第六十七話 再会
リドウは、少女たちがリリステラの話を聞いてどう思ったか、ちょっとした興味が湧いてきた。
以前ならば、人類の危機だというのに、安全の内に解決する手段を持つリリステラが動こうとしないことに反感を持っただろう。それは千鶴とて例外ではあるまいとリドウは思う。
だが彼の見るところ、今の彼女たちは、あまりいい思いはしないっぽい顔つきではあっても、納得している様子でもあるように見える。
そこら辺、いったい彼女たちの中でどういった思考が働いたのか、いっそう興味が湧いてきたリドウは口に出して訊ねてみることにした。
その質問に、真っ先に己の考えを纏めて答えてくれたのは、案の定というか、千鶴である。
「別に……私たちがリリステラさんにケチをつけられる筋合いではないでしょう。事の問題は始めから終わりまでこの世界の人類にあって、リリステラさんに責任があるわけではないのですから」
「うん。悪いことが起ころうとしてるのに動かないのはちょっとあれだとは思うけど……リリステラさん自身は悪いことしてるわけじゃないんだし……」
「ですよね……。リリステラさんは魔王で、こんなお城に住んでるから、ぱっと見は特別っぽく思えますけど……冷静に考えてみれば、誰に対しても何の責任も無い一個人なわけですし……悪いことするんでもなければ、あとは個人の自由だと思います」
「立派に奉られちゃってるけど、崇めてるのは人間が勝手にしてることで、誰かから何か恩恵を受け取ってるわけでもないしねー。魔神相手に人間が報いれることなんてまず有り得ないだろーしさ」
リドウは少女たちプラスことのシャイリーの話を聞いてる最中に、微笑しながら煙管を取り出して、気持ちよさそうに煙を吹かしだしている。彼女たちの回答がよっぽど気に入ったらしい。
「永遠不変にして絶対普遍の圧倒的存在による完全無欠の統治などあってはならないように、何かが起これば魔神が……魔王が解決してくれる。そう思われてしまっては人類の成長が望めない。そういうことなのではないですか?」
最後に千鶴が総括してリリステラへ向かって言うと、彼女は一瞬驚いた様子を見せてから、最高の微笑を浮かべてみせる。
「無論、此度の件に関しては、いよいよとなればわたくしも動きます。ですがそれまでは人々の選択に総てを委ねたい。それがわたくしの意思です」
「兄貴たちはどうなんだ?」
リドウが煙管を突きつけながらザイケンに問う。
こちらもダンディに煙管を吹かしている鬼のおじ様はにやりと笑う。
「リリィがそうしてぇってんなら、そうするさ。破壊神ってのにも興味あるしな」
「うむ。リリィが苦戦したといっても五千年以上前の話。今の我々とそう遠く力の差が開くとは思えぬし、試してみるのも一興よの」
「現在のリリィをも上回るかもしれんと聞いては、わらわも是非拝んでみたいものじゃ」
結局こいつらは魔王でしかないのである。己の興味と闘争本能を満たすためならば、究極的な部分では世界がどうなろうと知ったことじゃないのだ。それはリリステラとて例外ではない。それ故の『傍観』という選択なのだから。
「分かった」
リドウは煙管を灰皿に軽く叩きつけながら、
「だが――」
挑むような目つきで魔王のお歴々をぐるっと眺める。
「破壊神の復活、俺は阻止する方向で動かせてもらうぜ」
との台詞に、魔王様方は興味深そうな顔をするだけで、リドウを邪魔する気は特に無いらしい。
むしろ少女たちの方が意外そうな顔でリドウを見ているくらいだ。てっきり、彼は魔王様方に賛成するつもりだと思っていたらしい。
「俺は『最強』なんて言葉には欠片も興味はねぇ。リリィを上回る力だろうがどうでもいい」
目の前に掲げた手をぐっと握り締める。
「俺はいずれあんたらを超え、あんたらに勝つ。そのためにはこの世界が無くなってくれちゃ困るんでね」
「よろしいでしょう。あなたもこの世界に生きる一つの命。何をするにしてもあなたの自由です」
