第三十八話 疑問
「あははははは!」
ズッガーンッ
金髪碧眼の美少女風美少年が心底楽しそうに高笑いしながら跳び上がり、落下と共に叩き付けた拳によって、地面に決して小さくないクレーターを穿つ。
「ふははははは!」
ズバシャーッ
こちらでは銀髪紅眼のクールビューティが、敵の攻撃を避けざまに素早く剣を振り、地面を大きく切り裂いた。
「素晴らしいぞシャイリーよ! 数年前に我が国の宮廷戦略旅団長を越えてしまってから先、私とここまで闘えた使い手は実際初めてだ!」
「アリスさんこそ凄いよ。たとえどれだけ膨大な闘気を身に秘めていようと、闘気頼りのカスなんかに僕は絶対に負けない。あなたは紛れも無く真の闘士だ!」
「嬉しいことを言ってくれる。お前こそ、流化闘法を極めた気功士は無双と化すと言われるも、半ば伝説に近い話であったが、お前は紛れも無くその体現者であると認めよう!」
互いに相手を褒め合いながら、激しい攻撃の応酬を繰り広げる。
ファーゼ曰くところの『闘士』であり、バトルジャンキーなこいつらが、自分と同格クラスの相手と巡り合えて、闘ってみたくならないわけがない。さっそく腕試しをしたくなり、被害を出しても問題なく、かつ闘うには丁度いい広さの場所を探し、今は街道から大きく外れた荒野にて、こやつらは破壊活動に熱中しているのである。
さっそく始まったシャイリー対ベアトリクス。この闘いはリドウやベアトリクス自身の見立て通り、ほぼ互角の様相を見せていた。
ガチバトルに内心はドン引きな少女たちであるが、リドウ対ルミナリアの時よりはまだ何が起こっているかくらいは分かるため、外見は既に平然として、遠く離れた場所で地面に腰を下ろし、のんびりと見物していられるようだ。
一緒に見物しているファーゼが、半ば呆れた顔で己の姫君の闘う光景を眺めながら、おもむろに隣のリドウに声だけ向けて喋りかける。
「ホントに凄いね、あの子」
「だろ?」
「うん。お嬢様が彼と同じ年齢の時に彼と戦ったらまず負けてたね。キャパシティはぎりぎり一流に数えられる程度だろうけど、闘気との相性が抜群にいいと言われる流化闘法をあの若さであそこまで使いこなすのは脅威だ。熟練に凄まじい期間を要される流化闘法を学ぼうって気功士自体がまず存在するもんじゃないのに、それをあの若さであそこまで……」
実際目にしてみても本当に信じ難いとぼやく。
「もし彼の存在が世に知れ渡ったら、あちこちの国が熱心に勧誘合戦をするだろうね」
「本人は嫌がるだろうがな」
「だろうね。極々普通人の感性をした僕からしてみれば、勿体無いとしか言いようがないけど」
ふぅっとため息したファーゼは、何かを思いついたらしく、リドウの横顔に視線をやる。
「そういえば、キミはその手の話は今までなかったの?」
「今のところねぇな」
「キミの場合は本当にスピード出世……って言うのかな? この場合。名前が売れてから広まるまでの期間が短過ぎたからね。でも、そろそろ始まると思うよ」
「覚悟しておくさな」
「やっぱり、受け入れる気は?」
「ねぇな」
一言で応じるリドウに、ファーゼはだろうねと呟きながら視線を前に戻す。
「そういえば、ボレイスの領主の口からは、その手の話を聞かなかったわね」
千鶴が、今の自分よりは格上の闘いから一時も目を逸らさず、言葉だけで話しかける。
「あの男は闘う者でこそねぇが、“人種的には”俺にかなり近い感じだったからな。何を提示しようが無駄に終わるって端から理解してたんだよ」
断定的な口調であった。やはりこの手の人間たちは、形は違えども質的には似た生き方をしている相手を何となく感じ取ってしまうらしい。
「しかし……」
とリドウは眉をひそめて呟く。
「まずいな」
「何がですか?」
訊ねたのは愛奈だ。
「あの二人、だんだんマジになってきた」
「本気になったってことですか?」
「今までは真剣じゃなかったってこと?」
「端から手加減は抜きで真剣は真剣だったが、大怪我をするような一線はきっちり見極めての遊びだったんだがねぇ……だんだん遠慮がなくなってきてやがる」
「え゛……?」
