第五十七話 決闘の始まり
リドウとアレクサンドルを残して他の面々が去って行く。
二人は示し合わせたわけでもなく、おもむろに懐から、リドウは煙管を、そしてアレクサンドルは小さな鉄製のケースを取り出すと、更にその中からタバコを一本取り出し、口に銜えた。
両者共に、他の一同が安全区域に退避するまでの暇潰し目的の喫煙であったが、それを見たお互いは、片方はニヒルに、もう片方はシニカルに唇を歪めながら、魔法で火をつける。
それがますます、お互いにとある感想を深める結果となった。
「何つーか、キャラが被ってねぇか? 俺ら」
「偶然の一致に関してはヤニだけであろうがな」
アレクサンドルの言葉に、リドウがぴくりと眉を跳ね上げた。
「貴様の二つ名の由来となったそのコート、着用しておる意味は私と同じと見た」
違うかと顎をそらす。
にぃっと犬歯を剥き出しにするリドウ。
「なるほど。俺と同じ理由か」
母からプレゼントされたからというマザコン気味な発想からくることではない……念のため。
リドウがコートを常に着用している真の理由は、コートによって体の線が隠されることで、自分の動作の察知を僅かでも敵がし難くなるから……であった。
リリステラがこのコートをプレゼントしてくれた経緯も、これが理由で侍女長のサリスにコートを都合してもらうたびに速攻で使い潰してしまっていたので、リリステラが何かまた妙な『裏技』でこさえてくれたのだから。それがたまたま二十歳の誕生日の頃だったので、彼女が嬉々としてバースデープレゼントと謳っただけであった。
ちなみに、『敵』であるザイケンやリーチェンには全く効果が無かったと追記しておく。残念ながら、その『僅か』で埋まるような実力差ではなかった。
しかし、効果の程はあの二柱も認めてくれたので、無駄ではないらしい。
「刀に関しても意味はある。元々私はルスティニアに招かれるまでも戦場で生きておったが、『気功士が扱うべき武器』に相当するのはナイフくらいの代物しか扱った経験は無かった。無手でも良かったが、間合いの問題で何か武器を覚えようと考えた末に選んだのがコレだ」
ぽんぽんと腰の刀を叩く。
「気功士が扱った時、絶大な威力を発揮する戦法が三つ存在する。当然貴様は知っておろうな?」
「流化闘法と刀と棒だな」
「正解だ」
アレクサンドルは満足そうに頷く。
「大きな力を行使可能な気功士には、力の流れを制御する術を突き詰めた流化闘法は相性がいい。刀は攻撃バリエーションの豊富さと、力が乗った時の破壊力は他の追随を許さん。棒は間合いと攻防の自由度が桁違いだ。無論、結局は腕前次第でしかないがな」
タバコを一吸いしてから話を続ける。
「刀も棒も、強度や質量の問題から、常人が扱う場合は最強の武器とはいかん。腕前が究極域に到達すれば、常人でも他の武器を凌駕する戦力を発揮するが、それまでは他の武器に著しく劣ってしまうため、使い手が少なく、師を得ることは難しい。しかしどうせ新たに身に付けるなら最高が欲しかった。棒は性格的に今一合わんから、最終的に私は刀を選択したのだ」
「俺の場合は、闘法全般を教えてもらった師匠が元々刀使いだったんだがね」
「羨ましいやつめ」
アレクサンドルは、自分が満足できるだけの師を見つけるのにどれだけ苦労したと思っているのかと、本当に羨ましそうにリドウを見る。
「半ば国を脅してまで探させたのだぞ」
その言葉を聞いて、リドウは煙を吐き出しながら訊ねる。
「そのお師匠さんはノーマルか?」
「ああ」
「案外、謙虚なとこもあんだな、あんた」
「外法以外で強くなるためなら手段は選ばん」
「外法はお嫌いかい?」
「嫌いだな。大嫌いだ」
面白そうに訊ねるリドウに、アレクサンドルは憎々しげに顔を歪める。
「己以外の力をもって……それが何をおいても成し遂げねばならん目的ならばまだ理解はできよう。だが、その力で己より弱き者を嬲り、挙句の果てに愉悦に浸れる愚か者の心根などさっぱり理解できん」
ぐっと拳を握り締め、お得意の獰猛な笑いを浮かべる。
「そしてこのルスティニアという世界は、そのような者が究極の力を得ることは決して叶わぬように出来ておるのだ。リリス教の学者連中は『神の悪戯』と呼んでおるらしいが、これが本当に神の仕業だったならば実に気の利いた神だと思わぬか? 人の都合で便利に使われるだけの地球の神とは雲泥の差だ」
