第六話 新たな出会い
昨夜の出来事で、一瞬険悪になりかけたが、何とか仲直りできた恵子と千鶴は、起床してからさっと身嗜みを整えると、宿屋のロビーへと向かう。宣戦布告……とはちょっと違うかもしれないが、とにかくされてしまった恵子はどこか煮え切らない気分が拭い切れなかったが、対する千鶴の方は平然としたものであった。
ロビーといっても名ばかりのもので、受け付け用のカウンターと、泊り客同士や、彼らが外来の客と待ち合わせをするために一応置いてある簡素な丸テーブルが一つとその周りに椅子が五つという、冒険者御用達の安宿にはありふれた風情だ。
安宿とはいえ、そう思っているのはリドウたちくらいで、これでも冒険者が利用するタイプの宿泊先としては中級くらいにランクされる。鍵がついているだけでも下位の冒険者たちからしてみれば十分に高目なのだが、恵子や千鶴からしてみればこの程度をセキュリティとは到底言えず、身の安全と資金のぎりぎり妥協点がこのランクとなったわけである。
ちなみに酒場と兼用の宿屋も多いが、そういった場所は日本で言えばキャバクラとラブホテルの役割も兼ねているというのが一般的な認識なので、二人のような美少女が利用するのは非常に躊躇われる。
要するに、この宿屋は比較的お上品な方に位置付けされているということだ。
だがしかし、である。
色々と悶々としてしまい、現代文明に生きた彼女にとってはお粗末とは言え折角のベッドだったのにあまり良く眠れなかった恵子と、平常運転の千鶴がロビーまで来て目にしたものは、まるで兼用宿屋で良く見られるような光景であった。
二人の旅の連れである男の隣には二人には見覚えもない魔法使い風の女が座っており、しかも互いの距離は極めて近しく……というか、べったりイチャイチャしてやがった。
ひきぃっと音がしそうな勢いで顔面を引き攣らせた恵子は、直後にはっと隣を確認してみると……
すると、ミス・宇宙な感じのワールド的コンテストでも平気で優勝を掻っ攫っていきそうな絶世の美少女が、とってもとっても素敵な笑顔を浮かべていらっしゃり……その背後に闇の深遠を思わせるオーラを見た気が、恵子にはした。
はっきり言おう。恵子はぶっちゃけ、千鶴がリドウを本気で好いているとはあまり思っていなかった。
奇しくも千鶴自身が恵子に対して言ったように、リドウを利用するための対価として己の肉体を差し出すつもりで、潔癖な恵子に文句を言わせないためにあらかじめ釘を刺したのだと、昨夜宣戦布告されてから眠るまでの間に悶々と思考した中で、そう結論付けていた。
ルスティニアに召喚されてしまった者たちを探し出して保護したい、というのが主な目的である千鶴にとって、リドウの協力は不可欠とまでは言わないが、絶対的に好ましいのは確か。
欲深い悪人であれば心も痛まないだろうが、リドウのような気の良い男を何の対価も無く利用するのはプライドが許さない。が、相手が欲しがりそうな物が容易には思いつかない。しかし、長い旅路になるだろうと予想される中で、いつまでも、それこそ目的が達成されるまで一切報酬が無いなど、お話にならない。
だからせめて、己の肉体くらいは差し出そう。リドウという男にはそれだけの価値はあり、今の自分にできることはそれくらいしかない――という思考が働いたのではないか? と恵子は想像していた。
だが、しかし、これは……
(え? ま、マジ? もしかしてガチ!?)
