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第三十四話 プロポーズは……

「わぁ……」


 と少女たちが感動の面持ちで感嘆の声を紡いだ。


 いつものように旅道中のリドウ一行であるが、彼らは今、通りすがりに一つの湖へとやって来ていた。


 このルスティニアでは、生存環境の厳しさのせいか、天然の景色を楽しむという概念自体があまり存在しないため、特に観光名所というわけではなく、湖の固有名詞も無い。


 また、現代日本で育った彼女たちにとっては、通る道すがらの光景の殆どに人の手が入っておらず、天然そのままの景色もそろそろ見慣れてきている。


 が、それでもこの光景には一見の価値があった。


 湖の周囲は様々な花々によって見事に彩られ、湖は太陽の光をきらきらと反射し、しかしその水は澄み渡り、湖の底まで透き通って見えている。


 自然が造り出す奇跡の光景であった。風光明媚とはまさにこのこと。日本でならば立派な観光名所だろう。


「思わず泳ぎたくなるわね!」


 恵子が元気一杯に一同を振り返る。


「そうね」


 と千鶴が顔を微かにほころばせて賛同すれば、


「水着があれば良かったんですけどねー」


 と愛奈もにっこりと同意する。


 が……


「何でわざわざ、必要もなく泳ぐんだ?」


 リドウは不思議そうに少女たちを眺めていた。


 その反応に恵子が戸惑いを見せる。


「こんないい天気で、こんな綺麗な湖が目の前にあんのよ? 泳ぎたくなるのが人情ってもんじゃない?」

「そういうもんなのか?」


 リドウは首を傾げる。


「まあ、泳ぎてぇなら泳ぎゃいいんじゃねぇか? 少しくらいゆっくりしても罰は当たらんだろ」

「水着も無しにできるわけないじゃない」

「リドウの前でだけなら、一糸と纏わないでも私は一向に構わないけれど……」


 と意味深にシャイリーを見る千鶴。


「そーだねー。僕もちょっと困っちゃうかな」


 とシャイリーは苦笑気味に応える。


「こんな見た目でも、この子も一応男なのだし」

「ですね。それにしても、リドウさんらしくない、デリカシーに欠けた発言ですねー」


 という少女たちの意見に、ますます不思議そうな顔になってしまうリドウであった。


「泳ぐのに脱ぐのか?」


 この台詞に、ようやくリドウが何を疑問に思ってるのか、シャイリーがまず気付き始めた。


「なるほど。リドウさんの常識では、泳ぐ時に服は脱ぐものじゃないんだね」

「装備一式身に着けたままで泳げなくてどうすんだ?」

「え? なにそれ。マジボケ?」


 恵子がドン引きしながらリドウを見やる。


 愛奈だけでなく千鶴まで顔を引き攣らせている。


 リドウの頭の中には、余興で水の中を泳ぐという概念自体が存在しないらしい。泳ぐにしても、装備を身に着けたままというのが常識のようだ。


「戦闘脳なリドウさんらしいといえば、この上なくらしいですが……」

「一般常識とはかけ離れた育ち方をしたみたいだからね。無理もないのかも」


 最近リドウの育ちを知った愛奈とシャイリーが苦笑いしている。


 リドウは煙管を吹かしながら憮然と応じる。


「悪かったな。ガキの頃に教育の一環で泳ぎは教えられてるが、今じゃその必要もねぇからな。水を泳いで楽しいと思える感覚がまったく分からん」

「必要ない?」


 リドウの言葉尻を掴まえた千鶴が訝しげに問う。


 と、リドウは平然と言った。


「泳ぐ前に走る」


 うわ……と少女たちの引きまくった声が重なり合う。


 と、シャイリーがにこにこ笑顔で片手を挙げた。


「あ、それなら僕にもできる」

「千鶴にもそろそろできると思うぜ」

「あら。それなら試してみようかしら」


 面白そうに言う千鶴を、普通人を自称する二名は胡乱に眺めるのであった。


「あんたまで人間辞める気か」

「千鶴さんまで非常識の世界に足を踏み入れないでくださいよ」


 すると、リドウが意外そうに愛奈を煙管で指し示した。


「つか、お前さんの方が簡単にできんだろ」

「え?」

「風の系統を駆使すりゃ、空だって飛べるんだぜ。今のお前さんにゃ逆立ちしても無理だろうが、重力を遮断するって手もある。他にも水ごと凍らすとか、幾らでも手段は考えられるぜ」