「神さん云々はともかく、非常に同感だね」
面白い男だと、リドウは心の底から微笑する。実力もそうだが、こんな男が勇者にも居るものなのかと思うと、彼は本当に楽しかった。
「ラウンドナイツってのは他の連中もあんたみたいなのばっかなのかい?」
その質問に、アレクサンドルは皮肉全開に鼻を鳴らす。
「何を言いたいのかは理解できるが、期待はするな」
「どういう意味だ?」
「未来の心配をする前に、まずは目先の勝利を心配したらどうだ?」
アレクサンドルは放り投げたタバコを生み出した炎で灰へと変え、優雅に刀を抜き放つ。
「私が勝っても、私が満足できれば殺しはせん。最低でも将来性は示してもらおうか。当然、満足できなければ殺す。が、いずれにしても、生かしてやる心算は欠片も無い」
「俺もそのつもりだぜ」
今一意味不明なアレクサンドルの台詞であったが、その意味するところをリドウは正しく捉えることができたらしい。
――要するに、闘いの中で死んでしまっても構わないつもりで、遠慮なんて一切しないぞと言っているのだ。
「嬉しくもあり、悔しくもある――あんたは俺が不殺で勝てる相手じゃねぇ。それにな……」
すぅっと表情が抜け落ちていく。
「守ると約束したお嬢をさらわれちまったことでも、かなりプライドが傷ついてるんだぜ? そうまでして俺を引きずり出したんだ。俺は別に満足できなくても殺しはしねぇがな、俺が余裕かませる程度なら……」
リドウも地面に落とした灰を踏み付けながら刀を抜き放つ。
「八つ当たりの相手は犯人のあんたしかいねぇんだ。ただじゃすまさねぇ……ッ」
その危険な眼差しに、アレクサンドルの背筋をぞくりとしたものが走り、ぶるりと身を震わせる。
その理由は無論、恐怖などでは間違ってもなく、歓喜の奮えであった。
超人同士による激闘が、今始まろうとしていた。
一条千鶴がアレクサンドル・ラヴァリエーレを初めて見て抱いた感想は「なんて綺麗な男……」だった。彼を見た人間は大半がまずそれを思うものであったが、色々と規格外な彼女もご多分に漏れなかったというわけだ。
……ついでに、愛奈があの二人の対決を見ていたら、きっと狂喜乱舞していただろうな、とも。『睨み合い』を『見つめ合い』へと勝手に脳内変換して萌えまくっている愛奈が目に浮かぶようだった。
自分の想像に千鶴が胡乱な目つきで顔を引きつらせていると、空を飛んで山の方へ向かっているガルフやカタリナたちを凄まじい速度で追い駆ける中で、ベアトリクスが話しかけてくる。
「普通、噂とは誇張されて伝わるものだが、ラヴァリエーレ殿の場合は噂以上だな」
「その噂がどういうものかは知らないけれど、私にも次元が違いすぎるのは判断できるわね」
「いや、実力の話もあるが、今私が言っているのは顔の話だ」
「…………」
「見つめられた女はことごとく悪魔に魅入られたかのように骨抜きになると言われる程なのだが、それも理解できると思わんか?」
心底楽しそうに言ってくる幻想的な美貌の女に、傾城傾国の美貌の女はちょっと呆れ顔だった。
「……否定しようとは思いませんけれど、仮想敵国の将を相手に姫将軍がおっしゃることかしら?」
「たとえ敵でも優れた人物には相応の敬意を払うのが武人というものだよ。いや、リドウ殿といいシャイリーといい、最近の私は強くて容姿も優れた男に縁が深くなってとても嬉しい。ガルフ殿も渋くて案外愛嬌があるしな」
眼福眼福と笑う。
千鶴は正直……全くもって遺憾ながら、全くもって同感であった。だからこそどうしても、彼女はベアトリクスが好きになれない。
昔から思っていることであったが、もし自分がもう一人存在したら、きっとその女とは不倶戴天の敵にしかならないだろうと想像していた。その予感は正しく正鵠を射ていたらしいと、軽く舌打ちする。
それにしてもと、千鶴は思考を切り替える。その瞳に映るのはガルフの傍で全身を強張らせて空を行く恵子であった。
ラヴァリエーレとやらは案外素直に恵子を返してくれた。やはり彼女を攫ったのに深い意味は無かったのだろうか?
