第七十八話 新たな旅の始まりと……
大変お待たせ致しました。
そこは質素な部屋だった。中央に丸いテーブルが置かれており、その周囲に数脚の椅子が置かれ、テーブルの中央に大きな燭台が置かれているくらいで、他に物らしい物は見当たらない。
そのテーブルについている男女数名の人物たち。
「やはりラヴァリエーレが裏切ったのは確かなようだな」
と、ある男が言う。
「元々時間の問題だった。あの男を飼い慣らしておけると考える方が間違っている。今まで大人しくしていたのは他に大した目的が無かっただけだ。目の前に餌がぶら下がれば駆け出すのが当然だ。いくら資金不足だったとはいえ、こちらから隙を与えてやることもなかろうに」
と、これは女だった。
「おーっほっほっほ!」
別方向から甲高い笑い声が響き渡る。
「己を棚に上げるのもいい加減になさいな。それはあなたもでしょう?」
と、他の女が軽い調子で、しかも優雅におほほと笑いながら言うと、対する女はぴくりとも動揺せずに鼻を鳴らした。
「当然だ。我の目的はあの魔王のみ。貴様らとつるんでいるのは互いの利害が一致しているからでしかないのを忘れてくれるな」
「ホント、綺麗な顔してらっしゃるのにつまらない女ですこと。流石はハイエルフ、お堅いことお堅いこと」
と、口元を手で押さえながら、完全に笑っている目で、自らがハイエルフと呼んだ女を見ている。
「人間如きが、我々至高の血族に抗えるなどと思い上がっているようなら、考えを改めた方がいい」
「耳長族如きが、いつまでも世の中の広さを知らずに井戸の中でのた打ち回っていられたらよろしかったのに、ですわね。おーっほっほっほ!」
「殺す……ッ」
「上等ですわ……ッ」
一触即発の空気が醸し出されるが、他の面々は特に慌てる様子を見せることなく、平然としたものだった。
「ちょっとぉ、止めなさいよぉ」
今度は別の女が二人の仲裁に入る。やけに色っぽく耳朶を擽る声だった。
「仲間割れしていられる状況じゃないでしょ?」
「貴様らと馴れ合った覚えは無い」
「まあそう言わずにさ。あなたが長年の標的に再び出会える機会を得られたのは少なくともこのロンダイク聖教のおかげでしょぉ? 狂嵐を殺してくれたら、一勇者が上げる成果としては十分でもあるけどさぁ、多少は他でも貢献してくれてもいいんじゃなーい? それともぉ……ハイエルフって種族は他の種族から恩を受けても返す必要なんて無い、なんて考える恩知らずの高慢ちきなかしらぁ?」
「…………」
彼女はどうやら反論の言葉が思い浮かばないようで、ちっと舌打一つ。
「流石は男に尻尾を振るのがお得意なだけはあるな。人を誑かす術はお手の物か」
「尻尾振ってなんかないわよぉ。むしろあたしってば振らせる側だしぃー」
そこは間違いちゃいけないと優雅に指を振るが、怒った様子は特に見当たらず、けらけらと笑っている。挑発したハイエルフと呼ばれる女の方は諦めたのか、嘆息して全身の力を抜いた。
「だけどさー……多分、状況から言って、あいつが負けたってことだろ? 月紅って奴に。スパイくんたちの報告でも、向こうじゃそう知れ渡ってるみたいだし」
軽い口調で、声もかなり若い男の声だ。
「所詮は人間。己の力に溺れて油断したのだろう」
「それ、本気で言ってる?」
「…………」
「自分でも信じてないことは口にしない方がいいと思うな」
「確かに。単純な戦闘能力では、我々の誰もが及ぶまい」
これは最初に発言した男だった。
「歴代最強という評価もあながち間違ってはおらんだろう。それ程までにあの男の力は常軌を逸していた。それがサシで負ける使い手が存在するとなると、あちらの戦力が一気に一割……いや、それ以上に増したと思って構うまい。これは尋常ならざる事態だ」
