第六十話 疑惑の解消
今回の話に関して、縦書きでお読みになっている方がいらっしゃるようなら、あらかじめお詫び申し上げます。たぶん、大分読み難い部分があると思われますので。
アレクサンドルは今初めて、一条千鶴という存在を真面目に認識する。
数多存在する勇者と比しても目を見張るべき才能、そして闘士足り得る意志力の持ち主。それらは一目で理解していたが、現時点では特段注目すべき娘だとは思っていなかった。そういう意味ではむしろ、アグリアと闘った愛奈やシャイリーの方が注目に値するとすら思っていた。
やたらと美しい容貌をしているとは思ったが、二十歳にもならない小娘など、彼にとっては女と認識する以前の問題だった。
だが、この女が持つ知性は、単純な戦闘能力だけでは測り切れないものがあるかもしれない……。
――面白い。
「なぜ、そう思った?」
「……ムッシュが真相をお話下されば早い話だと思いますが?」
「いいから――話せ」
完全なる命令口調。しかし迫力の美貌と、そしてリドウに匹敵する絶大な戦闘能力を有するからこその圧倒的な自負心は、千鶴にすら容易に逆らうことを許さなかった。
「……ロンダイク聖教の成り立ちには不自然な点が多すぎると思われます」
そして千鶴は語りだした。
世界の違いがもたらす常識の違い。それは彼女も理解できてきた。
が、人としての根本的な部分までは、大きな差異は認められない。それは例えば人殺しは犯罪という倫理観であったり、男と女の関係であったり。
実際、人々の普段の生活や、それを安定させるための法整備に関しては、地球の物との違いは殆ど無い。
ならば宗教だってそうだろう。
地球にも多数の宗教が存在するが、それらはいきなり出現したのか?
違う。
例えばキリスト教は、元を辿ればユダヤ教、そしてゾロアスター教と原点を遡れるし、更に起源を辿れば自然崇拝の多神教に行き着く。イスラム教だってキリスト教の派生であり、仏教だって自然崇拝の派生だ。
古来、人々の生活に直接的影響を与え、また人々が逆らい得ない相手として、偉大な存在として崇めるのに、自然現象は打って付けだった。古代の宗教においてどこも『太陽神が一番偉い神様』なのは、太陽がどれだけ多大な影響を与えるのか、誰もが本能で理解していたからだろう。
地球において現代で隆盛を誇る宗教にも自然崇拝の色を強く残すものは少なくないし、それ以外とて元を辿ればほぼ必ず自然崇拝に行き着くのだ。
――千鶴は自分の考えを確かめるように、ゆっくりと語った。
「ですが、ロンダイク聖教の成り立ちに、何らかの原点が存在した形跡が全く見られません。その出現はあまりにも唐突すぎます」
「リリス教とてそうではないか?」
「リリス教には魔神という明確な信仰対象が存在します。伝承に語られる彼女の働きが事実ならば、そこまでの影響力を持つのは十分に頷ける話です。ですが、ロンダイク聖教にはそういった信仰対象は存在しません」
そこまで話した千鶴は、ここが重要だと言わんばかりに、少しだけ語気を強める。
「宗教とはとても良く出来た商売です。そこに思い至り、都合のいい存在をぶち上げた……ロンダイク聖教という存在をそう思い込むことはできます。ですがそれにしては、既にリリス教が確固たる地位を築いていた中で出現したというのに、波及するのが早すぎる」
「異世界人ならではの発想だな。ルスティニアの歴史しか知らねぇ俺らには到底考えつかねぇ」
リドウは真剣な面持ちで相槌を打つ。
「だが、言われてみりゃ正論だ。無から始まったにしちゃ、ちっとばかし影響力を得るまでの期間が短すぎる。しかし……」
「私だって自分の論説が全て正しいなんて思っていなくってよ。あくまでも推論でしかないわ。どこに疑問を感じるのかしら?」
「ロンダイク聖教の成り立ちに魔王が直接関わったとは思えねぇ。魔王ってのはそんなことを考えられるようには“出来てねぇ”んだよ」
「でもかつては、魔王としての自覚に薄い新米であったにせよ、醜い人の世を嘆いて、己が手で統治しようと乗り出した魔王も存在したのでしょう?」
