第六十九話 恵子も苦悩し、時々大魔王がお茶目を魅せる模様
再びサロンに戻ってきたリドウと恵子。
サリスがそうしたように、リドウが手を掲げただけで勝手に開いてくれる摩訶不思議な自動ドアを潜る。
ザイケンとリーチェンは既にどこかへ行ってしまったらしく、待っていたのは女性魔王陣のリリステラとサキだけであった。
『麗しき覇王』とか自分でも豪語してしまう美麗で艶やかな姿のサキ。魔王も普通に酔っ払うらしく、ほんのりと火照った頬が妖しげな色香を演出しているが……のんだくれオヤジのように一升瓶――の代わりに酒ツボから直接ごくごくとやっているせいで、何だか色々と台無しだった。
対照的に、エヴリデイにエレガントな大魔王様は、フルーエントにワイングラスを傾けて、グレイスフルにしてゴージャスなマダムっぷりを発揮している。思わず眼が眩んでしまいそうな美しさであった。使用された形容詞がどれも似たような意味だとか突っ込んではいけない。それだけ強調すべき優雅さということで一つ。ちなみに『マダム』は未婚既婚にかかわらず使える『お嬢様』という意味である、念のため……正確にはちょっと違うけど。
「おう、どうしおった? おんしらも参加するかえ?」
現れたリドウと恵子に向かって、二人を殊更に気に入ったサキが、自分の傍に来いと手招きしている。ソファに寝転ぶ着崩れた着物姿はちょっとだらしない。
近寄ったら何をされるか判らないと、恵子は愛想笑いを浮かべながら、お酒は飲みませんからと丁寧に謝絶すると、サキはしょぼんと落ち込んだ様子で「ツレナイのう」と零す。
「それで、どうかしましたか?」
サキとは向かい合わせのソファにて、姿勢正しく足を揃えて上品に座るリリステラが、グラスを傍の小さなテーブルに置いて、改めて訊ねる。
「俺からもまだ話があるんだが」
「それはつまり、他の者に聞かせる必要は特段無い話ということですね?」
「ああ」
「それとは別に、恵子さんも何かわたくしにお話があるご様子ですね」
じっと見つめられてしまった恵子であったが、何か口にしにくい理由でもあるのか、戸惑いと逡巡を繰り返している。
「ご遠慮なさらずに」
それも、リリステラの優しい微笑の前に、あっさりと融解したようだ。きゅっと唇を強く結んで、全身に力を込めると、
「あたしでも強くなる方法があるなら、教えて下さい……ッ」
勢いよく頭を下げる。
「ふむ……」
リリステラは頬に指を添えて、思案げに小首を傾げる。
「リドウに訊いても、流石になんにも思いつかないらしくって……」
頭を上げて、悔しげに呻くように言う。
「リリステラさんなら何かないですか……?」
「そうですね。程度にもよりますが、なくもありません」
あっさりと返ってきた希望通りの言葉に、恵子の見開かれた目が輝く。
しかし、いつの間にかリドウよろしく煙管を取り出して吹かし始めていたサキが、煙と共に厳しい現実を吐き出す。よくよく確認してみれば、リドウの方もとっくに吹かし出していたが。
「程度によるとリリィは言ったじゃろうに」
「え?」
「非能力者的な意味での戦闘能力であれば、鍛えるだけで済む分、比較的容易に身につけ得るじゃろう。それはそれで苦行の果てに得られるものじゃがの。じゃがおんしが求めるのは――」
煙管の先を突き付けるその眼差しが、すぅっと細まる。
「末は我らに近づく道。ありていに言えば、リドウ坊と並び立てる人外の領域の力であろう?」
「う……はい……」
何か異様な気配――先ほどリリステラやサリスが発した『怖くて冷たい感じ』を直接ぶつけられての質問に、恵子は思わず怖気づいてしまう。
しかし、サキの表情を見る限り、逃げることなく応じてみせただけでも十分だったようだ。
「おんしに自力で強大な魔法を行使するのは不可能じゃ。必然的に残るは闘気のみ。人為的に闘気を覚醒させるためには苦行を越えた死行が求められる。それですら確実とは言い難く、無駄に終わる可能性の方が高いじゃろう。じゃから、リドウ坊はおんしに勧めなかったのじゃ」
顔を背けてふぅーっと煙を吐き出す。横目に流し見る先はリリステラだ。
「リリィはその点、何でもかんでも公平に全ての可能性を提示“しすぎる”からのう。もちっとはっきり言ってやれい。無駄に期待させよってからに、恵子ちゃんが可哀そうじゃよ」
「そうですね。わたくしの落ち度でした」
サキの苦言を素直に聞き入れたリリステラは、恵子に向かって謝罪する。
この人にそうされては恐縮するばかりの恵子は、決まり事のように止めて下さいと、自分こそ申し訳なさそうに言うしかなく。
