第五十八話 不意打ちの真実
リドウとアレクサンドルの闘いが始まってから、既に数時間が経過していた。
既に日はとっぷりと暮れ、夜の帳が深く落ちている。
月明かりだけが唯一の光源。
まともに視界が利くとすら思えない中でも、しかしリドウとアレクサンドルの二人は何の不自由も感じていないのか、元気一杯に殺し合っている。
「……凄まじい集中力だな」
「……そうね。観戦してるだけのこっちが先に参ってしまうわ」
ベアトリクスが疲れた様子で言うと、千鶴も無表情ながら、どことなく力が入らない声で応じた。
彼女たちも『見る』ことにだけ力を傾けているのはアリアと同様だったが、常に本当の全力で見ているため、疲労感がとてつもなかった。
アリアの方は開始一時間を過ぎた頃にはとっくにダウンしてしまい、カタリナの腕の中でぐっすりお休み中だ。
平然としているのはガルフとカタリナのハイエンド組や、最初から観戦自体を諦めてしまっている恵子くらいのものだった。
見物人たちの方が疲労感で参ってしまいそうだというのに、命懸けでバトっている本人たちといえば、本当に元気そうに斬り合っている。
紅蓮の巨竜が荒々しく猛れば、蒼の女神が優雅に舞い踊る。
時には地を揺るがす雷鳴が轟き渡り、地面ごと辺り一面を薙ぎ払う暴風が吹き荒れと、元々が荒野だった場所ではあるが、既に見るも無残な有り様であった。
双方共に一歩も譲らない攻防の中で、アレクサンドルの大振りの一撃が、防御したリドウの刀ごと彼を吹き飛ばした。
アレクサンドルの唇がにぃっと歪む。
ゆったりと天に向けて手を振り上げる。
「御雷天衝」
その手が振り下ろされると同時に、着地したばかりのリドウを、天から特大の雷撃が襲う。
ずがぁあああああああんっ
神の怒りを思わせる雷光は地を穿ち、周囲を激しく焼き払う。
しかし、攻撃が成功したはずのアレクサンドルの顔が驚愕に彩られる。
砂煙に隠れて視界には映らずとも、その中心から膨大な魔力が立ち上るのを彼は感じ取る。
刹那――
夜闇で包まれる世界を、まるで真昼を思わせる眩い光が照らし出す。
光線。それが最も正しい表現だろう。光の塊が一直線にアレクサンドルの居た場所を貫き、それだけでは飽き足らず、遠くの山まで深く穿ち、一瞬で山肌を削り取ってしまう。
轟音と共に激しく揺れ動く大地に、遠くで観戦する少女たちは悲鳴を上げている。
砂埃が晴れると、光線を放った本人は、雷撃を食らった様子など無く、全くの無傷で立ち、己が作り出した光景の先を静かに観察している。
その顔が楽しげに緩むのに時間は掛からなかった。
リドウは突然、背後を振り返り様に斬り付ける。
その刃がきんっと音を立てて弾かれた。
「私のフルキャストを障壁だけで防ぎきったか」
「てめぇ……空間を渡りやがったな」
「空間系は疲れるのだぞ。中年男にあまり使わせるな」
「誰が中年だって? そもそも、そりゃこっちのセリフだ。魔力砲は消費魔力が桁違いだってのに、渾身の一発を無駄にしてくれやがってよ」
二人は攻め手を休めることはなく、相手を罵っているのか、それとも褒めているのか、全く理解し難い言葉を投げ掛け合う。
その時。
アレクサンドルから突き技が繰り出される。刀を真横に平たくしてのその攻撃。
(これは……!?)