「それだってその魔王自身がてめぇの力で成し遂げようとした。宗教を起こして、なんて迂遠な手段をとるとは考えにくいぜ――いや、まずありえねぇ」
魔王という存在に対して深い理解を持つリドウにしか理解しきれない感覚だろう。
ありえないなどありえない――そう考える千鶴であったが、しかし否定しきれる根拠もなかった。何せそれは『ルスティニアの法則』であり、異世界人の自分ではきっと永遠に理解しきれない感覚なのだろうと、最近理解し始めてきたから。
リドウと千鶴は揃って考え込みだしてしまう。アレクサンドルに教えてもらえば早い話だろうに、無意識に思考に入り込んでしまうのは、両者共に自身の知性に対する自負心が原因だろう。
と――
ぱんぱんと、手を叩く音が聞こえてくる。
発生源はアレクサンドル。恵子に対してしていた時とは違い、そこに込められているのは純粋な賞賛のようで、楽しげな笑みに嫌味は見当たらない。
「どちらも見事なものだ」
そう口にすると、不意に歩き出した。
一同が黙って見守っていると、少し離れた場所に転がっている折れた刀の柄を拾い上げた。一同からは背中しか見えず、顔色は窺い知れないが、先ほどのリドウのように肩を落としている姿から、きっと少なからず無念を抱いているのだろう。
振り向いた時には、既にそんなそぶりは全く窺えず、唇が楽しげに歪んでいる。
アレクサンドルは折れた刀を手で軽く放り投げ、キャッチするとまた放り投げるという動作を繰り返しながら口を開く。
「娘、お前の推測はほぼ正解だ。ロンダイク聖教の誕生にはとある明確な理由が存在する。その目的は封印された一柱の魔王の復活」
「封印……?」
「その封印はマドモワゼル、お前の国にも存在する」
「なに!?」
ベアトリクスは本気で驚いているようだった。
「知らぬのも当然であろう。既に忘れられた話だ」
刀を少し高く放り投げる。それはどういう技巧を凝らされたのか、くるくると回って落ちたと思うと、ぴったりと鞘へ納まってしまった。
しかし、曲芸じみた技に感心していられる状況ではない。
「封印が幾つ存在するのか。それ自体には、私は興味が無いので知らぬが、複数存在する封印の内、その殆どはリリス教国家内に存在するようだな」
件の神を復活させるためには、必然的に戦争で征服する必要があるということだ。
「そして、その神の復活のためには他の魔王がどうしても邪魔らしい。その真意までは私の知るところではないが……」
言いながら、馬鹿にしたような嘲笑を浮かべる。
「ロンダイク聖教成立の流れはこうだ――己を『偉い』と思い込んでいる人間は、同格以上の人間に対して敬意を示す素振りはできても、真の意味で感謝の念を持ったりはできないものだ。魔神並びに魔王たちを忌々しく思う権力者たちは、リリス教の台頭後も数多く存在した。同時に、件の神の復活を目論む者たちは遥か昔から密かに存在した。魔神が引き篭もったのを好機と見たその者たちは、愚かな権力亡者どもを利用することを思いついた。魔王に対抗可能な手段を自ら用意してみせたその者たちに、権力者どもは大喜びで飛びつき、更に初代勇者が新米とは言え魔王を滅ぼしてみせたことで、後のロンダイク聖教は確固たる地位を築くことに成功した」
なるほどと、数名の者たちはそれぞれに納得を示す仕草をしている。
「魔王が邪魔で、どうしても滅ぼしたい。あるいは滅ぼさなきゃならねぇ理由がある。だが新たな魔王の誕生は困る。だから魔王に覚醒しそうな勇者は暗殺してきた……矛盾はしねぇな」
リドウの呟きを捉えたラヴァリエーレが目を見開いた。まるで親の仇を見るような表情を浮かべ、壮絶な気配を発する。
「月紅……ッ」
「何だ? いきなり物騒な気配出しやがって。それから、俺をそれで呼ぶんじゃねぇよ。リドウの名を好きにして呼べ」
「そんなことはどうでもいい。貴様、今何と言った?」
「あん?」
「魔王に覚醒しそうな勇者は暗殺してきた――そう言ったな……!?」
「ああ、言ったが?」
何で今更そんなことをと思うリドウであったが、あっと閃くものがあった。
「なんだ。もしかしてあんたも、狂嵐が勇者出身って話を知らなかったってのか?」
