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第七十話 お狐様と魔法少女と魔法講座

 恋する男の温もりに包まれたことで、傷つき疲れた心も僅かながらも癒され、ぐっすり眠り続ける一条千鶴。


 昼を過ぎてそろそろ夕刻に差し掛かるという時間に、彼女は突然起き上がった。


 しかも本日の彼女は普段の寝起きの悪さなど微塵も感じさせず、目覚めると共に意識も完全に覚醒させることができていた。


 よく眠れたからか? それとも、この魔王城は敵地であると心の奥底では認識しているのか?


 ――違う。


 その原因は……


「な、何事!?」


 どっごーんっと激しく揺れ動く魔王城であった。


 僅か一瞬のことだったが、眠っている千鶴の体が文字通りにベッドから跳ねるほどの巨大な振動に、さしもの彼女の寝起きの悪さも尻尾を巻いて逃げ出したようだ。


 今度は自力で跳ね起きると共に、脱ぎ捨ててあった服を手に取り、焦燥感の篭った表情で着替えると、勢いよく外へと飛び出した。


 同時に、再度の地震が発生する。


「きゃあっ」


 隣部屋だった愛奈もちょうど出て来たようで、悲鳴を上げながら頭を抱えてうずくまる。


「愛奈ちゃん!」


 千鶴は愛奈に駆け寄ると、彼女を守るように抱き締める。


「取り敢えず、今すぐ崩れたりはしないようだから安心……」


 励ましの声を掛けている途中で、不自然に言葉を切ってしまう。


 というのも、とある事実に気づいたからであった。


「これは……」

「誰かが能力全開で闘ってるみたいですね……」


 愛奈も同時に気づいたようで、何となく事情を察してしまい、二人はげんなりと呟いた。










 二人は“外見年齢が相応な”メイドさんたちがサリス以外は残らず外界へ出払ってしまっているせいで、案内してくれる人に出会えなかった結果、無駄に複雑に入り組んでいる魔王城の構造が今一分からず、入って来た時の庭園に一度出てから、闘気や魔力の膨大な反応が感じられる逆側へと回り込んだ。


 見るも鮮やかな庭園が裏側にあるとは信じられない、見渡す限りに荒野が広がるそこで……


 激闘を繰り広げているリドウとサキ。


「人の身の内によくぞそこまで上り詰めよった!」

「舐めるんじゃねぇっ」


 空中に浮かび、薄ら笑いを浮かべて見下ろす様にはどこか余裕さえ窺える。


 全身が砂埃にまみれて上空を見上げる方と言えば、どんな相手であってもこれまで崩すことは無かった最低限の余裕すら完全に失せており、必死の形相で睨んでいる。


 どちらがどちらかは両者の台詞が示す通りである。


 修復中につきトレードマークの紅のコートは無く、素手だけでいるのでちょっと違和感があるなと、虚ろな思考で思う愛奈。


「尻尾?」


 愛奈よりは幾分冷静な千鶴が目敏く気づく――サキの臀部から狐を思わせる尻尾が三本生えていることに。


 あ、ホントだと愛奈も気づいて、


「可愛いですね」

「現実逃避したくなる気持ちは分からないでもないわ」


 のほほんと笑いかけてくる愛奈に、千鶴が頼むから正気に戻ってくれと告げる。


 ――あの! リドウが! 圧倒されている!!――


 両者の今の位置関係がそのまま実力の差であると、両者の表情は物語っていた。


 相手は魔王だ。しかも剣姫ルミナリア・ファルミとは年季の桁が違う。本人によれば大体千五百歳らしい……細かくは覚えてないらしいが。リドウを凌駕しても何らおかしなことでないはずだった。


 が、リドウの出鱈目具合を今まで散々見せ付けられてきた二人にしてみれば、理屈の上ではおかしくないと理解はできても、どうしても信じ難い思いがあった。


「あ、おーい!」


 頭上から聞こえてくる元気な声に仰ぎ見てみれば、テラスから身を乗り出して二人に向かって手を振っている恵子の姿があった。


「二人ともこっち来なよ!」


 恵子の誘いに顔を見合わせた二人は、一度城内に戻る。


 ――ことはなく、愛奈はふわりと宙に浮かび上がった。これはいい。


 しかし、魔法使いではない千鶴は、一階のテラスまで跳び上がり、また次の階に跳び上がりと繰り返して、最後は偃月刀片手に宙返りまで披露して、恵子の居る四階のテラスの手摺に着地した。


 ……うん。やっぱこいつもとっくに人間辞めてるわ。


 恵子は半ば呆れた思考で再確認する。


 テラスはちょっとしたお茶会の様相を呈していた。リリステラ、ザイケン、リーチェンと魔王様方が勢揃いしており、シャイリーも居る。


 サリスは城内の仕事をしているらしく、この場に姿は無かった。


「ここに居れば核爆発が起きても安全だって」

「そう……」


 何でそんなに具体的な威力が持ち出されるのか疑問に思う千鶴であったが、深くは聞かない方が精神衛生上懸命だと勘が囁いたようで、余計なことは何も言わずに相槌を打った。


 一方の荒野側では、頭上に手を掲げたリドウの上に、大きな真っ白い球体が生まれている場面であった。


「あれは確か、エンジェリック・フェザー……」


 数百の盗賊たちの頭のみを消し飛ばし、他の一切に被害を与えなかった神業魔法を思い出す。


「違いますね」


 が、元祖であるらしいリリステラが否定した。


「エンジェリック・フェザー……とは人々が勝手に名づけた呼び名で、元々は何の名称もない『光属性魔法』です。というのも、あの魔法は“あそこから”何らかの形に応用するのを前提としており、一応はエンジェリック・フェザーの形が完全な使用方法で、『光のフルキャスト』に『識別』と『追尾』を自動で行うよう設定するトリプルキャストですが――」