「でも……じゃあっ」
必死の表情で、一歩前に足を進めながら、縋るように。
「闘気が使えるようになれば、あたしも戦えますか!?」
「はい」
「あの……全然キャパシティが足りないとかもなく?」
「最低限の戦闘能力の確保は可能でしょう」
リリステラの迷いの無い肯定の返事に、恵子の顔には再び希望がともる。
が、ちょっと疑問もあるらしい。
「あたし、全然使える感じしないんですけど、それでもキャパシティは大丈夫なんですか?」
「人間とは『魔法生物』でありながら、生命活動に魔力を必要としない生物である――という話はリドウより聞いておりますか?」
「いえ、初耳です」
首を横に振ると、リリステラは笑顔で、ではそこから始めましょうと言う。
「よって、魔力を保有せずとも生命活動に支障がない分、最低限の保有者の値がほぼ皆無という現象が起きます。が、人間にとって生命活動に必須とされる闘気の場合は、最低値の人間でも千程度は保有するものとお考え下さい。この値を『魔法』に換算した場合、リドウが得意とする竜華葬送と同程度の熱量となります」
続けて、リドウの竜華葬送を見る機会はあったかと問うリリステラであったが、恵子は呆然と口を半開きにしている。
「あ、あんな大量破壊兵器みたいなことが、下手したら誰にでもできるってことですか!?」
大量破壊兵器とはまた随分な言われようだなと、傍で聞いているリドウが苦笑しているが、別に否定する気も特には無いらしい。
「千のキャパシティの持ち主が、誰からも妨害されることなく、力尽きるまで破壊を繰り返せば同程度の破壊力になる……そういう意味です。瞬間的な出力はまた別の話になります」
「あ、なるほど」
何となくほっとするものを感じる恵子であった。それはそれで恐ろしい話に違いはないけど、とも思いはしたようだが。
「要するに、魔力に比べて闘気の場合は下限値が高いのです。故に覚醒者は労せずして比較的大きな力の行使が可能となります」
「…………」
恵子はなぜか難しい顔で黙ってしまう。というのも、不意にとある疑問が浮かんできたからだった。
「あの、参考までにお聞きしたいんですけど……」
「はい」
「リドウのキャパシティって、その計算だとどんくらいになるんですか?」
「ざっと十五万から十六万の間くらいではないでしょうか?」
「じゅっ……」
正確な値を出そうなんて考えたこともないので適当だがというリリステラの声は、絶句してしまった恵子の耳には届かなかったようだ。
「魔力のみで考えず、殲滅師としての力で換算すれば、二十五万前後といったところじゃろう?」
「そうですね」
「更に上がったぁっ!?」
何でもないように語る魔王様たちであるが、恵子にとってはとんでもない話だ。
一発で数百メートルを焼き払う業火。恵子は知っている……効果範囲内の石がどろどろに溶けていたのを。石の融点なんて詳しく知らないけど、物凄い高火力なのは疑うまでもない。
てか冷静に考えたら、そんなもんをくらっておきながら平然としていたあの姫魔王や最強勇者って……やっぱ人間じゃないわ。
……今度具体的な温度を便利辞典に聞いてみようと、怖い物見たさ的な感じで思いながら、更に想像を広げる。
そんな破壊兵器をざっと二百五十発。
ああ……しかも使ってる間に回復までするんだった。
(そりゃ国も滅びるわよ……)
盛大に頬をひくつかせながら、冷や汗まじりに心の中で呟く。
更に恵子は思う……この大魔王様の数値はいったい幾らなのか……。
が、恐ろしくてとても訊ねることはできなかった。
旅立った当初に迂闊にも聞いてしまった「ルスティニアが丸ごと吹っ飛ぶ」というリドウの言葉を思い出し、具体的に知るのは精神衛生上よろしくないと、努めて忘れることに決めた。決めたったら決めた。
「と、とにかく……闘気を使えるようになれば、あたしでも少しは戦えるようになれるんですよね?」
「はい。ですが非常に高い危険度を伴いますし、それだけの労力を支払っても、必ずしも覚醒するとは限りません」
「それでもっ……」
胸に手を当てて思いのたけを精一杯に打ち明ける。
「あたしはやらなきゃいけないんです!」
「ふむ……」
リリステラはまた、頬に指を添えて小首を傾げる。
「そこまで熱心に力を渇望されるのでしたら、もう一つ手段があります」
「え?」
予想外の言葉に目をぱちくりさせる。つかここまで引っ張っておいて他の手段とか、意地が悪いにも程があるんじゃ……いや、ぶっちゃけ失礼だけどさ、とか思ってしまう。