リドウはその攻撃方法を良く知っている。刀を扱う流派であればそう特別な技でもないらしいが、まさかこれを自分が受けることになるとはと、面白そうに笑う。
これは避けただけではダメなのだ。それを知るリドウは、己の刀の峰、その中腹を片手で押さえながら盾にした。
そこから左足を一歩大きく踏み出し、その足を軸にして己の全身を巻き込むように回転させる。
(あれか……ッ)
今度はアレクサンドルが心の中で驚愕の声を上げる番であった。己の技が的確に回避されてしまったばかりか、カウンターを仕掛ける隙まで相手に与えてしまった悔しさがそこにはあった。
しかし、例のカウンター技は既に幾度も見せられている。その対処方法、そこから更にカウンターを浴びせる方法も思いついていた。
(甘いな、若造が)
得意とする技に頼ってしまうリドウの若さを嘲笑うアレクサンドルであったが、先ほど感じた以上の驚愕が彼を襲う。
全身を勢い良く回転させるリドウが、ちょうどアレクサンドルに背中を見せる形になった瞬間、アレクサンドルは己の手がリドウに捉まれてしまったのを理解する。
リドウは回転の威力を維持したままで、アレクサンドルの体を巻き込むようにして投げを打つ。
(投げ――いや違う!)
頭から地面に落ちようとするアレクサンドルは、横合いから何かが高速で己の頭部に近付いてくるのを感じ取る。
それはかつてリドウが、勇者ユーキの従者たるラクセスに使ってみせた、投げと蹴りの複合技。
あの時は彼女の腹部を蹴り抜いたが、この技は本来――
――首を刈るのだ。
アレクサンドルは自分でも理解していない内に、反射神経だけで刀を捨て、リドウの足と自分の首の間に手を挟み込んでいた。
「――ッ!?」
今度驚愕するのはリドウの番だったようだ。
アレクサンドルはリドウが繰り出す蹴りの威力を利用して身を捻ると、振り上げた足でリドウの側頭部を蹴り抜く。
リドウの身体が地面を削りながら吹き飛ばされた。
アレクサンドルは地面に手をつくと、その手で跳ね上がって綺麗に着地する。
「ふぅ……」
側に転がる刀を拾い上げながら、乱れて目に掛かってくる髪を手で掬い上げ、軽く息を吐いてリドウの方を見る。
「やれやれ。ようやく一本返したぞ」
アレクサンドルの見つめる先では、首の後ろを手で支えながら、首の調子を確認するように左右に倒しているリドウの姿があった。
「試合ならばとっくに時間切れで貴様の優勢勝ちだったがな」
「そりゃまた平和な話だねぇ」
リドウの答えを聞いたアレクサンドルは、可笑しそうに声を出して笑う。
「くっくっく。やはり貴様は……いい」
「はん?」
「バーリトゥードを謳ってはいようが、目潰し、金的、噛み付きを初めとする危険行為は禁止。闇試合ですら、打撃武器の使用は許されても、刃物に飛び道具は厳禁。世界的に人気を博すボクシングなど、回り込んで背後から攻撃した瞬間に反則ときた」
アレクサンドルはふっと馬鹿にしたように唇を歪める。
「なるほど。制限された中でこそ生まれる芸術もあろう。スポーツとしてならば認めてやらぬことはない。しかし地球では、奴ら『スポーツマン』が素人相手に堂々と『戦士』を名乗る。武器とも言えんような、ちゃちなナイフをちらつかせる素人相手に『卑怯』の文句を臆面も無く吐き散らす似非玄人がだ。武術家が肉体破壊を目的とした技を使用してみろ、それすら地球の自称戦士たちからしてみれば『卑劣』なのだ。ふざけた話だとは思わんか?」
「千鶴から多少は聞き齧っちゃいるが、それはそれで別にいいんじゃねぇかと思うぜ、俺は。そいつらは同じルールに則って、磨いた技を競い合ってんだろ? つか、あっさりと人死にが出るような真正の闘争を見世物にする方が俺は問題だと思うがね」