 リリステラの言葉を証明するように、リドウの生み出す光球が更に一回り大きさを増す。


「あの場合は単純に威力だけをダブルで底上げし、発動後の操作は自力ですね」


 ぶぅん、と分裂した数百の光球が上空のサキを襲撃する。


 しかし彼女はあっさり避けてしまう。


 が、避けた先の位置を、未だリドウの周囲に留まっていた残りの光球が新たに襲う。


 微かに目を見開き驚いた様子を見せるサキであったが、自在に空中を飛び回って回避し、時には両の手に持つ鉄扇で弾いて全ての光球を避けきった。


 ――刹那。


 いきなりサキの頭上に出現したリドウが、冷徹な輝きを宿す瞳で彼女を見下ろしていた。


 それに気づいて上を見上げたサキであったが、驚きを表す間もなく、特大の火炎竜がその身を襲う。


 しかし、直後にリドウの背後に無傷で現れ、その背に向かって鉄扇を打ち付ける。


 見もせずに体を捻ってそれをかわしたリドウは、伸びきったサキの腕を捕らえて、巻き込むままに投げを打とうとするも、彼女は慌てず己の腕を折り曲げるだけで拘束を外してしまう。


 互いに距離を置いて空中で浮いたまま、ニィと口角を吊り上げて両者は睨み合う。


 と、次の瞬間には両者は接触し、華麗な舞踏を舞う。


 一合するたびに――


ドゴンッ


ドゴンッ


 ――という、とても平和的とは言い難い凄まじい轟音が鳴り響き、大気が激しく揺れ動いているが、あまりにも極まった両者の技量が作り出す情景は、まるで映画のダンスシーンを思わせた。










「浸透勁は使わないんだ」


 シャイリーが無表情に言う。遥かなる格上の二人の闘いに魅入っている証拠だ。


「浸透勁を足場無しに行使するのはただでさえ至難じゃからのう」

「入れ損ねると、完全な無駄撃ちに終わる分、でけぇ隙が出来ちまうからな。女狐レベルの相手には普通に殴る蹴るの方が確実だ。それが理解できてっから女狐は地上じゃなく空中戦にこだわってんだよ。リーチェンの技を使うリドウ相手に地上戦じゃ万一があるからな」


 もっとも、俺ならそれでも入れさせやしねぇが――とニヤリ笑いをしているザイケンであった。


「でも『女狐』って本当に言葉通りだったんですね」


 既に化け物たちの闘争には慣れてしまったのか、悟りきった穏やかな顔の恵子が質問する。


「我々は強大すぎる力を持つが故に、ふとした拍子に意識が緩んで他者を無為に威圧しすぎてしまわないよう、自然と普段は本来の半分程度まで力を抑制するようになる傾向があります。者によってはその封印が目に見える形となって現れることもあり、サキの場合はそれが尻尾の数という形になります。ご覧なさい――」


 リリステラはサキの姿を指し示す。正確には尻尾の部分を指しているのだろう。


「開始当初は一本しか出していませんでしたが、今は四本になっておりますでしょう?」


 千鶴たちが見た時は既に三本だったが、いつの間にか確かに四本の白銀の尻尾が出現していた。


「それだけリドウの力を認め、本来の力を発揮し出したという証左です。ちなみに全力ならば九本になります」

「九尾の狐……ということかしら」


 千鶴はぴんっと閃いた単語を口にすると、


「サキさんには似合いすぎですねぇ……」


 愛奈が苦笑まじりに同意した。


 傾国の大妖怪。古くは中国の殷王朝を絶世の美女に化けて滅亡させ、インドでも絶世の美女に化けて国を乱し、そして日本でもやはり絶世の美女に化けて国に仇をなそうとした玉藻前はあまりにも有名だろう。別に同一人物というわけではないが。

 その美貌の前に男たちはことごとく跪き、骨抜きになるであろうこと間違いなしの艶やかにして香り立つような色気を持つサキにはあまりにも似合いすぎる形容だった。


「あ、もしかして……」


 と、恵子は何か思いついたらしく、リリステラへ視線を向けて……何やら期待感が見え隠れする顔で声を掛けている。


「リリステラさんって、封印を解くと……天使みたいな羽が生えたりします?」

「はい。よくご存知で」


 ちょっと驚いた様子で恵子の質問に答えるが、すぐに何かに気づいた納得顔で、


「ああ、リドウの天破煉翔をご覧になったのでしたね」

「やっぱり、あれが最終形態なんですか?」

「最終形態……」


 困ったように苦笑する。何かちょっと違うような感じがするようであった。


「まあ、確かにそうとも申せますが……本来の姿と申す方が正しいですね」


 ――私の変身はあと二回残っています的な感じなんですかね?