「上手くいかないよね。新しい子たちを秘密に育てようと思ってたら失敗しちゃって、準備が整う前に計画が露見する恐れが出てきたから、今度は魔物ちゃんたちを使って時間稼ぎしよう。ついでに戦力も削っておこうって名案が思い浮かんだ所までは良かったけど、まさかそんな化け物が現れるなんてね」
「どっちにしろよぅ、さっさと新しいランスロットを決めようぜぇ? なあ……」
また新たな男がねっとりした声で、
「ガウェイン卿」
これまで黙っていた最後の一人の名を呼ぶ。
「安心しろ、ガラハッド卿。お情けで我々と並び立つ栄誉を授かった貴様如きにそれは無い」
「んだとぉっ!? やるってのか、パーシヴァル!?」
「卿を付けろ、人間。我々ハイエルフは侮辱を看過しておくほど大人しい種族ではないぞ」
「落ち着きましょう、皆さん」
途端に全員が口を閉じた――ガウェイン卿と呼ばれた男が口を開いた途端にだ。
「新しいランスロットは決めません」
先ほどガラハッド卿と呼ばれた男や、軽薄な口調の男。この二人が小声でざわつきを漏らしたが、他の面々は静かに眉を跳ね上げるだけだった。
「ナイツ・オブ・ザ・ラウンドテーブル。我々のこの座は初代筆頭のアーサー卿がご提案された物ですが、彼の世界では元々、上座と下座を区別することなく、皆が平等であるようにと意図して作られたものだと聞きます。であれば指揮官としての役割が求められての事とは言え、ランスロットの席が正一位であったこれまでの方がおかしいのです」
「一理あるかしらねぇ」
「同意する」
「我は元々、こんな席などどうでもいい」
「わたくしもですわ。そもそもわたくしはラウンドナイツの席だってどーでもよろしいのです。ま、この女が一位になるというなら話は別ですけれども」
多数決でも五対二となった上に、この五名はラウンドナイツの中でも、現在のメンバーの中では見事なまでに実力で言えば一位から五位が揃い踏みだった。こうなってはその席に拘りを持つらしい他の二名も反対し続けるのは難しかったようで、不承不承ながら大人しくなった。
高飛車な口調の女の余計な言葉にハイエルフと呼ばれた女が過敏に反応し、二人が再び視線で火花を散らしているのははなはだ余談だろう。
「いずれにせよ、我々は失敗を犯すわけにはいきません。これは最初で最後の聖戦です。これをしくじれば我々ロンダイク聖教とリリス教の立場の差は歴然となり、永遠に魔王を――魔神を滅することは叶わなくなるでしょう。今はつまらない柵に囚われていないで、各々の使命を全うすることだけを考えましょう」
「うむ」
「了解しましたわ」
「言われずとも、我は我の使命を全うさせてもらう」
「ま、てきとーにやるわよ」
「同じく」
「ちっ、取り合えず、言われたとーりにはしてやるよ」
それぞれに同意を返すことで会議は終わったようで、一同は同時に席を立つと、散り散りの方角のドアへと消えて行った。
魔王城から旅立ったリドウとリュリュはまずスワージの遺跡に向かった。
当面の目的地はアレスブルグ第一王女、ベアトリクス=ファン・クラウンディなので、どの道ここが一番近かった。
第二階層のセーブポイントに出現した二人は、そこから更に第一階層へセーブポイントから転移するのではなく、自力で外へ魔法によって転移を行う。
空間転移はリュリュも可能としているが、二人くらいでアバウトな転移ならリドウには十分できるので、彼一人で行使した。
現れた先は二人の居た場所からちょうど真上のお空。地上百メートルほどの上空で、眼下では夜にも拘らず未だ煌々と明かりの灯る繁華街や歓楽街の喧騒が、十分にここまで届いてくる。
リドウはリュリュを抱えたまま、音も無く上空を飛行する。万一にも見つからぬよう、隠形結界も同時に発動させている。
しばらくそのまま飛行していると、唐突にリュリュが口を開いた。
「若様」
「外界で若様はよせ」
「……いや」