恵子と愛奈が揃って顔を引き攣らせている。
「それは本当にまずいね。お嬢様に取り返しのつかないお怪我をさせるわけにはいかない。止めてくれない?」
ファーゼが、彼にしては真に迫った顔をしてリドウに告げる。自分でやれよと思われるかもしれないが、本気になりだした、つまりは集中状態に入ってしまっているあの二人を止めようとすれば、ファーゼでは最悪それだけで大怪我しかねなかった。
「そうだな、止めるか」
のっそりと立ち上がると、緊張感に欠けた足取りで二人の方へ近づいて行く。
「おい、そろそろ止めとけ!」
声を張り上げると、二人は互いに、一気に距離を取って、揃って不満至極ですといった風情にリドウを見つめる。
「邪魔をしないでくれ」
「そーだよ。せっかく愉しくなってきたところなのにさ」
ぶーたれる二人の気持ちはリドウにも良く分かってしまうのだが、ベアトリクスに万一があってはかなり面倒なことになるのは必至であり、やはりこれ以上やらせるわけにもいかなかった。
「まあそう腐るな。代わりと言っちゃなんだが……」
首を鳴らしながら左右に倒して、更に両手を握り締めて骨を鳴らす。
「ちっとばかし真面目に、俺がお前さんらと遊んでやろう」
「なに?」
「ホント!?」
途端に目を輝かせ出す二人に、リドウはにやりと笑んだ。二人はそれを見て、更に表情をきらめかせる。
そこでリドウはふと真顔に戻ると、先ほどまで自分が居た方を見る。
「千鶴も一緒に、三人でどうだ?」
「……やらせてもらうわ」
千鶴は強い決意が窺える様子で立ち上がった。
リドウは更に深い笑みを浮かべる。
(これなら俺もそう手は抜けねぇだろうな。なかなか、楽しめそうだぜ)
リドウに侮辱する意思は全く無かったが、聞き取り手によってはそう受け取られてしまっても仕方ないと考えて、口に出しはしなかった。
彼を三方から取り囲むようにして、少し離れた位置に立った三人を、彼は一人一人、順々に視線を置く。皆、闘志で漲っているのがはっきりと判る。
にぃっと唇を吊り上げながら、リドウは刀を抜き放った。
刀を持つ右手をだらんと下げて立ち、
「……来い」
誘いの言葉と共に、場の四人が一斉に動き出した。
腕試しの手合わせが終わった後、次の街に向けて一同は歩みを再開した。
その中の若干三名……具体的には、リドウと対戦していた三名なわけであるが……
「……やり過ぎじゃない?」
恵子が、少し後ろからついて来ている例の三名をちら見してから、リドウへ非難の篭った眼差しを送りつけると、彼はいつものように煙管を吸いながら、しかし気まずそうに視線を逸らした。
「……正直、調子に乗り過ぎた」
自分であんなことを言っておきながら面目ないと、恵子の言葉を肯定する返事を返す。
彼女の見た、リドウと闘った三名は、皆してあちこちに軽症をこさえていたり、服が所々破けていたりする。また、大分疲労が濃い様子でもあった。
もっとも、誰一人として不満そうな顔をしているでもなく、むしろ揃いも揃って満足そうな顔をしている。
「思った以上にいい連係をしやがるもんだから、思わず……な。何度か冷やりとさせられる攻撃もあったもんで、段々力が入ってっちまった」
「おかげで目一杯楽しめたけどね!」
シャイリーが元気良くリドウをフォローする言葉を発すると、
「今の私自身よりも圧倒的な上が居ると現実に体験できただけでも、このくらいの怪我をした価値はある。人はそこまで往けるのだと現実に知れたのだ。私もまだまだ上に往けるはずだと証明してもらえたようなものだ」
「勝てないくらいで丁度いいわ。勝利して当然の相手に勝っても何の価値も無いもの」
このバトルジャンキー共め――と普通人な少女たちは内心で毒づいていた。
ところで……
盗賊たちにとって最上の獲物とはまず行商人である。要するに金になる相手だ。
しかし同じくらいに、彼らにとって美味しい獲物がある――女だ。それも美女であればあるほどいい。下種な思惑によるところもあるし、闇市場で売って金にするも良しと、非常に“使い勝手に優れた”獲物であると言える。
それが、である。