「あ、なるほど」


 ぽんっと手を叩く愛奈であった。ファンタジー的に考えてお約束な手段だ、と。


「あぁ……あたしの周囲から常識が霞んでいく……」


 頭を痛そうに抱えて嘆く恵子に対するフォローは何も無かったそうな。










 そんな余談もあったりしたが、その夜には、一同は次の街へ到着していた。


 ここは既に、リントブルム並びに勇者との一件があったブランカ帝国のお隣さんで、そのブランカ帝国と二年前に戦争をやらかしたシャリハーン首長国連邦である。


 どこの国の庇護下に入ることも好しとしない土着の部族が幾つか集まり、その部族の長たちによる合議制で政治が決定されるという、ルスティニアでは珍しい政治体系の国だ。

 首長たちの権限は皆一定で、誰が秀でるわけではないというのが建前だが、実際には部族間で力関係に大きな差があるのが実情だそうであるが、まあリドウたちには関係ない。


 少女たちは一瞬、民主主義なのかな? と思いもしたが、別にそういうわけではない。単純に言ってしまえば、首長国の数々が、通常の同盟よりも強い同盟関係で結ばれているだけ、と思った方が理解し易いだろう。


 少女たちが民主主義を想起してしまったのにはもう一つ理由があった。その理由は《限帝制》という特殊な制度にある。

 合議制では、いざ即座に結論を導き出さなければならない事態が発生した場合、決定までに非常に時間が取られてしまう場合が多い。そのため、有事の際に臨時で全権を行使できる皇帝を定め、期間限定で強権を振るわせるという制度だ。先年の戦争の時にも、この『限帝』が発生したそうだ。


 全権を預けられたこの限帝はどんな我がままも通し放題だが、シャリハーン首長国連邦の憲法では、この限帝の就任期間は長くても二年間とされており、勝手に憲法を改正して許される権限までは流石にないため、あまりにもやり過ぎると、『普通の人』に戻った際にとんでもないしっぺ返しを食らうため、就任した人間はむしろ、変に突っ込まれるようなマネをしないよう気を遣うばかりでいいことなど何も無いらしい。


 それを聞いた千鶴が、紀元前の地球のローマにおける独裁官制に似ていると零した。この独裁官の任期は半年間であったが、共和制の欠点を見事に改善させる優れた政治制度であると現代でも評価が高い。もっとも、それなりにきっちりと欠点もあるのだが……。


 まあそれは置いておくとして、このように、ルスティニアにおいてはかなり変わった政治制度の国体である。


 しかも、ほぼ半数の首長国における首長の選出方法が『部族の中で最も優れた武芸者』ときているため、非常に武断的な色合いの強い国でもある。


 しかしながら、こう見えてもリリス教国家だったりする。


 先年のブランカ帝国の戦争。興味が無いリドウたちは特に気にしていないが、どちら側もお互いに引けない理由で発生したのだろう。リリス教国家同士、本来ならば協力し合うものなのだろうが、国同士、人間同士の関係なのだから、そういうこともある。


 リドウたちがやって来たのは、そのシャリハーン首長国連邦のハランという部族が統括する地域で、この街はリンドンという名前だ。特に目的があるわけでもなく、単なる通りすがりである。


 ハラン首長国の首都に相当する街で、今までに立ち寄った遺跡都市や貿易都市とは比べるべくもないが、中々の賑わいを見せている。


「とりあえず、飯にすっか」


 いつものように多大な注目を浴びながら、しかし平然と少女たちに提案するリドウ。


「そーしましょう!」


 今でも食べることが大好きな愛奈が嬉々として同意する。この視線の群れにもいい加減慣れてきたらしい。どこに行っても付き纏う現象とあって、慣れなければきつすぎるだろう。