 ――失礼よ、愛奈ちゃん。


 などと、千鶴と愛奈が小声でやり取りしているが、幸いリリステラには聞こえなかったのか、あるいは見逃してくれたようだ。


「うわぁっ、見てみたいです!」


 恵子が瞳に数多の星々をちりばめさせ、期待に濡れた顔でリリステラを見つめる。きっと物凄く綺麗に違いないという期待感が凄まじかった。


「いずれ機会があればお見せすることもあるでしょう」


 つまり、今見せるつもりは無いと言われ、がっかりした様子で肩を落とす恵子であった。別に不満があるわけでもなかったようだが。


「リリィの最終形態(笑)を直接拝んだら、恵子嬢ちゃんなんざ間違いなく気が狂っちまうぜ」

「よろしいでしょう、ザイケン。その喧嘩、最高値で買いました」

「じょ、冗談だよ、冗談!」


 実にイイ笑顔を向けてくるリリステラに、ザイケンは大慌てで迂闊な発言を撤回した。


「ま、気が狂っちまうってとこはマジだがな」


 この台詞には、しかしリリステラは澄ました顔でティーカップを傾けており、何も否定しようとはしなかった。


「初めて見た時はなあ……この俺が闘いを挑もうと考えることすら忘れて跪いてたぜ……」


 感慨深げに腕を組んで目を閉じながら、二度三度とゆっくり首を縦に振っている。


 リリステラは何を思ったのか、話題を変えようと自ら口を開く。


「しかし、本当に常人を相手にして天破煉翔を使ったのですね、リドウは。あれは滅多なことで使用していい魔法では断じてないのですが……」

「あなたほどの方がそこまで仰られるほどの魔法なのですか、あれは……?」


 千鶴が戦慄を隠さず、慎重に問い掛ける。


「でも……ドラゴンとか鳥さんの魔法と、あんまり威力は変わらない気がしたんですけど……」

「鳥さん……」


 何とも気の抜ける表現だったが、恵子らしいとも思えなくもない。


「鳳凰昇天ですね」

「確か、はい」


 恵子が思い出しながら肯くが、リリステラは首を横に振った。


「リドウが独自に開発した火炎魔法にはそれぞれの用途があります。竜華葬送と鳳凰昇天は共に火炎のダブルキャストですが、竜華葬送は広範囲に亘り対象を確実に追い詰める、または焼き払うことを目的としており、対して鳳凰昇天は他一切の効果を廃し、全熱量を小範囲に集中することで竜華葬送を上回る超高火力を発揮する中近距離限定の魔法です」


 この世界最高の魔道士でもあるリリステラの魔法談義だ。皆真剣な顔で黙って口を挟まず聴いているが、特に愛奈の入れ込みようは凄まじく、瞳孔が若干開いて見えるほどだった。


「その二つの魔法を起爆剤として実現するクワッドキャストが天破煉翔です。当然ながら、その“効果”は先の両魔法とは物が違います」

「威力ではなく効果なのですね?」

「左様です」


 リリステラは肯きながら、己の言葉の意味を正確に捉えた千鶴を感心した様子で見やる。


「つまり、エンジェリック・フェザーのように、何か他に特殊な効果が付加されていて、破壊力に主眼を置かれた魔法ではない……」

「ご名答です」


 再び肯くリリステラの表情はとても満足そうな感じだった。


「天破煉翔は対象の『存在』を攻撃する魔法なのです」


 どことなく重い声で言った。


「存在……ですか?」

「存在――あるいは概念、あるいは魂と申してもよいでしょう。いわゆる幽霊や、それこそ神であろうと、理論上あの魔法で殺せぬ存在は存在しません。効果対象の存在自体を焼滅させる魔法が天破煉翔なのです」


 絶句。


 あまりにも凶悪すぎる効果内容に、この場の“人間”たちは愕然として、とても何かを口にできる状態ではなかった。


「無論、効果が完全に発揮されればの話であり、防ぐ、または回避されてしまえば、どのような攻撃でもそうであるように、意味はございませんが……」


 言葉を溜めながら、眉間に皺を寄せて、


「そのラヴァリエーレ殿、加減を間違えていれば魂すら残さずに消滅していたことでしょう」


 一同はごくりと息を呑む。


「天破煉翔の行使の決意を我が息子に促させるほどの使い手が、未だ人の身のままでそこまで達しましたか……」


 うふふと声を零しながら綺麗に笑う。


「是非一度お会いしてみたいものですね」


 そう遠くない未来に彼女の願いは実現するのだが……


 いかに魔性の神であっても決して神ではないその身では、流石に知れるものではなかったようだ。










 リドウ対サキの激闘は、最終的にサキの勝利で終わることとなった。


 全身ボロボロになって気絶したリドウを、自分も至る部分を焦がされたり、もしくは彼は素手のはずなのに着物が切り裂かれていたりとボロボロの様子になりながら、しかし怪我その物は既に自力で治療してしまったらしく、美しい姿はそのままのサキが軽々と肩に担いで戻って来た。


「六本ねぇ……まあそんなもんか」

「出発前よりは腕は上がっておろうの。前なら万全の状態でも精々が四本といったところじゃったろ。どの道まだまではあるが」


 ザイケンとリーチェンがサキのお尻……の後ろを見ながら、二人揃って顎を撫でて言う。


「そう言うてやるでないわ。わらわが二本目以降を出す羽目になったのなんぞ、数百年前の最後に貴様とやり合って以来じゃぞえ? 大したものじゃよ」


 気絶しているリドウを椅子に座らせると、膝を折り曲げたまま優しげな微笑を浮かべて、健やかな眠り顔を手でさする。


 千鶴あたりはむっとしているが、流石に文句をつけるにはちょっと躊躇われる相手だったようだ。


「リリィ、任せてもよいかの?」

「無論です」


 サキから場所を譲られたリリステラは、何をさせても優雅な仕草で上半身をかがめ、リドウの頬を、その白魚のような可憐な両手で優しく触れる。


 途端に薄っすらとリドウの全身が光を放ち……


「ん……」


 軽く身じろぎしながらリドウが目覚めた。


(あ、ありえない……)


