サクリファイス
「これから行くサクリファイス館から脱走したって話したわよね」
ガタガタとゆれる馬車の中で、紫羅は過去を語った。
トンバラズの港町を出発し、街道をしばらく進んでいたが逸れて、森に向かっていた。
「ええ。でも、脱走した紫羅さんが、また行って…大丈夫なんですか?」
「それは平気。今では常連の一人になっているから」
「常連?って、紫羅さん。そもそも『サクリファイス』というのは、何なのですか?」
「人売りよ」
「…ひと、って奴隷販売じゃないですか」
「その通り、で、ちょっと違うわね。あそこの商品は珍しい人種、鳥の翼や角、しっぽとか、変わった一族の子た
ちだからね。もちろん、多人種ハンターとかいう悪い奴が勝手に捕らえてきたものだけれども」
「悪徳業方に、変わりありません」
「悪徳業方、ねえ、じゃあ、あたしら盗賊団だって立派な悪徳業方ね」
「………。それは…」
困惑する助針を見て、紫羅はにやっと笑った。
「世の中、真っ白に包まれた純白だけで成り立つことはできないのよ。もちろん、盗賊稼業を正当化できないけ
れども」
「…わかっています。自分の情報屋だって、綺麗事で成り立たないし」
「ならばよろしい。
で、話を戻すわよ。うちら盗賊団が個性派ぞろいなのは、ここの館で能力のありそうな子を買っているからな
の」
丸虫兄弟や影といった姿を思い浮かべ、納得する助針であったが…窓外の光景を見て不安を口にした。
「…ところで紫羅さん。だんだん森の中に向かっているように見えるんですが…、大丈夫なんですか?」
「そりゃサクリファイスは人里離れた森の中にあるからね」
「え、そんな所に」
「闇商売なんだから、役人の目の届かない所で営業するのは当たり前よ」
一応、うなづいた助針であったが、しばらくして、また不安を口にした。
「紫羅さ~ん。本当に大丈夫なんですか?どうも、廃墟みたいな建物に向かっているような着がするんですが」
「廃墟って言ったって、門が半分開きかかって塀が途中から崩れていたり、建物に蔓が覆っているだけじゃない
」
紫羅の言葉は、その建物がまさしく『サクリファイス』である事を指し示していた。
「…紫羅さん。本当にあそこなんですか?化け物がいるっていうのに?」
助針は荒れ果てた建物の前にいる生物を指差し、紫羅は…
「あはははっ」
と笑い出した。
「何がおかしいんですか?」
「助針。あれは確かに化け物だけれども。ここのサクリファイス館の主人、奴業よ」
「えぇっ」
紫羅の言葉通り、馬車は廃墟のような建物につき、降りる化け物が人間語で歓迎してくれた。
「ようこそ、サクリファイスの館へ」
あまり見たくないと思いつつ助針は館の主人を観察してみた。
でっぷりとしたお腹に、なんとかくっつけたような手と足。
その体に入れるだけつめこんだ脂肪。
どう見ても館の主人は人ではなく化け物が無理やり人間に変装したとしか見えなかった。
顔も脂肪たっぷりで目がどこにあるのかわからないほどめり込んでいるが、脂肪の間からみえる小さな目は
異常に鋭く、ただの人間じゃないことを示していた。
「遠路はるばる、ご苦労さまでした助針様。お父様の方は、お元気でいらっしゃいますか」
鋭い目をした化け物主人は、濁った声で助針の名を呼び、丁寧にあいさつをした。
「知っているんですか?私の事を」
「そりゃ、もちろんですとも。世界中の情報が集まる町。我々裏業界の者にとって、なくてはならない存在です。
ましてや上集様のご子息であられる助針様が、こんな辺境の廃墟におこしいられるとは、この上