「普段からカロリーの消費が半端じゃないから、そっち方面の心配だけはしないでいいのが嬉しいわね」

「代わりに、バランスのいい食事が難しいのですけれど、ね」

「女の子は大変だねー」

「シャイリーちゃんに言われてもねぇ……」


 恵子と千鶴の会話に苦笑しているシャイリーを、恵子がジト目で見ている。相変わらず典型的金髪碧眼の美少女にしか見えない、衣装だけはチャイナ風の美少年だった。


 そうして繁華街までやって来た一同であった。


 しかし……


 都市の繁華街、しかも時刻はご飯時真っ盛りだ。騒がしいのは当たり前なのだが……何やら今は、違った意味の喧騒に包まれていた。


 何人もの男女が一方に駆けて行く姿が見える。


 その理由を、野次馬根性が旺盛な人間にありがちな宣伝によって、一同は知ることとなる。


「決闘だ! 決闘だ! 気功士同士の決闘だぞ!」

「一人はリントブルム殺しの【月紅】だってよ!」


 それを聞いた他の野次馬根性旺盛な連中がこぞって現場へ駆けて行く。


 一同は一様に一瞬ぽかんとしてから、煙管を吸うのを忘れて目をぱちくりさせているリドウへと視線を向ける。


 見られたリドウは無言で空を見上げると、米神を指先でぽりぽりとかいている。


「偽者?」

「名前が売れた人にはお約束といえばお約束ですよねー」


 愛らしく首を傾げる恵子と、腕を組んでうんうんと勝手に納得している愛奈だ。


「どうするのかしら?」


 千鶴に問われたリドウといえば、軽く肩をすくめてみせる。


「どうも」

「え? ここは本物が出てって、この俺の名前を騙るたぁいい度胸じゃねーかー、って場面じゃないの?」


 恵子が不思議そうに、しかしとっても楽しそうに言う。お約束を是非にもやってみたくてうずうずしているらしい。


 が、リドウの反応はあまり芳しくない。


「そもそもだ。俺は月紅なんてもんになった覚えは無ぇ。ちょうどいい機会だ、ここでそいつにこの二つ名をくれてやっちまおう」


 思いつきだが、これは中々いい案じゃないか、とリドウは楽しそうに笑う。


「あまり賛成できないな、それ」


 が、シャイリーは顔をしかめて反対の意を示す。


「あん?」

「こーゆーのって二つ名持ちにはつき物だから、偽者がやらかしたことを本人のせいにされるってのはあまり無いけど、全く無いわけでもない」


 と言うが、実は建前らしい。


 シャイリーは酷薄な笑みを浮かべながら、左手をぼきぼき鳴らしながらゆっくりと握り締める。


「何よりも、闘気に目覚めてから初めて出会った、僕が勝てないと思える使い手の名をそこらの雑魚が名乗るなんて――虫唾が走る」


 くすくすと笑うその姿に、恵子や愛奈が身を仰け反らせる。


「こ、こわ……」


 しかし、千鶴は無表情ながら、常時よりもどこか冷たい雰囲気を纏って首を縦に振った。


「全く以って同感だわ」


 こちらもかなり頭にキテいるらしい。


 先日の勇者の一件でもあったが、赤の他人にどう思われようと全く気にならないリドウよりも、こうした場合、連れの少女たちの方がよっぽど気に入らないようだ。


 これはもう、放置して終わりとはいかなそうだなと判断したリドウは、深いため息を吐く。


「あんまやり過ぎんなよ」










 突然だが……ルスティニアにおいて、実力者は重厚な鎧をあまり好まない。鎧と無縁の魔法使い系は当然として、気功士で身に着けている者も非常に少ない。闘気によって強化された肉体にとって、鎧のもたらす防御力があまり意味を為さないためだ。無意味というわけではないが、動きが阻害されてしまう方が彼らにとってはよっぽど問題だった。