 “控え目に言って”も重傷だったリドウを一瞬で全快させてしまうその技量に、愛奈が瞠目して固唾を呑んでいる。


 ――使用対象がリドウなのだ。


 人体に直接作用する魔法は超高難易度だ。愛奈も重傷のシャイリーを頑張って回復させたが、魔力自体は殆ど持たない彼だからこそできたことであり……リドウに対して自分が回復魔法を行使しても、おそらく気絶するまで頑張ってもかすり傷くらいしか癒すことはできないだろう――そう、感覚で何となく理解できる。


 回復魔法を他人に使用する難度が正確に理解できる今だからこそ、それがどれだけ『ありえない現象』なのか……現実に目にしてすら到底信じられなかった。


 呆然と愛奈が見つめている中、意識を取り戻したリドウは周囲の様子を確認すると、乱暴にがしがしと頭をかき回しながら立ち上がる。


 完膚なきまでの敗北シーンを少女たちに見られてしまった羞恥心が――


「んー! やっぱ魔王は強ぇな」


 あるわけがないらしく、全身で伸びをするその顔には屈辱感なんて欠片も見当たらない。いっそらしくないほど清々しいくらいの笑顔だ。


「できれば伝え聞く九本目まで出させたかったもんだがね」

「馬鹿者。只人相手に本来の力なんぞ使わされたら、わらわの方が恥ずかしいわ」

「刀が戻ったらまたやろうぜ。今度は絶対ぇ九本目まで出させてやるよ」

「そういえば“お前様”、鬼の技も使うのじゃったのう……」


 嫌そうに顔をしかめる。酷い別れ方をした元彼の技を使うというのが気に入らないのだろうか。


 と思いきや、


(……やばい。リリィ直伝の魔法技術に天武殿の技だけでも六本目までいかされたというのに、この上更に鬼の技まで混ぜられたら……九本目は流石に無いにしても、八本くらいまではいかされかねぬぞえ)


 どうやら魔王としてのプライドの危機を感じていたようだ。それでも負ける気はしないようでもあったが。そこは流石に最強魔王の一角ということか。


「で、次は誰が往くんだ?」

「はい! 僕、僕!」


 リドウに次ぐバトルジャンキーが率先して手を挙げる。


 お相手はリーチェンである。


 今更ながら、本日開かれているこのお茶会兼バトルマッチの目的は、人間勢の実力の確認が主目的である。

 リドウとサキならばそれなりに勝負になってはいたが、リーチェンとシャイリーでは到底そんな話にはならない。そんなことは彼自身が理解しているが、己が使う技の始祖と手を合わせられるとあっては、そんな“些事”なんてどうでもいいらしい。


「では、私もザイケンさんと戦うのですね?」

「戦う? 冗談言っちゃいけねぇな、嬢ちゃん。軽く遊んでやるだけだぜ」


 途端に千鶴は思わずむっとしてしまう。


 ――遊んでやる――


 リドウが格下と戦う時に口にする決まり文句。その意味をつい最近正確に理解した以上、そうと言われて黙っていられるほど、一条千鶴は大人しい女ではない。


 しかし、両者の実力差を鑑みればそう言われてしまっても当然だと、やはり公正に理解できてしまう千鶴であった。


 が、せめて一矢報いてやると、偃月刀を持つ手が強く握り締められている。


 それに気付いてニヤッと笑うザイケンもいるが。


「えっと……じゃあ私はどーすれば……?」


 自分の相手をしてくれるのはリュリュとシュリであったはずだが、しかしこの場には居ない。


 もしかして……まさかこちらの大魔王様じゃあるまいなと、おずおず周囲を確認してしまう。


 その時。


 ――愛奈さんのお相手はちゃんとうちらがするよ!


 と、タイミングよくテラスへ続く部屋の方から元気な声が聞こえてくる。


 バク転を繰り返し、


「とう!」


 最後はムーンサルトを決め、掛け声と共に一同の中心へ降り立った桃髪はシュリだ。


「しゅばっ」


 妙な声を発しながらポージングするシュリに、一同は思わず絶句してしまう。


 全身が桃……いやドピンクで、所々に僅かな白が申し訳程度に彩ってあるふりふりのフリルなミニスカートのワンピース。手にするのは先端にハート型をあしらったステッキである。


「まほーしょーじょ……?」


 愛奈が呆然と呟く。どこからどう見ても紛うことなき魔法少女であった。


 更にその瞬間、シュリの隣に新たな人影がいきなり出現する。


「…………」


 目にも鮮やかな青い髪はリュリュだが……


 こちらもこちらで、膝くらいまであるロングスカートで、全体が真っ黒であるが、ふりふりなのは変わりない格好――いわゆるゴスロリファッションである。頭に座するカチューシャ……確かヘッドドレスと言ったはずだが、ご丁寧にもメイドの時に着用している物ではなく、新たにデザインされた代物だ。こちらは取り敢えず何も持ってはいない。


 こんな場合は同系統の衣装で揃えそうなものだが、それぞれの性格に合わせて製作されたのか、シュリに比べてあっさりした登場をして何も喋らないリュリュの、加えて普段の淡々とした調子も、イイ感じにハマっていると思えなくもない……好意的に解釈すれば。


「ふぅ……」


 と更に部屋の方から疲れたようにため息しつつ普通に歩いて現れたのは桂木明人である。


「まあ! とても可愛らしいですね!」


 そして、明るくそう言って二人の魔法少女を纏めて抱き締めるのは、二人の生みの親である大魔王様だった。


「いつもながら素晴らしいお手前です、桂木明人さん」

「姫様にそう言ってもらえると恐縮ですけどね、我ながらイイ仕事したと自負しています。まさかこんな急に使うことになるとは思わなかったので、急いで仕上げるのに少々疲れましたが。気付いたら貫徹でしたし」