ない光栄でございます」
「相変わらず、口のうまいこと」
化け物、いや奴業の感激に見ずをさしたのは、今ごろ馬車から下りてきた紫羅である。
「胡麻を擦って糸を高く売りつけるつもりでしょうけれども。私がいる限り、そうはいかないわよ」
「とんでもない。助針様をだますなど。お望みでしたら『黒雪の糸』などいくらでも差し上げます。
…ところで、あなた様は?助針様にお連れの方がいるとは手紙には書かれていませんでしたが」
「やつご~。冗談なのか、脂肪を脳までつめこんで本当に忘れたのかわからないけれども。常連に言う言葉じ
ゃないわよ。忘れたんならば、おしえてあげる。私は紫羅よ、し~らっ」
「…。ああ、港町のボス猫さんでしたか。
いやぁ~、この前はどうも」
…奴業さんの目がさらに鋭くなったような気がします。
「紫羅さん。この前って、何をしたんですか」
「ちょっとね。館の大事なものを外に出しただけよ。でも、ちゃんと返したんだからいいじゃない」
紫羅さんは、しっかりと盗賊仕事をしているらしい…。
「それにしても、すごいですねぇ~。外見だけではとても想像できませんよ」
廃墟のような建物の中へ一歩踏み入れてみると、そこはまったくの別世界だった。
純白の壁に大理石の床。もちろん、シャンデリアが優雅な明かりを部屋いっぱいに放っていた。
電気のない世界なので明かりはマジックアイテムを利用しているのだが、高級品である魔法道具で昼間のよ
うに明るくできるのは相当な儲けが必要である。
高級品揃いだが、成金に近いような派手な内部。
案内してくれた部屋も成金…豪華なもので『海の間』と呼ばれているらしく、一室にある部屋(とって言っても、
かなり広い)には大きなプールがあった。
「…すごいですよ、紫羅さん。ちゃんと塩が入ってます」
「助針が魚系の一族だって知っている証拠ね」
「ところで紫羅さん」
部屋に戻ってきた助針は懐から手紙を取り出した。
「父上から宿題がでているんですが」
「宿題って小学生じゃないんだから…で、何なわけ?」
「はい。ここの主人が持つ秘密です。父上の手紙には、奴業さんには秘密があって、レポートの提出と一緒に、
それを見つけてろと書かれてあるんです」
「ひみつ~ぅ。あれの存在自体が謎なんだけれどね。で、何かわかった?」
「いえ。まだ、1度しか会っていませんから…。ああ、はい、どうぞ」
話している途中でノック音がして返事をすると、ここの従業員さんが、トレイにお菓子やお茶を運んできてくれ
た。
「お茶をお持ちしました」
黒髪の綺麗な女性を目にした紫羅は、その人を見てにやにや笑っていた。
「相変わらず、脱走しまくっているのね。でも、今はまずいんじゃないの?」
「?」
紫羅さんは謎の言葉を従業員さんに言った。
疑問に思っている私を無視して、紫羅さんはトレイをテーブルに置いた瞬間を見計らって、その女性に抱きつ
いた。
「久しぶりね。深黒。元気で何よりよ」
「紫羅も、変わってないじゃない。進歩はしているらしいけれども」
「あの~紫羅さん?いい加減、教えてくれませんか?」
このままでは、ずーっと置いてぼりにされそうなので、悪いと思いながら口をはさみました。
「そういえば、助針いたんだっけ」
「紫羅さん…」
「彼女は深黒。
黒雪と呼ばれてて、このサクリファイス館で飼われている奴業のペットよ」
サクリファイス、人種売買が行われている館、そこで飼われている存在。
とてつもなく過酷な環境にもかかわらず、紫羅さんのお友達の深黒さんに笑みがあった。
「ペットって愛人みたいに聞こえない?