 殲滅師ではあるが、基本剣士系のリドウにとってもそれは同様で、だから彼は自らが死闘の末に討ち果たした古代竜の皮によって侍女長に作ってもらった服を着用している以外は大した装備もしていない。ちなみにこの古代竜製の服だが、このために彼が古代竜を討伐したのではなく、死闘を繰り広げた古代竜へ友情にも似た奇妙な念を覚えたリドウが、古代竜への敬意を表し、思い出とするために、侍女長に頼み込んだという経緯もあったりする。


 今までリドウが出会った気功士たちもそうだった。アクレイアで知り合った元騎士を自称する男も胸部を軽い装甲で覆っているだけだったし、先日の勇者も魔物素材製品で身を固めているくらいで、鉄製品は全く身に着けていなかった。気功士は大体が軽装なのだ。


 余談だが、魔物製品よりも鉄製品の方が基本的に防御力は高い。強力な魔物の強力な防御力は、その魔物が持つ魔力が働いたが故のものであるため、死んでしまえばその魔力の働きが無くなってしまうわけであり、防御力が格段に落ちるのは道理だ。それでも、自然から採取できる物質よりは遥かに高い防御力を見込めるため、極僅かな差によって命を長らえることも少なくない、冒険者を筆頭とする戦闘を生業とする者たち、その中でも『身動きを阻害したくない』者たちにとっては、できる限り防御力が高く軽い魔物製品は垂涎の商品なのであった。


 そしてリドウの特徴の一つである紅のコート。これは息子を愛してやまない母が手ずから作成したプレゼントで、その造りは非常に精巧かつ美しい。また素材の由来も不明で、軽く柔らかな見た目に反してかなり頑丈だったりする。仮に現代で売り物にしたら、とんでもない高級ブランドへとあっと言う間に成長を遂げるだろう。


 かように、月紅の特徴は真紅のコートを羽織った刀使い……である。


 気功士同士の決闘とあって、両者共に気を回したのか、場所は街外れで行われていた。


 繁華街で話題になっていたにしては、わざわざここまで野次馬に出てきた人間で見物人の山が出来ている。実際問題、気功士同士の決闘などそうは見られないため、レアな見世物として皆の期待が一入らしい。


 しかして。なるほど、件の偽者は確かにその特徴を掴んでいる。


 でだ……


「ふっ。この月紅に挑むとは命知らずな娘さんだ」


 得意げに紅のコートを翻す男。


 一目で安物と看破できるそのコートに、リドウの頬がぴくりと引き攣る。


(これは……実際目にしてみると、かなり……クルな……)


 その横では、少女たちが色んな反応を見せている。


「んー……微妙?」

「思ったよりもしっかり月紅してますねー」


 群集に紛れて一同が見守る先に居る、月紅を自称する男。


 年の頃は二十代半ばだろう。月紅は二十歳過ぎと噂されているが、あまりの迫力に、中には実際に目撃した人物で、三十路前かと思ったという証言もあるため、まあ許容範囲内だろう。


 その容姿も、アウトロー系のリドウとは完全に系統が違うが、中々美形の優男であった。


 紅のコートを羽織ったハンサムな刀使い。主に特徴として挙げられる三つの点を、案外きっちりと満たしている男であった。


 もっとも、言動の端々に一々キザったらしい仕草が垣間見られ、リドウにとってはむしろ、不細工面に騙られるよりもよほど神経に障るようだが。


 そして、千鶴やシャイリーにしてみれば、到底認められたものではないらしい。


「話にならないね。一応気功士らしいけど、僕なら瞬殺できるよ」

「これで実力を隠しているなら大したものですけれど、ね」

「気功士のくせに鎧を着てる時点で、自分の実力に自信が無いって、自分から言ってるようなもんだね。気功士同士の闘いは、敵の攻撃を受けるんじゃなくて避けるのが、実力者同士の戦闘における常識だよ」


 そう。目の前の自称月紅は、まるで職業騎士が戦場でするような鎧によって武装していた。本気で月紅を語るならば、そこは軽装でいてほしかったものだ。


「それよりも……」


 と、シャイリーが目を鋭くしながら見る先は、自称月紅と対峙している相手であった。


 自称月紅は『娘』と言ったが、実物月紅と同い年くらいだろう。


 特徴的なのは、ショートカットの殆ど白に近い銀髪と、紅色に光る瞳だろう。切れ味鋭い眼差しは、千鶴や【剣姫】に通ずるものがある。全体的にクールな女剣士といった風情で、それが似合い過ぎる神秘的な美女でもあった。


