を辞そうとする。

 その背に、思い出したような彼の声が投げ掛けられる。


「そうそう、ラクセス」

「ん?」


 振り向くラクセスの目に映ったリドウは、悪戯っぽい、それでいて何か困ったような笑みを浮かべていた。


「俺は月紅と呼ばれる事を認めはしたが、好きなわけじゃねぇからな」

「え……?」


 “そんなつもり”、ラクセスには無かった。本当にそんな認識ではなかったのだ。

 珍妙な顔で固まってしまった彼女を見ながら、リドウはふっと微笑する。


「いや、なんでもねぇ。また明日な」

「あ、ああ……」


 困惑が隠せない顔のラクセスが居なくなると、リュリュがしたり顔で口を開く。


「……女心は複雑」

「だなぁ……少しくらいは想像できても、理解まではできねぇよ、俺如きじゃ」

「嘘つき。さっさと抱いてやっちゃえば、あいつも楽になるのに、若様も意地が悪い」

「お前、どっちの味方なんだよ」


 顔を顰めながら抗議するリドウだったが、リュリュはすまし顔を崩さない。


「……あいつを一条千鶴やベアトリクス=ファン・クラウンディと一緒に思っているようなら、若様への教育が足りなかったのかと、私と侍女長が泣くぞ」


 テーブルに載っているティーポットに魔法でお湯を用意し、リドウの使っていたティーカップを勝手に奪い取って、お茶を用意しながら、その顔は大きな弟を横目にじとーっと睨んでいる。


「あれは典型的な、薄弱な精神を強気で外装している女だ。一度でも若様に抱かれてしまったら、ずるずると溺れていくのを本能的に恐れているのに、自分では気づいていない。だから、若様を一人の男として認識してしまわないよう、無意識の内に警戒して『月紅』という記号で認識しようとしているんだ。なのに、若様を『リドウ』として認識しろと要求するなんて、若様は酷な事をする」


 上目づかいながら、じとーっとした視線のままでお茶を啜る。


「……だから、いっそのこと、さっさと振り切らせてやればいいんだ」

「それで、あいつを楽にしてやったら、その後のあいつはどうすりゃいいんだよ」

「そこを上手くコントロールしてこそ、私たちが育てた女殺しのめんも」


 にんまりとした唇のリュリュ、その頭がこつんと叩かれて、ちょっと涙目になってリドウを見上げる。


「人の心は、お前が思うよりも遥かに複雑怪奇なんだよ。あんま軽々しく言うな」


 ぶぅ、と唇を尖らせるリュリュを放って、リドウは紙とペンを用意すると、ラクセス用のトレーニングメニューを記し始める。煙管を口の端に加えながら作業をするその表情は、


「……若様、楽しそうだな」

「まあな」


 リュリュの言う通り、リドウは楽しんでいた。


 正直、今から本格的に鍛えても、酷な話だが、破壊神の一件でラクセスが役に立つ事は殆ど無いだろうと思うリドウがいる。

 しかし、十年後、二十年後に、もしかしたら自分を脅かす使い手が一人でも増えるかもしれない。既に闘気に目覚めていて、しかもそれなりのレベルには滞在するラクセスならば、それは決して有り得なくはない未来なのだ。それはリドウという男にとって、とても望ましい話だった。


 トレーニングメニューの考案はリドウにとって容易い仕事だった。元々、これからラクセスを本気で強くしようと思ったらどうすべきか、とは以前から考えていたから。ただ、本人から望まれなければ何も意味が無いと思って黙っていただけで。


 そうして紙に筆を走らせ続けている最中の出来事だ。再び部屋に不意の来客があった。


 ノックの音に入室の許可を出せば、現れたのはベアトリクスお付きの騎士で、よくリドウとの連絡係に使われているミッチェルくんだった。


 伝言内容はレイチェルが意識を取り戻したという事で、しかもシルヴィアが急いで来いと呼んでいると言う。

 リドウは薄っすらと目を細めながら応えると、メニューを書き留めている最中だったが、それは後回しにしたらしく、レイチェルには特に興味は無いと言うリュリュを部屋に残して行ってしまった。

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