言っておくけど、あの牛蛙(奴業の事)は糸を売るために、閉じ込めているだけよ」
「丸虫から聞いた情報だと、ベタ惚れにされてるって聞いているわよ」
「指一本、触れさせた覚えなんてないわよ」
「あの~。私を置いて行かないで下さい」
「あーもー、助針。久しぶりの再会なんだから、口を出さない」
「はい…」
「紫羅。かわいそうじゃないの。
で、そっちの人は?どこまでいったの?」
「何か勘違いしてるようだけれども、居候よ」
速答で言わなくても…
「助針と申します。一人前の情報屋になるための修行をしています」
「サクリファイスに?」
「はい。ここのレポートと、秘密を捜すために…」
「秘密?牛蛙の秘密なら知ってるわよ」
行き詰まっていた問題に、いきなり突破口が現れた。
「毎日、鏡を見て美の研究をしているのよ。あの姿で」
「助針。真面目な顔で書いてるわよ」
紫羅は、薄暗い闇中で親友に言った。
従業員のふりをして館内を脱走した深黒は、自分の部屋に紫羅を案内した。
「そう言ったって、事実なんだもの」
そこは助針といた部屋と変わらない豪華なもので、さらにセンスの良いものだけが置かれていた。
彼女の注文に館の主人が忠実に買い与えたものだろう。紫羅は彼女の存在をか改めて知った。
黒雪
紫羅にとっては、館を脱走する時に力になってくれた恩人である者。
武器として使うほど、細く丈夫で光沢のある糸『黒雪印の糸』を創り出す者であった。。
深黒により館は潤っているようだが…それだれでは、こんな豪華な部屋には住めないだろう。
「助針さんって、優しそうでいい人ね」
「………」
「思うようにいってないわけね」
「最近になって、気になり始めたのよ」
さきほどは居候と速答したものの、さすがに親友の前では素直に思いを口にした。
「でも、本当に『好き』ていう特別な思いなのかもわからない。…それに、ここのレポートを提出したら、どこかに
行ってしまうし…」
「ついていけばいいじゃない」
「それはできない」
紫羅はためらうことなく答えた。
「助針は気になるけれども、仲間をおいていくことはできないわ。
あの仲間とは強い絆で結ばれているのよ」
「じゃあ、仲間と一緒に付いていくっていうのは?」
「…」
「無理か。色々と複雑なのね」
「そう。
で、深黒の方は、まだ牛蛙の主人に気づかれず、密会を続けているわけ?」
今度は、深黒の方が沈黙する番だった。
「あんたも、変わっているわよねぇ。自分を捕らえた『多人種ハンター』を好きになるなんて」
「…仕方ないでしょ。隷度は、特別な人なんだから」
「あっちは、世界中を転々として売りつける時にしかこない。その僅かな日のためだけに、ここにいるなんて。私
には考えられないわよ」
「ここにいる事については、後悔してないわ。
あの時、紫羅たちと一緒に脱走していたら隷度とは2度と会えないのだから」
「まあね。隷度には告白していないのだから。会う機会がなくなるからね」
「……。会うだけで精一杯なのよ。それは紫羅だって同じでしょ」
紫羅は反論できなかったものの、親友の顔のそらし方に違和感を持ち、言葉を放った。
「何かあったの?」
「隷度。来ないの。館内から入手した情報だと、もう来ることになっているのに…」
事故か、とうとう捕まったのか。と紫羅は思ったが、さすがに口にはしなかった。
「多人種ハンターのことだから、戻る途中、めずらしい獲物を見つけたんじゃないの。それに船旅なんだから、
多少ずれることぐらいあるわよ」
「…そうよね。そうだよね」
わずかに微笑んだ深黒を見て、紫羅は隣に座ろうとしたが、親友にとめられた。
「私とは、いつでも会えるんだから彼との時間を大切にしたら。時は瞬く間に過ぎて行くのだからね」
助針の所に戻れと指していた。
「…。しばらく、滞在するから、ちょくちょく遊びにいくから」
紫羅は、脱走用出入り口に向かった。
このままで別れたら、2度と会えないかもしれない…。