「外的要因によって底上するのはどうでしょう?」
「がいてきよーいんでそこあげ?」
今一意味が掴めず、きょとんと首を傾げる。
リリステラはおもむろに手を前に差し出す――と、見知った物体がいきなり出現して、恵子は目を丸くする。
ついこの前、あの黒衣で銀髪の悪魔のようでいて実は善い人っぽいような気がしないでもない勇者最強が、半ば遊びで持ち出した代物。
「そちらの世界で発展を遂げた武器で、拳銃と申すそうですね。世間話に桂木さんとお話していた際にお聞きした技術を、わたくしなりに解釈し、幾つか再現してみました。これはその成果の一つです」
「何だそりゃ?」
初めて目にするリドウが疑問の顔でリリステラの手元を見ている。
――と。
彼女の手が動き、銃口がリドウを正面に捉え……
バァンッ
轟音と共に銃弾が撃ち出された。
「なっ!?」
恵子が絶叫を上げる。
何たる暴挙。それをしたのが聖母で女神な大魔王様だという事実が信じられない。
が――
「ふん?」
リドウは興味深そうな顔で、指に挟み持つ銃弾を暢気に眺めていた。
「あ――」
恵子は気の抜けた声を上げる。そうか、“こいつら”はそういうデタラメな生き物だったんだと思い出し。
しかしながら、
「いきなりそれは心臓に悪すぎですってリリステラさん! こいつだってずっと闘気を使ってるわけじゃないのに、反応できなかったらどーするつもりだったんですか!?」
「そのような柔な育て方はしておりません」
にっこり笑顔でしれっと応じた。
「当然だろ」
リドウもリドウで、これである。
恵子は顔に幾重もの縦線を走らせ、げんなりと呟く。
「何て物騒な親子の絆なの……」
まったくもってそのとーりである。
「面白ぇ武器だな。どういう原理なんだ?」
「密閉空間を爆発させることで膨張した空気によって、その弾丸を外へ押し出すのです」
「ほう。愛奈のエアバーストみてぇなもんか」
「武器……兵器関係は他にも、桂木さんがお詳しかったので、色々と再現してみました。核兵器というものなど、わたくしから視ても中々の威力ですよ」
「はあっ!?」
恵子が素っ頓狂な……殆ど悲鳴に近い声を上げる。
「どうやってそんなもんをって疑問以前にっ、何だってそんなもんを作ったんですか!?」
「いえ、その……」
ちょっと困ったような笑みで。
「最初に再現した時の代物はマスケット銃という名称の割と原始的な物だったのですが、それを桂木さんにお見せしたところ、他にも作れるのかと訊かれ、わたくしの自尊心が擽られたと申しますか……マスケット銃を再現した時は手慰みの心算でしかなかったのですが……」
頬に手を添えて微かに首を傾げる。
「ちなみにこれはベレッタF92という型式の物だそうです」
どことなく自慢げなドヤ顔であったが、中々本題に入ろうとしない。
焦れた恵子が、リリステラ相手でも臆さず、ちょっと怒った様子で問い詰める。
「拳銃くらいならともかく、何でそんな超危険物まで作っちゃったんですか?」
「できないのかと問われてしまえば、挑戦されている気分になってしまうと申しますか、証明してみせたくなると申しますか……」
言い訳する大魔王様を、恵子はひたすらジトーっとした目で見つめている。
「桂木さんとご一緒に、悪乗りした結果です」
テヘペロ♪
いや本気で可愛いけど……誤魔化されないぞと、恵子は己を奮い立たせる。
「即刻廃棄して下さい」
「かしこまりました」
小娘一人に怒られて、粛々と受け入れる大魔王様であった。
お茶目なところがあるのは知ってたけど、まさかここまでぶっ飛んでいたなんて……やっぱりこの人も魔王で、やっぱりリドウの母親なんだなと思い知った気分だ。普通ならどう考えてもありえないことでも大概は可能としてしまう分、なんてタチが悪いんだろうかと思わなくもない。本人にとっては確かに手慰みでしかなかったのかもしれないが、規模の次元が違いすぎて、そんな軽い言葉で済ましていい範疇を完全に逸脱していた。
つか、この人の技術力ってマジでどーなってんのと、恵子は戦慄を隠しきれない。
「とまあ、余談もありましたが……こうした地球原案の武装をお持ちになるという案はどうでしょう?」
「え……?」
言われていることは理解できるが……
拳銃という『人殺しのための道具』を持つ――その意味は恵子にとってあまりにも重かった。
剣や槍なら問題ないのかという疑問もあるが、リドウや千鶴がそれらを用いながらも不殺を成し遂げてきたのを直に目にしてきた恵子にとっては、確かに人殺しの道具であるには違いなくても、違う使い方もできるんだという実感があった。