麻木恵子――人懐っこく、他者に警戒心を抱かせない愛らしい面立ちはまさに正統派美少女。全体的にほっそりしたスタイルも非常にバランスがよろしく、これで男にモテなければ性格によっぽど問題があるとしか思えない。
一条千鶴――腰ほどまで伸びる艶やかな黒髪に、モデル体系と言うにはグラマラス過ぎるが、すらっとした長身と、面差しはあくまでも涼やかに、そして整い過ぎているくらいに美しい顔。
高坂愛奈――ただでさえ平均をぶっちぎって大きな胸が、女性にしても小柄な身長のせいで余計に強調されてしまっている様は男ども垂涎。おっとりした雰囲気が滲み出る垂れ目がちな顔は、組し易いと見た男たちの欲望を、本人は意図せずとも嫌でもそそってしまう。
この三名だけでなく、先日加入したベアトリクス=ファン・クラウンディもまた、凄まじいまでの美女だ。千鶴よりも更に僅かに高い長身と、その彼女に匹敵する体系。白人系にしても透き通るような肌に、限りなく白に近い銀髪、血管が浮き出てしまっているために紅色を宿した瞳。先天性色素欠乏症という特異な体質がもたらす見た目は、それこそ好き者にはたまらないだろう。
更に、シャイリーも居る。正体は男の子だが、それを知らない男からしてみれば、若干ロリの入った美少女でしかなく、常にニコニコ明るい笑顔がとっても魅力的。仮に男だと知られてしまったとしても、ソッチ趣味な人間にはむしろお高い値がつくかもしれない。
――もしこいつらを全員捕らえて売りに出せれば、人一人くらい余裕で一生遊んで暮らして行けるのではなかろうか?
まさしく盗賊ホイホイ。寄って集っていらっしゃいと言わんばかりの集団だ。
「うーん、流石は脳ミソ腐ってるお馬鹿さんたちだねぇ。ちょっとくらい何かあるんじゃないかって警戒しないのかな?」
とは、十五名の盗賊を前にしての、暢気なファーゼの言葉であった。
「だねー。まともな戦力も無く、こんな美人さんばっかりで旅なんてするわけないじゃん」
「それが理解できるだけの頭が無いから盗賊なんてやっていられるのでしょ」
シャイリーが同意し、千鶴も無表情かつ冷徹に言い放つ。
しかし……
「何だぁ? やけにボロボロなのが何人か居やがるな」
「まさか、もうとっくに同業のお世話になっちまって、すかんぴんってわけじゃねーだろーな」
「いいじゃねぇか、女だけでもよ。ちょっとありえねーくらいに美人ばっかだぜ」
ひっひっひと笑う様は卑猥でもあり、非常に見苦しい。
「それに何人かは身なりも綺麗なもんじゃねぇか。見ろよ、あの紅いコート。相当値が張りそうだぜ?」
「ん? 紅いコート……?」
ありえないほどの美貌の集団に目が眩んだあまり、深く考えもせず一同の前に立ち塞がった盗賊団であったが、自分たちの前に歩み出るリドウの姿を彼らが目に留めた途端、彼らの中の何人かが顔色を変えた……それまでに浮かべていた下卑たニヤケ顔から、真っ青で引き攣った顔へと。
「黒髪黒目……」
ぽつりと呟いたこの盗賊は、口には出さなかったが、悔しいくらいにイイ男だなと同時に思っていた。
その時、コートに半ば隠れていた刀をリドウが優雅に抜き放つ。
「刀使い!? こいつもしかして月紅じゃっ」
「ここら辺に来てるって噂は本当だったのか!」
「な、何だってーっ!?」
非常にデジャヴる絶叫を上げる盗賊が半数。ではもう半数はと言えば、絶句しながら息を呑んでいる。
「ひぃっ」
と一人が率先して逃げ出すと、
「逃げろー!」
「殺されちまうぞ!」
残りの盗賊たちも一斉に蜘蛛の子を散らすようにあちこちへ逃げて行く。
リドウは珍しく身動きを忘れて呆然とその光景を眺めていた。
「逃がさん!」
ベアトリクスが気勢を上げて盗賊たちを追いかける。
「じゃ、僕はあっちを担当するから、千鶴ちゃんはあっちをお願いね」
「ええ」
シャイリーがベアトリクスとは逆の方へ逃げた盗賊たちを追うと自ら請け負い、千鶴にまた別方向を依頼する。
更に彼は、困り気味の様子で頭をかいているリドウをちらっと見る。
「リドウさんはあっちをお願い。いい?」
「ああ」
リドウは軽く肯くと、背後に控える三人を見る。