「……昨晩はお楽しみだったようで、大変結構なことだわ」
なぜか焦燥を露にしている恵子をよそに、千鶴はずんずんと、リドウと、彼とイチャついている女の目の前まで歩み、両腕を組んで遥か高みから彼らを見下ろす。
しかし、リドウも女も平然としたものであった。
「あら、あなた恋人が居たの? 酷い男ね、こんな素敵な恋人がいるのに」
「ただの雇い主だ。俺はその護衛」
「そうはとても見えないけれど……私には勝ち目がなさそうだし、さっさと退散することにするわ。女としてのプライドが粉々にされちゃいそうだもの」
「悪ぃな」
「とても素敵だったわよ、あなた」
謝罪と共にリドウから軽く口付けをすると、それを笑顔で受け取った女は何のわだかまりも無くこの場を去って行った。
それを黙って見届けた千鶴は、不機嫌さを隠そうともせずにどしんと椅子に腰を下ろし、ぎろりとリドウを睨み付ける。
恵子もリドウと女の姿を眼にしたその瞬間こそは「やっぱサイテー」と強く思っていたものの、千鶴の怒気に中てられて自分の怒りはすっかり彼方に飛んで行ってしまったらしく、何となく慎重になりながら自分も椅子に座った。
対してリドウは全く気にした様子もなく、飄々と煙管を燻らせている。
「お姫様は調子が優れねぇ上に、お嬢様はご機嫌ナナメと見えるねぇ。はてさて、本日はどうしたもんか」
「お嬢様というのは私のことかしら? 恵子ちゃんがお姫様でお嬢なのに?」
「何となくで、特に意味があるわけじゃねぇが、世間知らずでワガママなお嬢がお姫様」
「何よそれ!?」
「自覚ねぇのか?」
「一般的に見て、恋人探しに他の殿方を付き合わせている時点で、自分の貞操に無頓着な世間知らずのワガママさんだというのは、流石に否定しきれないと思うわよ? 恵子ちゃん」
「うっ……」
「で、育ちは良さそうだが強かな千鶴がお嬢様だ。最初にお嬢っつって呼び出したのは俺で、特に意味があったわけじゃねぇんだが、今更変える必要性も特に感じねぇし、ま、お嬢のままで良いだろ。千鶴と呼んでくれとも言われてるしな」
ならば自分も恵子と呼んでくれ、とは彼女には言えなかった。だって名前を呼び捨てにしてとお願いするだなんて、異性として意識してますと宣言するようなもんだし……。
別に誰もそんなことは思わないだろうが、まあ要するに彼女は自分の口から告げるのが恥ずかしいのと、恋人に悪いという気持ちも同時に働いただけである。
「別にお嬢様育ちというわけではないのよ。ただ、自分たちの娘を天才だと勘違いした両親が色々な習い事をさせていたせいで、結果的に多少お上品な仕草が本人も気付かない内に、いつの間にか板についてしまっただけよ」
その言葉に、リドウはぴくっと眉を跳ね上げる。
「好きじゃねぇのか? てめぇの親が」
「察しのいい男は現実ではモテるけれど、物語の中でモテるのはなぜか察しの悪い主人公と相場が決まっているわ。剣と魔法のファンタジーストーリーそのままなルスティニアでは、さてどちらが正しいのかしら、ね?」
「決まってる。現実の方さな」
リドウが肩を竦めてみせる様は、まるでおどけているようでもあった。
それを見る千鶴の眼差しといえば氷結の如き冷たいものである。
「つまり自分は異性にモテる、と。あまり泣かせていると、いつか背中を刺されることになるわよ? 日本ではその現象を『ナイス・ボート』と名づけられているわ。出来の良い小船を延々見せられるのなんて私は御免よ、自重してちょうだい」
「つっても、今回は別に俺から口説いたわけじゃねぇんだがなぁ」
リドウは昨夜の自分の行動を思い起こしながら苦笑を浮かべる。
昨夜別行動になったリドウは、馬鹿騒ぎもそれはそれで嫌いではないが、落ち着いて飲みたい気分だったので、まず大人し目の雰囲気の酒場を探したのだが、そういった場所は、同業の男の酔っ払いに絡まれるのを嫌う女性冒険者も多くが好む。
彼女たち目当てに、例えば先日リドウが伸したスニフのような男が来店し、大人しく飲んでいるだけなら何も言われないし、ナンパするくらいは許されるが、強引に迫ろうものなら最後、店内の客は全て敵と化す。
それだけでなく、そういった酒場を経営する店主は自らが引退した元冒険者で、きちんと女性に配慮できるタイプの者が多い……というよりも、そういった酒場を彼女らが探し当てるわけだが。
彼ら店主の実力はマチマチであり、引退した今でも下手な現役より強いという店主はやはり少数派で、元々大した実力ではなかったか、錆付いてしまったか、いずれにしても店主単身で暴れ回る現役を止められるものではないが、彼らが現役時代に築いたコネクションを侮るべきではなく、後日手痛いしっぺ返しを食らう羽目になるのが相場でしかない。