「じゃが、それではこやつの修行はどうするんじゃ?」
せっかく来てやったというのに、いきなり自分の仕事が無くなりそうで、不満そうに言うサキである。
「そもそも、その『いよいよの時』に、魔王と化したこやつの戦力を期待しておったのじゃろ? 何せ魔王化すれば潜在能力が全て開放される。こやつの潜在能力は、まず我々ですら比較にならんじゃろう」
「何だと……?」
リドウは目を見張る。これは初耳だったらしい。
「何じゃ、知らんかったのかえ? まあ潜在能力が開放されたからと言って、我々に勝てると期待するのは間違いじゃがな。我々はその上で、永き時を研鑽に費やしてきておるのじゃからして」
「確かに、我が息子ながら、リドウの潜在能力は底が知れません。が、結局リドウが魔王へ覚醒するには、潜在能力の限界を超えるしか道はありません」
「ふむ……大して変わらぬか」
「はい。あなたに鍛えてもらうのと、外にて強敵との死闘で磨くのと……実戦に勝る修行もない。頻度を考えればサキに任せるのが最適なのは違いありませんが、どうやら外にもラウンドナイツという者共が揃っているようですし、世界を揺るがすほどの騒動ともなれば、いずれ絶閃、万象、狂嵐も動くでしょう。どちらを選ぶべきか、わたくしにも判断はつきませんし、リドウの意思に任せましょう」
「お前様がそう言うなら、わらわが何を申すまでもあるまいて」
サキは肩をすくめて引き下がる。
「どの道、折れちまった刀の用意ができるまでは暇だから、それまでは頼みてぇな、サキの姐御」
「あん?」
よかろうというサキの声は、不機嫌そうなザイケンの声にかき消されてしまった。
「折れた? 俺が鍛えてやった最高の一品が?」
「ラヴァリエーレって、最強の勇者さんとやり合ってな」
腰から折れた刀を抜いてテーブルの上に置く。
実物を見せられたザイケンの不機嫌な様子が更に増してしまう。リドウは正直、失敗だったかなと、困った様子で頬をかく。
「ありゃ強かったぜ。最後は天破煉翔を使わされた」
「なんと。アレを人間相手に使いおったのか!?」
リーチェンである。
「ラヴァリエーレは殲滅師だった。決着をつけるにゃ、殺すか、力を殺すかしかなかったからな。あんな化けモン、器用に気絶させるだけなんて、俺には無理な注文だ」
ラヴァリエーレに勝っておきながら『化け物』とは随分な物言いだ。まあリドウの場合、自分自身も化け物だという自覚があるからこその台詞だったのだろうが。
「ちっ。情けねぇ野郎だ。俺の最高傑作を、絶閃ならともかく、人間相手にお釈迦にしてくれやがるとはな」
「……いや、マジで強かったぞ、あいつ」
ちょっと気まずそうに言い訳するリドウ。
珍しいどころではないその様子に、少女たちは目を白黒させている。目の前の光景がどうにも信じられないらしい。
普段は余裕たっぷりな大人のリドウも、家族の前ではまだまだ未熟者だということらしい。
「新しいのはこさえてやる。だが、その間にお前さんも鍛えなおしだ。女狐だけにゃ任せておけねぇ」
「ザイケンさん」
その時である。黙って事の成り行きを見つめていた千鶴が意を決して口を開いた。
「あん? 何だい、嬢ちゃん」
「ザイケンさんには私の修行をお願いしたいのですが」
「お前さんを?」
「はい。リドウはサキさん。シャイリーはリーチェンさん。残る気功士はあなただけですから」
「別に俺じゃなくてもいいってことだろ? リーチェン、纏めて相手してやれよ」
「わしか?」
幻影の髭を撫で付けながら千鶴を見る。
「しかし、このお嬢ちゃんはあの槍モドキの使い手じゃろう? わしよりもお主の方が向いとるんじゃないかの? わしは長得物はさっぱりじゃからの。布術なら多少は心得もあるが、あの武器は明らかに要求される動きが違いすぎる。その点お主は武器なら大概は扱えるじゃろ」
「んー」