迂闊だなと笑うリドウに、アレクサンドルは悔しげに唸りながら歯を噛み締める。
「ならばなぜ、私は未だに人の身のままなのだっ」
両手を眼前で広げながら、僅かに身を屈めるようにして吐き出す。
「私の力でもまだ足りぬと言うのか!? 貴様ですら未だ人の身のままであるようにか!?」
アレクサンドルの言葉を自信過剰と言い切ることはできないだろう。初代勇者すら上回りかねないと言われているのは伊達ではない。
彼の嘆きはリドウにもよく理解できた。
「魔王覚醒ってのは強いだけじゃダメらしいぜ。他にも色んな条件をクリアしなきゃならねぇらしい。その明確な条件は俺も知らねぇがな」
その条件の一つを、アレクサンドルは今回の死闘でクリアしたかもしれないな――リドウはひっそりとそう考えるが、教えてあげたりはしない。何となく癪だったらしい。
俯いていたアレクサンドルは、彼自身の長髪によって軽くホラーチックに顔が隠れてしまい、表情は窺い知れない。
が、リドウの言葉を聞いてしばらくすると、その肩が小刻みに揺れ始める。
「く……」
今度はどうしたのやらと思えば、突然勢いよく顔を跳ね上げ、顔を手のひらで押さえながら笑っていた。指の隙間から垣間見える眼は壮絶な色を宿しており、彼の酷薄な美貌を相まって酷く禍々しく、女性陣は背筋をぞくりと震わせてしまう。
「くっくっくっく。私としたことが……永遠不滅などという意味不明な存在などと、心のどこかで疑う気持ちがあったとはいえ、お偉方の言い分を頭から鵜呑みにしてしまうとは――ぬかったわ。まったく、とんだ大ボケだ!」
大声を発してひとしきり笑ったアレクサンドルは、最後に大きく息を吐いて落ち着きを取り戻すと、タバコを取り出して吹かし出した。
「で、私に訊きたいことは以上か?」
「……その神とやらを復活させて、どうしようと言うのだ?」
「さあ?」
ベアトリクスはむすっと唇を結んでしまう。それもそうだろう。タバコを挟み持つ手を遊ばせながら喋るアレクサンドルの態度はとても真摯とは言い難く、まるでからかっているかのようであった。
「そうむくれるな。私も知らぬのだ」
「それは、あなたですら知らされる立場にはなかった、という意味か?」
「それもなくはない。私は上の連中に嫌われておったからな。いや、特に知りたいとも思わなかったと言う方が正解に近いか……」
明後日の方を向いて煙を吐き出しながら応える。
「単純に考えれば、ロンダイク聖教が掲げるお題目である『魔王と魔物の掃滅』であろう。あるいは神の力を借りた世界征服か……。いずれにせよ、その目的など私はどうでもいいのだよ」
顔を背けたまま流し目を送る姿はどこまでも妖艶で、並の女ならば一発で失神ものだったが、幸いなのか、この場に居る女性はどいつもこいつも普通じゃなかった。
「何せ、私個人の目的はその神を殺すことだったのだからな」
「つまり、あなたはその神の存在に関しては疑っていないということでよろしいか?」
「正直に言ってしまえば、私自身その神の存在に関しては半信半疑であった。が、最低限、リリス教側と遠慮なく殺し合えると思えば、私に損は無かったのだ」
神が存在すると確信できる根拠を求めるベアトリクスに対して、そこも自分にとっては然程の問題ではなかったとアレクサンドルは言った。
これでは与太話の域を越えないなと嘆息するベアトリクス。が、そう決め付けるには、ロンダイク聖教側の行動はあまりにも大掛かりだった。
その時、リドウが再びベアトリクスを押しのけるように前へ出る。
「一つ答えろ」
「何だ?」
「その神とやらが、本当に善性の存在と言えるだけの証拠はあるのか?」
「そんな物は無い」
「てめぇ……」
表情は険しく、ドスの利いた声。闘っていた時にはとうとう見せなかった様相であったが、今になってリドウはアレクサンドルに対して何かとてつもなく気に入らないものを感じたようだった。
「魔神ですら殺しきれなかった相手に、てめぇ如きが勝てるとでも本気で思っていやがるのか!?」
驚愕が場を席巻する。
絶句している一同の中で、アレクサンドルは独り、どこまでも愉しそうに笑っていた。
「知っておったのか?」