実に平和で結構な話じゃないかと、リドウは何の皮肉も無しに言い切った。
「この世界にだって闇試合はあるし、そこじゃ気功士ってだけで原則出場不可なんだ。それ以外に特別なルールは殆ど無いらしいが、多少程度に差があるだけで、本質は大して変わらねぇと思うぜ」
「ならば貴様は、そんなお遊びの試合で己の技を見世物にできるというのか?」
リドウの発言がお気に召さなかったのか、アレクサンドルは酷くつまらなそうに鼻を鳴らしながら問い質す。
リドウは苦笑しながら首を横に振る。
「そりゃ勘弁だな。『危険行為』とやらであっさり反則負けを宣言されてる俺の姿が目に浮かぶぜ」
この言葉はアレクサンドルを心底満足させたらしい。
「そうであろう?」
うむうむと頷く。
「そういう貴様だからこそ、私は闘っていてとても楽しい」
強く目を閉じて、全身を小刻みに震わせる。
訝しげに見るリドウであったが、どうやらアレクサンドルが怒っているらしいことに気づく。
「たら、れば、と一々負けた言い訳をする愚図共。己に出来ぬことをやられたからと、すぐに反則を謳う愚か者共。結局連中は勝利が好きなだけで闘いが好きなわけではないのだ」
「負けるのが好きな人間ってのも珍しいと思うがねぇ」
「一々揚げ足をとるな」
抗議するアレクサンドルであったが、その表情に不機嫌な色は無く、微かに笑みを浮かべている。リドウが“理解していて”言っているのを、彼自身が感じ取っていた。
「分かってる。あんたが何を言いたいのかは理解できる。でもな、『俺らみたいなの』は特殊な部類だってことで、割り切った方がいいぜ。特にあんたの同僚はみんな異世界人なんだろ? 多分、あんたの同僚も全員が全員して地球出身者だってわけじゃねぇんだろうが、闘争とは縁遠く育った人間にソレを求めるのは酷だ」
そしてリドウはある言葉を送る。
「気に入らねぇなら無視してりゃいい。あんた自身と他者を比較すんな。あんたは間違いなく優れた人間だ。あんたから見りゃ大多数の人間が劣った存在に違げぇねぇだろう。優れた人間が他者により多くの『正』を求めちゃいけねぇよ」
それはかつて、彼自身が母より強く言い聞かされた言葉だった。
アレクサンドルは、まるでこの世ならざる不可思議な生物を見るような、と言えばいいのだろうか……そんな曰く言いがたい顔でリドウを眺めている。
「……………………とは思えん」
「あん?」
呟きにしても小さな声で紡がれた言葉。その後半だけしか聞き取れなかったリドウは首を傾げる。
「何か言ったか?」
アレクサンドルはその質問に答えず、いきなり切り掛かった。
リドウも当然、易々と攻撃を食らったりはしない。
激しく打ち合う最中、アレクサンドルの唇が段々と更に吊り上がっていく。
「まったく……実力、人格……共に『あの小僧』とは偉い差だ」
「誰だって?」
リドウが斬りつけると、アレクサンドルは半身をそらして回避し、下段から刀を打ち上げる。
前方に大きく跳んでそれを回避したリドウは、空中で宙返りをしながら着地すると同時に後方のアレクサンドルへ背中を向けたまま跳ぶ。無論、そのまま背中を向けたままでいるわけがなく、空中で起用に身を捻りながら、アレクサンドルへ刀を叩き付けた。
「むんっ」
アレクサンドルは気合一閃でリドウを弾き返した。
再び激しい攻撃の応酬が始まる。
「気になるか? 私が貴様を誰と比較しておるのか」
「別に」
「そうつれなくするな」
くくっと意地悪く笑う。
「――貴様の兄だよ」
「なに……?」
目を見開くリドウ。それと同時に、ほんの僅かなものであったが、攻撃の手が緩んでしまう。
その僅かな差は、アレクサンドルほどの実力者相手には致命的な隙だった。