ザイケンは面倒臭そうに頭をかきながら千鶴を見やる。サキが、元恋人がリドウへ教えているという話題でかなり驚いたと言っていたが、どうやらこの男、他人に何かを教えるのは基本的に好きじゃないらしい。
「私にできることでなら、お礼は何でもさせてもらいます」
「体でか?」
「それ以外で」
悪戯っぽく言うザイケンに、千鶴はにっこり笑顔で間髪入れずに拒否した。
「はっはっは。こっちもなかなか面白ぇ嬢ちゃんだ!」
その言い分が、ザイケンはよほど気に入ったようで、膝を手で打って大笑いしている。
「ガキに何か要求しようとなんざ思わねぇよ。だが、一つ聞かせろ」
「何でしょう?」
「“どこ”まで往きてぇんだ?」
「往けるところまで」
一瞬の迷いも見せず、真っ直ぐに言い切った千鶴に、ザイケンはニヤリと笑った。
「いいぜ。ここに居る間は面倒見てやる」
「ありがとうございます」
座ったままだが、丁寧に頭を下げる千鶴であった。
その姿を、恵子が色々な思いが篭った複雑な顔で見つめていた。
そしてまた、そんな恵子をじっと見つめるリリステラの姿もあった。
一通り話が終わった一同は、ここへやって来たもう一つの目的である、保護された同級生たちへ会いに向かう。
サリスに案内されてやって来たのは、城の端っこら辺と思われる場所で、少々歩かされてしまった。こういう時、大きなお家は面倒臭いなとか、苦笑い交じりに思う少女たちである。
さて、ようやく辿り着いた部屋。
そこで待っていたのは……
前髪が長く、殆ど目が隠れてしまっている男が、ちくちくと布地に針を走らせる姿だった。
その男の周りで、テーブルに肘をついて、手のひらに顎を乗せ、楽しそうに作業を眺めている少女が若干二名。先ほども出会っているシュリとリュリュであった。ちなみに服装はサリスと同じメイド服になっている。
それ以外の人物は見当たらない。
意味不明なその光景に日本人少女たちは一瞬意識が止まる中、一同に気付いたシュリとリュリュのロリっ子たちがとことこと駆けてくる。
二人が動いたことで、裁縫に集中していたらしい少年もようやく一同に気付いたようで、手を止めて顔を上げた。ドアが開く音には気づかなかったらしい。相当な集中力だ。
「あれ? もしかして一条さんと麻木さん?」
特に驚いてる様子もない、平然とした声音だった。
「知らない人も居るし。そっちのお兄さんと金髪の……女の子なの?」
「僕、男だよ」
「へー! 天然の男の娘キャラ!?」
髪で隠れてしまっていて見た目では分からないが、目を輝かせているっぽい。
「うちの生徒じゃないよね? そっちの巨乳の子は……っぽいけど、見たことない」
「そーゆーあんたは桂木じゃない」
我に返った恵子が少年の名を呼ぶ。
「うん、桂木明人。久しぶりだね」
「変わんないわねぇ、あんた。その見事なまでのオタクファッション」
「まあね」
人によっては侮辱とも受け取るだろう恵子の台詞であったが、明人くんは何の拘りもなく認めてしまった。
「あなたのクラスメイトかしら?」
「違うけど、同中だったの。すんっごい変わり者でねー」
恵子は遠い目で天井を見上げながら乾いた笑いを浮かべている。
「桂木が高校デビューした時は思わず目を疑ったわ」
「こーこーでびゅー?」
愛奈がこくりと首を傾げる。一般的に『高校デビュー』と言えば、知人が居なくなる高校入学に合わせて、地味で冴えなかった自分から脱却することを指して言うはずだ。
しかし、桂木明人くんとやらにその影は見当たらない。
「オタクの高校デビュー」
「は?」
「こいつね、素顔はすんっごい美形なのよ」
「ええ!?」
「ほら」
恵子は明人少年に許可を取ることもせず、彼の背後に回って、目元まで隠している髪の毛を捲くり、素顔を衆目に晒す。
「何するんだよ」
明人少年が心底イヤそうな顔で恵子の手を振り払ってしまい、一瞬しか素顔は見れなかったが、その刹那の時だけで、まるで背後に薔薇が咲き乱れているような錯覚すら起こすほどの美少年っぷりを拝めた一同である。