それらの理由により、繁華街や歓楽街がある規模以上の町では意外ときっちり住み分けがなされている。
でだが、リドウはその酒場の店主のお眼鏡に適ったらしくすんなり通され、独りで煙管片手に飲り始めると、情報収集も兼ねてバーカウンターの向こうに居るマスターと世間話に花を咲かせ出したのだが、その様子に、これは滅多に見ない高得点の男だと気付き始めた女性たちがお互いに散々な牽制の末に、先ほどこの場を辞した魔法使いの女が見事その権利を勝ち取り、特に断る理由を感じなかった彼はお持ち帰りしたのであった。
無論その時、男の側から誘いの言葉を言わせるよう、恋の駆け引きを楽しんだ女魔法使いがいたり、それを察して後半は自分から口説いてみせるだけの甲斐性をリドウが見せたり……まあそんな場面もありはしたが、詳細はご想像にお任せするとしよう。
「まったく、いい気なものね」
「ちったぁ羽目を外すくらい許せよ。お前さんらの目的なんざ、本来俺にはどうでも良い話なんだぜ? 俺がするのは手助けだけだ。正味のところ、これは『俺の旅』じゃねぇんだからな」
「報酬ならきっちり支払う用意があるわ」
「はん?」
「私の体を好きにする権利――どう?」
千鶴はにこりと笑んで言う。
リドウはその質問に答えるのではなく、まず煙管の灰を一度落とし、再び葉を詰めて火を点した。
それを見た千鶴は笑みを消して、常の無表情に戻ってしまう。
「それなら、他所の女を漁る必要もなくなるし、極めて合理的だと愚考するわ。幼い頃から武道を嗜んでいたし、こちらに来てから先の激しい戦闘のせいで“膜”は残っていないかもしれないけれど、私は正真正銘の処女よ。この私に男の味を教える権利ともなれば、どれだけの金貨を積み上げても惜しくはないと考える男も少なくない、と自負しているわ。しかもあなたには、旅を続ける限りずっと好きなだけ抱かせてあげるし……あなたの言った好意の有無も、今まで出会ったどんな男より好意に値する、そう本心から思っているわ」
「口の上手い女だな、マジでよ。商人にでもなった方がいいんじゃねぇか? 稼いだ金で雇った冒険者に探索させた方が、よほど効率がいいかも知れんぜ」
「はぐらかさないでちょうだい」
イラついた様子を見せる千鶴に対して、リドウは常時よりも何かの強い感情を灯らせた瞳で彼女を見つめる。どうやら少しお怒りのご様子だ。
「無ぇな。今のは聞かなかったことにしておくぜ」
「……その前に、理由を聞かせてちょうだい」
「いわば俺はあんたらの保護者だ。娘でも妹でも構わねぇが、どちらにしろ手ぇ出す父親も兄もいねぇだろ?」
「美人な場合限定だと思うけれど、近親相姦上等の変態なんて、実はそう珍しくないと思うわよ」
「茶化すんじゃねぇよ」
「ならあなたの望みを聞かせてちょうだい。可能な限り全力で満たす努力はしてみせるわ」
「特に何も」
その言葉を機に少しの間が空き、やがて何かを探るような慎重な様子で千鶴が口を開いた。
「……まさか、本気で善意だけだと“のたまう”おつもり?」
「そうさ。それでお前さんらにとって、何か問題でも?」
「信じられない……というのが一点。それともう一点、それでは私のプライドが許さないわね」
「捨てっちまえ、んなもん。まあ俺に関してだけにしとけ、とは忠告しておくがな」
目を細めて見つめてくる千鶴に、リドウはため息まじりの煙を吐き出しながら肩を竦めてみせる。
「確かに、初めは押し付けられた役割だが、てめぇ自身も是とした以上、俺にとっちゃそれで十分だ。だがまあ、強いて言うなら……」
「……何かしら?」
リドウは右手を己の目の前に持ってきて、掌を見つめていたと思うと、ぐっと拳に握り締め、そこを見つめたままで話す。
「俺にはいつか、てめぇ自身の実力で、てめぇ自身がきっちり納得できる形で、完璧に勝利してみせなきゃならねぇやつらが何人か居る。だが、相手は並大抵のやつらじゃねぇ。あいつらに勝つにゃ、俺にはまだてめぇ自身の自覚が無ぇモンで、まだ俺には足りねぇモンがあるらしい。それを探すためと……」
そこで体の力を抜いて肩を竦めてみせた。
「あとはまあ、別に鍛錬なんざどこだってできるし……旅をしてりゃ、いずれ見たこともねぇ強者と出会えるかも知れねぇからな。お前さんらの旅に付き合うのに、俺の側には特別問題はねぇんだよ。多少面倒だとは思わんでもねぇが、そんくれぇは捌いてやる程度の甲斐性は見せにゃ、男が廃るってもんだろ」
唖然。
まさに唖然だ。そうとしか表現できない表情で、千鶴はリドウを眺めていた。
恵子も、ぽかんと口を開けて彼を見ている。