つい今しがたのリドウのようにぽかんとして彼を見つめている恵子と愛奈、そして面白そうにニヤケているファーゼだ。
「お前さんらはここで待機しててくれ」
「了解。お嬢様方はお任せあれ」
少女二名は戸惑いながらも首肯し、ファーゼはニヤケ顔はそのまま、片手を挙げて応じた。
そして、盗賊退治メンバーが四方に散って行く。
待機メンバーが実際に待っていた時間は半刻ほどであろう。一番最後にスタートしたリドウが、三名の男たちを引き連れて最初に戻って来た。彼らは一様に真っ青な顔でうな垂れている。
続いてベアトリクスが戻ってくる。彼女は単身で、誰も引き連れてはいない。
「殺したのか?」
ベアトリクスは返り血の一滴すら浴びていなかったが、リドウには微かな血の残り香が感じられた。
ベアトリクスの答えを聞くまでもなく、リドウが連行した盗賊たちは、元々青かった顔を殆ど紫色と言えるまでに染め上げてしまう。当事者である彼らだけでなく、恵子や愛奈も顔を青ざめさせてしまっている。
かくして、ベアトリクスの回答は……
「無論。賊徒どもにかける情けなど持ち合わせてはおらん」
「……そうか」
リドウは無表情に言葉短く応じながら煙管を取り出して口に銜えた。
ベアトリクスは、今にも死にそうな顔をしている盗賊たちを目線だけ動かして見てから、こちらも表情は無くリドウを見つめる。
「あなたは殺さないのだな。盗賊殺しの月紅が、人殺しが怖いというわけでもあるまい。どういった心算だ?」
「戦闘を生業にしてねぇ民間人の殺しに手を染めてさえいなきゃ、俺は殺さん。最低限、殺しの罪状が明らかな連中でねぇとな。前は足の腱を切って放置してたが、今ならお嬢たちを連れてても十分連行できるだろ」
「行政に引き渡したところで、まず死刑だと思うが……」
結果は変わらないだろうと冷徹に言うベアトリクスに、いよいよ盗賊たちは泣きそうになっている。
「かもしれねぇな。だが、俺の思い込みだけでの判断は不公平だ。こっちに余裕が無ぇ時に、危険性を無視してまで連中の身の安全を重要視する心算は俺にも無ぇが、今はそうじゃねぇ」
上空に向けて煙を吐き出しているリドウを、ベアトリクスは奇妙な生物を見るような目で見つめている。
「人の価値を『単純な数字』で換算“しなきゃならねぇ”レディに同意しろとは言わん。理解しろとも言わん。無論、納得しろとも。だが、俺と行動を共にしてぇってなら、実力的に殺す必要の無ぇ相手はこれから殺すな」
「それがあなたと一緒に居るための条件ということなら了承しよう」
すんなりと肯く。
「あなたは人の命を奪うのはお嫌いなのか?」
淡々と訊ねてくるベアトリクスに、リドウは深く煙を吸って、それを吐き出しながら答える。
「殺しを好き嫌いで考えたことはねぇな。必要なら殺す、不要なら殺さねぇ、それだけの話だ」
「しかし、その流儀によって見逃した末に、復讐心に囚われてあなたを襲って来る者も居るかもしれない。いや、いつか必ず、そうした人間も現れるであろう。その時はどうされるおつもりだ?」
「何度も俺に挑めるような根性があるならそれこそ上等だ。何度だって好きなだけ来ればいいさな」
「その者が人質をとるなどの卑劣な手段に出てきたら、その時は?」
ベアトリクスが少女たちを見ながら言う。特に殆ど戦闘能力の無い恵子を。
視線を戻したベアトリクスであったが、その時にはリドウが感情を伴わない瞳で彼女を見つめ返していた。
「問答無用で殺すぜ」
「ふむ……」
答えを聞いたベアトリクスは意味深に盗賊たちを見やる。リドウが噂よりも寛容だったからと言って妙なマネをするんじゃないぞという脅しの眼差しであった。盗賊たちは何も考えずに、未だ真っ青な顔をぶんぶんと縦に何度も振っている。
「しかし、変わったお人だねぇ、リドウくんは」
ファーゼが飄々と会話に参加してくる。
「普通さ、どれだけ上手に殺せるかを証明したがるもんだし、中には手にかけた人数を律儀に数えて、それを誇りにしているような輩だって少なくないもんだよ」