「うわ、ジャニ系」
愛奈が大きく身を引きながら言葉を紡ぐ。
リドウに千鶴にシャイリーの三名は特に驚いている様子はないが。
「うちの中学出身の女子たちはさ、高校デビューした桂木見て、そりゃもーこの世の終わりみたいに嘆いたもんよ」
当時を感慨深げに思い出し、うんうんと頷いている恵子である。
「僕はひっそりと趣味に没頭できればいいのにさ、勝手に寄ってくるんだもん、あいつら。三次元女なんてクソだ」
「あたしら三次元女の前でよくぞ言った」
恵子が目元をぴくぴく引き攣らせながら言うも、明人少年に感じ入った風は一切ない。
「だってあいつら、僕の友達には平気で酷いんだぜ? キモイとかクサイとか。全然そんなことないのにさ。僕もあいつらと同じだよって言ってもさ、『明人くんは特別よー』とか、馬鹿じゃない? ま、麻木さんは別かな。モテカワなくせに、誰が相手でも本気で分け隔てなかったからね、キミ」
「彼女たちは、あなたが自分を特別扱いして欲しいから、釣りで言った言葉だと思ってしまったのね――あなたの本意とは逆に」
確かに馬鹿な子たちねと鼻で笑いながら言うのは千鶴。
「へー……ちゃんと分かってくれるんだ。流石にキミは別格なのかな、一条さん。で、そっちは誰?」
「高坂愛奈です」
「知らない。何組?」
「三組です」
「ふーん……」
と相槌を打ったまま、明人少年は再び布へ視線を落とし、手を動かしだしてしまった。
「って、そこは自分のクラスも答える場面じゃないんですか!?」
「え? 知って何か意味あるの?」
「じゃあ私への質問は何だったんですか!?」
「特に興味も無かったけど……何となく?」
本当に自分でも、なぜそれを質問したのか、その理由が理解できないらしく、本気で首を捻っている明人少年であった。
「ね? 変人でしょ」
「変人ですねっ」
力一杯に同意する愛奈であった。
「何だか妙に親近感が湧くなー、この人」
「女避けに方や妙ちきりんな格好して、方や女装ときて、口調も似てるしな」
「あ、それ気づいてたんだ、僕が女装してた本当の理由」
「気づかんでか。しかしこの小僧、リリィが気に入りそうだな。何つうか……個性的だ」
既に手元に視線を戻してしまっていた明人少年であったが、リドウのこの台詞にぴくりと反応して顔を上げると、じっとリドウを見上げる。
「どうしたんだい?」
「あんた……もしかして例の『若様』?」
「ん。まあここじゃそう呼ばれるな」
「ふーん……」
ぶしつけにじろじろと上から下までリドウを眺める。
「見た目は日本人っぽいから、てっきり召喚事故に巻き込まれた人かと思ったけど……確かに、どー考えても日本人じゃないわ、その眼光は。不良とかとも全然違う」
「どうして今更になって気付いたのかしら?」
話の流れを不自然に思った千鶴が訊ねると、明人はしばらく黙って彼女を眺めていたが、おもむろに口を開く。
「ここの姫様をさ、“若様が言ったみたいに呼んでいい”のは特別な人だけみたいだから」
「まさか、あんた呼んじゃったの!?」
途端に恵子が大きな声を上げながら明人に詰め寄る。
「僕はやってないよ。もしかしてキミはやっちゃった口?」
「やるわけないでしょっ。そんなのちょっと付き合ってれば判るじゃないっ」
「へー。やっぱキミ、ちょっと変わってるよね」
「あんたにだけは変人呼ばわりされたくないわ」
「褒めたんだけどな」
「変人呼ばわりのどこが褒めてんのよ」
じとーっと見るも、肝心の明人くんは「本当に褒めたんだけどな」と不思議そうに首を捻っている。
「で、その迂闊な馬鹿は誰よ?」
「小杉」
「うわー……」
「あの男ね……相変わらず馬鹿な男」
恵子と千鶴の二人は覚えがある名のようだ。しかも、その小杉という迂闊なボーヤとリリステラの間にどんなシーンが繰り広げられたかも想像できてしまっているようであるが、