「まことにご苦労様でした」

「いえいえ。こっちも楽しんでやってますから」


 二人を抱いたままで見上げながら賞賛するリリステラに、明人は恭しく手を折り曲げながら礼をする。


 ……まあ……そういうことらしい。


 リリステラはどうも、この手のコスプレを眷属にさせて本気で楽しんでいるようだった。


 我に返ってしまえば……


「か、可愛いですぅ!」

「うむ、思わず抱き締めたくなるのう」


 自己主張激しい胸の前で両手を握り締めて魅入っている愛奈と、うずうずした顔で両手をわきわきさせている麗覇様である。


「……ここまでくると賞賛したくなる才能ね。私ではあんな服、とても縫いきれないわ」

「僕はプロを目指してたし。この世界に来ちゃったからって、別に諦めたわけでもないし」

「あんたデザイナーでも目指してたの?」

「敢えて言うならコスプレデザイナー、かな? 裁縫が好きだったんだけどね、僕には新しいデザインを考え出す独創性なんて無いって気付いてたし、裁縫と同じくらいアニメーションが好きだったのもあったから……いずれはコスプレイヤーのプロデュースから、ゆくゆくはそっち系のアイドルの総合プロデュースまでできたらなーとか考えてはいたけど」


 この世界で半分くらいは叶っちゃったね、と淡々と言う明人少年は、喋りながらビデオカメラを構えてロリペアを撮影し始めた。


「そんなのどーしたの?」

「召喚された際に持っていたのだとしても……バッテリーがどうして持っているのかがまず疑問ね」

「姫様が作ってくれたんだよ。ご丁寧に大型スクリーンまで、コスチューム作ってくれた褒美だって言ってね」

「あの方にはそんな技術まであるの?」

「僕の穴だらけの知識を独自の知識と想像力で埋めて、水素爆弾まで作っちゃうんだぜ、あの姫様。チートどころじゃないよ」

「んんっ……」


 初耳な千鶴は思い切りむせ込んでしまった。


「ルスティニアみたいなファンタジーはネット界隈のまで色々読んでたけど、あそこまで本気でチートくさい魔王なんて流石に初めてかもしれないよ。普通はさ、最終的に主人公が倒す相手……でもないかなぁ、最近は?」


 明人は自分でも疑問な感じに首を傾げるが、肩をすくめてから元に戻る。


「まあ、だからどんなに強くても倒せる程度の力しか持ってない……それかせめて倒せる要因があるもんだけど……あの姫様、たぶん僕の予想じゃ、『人間の想像力の範囲内』じゃどうにもできないと思うぜ。水素爆弾がマジで出来上がっちゃった時、実験には僕も付き合ったんだけど……」


 心なしか声を低くする。


「一応――地球の技術力には目を見張りますね――って感心しちゃいたけど、その前に小声で――こんなものですか――って呟いてたの聴いちゃった時は僕も流石に悪夢を疑ったね。とんでもない善人なのだけが救いだよ、マジで」


 『マジで』の部分は本当に心からそう思うのか、物凄い力の入りようであった。


「あの姫様がこの世界の破滅を企むラスボスとかだったら、僕は死んでも日本に帰る方法を探してるね、今頃。何をどーしようと殺せるイメージが全く湧かないよ。ってかさー……」


 何か諦念が篭ったような、力の入らない声で言う。


「ただの好奇心だったんだけど、前にあの子たちにさ、本気で闘うトコ見せてもらったんだけど、ちょっと温めのファンタジーなら、あの子たち……リュリュちゃんなら十分ラスボスが務まるよ。それでも魔王様たちや若様にかかれば瞬殺されるって話なのに、姫様は更にとんでもないってんだぜ? 絶対おかしいよ、この世界の上位陣の戦闘力は」


 自分なら、あんなのを見せられたらどんなに才能が有ったって戦おうなんて気にならないのに、千鶴たちはよくそんな気になったものだと……しかし嫌味ではなく感心したように嘯く明人。


 二人は、あんなに小さくて可愛いのにリュリュはそれ程の力の持ち主なのかと知り、そんな相手とこれから愛奈がただの腕試しにしても戦うのかと、心持ち心配そうに、可愛い可愛いと連呼してロリっ子たちを愛でている愛奈を見つめていた。










 その後、シャイリーがやる気満々だったところであったが、登場したシュリとリュリュが話の流れを一気にかっ攫ってしまったせいで、何となく愛奈の腕試しから始まることに決まっていた。最終的には自分と始祖の戦いはちゃんとあるので、シャイリーは特に不満もないようだったが。


 そして始まる高坂愛奈と『魔法少女』の対戦であった……


「魔法少女ぷてぃかるシュリ見・参!」


 少し離れた背後の地面がどっかーんっと爆発した。


「姫様に代わってりっくりくにしてやっちゃうかんね!」


 愛奈から十メートルほど離れた場所で、くるくると回りながら、最後にびしっとステッキで愛奈を突き刺す。何だか色々と混ざり合った魔法少女っぷりだった。


 いや……まあ……似合っているかと問うならば間違いなく似合ってはいるが……。


 愛奈が反応に困って何も口を開けないでいると、しばらくそのまま身動きしなかったシュリであったが、やおら隣で無表情に立つリュリュを折り曲げた肘でちょんちょんと突っつく。


「ほら、リューの番」


 リュリュは無言でこくりと肯いた。


 と思うと……


「轟け天よ」


 空に向かって手をかざすと、本当に空がぴかっと光り、ごろごろごろと雷鳴を轟かせている。


 更に手を振り下げ。


「唸れ大地よ」


 すると今度はごごごごごと大地が揺れ動く。


「混沌の狭間で絶望せよ。我こそは闇の円環に導かれ現世に降臨せし冥府の支配者なり」


 ぴかっ、ずっがーんっ、ごろごろごろっ、とこちらも背後で巨大な稲妻が地面を穿つエフェクト付きであった。こちらもまあ、多少異色ではあるが魔法少女のカテゴリー内だろう。


 今の自分では到底不可能な現象を軽々と起こしている現実は呆然とした思考の中でも頭の片隅で素直に凄いと愛奈は思うが……


 ――いいよー! 二人ともー! ナイス魔法少女! ほら高坂さんノリ悪いよ! リアクション、リアクション!