そんな二人を見て、リドウはため息しながら煙管の灰を落とし、それを胸にしまい込むと、やおら立ち上がった。
「ま、いいさな。千鶴はとっとと新しい武器を注文しに行くとして、基本的に街中でのお嬢の面倒はお前さんに任すぜ。野郎の俺よりゃ同性のお前さんの方が、お嬢も気楽だろうからな。白昼の街中でまで始終気を張ってる必要はねぇと思うんだが、お嬢の単独行動は基本避けてぇ」
「どこ行くの?」
「情報収集。できりゃあ次の目的地を決めてから動きてぇからな。お前さんらも暇がありゃやっとけ。お前さんらに聞かれりゃ、野郎なら大抵は向こうから勝手に吐いてくれんだろ」
宿屋を出て行くリドウを見届ける。
――と、固まっていた千鶴が、気だるげな動作でテーブルに片肘をついて、掌に己の額を乗せ、大きく息を吐き出した。
どうしたのだろうと思った恵子は、顔を傾けて千鶴の顔を覗き見ると、驚きのあまり目をこれでもかと見開くことになった。
何と千鶴は耳に至るまで顔中を真っ赤にしていて、今にもニヤケそうになっているのを必死で我慢しているのか、ぴくぴくと唇の端を震わせているではないか。
「――やばい。カッコいい。何あれ? 反則でしょ。ツボなんてもんじゃないわよ。あんな男がこの世に存在していて良いというの? いいえ、犯罪よ、ありえないわね。参ったわ。降参よ。無条件降伏だわ」
「あ、あのぉ……」
「恵子ちゃん、これって現実よね? 私の願望が生み出した夢か幻じゃないわよね?」
「う、うん……だいじょーぶだよ……と思うけど、たぶん……」
「ねぇ、恵子ちゃん」
「えっと……なに?」
「日本に戻る方法が見つかったとしても、私、もう戻る気無いから」
「決断はやっ!?」
思わず全速力で突っ込みを入れていた恵子であった。
それに対して千鶴はそれまでよりも少しテンションを落とす。
「元々、あまり戻る気にはなれなかったのよ」
「そーなの?」
「ええ。こちらの世界で生きていくということが、どれだけ厳しいかは理解しているつもりですけれど……」
日本に居た頃の自分を、生きていると本当に言えたのか……そう独白する千鶴の無表情を見て、しかし恵子は、天才美少女にはそれなりの苦悩があったのかなぁ、と勝手に想像する。
「命懸けで戦っている時、私は確かに、高揚する自分自身を感じている……多分、戦闘狂の気質があるのでしょうね」
「だから盗賊狩りとかしてたの?」
「あれは……」
恵子は何も考えずに聞いてしまったが、言いよどむ千鶴を見てはっと口を噤んだ――リドウが口にした、恐らく復讐だ、という言葉を思い出し。
「少し、ね。リドウに秘密があるように、私にも色々とあるのよ」
「ご、ごめん……」
「謝る必要はないわ。話の続きだけれど、他の子たちはできれば帰してあげたいし、第一まず見つけなければ話が始まらないし、特に目的に変更はないわ」
千鶴が立ち上がると、恵子もそれを追いかける。
宿屋を出て、取りあえずの目的地である武器屋を目指す道中、やはり多大な注目を浴びる二人であるが、気にすることなく悠然と歩く。
「しかし――手強いわね」
「リドウ? 本気なの?」
「この上なく本気よ」
きっぱりと宣言してくる千鶴に、恵子はなぜか、胸の奥でちくりとするものを感じてしまう。
「殆ど一目惚れだったわ。闘気に目覚め、実戦を経験するようになって僅か二月足らずですけれど、これでもかなり強くなったと、我ながら思っていたのよ」
「いや、間違ってないでしょ、全然」
「けれども、リドウには軽々と止められてしまったわ」
「あいつは……まあ、かなり異常な部類らしいから」
何せ魔王に匹敵するくらいだし、と恵子は心の中で呟いたが、何とか口には出さずにすんだ。
「その仔細を聞きたいところではあるのですけれど、まあいずれ本人から聞くから。でも、何と言っても、やはりあの目ね。実力に裏打ちされた絶対的自負の篭ったあの瞳は、何かを見て『綺麗』と素直に思えた、殆ど生まれて初めての経験だったわ」
「ジツリョクに裏打ちされたゼッタイテキジフの篭った瞳……ねぇ。よくもまあ、恥ずかしげもなくそんなことを言えるわね」
「別に恥ずかしくなんてないもの」
照れ隠しではないのは、言う千鶴の顔を見れば、その表情に特に変化がないので、まあウソではないのだろう。
「己が実力に自信を持つ男は多いでしょうね。特に冒険者や王国騎士なんかには。でもそれ故に彼らはとても傲慢よ。自分が強いから何でもかんでも力で、戦いで決着をつけようとする。他人に優しい人でも、誰かが困っていて、その時に“戦ってしまえば決着がつく”ようであれば、迷わず闘争を選択してしまう、他に解決するための手段が容易にしろ困難にしろ存在したとしても」
