第七十九話 会議 前
およそ十五名からなる貴族たちに囲まれること、結局一時間近くをかけて開放されたリドウ。自己紹介だけと言っても「何たら卿の何某」だけで終わるわけもなく、一人あたり五分以上は掛かってしまったので仕方ないだろう。
リュリュの美貌に目を留め……と言っても、いい年した彼らが彼女を見初めたわけではなく、リドウの縁者ということで、似合いの年齢の親族の嫁にくれとか、まあそういう話もあったりで。肝心の彼女自身は「やだ」の一言でばっさりと切り捨てていたが。
ようやく自由の身になったと思って衛兵長の先導で二階に上がると、今度は職員である聖職者たちに囲まれる羽目になるのだから堪らない。一人がリドウの存在に気づいたら後はなし崩しだった。何せ月紅と言えば、一個人としては滅多にありえない莫大な寄付をつい最近してくれた、彼らにとってみれば聖者にも等しい人間だ、無理もない。
最終的に、中央教会に辿り着いてからベアトリクスへの謁見までに要された時間の方が、スワージからここまで飛んで来るよりも多く掛かってしまったという、酷く気の抜ける……と言うか、疲れる話になってしまった。
ベアトリクス自身は聖堂の更に奥で教会の上位席陣と真剣な顔で会議をしていた。
会議室の前でノックをしてから衛兵長に従われて中に入ると、静かながらも慌しいという器用な風情で会議をしていた面々が一斉に無言になり、衛兵長の隣でやたらと存在感を発している男に目が釘付けになっている。
「おおっ。リドウ殿!」
ベアトリクスが顔を輝かせて席から立ち上がり、リドウを迎えようと歩き出す。
聖職者たちはリドウの名を既にベアトリクスから聞いていたし、噂通りの彼の外見からも間違いないと、途端に小さくざわめき出す。
「よう、レディ。ご無沙汰って程でもねぇか」
「リクシーと呼んでくれと言っているのに、つれない人だな、あなたは、相変わらず」
ベアトリクスは言葉面とは裏腹に唇を緩めながら手を差し出す。
リドウもその手を取って軽く握手を交わす二人であったが、彼女は彼の傍らで佇む小さな影に気づいて小さく首を傾げる。
「こちらのお嬢さんは?」
「俺の先生の一人だ」
「は……?」
「私は若様のお姉ちゃんのリュリュ」
すかさずリュリュが訂正を入れるが、ベアトリクスはますます意味が理解できないという顔になってしまっている。
「こう見えてもハイエンドだ」
「なに!?」
ベアトリクスの驚愕の声と共に、ざわっと一際大きく会議室内も騒がしくなる。
「使えるだろうと思って連れて来た」
「ちょ、ちょっと待て。本気か!?」
「高位の能力者はピークから殆ど老化しなくなるだろう? リューの場合、この見た目でピークなんだろう。極端すぎる童顔なんだよ。少なくとも俺よりは年上だ」
「むぅ……そう言われると、有り得なくはないのか……? しかし、そんな力の持ち主に――――ッ!?」
ベアトリクスは何となく言い包められながらも、あまり“強そうに視えない”と言いそうになるが、その台詞の途中で驚愕に目を丸くする羽目になった。
「試して……みるか……?」
両手を腰の辺りで仰向けに広げながら、首を逸らして真正面からベアトリクスを“睨みつける”。
「い、いや、十分だ! あなたが、私がまともに戦って勝てる相手ではないのはよーく理解した!」
両手を差し出して止めてくれと全力で主張するベアトリクスは、続いて、人が悪いぞと言う目でリドウを見つめる。
「この見た目であんま高位の能力者だって普段から豪語させておくのは目立ちすぎるだろ?」
「それはそうだろうが……」
顎を伝い落ちようとする冷や汗を腕で拭いながら。
「一条やシャイリーはどうした?」
「置いて来た。俺の師匠たちが集中的に鍛えてる」
どうやら彼女たちの戦力も相当期待していたらしく、ベアトリクスは一瞬眉を顰めた。
が、苦い思いは何もそれだけが原因ではなかった。
「次に会ったら思い切り引き離されていては堪らんぞ。やはり私も討伐に出るか?」