しかし拳銃は……ほんの少し手元が狂っただけでも殺してしまうだろう。
剣や槍でも実際はあまり変わらず、リドウたちの尋常ではない技量があって初めて可能になっているのだが、他の使い手なんて大して知らない恵子にとっては“それで普通”なのだ。拳銃の場合は想像するのが容易だっただけである。
硬直してしまった恵子を見て、しかしリリステラは……満面の笑みを浮かべていた。
「その意味がご理解できる恵子さんだからこそ、わたくしはこれをお渡しできるのです」
恵子は内心の葛藤をあっさりと見破られて瞠目する。
「どの道、長い年月を賭して闘気に目覚めたとしても、その際のキャパシティに多くを望めるわけでは決してございませんし、リドウたちの領域まで達するのには更なるとてつもない期間を要されてしまいます。それよりも、一定の戦力を確実に発揮できるようになった方がよろしいかと存じますよ。そういう意味においては、地球の技術は非常に優秀ですわね」
「ぶっちゃけ役に立つのかえ? それ」
サキが盛大に疑わしげな顔で拳銃を見ている。
「相手が気功士であろうと、ハイクラス程度までならば、使いようによっては通用するでしょう」
「そうかのう……?」
「ええ。一点に集中して命中させることが可能な技量があれば」
あっさりと言い切るリリステラに、サキは呆れた様子で嘆息している。
「それを世間一般では無茶振りと言うんじゃよ。しかしそれでは、ルスティニアではあまり流行りそうにないのう……発想は面白いとは思うが」
「ええ。ですので外界に出してしまっても然して問題は無いかと」
「そうか? それを兵士全員に持たせりゃ、戦争の形式が一変しそうだが」
リドウが不思議そうに言う。
聞いている恵子もぶっちゃけ同感だった。というか、ファンタジーに現代兵器を際限なく持ち込めるようなら、これほどの反則は無いと思うようだ。
「そういえば、あなたには独力で対応する術を優先して教え込んできたのもあって、戦争の実態についてはあまり深く教えていませんでしたね」
「戦争の肝は国家保有の能力者――現在で言えば宮廷戦略旅団をどうするか、じゃからの。一定の戦力を発揮できると言えば聞こえも良いが、逆に言えば“一定の戦力しか発揮できぬ”ということ。そんな真っ直ぐにしか飛ばぬ玩具では、四方から囲んで撃ってもまず当たらんし、結局近接で撃ち込まなければならぬなら、常人でも最高まで鍛え抜かれた剣士が繰り出す大剣による全力の一撃の方が単純な殺傷力は高い。無論、近づかなければ始まらぬ分、“通用する相手”にならば、その玩具の方が遥かに高い戦力を発揮するじゃろうが、ルスティニアでは流行らんじゃろ。技術的にも少々敷居が高すぎるしのう」
サキはつまらなそうに断言する。
「まあ、リリィがドヤ顔で披露してくれおったあの『かくへーき』とやらは確かに大した威力じゃったし、権力者どもが知れば涎を垂らして欲しがるじゃろうがな。物理的な技術のみであそこまでの威力を実現するとは、地球人とは大したものじゃと感心させられたわ」
「ほう。あんたらが揃って大した威力と認めるたぁ、地球も中々侮れねぇじゃねぇか」
「ま、わらわやおんしのレベルになれば大した脅威でもないがのう。着弾する前に木っ端微塵にしてしまうか、効果範囲外に転移、乃至は走っても余裕じゃろうし……そもそも、くらってもちょっと頑張れば普通に防げるわ」
「ま、マジっすか……」
アレクサンドル・ラヴァリエーレが言っていたことが真実だったのかと知った恵子が呆然と呟く。
だからあんな入念に愛奈へ確認していたのかとも同時に気づく。ルスティニアにおける最強クラスの戦力を現代兵器で止めることは不可能だと、既に実地で検証済みだったのだ、この魔王様方は。
ついでに、『ただ大きな力を振り回すだけ』の相手なんて怖くないと豪語する理由も何となく理解できた。戦い方など幾らでもあるということなんだなと。
「でも……悪用されたりしたら……」
恵子は控えめながらちょっと強めに主張する。この世界に生きる大半の人間には十分に有効だ。悪人ならこぞって手に入れようとするだろう。やっぱり自分が軽々しく持ち出すわけにはいかないと。
しかし、サキは杞憂だと鼻で笑い飛ばしてしまう。
「重要なのは、通用せぬ手合いが存在するという事実じゃ。その玩具程度なら蚊ほどにも感じぬ使い手など幾らでもおる。悪意を持って用いれば“徹底的に潰される”――そう理解させればいいだけの話じゃろ」