どうも自分は何事に対しても考えが穿ちすぎてしまうようだ。いや、楽観的になるよりはマシかと思うが……これではいつか神経が参ってしまうような気がする。
いやいや、リドウはともかく、この面子で自分が気を抜いてしまうわけにはいかないかと、千鶴は改めて己に戒める。
彼女は己が優れている自覚があるせいで、何でもかんでも自分で背負ってしまおうとする癖があった。もしかしたら、既に『穢れてしまっている己』に対する自責の念もそこにはあるのだろう。
そして、彼女はそれすら自覚していて、治そうとする気は欠片も無かった。
他にも理由はあるが、リドウやシャイリーは千鶴のこうした部分を指して、危ういと常々思っているのだ。
(でも……ッ)
千鶴は突然、ぎりっと歯を噛み締める。その表情に見えるのは悔しさと、怒気。
(自惚れていたわけではないのよ……私は今の己の実力に満足していたわけではない。でも……どこかで安心していた……)
ルスティニアに招かれてより一年と数ヶ月、千鶴は自分が強くなっている実感があった。そして今ならば自分は――守ることができる――と。
シャイリーやベアトリクス。ハイエンドと呼ばれる者たちを除けば、ほぼ最高位の実力者と考えていいだろう。彼ら相手でも、今ならば絶対に勝てないとは思わない。少なくとも、足止めくらいは十分に果たせるだろうと確信している。
ルスティニアのハイエンドと揉めることになるとはあまり考えられなかった。ましてや、リドウや恵子から聞く限り、魔王が今の自分如きに興味を抱くとは到底思えなかった。
彼らを『敵』の内に考慮する必要性は殆ど無かったのだ。
しかし……
自分の目的のためには、いずれロンダイク聖教の中枢に自ら赴かなければならないと、彼女はハナから覚悟していた。その時にはきっと勇者と敵対することもあるだろうとも。
今の自分では数の暴力に抗うことはできないが、その時には今より更に強くなっていればいい。リドウに頼らずとも、必ず自分は……己が守ると決めた者たちを守りきってみせる。
――それは決して不可能ではないと思っていたのだ。
勇者を名乗ることを許されたユーキと実際に出会ってしまったことで、既にそれは確信に近いレベルだった。
しかし……
千鶴の脳裏に壮絶な笑みを浮かべて睨み合うリドウとラヴァリエーレの姿がよぎる。
そして千鶴はきゅっと唇を結んだ。
……ラヴァリエーレを目にした瞬間、その自信は木っ端微塵に砕け散った。
同じ人間なのだから勝てない道理は無い。『人間』の部分を、例えば『高校生』などに置き換えれば、よくマンガなどで目にする言葉だ。
なるほど、地球でならばそれも当て嵌まるだろう。どんな強者でも銃弾には敵わず、銃口の向きなどから銃弾をかわしてしまう人間も達人には実在するらしいが、それも遠距離から狙撃されてしまえばアウトだろう。
だが、アレは違う。アレが同じ人間? 違う。断じて違う。決定的に違う。アレはそんな生易しい存在ではない。魔王ルミナリアの時には理解できなかった。そして強くなった今だからこそ理解できてしまう――アレは自分如きが何をどう駆使しようが、眉一つ動かさせることも叶わないのだと。
何だかんだ言っても穏やかな男であるリドウは普段抑えているせいで、明確には感じ取れなかった。
シャイリーやベアトリクスと共にリドウと戦った時、魔法を使わせるまではいかなかったとは言え、自分たちは結構追い詰められたんじゃと思っていた。
あの時のリドウは『それなりに本気』だったと思い込んでいた。そして今ならば、本気になったリドウ相手でも一瞬抗うくらいなら可能なのではと。