「それは勘弁してくれませんかな、殿下」
「冗談だよ、カラッド大司教」
ベアトリクスの横に座っていた、この場で彼女を除けば一番お偉そうな格好をした初老の男が、困ったような顔で言った。
「しかし、早かったな。まだラスティアラ殿と接触できたという連絡すらこちらには届いていないぞ」
「そこはほれ、あれだ」
「なるほど。どうやら急がせてしまったようだな。だがおかげで助かった」
リドウは言葉を濁して言うが、内容を的確に察したベアトリクスは軽く謝罪すると共に礼を言った。
「とにかく、来てくれたということは手伝ってくれるという意思表示と受け取ってもよろしいのだな?」
「多分な。正しくは――これから決める」
「のようだな」
笑みを消し去るリドウに、ベアトリクスも真剣な顔で頷いた。
とにかく話をしようと、ベアトリクスはカラッド大司教とは逆側に席を用意する。ちなみに椅子を運んだのはこの会議室に居る面々では末端で、司祭の位を持つ若手の青年だった。
若手と言ってもリドウより若干年上に見えるが、どうやら彼のために働けるのが光栄だとでも思っているらしく、嬉々としてどうぞと着席を促している。
「ありがとよ」
とリドウが感謝の言葉を口にすれば、若手司祭は気のいい笑顔を浮かべている。
リュリュもリドウの隣に座ったのだが、生憎と子供用の椅子がなく、殆ど顔だけしか机から上に出ていない。もっとも、本人が気にしているようには全く見えないが。
着席したリドウを十数名の聖職者たちが真剣な面持ちで見つめている。中には女性も居るが、流石に地位があるだけに普通の女性とは違うのか、リドウに見惚れて浮かれている様子はない。
「さて……一応自己紹介しておこうか」
これだけの面々を前に気負った様子はなく、しかし礼儀知らずの身の程知らずとも一線を画す存在感。彼らはそれを敏感に察し、人知れず息を呑んでいる。
「リドウと言う。誰が言い出したか知らねぇが、月紅って呼ばれてるな。一応この二つ名を名乗る許しは貰ってきたが、あんま好きじゃねぇから、できれば名で呼んでくれ。呼び捨てでも一向に構わん」
「それは流石に難しいな、月紅卿」
戸惑ってしまう皆を代表して口を挟んできたのはカラッド大司教だった。
「それは難しい。ご理解頂きたい」
カラッド大司教は大事なことだからとばかりに繰り返した。
「まあ、好きにしてくれ」
「感謝する」
「礼を言われるようなことでも……いや、いい」
これ以上続けても実りのない返答が繰り返されるだけだと考え、自分から話を打ち切り、次の話題に移る。
「初めに言っておく……」
ずんっと存在感が更に増した。そのせいでうっと言う呻き声がそこかしこから聞こえてくる。
「俺は弱いもん虐めが大嫌いだ」
「それは魔物であっても己より弱き者を叩くのを好まぬ――という意味で捉えてよろしいか?」
「理解が早いな、カラッド大司教。薄情だと思うかい?」
「人それぞれであろう。が、悪事を働いているわけでもないのだ、我々が非難して良い謂れもあるまい」
「なるほど……」
厳格な口調で言い切るカラッド大司教に、リドウはふっと笑みを零す。
流石にあの女の薫陶が生きているだけはある――
「付き合い易そうな連中で良かったと思うぜ」
前半を心の内だけで呟きながら、普段の調子に戻る。
威圧感がなりを潜めてくれたおかげで、何人かがほっと安堵の息をついている。中にはカラッド大司教のように、最初から平然としている者たちもかなり居たが。およそ両者がちょうど半々くらいか。
「それでは月紅卿。初めにハッキリさせておきたいのだが……」
「遠慮せんでいいぜ」
「うむ。あなたはどの程度の魔物までならば確実に倒せるのだ?」
「基本、全て」
あっさりと返された内容に、驚嘆の声があちこちから聞こえてくる。
流石のカラッド大司教もこれには息を呑んでいた。
「あくまでも参考だが、遺跡を攻略したのは十七の時だ」