「でも、あいつもそーじゃない? 盗賊とか、あの……」
「スニフ?」
「そう、そのスニフって冒険者の時とか、割とあっさり戦ってるわよ?」
「あの男たちが自ら退くわけがないでしょう? そもそも、盗賊であれば目にした以上、ただで見逃がすわけにはいかないわ。スニフにしても、例えば目の前に金貨の百枚でも積み上げればその場は退くかもしれないけれど」
「うーん、まあダメよね、仮に持ってたとしても」
「当たり前よ。それどころか、調子に乗って何度も集りにくるのが落ちね。そういうタイプだと見たから、リドウは圧倒的な実力を見せて、二度と手を出してこれないよう、相手に忠告したのよ」
「次は容赦しねーぞ、って感じ?」
「ええ。暫くこの街に滞在することを考えれば、むしろ最も平和的な解決手段と言えるかもしれないわ。中途半端に済ますと、あの手のタイプは往々にして『面子を汚された』と考えるものですからね。その場合、真っ先に狙われるのはあなたと思われるわよ? 人質として」
「……そーかもね」
その時を想像して、恵子は知らずぶるりと身を震わせる。
「でも、本当に彼の瞳が綺麗だと思ったのよ。その理由もすぐに理解できたわ。彼はあれだけの実力を持ちながら、相手は格下で、しかも異性の前だったとしても、自分が退くことで解決できるのなら、迷わず逃走を選択することができる、そういう男だからだ――と。まあ多分、他にも彼なりに譲れない線引きがあるとは思うけれど、それはまだ分からないわね」
「……ごめん、つまりどういう意味?」
「あのね……いえ、じゃあ想像してみてちょうだい」
「うん? うん」
チンピラとぶつかったリドウ。
どこに目ぇつけてんだと喧嘩を売られたリドウ。
「さて、リドウならどうするかしら?」
「うーん……わりーな、とか言ってさっさと退くわね」
「そうね。自分から道を譲るでしょう。けど、自分の実力に自信がある男たちの内、大半はここで自ら喧嘩を吹っ掛けるか買うかでしょうね。次の例に行くわよ」
男その一に千鶴を賭けて決闘を挑まれたリドウ。
「……何であんた?」
「だって、リドウに守ってもらいたいのですもの」
「……まあ、別にいーけどね」
「この時、リドウならどうするかしら。素直に決闘を受けると思う?」
「ううん」
「なら、『けっ、腰抜けが』とか言われたとしたら?」
「平気で認めそうね」
「ね? いとも簡単に想像がつくでしょう? けど、これで決闘を受けない、自分の実力に自信のある男なんて、そうは居ないわよ」
「確かに」
「極論すれば、彼は赤の他人にどう思われようが、本気でどうでも良いのでしょうね。なぜならば、彼は本当の意味で自分自身に自信を持っているのですから。恐らく、彼がいつか勝ちたいと言っていた方々だと思うけれど、その人たちに“悲しまれない”生き方さえできれば良い……のだと思うわ」
千鶴は初めてリドウと接触した時を思い出す。
人殺しが怖い甘ちゃんと決め付けられ、怒りも、それどころか否定すらしようとはしなかった。
一条千鶴本人から体を好きにして良いと言われ、微塵も意思を揺るがせることはなかった。
いずれも並の男にできることではないだろう。
「絶えず周囲を威嚇しなければならないようでは三流。実力を馬鹿にされて切れているようでは所詮二流。本物の一流というのは、誰が認めるでもなく、我が身が強いという事実を真実知っているからこそ、格下相手に偉ぶったりせず、多少のことは笑って流せるだけの度量を持っているものよ――例えば、リドウのように。もちろん、この法則に当てはまらない実力者も世の中には居ますけれどね」
ちょうどきりの良いところで武器屋についた二人は、そこでいったん会話を止めた。
さて、一方のリドウである。
彼の最初に向かった先は、恵子ならば冒険者ギルドと称したであろう場所であった。
広さは大き目な商店くらいで、一般的な民家と比すれば凡そ三軒分くらいだろうか。
雑多な印象はなく、これが意外と整然としており、窓口に相当する場所で数人の受付嬢が並んでいる。彼女たちの年齢は十五~十八歳くらいで統一されており、容姿の方もあの二人と比べれば落ちるとしても中々のものである。
それも当然。彼女たちは末席とはいえ、貴族のご令嬢なのであったりするのだ。
まずもってルスティニアの冒険者ギルドは、その大半が行政によって直接管理されている。
冒険者とは犯罪者でこそないが、その性質から血の気が多い者が非常に多く、彼らを無条件に野放しにしていると、あまりよろしくない事態が勃発しまくることになり得てしまう。
喧嘩といったものであれば、それは本人たちのご自由に、といった対応であるのだが……。