それはとんだ勘違いだった。ラヴァリエーレと対峙することで、普段は抑圧している部分を解放したリドウは、そしてラヴァリエーレは……まぎれもない『化け物』だった。
目にしただけで理解せざるを得なかった――あの時のリドウはあくまでも『遊んで』いただけだったのだと。
自分たち三人を相手にしても、子供にじゃれつかれたくらいにしか感じていなかったのだと。
リントブルムの時ですら、『苦しむ暇も無く息の根を止められる程度』の力しか解放していなかったのだと。
“彼ら”の手にかかれば、自分など赤子の手を捻るようにあっさりと殺されてしまうのだと。
(あんな化け物たちを相手に仲間を逃がす? はっ、ちゃんちゃら可笑しいわね。『敵』にも存在したのよ、あのクラスの化け物が。それはあのラヴァリエーレだけではない……ッ)
自惚れていたわけではない。でも、自分は強くなったと思っていた。いや、実際強くはなっている。でも……
(まだまだ話にならない程度でしかなかったのよっ! 自惚れていた。ええ、自惚れていたのよ私は……高々この程度の力で……ッ)
ちくしょうと、美しい顔には似合わない乱暴な言葉が小さく零れ落ち、高速移動が生み出す暴風によってかき消されていった。
リドウたちの居る荒野を山脈が囲むようになっているのがこの決闘場所だ。その山々の中でも一際標高の高い山頂を、ガルフは観戦席に選んだ。
千鶴やベアトリクスは乱れる息を整えながら、ガルフの方へと歩む。
その時、ガルフの全身から新たに魔力が発散されるのを彼女たちは感じ取る。
何をするのかと思った瞬間には、ガルフの目の前の岩畳が勢いよく盛り上がり、一つの椅子を形作る。色は土のままの一色だけだが、その造形は玉座と言うべき豪奢なものであった。
ガルフはマントを翻してそこに腰掛けると、肘掛に肘を置いて踏ん反り返り、左膝へ右足を乗せるように組んでしまう。傲慢な王といったその姿は、しかしリドウたちに劣らない類希な覇気を持つこの男にはとても似合っている。
更に、玉座の周囲が揺れ動いたと思うと、玉座の右手側に椅子が三脚生まれる。
一連の出来事に唖然としているリドウの連れの少女たちへ、ガルフは顎をしゃくって座れと促すと、彼女たちの返事を待たずに視線をカタリナへ移す。
「要るか?」
「わたくしは自分で」
親切を断られて気分を害するかと思えば全くそんなことはなく、そうかと短く応えて、どうすればいいか迷っている女性陣に視線を戻す。
「まあ座れよ」
ガルフがそう言った時には、カタリナは自分で生み出した石の椅子に座り、己の膝にアリアを乗せる。誘拐犯と被害者という事実を忘れてしまえば、見ようによっては姉妹か、さもなければ親子にすら見えなくもない、微笑ましい光景であった。
「そうなさい、お嬢様方」
子供が好きなのか、カタリナはアリアの頭を撫でながら、少女たちへ告げる。アリアの方は、先ほど雷撃を食らったことなどすっかり忘れているのか、特に拒否するつもりも無いらしく、平然と受け入れている。
「魔力や闘気が自然回復するのはご存知でしょうが、それは戦闘中であっても変わりません。その回復速度は『割合』となっており、マックス百のキャパシティの保有者が十回復する間に、マックス千の保有者であれば百回復します。我々のレベルになればキャパシティが尽きることはそうそうありえません。しかもあのお二方は殲滅師です。『些細な重傷』で決着がつくこともありえません。この勝負、長引きますよ」
「日を跨ぐくらいは覚悟しておいた方がいい。下手すっと七日七晩やり続けかねねぇからな」
「七日七晩って……」
恵子がドン引きしながら訊ねる。
「それって飲まず食わずなんですよね? 生物学的に無理なんじゃ?」