リドウが注意するが、リュリュはぷいっと顔を背けて拒否した。
「若様は若様だ」
「命令だっつったら?」
「聞くけど、拗ねる」
淡々とした調子で言うが、紛れも無い本音だろう。当然リドウはそれを理解しているし、この小さな姉が拗ねると本気で面倒なので、どうせラスティアラのせいでベアトリクスにはバレていることだし、もういいかと諦めのため息をつきながら煙管を取り出した。
極めて高速で空を飛んでいるのにと思われるかもしれないが、そもそもリドウたちの髪の毛や衣服が風に靡いてすらいない。実は飛行、風圧遮断、隠形結界のトリプルが常に行使されていたりする。並の魔法使いがこれを目にすれば目を剥いたこと間違いない……何つー無駄に繊細なコントロールかと。
「で、何だ?」
「隠形くらい受け持つよ?」
「いいよ。これも鍛錬だ」
「……今更その程度でレベルアップできる次元じゃないくせに」
「煙管に火を点ける瞬間はクワッドだぜ?」
「……そんな戯けたことで超絶技量を何気なく行使する若様に脱帽。そこに痺れる憧れる」
ふぅっと気持ち良さそうに煙管を吹かすリドウ。何の苦労も感じさせないその気楽な様子に……リュリュはとっても満足そうにむふっと唇を緩めている。基本的にこの子は、この大きな弟が『スゴイ』という事柄に関しては何でも嬉しくなっちゃうブラコンであった。
今更ながら、二人はベアトリクスの所まで、このまま飛んで行くつもりだった。今は時間が惜しかったので、悠長なことを言っていられないと。転移魔法は残念ながら、正確な座標もハッキリしないで使用できる物ではなかった。
場所は彼女の国であるアレスブルグ王国ではなく、このアイルゼン大陸中のリリス教会を統括している中央教会が座するガーラホルン自治領だ。
自治領と名はついていても、ここはアイルゼン大陸中央教会の建物だけが領土で、実質的な国民は教会で働く関係者だけであり、生産性は皆無な彼らに対して税金が発生するわけでもなく、本質的な意味での国民も皆無と言っても過言ではない。ちょうど某国の某市国みたいなものだと思えば理解し易いだろう。
各国に対して平等に接する旨を好しとするリリス教にとって、各国の干渉を一切受け付けないためにも、各大陸を統括する中央教会はどこもこうなっている。
ちなみに、運営費はもちろん善意の寄付だ。地球でも大金持ちは慈善事業を自ら行うか、そうした団体に多額を寄付するのが常識みたいな部分があるが、それがリリス教国家ではリリス教会への寄付とほぼ同じ認識でよく、聖職者たちがリリス教会の運営にだけそれを用いる――要は贅沢三昧するわけではなく、慈善事業なら彼らがちゃんとやっている。多額の寄付が自分たちのイメージアップにちゃんと役立つので、怠る金持ちは滅多に居ない。高度情報化社会でなくったって、為政者を筆頭とする大金持ちたちにとって、自分たちの評判というのは全く馬鹿にできないのだ。
ベアトリクスは国に帰ると同時に逸早く例の件の危険性を訴えたが、ほぼ同時に発生した伝説級モンスターによる各国同時襲撃事件によってそれどころではなくなり、今はリリス教会の依頼――と言うよりも、実質的には下命を受けて、そのガーラホルン自治領で総指揮を執っているらしい。
ちょうど【聖帝】が滞在していたので、彼女から直接依頼されては流石のベアトリクスも否とは言えなかったし、言っていられる悠長な状況でもなかった。
その聖帝さん自身は既に各国の魔物退治にせっせと繰り出しており、ここ百年以上も大戦から遠ざかっているせいで争い事には造詣が乏しい教会の聖職者たちよりも、軍事に秀で、自らも戦え、また誰もが納得する地位とカリスマを持つベアトリクスに自分の代役をお願いしたのだ。