例えば依頼者との金銭上、または依頼内容そのものにおけるトラブルとかであるが……これが双方に、依頼者側と冒険者側の互いに対する信頼関係があればそうそう問題は起こらないのだが、この世界ルスティニアの冒険者は高い実力と高潔な精神を持っていればいるほど、なぜかアウトロー気質も強い傾向があったりする。
というよりも、そうでないまともな精神性をしている実力者は普通、どこかの国に自らの実力を売り込むし、国の方としてもその実力者に匹敵するだけの一般戦力を保持するよりその一人を確保している方が、その実力者に対しては当然の高給を保障しなくてはならないものの、それでも養うための資金や、更には身軽さが決定的に違ってくるため、思想に問題さえなければ大歓迎されるのが極々一般的。
そんななので、本当に“使える”冒険者ほど、一所には留まらずに、旅先で食い扶持を稼ぎながら好きなように人生を謳歌しているケースが多く、中々商人を筆頭とする依頼者と相互の信頼関係を築けるものではない。
しかも、だ。
彼らは非常に強力な戦闘能力を自身が持っているわけであり、それこそ高価な魔物素材の売買や、リドウのように単独、または少数での大規模盗賊団の討伐などを自身の実力で可能としてしまうため、商人の護衛程度で手にできる収入など、彼らにとってははした金でしかなかったりする。
故に、ギルドで一般的に受けられるような依頼内容を自ら求める冒険者は十把一絡げの雑魚、もしくは中級程度までにほぼ限定される。
行商人の護衛如きに国が直接関わっていられるような余裕はなく、かと言ってじゃあ商人が独自に常時戦力を保持できるようなことなどありえず、さりとて商人と冒険者のどちらに原因があるにしろ、トラブルを起こして最悪商人が殺されたりしてしまえばそれは国にとって大きな損失となる。
こういった諸々の事情により、依頼者側には依頼内容の正確な提示義務を、冒険者側には確実な依頼内容の遂行義務をそれぞれに課して、いざとなれば「下手なことをすれば国が罰則を科すからね。お互いにきっちり仕事だけしてれば問題はないよ」と、商人側には身の安全を、冒険者側には報酬の保障を国家政府がすることによって一定の規律が保たれているのである。
無論、依頼者は商人ばかりではなく、他にも様々な依頼はあるが。
こうして国が運営しているとはいえ、非営利団体というわけではなく仲介料は要求される。
冒険者とは、つはりは定住者ではなく、彼らから税金を直接取れるわけでもないのに、半分は依頼者たる自国の者のためであるとはいえ、それだけのために税金を使用するのは非常に躊躇われるのだ。
しかしながら、このギルド運営によって国が儲けようとしているわけでは決してない。依頼者側にしろ冒険者側にしろ、あまり好き勝手やられると国が困るという理由があるのは厳然たる事実だが、どちらかといえば双方に気持ち良く仕事をしてもらおうという善意の表れであったりするため、運営に必要最低限の仲介料しか取っていない。
まあ、下級から少数の中級冒険者たちの活躍を仲介して得られる程度など、国家規模にしてみれば知れたものでしかない、という理由もあるのだろうが。
それでも、少しでも安く済ませたい依頼者、または少しでも多くの報酬が欲しい冒険者。
そんなのは人として当然であり、その場合、互いに何度かギルド経由で仕事をし、これならば信頼できそうだとお互いに判断するとギルドを通さずに仕事をしたりするが、ただケチっただけの先見の明がない商人など、そこまでは流石に構っていられないので、一応は国も対応はするものの、基本的にはおざなりで済まされるのが通例である……がまあ自業自得であろう。
つまり冒険者ギルドはその国のお役所であり、そこで仕事をする者たちは当然、国が確実に身元や思想を保証できる者たちであり、国が直接的に管理している貴族でもなければ、そんなのは無理、であるのだ。
こうした理由により、下級であまり裕福とは言い切れない家柄の貴族令嬢が、結婚前の腰掛けで、お役所の一般事務員として仕事をするのが、割と一般的となっている。
さて。
ではリドウであるが、なぜそんな場所に来たのかと言えば……まあ、要するに仕事のためである。
盗賊討伐という大仕事は国から冒険者に対して認められた正式なものである。である以上、その手の情報はギルドに満載されている。
ここまでの道中で得た盗賊の手持ち金や、そして何と言っても大盗賊団頭領の懸賞金。それに幹部の懸賞金も貰えることになっているし、彼らの拠点から嵩張らない金目の物も頂戴したため、はっきり言ってしまえば、贅沢しなければ数年は旅を続けられるくらいの資金がいともあっさり手に入ってしまった。