「ノーマルの基準で考えるな。あいつらはハイエンドだぜ? ただ、闘気や魔力の行使には実際かなりの集中力が要るからな。現実的にどこまで持つかは慣れと気力次第だが……」
「そ、そーですか……」
はははと乾いた笑いを浮かべながら、恵子は何かを諦めて大人しく石の椅子に座った。千鶴やベアトリクスもそれに習う。
「アリアさん」
「うん?」
カタリナはアリアの頭を撫でる手を止めると、軽く上半身を屈めてアリアの顔を覗き見る。
「わたくしを信用できますか?」
「うん」
アリアはあっさりと頷いた。
「お前は悪い奴じゃない」
闘士だからというよりも、アリア特有の勘らしい。あるいは子供特有の、なのか。
その答えに、カタリナは優しい笑みを浮かべる。
「では、可能な限り闘気を目に集中しなさい。でなければあなたにはお二方の軌跡を捉えることすら叶わぬでしょう。そして刮目なさい――」
両者互いに刀を抜き放った二人を手で示す。
「あのお二方こそが、あなたの目指すべき境地です」
カタリナのその言葉が合図であったかのように、二人の姿が常人の目からは消え去った。
刹那――
ドンッ
大気が悲鳴を上げる。
二人が睨み合っていた中心点に、彼らの姿があった。鍔迫り合いに踏み締められる大地が、ずどんっ、ずどんっ、と時間を経るままに深く抉られていく。
両者は同時にばっと飛び離れる。
再び二人の姿が消え去った。
「疾い……ッ」
千鶴が唸る。今の彼女は魔王ルミナリア戦の時とは違い、辛うじて彼らの動きを目にできた。だがそれ故に、その速度が如何に凄まじいものか理解できてしまう。
「ハイエンドとはこれほどか!?」
「すげー……身のこなしも殆ど見えねぇ……」
椅子から身を乗り出すようにしているベアトリクスと、呆然とした心地で呟いているアリア。“普通に戦闘態勢をとっている”状態で銃弾が見えてしまう彼女が、全力で見ることにだけ力を傾けていても、本当に軌跡だけがぎりぎりで見えるだけだった。
相変わらず何が起こっているか全く理解できない恵子は、仲間外れみたいな気がするのか、つまらなそうに唇を尖らせて、友人たちを眺める。
と、彼女は不思議なことに気付いた。
ガルフやカタリナの魔道士組は目を閉じてしまっているのだ。
「ガルフさんたちは見ないんですか?」
その質問を受けて、ガルフは目を開いて恵子を見る。
「闘気で強化できねぇ俺らに『見える』わけねぇだろ」
「魔道士が気功士と戦う手段は限られます」
ガルフの台詞をカタリナが継いでくれる。
「一つ、圧倒的な火力で押し潰す。一つ、気功士の行動を制限するフィールドを作り出す。ですが、これらに頼るようではまだ未熟な証。真の魔道士であれば、大気や大地を感じ取ることで、気功士の圧倒的速度に対抗することが可能となります」
「そういうことだ。魔道士なら何かしらの手段で気功士の動きを感知することができて当然。それができなきゃ似非だ、似非」
これまた超人系の発想に、能力者って連中はどいつもこいつも……という内心を濁しながら、恵子は乾いた笑いを浮かべている。
「ハイエンドの言うことを真に受けるな、麻木」
と、ベアトリクスが戦場から目を離さずに言う。
「それができるのは正真正銘のハイエンドだけだ。気功士と魔道士が戦った場合、基本的には気功士が有利とされているが、ある一定のラインを越えると互いの立場が逆転すると言われる。その原因は二つあり、一瞬で致命傷すら回復させる超魔法力と、もう一つの要素がそれだ。ハイエンドの魔道士は気功士の動きについて来れるのだよ」