それでも気乗りしない様子の恵子に、サキがふんっとつまらなそうに鼻を鳴らす。
「何をそれほど躊躇う理由があるのじゃ。見所があると思ったが、とんだ見当違いじゃったかの。おんしは力が欲しいのかえ? それとも欲しくないのかえ?」
「――――ッ」
断る理由を無理やり探していたのを見抜かれてしまい、恵子は息を詰まらせてしまう。
「力なんぞ使う者次第でどうとでも意味が変化する。そんな玩具一つにうろたえる程度の覚悟ならば、ハナから力なんぞ求めるではないわ。おんしが最初に求めた力は、そんな玩具なんぞ文字通りの玩具でしかない桁違いの力ぞ」
恵子ははっと目を見開く。
――力はただ力だ――
以前に聞いたリドウの言葉が脳裏をよぎる。
次の瞬間には意を決した顔つきになった恵子に、サキはにんまり唇を歪めている。
「それ、ください」
リリステラに向かって手を差し出す。
「どうぞ」
「色々気を遣ってもらっちゃってすいません」
「このような場合、謝罪よりも謝礼の方が適切ですよ」
いつかの言葉を再び送られ、妙に嬉しくなった恵子は、満面の笑みで頭を下げる。
「ありがとうございましたっ」
「どういたしまして」
にっこり笑顔がやっぱり魅力的な大魔王様で、女同士なのに照れてしまう恵子であったが、次の瞬間には真面目な表情になる。リリステラが発する真面目な空気がそうさせた。
「恵子さんご自身が恐れられたように、それは努力の有無など関係なく、いとも軽々と人の命を奪います。その意味が真に理解できる人間でなくば、わたくしは決して授けませんでした。仮に初めてお会いした時の恵子さんであれば……失礼ながらわたくしが授けることはなかったでしょう」
「はい。そーだと思います」
ある意味、馬鹿にするようなリリステラの発言であったが、恵子は何のわだかまりもなく認めてしまった。純粋にそう思った。
リリステラは聖母様モードに戻って一つ頷く。
「適切に扱うためには相応の訓練が必要でしょう。再び外界へ出るまでの間、しっかり訓練なさい」
「はい」
「それと、きちんと整備せぬと誤作動を起こしてしまう精密機械ですから、後ほどその方法もお教え差し上げます。弾丸が不足したらリドウに精製させなさい。詳細はわたくしが教えておきます」
「あー……やっぱ連れてかなきゃ駄目かね?」
唐突にリドウが、酷く気まずそうに頭をかきながら会話に割って入ってきた。
「え?」
「いや……すっかり旅を続ける空気だったみてぇなとこ悪ぃんだが、お前さんはここに置いてくつもりなんだよ……」
「な、何で!?」
「恥ずかしながら、守りきれる自信がねぇ」
厳しい表情で告げるリドウに、恵子はぐっと言葉を詰まらせて黙り込んでしまう。
「ラヴァリエーレ級の敵が最低でも残り二人に、他のラウンドナイツも侮るべきじゃなかろうし……眷属の成長率は魔王より遥かに落ちるらしいが、それでも五千年の歳月は伊達じゃねぇだろ」
「その全てをあなたが一人で敵とする必要はないのですよ?」
「そりゃそうだが、今のところ確実に換算できる戦力は俺一人だけだ。最低でもハイエンドじゃなきゃ物の役にも立たん。千鶴たちが昇ってくりゃいいが、他で即座に手を組めるハイエンドの心当たりなんぞ無ぇ。不確定要素に頼るなんざ愚の骨頂だろ」
「確かに、あなたにそう教えたのはわたくしですが……」
頬に手を添えて困った様子で首を傾げる。
「少々育て方を間違えましたか……」
「かかっ。子育ては難しいのう」
サキが豪快に笑いながら言うと、リリステラは左様ですねと楽しそうに笑う。
「リドウ。大切なのは恵子さんご自身のご意思ではありませんか?」
「面倒見るのは俺だぞ」
軽々しく言ってくれるなと苦言を呈するリドウであったが、
「足手纏いにはならないわ」
恵子は拳銃――ベレッタを胸の前で両手に握り締め、強い意思の篭った目でリドウを見つめる。
「足手纏いになるくらいなら――見捨てて」
「できるわきゃねぇだろ」
「あたしだってもう無力じゃなくなったもん。殺される覚悟くらいあるもん!」
自棄っぱちの台詞……
ではなかった。そこには確かな矜持が見え隠れしており、リドウは思わず閉口してしまう……何だってこんなメンドクサイ女になりやがったのか、と。どう考えても自分自身のせいなので、愚痴っても全く無意味なのは理解しているようだが。
「それに……」
恵子は手の中のベレッタに視線を落としながら、しかしどこか遠くを見るような目で。
「何となく……行かなきゃいけない気がするの」
リドウは目を細めて恵子を観察する。