続けてまたあっさりともたらされた事実に、聖職者の面々はいよいよ一杯一杯な様子である。
「そ、それは単独攻略ということか!?」
これまでは冷静だったカラッド大司教も流石に動揺を隠せない。
「各々方、もう忘れられたか? あのアレクサンドル・ラヴァリエーレを倒した男だぞ」
リドウならそんなものだろうと最初から思っていたベアトリクスの言葉は、しかしフォローなのかそうでないのか今一判断が難しい発言だ。
しかし、ベアトリクスの言葉に対する反応は、リドウへの感心ではなく、苦い顔での呻きのような声だった。
「シュトルムハイムの悪夢っ!」
「忌まわしきランスロット……ッ」
あちこちからそんな言葉が聞こえてくる。
「気持ちは分からんでもないが、恨むのは筋違いではないか? シュトルムハイムの件は正当な戦争だったのだからな」
「しかし殿下。至天級の戦力を戦争の際に外部から持ち込むのが禁忌だというのはここ百年以上――最後の大戦から先、破られたことのない暗黙の了解であったはず!」
「そのためにこちらは『天の位』という称号を作ったのだ。妙な屁理屈で至天級の能力者を認定せずにおかなかったりもしなかった」
「明文化された条約でもなかったのだ、言っても仕方あるまい。それにアレクサンドル・ラヴァリエーレはもうロンダイク聖教を離れた。上手く運べばこちらに付くことだって考えられる。そんな筋違いの恨みつらみを募らせて、いざという時に好んで敵に回されたいか?」
呆れたように言うベアトリクスだったが、理性を重んじるリリス教の聖職者たちである、それが正論であるという単純な事実、最初から知っていた。ただ感情を完全に納得させるのは中々難しかったようで、「殿下がそう仰るなら」という建前を自分自身に言い聞かせることで、何とか辛うじて治まったようだ。
どうやらあの男は過去に相当な大事をやらかしたらしいと初めて知ったリドウが、興味深そうな顔で一連の出来事を眺めていたが、後で教えてもらおうとでも考えているのか、今は何も言わなかった。
ベアトリクスは「いいな?」という意味を込めた視線でぐるっと一同を睥睨し、それぞれが瞑目したり、頷いたりで、取り合えず否定的な意見は無いと見ると、改めてリドウを見やる。
「でだ、リドウ殿。そちらのリュリュ殿はどの程度までいける?」
「九十階程度までならまず負けはねぇだろうな。少なくともリントブルムなら単独で確実だろうよ」
おおっ、という感嘆の声があちこちから聞こえる。彼らには能力者の実力を見極めることなどできなかったが、ベアトリクスが認めたのだから間違いないと、そこを疑いはしないようだった。
「だが、俺とバラけさせるのはあんまお勧めしねぇぞ」
「なぜ?」
「リューを単独で送り出しても舐められるだけだろ。言っとくが、俺よりかなり過激だぞ、リューは」
「むぅ……」
ベアトリクスは澄ました顔で黙っているリュリュを見つめながら唸る。先ほど、自分が舐めた発言をした直後の出来事を思い出しているらしい。
「だがそれだけの戦力が手元に在りながら遊ばせておく余裕は、我々には無い」
と、カラッド大司教だ。
「月紅卿には説明がまだであったが、我々の基本戦略をお話ししておこうと思う」
「ああ。聴こうか」
カラッド大司教は語る。
後の大戦がまず確実であり、それも過去類を見ない規模の最終決戦ともなりそうだという以上、できるだけ戦力は残しておきたい。
が、伝説級の魔物の討伐となると、国単位の戦力で挑んだら確実に少なからず被害が出る。
よって、できるだけ魔物を刺激しないように努めて、都市部が襲撃されても無理に倒そうとはせず、できるだけ戦力を温存して追い返すだけに留め、その後、できる限り犠牲無く確実に討伐可能な戦力を以って、被害を少なく倒す。できれば至天級ハイエンドの戦力で『単騎決戦』が望ましい。
――ということらしい。
「なるほど。基本的には賛成するぜ」