深黒は、思い人が立ち寄る所にいるから会えるけれども、私の場合はそうはいかない。
かといって港町から離れるなんて…
ぼうっとしてたから、前方の異変に気づいたのはだいぶ立ってからだった。
「?」
深黒が見つけ出した、脱走用通路には明かりがほとんどない地下。
暗視能力のある私は何気なく歩いていたけれど。
足がとまった先はT字路になっていて右に曲がれば部屋に出られるのだけれども、気になったのは左側。
左は数メートルしかない行き止まりだけれども、そこに何か置かれている。
「なに?この異臭は…」
不快な匂いをかいだから気づいたもので、どうやら、それが原因らしい。(深黒の部屋に行った時、別の通路
を使った)
その布袋は1メートルはあるかしらね。
好奇心の赴くままに、袋を縛っている紐をといた。
好奇心は猫をも殺す…
その言葉が思い浮かんだのは、その後だった。
「え?紫羅さんですか?」
ノックされたドアを開けると、再び従業員姿の深黒さんが、今度は夜食を運んできてくれました。
「いえ。まだ戻ってませんが」
「あの猫の事だから、どっかで寄り道して。昼寝でもしているのかしらね」
「今は夜ですが?」
「…。まあ、いいや」
深黒さんは夜食をテーブルに載せると、運んできたばかりの飲み物を口にした。
「ところで、助針さん。部屋は一つしかないようだけれども、問題はない?」
「部屋ってここのことですか?」
「紫羅も、この部屋で滞在させるつもりだからね」
「大丈夫ですよ。この部屋は広いですから。紫羅さんの、ものすごい寝相でも、被害にあうことはないでしょう」
「…それって、一つや根の下で寝泊りしていたって事?」
「ええ。他の方たちと仲良く雑魚寝することも、よくありました」
「みんなと一緒に、ね」
「?それ以外に何があるんですか?」
「恋愛以外にないでしょ」
「れん、あい、ですか…」
「そうよ。ここのレポートが終わったら、離れ離れになるのよ」
「…そうですね」
視線をそらす助針を見て、深黒は『助針にも気がある』事を確認した。
「覆水盆に返らず。1度離れた水は元に戻らないわ。時も、逆戻りできないものなの。後で後悔したところで、何
もならないのよ」
「それは、そうですね。でも…」
「紫羅に気があるのならば、つなぎとめる『何か』をしておくことよ。例え、離れても、つなぎとめる何かがあれば
、また、会うことができるのだから」
深黒さんは、言いたい事だけ言うと、退出していきました。
私に考える時間を作るために。
「………」
紫羅さんはかわいい外見にはに合わない人で、仲間思いで、何かあろうなら危険を省みず、自ら飛び込む。
でも、その時に見える紫羅さんの背中が、あまりにも小さくて弱々しく思えた。
これは、紫羅さんを守ってあげたいと言う気持ちなっているかもしれない。
守ってあげたい。でも、今の私ではあまりにも足りない。
私のレベルが低すぎて、紫羅さんを守るどころか、足を引っ張ってしまう。
「……………」
「…うかつだったわね」
袋の中身に驚いてなければ、背後からの攻撃をまともに受けるはずなかかったのに…。
まともに受けて、意識をなくして、きがついたらどこかの部屋に運ばれていた。
第1話で助針にしたように、縄でぐるぐる巻きにされて…。
床は柔らかなじゅうたんで、そいつの足がめり込むほどの高級品だった。
「いくら盗賊でも、そこまでやれば、縄を解く恐れはないないだろう」
ぎっとんぎっとんの化け物。奴業は、異様な目で見下ろしていた。
「クップルングの盗賊を甘くみていたようだな。犬でもないのに鼻が利くとは」
「猫の目は鋭いのよ。
で、あの袋の中は何なわけ。いや、誰?」
中身は、そういう事だった。
「ただの生ゴミならば、深黒の知り合いであっても消そうとは思わん。もちろん、こんな所にまで連れこむことも
ない」
「相当なものね。私が推測すなら…」
「残念ながら、多人種ハンターのものではない」
「違うの」