残念ながらベアトリクスでは単独で伝説級モンスターを退治できるレベルではなく、また他国の救援で彼女を失うと色々と面倒なため、このような選択肢しかないという一面もあった。加えて、これまで国事から離れて旅をしていたおかげで、他に何か仕事を抱えているわけでもなかったので、動かし易かったという一因もあった。
また、聖帝さんはアイルゼン大陸だけに拘ってはいられず、危険度の高い地域から順に世界中を回らなければならない。それ自体は教会が独自に保有する転移魔方陣があるので然程時間は掛からないのだが、流石に場所が多すぎたし、分布図も広すぎた。転移魔法と言っても任意の場所へ自在にテレポートできるものではなく、各中央協会と教皇庁を繋ぐだけで現在の人間の技術力の限界だった。だから彼女がブランカ帝国の救援に来るにも『タイミング』の問題で時間が掛かってしまったのだから。
伝説級上位以上にランクされる化け物も少なからず出現しており、そういった場所を彼女は優先しているわけだが、下位レベルでも独自の対処が困難な国もまた少なからずあるのが厳しい現実で、余裕のある国、また魔物の襲撃を受けていない国も、いつ自国が更なる脅威に晒されるか判らないという現状で他国に対してどうぞどうぞと戦力を貸し出せるものではなく。
結果、遊撃に出られるのは教会保有の戦力だけとなり、その中で伝説級と真っ向から戦えるのなんて聖帝さんくらいしか存在しなかった。
何せ教会保有の神殿騎士なんぞ、少なくともリリス教においては完全な名誉職。武力で他者を威圧するという思考がそもそも存在しないリリス教だったりするので、教皇庁を筆頭とする自治領の安定のために一応の武力を保有してはいるが、基本的にそれ以上の意味で行使されることはない。大戦ならば各国家がちゃんと戦力を出してくれる。
なので、安定したお給料で贅沢したい能力者は各国家の宮廷戦略旅団に所属するのが一般的で、よっぽど信仰心が厚い者でもない限りは神殿騎士に就職なんてまずしない。
とは言え、信仰心の厚い優秀な能力者も一時代に何人かは必ず存在するもので、彼らは総じて熱心に鍛錬を怠らないため比較的強い。何せ崇める対象が世界最強のお方であり、戦うことを悪いと仰るどころか、むしろ全力で肯定してくれているのだから。ただしその力を専守防衛以外で己より弱き者に振るうことを決して好しとしていないだけで。
が、今は歴代でも完全に最強格の聖帝さんが存在する反動なのか、なぜか他に優秀な才能を持つ能力者が殆ど皆無で、戦力的なバランスとしては変わらないのだが、現在のような事態における対処能力にはどうしても乏しくなってしまう。
あとは冒険者……と言うか、在野の能力者なわけだが、彼らはこの事態に至り、既にどっかの国で早々に雇われていて、教会側は全く確保できていない。何せ国に雇われている限りは、戦うにしてもその国だけで済むし、待機しているだけでそれなりの報酬が入ってくるのに、教会に雇われた場合……報酬はきっちり出るのだが、休む暇なく各国の救援に送り出されるのが目に見えている。本気で自分の命よりも闘争を愛しちゃってる正真正銘の変人と言う名の闘士くらいしか進んで雇われようとはしないのも無理はないだろう。
報酬や名誉なんかには本気で無頓着で、余裕のある国に進んで雇われたりするなんて“絶対にありえない”超ハイエンドの『四至天』で聖帝さん以外に居所がハッキリしているのは【烈震】と【雪華】だが、生憎と烈震のガルフは行方知れずとなっていた。最後の【雷光】は魔王よろしく行方不明が常態というお方で、今もどこで何をしているのか知れたものではなかった。
雷光さんなどは、下手したらまだこの大異変を関知していないという恐れもありえる……というか、その可能性の方が高かった。知っていればとっくに自ら乗り出してきてもおかしくはない――バトルジャンキーなのだから。