「俺も聖人君子じゃねぇんでな、相手の命を重視して殺されてやるような心算はこれっぽっちもねぇが、殺さずとも勝てる相手を殺して悦に浸るのは俺の趣味じゃねぇ。不殺で勝てるってことは、俺がその敵よりも圧倒的に上だって証明だ。いつか、何モンから挑まれようとも――たとえ相手が今の俺と同格の使い手や魔王であろうと、鼻歌であしらえるようになってこその、真の強さってもんだ」
「なるほど。そういう考え方もあるのか……」
ベアトリクスはほぅっと感嘆の吐息を零しながら、しかし難しい顔つきで唸るように言う。
「しかし、凄まじく己に厳しい生き方だぞ、それは」
「あー、そっか……」
「そーゆー意味だったんですね、『楽な生き方』って」
すぐ側のリドウや、まだ戻って来ていないシャイリーたちが抱える流儀。今までは漠然としかその意味を知れていなかったが、ようやく真意を理解できた少女たちが、心のつっかえが取れたとばかりに気持ち良さそうな様子で頷いていた。
デフォで常人を圧倒できる能力者、その中でも究極に近い領域に居る彼らにとって、人を殺すなど簡単過ぎる。できて当たり前のことを誇る気になどなれない。格下を殺しても何ら強さの証明になどならない。見逃し、腕を上げて雪辱に挑まれたのならば、改めて返り討ちにするだけだ――何度であろうとも。
話をしていると、やがて、千鶴とシャイリーも殆ど同時に戻って来た。それぞれに三名と四名の盗賊たちを従えている。二人とも殺しはしていないようだ。
「良し、上等だ」
「え……?」
リドウが嫌味のない笑顔で千鶴の頭を撫でてやる。
まさかそんなご褒美が待っているとは思ってもいなかった千鶴は、一瞬の間だけ呆然としてから、ぽっと頬に朱を灯して微かにはにかんだ。
ベアトリクスがその光景を、どことなくつまらなそうに眺めている。こんなことなら自分も殺すんじゃなかったと思っている……かは分からない。
「……少ないな。私が切ったのは三人だ。二人ほど逃げられたか」
「まあしゃあねぇな」
後手を踏んでしまったリドウのミスであったが、彼はあまり気にしていないようだ。この盗賊一味は先ほどの面子で構成されていると既に聞き出している。親分格は捕らえているし、僅か二名では再起するのも難しいだろうと彼は考えていた。
「さて……」
捕らえた盗賊たちを一纏めにした前で、リドウが威圧感を発してぐるっと一同を見渡す。
「妙なマネをしやがったら確実に息の根を止める。逃げてぇってなら、俺らの手を離れてからにした方がまだ賢いと思うぜ。理解できたか?」
盗賊たちは揃って、首よ千切れよとばかりに激しく首肯を繰り返した。
その後、リドウたちは盗賊たちを先頭にして歩みを再開する。見ようによっては、男女共に美貌の集団が汚らしいごろつき連中に先導してもらっているようにも見え、何とも異様な光景であった。
歩き始めてからすぐに、シャイリーがリドウを首を傾げて見やる。前を行く盗賊たちから、意識だけは逸らさずに。
「やりにくい――とか思ってない?」
「ああ……思ってるぜ。せめて一度は向こうから手を出してくれんと、マジでやりにきぃぞ、まったくよ」
改めて煙管に火を灯しながら、有名になるのも考えものだとぼやく。
「今後もこの手のケースが増えるようだと参るぜ」
ため息混じりに煙管の煙を吐き出したリドウは、しかし苦笑気味に唇を歪めて肩をすくめてみせた。
「リドウさんがやりにくいなら、僕が積極的に狩るけど?」
「ありがてぇ申し出だが、そういうわけにも……な」
戦わなければならない時に他人に戦わせて自分は高みの見物というのは絶対的にリドウの趣味ではなかった。
「気分的な問題でしかねぇよ。これからは今日みてぇなことはねぇようにする」
「そう」
リドウがそう言うならば余計なお世話だったなと、シャイリーは何事もなかったかのように前を向いた。
「ところで話は変わるのだが……」
ベアトリクスがおもむろに切り出した。
「何だ?」
「例の大規模召喚事故の件についてなんだが……どうも腑に落ちん」
「レディもそう思うか……」
「やはり、あなたも疑問に感じるか」
二人は前を向いて歩いたまま、神妙な面持ちで語り合う。
「どこがどう気になるのかしら?」
千鶴も会話に参加してきた。
