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クップルングの盗賊  作者: 楠木あいら
情報屋の修行
7/12

猫の鈴

 トンバラズという港町にあるクップルングという名前の盗賊団があった。

 そのメンバーの一人、(かげ)は夜空を見上げた。

 闇の空はうっすらと濁り、瞬く星や夜空の女王、月も見当たらない。晴れたとしても今宵は新月。

「もってこいの日だな」

 影は耳に集中し、さきほどからばしゃばしゃと聞こえてくる水、海水の音を聞き分けた。

「…そろそろだな」

 影は動いた。

 闇の中、その動きを見られる者はいなく、影が伸ばした腕は、つり竿のようにしなやかに曲がり、それをつかみあげた。

 獲物は大きな猫、紫羅しらであった。

「ぷはぁ~。さすがにマズかったわね、今のは」

 陸上に上げてもらった紫羅は、ぜーぜーと荒い呼吸をしながら危機を口にしたのであった。

 呼吸を整えた紫羅は、猫系の美少女というところだろうか。とはいえ猫耳、しっぽはなく。

 それどころか、影の上司、盗賊団の女ボスであった…。

「危なくなったら、もっと早く声かけてくださいと、あれほど言ったのに」

 さて、闇の夜の海で二人が何をしているかというと。

「頭、そろそろ上達しまましたか…水泳」

「闇中見えるくせして、よく言えるわね、そんな事」

「いや、頭から見てレベルが上がっているのかなあと…」

 影は身の危険を感じた。

 影は、名前の通り、人目に姿をさらすことのない謎のメンバーであった。

 とはいえ、影の姿を唯一見れる女ボスから見れば、謎の多い影さえも、八つ当たりの的となる。

「それって、全然上達してないって言ってない」

「いいえ。とんでもない」

 と思いつつ

『頭が食いかかってくると言うことは、本人も自覚しているようだな』と判断した。

「それよりも頭。そろそろ戻りましょう。丸虫も心配しています」

「…。丸虫の奴、人が帰ってくるたびに、泳げる人をコーチにしないっていうのよ。まるで、ここでの練習を見ているかのように」

「… (小声で)同意見だと思います」

「え、何か言った?」

「いえ。私は向こうで見張ってますので、着替え終わったら声をかけてください」

 影はわざと足音をたてて、移動したことを知らせた。

「…まったく、もう」

 今から3年前…。

 個性の強い盗賊団に助針じょしんという名の魚系一族の男がやってきた。

 何でも一人前の情報屋になるため、修行しに来たという。 

 その頃は対立する盗賊団と争っていて、助針は見事に巻き込まれてしまった…。

 まあ、無事に解決することができた。

 でも、助針も…親に提出する『レポート』を書いて、あっという間に去ってしまった。

 町は、あれ以降の騒動はなく、平穏だけが続いた。

 だからこそ、のんびり泳ぐ練習をすることができたんだけれども…。

「…にしてもおかしいわね。海水って塩分を含んでいて、浮くようになっているのに」

 しかも、3年という月日がたっているのに…


「まさかとは思うけれども影、水泳練習を丸虫に報告しているわけじゃないでしょうね」

 人通りのほとんどない道で、半がわきの髪をなびかせながら、紫羅は見えない部下に聞いた。

「私は何も言ってませんよ。おしゃべりなのは頭の顔です」

「顔に出てるかしら」

「あと態度にも気をつけたほうが良いでしょうね。夜の散歩から帰ってきた頭に近づかない方が良いと話題なっていますし」

「…。気をつけないとね。

 港町を取り締まる女ボスが泳げないなんて、笑い話にもならないわよ」

 それが闇の海でひっそり練習する理由であった。

 それを知っているのは、丸虫と練習時の救助係、影のみ。

「女ボスのプライドにかけて、ぜーったい秘密にしておかないと。ましてや、コーチなんて…」

「気をつけてください、頭。細虫ほそむしが来ますよ」

 影の警告を聞きつけた時、紫羅たちは人通りの多い道に曲がったところで、前方にある露店から紙袋を手にした細虫が現れた。

 細虫。その名前の通り丸虫の弟にあたる。

「頭、奇遇ですね」