「勘か?」
「うん……そう。何の根拠もない勘」
「分かった」
渋々とした感じではあったが、ため息まじりに了承するリドウ。変に理屈を並べ立てられるよりも、こちらの方が彼にとっては説得力があったらしい。むしろ恵子の方が驚いているくらいだ。
「では、恵子さんのお話は纏まったところで――リドウ」
リリステラが話題を切り替えようとするが、恵子は「え? ホントにこれでオッケーなの!?」と狼狽している。
生い立ちから『運命』というものを大真面目に信じているリドウにとって、虫の知らせ的な勘というものは案外馬鹿にならないという思いがあるのだが、まさかそんな理由と恵子が独りでに知れるわけもなく。
何だか不機嫌な感じで息子の名を呼ぶ大魔王様の前に、恵子は思わず口を閉じてしまい、結局それ以上の質問を重ねることはできず……まあ連れてってくれるなら別にいいかと忘れることにした。
で、リリステラのお話であるが……
「あなた、外界では月紅とか呼ばれているそうですね?」
その質問に、リドウはなぜか、痛いところを突かれたとばかりに顔をしかめる。
「いや……まあ、いつの間にか……そういうことになってたな……」
途切れ途切れに言葉を濁す、まったくらしくない姿に、恵子が目を白黒させている。
「わたくしとの約束を忘れたのですか?」
「いや……別に忘れたわけじゃねぇんだが……」
「わたくしが魔性の神であるならば、あなたは魔神すら打ち破る【闘神】になる――そう幼き頃にした宣言、よもや忘れたとは言わせませんよ」
「え? 何ですかそれっ?」
恵子の顔が爽やかに煌く。爽やかでありながら悪戯っぽく、それでいて意地の悪い笑みだった。リドウが過去に口にした黒歴史を発見して、これはいいネタになるとでも思ったようだ。
「魔王に覚醒してから名乗ろうと思ってたんだよ……」
今の俺じゃ名前負けもいいところだからと、小声で言い訳する。
「本当かのう? 自ら名乗りを上げるのが気恥ずかしかっただけではないのかえ?」
サキが口元を扇で隠しながら、我が子に約定を破られるとはリリィも母親甲斐がないのうと……声だけは哀れんで、しかし目は完全に笑っている。見事なまでのからかいモードだった。
「いんや、本心だぜ」
「嘘っぽいのう。おんしも頂点を極める一人であるなら、嘘など口にするのは本来許されぬぞえ」
「貫き通した嘘は真実と変わらん」
つまりは嘘だと認めたわけだ。
要するに、今までこの男が月紅と呼ばれるたびに示していた拒否反応の理由の大半は、実はこれだったわけである。呼ばれるたびに義母との約束を破っているような気分がして、酷く不快だったのだ。
「ふぅ……まあいいでしょう」
リリステラにとってもそこまでこだわる話でもないのか、取り敢えず追求の手は止める。
「それで、あなたはあなたで話があるのでしたね?」
「転移系の実験か召喚事故かで半々だった例の話だが、どうやら俺は異世界人でほぼ確定らしいぜ」
「ほう? どうしてそれを知れましたか?」
「例のラヴァリエーレに聞いた話だが――」
一連の事情をリリステラに説明する。
それを聞き終えると、
「なるほど。双子の……」
難しい顔で呟くように繰り返す。
「ちなみに、母体の女性はまだご存命で?」
「召喚直後に衰弱死したみてぇだな」
「そうでしたか……いささか複雑な心境ですね……」
言葉通りに複雑そうな顔でいるリリステラ。
「何が複雑なんだ?」
「いえ……ご存命でらっしゃるようなら、最低限の礼儀としてわたくし自らご挨拶に伺い、可能ならば友誼を結ばせて頂く所存なのですが……」
台詞の途中から、何だか異様な寒気を恵子は感じ取る。本当に物理的にも周囲の気温が下がっているくさい。
「あなたの母親面をされるまででしたら、不遜と思いつつもまだ許容できましょうが、厚顔にもわたくしの母としての権利を否定し、あまつさえ引き渡しを要求されようものならば――わたくしは大陸諸共その愚か者を消し飛ばす自信があります」
冗談の欠片も無い顔で、冷たく光る瞳。
締め切られた部屋のはずが、ひゅーっと寒風が吹き通る。
(な、なんて重苦しい母の愛……。ヤンデレってかヤンママ? それじゃ元ヤンか……って何言ってんだろあたし……)
とドン引きするのは恵子だけでなく、リドウやサキまで思い切り身を引いていた。恵子の場合は更に現実逃避まで加わっていたようだが。
「……そんな要らん自信は持たんでいい。俺の母親はあんただけだ、そっちに自信を持てよ、リリィ」
「そうですね」