「動機だ。お前たちがブランカで遭遇した勇者は魔王と魔物の掃滅が目的だと口にしたと聞くが、たとえ勇者の総数が今の十倍に達しようと、そんなことは不可能に近い。未だ人類の手付かずの領域まで含めれば、伝説級の魔物も相当数が現存していると言われておるのだぞ。魔王だけでも手がつけられぬであろうに……」
ベアトリクスは自然と難しい顔つきになってしまう。
「勇者召喚は比較的高度な儀式魔法ではあるが、それ以上に、実行には莫大な予算が必要とされてしまう。コストを大幅に減らせる何かしらの革新でもあったれば話は別だが、賭けとしては危険すぎると思うのだ。ロンダイク聖教圏の上層部連中とて、そこまで馬鹿ばかりではないはずだが……」
「その『何かしらの革新』とやらがあったのではないかしら?」
「確定的に否定する要素は無いが、基本的にはロンダイク聖教圏よりもリリス教圏の方が人材のクォリティには優れている。この四百年余り誰も成し遂げられなかった天才ヴェイン=テトスラトスの術式改良を可能とするような天才が向こう側に居るとは考えづらいな……」
ベアトリクスは瞳に何らかの強い思いを込める。
「そう……それこそ大戦を計画しているとでも言われた方がまだ納得できる。それも、過去存在した大陸規模の戦争ではなく、史上類を見ぬ世界大戦だ」
少女たちは戦争という言葉にいいイメージなど全く持っていない。それが世界大戦と言われてしまい、思わずごくりと喉を鳴らした。
「ありえないとは言えないと思いますよ、僕は」
ファーゼも笑顔を消して、真剣な顔つきで会話に参加してきた。
「三百年くらい前、ロンダイク聖教圏が一時的に優勢を誇った時代があったらしいですが、徐々にリリス教圏が順調に力を増してきたせいで、そろそろ本格的に力量差が際立ち始めているという大方の分析ですし。多少の危険を冒してでも、一発逆転の賭けに出たとしても不思議とは思いませんよ」
ベアトリクスは今まで以上に眉根に力を入れてしまう。
(私が旅に出て一年と半年ほど。近頃の国際情勢にはどうしても疎くなってしまっているが……まさかこんな話があったとは、時期を見誤ったか……。早い内に一度帰らねばならぬか……? しかしそれでは、リドウ殿を口説けぬ……)
悩ましげにため息を吐く。
もし世界大戦云々が真実だった場合……そうでなくても、ロンダイク聖教側が何かこちら側に大きな影響を与えるようなことを計画しているのであれば、ベアトリクスはたとえリドウを諦めてでも、早々に国へ帰っている。
が、現状は明白なわけでもなく、そもそもが、大規模勇者召喚そのものも完全な成功を収めているわけではない以上、立場的には一姫君でしかない自分があまり気にし過ぎても仕方が無いともベアトリクスは思う。
実際に戦争となったならば、彼女の力は自国の最強戦力であり、また民の信望厚い彼女が戦場で勇壮に舞う姿を兵士が目にすれば、戦意も格段に上がることだろうし、決して外せないが……
(まあ、実際に戦争になるようなら、国から呼び出しが来るだろうしな。そこまで大きな動きを向こうが見せれば、それを見逃すほど父上たちは無能ではない)
ベアトリクスにとっては本当に悩ましいところであった。父兄たちを信頼してはいるが、いざ力ずくになってしまった場合、彼女が居るか居ないかでは差が大き過ぎるのだ。
唐突に難しい顔つきのまま黙り込んでしまったベアトリクスを見て、千鶴がふふんと鼻を鳴らしながら口を開く。
「早くお国へお帰りになられた方がよろしいのではなくって?」
「サークライド皇国まで足を伸ばせぬほど切羽詰った事態でもあるまい」
「何かあってからでは遅いと思いますけれど」
「遅くならぬ内にリドウ殿と共に国に帰るさ」
視線が火花再びであった。
「……俺と戦ってる最中は見事っつうくらいの連係してやがったくせに、何でああも気が合わねぇのかね」
「同属だから相手の考えが理解できて、上手く連係できたけど、同属だから互いを嫌い合うんだろうね」
千鶴の守護者たるリドウと、ベアトリクスのお守り役たるファーゼが、お互いとんでもない女を連れにしているなと、若干疲れた様子で苦笑いをしていた。