「少し考えりゃ分かるだろうが! そもそもてめぇがさっき言っただろう、魔神が引き篭もったのを好機と見て行動を開始したってな。大体、神か何だか知らねぇが、そいつが封印されてるってことは、少なからずそうしなきゃなんねぇだけの理由があったはずだ。そんな危ねぇ存在をあの女が黙って放置しておくだと? そんなことはこの世がひっくり返ってもありえねぇんだよ!」
もしその神が悪性の存在だったらどうする気だと、リドウはアレクサンドルを弾劾するが、彼の方は、
「ご明察」
心からリドウを褒め称える様子で手を叩くだけだった。
「貴様はどうやら魔神をよく知っているらしい――ごく個人的に」
「答えるのはてめぇの側だろうが」
あまりふざけていると今度は本気で殺すぞと、殺気に乗せて暗に言うリドウに、アレクサンドルは軽い調子で肩をすくめてみせる。
「貴様の推察の通り、神を封印したのは彼の魔神だそうだ。しかしな、最低でも五千年は前の話だそうだぞ? 当時は殺しきれなかったとはいえ、魔王という出鱈目の極致の特性から鑑みれば、今の魔神の敵ではあるまい。違うかな?」
「…………」
そう言われてしまうと、必ずしも違うとは言い切れないものがあった。
自分が敗れてもいずれ魔神が出張って始末をつけるだろう。そう考えていたというのがアレクサンドルの言であった。
しかし、神の復活を目論む首班がそこに考え至らないものだろうか? リドウは無言で思考しながら疑惑を抱く。
あるいは、その神の力は絶対無敵であると妄信しているのか? いや、そう思い込むには五千年という月日は、魔王のゆるやかな成長を鑑みても、あまりにも膨大にすぎる。
それに、なぜ“彼ら”は魔王を滅ぼそうと躍起になっているのだ? それも殆ど運任せな手段にだけ頼って。
(判断材料が足りねぇ……)
リドウは既に、ロンダイク聖教の神が『人にとって好き存在』であるなどとは一欠けらも考えていなかった。邪悪かどうかはともかくとして……。
(これは一度、早急に帰る必要があるな。いくら何でも、そんなモンを黙って放置しておくわけにはいかねぇぞ)
思考に入り込んで動きを見せなくなったリドウを見て、アレクサンドルはふっと笑う。
「私の知ることはこれで全てだ。あとは貴様らの好きにするがいい」
そう言って踵を返そうとするのを、ベアトリクスが慌てて引き止める。
「待ってもらいたい、ラヴァリエーレ殿」
「まだ何かあるのかね?」
「根拠に乏しいのに決め付けてしまうのも失礼な話だが、ロンダイク聖教の思惑が人の世のためになるとは到底思えん」
「だから?」
「よろしければ、私たちと共に戦ってはもらえないだろうか?」
「断る」
あっさりとしていて、しかし有無を言わせない強烈な響きが込められた台詞であった。
「馴れ合う気はない。それにこの世界がどうなろうと私の知ったことではない」
「あなたは……」
「私はな、マドモワゼル……私自身が認めた相手にならば相応の敬意を払う。例えば、この場に居る者たちであれば、お前や、そこの小娘たちにとて、多少の融通を利かそうという気分になるくらいには気に入っている」
指でタバコを弾き飛ばすと、それは空中で燃え上がり、完全な灰と化して、微かな風に乗って流れていった。
「だがな――勘違いしてもらっては困る。私は基本、冷酷で無情で残忍な人間だよ」
「ご自分で仰るほど薄情なお人ではございませんが」
「おい……」
ニヤリと悪人な笑いを浮かべて言うアレクサンドルであったが、隣のカタリナがしれっと言った。
水を差されて著しく気分を害した様子で己の従者を見るが、彼女の方はそっぽを向いて知らん顔。
頬を引き攣らせるアレクサンドルは、しかし何か罰を与えようとも特にせず、ふんっと鼻で息をした。案外、この二人の間に横たわる力関係は対等に近いらしい。
「とにかく、私は私で行動する」
これ以上引き止めても無駄かと、ベアトリクスは諦めのため息を吐いた。
すると――
「Just a second, please Mr(お待ちください)」
流麗な声が改めてアレクサンドルの足を止める。
彼は質問者の意図を量るように、目を細めてじっと眺めている。