先に言われ驚く私を見て、奴業は満足げに笑った。
笑って…笑い続けた。異様なほどに。
奴の書斎と思われる部屋いっぱいに響いて…突然、止んだ。
「な、何よ。その笑いは」
「冥土の土産に教えてやろう。
あれは、あんたも知っている奴だよ」
背筋が冷たくなった。
「だ、誰よ。まさかうちの子って言うじゃないでしょうね」
「あんたの部下なんか消して、なんの利益になる。
犠牲館と呼ばれるsacrificeで、あんたも知っている男は、そう多くはないだろう」
「………」
私は必死に過去の記憶を手繰り寄せてみるものの、ここで知っている従業員なんて…
「まだ、わからないのか」
その声ど同時に物音がした。ゴムのような柔らかい物を触るような音。
「………」
私が見上げた時、奴業はゴムのような覆面を手にとって、別人になっていた。
「忘れたか、小娘。自分の運命を変えた男の顔を」
2つのことがわかった。
あの脱出通路にあったのは、ここの主人奴業ので。
それに手を下したのは、ここにいる男だってこと。
「あんたの顔は嫌でも、忘れないわよ。多人種ハンターのボス」
隷度
深黒の思い人がここにいた。
憎悪の目を向けるものの、内面は驚き混乱していた。
「奴業との商談がまともらず脅しかけたら、ああなっちゃってな。
ついでだから、ここの主人に成り替わって乗っ取る事にしたんだ」
覆面の中から出た隷度の目は、闇と変わらなかった。
「そんな変装セットで騙せると思っているの?」
「あんただって十分に騙されていたんだろう」
「……」
「別に変装を完璧にしなくたって。俺の行動に賛成するものだけを館に置いておけばいい。3年、いや、2年で完
全鎮圧するつもりだ。
それには…」
隷度は、私の目の前まで足を近づけた。
「いかに、この秘密を守り続けられるかだ。ここが安定するまで、外部からの接触は避けたい。それは、どういう
ことかわかるかい嬢ちゃん」
「…しゃべるなってこと」
「あと、上集さんの息子だ。
さすが情報屋だけあってサクリファイスに異変があったことは嗅ぎ付けている。だがそれがなんだかはわかっ
ていない。それで助針さんを向けたようだけれども。見つけられる恐れはないだろう…」
無言の間の隷度の鋭い視線はうつ伏せになって見えない私でも、向けられている事がわかった。
「私を消したら、深黒が黙っちゃいなえわよ。もちろん、うちの部下たちもね」
「猫だって足を滑らせして崖に落ちることはある。町の外とか森の中、危険はたくさんあるからな。事故ならば、
誰もがあきらめる」
「私は、あきらめません」
部屋の奥、外からその声は、響いてきた。
私の視線では、前方ある机が邪魔で見えないけれども、助針の姿があるは確信することができた。
「お入りなさい。客人」
隷度はテラスに近づくと、鋭い目をして立っている助針にガラス戸を開けて入らせた。
助針は唯一の武器、針を構えてはいるものの隷度が襲いかかってくるような気配はなかった。
「猫を見習って夜のお散歩とはよろしいですが、立ち聞きは良くありませんなぁ」
「紫羅さんの帰りが遅いので、捜しに来ただけです」
針を構えて一歩一歩近づいてくる助針から感覚をとるため、後退し、動けない紫羅の前まで移動した。
「紫羅さんをどうするつもりですか」
「人の数が一人、足りないようようですな」
『助針も秘密を知った以上は』と、その言葉は表していた。
「私は『情報の町』上集の息子です。未熟者ですが、情報を必要以上に口にしない掟は守れます」
「多人種ハンターの時は世話になったから、よく知っているよ。金を出せば、べらべら話すことも」
「………」
反論できなかったものの、助針はさらに一歩近づいて言い放った。
「紫羅さんに何かあったら、私が許しません」
助針は鋭い気配を放った。
1度だけ仕える、攻撃。
助針の能力については何も知らない隷度ですら眉をあげて警戒させるほど、その気配は鋭いものだった。
「ほう。大切な者を守る騎士ぶりはみごとですな」