途端に室内は陽光が差したかのように明るさと暖かさを取り戻す。
「ところでリドウ。では母として質問があるのですが?」
「何だ?」
「わたくしはいつになったら孫をこの腕に抱くことができるのでしょうか?」
「は?」
鳩が豆鉄砲をくらったような顔になるリドウ。
その横では恵子もぽかんと呆気にとられているが、サキは面白そうにニヤケている。
「あなたを外界に出して一年と少々。とっくに子の一人や二人は出来ていてもおかしくはないはずです」
「いや、その理屈はおかしいだろ、どう考えても、明らかに」
「魔王へ覚醒する前に、できることなら十人や二十人は作ってしまってほしいものです」
ツッコミも華麗にスルーして、勝手に続けているリリステラである。
「一人に産ませるのは不可能だろ、それは」
「幸いあなたは殿方なのですから、複数の女性を抱いて回ればいい話ではありませんか」
いつぞやの紅眼王女が言った内容と正反対の言葉だった。
「あなたなら嫁の十人や二十人、誑し込むくらい訳もないはずです。何のためにそのための手練手管も入念に仕込んだと思っているのですか」
「俺が妙な女に誑し込まれて騙されないためとか言ってなかったか?」
「あらゆる苦難に対応するためには、時には女の性を支配する必要もありました」
「それも聞いたな」
「ですが、それらは所詮余禄の理由です……わたくしにとっては」
あっさりと言ってくれるなと、リドウは頭が痛むのか、皺の寄った眉間を指で押さえている。
「ヴェインの恋人に勝るとも劣らずお美しいあのお嬢さん、どうやらあなたに首ったけのようですが、なぜまだ手をつけてないのですか? あなたも憎からず想っているのでしょう?」
「ほっとけ」
「恵子さんもそうですね」
「あ、あたしぃっ!?」
ぼっと顔を燃え上がらせて後ずさる。
「リドウのこと、決してお嫌いではないでしょう?」
「そ、そりゃ嫌いなわけはないですけどっ……それとこれとは話が別ですからね!? そりゃ結婚するまで処女守り通さなきゃなんて思い詰めちゃいないですけど、“彼氏に断りもなく”それってありえないですからっ」
「…………?」
リリステラは訝しげに首を傾げる。恵子の台詞が、この大魔王様をして意味がよく理解できなかったようだ。
肝心の恵子自身は、今自分が何を言ったのかなど全く理解してないようで……そもそも反射神経が勝手に紡いだ言葉だったようだ。
――だからこそ、限りなく本音に近い言葉という証明なのだろうが。
疑問に思ったリリステラは素直に質問しようと口を開きかける。
が――男女関係にはある意味彼女よりも強いサキが、ここで下手に追求すると変にこじれると気づき、
「リリィよ。普通人間の男というのは、己の女が他の男に抱かれるのは嫌がるんじゃ。過去に男の経験があるだけでも嫌がるのも少なくない」
不自然ではない話題を被せる。
「現在進行形ならばともかく、そこまでですか?」
「悠久の時を生きる我らにとって『男女間の永遠の愛』など単なる単語じゃからのう」
サキにとっては当然の『摂理』を語ったにすぎなかったが……
しかしその瞬間、リリステラだけは、発言しているサキを恵子が愕然として見つめていることに目敏く気づいていた。が、何やら“根が深そう”だとも察し、今この場で追及すべきではないなと判断した模様で、何食わぬ顔でサキの相手を続けている。
「わらわもたまに忘れそうになるくらいじゃ、お前様はもうとっくにそんな人間らしい感性、磨耗しきっておろうのう。サリスたちの方がまだ余程人間味があるわいな」
煙管を吹かしながら他人事のように言う。
「世の殿方には心の狭い者が多いものなのですね」
リリステラは感心したような呆れたような、どっちともつかない様子で吐息を零している。
「せめて独占欲と言ってやれい。それに独占欲を剥き出しにされることで悦ぶ女も少なくないしのう」
「なるほど。相互関係が成り立っているのですね。この世の摂理とはまことによく出来ています」
大真面目に妙な感心の仕方をしている。
「人によるがの。その方が愛されとる実感があるようじゃ。鬱陶しいと感じる女と半々くらいではないかのう? もっとも、男の独占欲は複数の女相手にもきっちり働くご都合機能じゃがの!」
サキはくけけっと楽しげに笑う。
「この場にいる唯一の殿方として、リドウはどう思いますか?」
「何がだよ」
何で自分に振るんだと物凄い嫌そうな顔で応じるが、リリステラは優美な微笑を浮かべながらもごーんぐまいうぇい。
「男性経験がある女性は嫌いですか?」