「御託は要らん。リントブルムを斬ったというその実力、私に示してみせろ」


 見た目を裏切らないクールな物言いで自称月紅と向き合っている。


「先天性の色素欠乏症だな、あの女」


 リドウも眼差し鋭く銀髪美女を見ながら、周囲を憚るように小声で言う。彼自身は偏見を持ってなどいないが、あの手の身体的疾患の持ち主は大抵が不当に貶められた扱いを受けるらしいと聞いているので、気を遣ったらしい。


「しかもかなり重度だ。気功士じゃなきゃ、気軽に表を出歩くこともできなかったろうに、運がいいのか悪いのか……」

「せんてん……何それ?」


 シャイリーが小首を傾げながらリドウを見上げる。


「先天性色素欠乏症。遺伝子……生まれ付きの疾患でな、端折って分かり易く説明するなら――人間はあらゆる意味で陽の光の恩恵を授かって生きてるわけだが、太陽光線には、実はいい要素だけが含まれているんじゃねぇんだ。人間には生まれ付き太陽から受ける悪い要素から身を守る機能が備わってんだが、それが根本的に欠損してんだよ。個人差はあるが、先天性色素欠乏症の患者はその太陽の悪い恩恵をもろに受けちまうんだ」

「それと闘気と、何の関係が?」

「お前さんは意識したこともねぇだろうが、闘気で紫外線から身を守ることができる。俺も実際目にしたのは初めてだがな……」


 にやりと笑う。


「先天性色素欠乏症を患った気功士は、無意識で繊細な闘気のコントロールを常にしちまうらしい。それに伴って、常に無意識に使い続けるせいで、闘気のキャパも異常に増大するそうだ」

「ふーん……どーりで、ね」


 二人揃って、それはもう、とても愉快そうに銀髪の女を見ている。


 そんな二人を、少女たちが訝しげに見る。特に千鶴は不機嫌そうに。


「漠然と強いのは私にも判るけれど……どのくらいのレベルなのかしら? あの女」

「かなりやるな」

「……私が闘ったらどうなるかしら?」

「さて……」


 むっとしながら問う千鶴に、リドウは一瞬惚けながら顎を撫でる。


「実際に闘ってみねぇことにはな、正確な実力ってのはそうはっきり断言できるもんじゃねぇ。まあぱっと見で判断するなら、単純な戦闘能力だけで言えばハインツとどっこいってとこかね。シャイリーで若干分が悪く三か四……。今の千鶴なら全く勝ち目が皆無ってこたぁねぇだろうが、『殺し合い限定の一発勝負』でまぐれ勝ちならあるにしても、三度以上闘って二度目の勝ちはまず見込めん……そんなとこか」

「へぇ……リドウさん、他にもあのクラスの知り合いが居るんだ。今度紹介してよ」

「どこをほっつき歩いてんのかも知らねぇよ。ま、機会があればな」


 至って軽く喋っている男二人であったが、千鶴にとっては冗談では済まされない。


「あの女……ハイエンドなの?」

「ハイエンドとまで言い切れるレベルじゃねぇな。シャイリーやハインツもそうだが、一歩手前ってとこだろう」

「そこの壁がね、これがまた半端じゃなく高いんだよ」

「そこら辺、割と曖昧らしいがね」

「最低限度の実力があれば、あとは言った人勝ちって部分はあるからねー」


 あくまでも楽しそうで軽いノリの男どもであった。


 千鶴は人知れず唇を噛み締める。


 女で実力者。しかも美人。おそらく独身。恋人の影も近くには無し。


(リドウに近づけたくないわね……)


