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06/きみへ繋がる

 そして今ふたたび、リセトに春が訪れた。

 雪解け水が青い峰から流れこみ、小川はその勢いを少しばかり増している。花々もいっせいに咲き乱れ、鳥たちのさえずりが、村のあちらこちらで歌いあげられる。

 春のうららかな陽気のその日、アリーセとフローリアンは、代々の花祝(はなほ)ぎが眠れる地へと赴いていた。

 とりどりの花を腕に抱え丘を登れば、一年前は細い若木だった墓標の樹が、ひとまわり大きくなっていた。

 彼らは故人をしのぶため、それぞれに黒い喪服と、白と若葉に染められた花祝ぎとしての略装をまとっている。

「おばあさま、ごきげんよう」

「おひさしぶりです、グレーティアさま」

 アリーセが墓標の前でかがみ、声をかけると、フローリアンもそれにならった。そっと墓前に花をそなえ、二人はしばしの間、亡き人へ祈りを捧げる。

 グレーティアの死から、およそ一年がたとうとしていた。彼女の命日は、ただしくはあと二週間ばかり先なのだが、二人は今日この日を選んで、墓前に参じた。

 周囲には、間隔をあけていくもの大樹がそびえている。先代以前の花祝ぎたちの、それぞれの墓標だ。きっと、グレーティアの墓標もまた、いずれこの樹木たちのように、空へと高くそびえることになるのだろう。

 しばしの後に顔を上げると、フローリアンはおもむろに、「大嫌いって、俺、最初から言い切ったよね」と、ぽつりとこぼした。

 アリーセとフローリアンが、ここで初めて顔を合わせたのも、およそ一年前のこと。

 もともと、ふたりはグレーティアを介して互いの名前や存在は知っていたが、実際に対面したのはあの日が初めてだった。フローリアンが花祝ぎの跡継ぎとして引き取られたのはアリーセが寄宿学校に入学した後のことだったし、アリーセは入学以来四年、リセトへは帰ってきていなかったのだから。

「私も、憎いって言ったよ」

「思い返してみると、凄い出会い」

 ふっと口元を緩めると、フローリアンは「わるいけど」と、静かに言った。

「やっぱり、あの時はあんたのこと、許せなかった。グレーティアさまに愛されて育ったのに、グレーティアさまを置いて領外なんかに、それも聖堂の学校なんかに行って、葬儀にも帰ってこない孫娘なんて大嫌いだった。妬ましかったし、それにくやしかったよ」

 立ち上がりながら、彼は続ける。

 唐突だったが、墓前に膝をついたままのアリーセはこちらを見ないフローリアンを見上げて、ただ彼の言葉を聞いていた。

 だって、それはアリーセが感じたのと似た感情だった。

 すでに昇華されはしたものの、たしかにあの時、彼女は自分が得られぬものを簡単に奪い去っていったフローリアンへの憎しみを抱いた。

 だから彼から向けられた傷みの言葉も、払いのけずに受け止めもしたのだ。

「グレーティアさまが、ほんとうに俺の肉親ならって、思ったこともあったしね。それもあって、あの方が幸せそうにあんたのことを話すたびに、どんな人間なのか気になってたから……裏切られた気分だった」

 フローリアンの言葉を耳にしながら、アリーセがゆっくりと立ち上がると、少年はようやく彼女の方を見た。その顔には、くっきりと明るい表情を浮かべる。

「でも、ありがとう。最初からあんなこと言ったのに、手記の読み解き、引き受けてくれた」

 結局、アリーセが休学してまでこの地にとどまった最初の理由である、三代前の花祝ぎの手記の再編は、冬の終わりにはひと段落がついた。

 フローリアンも花祝ぎとしての役目をこなすかたわら、この一年で古い文章技法や、そのほかにもアリーセが祖母から継いだいくつかの慣習も憶えたし、良い結果だったと言えるだろう。

 アリーセはあたたかに「どういたしまして」と答える。

「私も、おばあさまから教わったことを、廃れさせないでよかった。きちんとフロウに伝えられたから、きっと途切れない」

 ゆるりと空気が動き、風が吹く。背に流した少女の長い髪や、少年の外衣が軽くあおられた。

「ねえ、フロウ。フローリアン」

 アリーセは一拍だけ間をおき、少年の名前をゆっくりと呼ばわる。きっと、きみの継いだ系譜は繋がってゆく。

「私はまたリセトを離れるよ。でも、花祝ぎさま。どうぞ、この地をお願いしますね。……私にとっても、大切な故郷だから」

 先日、アリーセは女学校へ、復学願の手紙を送り、そしてそれは受理された。

 出立は明後日で、ふたりがグレーティアの墓へと詣でに来たのもそのため。アリーセがリセトから再び領外へ出ていくことが、今日を選んだ一番の理由だった。

「……うん。守って、慈しむよ。俺も、きちんと花祝ぎとしてここに在りたい」

 フローリアンの言葉に、アリーセはほっと安堵する。花祝ぎ。旧女王領の最古にして最高位の祭司。その未熟さを許せないと、あの日怒りを覚えたこのひとだけれど、きっとその役目を正しく全うしてくれると信じられた。

 彼女の愛した、祖母のように。

 そして目元をやわらげたアリーセへ、フローリアンはゆるくあわい微笑みを形作って尋ねる。

「それで、アリーセ。次はいつリセトに? 卒業前でも……次の休暇の時は、また帰ってくるよね?」

 彼の口から、優しく発せられたその声に、アリーセは驚いたようにまたたく。

 ――この地が祀り手として冠するのは既に、祖母では、アリーセの近しい血族ではない。当代の祭司は、フローリアンだ。

だからこそもう、育った地とはいえ、彼女は少なくとも修道院付属の今の学校を卒業し、聖堂から離れて一人立つまでは、リセトに帰る事はないだろうと無意識に思っていた。アリーセの家と呼べるあの館は既に彼のものであるし、歓迎はされないだろうと。

 だけれども、フローリアンのその言葉は、彼女の諦めを否定する。

 アリーセは、ゆるやかに瞳に感情を浮かべた。少年の言葉だけではない。この一年で心からぬぐいとったのは憎しみに似た嫉妬の情。ひとつ、感情を手放したからこそ芽生えた思いは、きっと親愛の情ひとつだけではない。だからこそ、言葉はするりと音となった。

「そうだね、きっと――」

 そして少女は、まるで花の咲きほころぶかのように、あざやかに少年へ微笑んだ。

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