力の緩んだリドウの一撃を、アレクサンドルは刀の柄、その先端部分を振り上げることで器用に弾くと、そのまま刃を返し、リドウの身体を切り裂いた。
「ぐっ」
リドウは何とか致命傷だけは避けたが、胸部からは真っ赤な血が噴き出す。
一度距離をとって回復に専念しようとするが、アレクサンドルはすかさず追い討ちをかけてきた。
攻撃を受けながら回復しようとするリドウ。
アレクサンドルは刀を振り抜く。
――その身から膨大な魔力が構成されているのをリドウは理解していた。
(ちっ、シングルの障壁じゃ貫かれる……ッ)
アレクサンドルは振り抜いた体勢のまま、左手をリドウへ向ける。
その手から光が一直線に放たれた。
先ほどリドウが放った光の魔法に全く劣らず、その光は己の行く先の全てを抉り取り……
光が消え去った跡には何も残されていなかった。
「リドウ――ッ!」
千鶴の絶叫が響き渡り、数瞬遅れて何が起こったのかを理解した恵子は、口元に手を当てて身を強張らせる。
「む……」
ベアトリクスは難しい顔で唸っている。
「……いや、完全にやられちゃいねぇだろ」
「あの瞬間、リドウ殿も何かしらの魔法を使用したのは間違いございません。仮にそれを障壁に使用していたならば、跡形も無いということもないでしょうね」
「だろうよ。ほれ見ろ――」
ガルフが指差す先を目で追ってみると、空中に浮かんでいるリドウの姿があるのに千鶴たちは気付き、ほっと安堵の息を吐く。
「野郎……どっちもとんでもねぇな」
ガルフは獰猛に笑う。リドウたちも似たように笑うことは多々あるが、彼がすると更に迫力が倍率ドンだ。
「魔力砲をあそこまで扱うってのだけでも、間違っても気功士とは思えねぇが、近距離とはいえ空間転移まで自由自在かよ。魔法だけで闘っても、油断したら俺も殺られるな、こりゃ」
「驚くべきはリドウ殿です」
眠り続けるアリアを膝に抱いたまま、厳しい顔をするカタリナであった。
「ラヴァリエーレ様はルスティニアに招かれる前から戦場に生きた方です。戦闘センスは他の勇者たちとは比較になりません。それだけの才をお持ちのあの方が最盛期の能力を保ったままで、ルスティニアに招かれてより二十と余年、常に絶え間ない研鑽を詰まれてきました。生まれ出でてより二十と余年の若者があの方と同等以上に闘っている……常識的には考えづらいですね」
「確かにな。才能についてはどうやら偶然じゃなさそうだが、魔法、刀術、体術……いずれも、やっこさんの闘法には洗練された論理が見える。自力で辿り着いたってことは……」
皮肉げに唇を歪めて、ふんと鼻を鳴らす。
「これは、考えづらいってレベルじゃなく、物理的にありえねぇ」
ふむと顎を摩る。
「相当いい師匠に恵まれたんだろうが、いくら本人に才能があったにしても、二十歳そこらの若造を“あそこまで造り上げる”ことができるような武術と魔法の師匠なんて、そんじょそこらに存在するわけがねぇ……」
ガルフは意味深な視線を恵子と千鶴の方へ向ける。
師匠は『誰』なんだと問いかける視線であったが、恵子はちょっと怯みながらも固く口を閉ざしていた。
そして千鶴は、自分も逆に問い返す。
「なぜ……『才能については偶然ではない』と仰ったのですか?」
「やっこさんたちの話を聞いてなかったのか?」
「観ているだけで手一杯だったもので……」
千鶴は恥ずかしそうに、そして悔しそうに、自分から口にしたくないのか、小声で応える。
まだまだだなと豪快に笑うガルフであったが、千鶴の疑問に答えてくれたのは、ガルフに代わって、
「あの男……」
闘気のキャパシティやコントロールでは、現状の千鶴よりも遥かに勝るベアトリクスであった。