 闇色のオーラを纏う千鶴に、前を向いたままの男二人は気付いていなかった。殺気とはまた全然違った気配なため、特別感知できるものではないらしい。


 しかし、そんな千鶴の横では、恵子と愛奈が思い切り呆れていた。


「まだ知り合ってすらいない相手にまで嫉妬してどーすんのよ」

「イイ男に惚れた女なら当然の危機管理よ」


 恵子がこっそりと苦言を耳打ちするも、千鶴は平然と言い返した。


「あんな男の人なんですから、少しくらいの浮気は許容してあげられるよーじゃないと、実際にお付き合いすることになっても、きついと思いますよ」

「私のモノになったのなら、多少の浮気は許容するわよ。けれども、他の女に譲る気はさらさら無いの」

「ああ……」


 愛奈は乾いた笑いを浮かべてしまう――こういう時、千鶴が本気も本気、冗談の欠片もなくリドウが好きなんだなと、よーく実感できるな、と。確かにリドウは容姿の点でも内面でも滅多に見られないイケメンだと思うが、女として反則のような女である千鶴がどうしてそこまで拘るのか、愛奈は不思議でしょうがない。


(好きになる切っ掛けくらいは有ったんでしょーけど、もうきっと理屈じゃないんでしょーねー……)


 こんな複雑怪奇で面倒極まりない男を好きになってしまうなんて、運が悪い人だな……とも思ってしまう愛奈であった。


 それはともかく、だ。


「結局、どーするの?」

「仮にも俺の名で悪事を働こうってなら俺も黙ってるつもりはなかったがねぇ……」


 煙管に火を点し、どうでも良さそうな顔で、上空に向かって煙を吐き出す。


「ほっときゃいいだろ。あの色男じゃ、天地がひっくり返ろうが、あの女には勝てねぇよ」

「下手すると月紅の名が地に落ちるけど……」

「それこそどうでもいい」

「だろーと思った」


 ふふっと笑うシャイリー。


 彼らの見つめる先では、偽者の男も銀髪の女も未だ対峙したまま動かない。


 女の方は何を思っているのか、表情が無さ過ぎてとても窺い知れないが、男の方は言動に相応しい目立ちたがり屋さんのようで、見物人が一杯になるまで始めたくないらしい。


 リドウたちの予想では男の方に勝ち目は絶無なのだから、その予想が外れていなければ、余計な恥を上塗りするだけでしかないのだが……。それが理解できる頭があるのならば、『リントブルム殺し』などというビッグネームを騙ったりなど最初からしないだろう。


「俺は先に行く。お前さんらは好きにしろ」


 リドウは突然に踵を返す。


「観てかないの?」

「あのレベルの相手に特別興味は湧かん」


 特徴的な外見を持つ神秘的な美女であっても、美人には特に不自由していないリドウは、相手の容姿だけで何が何でも『モノにしたい』と考えたりはしないらしい。見たところ普通の剣士だし、特に観るに値するものは感じなかったようだ。


「私も一緒に行くわ」


 千鶴もリドウの横に並ぶ。


 銀髪の女にリドウを近づけさせたくないと思っていたところに、彼が自分から引き上げると言ってくれたのだ、彼女からしてみればここは同意するしかない。その顔は無表情の中にもどことなく嬉しそうな色が見え隠れしている。


 シャイリーは銀髪の女の実力に興味津々で、後で合流すると言っているが、恵子と愛奈は少し迷った末に、結局リドウと一緒に、先に行くことにした。


 だが、それがいけなかった。


 わざわざ野次馬に出てきたというのに、決闘の趨勢も見ずに引き上げようというのである。ただでさえ目立つ集団なのだ、この行動は大いに目立った。


 決闘者たちに注目している見物人たちは気づいていなかったが……


 はっとして声を上げたのは、偽月紅である黒髪の男であった。


「お嬢様!」


 と、銀髪の女に向けたそれに、野次馬たちが一様にぽかーんとする。決闘者同士だというのにあまりにも不似合いな台詞であった。


 決闘相手から『お嬢様』と呼ばれた銀髪の女は、眼差しを鋭くして、示された方へと視線を向ける。その先でリドウの姿を目に留めた瞬間、その唇が微かにほころんだ。


 場の気配が変化したことで訝しく思ったリドウが振り返る。


 眉をひそめているリドウであったが、その視線が銀髪の女と明確に交わった。


「見つけた」


 銀髪の女の唇が静かにそう動いたのをリドウは見取る。周囲が大きくざわついているせいで、彼でも声までは耳にできなかったようだが……やはりこの男らしいというか、この男は相手の唇の動きを読む訓練も受けているのであった。