 とか、テラスで撮影を続けている明人の、普段のダウナーなキャラなんて嘘のようにノリノリな声援が酷く空虚に感じる愛奈であった。


「……あの、もしかして私、お二人と戦わなきゃいけないんですか? 手加減してくれるにしても流石に無理ゲーすぎるんですけど……」


 ぶっちゃけ一人でも到底敵いませんけどねと、心の中で付け足す。


 きょとんと目を瞬かせる二人は顔を見合わせると、


「そー言えば、演技に夢中になってて忘れてたね」

「……どうする?」

「リューでいいよ。楽しいんでしょ?」

「ん」


 こくりと頷いたリュリュは相変わらずの無表情だったが、実は相当楽しんでいるらしいことが判明。


 そのやり取りを黙って見る愛奈であったが、その内心では、リドウとは比べ物にならない最下級っぽいが、おそらく完全なハイエンドに分類されると思しきリュリュの方かと冷や汗している。正直シュリの方がまだ気楽だった。


 スキップしながら退くシュリとは逆に、リュリュは一歩前に出る。


「じゃあ……いくから」

「――――ッ!?」


 その宣言と共に凄まじい魔力の高まりを感じ取った愛奈は、慌ててその場を飛び退いた。


 刹那、今まで愛奈が居た地面から炎の鳥が空へ向かって飛び立った。


「ほほほほ鳳凰昇天……!?」


 いきなり何つー凶悪な魔法を使ってくれるんだ。しかも魔力開放までの『溜め』が全く無かったぞ、何て馬鹿魔力に超絶技巧――と、その意味の凄まじさが今や正確に理解できる愛奈が盛大に頬をひくつかせながら慄いている。


「……今のは鳳凰昇天じゃない。ただのシングルキャスト」


 まあ確かに、リドウの鳳凰昇天に比べれば可愛いものであるのは間違いなかった。本当に鳳凰昇天だったら今頃愛奈は効果範囲外へ逃れることすら敵わずに骨も残さず消し炭になっていたことだろうが……。


「それってむしろリリステラさんのためにあるネタですからね!? しかも何かちょっと違いますしっ!」

「……今のもネタだったのか? 明人、聞いてないんだけど」


 と無表情でテラスの方を向く。淡々とした口調で決して大声ではなかったが、風の魔法で声を届けているようだと愛奈は見抜き……なんて無駄な魔力消費なんだろうとげんなりしてしまう。いやまあ、それを言うなら登場シーンからして清々しいまでの無駄使いであったが。


「ネタだったらちゃんと適切な場面で使ったのに」


 淡々とした中に不満そうな色が見え隠れする……不満に思う部分が何か間違っている気しかしない、ぶっちゃけアホな抗議だった。まあここは天然と言ってあげるべきなのだろう。


 ――全然オッケー! 可愛い可愛い! 知らないネタまで素やっちゃうなんて、よっ、リュリュちゃんマジ天才!


 遠くで明人が何やらほざいている。


「……いいらしい」


 こくりと頷きながら、愛奈に無感情な視線を置く。


「……若様が連れて来たくらいだから、もうちょっとやるかと思った」

「うぐっ……」


 正直すぎるリュリュの意見に、愛奈が返す言葉も無く呻いている。もっとも、内心では「これでもビックリ成長率って言われてるんですけどねっ」と反論していたが。


 どうやらリュリュは、相手の実力を見抜く慧眼はリドウたちほどではないらしい。きっとこれまでは“そんな必要が無かった”せいだろう。


「……普通にやったらまともな勝負にならないみたいだから、ハンデあげる」

「え?」


 愛奈が疑問の声を上げるその瞬間にも、リュリュは魔法の構成を始めている。


「大地の底に蠢く闇の深遠 汝、我が声を聞き届けたまえ――」


 胸の前で真っ直ぐに伸ばした腕を、手先だけはだらんと垂れ下げさせ、何やら『呪文詠唱』を始めるリュリュであった。


 はあ? と呆気にとられてしまう愛奈がいらっしゃる。一応キャスティングは一通り全部覚えたはずだが、こんな呪文に心当たりはなかった。それ以前にキャスティングの場合は魔法発動と共に魔力も起動するはずが、今のリュリュには既に十分な魔力の高まりを感じられる。


「ルル・カタル・ルルメイヤー 欲に溺れし彼の地を燃やせし暗黒の大炎よ――」


 その間も『呪文詠唱』は続いており…… 


「愛奈さーん! ハンデハンデ!」

「え?」


 離れた場所から、片手を口元でメガホン代わりにアドバイスをくれるのはシュリ。


「それ終わるまで発動しないから! 迎撃するなり防御するなり魔力編んで!」

「あ、あ、なるほど!」


 慌てて自分も構成を開始するが……


「いにしえの……」


 リュリュは『呪文詠唱』の途中でなぜか口上を止めてしまう。


 続いて、こてんと首を傾げたと思うと、ポケットからメモ帳を取り出してぺらぺらと捲くり始めた。


 何だと訝しげに思う愛奈であったが、リュリュはメモ帳を捲る手を止めてしばらくそのページに見入っていたと思うと、まるで何事も無かったかのような顔でメモ帳を仕舞ってから、再び手を前に掲げる。