「誰ですか、それ?」
知らない愛奈は訝しげに問う。
「私的学内で関わりたくない男ベストスリーの一人よ。今の愛奈ちゃんを見れば何も考えずに馴れ馴れしくしてくるでしょうね」
「典型的なチャラ男。校則緩かったからって、普段からアクセじゃらじゃら言わせて、どこそこの女に貢がせたー、とか自慢げに口にする最悪な奴だったわ」
思い出したくもないと顔を顰める恵子であったが、そんな彼女を千鶴はじっと見つめる。
「なに?」
「いえ……何でもないわ」
しらばっくれながら、『あの男』はそこら辺が小杉よりも“上手かった”なと思い出す千鶴であった。
「どうせ、リリステラさんをナンパしようとした挙句に素っ気無くあしらわれて、ムキになって馴れ馴れしく肩でも抱きながら呼んでしまったのでしょうね」
「さっすが一条さん、ご明察。ま、正確には抱き寄せる前に触れることもできずに避けられてたけど」
「ちなみに、その人はどーなったんですか……?」
愛奈が明人へ恐る恐る訊ねる。
「別にどーも? ただ、メチャクチャ冷たい目で『二度と呼ぶな』って警告されただけで。殺気ってあーゆーの言うんだって初めて知ったよ。直接ぶつけられた小杉なんて、一発で気絶してた」
「馬鹿な人だったよねー」
「うん。馬鹿だった」
きゃははと無邪気に笑いながら言うシュリに、リュリュは冷静に同意を示した。
「だった……? なぜ過去形なのかしら」
「その方でしたら、もうこの城にはおられません」
サリスが答えてくれるが、聞いた瞬間、千鶴はすっと目を細める。
「なぜですか?」
「自ら出て行かれましたので」
「追い出したのではないのですね?」
「誓ってそのようなことは。その程度の力では大したことは何も成せないと何度もご説明差し上げたのですが、ご理解頂けず、最悪外へ勝手に出て行かれてはそれこそ命はございませんので、仕方なく記憶処理を施した上で、スワージまでお送り致しました」
千鶴は取り合えず信用する。
が、どういった経緯からそうなってしまったのか、それは確認しなければと……客観的に話してくれそうな明人に訊ねる。
と、“予想通り”に彼は淡々と事実を語ってくれた。
「この世界に落とされた時、僕は小杉と、あと二人の女子と一緒だったんだよね。馬鹿ばっかでさ……殲滅師だっけ? 小杉には才能があったみたいで、そりゃもー我が世の春ってくらいに大はしゃぎだったね。女子二人も『小杉くん素敵ーカッコハートマークカッコトジ』って感じ?」
やれやれと首を横に振っている。
「でもさ、そんな才能だけで都合よく英雄になれるほどリアルって甘くないじゃない? 特にこの世界って、どんなに才能があっても、素人が本当に強い人たちに勝てるなんて有り得ない、ファンタジーとしては何か間違った世界みたいだし」
「当たり前だよー」
けらけらと明るく手を振って笑うシュリである。
「最初ラスティアラさんに勧誘された時は、たぶん自分のレベルアップフラグだとでも思ったんだろうね。ついでにラスティアラさんもハーレム要員、みたいな? で、素直にここに来てみれば、小杉なんて誰にも相手にされないわけよ。自分の力を誇示して格好付けようと粋がって試合を挑んでみれば、リュリュちゃんにあっさりぶちのめされちゃうし」
「弱かった」
「いや、キミが強すぎるんだよ」
「リューは侍女長と同じファーストグレードだからねー」
「私なんて、魔王城ランキングじゃ十五番目くらい。特に一番の姫様から五番目の侍女長までがマジ鬼畜」
「リュリュちゃんも大分日本語が堪能になってきたね」
「日本語は表現が面白い」
感情表現豊かなシュリ以外、リュリュも明人も淡々としているのに、割と和気藹々としているようにも感じるやり取りしている。どうもこの三人、かなり打ち解けているようだ。