 千鶴が、係わり合いにならずに済ますことはできなそうだと考えたようで、大きな舌打ちを鳴らしている。


 決闘者たちが見せた反応に、見物人たちも一斉にリドウたちへ注目する。これまでは気付いていなかったにしても、あまりにも華やかな面々に驚いているようであったが……


「おい、あいつも紅いコートを着て刀を持ってるぞ!」


 と誰かが言えば、


「こっちの方が良い男だわぁ……」


 女性の見物人もうっとりと言っている。偽者の方も中々の色男に違いはなく、ここは好みの差だろう。顔の系統が違いすぎるのもあり、単純な比較は難しい。あるいは、リドウが持つ特有の覇気が、実物以上に異性の心を掴んでしまうというのもあるだろうが。


「すんげぇ美人ばっか侍らせてやがんな」


 とある男が憎々しげに言うと、その意見に触発された誰かがぽつりと言う。


「そういえば、そうは拝めない美人を何人も連れてるって噂もなかったか?」

「じゃあ……」

「あっちが本物……?」


 リドウの周囲から、彼と少女たちを残して群集がざっと引き、リドウたちの居る場所だけぽかんと空間が開く。


 野次馬たちは“余計な”気を利かせてくれたようで、銀髪の女まで真っ直ぐに道筋が出来てしまっている。


 リドウは深く煙管を吸うと、唇の端っこだけを開けて横に向けて煙を吹き出す……何か面倒なことにならなければいいんだが、という内心の悪態と共に。今更逃げ出しても遅いだろう。リドウだけならば全力で走れば振り切れるだろうが、まあそうもいかない。


 しかたないなともう一度ため息混じりに煙を吐き出すと、自ら進んで前に出て行く。


 リドウは冒険者としては若手の範疇だが、素人目にも明らかな『こいつぁ只者じゃねぇ』系の雰囲気がある。この男と神秘的な容姿の銀髪紅眼の女の対面に、野次馬たちは自然と固唾を呑んでしまっている。


 緊張感で張り詰めたその場の中を、流石のリドウは悠々と歩む。


 リドウが銀髪の女の数メートル手前まで来た時、まるで彼女を庇うようにして偽者が立ちはだかった。


「ファル」


 銀髪の女が静かな声で言う。おそらく偽者さんの名前なのだろう。偽月紅改めファルは、それだけで全てを了解したらしく、一礼しながら脇へ退いた。


 リドウはそのやり取りに目を細めたが、まあいいと心の中で呟いて、煙管を手に取って口を開く。


「俺に何か用かい?」

「あなたは月紅に相違ないか?」


 リドウは軽く息を吐きながら肩をすくめてみせる。


「不本意ながら、そう呼ばれることもあるようだな」

「奥ゆかしいことだ」


 銀髪の女はリドウの言い分が気に入ったらしく、微かに目を優しげに狭めた。


「まあ、私としては、あなたが月紅かどうかは正直どうでもいいのだ。肝心なのは……」


 妖艶とも言うべき仕草で唇をぺろりと舐める。


「あなたが、私ですら実力を見切れぬほどの使い手であること――それだけで十分だ」

「遊び相手が欲しいのか?」

「それもある」


 リドウが訝しげに眉をひそめる。


「他に何かあんのか?」


 という質問に対して、銀髪の女は涼しげな顔のままで“とんでもないこと”をのたまう。


 その台詞は千鶴を筆頭とする少女たちを愕然とさせることにもなるのであった。


 しかしてそのお言葉とは……


「私の夫にならないか?」


 というものであり、月紅が偽者だったり、更に本物らしき男が現れたり、しかもいきなりのプロポーズという急展開について行けず、呆然としている観客たちと共に、リドウも煙管を吸うのを忘れて唇を半開きにしていた。

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