「古の盟約に従い、我が前にその力を示せ――」

「もしかしてど忘れ!? 確認してたんですか、今のって!?」


 愛奈は力が抜けてこけてしまう。集中力が切れてしまったせいもあり、せっかく集めた魔力も霧散してしまった。


「煉獄の奥底より来たれ、終末の業火――」

「もう無理しないで普通に使っちゃいましょうよ! ハンデなら『何秒後に撃つから』とかでいいですから!」


 実はリュリュの魔法はとっくに完成している。それこそ詠唱開始早々の「大地の底にうご」の辺りから感じ取れる魔力値は全く変動していない。全くの無意味に思える『呪文詠唱』は、「このくらいの魔力の技を使うから、ちゃんと対処してね」という愛奈のためのハンデだったわけだ。ついでに詠唱内容によって使用する魔法の種類も教えてくれているらしい。


 ――もう敢えてぶっちゃけてしまおう……この『呪文詠唱』の真実は『呪文詠唱(笑)』であったのだと!


 しかし……


「やだ。やる」


 リュリュは端的にそれだけ言って拒否してしまう。その雰囲気は断固たる決意に満ち溢れている……っぽい。


「愛奈さーん。それより早く魔法、魔法!」


 シュリに促されてはっと正気を取り戻した愛奈であったが、


(ちょっ、冷静に考えればあんな馬鹿魔力、今の私にどうにかできるわけが……ッ)


 そこには厳しい現実が待っていた。


 迎撃も防御も不可能と悟った愛奈は、こうなったら『呪文詠唱(笑)』を終わらさせないように邪魔するしかないと心に決める。きっとリュリュは“己が口にした約定に従って”『呪文詠唱(笑)』が完了しなければ魔法を発動させないだろうという、半ば確信に近い予想がそこにはあった。


 手加減できる相手ではない。今の自分の最高の技で攻撃しなければ話にならないと意を決し、


「死んじゃったりしないで下さいね! サンダーストーム・フルバーストっ!」


 考え得る限り今の自分に可能な最強の魔法を撃つ。


 がしかし。


 対アグリア戦の時よりも更に威力を増した特大の雷であったが。


「なっ……」


 愕然とする。


 ダブルキャストと思しき魔法を既に『待機状態』にしているのに、リュリュは更に魔法障壁を瞬時に展開して愛奈の魔法を完全にシャットアウトしていた。


「と、トリプルキャスト!? ディレイキャストと併用でそんな無造作に!?」

「……姫様の眷属ランキング一桁は伊達じゃない……ってゆーかお前が遅すぎる。若様なら私が『呪文詠唱(笑)』してる間に竜華葬送を百発ぶち込んでたのに」


 無表情に淡々と言うシュリには愛奈を侮辱する意図はないらしく、単に天然さんの正直すぎる発言でしかなかったようだが……


 あんな反則チートと比較してくれるな! と愛奈は心中で思い切り罵倒している。リュリュが地味に自ら『呪文詠唱(笑)』と言ってしまっているそのニュアンスが何となく察せてしまったせいで、流石のお人好しも若干イラっときていた。それだけでなく、「私如きが相手じゃ遊びにすらなってないってことですか……ッ」と、余人と比べれば遥かに小さな自尊心すら傷ついてもいた。


 ……リュリュに悪気はないのだ、悪気は……たぶん。


 そうしている間にも……


「じゃ、完成したし撃つから。ディレイキャストだし、最悪でも死にはしない……と思う」


 思うって希望的観測ですか!? とツッコミを入れている愛奈を他所に、リュリュは両手を頭上に持ち上げる。そこには真っ黒な炎が渦巻いており――


欲都市滅す断罪の黒炎(メギド・フレイアー)

「ネタで済む威力じゃないですからーっ!」


 わざわざ炎を黒く変色させているのが愛奈には理解できた。しかも本来の威力の半分程度まで落ちてしまう『ディレイキャスト』で派手な威力を実現させるためにダブルキャストまで併用するという……もうツッコミを入れる気力さえ綺麗さっぱり失せ果るほどに無駄すぎる高等技術のオンパレードだった。


 自力でネタ技を可能としてしまうトンデモテクニックは感心すべきはずなのに、到底そんな気分にはなれない。


 しかしそれでもこの黒炎は、今の愛奈では到底実現不可能な大威力だった。ダブル・ディレイキャストで結局はシングルキャストの威力まで落ちているのだが、愛奈とリュリュではフルキャストの桁が違いすぎたのだ。