実際にそれを可能とする使い手に会ったのは、自分もこの二人が初めてだがと、ベアトリクスはその希少性を強調する。
と、彼女は何かを思い出したように付け加える。
「ああ。あと一度に扱えるキャスト数もあるな。ガルフ殿はお幾つまで『フルキャスト』できるので?」
「そりゃ内緒だ。軽々しく話せるわけねぇだろ」
「それもそうですな。失礼した」
ベアトリクスは、魔道士にとって最も知られたくないことの一つだったのを興味本位で訊ねてしまった自分が悪いと、本当に申し訳なさそうに謝罪した。
「フルキャストって何ですか?」
「シングルで行使可能な全力の魔法力を指した言葉だ。それを幾つまで重ねられるかが魔道士の実力を測る一つのバロメーターで、一般的にはハイクラスでダブル、ハイエンドでトリプルが最低ラインとされている。一つの違いでとんでもない戦力差が生まれるぞ」
「リドウは以前にトリプルキャストを使ってみせたわね」
「ああ、あれ……」
二百に及ぶ盗賊の頭だけを一瞬にして消し飛ばした光の魔法を思い出すと、その光景の凄惨さも同時に脳裏に浮かんでしまい、恵子はちょっと青ざめた顔で相槌を打つ。
「普通、多少魔力に優れた気功士が存在しても、闘気の方が戦闘において明白に戦力を発揮してくれるせいで、魔法の方は補助用のキャスティングくらいしか使えないものだ。真のハイエンドの殲滅師同士の決闘など、百年に一度も見られるものではなかろう。私たちは運がいい」
「シャイリーも観たかったことでしょうね」
「見えなかろうが、目を離すなんて勿体無いぞ、麻木」
「はあ……」
でも結局、殆ど見えないんですけどねと心の中で呟きながら、恵子は戦場へと視線を戻した。
刃を合わせるたびに生み出される火花。それは最早閃光と言っても過言ではない輝きを放つ。
たった一瞬にして振るわれる剣戟は互いに幾重にものぼる。伯仲する両者の技量は凄まじい衝撃をもって周囲を破壊していく。
既に何百と繰り返された剣戟の嵐の中、リドウの剣腕が僅かにアレクサンドルを上回る。アレクサンドルは刀を弾かれて上体が微かに仰け反った。
しかし、隙ありと見たリドウが大上段から刀を振り下ろした瞬間には、アレクサンドルの姿は既に消え去っていた。
刹那、リドウは背筋に冷やりとした感覚を覚え、空高く跳び上がる。
上空から見下ろしてみれば、それまで自分の居た場所に刀を振り下ろすアレクサンドルの姿がある。
やるな、と口角を吊り上げたリドウは、まるで空中に天井があるかのように、ソコを足場にして一気に地面へ向けて急降下する。
「おぉおおおおおおおおおおっ!!」
落下の速度も加算した一撃は、轟音と共に大地を抉り取る。
人など木っ端微塵になって当然と思わせるほどの衝撃であった。
が、アレクサンドルがそう簡単に食らってくれるわけもなく、彼は生み出される爆風に乗って飛び離れ、空中で一回転して華麗に地面へ着地する。
リドウはすかさずアレクサンドルを追い、アレクサンドルも揚々とリドウを迎え撃つ。
「風で足場を作ったな?」
アレクサンドルの笑いながらの問いかけに、リドウはにぃっと唇を歪めて答えとする。
「やりおるわ」
この間も互いに刀を振るう手を止めることない。
その一振り一振りが確実に周囲の景色を破壊していく中、しかし生身の二人自身は平然とした顔で斬り合う。
「これだっ」
ぶんっと振り下ろしのアレクサンドルの一撃を、リドウは身を捻って回避したまま、その回転力を維持して横合いからアレクサンドルへ刀を叩き付ける。リドウの得意とする対剣士用のカウンター技だ。