幸いだったのは雪華さんがあっさりと捕まってくれ、依頼を快諾してくれたことと、オマケで彼女の弟子まで付いてきてくれたことくらい。
が、結局そちらも聖帝さん同様に危険度の高さだけを優先順位にして“平等”に回っているため、確かに危険度はそれ程ではなくても決して無視できない場所もまだまだあり、戦力が到底足りず……
本人に直接連絡を取る手段は不幸にも無い中、一抹の幸いにも連絡を取れる可能性があったリドウに、もうあんたしかいねーんだ! と助けを求めたベアトリクスであった。
それから飛び続けること二時間余り。時速四百キロくらいで飛んでいたので、千キロ弱を自力であっと言う間に渡り切ったリドウは、地面に着地すると共にリュリュを下ろす。
何者かに襲撃される可能性がほんの僅かでもある場所で不自由な状態を嫌うリドウがいつまでもリュリュを抱えているわけがなく、彼女もそのくらい理解している……と言うか、自分もそうなので、その可愛らしい唇から文句が出ることはない。
アイルゼン大陸の中央教会は周囲を草原で囲まれた広い土地に、一般の都市が半分くらいは入りそうな巨大な建物だった。一大陸の中央教会でこれなら、教皇庁は一体どれだけの大きさなのかと、麻木恵子や一条千鶴辺りが目にしていれば、この世界の建築技術でよくぞまあと驚いたことだろう。
また、建物の周辺を大きな壁が囲んでおり、要塞としても使えないことはないだろう。おそらくは戦争の際に最終防衛拠点としての役割もあるのだろうが、どちらかと言えば魔物関連に対する防壁だろう。
リドウが空から見た感じでは、その防壁の中を広く庭が更に囲んでおり、その中心部に教会本部が座していた。総合的な広さは都市の名を冠する街と変わらないだろう。
リドウたちがこうして大分手前で徒歩に切り替えたのはひとえに目立ちたくなかっただけだ。気功士として名が売れている自分と、見た目に年端も行かない幼女の組み合わせで飛行して現れては色々と勘ぐられてしまうのは必死だろう。
既にベアトリクスにはバレているのであまり気にしすぎても仕方ない気はするのだが、知れ渡るまでは『月紅=気功士』で通したいリドウ。剣姫ルミナリア・ファルミ戦で懲りた彼に出し惜しみする気はもう欠片も無いが、好き好んで手札を晒すなんてやっぱり気が進まないという、結局はどこまで行っても戦闘脳であった。
リドウはリュリュを伴って草原を闊歩して行く。
その途中、何だかやけに豪華な造りの馬車が何台か二人を追い抜いて行く。馬車の御者や、更には中に乗る人物たちが奇妙な二人連れを怪訝そうに見て行くが、肝心の二人は何も気にすることなく泰然と前を見続けている。揃ってのマイペースっぷりはやっぱり姉弟なのだという証拠なのか。単に生れ付きの偶然の一致という気もするが。
やがて二人の前には大勢の衛兵が立つ教会の外門が立ち塞がる。
門自体は全開だ。訪問者を拒みはしないという意思表示だろう。
ただし、流石に無制限の出入りはさせてくれないのか、先に行った馬車の乗員たちもそこで一度停止し、検閲らしきものを受けている。
その衛兵たちがリドウとリュリュの存在に気付いた。
いや、大きく開けた草原なのでハナから気付いてはいたようだが、あまりにも堂々と、そして悠々と歩いてくるために、どう対応していいか迷っているようで、若干の戸惑いが各々の表情に浮かんでいる。
それがまた、
「よう」
開口一番、陽気に片手を挙げて挨拶してくるものだから、いよいよ衛兵たちも困ってしまう。
何せここは教会なのだ。普段なら巡礼者も少なからず訪れはするが、こんなざっくばらんに声を掛けてきた人間など、少なくとも彼らの記憶には無かった。
「あ、あー……」
仕方なく、衛兵たちの中でも一際立派な格好をした人物、おそらく隊長のような纏め役をしていると思しき人物が、戸惑いのままに前に出てくる。