周囲の者たちは、リドウやベアトリクスに至るまで、疑問で一杯の表情で質問者――千鶴のことを見つめていた。
「You understand English, don't you?(英語はお分かりになりますね?)」
「……Don't you speak French?(……フランス語を話せたりはせんのか?)」
アレクサンドルは、もしかしたらこの娘ならば話せたりするかもしれないと考えた。久しく耳にしていない母国語を聞きたかったらしい。
対する千鶴は、自分の言葉に反応して足を止めたアレクサンドルを見て、英語を理解できる人だと判断したが、彼の完璧な発音を聞いて、普通に話せるようだと確信する。
他の人間に聞かせたくないという自分の意図も読み取ってくれたらしいと、とても好都合でありがたいと、千鶴は内心でほくそ笑む。
「Sorry. I know just a little words, therefore it's quite impossible for me to talk in it(申し訳ありませんが、少々の単語を存じているくらいで、話せるほどではありません)」
「Fine, then?(よかろう。それで?)」
一同は皆、今二人の間で交わされる会話が地球の言語を用いたものなのだろうと理解するが、なぜわざわざそうするのかと不審げな顔になりながらも、黙って事の成り行きを見守る。
それが英語であると恵子には理解できていたが、所々で単語を拾えはしても、流暢な発音で交わされる一連の会話を理解するには、彼女の英語力は残念ながらあまりにも残念だった。
「I would like to ask you where a man might be(ある男の行方をお訊ねしたいのです)」
「Go ahead(言ってみろ)」
「Yos…(よ……)」
淡々と質問を重ねていた千鶴は何かを憚るように押し黙り、少し悩む様子を見せてから言い直した。
「He is so gentle to everybody at first sight especially for girls(一見する限りではとても人当たりのいい男です、特に女子の前では)」
「It seems that you do hate the one(お前はよほどその男が嫌いならしい)」
くっくっくと意地悪く、それでいて楽しそうに笑いながら言う。
「What a pity fellow who is hated by the lady such a beautiful as you(お前のような美しい女に嫌われているとは、哀れな男だな)」
「Very disagreeable man who is always boasting of everything his own. Please let me know if you have an idea of like him. As a matter of course, he is this world by the large summoning (己の全てを鼻にかけたいけ好かない男ですわ。もしこのような男に心当たりがあったら、お教え下さい。当然ですが、あの大規模召喚でこの世界に呼び出された男です)」
「Do you say let me get it with just only things? What an unreasnable lady you are(それだけの情報で理解しろと? 無茶なお嬢さんだ)」
ふっと笑う姿はしかし馬鹿にしたものではなく、ずっと楽しげなものから変化はない。
そして。
「However……It can be also said that I have it(しかし……心当たりはなくもない)」
「Realy……?(本当ですか……?)」
こめかみを指先でとんとんと叩きながらのアレクサンドルに、千鶴は大きく目を見開きながら問い掛ける。