「そこでだ。リュリュ殿には枢機卿を必ず一名以上同行させよう。九十階レベルを確実に討伐可能なハイエンドを得られると知れば教皇庁も必ず同意してくれる。また、お送りする先の国も選ぼう。少なくとも枢機卿の言葉を舐めて掛かるような馬鹿が国家元首を務めているような国は選ばんと約束する」
「どうする?」
それなら問題無いかなと考えたリドウは傍らのリュリュを見下ろす。
「……別に。それが若様の命令なら」
「ってことらしい」
「感謝する」
カラッド大司教はリドウに、そしてリュリュに向かって深々と頭を下げる。年端もいかない小娘以下の年齢の、まだ幼女と言っても構わない相手に、大司教という上から数えて何番目と明確に言えてしまうような地位を持つ初老の男がだ。簡単にできることではないだろう。まあリュリュの場合、見た目だけなわけだが。
これが貴族で大司教と似たような地位にある人間だったら、立場上“するわけにもいかない”だろうが、ここら辺が『聖職者の強み』だなとリドウは思うと共に、見事なものだと小さく感嘆の声を発している。
もっとも、リュリュの場合はハイエンドなので、王族クラスでもない限りは頭を下げても恥にならないだろうけど。
「……でも、条件がある」
「何だろう、リュリュ殿。叶えられる限りは聞かせて頂く」
「一ヶ所が終わったら必ず若様に逢わせて。次の場所は逢えてから」
「…………」
カラッド大司教は難しげな顔で黙り込んでしまう。無理をさせて死なせる気は毛頭無いが、問題無ければ次々に行ってもらいたいと考えていたらしい。
「……了承しよう。それでハイエンドが得られるならば安いものだろう。私の一存では心配に思われるかもしれないが、結局はあなたが否と申せばそれまでの話、教皇庁も反対はせぬだろう。ああ、無論、報酬は別途に支払うが」
「……別に要らない」
「そういうわけにもいかんよ」
「普通に暮らせるだけでいい」
「それでは他に示しがつかん」
「……じゃあ、残りは寄付しといて」
無表情だったが、どこか面倒くさそうな雰囲気を纏っての言葉であった。今のやり取りがそのまま面倒くさかったのだろう。
が、この台詞は聖職者たちに「流石はあの月紅卿の師だ!」と思わせてしまったようで、既に誰一人として彼女を子供として侮って見る人間は居なくなっていた。
「俺も同じで頼むぜ」
リドウもこれなものだから、
「これも我らが麗しき魔神のお導きか……」
自分の言葉にとんだ言葉が返ってきて、思い切り顔を引き攣らせてしまうリドウであった。
「別に姫様は――むぐぅ」
余計なことを口走ろうとするリュリュであったが、その台詞を言い切ることはできなかった。隠蔽詠唱を併用しての風魔法で、リドウが人知れず彼女の口を押さえたのだ。
「今、リュリュ殿は何か仰ったか?」
「何か言ったか?」
素知らぬ顔でリドウがリュリュに確認するが、彼女は無表情で首を横に振った。
その際に、視線だけで「それだけは止めろ!」と伝えたリドウ。小さなお姉ちゃんはこくこくと小さく二度頷いた。
それを見届けると、さっきここに到着する前に言っておいたのになと、リドウは小さく嘆息する。どうにも天然で後先考えずに発言してしまう迂闊なお嬢さんがリュリュであった。彼は今、とっても煙管が吸いたくてたまらない……が、残念ながら灰皿は見当たらなかった。
リドウはさっさと用件を済ませて一度外に出ようと考え……
唐突に冷たくも荒々しい雰囲気を纏い、両手を組んでテーブルに肘をつき、口元を隠しながらすぅっと目を細めて前を見つめる。
「――――!?」
その威圧感のあまりに誰もが自然と息を呑んでしまっている中、リドウがおもむろに口を開いた。
「俺からも条件が一つある」
「な、なんだろうか?」
カラッド大司教がやっとのことで口を開く。
リドウから見ると横手だったせいで目線は合ってなかったのだが、それを合図に彼が流し見たことで、カラッド大司教もごくりと喉を鳴らす。
「この件の首謀者――はまず十中八九はロンダイク聖教だ。が、全体をとまでは俺も思っちゃいねぇ」