「どうやらルスティニア人ではないらしいぞ」
「何ですって……?」
千鶴の目が険しい鋭さを宿す。
「ラヴァリエーレ殿の言葉を信じるならば……ではあるが」
千鶴は素早く戦場に視線を戻す。そこではリドウとアレクサンドルが闘いの手を止めて何やら話していた。
闘気を耳にも集中させる千鶴をよそに、やっぱりそうなんだと、恵子も自然と難しい顔で戦場を睨む。
だが、遠方の会話を聞き取れる能力など何も持たない彼女には、どんなに耳を澄ましても意味がない。
しかしその時、恵子は何か不自然な風がふわっと己の身を包んだのを感じ取る。
すると途端に、リドウたちの声が耳元で聞こえ出した。
え? と疑問に思い、反射的に周囲を見渡すと、どうやら千鶴たちにも同じ現象が起きているらしく、彼女はカタリナを強い眼差しで見つめている。
「そう怖い顔をなさらないで下さいな。ただの親切心ですよ」
この現象はカタリナのおかげらしいと、彼女と千鶴のやり取りから恵子は理解する。
「音とは空気の振動です。風を得手とする高位の魔道士ならば、このくらいは呼吸をするのとさして違いはありません」
手間とも思わないから素直に親切を受け取っておけと言うカタリナに、
「一応、礼を言っておきますわ」
「ありがとうございますっ」
慇懃無礼な千鶴と、元気良く頭を下げる恵子であった。
アレクサンドルの魔力砲撃から、リドウは空間を――いわゆるワープすることで回避した。
しかし、完全に避けきることはできなかったらしく、リドウの全身からはぷすぷすと白煙が上がっていた。
「はぁっ、はぁっ――」
地上百メートル程の高さを浮遊しながら、リドウは荒れた呼吸を整えつつ、同時に全身の傷を魔法で癒す。
「くそっ、マジで殺られるところだったぜ……ッ」
リドウはかなり苛立った様子で舌打ちしている。
それに反応したのか、リドウの健在を感じ取ったアレクサンドルが、上空に視線をやりながらにやっと笑うと、凄まじい速度でリドウの方まで飛び上がってくる。
アレクサンドルはリドウから十数メートルの距離をおいて対峙しながら、楽しそうに口を開く。
「私を卑怯だとのたまうか?」
「まさか」
この短時間で回復を終えて、しゃきっと空中に立つリドウは、アレクサンドルの言葉を鼻で笑った。
「気を抜いちまった俺が悪い」
苛立っていたのは己の不甲斐なさに対してだったらしい。
「くっくっく。それでこそ、私が好敵手と認めた男よ」
楽しそうに言っていたアレクサンドルであったが、不意に笑みを苦いものへと変えてしまう。
「しかし……決めきれると思ったのだがな。あの瞬間、私の魔力砲を耐えながら、超高等魔法の空間転移を見事成し遂げるとは……大したものだ」
「かなり危うかったのは間違いねぇよ。半ば以上は一か八かの賭けだった」
「いいや、断じて運ではあるまい」
こめかみを指で叩きながら、薄っすらと目を狭まらせる。
「貴様、相当『打たれ慣れて』おるな?」
リドウは答えようとはせず、訝しげに眉間に皺を寄せる。
「そもそも初めから疑問ではあったのだ――キャパシティは別としても、その若さで極みの領域にまで達した制御と技術……それも闘気と魔力の両方でだ」
ふーむと唸りながら顎をこする。
「ありえなくはない。確かにありえないとは言えなかろう。多少の教えを受けてからは自力で達したというケースもありえなくはなかろう。だが……」
表情の全てを消し去って、冷たい声で己の言葉を自ら否定する。
「……極めて考えづらい」
鋭い眼差しでリドウを射抜く。
「己の命の危機に瀕して火事場の馬鹿力が働いた? 違うな。元傭兵の私の経験則から言えば、修羅場の経験に乏しい人間が真の命の危機において取れる行動は、反射行動以外には何も無い。それが既に攻撃を食らっておきながら、極限の集中力が要求される超絶技法を可能とする? これこそ間違ってもありえん」