「There was the brat who follows a certain man around like a shadow. Come to think of it, he has played a part of coordinater of summoned brats. I'm sure that he looked like what you said(ある男の金魚のフンよろしくうろちょろしている小僧が居た。そう言えば、召喚された餓鬼共の纏め役をやっておったな。確かに、その小僧はお前の言ったような感じに見受けられた)」
「……What's the man meaning?(……とある男とは?)」
その質問にアレクサンドルは、今までの何倍も意地が悪そうに唇を歪める。
「You listened to our conversation, didn't you?(我々の会話は聞いておったのであろう?)」
「What……?(え……?)」
「A twin elder brother of the man next to you(その男の双子の兄だよ)」
はっと息を呑む千鶴。愕然と見開かれた視線が注がれる先は己が恋焦がれ続けている男だった。
彼女の反応にリドウは首を傾げる。
「何を言われた?」
「いえ……」
千鶴は反射的に言葉を濁してしまう。彼女も自分の考えを整理している最中で、何ならば話していいのか咄嗟に判断がつかなかったのだ。
想い人に隠し事をするような羽目になってしまい、痛恨と表情を硬くしてしまう千鶴であったが、リドウにだけ聞こえるように「後で話すわ」と小声で言って、アレクサンドルへ向き直ると、丁寧に頭を下げる。
「ご丁寧にお答え頂きありがとうございました。非常に参考になりましたわ」
「私は敗者だからな」
別に親切心でも何でもないと嘯くアレクサンドル。その姿を見て、千鶴は先ほどのカタリナの言葉を思い出し、リドウよりもきっぱりとした偽悪者なのかと思うと、何となく可笑しくなってしまい、その気持ちが表情にも表れてしまう。
千鶴の態度に顔をしかめたアレクサンドルは、大きな舌打ちを鳴らす。
「もう良かろう? 私たちは行くぞ」
「待てよ。最後の質問だ。俺の母親の墓はあるのか?」
「知らん。だが、あるのならばフェルミア王国であろう」
アレクサンドルの口から出てきた場所は、当面の最終目的地として目指していた国であった。
「ロンダイク聖教の中心地、教皇領を内に持つ国であり、貴様を召喚した国でもある」
「そうかい。ありがとよ」
もう一つ、目指すべき目的が出来たなと内心で呟きながら、礼の言葉を紡ぐ。
「んじゃ、達者でな。またいつか闘ろうぜ」
「…………」
陽気に手を挙げながら別れの挨拶を送るリドウであったが、てっきり「無論だ」とでも返してくるかと思っていたというのに、アレクサンドルの方は無言でリドウを見つめるだけだった。
怪訝そうに眉根を寄せるリドウ。
何か問題でもあるのかと問い掛けようとしたが、その前にようやくアレクサンドルから口を開いた。
「リドウよ」
「あん?」
「ガウェインとトリスタンには気を付けろ」
「強いのかい?」
「強い……と言うよりも、厄介だ。試合ならばまず私が勝つが、殺し合いとなったら私でも勝てると断言はできん」
「へえ?」
「特にガウェインは……ラウンドナイツにランスロットの位を除けば明確な序列は存在せんが、対外的には第二席として扱われておる。上の受けの良さを考慮すれば実質的には奴の方が第一席であろう。ちなみに……」
アレクサンドルは言葉の途中で踵を返す。
「それが貴様の兄だよ」
「へえ」
いつでも物静かに控えるカタリナは、言葉は無いながらも、丁寧に頭を下げてから、宙を浮いたアレクサンドルを追う。
彼が残した言葉を聞いたリドウは、静かな声でただ相槌を打つだけであった。その内心で何を思うのかは彼だけが知ることである。
リドウたちは行きと同じく空を飛んで帰路についていた。
が、その速度は行きに比べると大分ゆっくりで、およそ半分くらいの速度だった。
それというのも、
「流石におめぇさんでも、もう限界か」
「……ああ」
ガルフがからかうように言ってくるのを、リドウはつまらなそうに肯定した。