要領を得ない内容に、何とか耐えられているベアトリクスが口を開こうとするが、それはリドウが手を差し出したことで遮られた。
「決定的な首謀者だ。こいつの情報は俺に最優先で流せ。始末できる機会に見逃せとまでは言わねぇが――」
ぼきりと、組まれた手が大きな音を立てる。
「余程の理由でもねぇ限り、そいつだけは必ず俺の手でこの世から消し去ってやる……ッ」
そして、再度カラッド大司教に視線を置くと、
「……了承した」
彼は乾いた声で搾り出すように応えた。
同時にリドウの威圧感も霧散し、一同はほっと息を吐いた。
「決まりだ。手を貸そう」
「助かる」
と、これはベアトリクスだ。他の面々はまだ立ち直っていなかった。
「それで、俺はどこから行きゃいいんだ?」
「その前に質問があるのだが、あなたはそのコートを脱ぐおつもりはお有りか?」
「はん? まあ別に構わねぇが」
「なら、是非にもお願いしたい場所がある。最優先だ」
ベアトリクスは真剣も極まりない顔で言う。
リドウは顎をしゃくって続きを促した。
「ラーカイム王国をご存知か?」
「リリス教六大国の一つだろ? この大陸に二つあるもう一つ」
「そこが落ち目だというのは?」
「ふん?」
どちらとも付かない返答だったが、ベアトリクスは、そこは気にせずに続ける。
「ラーカイムを襲撃したのはケルベロスだ」
「遺跡で出現するのは九十七階だったな、確か。準ハイエンドじゃ歯が立たねぇだろ。固体のレベルにもよるが、リューレベルが二人でとんとんってとこかね」
「そうだ。が、ラーカイムはケルベロス討伐に関して、一切の協力を拒んでいる」
「そりゃまた、落ち目なのによくぞまあ、そんな戦力を」
「な訳がない」
「だろうな」
おどけた調子で言うリドウに、ベアトリクスは真顔で否定した。そして彼はその言葉を肯定する。
「リリス教国家と言っても様々だ。中にはとんでもない悪徳政治が罷り通っている国だって厳然と存在する。しかし少なくともラーカイム王国はそこまで酷くはない。が……」
先ほどのリドウのように両手を机の上で組みながら、深々と嘆息して顔をうつむける。
「ここ数代の王はあまり賢明とは言い難い人物揃いでな、それが衰退の大きな要因なのだが、特に今代の王は、こうハッキリ言うのもなんだが、六大国というプライドに拘るばかりの能無しだ」
「ほっときゃいいだろ、んな国。そりゃ、少しでも戦力をかき集めてぇのも理解はできるが、いざって時に権利ばかり主張されても面倒だろ」
「そうもいかないよ、リドウ殿。ラーカイムの国民たちを犠牲にするわけにもいくまい」
「周辺国で受け入れると大々的に宣伝すりゃいいだろ? 面倒は教会が全面的に見てやれば。俺とリューが受け取るはずの報酬を全部回しゃ、落ち着くまで凌ぐ程度なら持つはずだ。生まれ育った土地を離れたくねぇと言う奴らも、いずれは戻れると説明すればそう強固に拒否らねぇだろ。もっとも、その頃には支配者が入れ替わってるわけだが」
「やはり駄目だ。六大国が落ちたとなれば一般兵の士気に響くし、それにやはり、全くの小国よりは格段に戦力も期待できる」
「戦力の計算もできねぇ能無しを抑えることもできねぇ国なんぞ、邪魔にしかならんと思うがな」
「その戦力の計算がな、どうやら釣り合ってしまったようなのだ」
リドウはぴくりと眉を跳ね上げる。ベアトリクスの発言その物よりも、彼女が自分で言っておきながら、その言葉を自分自身があまり信じていない風なのが余計に気になった。
「……無論、彼らの中での話だがな」
「どういうことだ?」
「原因はおそらく、一条たちのご友人だ」
「なに……?」
リドウの眼差しが一気に険しくなる。
「まあ、私の推測だがな。ラーカイムが大声で喧伝してくれているのだが、容姿や姓名の感じからして、十中八九間違いないと見ている」
「何て名だ?」
「キズキ・ミドリ」
リドウはちらっとリュリュに目配せすると、彼女は長めに一回だけ瞬きをして、さり気無く肯定の意思を示した。