「紫羅さんをお守りするため、全神経をかけて、あなたを倒します。それが、紫羅さんを思う証です」
「ほう。ドサクサにまぎれて嬉しいことをいってくれますな、お姫様」
ひゅっうと口笛を吹き、隷度は分の悪くなった紫羅を面白そうに見つめた。
「ばっ、馬鹿。こんな時に恥ずかしくなるようなこと、言わないでよ」
「でも、紫羅さんをお守りしたいのは、確かです」
「………」
「2人だけの世界に入っているところ、悪いが」
呆れかえった隷度が動き出した。
奴業の着ぐるみ着たまま、人種ハンターという荒れくれ稼業をしてきただけあって隙のない一歩を踏み出した
。
腰からナイフを取り出し助針に向け、戦闘が始まった。
「だめっ助針。深黒が悲しむ」
もし、紫羅の声が耳に入っていなければ、助針の針は着ぐるみを貫き、隷度のうなじまで突かれていたことだ
ろう。
紫羅の声を聞き、長い針は首の寸前で止まった。
助針の攻撃は突きだけで、防御というものはなかった。だから、彼にはナイフが向かっていた。
隷度の鋭い刃は、助針と同じ首の前で止められてた。
「引き分け…というところですかな」
と言って戦闘の終了宣言をしたものの、今の隷度に優越というものはなかった。
たった一つの単語を聞いたばかりに。
それどころか、彼の顔はさらに崩れた。
「主人。大変です。黒雪(深黒の事)が脱走しました」
扉をノックし、開けることなく報告した部下の声を聞いて。
「私がここにいる以上、館内脱走ね。
でも、この状況を見られる恐れはあるわよ」
「あ、ああ」
隷度は手にしていたナイフを助針に渡し、力を使い果たしたものの何とか動ける助針は、紫羅を拘束している
縄を切った。
「隷度、安心して。私達はこのことを話さないわ。…というより親友でも、私の口には重すぎるから」
「そうか。ならば…頼む」
人を面白そうに見下ろしていた者とは思えないほど豹変し、心の奥底にある不安を口にした。
「頼む。深黒が巻き込まれないか…それだけが気がかりでならない。
もし、深黒が秘密を知ったら…。制圧中の反対派の連中が何をするのかわからないし、その行動で何か会っ
たら…。
今、押し込めているあの牢屋こそ、深黒の身を守る場所はない。
ここが安定するまで、この秘密は漏らされたくないんだ」
困惑し、目を見開く隷度の姿に約束し、私たちは主人の書斎を後にした。
館内脱走した深黒は、私達の泊まる部屋にいた。
私の帰りを確かめるために抜け出してきたらしく確認した深黒は、部屋に戻っていった。
後になって分かったことだけれども、隷度がここのの主人を手にかけた理由は、深黒をここから出すためだっ
た。
彼女を金で買い取ろうと商談を持ち出したものの、貪欲な主人は、それを断ったと言う。
しかし、隷度はあきらめらず、商談は口論となり…
「あれで良かったんでしょうか」
帰りの馬車で助針は口にした。
「今は、こうする他はないわ。余計な事をして深黒が危険な目に会わせるわけにはいかない」
「…そうですね」
ガタガタと揺れる馬車の音だけが響いた。
深黒のことについて考えるのをやめたとき、じっと見つめる助針に気づいた。
「紫羅さん。私は、あなたを守ってゆきたいです。でも、今の私では、あまりにも弱くて、お世話になってばかりで
す」
「そんな事ないわよ。今回だって、助針がいなけれぱ、どうなっていたとか」
助針はにこっと微笑んだけれども、首を横に振った。
「ただ1度の攻撃。それだけれで強いとは言えません」
男としてのプライドがあるという言葉が含まれては反論することはできなかった。
「だから紫羅さん。少し時間を下さい。
かならず戻ってきます。
腕力でも。能力もでも。紫羅さんを守れる男として」
「はい。待ちます」
静かに言葉を放った後、紫羅さんはにいっと笑った。
「いーい、助針。絶対に戻ってくるのよ。戻ってこなかったら許さないからね」
「はい」
助針は返答し、それから…