「ま、あんだけバカスカ空間転移だの魔力砲だの使った挙句に、クワッドなんて天災級の魔法まで撃って、まだ自分以外に二人も飛ばせられる魔力が残ってんだ、本当に大したもんだぜ」
リドウは空中で起用に肩をすくめる。
「なあなあ兄ちゃん。さっきやってた連続技、あれ教えてくれよ!」
父の肩に座るアリアが、きらきらお目々で。
「ありゃ別に連続技なんてもんじゃねぇよ」
「え?」
「一つ一つの技を状況に合わせて繋げただけだ。言ったろ? 気功士の戦闘は基礎をどれだけ熟練しているかが戦闘力に直結する。全ての技を自在に、連続技みてぇに見えるくらいに使えるようになってこそだ」
だからアリアも、同じことができるようになれ。そう言われてしまい、やっぱり手っ取り早く強い技が手に入ったりはしないのかと知り、がっかりと肩を落とすお子様であった。
一方、女性陣は一塊になって飛ばしてもらっており、そちらでも話の花が咲き乱れている。
「結局、ラヴァリエーレ殿からまともに名で呼んでもらえたのは、リドウ殿とガルフ殿だけだったな」
「アリスさんも『まともわぜる~』なんて呼ばれてませんでした?」
「私自身を認められての呼び名ではないよ、それは」
佳い男に己を認めてもらえないのは本当に残念だと言って、がっかりと肩を落とすベアトリクスだ。
その横の千鶴も、心の中で「遺憾ながら同感ね」と呟いていたり。
「そう言えばさ、あんたさっき、ラヴァリエーレさんと何話してたの?」
「内緒」
恵子の質問に対して、千鶴は人差し指を立てて片目を閉じながらという、お茶目な可愛らしさを発揮する。
玲瓏な美貌のくせに、そんな仕草も似合ってしまう反則な女、それが一条千鶴であった。
面白くなさそうにぶぅと頬を膨らませる恵子も、これがまた可愛らしいが。
冷静に否定するよりもおちゃらけた方が誤魔化し易いと思っての千鶴の言動であったが、読み通りに上手くいってくれたかと、彼女は内心でほっと安堵の息を吐く。何せあの時の会話は、“恵子にだけは”絶対に知られてはならなかったのだから。
「ってかさ、あんたこの世界の『言葉の法則』、とっくに気付いてたわけ?」
「ええ。というか、あなた気付いてなかったの?」
「う、うるさいわね」
じとーっと見てくる千鶴に、恵子は頬を火照らせながら顔を逸らす。
「まあ、そうそう困ることでもないでしょう。ルスティニア人と私たちが違う言語で話しているのにはすぐに気付いたわ。それがどういう理屈で成り立っているのかまでは今でも不明ですけれど、一定の法則性があるのも割と早く。返事とか挨拶とか、ちょっとしたおふざけ感覚だったのだけれど、外国語でリドウに言った時、状況や文脈から何となく理解してくれたみたいだけれど、正確な意味までは理解していないのが明らかだったわ」
「あたしが英単語で言うのが普通に通じるのは和製英語だからで、英語を英語って認識して言えば通じないってことなのよね?」
「正確には、私たちの脳内で日本語の一部として認識されている単語、でしょうね」
そういえばあの男もそんなことを言っていたなと恵子は思い出す。
「どー違うの?」
千鶴はちょっと考えてから、自分たちのやり取りを興味深そうに聞いているベアトリクスへ顔を向ける。
「彼のスピードは速い――今、私は何と言ったかしら?」
「彼のスピードは速い、だな」
「His speed is fast」
ベアトリクスに……ついでに恵子にもちゃんと聞き取れるように、一語ずつ区切ってのゆっくりな口調だった。
「――今度は?」
「全く理解できなかった」
苦笑まじりに答えるベアトリクスに、ご協力感謝しますという意味なのか、軽く頷いた千鶴は、恵子の方を向き直る。
「こういうことよ」
「えっと……」
「どちらでも『スピード』という単語を使ったでしょう? おそらく、どちらも私が言ったままに音が届いていれば、『スピード』の部分が同じ響きだとアリスさんにも理解できたでしょうけれど、日本語の一部として言った方は自動的にアリスさんの知る言語で最も近いニュアンスの言葉へと自動的に変換されてしまったのね。それが成立したのは、私たち――この場合は私個人が、日常的な会話で『スピード』という単語を使用しているという認識が、深層意識下にあるからでしょう」