それは既に手持ちにできる限界くらいの額であり、これ以上金を稼ぐ必要はなくなっている。
リドウとしては正直拍子抜けというか、「こんなチョロくていいのか? 外界の連中は」と少し心配になるほどであったが、別にあって困るものでは全くもってないので、そこは気にしないことにした。
とにかく、もう十分に稼げているのであるが、ならば何でわざわざ? とも思われるものの、リドウはこれからも積極的に盗賊討伐はするつもりなのだ。
持て余すことになった金は、ならばもっとランクの高い宿屋に移ることにしようと、恵子と千鶴の身を案じてそう思い、あとは値段に見合った美味い酒でもと考えるくらいで、女子二人にも望みがあれば使わせてやればいいさ、とも考えるものの……
もし彼が全力全開で盗賊殲滅に乗り出した場合、数ヶ月もあれば恐らくアクレイア周辺の盗賊は根こそぎ消えて無くなるだろう。
それで得られる金額を考えれば、どう考えてもリドウ本人にとっては無用の長物でしかなく、じゃあ余ったのは孤児院にでもくれてやればいいさ、と考えていた。
しかしリドウも、盗賊全てを自分の手で処理しようとは思っていない。
下級から中級の冒険者では中々難しい仕事内容であるが、それでも盗賊討伐を生活の糧にしている者たちは居る。行商人の護衛依頼で遭遇した場合、賞金が懸っているなら当然それは冒険者自身の収入となるし、彼ら冒険者も仕事が優先されるため、盗賊たちの拠点に行って根こそぎ財産を奪うようなマネこそできないが、リドウと同様に盗賊たちが身に着けていた物くらいは頂戴するのが基本だ。
よって、彼らでは根絶することが不可能な大規模盗賊団に限り、その集会日を調べて一網打尽にするつもりであった。
とは言え、その集会日までギルドで判明するものではなかったが。
盗賊団とて、それを知られては国か、もしくは国が緊急に特別組織した冒険者たちによって一網打尽にされるくらいは理解しているのだから。
というわけで、取りあえず調べられるだけの情報は得ておこうと、こうしているのであった。
――またリドウはできる限り詳しい盗賊たちの罪状も知りたくあった。
ここまでの道中で出会った大盗賊団以外の盗賊たちは、彼は一人も殺害までは至らせていない。いや、まあ最初の一件以来は団体さんの時も彼自身は一人も殺してはいないが。
だがこれから先は違う。許し難い罪を犯しているようであれば、彼はたとえ恵子に止められようと、連行できない盗賊は全て問答無用で殺害するつもりであった。
ただし彼にとって『断じて許し難い』者どもに限った話であり、噂程度で判断するなど彼にとっては絶対にありえず、だからこそできるだけ正確な情報を彼は欲していた。
不意に遭遇した時にそのような者どもを見逃すなど、彼にとっては絶対にありえない。
知らなかったならともかくとして、知れるだけの状況にあったのに、知ろうともせずにいて、結果的にそんな重罪人を見逃すことになるなど、彼にとってはそれこそ自分の方も共犯者に近い気持ちになってしまう。
そんなことは断じて御免であった。
「……しかし、予想はしちゃいたが、大したモンは載ってねぇな」
居所などの詳細が判明しているようなら、そもそも国が速攻で潰しに行く。
木っ端盗賊団ならともかく、大盗賊団ともなれば軍を派遣するには十分な費用対効果が認められる。何せ彼らが貯め込んでいる財産も中々馬鹿にできないし、大体にして一気に盗賊の数も減らせるのだから。
リドウの求めているような大盗賊団ともなると、「あそこに出没するって噂の連中、何チャラ大盗賊団の連中らしいぜ。下手に手を出したら報復が怖いな」みたいな曖昧な情報くらいしかない。
それでも可能な限り罪状を筆頭とした情報を記憶しようと、受付嬢に用意してもらった書類を捲り続けるリドウ。
「もし」
そんな彼に声をかけてくる者があった。
「ん? 誰だい、あんた」
背後からの声に振り向いてみると、そこに立っていたのは一人の男。
さらりと流れる金髪が優雅さを象徴する、これでもかというほど好青年らしい好青年をした顔立ちの、二十歳を幾つか過ぎたくらいの中々美形なにぃちゃんであった。
「失礼。僕はハインツと申します」
と軽く頭を下げてくるハインツを見るリドウの眼差しがすっと細まる。
「貴族が俺に何の用だ?」
「え? 僕はあなたと同じ冒険者ですが」
不思議そうにするハインツの姿は、右腰に長剣を挿し、胸には鉄製のプレスプレート、足も鉄製のグリーブという、冒険者には極々一般的な出で立ちである。
だがリドウにとってはそれだけではなかった。