「すまないが、巡礼だったら今は受け入れできないと周辺都市には通達が行っているはずなんだが」
「ああ、そうらしいな」
それは知らなかったなという本音は押し隠し、どうとでも受け取れるような返事をする。
「冒険者のようだが、もしかして我々の方で雇われるつもり……」
と、そこまで言って、隊長さんは瞠目して黙ってしまう。
「いや、俺はレディ・ベアトリクス=ファン・クラウンディに呼ばれてきたんだが」
「ベアトリクス殿下をそう呼ばれるということは、やはりあなたが『月紅卿』か!?」
ざわっと衛兵たちに動揺が広がる。
月紅の名は特に教会関係者の間で広がっている。それにベアトリクスが、もしかしたら来るかもしれないと予め通達を出していたのもあった。
「しかし、早すぎるぞ!?」
そう、彼らが容易に信じることはできない理由がそこにはあった。
「い、いえ、疑っているわけではないのです!」
リドウが口を開こうとする前に隊長さんは捲くし立てた。
「騙りがあったならば殿下を何と呼ばれるかを確認しろ、それで判断できると言われています。ただ、聞いていたお連れ様の顔ぶれがあまりにも違いすぎましたし……」
「そっちは置いてきた。こいつは俺の」
「お姉ちゃん」
家族だ、と適当に誤魔化そうとしたリドウであったが、すかさず口を挟んできたリュリュに、彼は「おい」という顔で見下ろす。
「お姉ちゃん」
今この子が何を言ったのかと耳を疑っていた衛兵たちに、リュリュは更に言い募る。
見慣れない衣装……桂木明人作成のゴスロリファッションを殊の外気に入ったらしいリュリュは、のっけから彼らの目には非常に奇異に映っていたというのに、更にこの発言である。もう何を口にしたものか判断がつかなくなった隊長さんは、
「左様ですか。では、どうぞ」
後の対応はベアトリクスに丸投げしてしまうことにしたらしく、「お前ら、道を開けろ」と手振りで指図し、どうぞとリドウたちを自ら先導する。
リドウは軽く顔を上向けながら嘆息し、もういいかと何もかもを諦めた様子で……
一度そうと決めてしまえば後はもう開き直るのがこの男である。おすまし顔で隣を歩くリュリュのこめかみをちょんっと突っつき、軽く抗議の意思だけを示すと、何をするの? と突かれた部分を手のひらで押さえながら見上げてくる彼女には構わず、隊長さんに話しかける。
「何やらお偉いさんが集まってきてるようだが?」
庭の一部を使って駐車場にしてあるらしく、そこに駐車する数多くの馬車の様子を眺めながら。
「はい。現在の事態は明らかにロンダイク聖教の意思が働いたものでしょう。ベアトリクス殿下のお持ちになった情報が確かならば、近々の大戦はまず間違いなく、また、現在の状況を改善するためには各国の戦力を集中させ、一気に魔物を叩く必要があります。そのバランス調整のためですね」
「ふん? 一応、そういうことになってたのか」
各国が宮廷戦略旅団から少しずつ戦力を割いて集中してくれれば伝説級上位と言えども叩くには十分だろう。この戦略自体は早々に決まっていたが、実際に各国がどの程度の戦力を出し合うか、そのバランスはまた別の話だった。
大国が善意から多目の戦力を出してくれるのはいいのだが、それではどうしても大国の発言力を、戦争中も戦後も大きくしてしまう。
大国自身が「そんな手柄は必要無い」とも言えない。それでは国民が不満を持つだろう。
ここら辺は流石にリリス教国家と言えども所詮は人間、そうそう変わるものではない。
そのバランス調整に多大な時間が要されるのは必定だった。
リドウの考えが纏まった頃、ちょうど教会建物の玄関に辿り着く。
下手な王城よりも大きな建物なのに、その巨大さに比べると案外小さな門だった。精々が縦に三メートル程で、片側の幅も一メートル程度。しかも木製だ。ちょっと力が有る人間なら一人で十分に開けられるだろう。