「それが嫌う理由になる意味が理解できん。むしろ経験ある女の方が面倒がなくていいだろ」
「ぶわはははははっ、正直者めい!」
前半は好感度がアップしそうなくらいだったが、後半は最低な発言だった。
リリステラは「そうですか」と頷いているだけで、サキは爆笑している。この二人には概ね悪い印象はなかったらしい。
……が。
やはりと言うか何と言うか、予定調和と言わんばかりに、
「サイッテー……」
と蔑んだ目でリドウを見上げる少女が若干一名いらっしゃる。
「ま、女の膜を後生一生に拝むのは貴族と童貞くらいのものよのう。あははははっ」
サキは額を押さえながらふんぞり返って、天井を仰いで大笑いしている。全童貞男子を敵に回すような発言だった。
「女性経験を有する殿方はそうでもないのですか?」
「個人差は無論あるが、処女なんぞ痛がるわ血が出るわ――女にとっても大切なもんじゃから、奪ってくれた男に妙な執着心を持つ者も少なくないときて、男からしてみれば面倒だらけじゃからのう。それなりに遊んどる男は敬遠する傾向が多いわな」
「女性経験が有りそうな殿方も無さそうな殿方も、わたくしの処女性など確認せずとも、大概は滾った目でわたくしを見てきたものでしたが……」
おかしいですねと、頬に手を添える仕草をしながら首を傾げる。
「そりゃお前様にその気にならん男なんぞ、不能か男色家くらいのもんじゃろ。つか面と向かって『あなたは処女ですか?』などと確認するウツケなんぞ流石におらん。いたらむしろ面白すぎて無条件で相手してやりたくなるわ」
「結局のところ、処女性などに大した意味はないということではないのですか?」
「結局のところ、男なんぞ好みの女とヤレるなら、大概は後先考えずにツッコンでイク生き物じゃよ」
「ますます理解が遠のいてきた気分です。昔は知っていたような気もするのですが……すっかり忘れてしまいましたね」
くけけっと笑っているサキに対して、本気で悩んでいるリリステラ。
……しかしこの女狐さん、本当に下品な女だった。リリステラが一緒にしてくれるなと本気で嫌がるわけだ。
恵子は頬を紅潮させつつも胡乱な目つきで目元を細かく痙攣させ、乾いた声で小さく笑いを零すという器用な様子で一連の成り行きを眺めやっている。
――この大魔王様、やっぱりどこかズレてるなぁ……とか思いながら。
だからこんな意味不明な男に育ってしまったのかと、リドウを半眼で見つめる。
「何だ?」
「別に何でも」
明らかに何でもなくはないが、リドウは軽く息を吐きながら肩をすくめるだけで、それ以上に追求しようとはしなかった。
「そうそう。孫の話でしたね」
ぱんと手を叩いてリドウへ視線を戻す。
「いずれにせよリドウ、お相手の女性を幸せにして差し上げられるならば、別に何人を娶ろうと構いませんから、孫沢山をわたくしは望みます」
「いや、構いましょうよ、そこは」
「とはいえ、ナイスボートに陥るような不誠実は認めませんが」
「スルーですか。そもそも複数の女性に手を出してる時点で不誠実とか、何でそんな地球用語を知ってるのかって突っ込んでもいいですか?」
「どの道、不意を打とうと、あなたを刺し殺せるような気合の入った女性など、そうそう存在せぬでしょうが」
「そういう問題じゃありませんよ……」
大魔王様のズレっぷり……あえて言うなら世間ズレならぬ『魔王ズレ』であろうか? それに気づいて最早遠慮が無くなった恵子のツッコミが冴え渡るも、リリステラは華麗にスルーし続ける。このツッコミ耐性も流石は魔王と感心すべきなのだろうかちょっと迷う恵子であった。
ちなみに、リリステラに妙な知識を吹き込んだのは、コスプレと共に、桂木明人の仕業であると後に判明。
更に余談だが。この後――
「ちなみに、このような物も再現しておりますが――」
リリステラの周囲に、マシンガンやロケットランチャーがぷかぷかと浮いている。
華やかかつ清楚な外見にいかにもプリンセスな風味のドレスを纏う完全無欠のお姫様。その周囲を彩る無骨な銃器群……かなりシュールな光景だった。
「ついでにお持ちになりますか?」
こちらをどうぞとばかりに手を翻しながら。物が物なので物騒な発言のはずも、表情や雰囲気は聖母様モードなリリステラに、
「いえすいませんマジ結構です」
恵子が光の速さで拒否した結果、
「そうですか……」
心なしか肩を落とす大魔王様の姿があったとかなかったとか。
それがまた妙に可愛くて、思わず「やっぱもらいます」と口にしそうになって困ったとかなんとかいう話。