しかし、アレクサンドルもさるもの。回避するのではなく、その攻撃を真正面から刀を縦方向に立てることで受け止めてみせた。回転の威力も加算されたリドウの攻撃はアレクサンドルの刀を押し切ろうとするが、彼は自らの刀の先端を左足で蹴っ飛ばして、リドウの攻撃を弾き返した。
「ふははははははははっ」
アレクサンドルの哄笑が響き渡り、今度はリドウの方が上体を仰け反らせてしまう。
己の体を切り裂こうと襲い来る刃。威力たっぷりに上段から振り下ろされるその刀の横っ腹を、リドウは冷静に回し蹴りで蹴り飛ばして回避し、更にそのまま一回転してしまい、後ろ回し蹴りの要領でアレクサンドルの頭を狙う。
――先制点を奪ったのはリドウであった。
上体が流れてしまったアレクサンドルは側頭部への蹴りを回避することが叶わず、まともに食らってしまう。ハイエンドの気功士が繰り出す全力の攻撃は、アレクサンドルの身を数十メートルに渡って吹き飛ばした。
が、攻撃が成功したはずのリドウの顔は優れない。
「ちっ、巧く“合わせ”やがったか」
蹴り込んだ時の感触で、アレクサンドルが攻撃の抜ける方向に自ら跳んだのを、リドウは感じ取っていた。
これではまともなダメージにはならなかっただろう。
案の定、アレクサンドルは吹き飛びながら片手を地面につき、更に二回のバク転を経て悠然と立つ。
「くくっ」
その表情が邪悪に歪む。
「これだっ」
両手を広げて歓喜する。
「これだこれだこれだこれだっ! 私が求めていたのはこれなのだっ!」
アレクサンドルの威圧感が途端に増すのをリドウは感じ取る。
同時に、膨大な魔力がアレクサンドルの全身から立ち昇る。
その冷たい魔力はやがて一体の女性を形作る。
アレクサンドル自身の背丈を遥かに超える長身で、抜群のスタイルを持つ、美しい女。純粋な水のエレメントだけで構成された、青白い氷の巨人であった。
無論、リドウもぼーっとそれに見惚れていたわけではない。
彼の背後には見事な炎の巨竜が付き従う。
アレクサンドルの瞳は更なる歓喜に濡れる。
「往くぞ、氷花乱舞っ!」
「往くぜ、竜華葬送っ!」
両者は魔法を打ち出すと共に、自らの魔法を追い駆ける。
氷の女王は優雅に舞を踊るように、炎の巨竜は華麗に宙を突き進む。
炎の巨竜が氷の女王の首筋に噛み付く。
氷の女王は優しく愛撫するかのように、炎の巨竜を抱き締めた。
しかしただ抱き締めただけであるはずがない。
己の内に閉ざそうとするかのように、女王から生み出される氷壁が炎の巨竜を覆っていく。
巨竜は女王を食い破ってやろうと、果敢に攻める。
現実においては、それはまさしく刹那の攻防だった。
だが巨竜と女王にとっては己の存在意義を果たすための、命を賭した鬩ぎ合いであった。
全くの互角だった互いの魔法は、炎の巨竜が氷の女王を一瞬で蒸発させることで、水蒸気爆発を起こして辺り一面を吹き飛ばす。
リドウはその威力に怯むことなく、更に加速する。
蒸気に閉ざされた視界の向こうから、等身大の影が迫り来る。
視界の悪さなど関係ないとばかりに、二人は刀を振るう。
刀を打ち合いながらも、要所要所で魔法を組み合わせての戦い。
一瞬でも気を抜けば敗北するのは自分の方だと、両者は相手の強さを肌で感じ取る。
「いいぞ。貴様はやはり最高だ!」
アレクサンドルは攻め手を緩めることなく笑う。
「楽しくなってきたねぇっ!」
リドウも負けじと、自身の言葉通りの表情で笑っている。
救いようのないバトルジャンキーが二人……。
互いの伯仲した実力を理解し、二人は笑う。この勝負、早々に決することはありえず……
そして決着の時は一瞬で訪れる。気を抜けば即座の敗北が己の身を襲うだろう。だからこそ楽しくて愉しくて仕方ない。
――闘いはまだ、始まったばかりだった。