おそらく、大見得を張るのではなく、誰にでも門を閉ざしたりはしないという意思表示なのだろうと、リドウはふと思う。
その門も現在は最初から全開だった。きっと夜でもないと元々閉められるものでもないのだろう。
中に入ってしばらく歩き、大きな中央階段の手前は舞踏会でも開けそうなくらいに大きなホールとなっていた。
そこに大勢の貴人たちが集まり、数人ずつで集団を作っている。どうやら互いの自己紹介をしたり、知人同士なら旧交を温めたりしているようだった。
その人物たちが次々とリドウの登場に気づいて、彼に視線を向けてくる。今この場に居るには少々場違いな人間に驚いている様子だった。
が、その集団の中から一人の人間が抜け出してくる。
「おおっ、月紅卿ではないか!」
とても見覚えのある人物だった。年の頃は四十代で、決して体格が大きいわけではないが、これこそ貴族の見本と思わせる重厚な存在感を発している渋いナイスガイだった。
およそ半年ほど前、リドウにリントブルム退治を依頼した人物で、名前は、
「ライド卿、だったな」
「覚えていてくれて何よりだ」
二人のやり取りに、ホール中が一気にざわめき出す。リドウの名前は一般階級よりも、むしろ上流階級で売れている。特にリントブルムの件が鮮烈だったため、被害国のブランカ帝国の重鎮が認めたのなら間違いはないと。
「あの時は無理を押し付けてしまったこと、改めて詫びさせてもらう。だがおかげで助かった」
「過ぎた話だ。あんたは国家の重鎮として当然の判断をしたに過ぎんよ」
目礼で謝罪を口にしてくるライド卿に、リドウは手を振って気にするなと言う。
「ところで、ボレイスはどうしたんだ?」
「息子に任せてきた。この役目を務められる人間はあまり多くないからな。私に白羽の矢が立ったのだ」
「そんなに難しい役目なのか?」
「何せ、そなたのような人間と相対する必要性が高いからな。そなたらは、そなたらの意思を尊重して付かず離れずで接していれば『比較的扱い易い』が、それ以外の面では『極めて扱い辛い』」
「ふっ……」
正直すぎるライド卿の意見に、リドウは薄く目を閉じて笑う。
「そなたらの機嫌を徒に刺激せず、尚且つ本来の役目も果たせる人間となると、悲しいながら非常に限られてくるのでな。別に自慢しているわけではないが」
大真面目な顔で正直に言ってくるライド卿に、リドウは小さな笑いを零すだけだった。
「しかし、正直意外だった」
「ん?」
「いいのか?」
「それはこれから決める。だが……」
「そうか」
二人は言葉のニュアンスだけで互いの内心を察し合う。更にこれ以上の追求は必要ないと互いに無言の内に了解すると、ライド卿はリドウの傍らで無言ながら、ひっそりと、と表現するには妙に存在感を醸し出している少女に目を向ける。
「ところで、こちらのお嬢様は? また可愛らしい方だが」
「リュリュ。若様のお姉ちゃん」
「は?」
流石のライド卿もリュリュの言葉が意味不明だったらしく、意表を突かれた様子で目を瞬かせている。
「若様……は一先ず置いておくにしても、なのに姉君なのか?」
と質問先はリドウだ。
さてどうしたものかと一瞬考えるリドウであったが、幸いその前にわらわらと寄ってきた他の貴人たちによって、答える必要は無くなった。
「ライド卿。今最も売れている月紅卿を独り占めはいかんな」
「そうだぞ。我々にも紹介してくれ」
「おおっ、そうであったな! すまぬすまぬ」
ライド卿は笑顔で応じながら、
「よろしいか?」
とリドウに確認する。
「俺もあんたらと無駄に悪い付き合いをしようとは思ってねぇ。ただ、急ぎてぇからな、自己紹介だけにしてくれよ」
「ありがたい」
ライド卿は応えると、そういうことだから一人一人手短にお願いすると、他国の要人たちに向けて改めて確認した。