リドウは野生的な外見のせいでぱっと見は荒々しそうであり、また言葉遣いがあまりよろしくないのは事実だが、その所作は見る者が見ればかなり洗練されているのが理解できるだろう。
何せリリステラやサリスからはそこら辺を幼少に厳しく躾けられていたのだからして。
その彼が見るに、目の前の優男の所作もかなり洗練されており、むしろ本人が意識的に粗野に振舞おうとしているような、そんな違和感しか抱けないのだ。
外界たるルスティニアの情勢に明るいわけでは決してないリドウであるが、元来が頭も良く、そうした判断力を養うための訓練も、これもサリス辺りからかなり仕込まれているのであった。
「僕、です、ます。その時点で冒険者ってのも中々難しいぜ。やるならせめてもうちょい指先まで気合入れて偽りな」
「はあ……分かる人には分かってしまうものなんですね」
困り気味ながらあっさりと認めたハインツは、しかしすぐにニコリと笑う。
「でも、あなたもただの冒険者とは言えませんよね? 貴族とも思えませんが、平民にはとても見えません。不思議な方だ」
「これは一応褒められてるのか? 俺は」
「最大級の称賛だったつもりですよ」
「そりゃ、ありがとよ。で?」
何の用だとリドウが再度問い掛ける。
「この近辺では有名なギルゲ盗賊団の親分であるギルゲ本人を昨日捕縛されたのはあなただと聞いています、リドウさん」
「ああ、まあな。正確にはもう一人……いや二人か? ま、俺一人でも結果は変わらんと思うが」
「す、凄い自信ですね」
ハインツは思わず苦笑い。
「もうバレてしまったので正直にお話しますが、僕はいわゆる没落貴族でして、実家が没落して身軽になったのを機に、どうせなら世界中を見て周りたいと思い、こうして今は冒険者として生計を立てながら旅をしているんです」
「ほう。ボンボンにしちゃ感心なこった。がまあ……」
リドウは再びすっと目を細める。
「問題はなさそうだな」
「あ、やっぱり分かります? これでも隠そうと努力してるんですけど」
「あんたがあともう何人か居れば、俺も結構楽しめそうだぜ」
「でしょうね。あなたは全く隠そうとされてませんから、多分僕じゃ大した抵抗もできずに殺されてしまうんじゃないかなー……とは思ってました」
「だが、だ」
リドウは少し声を落とす。
「あんたレベルの実力者を、しかもその若さならまだ伸びるだろ。いくら没落したとはいえ、そう簡単に手放せる国がそうそうあるたぁ思えんぜ。何が目的だ?」
「若さについては絶対にあなたに言われたくありませんが……」
「答える気はねぇってことかい?」
片方は表情を殆ど消して目を細めながら、もう片方は対照的ににこやかに、両者はしばし見つめ合う。
二人が並んでいる光景に、現在仕事がない受付嬢たちはぽーっと見蕩れ、そうでない仕事中の彼女たちも気になって仕方がないらしく、目の前の冒険者からちらちらと視線を外している様子が伺える。
もっとも、肝心のこの二人は気にしてはいなかったが。
結局、折れたのはハインツの方であった。
彼はため息交じりに、困りましたという笑みを浮かべる。
「すいません。確かに少々他人にお話するには憚れる事情が僕にはあります。ですが、今回リドウさんに声をかけさせて頂いたのはそれとは全く関係がないことを――僕の剣と誇りに懸けて誓います」
するとリドウは片眉を跳ね上げる。
続いてにやりと笑んだ。
「上等だ。で、何か用があったのは確かなんだろ?」
「え? 信じて下さるのですか? こんなあっさりと」
拍子抜けといった感じのハインツに、リドウは肩を竦めてみせる。
「名誉なんぞと言いやがったら信じなかったろうな。だがあんたはてめぇ自身の誇りと剣に誓った。俺にはそれで十分だ」
「騙そうとしているとは思われなかったんですか?」
「俺はあんたの言葉に確かな力を感じて、それを信じた。なら騙されたとしたら、そりゃ俺が間抜けだったってだけの話だ」
「……なるほど」
これまでどんな状況でも何かしら笑顔を浮かべていたハインツだったが、この時初めてその表情を消し、しかし真剣な眼差しでリドウを見つめる。
「いらっしゃるものなんですね、あなたのような人が、冒険者にも」
「さあな。俺も冒険者家業をやり始めたのはつい最近のこってね。他の連中のことなんざ大して知らねぇよ」
「事情はお聞きしません。ですが、やはりあなたは信じられる人であると僕もお見受けします。なので、ご提案なのですが」
「言ってみな」
促すリドウに、ハインツは再び朗らかな笑顔を浮かべる。
「僕と、盗賊退治をしませんか?」
「ほう」
リドウはその提案に、心底面白そうな笑みを浮かべるのであった。