ふんと鼻を鳴らす。
「所詮は推論でしかないが、結論から言えば、貴様はこれまでの人生で数多の修羅場を……命を失いかねぬレベルの死闘を潜り抜けてきたはずだ。それも、未熟な時分に、若さに任せて危ない橋を渡ってきたというのではなく、つい最近にも、同等以上の手合いとの死闘を経験しておる」
刀の切っ先をリドウへ突きつける。
「その相手はおそらく貴様の師だ」
見開かれる目。その瞳に映るのは壮絶な炎。
「それは――ナニだ?」
「……どういう意味だい?」
応えるリドウの目は険しく、声にも慎重な様子が窺える。
「懇切丁寧に説明する必要があるのか?」
「さっぱり理解できねぇな」
「なるほど。答えたくない、か……」
くすりと笑うアレクサンドル。それで諦めたのかはリドウにも知れなかったが……
リドウは険しい顔つきのまま、自分もアレクサンドルへ問いを投げかける。
「あんたこそ、俺の兄がどうのってのは一体全体、何の冗談だ?」
「生憎、冗談ではない。まず間違いなかろう」
にやりと笑う。
「それに、『その可能性が貴様の中でも考え得る』からこそ、流石の貴様も動揺してしまったのではないのかな?」
「…………」
「休憩がてら、少し昔話をしようか」
まるで遊んでいるつもりかのような、リドウをからかう態度だったが、彼はぴくりとも表情を動かさず、大人しく聞きに徹する。
「今から約二十一年前の話だ――」
アレクサンドルは語る。
とある国で行われた勇者召喚。それは多くの日本高校生たち被害に遭った例のケースとは違い、至って普通の勇者召喚だったそうだ。
だが、イレギュラーが起きた。
「召喚される勇者は『魔王に匹敵、乃至は凌駕する才の持ち主』だ。そこに年齢の高低は考慮されん。希に、新たに戦う術を養うには高齢すぎる老体も召喚されてしまう。大ハズレとされるそのケースに対して、幼子が召喚されるケースも当然ある。思考の柔軟さもあるが、それ以上に思想の“染め易さ”を指して当たりとされておるのだが、その意味において件のケースは大当たりだったと言えよう」
二十一年前、その勇者召喚で呼び出されたのは……
「赤子であった。それも出産直後……いや、『出産中』と言うべきであろうな」
「なん……だと……?」
儀式魔法にも精通するリドウには、それだけで『何が起こったのか』をほぼ正確に理解してしまい……そのあまりの“凄惨さ”に絶句した。
「貴様の想像通りだ。召喚対象であった赤子だけでなく、へその緒を伝い、胎盤を介して繋がっておった母体までが『人間一体』として認識され、ルスティニアへ召喚された」
アレクサンドルは静かに目を閉じる。
「召喚対象であった赤子は何事もなかったが、ただでさえ産みの苦しみで衰弱しておった女は、無理な召喚が祟ったのであろう。負傷と違い生命力そのものを失いかけておる女を回復させる程の使い手は、その国には残念ながら存在せず、助からなかった」
気の毒なことだと、アレクサンドルは偽り無く痛ましげに言う。
「――が、この話はここだけでは終わらなかったのだよ」
目を開けて、真っ直ぐにリドウを見つめる。
「その女が”出産するはずであった”のは――双子だったのだ」
「――――ッ!?」
リドウははっと目を見開いた。
「女が息を引き取る前に、女の身体からもう一人分の胎盤が生まれた。しかし、その先に繋がれているはずの胎児は存在しなかったのだ。では、本来双子の弟として生まれるはずだった赤子はどこに行った?」
アレクサンドルは指を二本立てる。