「ここ何日も『奇遇』が続いているような気がするが」

「そうか?」

 細虫は影の嫌味を一言で片付け、紙袋から魚や野菜を挟んだパンを取り出した。

「影。兄さんが呼んでいたよ。大至急頼みたいことがあるって」

 細虫の兄は、さきほどから出てきた丸虫であるのだが…180センチある細虫に対し、丸虫は10センチしかない…。

 しかも、2人とも背中には妖精を思わせる羽があるという、なんとも謎の多い兄弟であった。

 さらに、今回は出てこないが『でか虫』という3男もいる…。

「わかった」

 丸虫は盗賊団の副ボスであり、細虫が気になるものの影は二人から離れていくしかなかった。


 夜の港町は、酒や闇の力を借りてさらなる活気に満ち溢れていた。

 そんな中、人の姿をした猫、紫羅は人ごみにはばまれることなく大通り、裏通りを進んだ。

「頭。夜の見回りなら、誰かに頼めばいいんじゃないですか?」

 お供の細虫が不信に思うほど、長い散歩を

「気が向いただけよ」

 紫羅は、自分の気持ちを見せまいと歩きつづける事にしたが、その顔はあまりにも沈んでいた。

「頭…どうしたんです?」

 露店の弱くて小さな光りに捕らえられ、無防備になった表情を細虫に見られていた。

「………」

 最初のうち、何も答えなかった紫羅であったが、

 足を一歩前に出す度に、口に閉ざしていたはずの重りが少しずつ軽くなり、重りは消えてしまった。

「細虫。3年って長いもの?短いもの?」

 細虫はなんの事について聞いているのか、すぐにわかった。

「……」

 細虫は自分より小さな女ボスの後姿をしばらく見つめてから、自分が思っていることを口にした。

「長いですよ。人の記憶を忘れるぐらい簡単なほど」

「別に助針のこと、聞いているわけじゃないわよ」

 素直じゃない紫羅は、そう答えていただろう。

 しかし、聞いた口から声が出なかった。

 それから、ふた筋の涙が流れ落ちる。

「頭…」

 弱々しい外灯の下。

 足を止めて細虫を見上げる紫羅の顔には、すべての気持ちと言葉が溢れ出していた。

「頭」

 両腕を広げた細虫の胸へ、紫羅は吸い込まれるように歩み寄り、

 触れる寸前で大きく飛びのいた。

 紫羅のいた空間に、一風と鋭い刃が振り下ろされたのは、その直後であった。

「丸虫」

「に、兄さん。な、何をしているんですか」

「目は覚めましたか、クップルング団の女頭」

 小さな体に合ったものだが、殺傷能力のある剣を手にしたまま、丸虫は嘲笑うかのように紫羅にむけて言い放った。

「兄さん。頭にそんな言い方…」

 紫羅は手を伸ばし、細虫の怒声を閉ざした。

「細虫。先に戻っていてちょうだい」

 細虫の遠ざかって行く足音が消えるまで、海のある方向を見ていたが、表情と共に丸虫に向けた。

「ありがとう、丸虫。おかげで目が覚めたわ」

「言っておくけど、頭。俺が突拍子もない行動とったのには理由があるからな。

 いくら『わきあいあい』とした盗賊団とはいえ、友達集団ではない。

 頭というトップに立つ者が、そう簡単に涙を出すものではないから」

「なめられるから、でしょ。わかってる。公私混合はしない」

 紫羅は厳しい表情になった。

 かわいい容姿を持つ、少女が港町を仕切る盗賊のトップである以上。いつ見下ろされても、おかしくはなかった。

 裏切り者が出たいる以上紫羅は副ボスの弟であれ、弱りきった感情をさらけ出すわけには往かない。

『ましてや、細虫の場合は特に。頭は気づいていないようだが…』

 紫羅は閉ざした口から息を吐き出し、親友の前にいる一人の女に戻った。

 盗賊団のボス、副ボスの関係ではあるが、他に誰もいない時は親友同士に変わり、女ボスとしての威厳やルールも消滅する。

 そこにいるのは、小さな青年と一人の少女でしかなかった。

「助針の奴。1度も手紙を出してこないのよ…もう、忘れちゃったのかな」

 剣をしまった丸虫の表情にも険しさがなくなり、紫羅の言葉に苦笑してみせた。

「男というものは、そういうものだよ、紫羅」

 丸虫も親友に戻った時だけ、少女を呼び捨てにした。