「し、深層意識っすか……」
またぞろ難解な話になってきたなと恵子は空笑い。
「よーするに、意訳される……んだっけ?」
「そうね」
「その割にはさー……リドウとかと話してる時、私には今一意味不明で難しそーな単語も出てくるんだけど。それはどーなの?」
「おそらく、最低限一度はあなたも耳にするなり目にするなりした経験がある言葉で、言葉面や文脈から、最低でも漠然と理解した経験はある言葉だからでしょうね。だからあなたにも、ラヴァリエーレさんが言った『マドモワゼル』が、『嬢』なり『ミス』なりに変化したりせず、そのまま聞こえたのよ」
「あ、千鶴もそうだったから、ラヴァリエーレさんがフランス人って判ったのか」
特に自分から話した覚えが無かったのに、いつの間にかアレクサンドルをフランス人として扱っていた千鶴が少し疑問だったのだと、今になって思い出したように言う。
「別にフランス人だと判っていたわけではないのよ。ただ相手に合わせてみただけで」
「ふーん。でも、一度はあたしが理解した単語ねー。忘れちゃったんだったら、知らないのと一緒じゃない?」
千鶴はにっこりと魅力的な笑顔を浮かべながらこめかみに指を当てる。
彼女がそんな顔をする時に好ましい思い出が全く無い恵子は、聞く前から頬を引き攣らせてしまう。
「詳しく説明するには、脳と記憶の仕組から始めなければならないのですけれど、お聴きになりたい?」
「遠慮しとく」
悪戯っぽい笑みを浮かべる千鶴に、恵子はげんなりと応じた。
「あんたの半端なさが改めてよーく理解できたわ」
「あまり褒められた気分にはなれない響きだわ」
「だって呆れてるんだもん」
感心する気分はもうとっくに失せてしまったと言う恵子に、千鶴は酷いわねと言いながらも、ふっと微笑した。
そこで一度会話が途切れると、千鶴は前を向いて黙りこくってしまう。その表情はいつものお澄まし顔で、彼女は何を思うのか……。
(……予想はしていた……と言うにはちょっと違うかしらね。想像……いえ、いっそ妄想とすら言ってもいいかしら)
自分の考えがあまりにも可笑しかったのか、彼女の口元が皮肉っぽく微かに緩んでいる。
(もしこの世に運命というものがあるのなら、“それ”が最も可能性が高いとは思っていたわ。けれども、まさか当たってしまうなんて、ね。ラヴァリエーレさんの心当たりがあの男本人であるとは、まだ決まったわけではないけれど……)
きっと合っているのでしょうねと、忌々しげに心の中で呟く。と、嘆息しながら全身の力を抜いて風に身を任せる。
(一先ず忘れましょう。今は他に優先すべき懸案がある。何よりも……)
憂いの篭った顔で満天の星空を見上げる。
(強くならなければならない――もっと、圧倒的に。そうでなければ、私が“そこ”まで行っても、きっと足手纏いになるだけ。それまでは……)
千鶴は複雑な顔で隣の友人を見つめる。
恵子もそれに気付いて、不思議そうな顔をするのだったが、
「帰ったら情報が集まっているといいね」
何となくそんなことを言ってみる。
同級生たちを案ずる純粋な優しさから出た言葉だろう。彼女に対する一抹の申し訳なさを感じながらも、その心根が今の千鶴にはとても心地よくって、
「そうね」
嫌味の無い、透き通るような笑みでそう応えた。
幸いなことに、リドウとアレクサンドルが闘争を心行くまで楽しんでいる間に、屋敷の方では二人の望みは既に成就されていた。
ただし……リドウにとってはちょっとだけ災難な話になっていたが。
雰囲気を損なわないために英語で書いた方がいいかなと思ったのですが、それよりも『』なりを使って「ここは英語で喋ってるよ」という感じにした方がよかったのでしょうか? よくわかりません。しかも、書いていてかなり錆び付いているのに気付く始末。知っていたはずの単語がぱっと出てこない! 文法が間違っていないかも心配です、切実に。
それと、カッコ内の和訳は直訳ではなく凄まじく『意訳』されておりますので、そのまま鵜呑みにしないようお願いします。