「でさ、小杉の奴はふて腐れちゃって、女子二人を説得して出てっちゃったわけ。僕は冒険なんて興味無かったし……てか、ここほど僕得な場所もないから、頼まれても出て行きたくなんてないけど。地球人じゃ遺伝子的に有り得ないような外見の人とか、しかも綺麗どころばっかだし、リュリュちゃんとかシュリちゃんとか、本物のエターナルロリとか何て僕得、みたいな? みんな恥ずかしがったりしないでコスプレしてくれるし」
ここは天国だよと大真面目に言い切る桂木明人であった。
しかしそれだけでは済まない人物もいる。
「なぜっ……止めなかったの!?」
千鶴が得物の偃月刀を投げ捨て、明人の胸倉を掴み上げた。
重い金属音が床で鳴り響き、その硬質な音色と共に部屋の中の空気が一気に強張る。
が、桂木明人は一切の怯えを露にすることはなく、髪の隙間から微かに覗ける瞳はどこまでも冷め切って千鶴を見つめている。
サリスが千鶴を止めようと一歩前に足を進めるが、無言で差し出されるリドウの腕の前に足を止めてしまった。
「何で僕が?」
「どれだけの素質があろうと、ちょっとした冒険者気分のお遊びくらいで満足するならともかく、あんなお調子者が、まともな覚悟もなく生き抜ける場所ではないのよ、この世界の闘争は! あなたは真っ先にその真実を理解できていたのでしょう!?」
明人は答えず、千鶴の手を払いのけようとする。が、確かに彼は筋力に自信があるわけではなかったが、女の細腕だというのにびくともしてくれず、髪の奥の目が見開かれている。
その目が千鶴が打ち捨てた偃月刀に吸い寄せられると、ふーんと小声で納得の声を零す。
「気功士なんだ。道理でそんな馬鹿デカい武器を軽々と持っていられるわけだ」
「答えなさい!」
「僕は無駄なことはしない主義なんだ」
「何が無駄だと言うのかしら……ッ」
「我思う、故に我あり――そういうことだよ」
千鶴はぐっと詰まってしまう。
「凄いな。これだけでホントに理解できちゃうんだ。大した進学校ってわけでもないうちの学校に入学した理由は『近かったから』だっけ? それで全国一位をとり続ける才媛。でもさ、たまにその明晰すぎる頭脳が煩わしくならない?」
緩んだ千鶴の手を払いのけると、襟元を調えながら、なぜか鼻で笑う。
千鶴は憎々しげに明人を睨んでいるが、反論の言葉は無い。
「……それって、自分は考えることができるから自分は存在するって哲学用語でしょ?」
恵子には何でそれが今の千鶴の詰問の答えになったのか理解できない。愛奈も訝しげに眉をひそめている。
「解釈にもよるけれど、己の存在が真実なのか、それを疑う意思を持つ時点で、その意思自体を疑うことはできない。けど、それ以外の存在の証明は不可能という意味が一般的ね。例えば、今あなたたちが話している私とて、本当は誰かが操っている生きた人形なのではないか? それをあなたたちに証明することはできない――そういうことよ。そこから飛躍して、己以外の全てが己のために存在するのだとしても、世界が己を中心に回っているのだとしても、哲学的にはおかしくはないと言いたいのよ、この男は」
ぱちぱちぱちと連続して手を叩く音が鳴り響く。
「凄いね。ホント、よく理解できたと改めて思うよ。言った本人の僕だって、他人から言われて即座にそこに思い至れるとはとても思えないのに」
明人は本心から褒めているらしいが、千鶴はちっと舌打ちを鳴らすだけで、それを見た彼は軽く息を吐きながら手を止める。
「人間なんて誰だって、程度の差はあっても、自分は他とは違う特別な存在なんだって思ってるもんだよ。だって、自分の存在の証明は簡単でも、他人の存在を本当に実物として証明することは不可能なんだもん、しょーがないよね。それが高校生如きのガキともなれば尚更だ。それが更に、とんでもない力を突然に得ちゃって、『やっぱり自分は選ばれた特別な存在だー!』って思うなって方が無理だよ」
肩をすくめながらあっけらかんと言う。
久しぶりに『その話』を思い出した少女たちは、『その後』に何が待ち受けるのか、その最悪の場面を想像してしまい、苦しそうに表情が歪んでいる。