「言うまでもなく爵位は無いが、既に二つ名を得て……と言うよりも与えられているのか自ら名乗っているのか、【ライトニング・インパクト】と呼ばれている」
「おー……そりゃまた」
リドウは目を半分瞑りながら小さく笑いを零す。
「もうその時点でルスティニア人じゃねぇな」
「そう思われるだろう?」
もしこの場に麻木恵子が居れば「何で?」と首を捻っていたことであろうが……
「しかもこれで『衝撃の閃光』という意味らしい」
もしこの場に一条千鶴が居れば「ライトニングは稲妻か電光。閃光はフラッシュよ。それに『ライトニング・オブ・インパクト』でしょう、言葉順的に」と容赦なく突っ込んでいたことであろうが……
もしこの場に高坂愛奈が居れば「中二病乙……ですね」と突っ込んでいたことであろうが……
「明らかにルスティニア人のセンスじゃねぇよなぁ……」
つまるところ、リドウのこの台詞に全てが集約される。
「二つ名とは特殊階級に名を連ねるレベルになった際に爵位の役割を果たすためのものだからな、本来。故にそう長ったらしい物は付けないはずだ、普通なら」
「だよなぁ……」
なんかこの前、似たような『言葉遊び』を見た気がするんだよなと、リドウは心の中で呟くが、今一思い出せない。
が、自分の袖をちょいちょいと引っ張る感触に首を動かす。
「よーしきび」
「ああ……なるほど」
大真面目に納得するリドウであったが、『彼女たち』が見ていれば、きっと「その反応は違う」とツッコミを入れていたことであろう。日本に関するその手の知識をまともに持たないからこそ、アレなネーミングも素直に受け入れられてしまうリドウだ。
再びベアトリクスの方を向いたリドウは言う。
「もう確定でいいんじゃねぇか?」
「そう思う。例によって勇者候補なのだろう。しかもおあつらえ向きに気功士ときている」
「レディや千鶴と同レベルのキャパを持ってりゃ、当たりさえすりゃ十分ケルベロスにもダメージを与えられるだろうな。当たり所によっちゃ一撃で致命レベルまで持っていくのも確かに不可能じゃあるまい」
「あなたや一条が相手だと一々説明する手間が省けて楽だな、話していて」
楽しげに唇を緩めるベアトリクスだった。
つまり、ラーカイム王国の戦術はこうだ――宮廷戦略旅団の総員でケルベロスを足止めし、トドメをその『衝撃の閃光』が務める。犠牲は確実に出るだろうが、絶対に倒せないかと問われるならば――運が良ければ倒せるんじゃないか? とリドウの中でも計算は確かに成り立つ。
「ラーカイムの狙いは至極単純だ」
「ケルベロスを独自に討伐したという実績を糧に、大戦の際に大きな発言権を主張したい――だな」
「うむ」
やっぱり楽だなと心の中で呟くベアトリクスであった。
「国力相応の発言権しか与えられんとなると、プライドに障るのであろうよ」
「その前に肝心の戦力を磨り潰してりゃ世話ねぇと思うがねぇ」
「そこら辺の損得勘定も釣り合ったのだろう。下手すれば――計画が完璧に運べば被害は出ない――と楽観視している可能性すらある」
もう言葉も無く首を横に振るだけのリドウ。
「それで、俺にどうしろって?」
「あなたの二つ名は既に広く知られてしまっているが、幸いなことに容姿についてまでは、まだそう詳細に知れ渡っているわけではない。その特徴的なコートを脱いで、できれば刀も置いて行ってもらえれば、まず誰もあなたを月紅本人とは思うまい」
「刀を持たずに大丈夫なのか?」
話は二人に任せて黙っていたカラッド大司教が心配そうに口を挟んでくる。
「この男は得物無しでも十分に強い」
確信に満ち溢れた口調に、カラッド大司教は取り合えず疑念を忘れることにしたらしく、それ以上は何も言わなかった。
「刀の件はあなたの好きにしてくれて構わないが、いずれにしろ実力は偽ってくれ。できないとは言わせないぞ?」
「まあできるっちゃできるがね」