 半泣きになった顔で必死に新たな魔力障壁を構築する。死んでなるものかと本当に必死だった。


 その結果なのであろう、今の愛奈では到底不可能だったはずの強力な魔力障壁がその身を守る。


 それと同時に『欲都市滅す断罪の黒炎(メギド・フレイアー)』が愛奈を周囲諸共包み込んだ。


 炎が消え去ったその場には、両膝を地面につけて力なくがっくりと項垂れる愛奈の所々が焼け焦げた姿を確認できる。取り敢えず死んではいないようだ。


「し、死ぬかと思いました……」


 その呟きを最期……失礼、最後に、愛奈はぱたりと地面に倒れ伏した。


「ん……やっぱり明人の言った通りだった」

「ホントに死ぬ思いすれば新たな力に覚醒するんだね!」

「……当分はこの手でいこう」

「次はうちの煌く魔力が大爆発だよ!」


 ――勘弁して……。


 薄れゆく意識の中、魔法少女たちの会話を聞きながら、切実にそう思う愛奈であった。










「ぶわははははっ。いいのう、あれ。わらわも次に人間から挑まれたらやってみるか!」


 大爆笑しているのはサキ。その他の魔王様方もそれぞれ笑い声を零しており、概ねリュリュの『演技』を楽しんでいるようであった。


「あんなお遊びしながら俺とやる気か? そら楽な闘いになるな」

「お前様は別じゃ」

「ひでぇな。俺も人間だぜ?」

「お前様のどこが人間じゃ。ハイエンド級という中途半端を示す呼び名が無いように、お前様レベルを示す呼び名が新たに必要じゃろ、公平に考えて」


 一方では、


「魔法名に何か他の意味が含まれていたように思われるのですが、あれには何か意義があるのですか?」

「もちろんですよ、姫様。それが様式美というものです」

「なるほど、様式美ですか……それは欠かせません。流石は桂木さん、お仕事に隙がございませんね」

「お褒めに預かり光栄の至り」


 大魔王様が明人からまたぞろ妙な知識を吹き込まれて本気で感心していた。この人がネタに走ったらどんな大惨事になるか知れたものではない……二次創作許諾的に。頼むから染まり切らないでほしいところだ。


 しかし、気楽に話していられるのはこいつらだけだった。


「ちょっと、愛奈は大丈夫なの!?」


 なぜかリドウに詰め寄る恵子。単純に彼以外に遠慮無しでいける相手がいないだけだろう。


「ありゃダメージで倒れたわけじゃねぇよ」


 とリドウは軽く肩をすくめる。


「え!? ……じゃあ何で倒れちゃったの?」

「愛奈のキャパはリューよりも遥かにデカい。なのに何で愛奈よりもリューの方が馬鹿デケぇ魔法を行使できると思う?」

「……魔法の知識なんて考えたって予想できないわよ」


 恵子が膨れっ面で文句を言うと、リドウは「そりゃそうか。わり」と素直に謝った。


「魔法を行使する際の脳処理が、実力不相応の魔法を使おうとするとおっつかねぇんだよ。徐々にそれを慣らすことで脳が強化され、デカい魔法、あるいは複雑な魔法の行使が可能になってくわけだが、さっきの愛奈は根性で無理やり処理能力以上の魔法を使っちまったせいでプッツンしちまったんだな」

「……それ、大丈夫なの……?」


 眉根を寄せながら慎重に訊いてくる恵子に、リドウは真剣な顔で、


「実際、それなりに危険じゃある」

「ちょっと!?」

「まあ、あの程度の過剰行使なら大丈夫だ。むしろ今後はさっき使ったレベルまでなら普通に行使できるようになる特典付きだぜ。儲けたと思った方がいいだろ。あんましょっちゅうじゃマジで危ねぇがな」


 心配そうな顔が晴れない恵子であったが、リドウは特に今のところ心配する必要はないと断言した。

 ただ、あまり無茶をさせすぎるなとリュリュたちには注意しておくと続けてわざわざ明言したので、本当に危険な行為であるのは間違いないらしかった。


「闘気にも似たトコはあんだがな」

「そうなの?」


 とこれは千鶴だ。自分に関わる話とあって、積極的に加わってくる。その表情はいつになく真剣味を帯びていた……。


「ああ、それはあるね」


 と更にシャイリーも専門分野とあって加わってくる。彼もつい今までは愛奈を心配して強張った顔をして今にも飛び出しそうだったが、周囲が慌てないのでおそらく問題は無いのだろうと考えていたところ、リドウの言葉でその必要も無さそうだと知り、いつものアルカイックスマイルであった。


「パワーだけなら普通に発揮できるんだけど、スピードはそう簡単にはいかない。速すぎる動きに脳の処理が追いつかないから、慣れるまで無意識の内にセーブしちゃうんだよ。天然で気功士生活が長い修行嫌いが弱い理由の半分はここにある」

「気功士の戦闘力の大部分はパワーよりスピードに因るからな。どんな馬鹿力でも当たらな意味は無ぇ。ちなみに本来人間の脳はそこまでの魔法行使やスピードに対応できるもんじゃねぇらしいが、脳の方が無理やり最適化していくせいで、際限無く成長するらしい」

「高位能力者にあんまり馬鹿っぽいのがいない理由も、これが原因って言われてるよね」

「頭の回転が速ぇから強ぇのか、強ぇから頭の回転も速ぇのか、因果関係は微妙だがな。だが『頭の柔らかさ』が能力の高成長率に繋がるのは間違いねぇらしい。愛奈を見てっと大いに納得できるぜ」

「確かに」


 煙管を吹かし出したリドウの言葉に、シャイリーは割と真面目な顔で同意を示した。


 愛奈はオタクだった……現在進行形でもオタクなわけだが、そのおかげで様々な『魔法に類する情報』を目にしてきた。そこには物理法則を軽くぶっちぎる魔法の数々も存在する。故に『魔法で実現可能』と一度知ったら、大抵は何の違和感も無くあっさりと受け入れてしまう――「だって魔法なわけですし」――と身も蓋も無い理由で。それが彼女の信じ難い成長率の原因と思われるようだ。


 ところで、こんな場合に自分の推測を織り交ぜて話に積極的に参加していそうな千鶴が、なぜか今回に限っては黙ったままだが……むしろ彼女は、二人の話を聞いているのか怪しい難しげな顔で微かに俯き、何かを真剣に考えているようだった。

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