「一応さ、僕も軽く手は打ったんだよ? だからリュリュちゃんに――あいつに勝てるかって確認した上で戦ってもらったんだから」
ね? と明人がリュリュへ声を掛けると、
「ぶい」
彼女は真顔でブイサインをした。
「言っちゃなんだけど、このお城の中で一番見た目弱そうな子じゃん? 実際は上から数えた方が早いらしいけど。この子にも勝てないのに外で生きていけるわけないって……まあ僕はそう言いたかったんだけど……」
失敗しちゃったと、軽い口調で言い放つ。
「結局はこの子も『この世界の人間』だから、納得できなかったみたいだね――いずれ自分が成長すれば勝てるはずだって。まあ間違っちゃいないんだろーけど」
言いながら視線を千鶴に戻す。
「キミがいれば話は違ったんだろうね。キミには明らかに『凡人とは違う』と思わせるものがあるから。そのキミにぶちのめされてりゃ考えを改めた可能性はある。あくまでも可能性でしかないけど。まあ少なくとも女子二人はキミがリーダーシップを取るなら、反発はしなかっただろう。でも……」
明人は千鶴を指差す。
「キミはいなかった」
最後に両手を顔の前で広げ、
「それが全てだ。そして僕にはあいつを止められる力は無かったし、あいつに対してそうしなければならない義務も責任も義理も無ければ、生憎とそんな人情家でもない」
自分を責めるのはお門違いだと、声を低くして千鶴へ言葉を投げ付けた。
千鶴は握り締めた両の拳を震わせながらも、とうとう反論しようとはしなかった。
そんなことは理解できている。自分が同級生たちを助けたいと思っているのも、究極的には自分のワガママでしかないのだから。桂木明人には何も責任は無い。
……でも……それでも…………
千鶴は一瞬泣きそうになった。
しかし、高いプライドが他人の前で涙を見せることを許せずに、首を横に振って思考を切り替えると、その時には既にいつものクールビューティーに戻っていた。
無理やり止めてくれればよかったのにと、サリスを一瞬恨めしい目で見てしまうが、言っても仕方ないとすぐに割り切る。どうせ『本人の意思』と言われてしまうだけだ。“彼女たち”は何よりもソレを重んじると、気づくのはあまりにも容易だった。
彼女は小杉少年らをスワージの遺跡に戻したと言った。こんなことならあの時ふて腐れてないで、真面目に情報収集をしておくのだったと後悔する。後悔先に立たずとはよく言ったものだと、唇が独りでに皮肉っぽく歪んでしまう。
(どうする? 一条千鶴……。今からでも追い掛けるか……でも、この機会を逃してしまっては、魔王の手を受けられる日は二度とないでしょう……)
二律背反とはこのことであった。
俯いて身動きしなくなってしまった千鶴を見て、これまで黙って事の成り行きを眺めていたリドウが動く。
「サリス。確保できたのはまだこのサティーが見つけた連中だけか?」
「いえ、他にも男性と女性が一名ずつおります」
「そ、そいつらはどうしてるんですか?」
恵子が、これで話題を逸らせると期待したのか、慌てた様子で食いつく。
「そのお二人でしたら、この時間は仕事をされてらっしゃいます」
「仕事?」
「我々の世話になるだけでは心苦しいと仰るので、簡単な家事をお手伝い頂いております。既に通達は出しましたので、そろそろここへいらっしゃる頃だと思われますよ」
サリスが言い終わった時、図ったかのようにドアが開く音がする。
現れたのはサリスが言ったように男女一名ずつのペアで、一人はメイド服を着ているが、年齢は恵子たちと同年代と思われる少女だ。そしてもう一人の男性の方は、三十歳前後の年頃で、無精髭を生やした執事服の男であった。
男の方はどう考えても高校生ではない。
同級生ではありえないが……
学校には子供以外にも生活している人間は居るのをすっかり忘れていたと、恵子はようやく思い出した。