「そうかなぁ…助針の性格からして、こまめに出してくれると思ったのに…」

「助針さんの事だ。手紙は書いたが、送ろうにも、住所を知らなかったりとか、色々とあるんじゃないのかい」

「………」

 紫羅は再び海のある方向を見上げた。

「会いに行ってみたらどうだ?」

「会いにって丸虫。助針は今、世界中を転々としてて、どこにいるのかわからないのよ」

「情報の町だ、紫羅。助針の実家に行けば、わかるだろう」

「でも、私は、ここのボスよ」

「町も、仲間も、今のところ問題はないし。燻ろうとする火種もない」

「………」

 紫羅は前に進んだ。

 1歩、2歩、3歩目で止まり、振りかえることなく丸虫に聞いた。

「甘えても言い?」

「ああ。行っておいで」


 酒酔いたちも寝静まる闇の時間。船に乗りこむ人影があった。

 紫羅は甲板を軽やかに進み、不寝番にもきづかけることなく後方に置かれている木箱の影に、とりあえず身を潜めることにした。

 …したものの、木箱の前に置かれていた荷物が突然、動いた。

「わっ」

 いくら軽やかで闇中が見える紫羅であっても、荷物が動くとは予想できず、見事にぶつかり声が出てしまった。

「おーい、どうしたから?」

 運悪く不寝番が近くにおり、音のした方向に移動用ランプ、カンテラを向けたが

 不寝番は背を向けた。

「女を連れこむのはいいけれども、外でやってくれよ。こっちはヤバイ荷物のおかげで神経がぴりぴりしているんだから」

「悪いわね~」

 紫羅は荷物と思っていたものに抱きついたまま、片手を振って不寝番を去らせた。

「ふう。危ないところだったわね」

「あの~。いいかげ話してくれません?」

 抱きつかれた者は、困惑しているものの紫羅の腕が離れることはなかった。

「やだ。絶対、放さないから」

「…その声、もしかして紫羅さん?」

「もしかしなくても、私しかいないでしょ」

 船上を照らす明かりは、二人に届かないものの紫羅は3年ぶりの懐かしい顔を見上げたまま、反らすことはなかった。

「何してたのよ、助針。3年も。それに…港についても、顔を見せることなく、ずーっとここにいるつもりだったの」

「いや。船はお昼頃に着いたのですが、今までずーっと眠ってて…」

「………」

「3年の事については…。一応、手紙を書いたんですが、肝心の住所を忘れちゃって…」

 助針は床を指差した。

「ついでに転んで落としたのを、拾ってたんです」

「そしたら、私がぶつかってきたと言いたいわけね」

「はい」

 紫羅は呆れ、抱きついていた腕を放した。

 もちろん転がったままの手紙を拾うため。

「こういう時、闇の中が見られる紫羅さんって大変便利ですね」

「馬鹿…」

 紫羅は何も見えないので立っているしかない助針の手に、拾った手紙を渡した。

「あれ?一つ足りない…紫羅さん。そこらへんに、まだ落ちてませんか?」

「え、まだあるの?ちょっと待って…」

 紫羅は辺りをくまなく見渡したものの、それらしき紙は見当たらなかった。

「ないわ…」

 振りかえった紫羅は、自分のすぐ後ろに助針が立っているのに気づいた。

「すいません。ポケットにありました」

「…。それって、計画?」

「はい…」

 素直にうなづく助針に呆れようとしたが、表情をつくるよりも早く、紫羅は首の感触に気づいた。

「これ。受け取ってくれませんか」

 その感触は、首の周りと胸の上のわずかな重み。

「…指輪」

「サイズがわからなかったので、鎖に通してもらいました」

「………」

 闇中にもかかわらず、助針は紫羅の視線を感じとった。

「紫羅さん。残念ながら、私の修行はまだ続きます。自分自身でも、一人前になれたとは思えません。

 それでも、まだ、待ってくれますか?」

「………」

 その問いに言葉はいらなかった。

 重なり合う唇で十分だったから。

「信じているから」

 それから紫羅は苦笑して言った。

「アジトに戻ったら言われるわね」

「何て、言われるんですか?」

「魚が猫に鈴をつけたって」


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