軽く言い放つが、自信が有るからこその発言だと、もちろんベアトリクスは理解している。
「それで、ラーカイムも討伐隊に加えるべく、冒険者を募っているわけだが」
「それに潜り込みゃいいんだな?」
「そうだ。そして『無理』だと判断したらあなたが片付けてしまってくれ」
「その分水嶺は?」
「宮廷戦略旅団が半壊した時点で、まだ倒せる目処が立っていなかった場合」
「…………」
リドウは険しく眉をひそめて黙ってしまう。
「可笑しなものだな」
ベアトリクスは面白そうにリドウを見ている。彼の方は更に目を細めて彼女を見つめ返した。
「ラーカイム王国を見捨てるのは良くて、宮廷戦略旅団の心配はするのか?」
「目の前で無駄に命を落とそうとしてる相手が居るのに傍観してるのは趣味じゃねぇんだ」
迷う様子も見せずに、ドスの利いた声で言い切る。
ベアトリクスの唇の隙間から、ふふっと空気が漏れる音がする。
「それがあなたの分水嶺――あなた的に言えば『境界線』か。『人間』ではなく『相手』であるのも、如何にもあなたらしい」
リドウは静かに目を瞑るだけで、何も言わない。
「冒険者が最初に使い潰される可能性を憂いているなら安心してほしい。どうせ大して集まりはせん。何せ落ち目だからな。好んで雇われに行く物好きは少なかろう。宮廷戦略旅団にしてもそれ以前に介入すると、まず確実に話が面倒になる。悪いが全滅するよりはマシだと割り切ってくれ」
「正直に本音を言わせてもらおう」
と口を挟んできたのは当然ながらカラッド大司教だ。リドウは目を開けて、カラッド大司教と視線を合わせる。
「ラーカイム王国の戦力自体はあまり期待していない。目ぼしいのもそのライトニング・インパクト殿だけで、それにしてもまだ可能性の問題で未だ証明されたわけでもない、月紅卿とは違ってな。殿下を除けば、この場にいる者たちは私を含め、決して軍事に明るいわけではないが、そんな不確定要素を換算するほど楽観的ではない。現時点では、ラーカイム王国の戦力は我々にとって誤差の範囲だ。無論、不要と言っているわけでは決してないが」
「続けてくれ」
「しかしラーカイム王国に、独自での国家維持に支障を来たすレベルで疲弊されるのは非常に困るのだよ。援助するにせよ、国としては潰れてもらって、周辺国家で分け合ってもらうにせよ、今はラーカイム王国に混乱されていられる余裕は無い」
「聖職者がそこまで言い切るかよ」
台詞の割には感心したような顔のリドウだ。
「我々は善意を尊ぶが、自らを助く努力を放棄した人間は断じて好まん」
それがリリス教だと、カラッド大司教の顔は無言で語っていた。
「……承知した」
「感謝する」
「だが、結局ラーカイムにでかい顔させることになるんじゃねぇのか?」
それは後々面倒だろと言外に告げるリドウ。
「あなたが実質単独で討伐する事態になったら、真実を公表する。その時点であなたは『天の位』に認定されることになるだろう」
「…………」
「この手の称号を好まないのはいかにもあなたらしいが、現時点でも、あなたが至天の一員でない方がおかしいのだ。リントブルム討伐ではまだ弱かったが、アレクサンドル・ラヴァリエーレ打倒は話の次元が違う。が、あれはあくまでも非公式なのでな」
「まあ……もうそこら辺は諦めた」
嗚呼、煙管が吸いてぇな――第二段だった。
「俺に関する話はいいだろ?」
「いや、できれば全体の戦略を練るのも、あなたの意見を交えたい」
「協力しねぇとは言わねぇが、それなら一度休憩だ」
と勝手に言って立ち上がる。
リドウが何をしたいのか察したベアトリクスは、
「外まで行かれる必要は無い。ここでやらせるわけには流石にいかないが、側の部屋を用意させよう」
「何かあるのか?」
カラッド大司教が訝しげに問うと、ベアトリクスは口元に指を二本やって、タバコを吸う仕草をする。
「ああ……」
くすりと笑ったカラッド大司教は、ちょうどいいから我々も一度休憩にしようと言った。