「可能性としては二つ。どこでもない次元の狭間に落とされてしまったか、もしくは一年前の大規模召喚同様に、ルスティニアのどこかへ落とされたか……」
一本にした指を振りながら続ける。
「ここで重要なのは、その双子が一卵性かどうかであった。過去、同様の召喚ケースは存在しないが、ルスティニアにおいて、一卵性双生児の片割れが天然の能力者であった場合、もう一人も必ず同等の才を得て生れ落ちる。闘気であれば回路を得た状態で生まれるし、魔力も生まれながらのキャパシティは同等のものが保証される」
「……胎盤は二つ出てきたんだな?」
「そうだ。“一昔前なら”ば、ルスティニアでは『双子の片割れが天然能力者の場合、もう一人も天然能力者の可能性が高い』と言われておったらしいが、実際には一卵性であったら、なのだ。一卵性双生児の凡そ七十五パーセントは胎盤を共有して生まれるが、凡そ二十五パーセントは胎盤が二つに分かれて生まれる。それが双子の真実であった」
アレクサンドルはにぃっと歯を剥き出しにして笑う。
「検査の結果、件の双子は一卵性双生児と断定された」
「……その弟の方が俺だってのか?」
なぜそうと断言できるのかとリドウは無表情に問い掛けるが、アレクサンドルはニヤけるばかりで答えなかった。しかし、声に出していないだけで、その表情は「その通りだ」と雄弁に語っている。
リドウはしばし沈黙していたが、やがてふっと笑って肩をすくめた。
「まあいい。俺の兄がどこで何をしてようが、俺の知ったこっちゃねぇ」
「気にならぬのか? 血の繋がった貴様の実の兄だぞ」
「その母親ってのが生きてたら、一度は挨拶くらいしなきゃ義理が立たなかっただろうよ。俺を孤児にしてくれやがったが、不可抗力だったなら仕方ねぇ。産んでくれた礼くらいは言いに訪ねるさ」
リドウは神妙に言ったと思うと、馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「だが、兄弟なんてどうでもいい話だ。その兄とやらに、俺は何も世話になってねぇんだ。血が繋がってるだけで家族と思えるような殊勝な心掛けは、生憎とこれっぽっちも持ち合わせちゃいねぇんでな」
「本当に……」
アレクサンドルはすぅっと目を細める。
「中身は全く似ておらんな、貴様ら」
その言葉は、つまりは一つの真実を表している。
「そんなに似てるのかい? あんたの知る、『俺の実の兄さんかもしれねぇ野郎』と俺は」
「似ている。同じ格好をさせれば、遠目で見分けることは不可能であろうな」
リドウはへえと面白そうに相槌を打った。本当に双子の兄なのか、その証拠は実際のところ何も無かったが、少なくとも見分けがつかないくらいのそっくりさんというのは、やはりちょっとは気になるようだ。
「勇者なんだよな?」
「そうだ」
「強いのかい?」
「…………」
途端にアレクサンドルは黙ってしまう。何か答えを躊躇っているような感じだった。
「大したことねぇのか?」
自分の兄なら強いはずだという思いも少なからずあるのか、かなり残念そうな、しかも微かな憤りも醸し出される声だった。
「いや……弱くはない。だが……」
険しく顔を歪め、ぎりっと歯を噛み締めて沈黙してしまう。何か余程答えたくない様子であった。
「……あの小僧を『強い』などと、私は口が裂けても言わん」
何か、とても複雑な色合いを帯びたセリフであった。
「……ま、別に何でもいいさな」
リドウの浮かべる表情には疑問が残っているが、取りあえずそこら辺はうっちゃることに決めたらしい。
「それより、休憩はもう十分じゃねぇか?」
「そうだな」
獰猛に笑うリドウに感化されたアレクサンドルも口角を吊り上げる。
「再開といこうぜ!」
リドウの宣言と共に、両者は再び激突した。




